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シムダンス「四次元能」

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公開 メンバー数:58人

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ここは自己生成の門ーーー宇宙の原理「動的作用反作用」を使って精神革命の臨床実験中!

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  • from: 生成門さん

    2017年03月29日 12時20分32秒

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    差分=差位とすると記憶を語ることはメビウス変換することになり、エーテル空間で振る舞うことになる

    記憶科学では差位を語ることが記憶を語ることになります。
    https://plaza.rakuten.co.jp/clg2009/diary/201703030001/

    ところで、差分=差位とすると記憶を語ることはメビウス変換することになり、エーテル空間で振る舞うことになります。ということは記憶が主役なのですから、記憶がエーテルということになるでしょう。

    ではエーテル空間を正と負に往来するとき、一体何が往来するのでしょうか。その関係は何でしょうか。

    今分かっていることは、xの1/xがメビウス変換だということです。1/x=ΔxなのでΔは差分であり、差分はメビウス変換することになります。


    記憶を差位で語るということは、差分で語ることになり、メビウス変換ということを取り込んだ語りとなり、それはとりもなおさず反空間の世界を語るということですから、そのような言語をメビウス言語と呼んでよいでしょう。エーテル言語でも良いわけですね。

    以下はつぶやきを参照してください。精神革命の臨床実験なので文脈を無視しています。

    呟きのまとめ
    http://twilog.org/fractaleman74/date-170327


    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    複素平面で考えるとz(1/z)=1であるが、ツイッターでの考察はx軸に射影したx(1/x)で十分である。その複素平面の単位円上のべクトルを考えると+1から-1、-1から+1へと回転するが、xで見ると振動することになる。この正と負の反転関係をエーテル空間と見做すことができる。
    posted at 12:37:21

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    色(現象世界)と空の世界は反転して繋がっており、色→空→色→となる。色の世界を陰と陽(正と負)とすると、陽→(空)→陰→(空)→陽→となる。
    空を省略すると
    陽→陰→
    正→負→
    となる。
    x(1/x)=1
    はx軸のxが回転すると+x-xを振動することを意味する。
    posted at 12:28:50

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    色即是空・空即是色だけでは何も発展しないが、式にするとまるで違ってくる。独り歩きし出すのである。
    x(1/x)=1
    は色と空の積は一定であると読める。
    posted at 11:50:30

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    色即是空・空即是色を数式で表現するとどうなるだろうか。色を現象として、実軸xで象徴して、空は原点とする。原点の近傍を現象のミラーと考えて、1/xとする。xと1/xの積を作ってみる。するとx(1/x)=1となる。色*空=1である。ここから何が言えるかである。
    posted at 11:44:18

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    これまでの科学はエーテルを否定したが、こっそりと裏から、名前を変えて舞台に送り出してきた。しかし、所詮、付け焼刃である。宇宙モデルがないのである。色即是空・空即是色は素晴らしいモデルだと言えるが、残念ながら、数式がない。だからこれ以上の発展は期待できない。
    posted at 11:36:19

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    シュタイナーやジョージ・アダムスはエーテルを科学的に取り上げたが、まだ不十分である。何かが足りないのである。それは宇宙モデルである。宇宙はこうなっているという科学的モデルである。
    posted at 11:31:28

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    エーテル空間とは反空間である。物質と非物質(精神)との反転する空間である。陰陽の二元論的に循環する構造であり、タオの世界とも親和性がある。
    posted at 11:27:49

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    昔から科学と非科学(神秘主義)の間で取り合ってきたのがエーテルである。科学ではエーテルを場と言い換えて再現した。しかし、神秘的なエーテルは否定した。科学と非科学の中間でとどまっているのが、シュタイナーのエーテルであり、それを数学的に取り上げたのがジョージ・アダムスである。
    posted at 11:23:32

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    空を語る言語とは何かである。空とは真空の顔だろうか。真空は空ならずという。つまり、オールイズナッシングではない。では何があるのか。タオなら混沌である。このような類推をいくら重ねても埒が明かない。
    posted at 11:17:56

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    記憶科学はインスピレーションの世界を記憶をベースとして科学したいと考えているようであるが、離散系というキワードがあるだけで、それを語る言語を持っていない。
    posted at 11:14:37

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    科学と非科学の中間の視点に立つことが人間の視点を消すということになるが、具体的にはどのような方法があるのだろうか。単的には、色即是空・空即是色を数学的に表現できたら良いということである。仏教は4000年もかかって念仏だけを唱えてきたが、これを科学することを考えて来なかった。
    posted at 11:12:35

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    記憶科学的記憶言語学はある。記憶を土台とする科学は未来において存在しうるし、その科学を土台とする記憶ファーストの言語学も存在しうる。しかし、宇宙を語る・差位を語る特別な言語はない。例えば、量子言語のような言語、人工言語、三浦梅園の玄語などといった言語はないということである。
    posted at 11:07:07

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    科学のサイドから非科学の領土を侵食するしかない。その方法はあるだろうか。それはある。その方法は現在の科学の欠陥をなくすために脱構築することである。そして何よりも非科学を語る言語を獲得することである。言語を獲得すると言っても自然言語を捨てるということではない。
    posted at 10:59:51

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    物理は科学、非物理は神秘主義(宗教やオカルト)である。その中間に立つことが、記憶の視点である。果たして可能だろうか。神秘的な現象は科学という武器によってかなりその領土を奪ったきたが、まだ、まだその領土は残っている。だからと言って神秘のサイドから科学に近寄ってくることはあり得ない。
    posted at 10:54:33

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    空=無=カオスである。従って、人間の視点を消すというのは中性の視点だということになる。人間か非人間かの選択ではなく中間の視点である。つまり、物理の様な科学は人間の科学である。だから、物理と非物理の科学との中間に立つことが、記憶の視点ということになる。
    posted at 10:49:28

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    空はすべてのxを生成する中性の空間である。中性とは中性洗剤のようなものである。PH7である。アルカリでもあり酸性でもあり、アルカリでもなく酸性でもないという状態である。このように考えると人間の視点を消すというのは中性の視点だということになる。
    posted at 10:46:05

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    無理命題の記憶科学を実現する方法はないのだろうか。それを考えてみる。色即是空・空即是色を数学的に表現するとどうなるだろうか。色を現象世界だからxで象徴する。空はすべてのxを生成するカオスだから無とする。無だけれどもall is nothingではない。中性の空間である。
    posted at 10:42:01

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    これまでは記憶科学と言えば、その反対の非人間的な科学を考えてきた。人間が主役ではない科学である。しかし、それは不可能な科学である。例えば、人間が存在していない宇宙空間を考える場合、それを考えるのはやはり人間である。記憶科学を考えるのも人間である。記憶科学は無理命題なのである。
    posted at 10:37:17

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    人間の視点を消すという仏教的方法は成就できない不可能な視点なのである。他の神秘的な方法でも同じである。何かが足りないのである。それは何かである。記憶科学によれば、従来の科学は人間の科学であって記憶の科学ではないという。色の科学であって空の科学ではないという。
    posted at 10:33:12

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    仏教では無我になれという。それこそが計らいを捨てるということだから人間の視点を消すという記憶科学の条件に適合する。色即是空・空即是色とはまさにそのことである。しかし、しかしである。お経を何万回唱えても決して無我にはなれない。座禅をしても悟りは得られない。
    posted at 10:28:51

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    どうすれば人間の視点を消すことができるのだろうか。人間というのは自我的存在である。自我とは欲望の塊である。自己中心的である。だから計らうのである。人為的になるのは当然である。そこで、人間の自我を捨てるという方向で考えてきた。そこで登場するのが無我である。
    posted at 10:25:29

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    記憶科学は人間の視点を消さなければならないという。人間が語る言語は自然言語ないし、その延長にある言語である。その人間が科学を語るのである。だから人間が自然を語る。だから人間の視点を消すことはできない。視点を移動したぐらいでは決して消したことにはならない。
    posted at 10:22:15

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    そしてもっと重要なことが判明した。それは磁荷もまたモノポールによって担架されているということである。これによってもっと重要なことが判明する。それは負の質量が存在するということである。
    posted at 10:18:54

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    c=√ε0μ0である。これは何を意味するのだろうか。もし、誘電率が負になるなら、透磁率も負にならなければならないということである。ソレノイド空間では負の誘電率である。だとすると透磁率も負でなければならない。何故なら誘電率と透磁率はペアだからである。
    posted at 10:17:15

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    電荷の分極はまだいい。電子と陽電子という単極子の存在が認められているからである。磁荷の場合はモノポールは認められていない。にもかかわらず、分極は起こる。それがソレノイドというありふれた空間の中で起きる。そのことを説明するには、負の透磁率を持ってくるしかない。
    posted at 10:13:08

    3月27日

    森のように深い@fractaleman74
    コンデンサーで電気が+eとe-に分離するのは何故か。e+とe-は引き合うはずではないのか。それが逆になる。F=e^2/4πε0r^2からすると、e^2=e+e-=-e^2となり引力となる。しかし、現実は斥力である。これをどう説明するのか。そこで出てくるのが負の誘電率-ε0である。

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