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シムダンス「四次元能」

シムダンス「四次元能」>掲示板

公開 メンバー数:58人

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ここは自己生成の門ーーー宇宙の原理「動的作用反作用」を使って精神革命の臨床実験中!

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  • from: 生成門さん

    2017年08月15日 16時04分12秒

    icon

    捻じれ構造とは何か

    2017年08月14日(月)29 tweets
    source

    22時間前

    森のように深い@fractaleA
    デカルト座標は単に二次元化しただけです。xとy軸です。三次元化すればxyzです。デカルト座標は数学ですから、座標軸に正の質量や負の質量を配当することなどできません。物理がそれを空間や時間として使っているだけです。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896997503320469505...
    posted at 17:07:58

    22時間前

    森のように深い@fractaleA
    記憶科学と弧理論はそういうところがあります。ですから語りが止まってしまってるのです。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896939104167796736...
    posted at 17:02:39

    22時間前

    森のように深い@fractaleA
    間違ってはいない(厳密には間違っていますが)が正しくはないと言う事です。半分しか見ていないからです。S科学は現代科学の中から使えそうなものを拾ってきてはS科学とドッキングしています。そういうことがなければ、先の見込みはないでしょう。何もかもゼロからなんて想像できません。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896939104167796736...
    posted at 17:01:53

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    円環構造にしてもデカルト座標にしても正の世界の観測者がそう見做しているだけです。半分を斬り落しているわけです。それでも十分にやって来られました。そういう意味では動的作用反作用はトロイの木馬ですね。真実はこうだと暴いたわけですからね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896934718754529280...
    posted at 16:56:41

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    回転操作は、+1*i=iで裏、i*i=-1で裏のまま反対に、-1*i=-iで表、-i*-i=+1で裏の裏で元(表)に戻ります。これが二回転することの意味です。ガウス平面は二つの卵があると考えるとよいかもしれません。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896934326020866048...
    posted at 16:51:17

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    デカルト-1は+1の反対でガウスでは-1は+1の裏側の反対です。その捻じれを作っているのが虚数iです。iは捩じる=反対に出る演算子(回転させる)と考えるとよいでしょう。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896934326020866048...
    posted at 16:48:53

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    デカルトではx=e^θ=e^ωtでe^0=1で単位円となります。
    x=e^ωt=1+t^+t^2+,,,=1(円の場合)で捻じれも糞もありません。ガウス平面ではx=e^iθであり、x=e^iθ=cosθ+isinθなので二つの回転する波があり、この違いはとても大きいです。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896934326020866048...
    posted at 16:40:16

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    デカルトのx,y軸は対等ですので、単に-1は+1の反対と言うだけです。それに対してメビウスの帯は二回転しないと元に戻れません。これをガウス平面で説明するためのは単位円の中に二つの円が含まれていると考えます。その捻じれを作っているのは虚軸です。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896934326020866048...
    posted at 16:31:45

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    デカルト座標には捻じれがないことをどう説明するかですね。デカルト空間は正の世界の代理表象です。ですから裏がありません。だから競馬場のトラックには向こう正面はありますが、裏はありません。同じ単位円でもガウスとデカルトでは違うのですね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896934326020866048...
    posted at 16:27:30

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    捻じれています。外から口に食べ物を運びます。口に入ると内になります。ところが胃に入ると胃壁の内部から見ると胃は外になります。植物ではこれが全くが逆転しています。植物の葉っぱは胃の壁なのですね。ですから環境は諸に外です。動物と植物はメビウスの関係にあると言ってよいでしょうね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896931234894405632...
    posted at 14:12:57

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    そこで、主語を物=実体として述語を属性とします。リンゴにな酸っぱい丸い赤いがあり、ミカンは、ナシは、レモンはそれぞれ属性があります。物と事(属性)のマトリックスができます。どっちを主にして考えるのかで物優先か事優先になります。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896928132866768896...
    posted at 14:05:10

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    確かに主語が述語になったりその逆もありますから訳が分からなくなりますね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896928132866768896...
    posted at 14:04:48

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    ガウス平面の場合は、虚軸によって捻じれを表現しているのです。ですから表と裏がひっくり変えるのです。以前、自然言語と対比してメビウス言語と言いましたが、そのような捻じれる構造がどうしても言語に欲しかったのです。その意味で接続詞はまだ鏡面変換ではないように思えます。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896925526480216064...
    posted at 12:07:30

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    単に双対的だからメビウスとしてよいのかどうかです。譬えば円環です。表と裏がありますが、捻じれてはいません。表と裏はいつまでっても平行です。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896925526480216064...
    posted at 12:05:57

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    普通の文章の対よりはパラグラムの方がメビウス的に見えますね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896766211232374784...
    posted at 11:57:16

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    パラノとスキゾの二つの自己同一性があって、主語による自己同一がパラノで、述語によるそれがスキゾと見た方がよいのでは。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896752743154503680...
    posted at 11:49:31

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    逆接とは前の事がらから予想される結果とは逆の結果になることを示すとありますから1/x=f(x)です。関数=写像は見做す事ですから、関数は見做し写像=述語です。述語は機能で実体が必要ですから構造があります。言語ではその実体は遺伝子です。本当に逆接遺伝子があるのでしょうかね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896738446126886912...
    posted at 11:45:16

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    y=f(x)
    でf=接続詞と考えると、xをyに接続していますね。
    1/x=f(x)
    は逆接ですね。
    1+x=g(x)
    とすると
    h=g{f(x)}
    h=g(1/x)
    1+x=1/x
    1+xを1/xと見做すという式が
    fという逆接とgという順接でつながっていると言う事です。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896737965958848512...
    posted at 11:34:36

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    言語は見做し命題の塊です。集合 Aを命題とみなすと Aが成り立ち 、¬Aが成り立たないに命題に対応しているわけです。これがカオスの式としても出てくるのですね。フラクタルでは
    Zn+1=Zn^2+C
    で対がないように見えますが、Zn^2=Z*Zなので共役と考えると入っています。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896737032352841728...
    posted at 11:20:38

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    それは対と見做すということですね。
    これは山である。(しかし、あれは山ではない。)
    この「しかし」は、潜在化されているわけです。
    それが顕在化するときがあります。
    これは山である。しかし、あれは山ではない。岩である。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896737032352841728...
    posted at 10:52:35

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    言語は線形なので非線形な現象を表現するのが弱いのですね。それを補完するために逆接の接続詞が出て来たのでしょうね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896732370962833408...
    posted at 10:27:48

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    x=xは述語論理(述語的同一性)です。走る馬=走る車です。主語論理=自然言語はそれを馬=馬、車=車としているのです。構造としてはクリアですが差異の体系(馬と車の境界)が曖昧になってくるのです。走る事と走る物の違いがあって、事か物かでカオスになったり曖昧になったするのだと思います。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896731661144006658...
    posted at 10:14:06

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    カオスは非線形だから予測不可能ですが、それを曖昧と見做すかどうかです。
    カオスは決定論的です。ですから曖昧=断定できない=決定できないです。しかし、言語で曖昧に表現できます。カオスは言語で表現できません。やってみなければ何とも言えないのです。この違いはとても大きいと思います。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896730723511549952...
    posted at 09:56:09

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    カオスの式は
    Xn+1=aXn(1-Xn)
    として表現されまるので曖昧ではありません。左辺はXn=生存率、1-Xn=死亡率とすると生存率*死亡率=1ですから一応メビウス構造になっています。ただ漸化式(自己回帰)になっていますのでカオスの振る舞いとなり非線形ですが決定論的です。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896730723511549952...
    posted at 09:52:50

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    カオス=混沌、曖昧=ファジーとしてみるともっとはっきりします。
    カオス→コスモスですが、ファジ―=意味不明状態です。暗黙知の領域ですね。主婦の観です。これを数値化して炊飯器となりました。しかし、多くは曖昧のまま言語表現しています。カオスは意味不明ではなく構造が非線形なのです。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896730723511549952...
    posted at 09:42:43

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    常識的に考えるなら曖昧はよくわからないということです。つまり、断定できないのです。確信がないときに言葉を濁すのです。混沌は感覚的です。不安を感じる時に使います。曖昧は言葉で表現され、カオスは言葉になる前の状態です。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896730723511549952...
    posted at 09:30:24

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    意味不明ですね。こういう時は対語で考えると良いでしょう。曖昧=意味不明の対語は意味明瞭です。カオス=混沌(無秩序)の対語はコスモス(秩序)です。カオス=曖昧と言い換えるなら意味明瞭=秩序と見做すと言う事で良いですか。よさそうな気もしますがすっきりしませんね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896730723511549952...
    posted at 09:25:10

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    そうであるなら再び空海を解体しなければなりませんね。答えが見つかるかもしれません。世間には余計な言語(物の見かけから生じる語・夢想から生じる語・妄想から生じる語・空想から生じる語)が溢れている。それらの虚妄の言語と真実の言語との違いを総合的に論じたのが声字実相義だそうです。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896725424436166656...
    posted at 07:52:18

    8月14日

    森のように深い@fractaleA
    メビウス論理が逃亡論理ですか。そうかも知れませんね。そう見做して解釈を試みて見ましょう。新しい発見ができるかもしれません。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896723776578007040...
    posted at 07:39:56

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  • from: 生成門さん

    2017年08月13日 11時09分19秒

    icon

    見做しの功罪(光と影)

    ブランコモデルの探求から物理の法則が精神現象に応用できるヒントが得られました。これは精神革命の臨床としては大きな成果です。そのヒントとは見做し・見立てるという概念です。作用反作用の法則は共通理解を得る共認の原理だということです。

    見做しというのは象徴的思考であり、象徴とは何かを記号で代理表象することです。原始時代の人類は記号を使っていたのです。つまり、見做しをしていたということです。それが化粧です。化粧は何かの象徴であって見立てなのです。

    人類に精神的行為はすべて共感という精神的エネルギーの交換から始まります。ブランコモデルではそれを作用反作用の法則を使って説明できるとしています。

    しかし、ブランコモデルには重大な欠点があることも分かりました。それは作用反作用を動的平衡と見做していることです。動的平衡とは速度が同じだと言う事です。運動はしているが止まっていると言うわけです。つまり、動的平衡=作用反作用と見做すということはスナップショットをとっているようなものです。

    運動しているのに運動していないと見做すのです。だから速度を無視して静的な作用反作用をブランコモデルとしてしまったのです。作用反作用から速度を削ぎ落してしまったのでは、車のついていない未完成の自動車を自動車だと見做しているようなものです。

    見做すことは象徴思考であり、人類がサルから人間になった大きな潜在的能力(遺伝子由来の力)だと思いますが、それによって偽装・誤解・錯覚・虚偽も生まれるのです。それによって人類は大きな苦しみを背負うことになったともいえるわけです。


    2017年08月12日(土)31 tweets
    source

    12時間前

    森のように深い@fractaleA
    見做しと言うのはあらゆるところに出てくる。そこから無限の存在を神と見做すという思考が出てきたのである。だからどの民族にも神の存在があるのである。現代で分かりやすいのが見做し法人である。共産主義は神を認めないが共産主義は見做し神なのである。
    posted at 21:23:21

    13時間前

    森のように深い@fractaleA
    ブランコモデルから得られた最大の獲物は見做しと言う行為である。見做すと言うのは五官主義に反する象徴行為である。原始人は化粧をしていた。化粧は見做し行為である。つまり五官を超えた象徴による思考をしていたのである。
    posted at 21:11:21

    15時間前

    森のように深い@fractaleA
    ブランコモデルは縁起説や二因説、共認、二人称、脱デカルト説などが乱発され期待したが、結局、動的平衡で動的作用反作用を否定することになった。何故、こうなったのか。それは自然言語の命題が曖昧だからである。どうにでも解釈できるからである。式に表現したところでその曖昧さが露呈する。
    posted at 19:05:00

    20時間前

    森のように深い@fractaleA
    習慣化するとそうなりますね。電気は貯めて置けませんから使わなくても絶えず作っていななければならないのですね。そんな無駄なことを思うでしょうが。使っている認識がないのですから作っていることにだって意識が向かわないのは当然です。これは水にも言えることです。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896229394234003457...
    posted at 14:16:16

    21時間前

    森のように深い@fractaleA
    オートファジーは動的平衡で説明できますが、個体のライフサイクルを考えるとまだ不完全ですね。粘菌のような生態は動的平衡では無理ですね。千島学説は血液のライフサイクルは説明できるのかもしれませんが、生命のライフサイクルはどうなっているのですかね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896184290689531904...
    posted at 12:20:49

    22時間前

    森のように深い@fractaleA
    原発の電気を毎日使っているのに繋がっていないなんておかしいですね。高校では理論は教えないでしょうが、蒸気で電気を作ると言うぐらいは教えるでしょうにね。つまり、火力と同じなんですね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/896183931237572608...
    posted at 12:14:22

    22時間前

    森のように深い@fractaleA
    ブランコモデルに親が加わると速度が変わる。つまり動的平衡ではない。外力が加わらないと速度は落ちやがて止まる。たまらないためには、減速を防ぐ力が必要だから、どっちにしても速度が替わる。だから動的平衡は使えない。
    posted at 12:07:51

    22時間前

    森のように深い@fractaleA
    ブランコと子は張力と遠心力で作用反作用していると考える。
    T=-mg*cosθ
    である。ここに親が参加すると、それは水平方向の力Fである。
    従って
    T=-(mg+F)cosθ
    である。
    結局、左辺に新たな力Fが加わっただけで、
    T=F1,左辺をF2とすると
    F1=-F2
    となる。
    posted at 12:04:04

    22時間前

    森のように深い@fractaleA
    ブランコモデルは
    F1(ブランコ)=-F2(子)
    からスタートして
    親を組み込んで、
    F1=-F2-F3(親)
    として、親子を分離して
    F1+F2=-F3
    とした。三体問題である。
    子にかかるのは重力gである。これを分離するのは間違っている。
    posted at 11:53:57

    22時間前

    森のように深い@fractaleA
    ブランコモデルは縁起説を取り込んだのは良かったんが、ミクロは動きマクロでは止まると言う動的平衡を援用してv1=v2としたのでF1=-F2に留まってしまって、Fv=1を発展させることができなかった。その結果、二人称の対話への応用は静的にならざるを得ないことになる。
    posted at 11:48:09

    22時間前

    森のように深い@fractaleA
    作用反作用は原因が結果となり結果が原因となるので縁起の二因説と同じである。従って主体(能動)と客体(受動)の逆転は容易に起こりえる。一方で線形科学は一因説である。つまり、原因―結果である。
    複雑系=カオス=フラクタルやサイバネテックスのフィードバック=自己回帰理論は二因説である。
    posted at 11:41:21

    22時間前

    森のように深い@fractaleA
    Bモデル(ブランコ)では作用反作用が持続すると考える。
    だから
    F1=-F2=F3=-F4-----Fn=-Fn+1
    である。
    posted at 11:35:11

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    ブランコモデルではマクロでは停止しているように見えるがミクロでは絶え間なく動いていると言う。又、単一の孤立した力は存在しえないということを示している。これは仏性=無常・無自性である。無常=動的平衡である。無自性=作用反作用である。
    posted at 11:02:14

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    ブランコモデルはニュートンの第三法則・静的作用反作用を援用している。どんな物体(対象)でも作用・反作用を及ぼすことが可能であり、どんな物体(対象)でもすなわち潜在的能動性を備えていると解釈する。能動性を認めるということはユニーク(仏教的)である。
    posted at 10:56:20

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    ブランコモデル(渋谷氏)が援用している動的平衡は動的作用反作用ではない。動的平衡では速度が同じなのである。だからFv=-FvがF1=F2となってしまうのである。その結果、共通認識という結論は引き出せるのであるが、何故、自食の論理が命の論理となるのかの説明ができていないのである。
    posted at 10:46:31

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    ブランコモデルは作用反作用の法則を動的平衡の理論を援用して共認の原理としている。仏教の因起論まで持ち出して物理の法則を人間の精神活動である対話を二人称に仕立ててしまったのである。その視点はとてもユニークである。しかし動的作用反作用ではない。動的平衡の理論では速度が同じなのである。
    posted at 10:41:09

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    福岡氏は言う。オートファジーとは自食作用のことである。細胞はあっという間に自己を分解してしまい、リサイクルされたり、排泄されたりする。つまりエントロピーが捨てられているのである。大隅氏がノーベル賞に輝いたのは、シェーンハイマーから連綿と続く生命科学の系譜から見ると当然の帰結だ。
    posted at 10:32:00

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    記憶科学はノーベル生理学医学賞に大隈良典教授のオートファジー(細胞の中で起きているタンパク質の合成と分解は、離散融合更新循環が関係している可能性が高いと思う)を礼賛している。
    posted at 10:28:31

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    オートファジーと離散融合更新循環。。。 http://plaza.rakuten.co.jp/clg2009/diary/201610050000/?scid=we_blg_tw01... #r_blog
    posted at 10:26:01

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    福岡氏は言う。破壊が重要と言うパラダイムシフトに新しい潮流が加わった。細胞にはさらに巧妙で大規模な分解システムが備わっていた。それが大隅良典氏のオートファジー研究である。
    posted at 10:25:07

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    福岡氏は言う。生命にとって重要なのは、作ることよりも、壊すことである。細胞はどんな環境でも、いかなる状況でも、壊すことをやめない。むしろ進んで、エネルギーを使って、積極的に、先回りして、細胞内の構造物をどんどん壊している。なぜか。生命の動的平衡を維持するためである。
    posted at 10:23:52

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    福岡氏は言う。動的平衡の流れを作り出すためには、作る以上に壊すことが必要である。それゆえ細胞は一心不乱に物質を分解している。壊すことの重要性を言ったのは科学者としては初めてである。
    posted at 10:23:21

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    福岡氏は言う。エントロピーを絶え間なく排除しなければ、新しい秩序を作り出すことができない。そのために絶えず、自らを分解しつつ、同時に再構築するという危ういバランスと流れが必要なのだ。これが生きていること、つまり動的平衡である。
    posted at 10:20:56

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    福岡氏は言う。秩序あるものは必ず、秩序が乱れる方向に動く。宇宙の大原則、エントロピー増大の法則である。この世界において、もっとも秩序あるものは生命体だ。生命体にもエントロピー増大の法則が容赦なく襲いかかり、常に、酸化、変性、老廃物が発生する。
    posted at 10:20:15

    23時間前

    森のように深い@fractaleA
    福岡氏は生物には時間があると言う。つまり不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度おりたたんだら二度と解くことのできないものとして生物は存在していると言う。
    posted at 10:19:39

    8月12日

    森のように深い@fractaleA
    福岡氏はノックアウトマウスの実験結果から従来の生命の定義は間違っていると言う。そこには時間がない。生命を機械に譬えるのは無理があるという。機械には時間が無く原理的にはどの部分から作ることもでき部品を抜き取ったり交換することもできる。生物に見られる一回性というものが欠如している。
    posted at 10:18:52

    8月12日

    森のように深い@fractaleA
    福岡氏は生命とは動的平衡にある流れであるとした。生物は動的に平衡な状態を作り出している。生物は平衡が崩れると、その事態に対してリアクション(反応)を起こすのである。
    posted at 10:15:51

    8月12日

    森のように深い@fractaleA
    動的平衡は生物学者・福岡 伸一の概念である。福岡氏はルドルフ・シェーンハイマーの提唱した生命の動的状態という概念を拡張し、生命の定義に動的平衡という概念を提示した。
    posted at 10:14:14

    8月12日

    森のように深い@fractaleA
    静的作用反作用は動的平衡である。動的平衡とは互いに逆向きの過程が同じ速度で進行することにより、系全体としては時間変化せず平衡に達している状態を言う。速度は同じから動的作用反作用が動的平衡=静的となる。ここが問題だ。
    posted at 10:08:59

    8月12日

    森のように深い@fractaleA
    そうでした。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/895672134072008704...
    posted at 10:01:36

    8月12日

    森のように深い@fractaleA
    何故Fv=1ではなくF1=-F2になってしまうのか。それをブランコモデルから解こうとしているのですが難儀しています。鍵は動的平衡のようです。自然界に見られる動的平衡とは作用反作用が同じ速度で進行することで平衡に達している状態をいいます。同じ速度というのが原因ですね。 https://twitter.com/zero0mugen0/status/895657312483893248...
    posted at 10:00:29

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