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創価学会SGIを本音で語ろう

創価学会SGIを本音で語ろう>掲示板

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  • from: moji44さん

    2009年04月30日 23時34分45秒

    icon

    「Re:創価学会を脱会した動機」
    > 破門後、次々と不幸な出来事に遭遇(そうぐう)
    >
    > 性別ーーー男性・50代
    > 学会に入信した年ーーーー昭和40年代
    >
    > 脱会の動機と経緯
    >
    > 私は、昭和49年に入信し、以来創価学会員として信仰を続けてきましたが、昨年の秋、学会を脱会して法華講員となりました。
    > 創価学会が日蓮正宗から破門される以前の私は、仕事においても結婚生活においても、それなりに順風満帆な人生を送っておりましたが。ところが、創価学会が謗法化した平成2年頃から、悪い事が立て続けに起こってきたのです。その主な出来事を列挙します。
    >
    > ●平成2年、妻が甲状腺の癌(がん)に罹(かか)り 、手術で左側を切除。
    >
    > ●平成3年、私が急性肝炎を発症、1ヶ月の入院予定が、2ヶ月半に。
    >
    > ●平成4年、勤務先が倒産して失業。(苦労して、半年後にやっと再就職が決まる。)
    >
    > ●平成6年、長女が誕生するも、その後、知的障害と診断される。
    >
    > ●平成9年、長男が誕生するも、その後自閉症と診断される。
    >
    > ●平成10年、親会社の倒産に伴い、またもや失業。(5ヶ月後に、やっと次の就職先が決まる。)
    >
    > ●平成17年、妻が右側の甲状腺に異常。幸い良性だったが、現在も通院中。
    >
    > ●平成20年1月、私が悪性リンパ腫発症。
    >
    > 以上のような状態でした。
    > 私が悪性リンパ腫で入院している時に、妻が学会婦人部の強固な勧めによりニセ守り本尊を五千円で買わされ、それを幹部と一緒に病室に持ってきました。
    > そのせいだったと思うのですが、治療の効果がなかなか現れず、結果的に半年もの長期入院となり、その間に会社から解雇されてしまいました。
    >
    > すると、最初は見舞いに来てくれていた学会員が、私が治る見込みの薄い癌で、経済的にも苦しいと思い混込み、「自分の病気は、自分で題目をあげて治してください」と言って、ぱったり来なくなったのです。
    > そういう時ほど、話を聞いてほしいものなのに・・・・・・・
    >
    > 思えば、学会では、不幸な出来事に遭(あ)った会員のことは、まるで最初からいなかった人のように隠します。
    > そうしたことにも疑問を感じだした時に、インターネットで法華講の方のサイトに出会いました。
    > 創価学会が謗法であること、ニセ本尊のこと、法華講員の体験談等々、知らないことばかりで驚きましたが、全く納得できました。
    >
    > そして最寄りの正宗寺院に行き、法華講員となることができたのです。
    >
    > 現在、私は、保険のおかげで経済的な不安もなく、病気も寛解(かんかい)の状態で安定しています。
    > これからは、全て正しい信心によって乗り越えていこうと思っております。
    > (慧妙:平成21年4月16日号より転載)
    >
    > ということで、学会にいても碌(ろく)なことはない。
    >
    > ここの掲示板を見ている学会員の皆さん、自分の身や周りで同じようなことが起こっていませんか?
    >




    そうなんですか?じつは私も学会員のひとりですが。
    教えの根本は、今、生きているうちに宿業を出し切ってしまおうと
    してるんじゃないですか?学会員になったから不幸になったんでは
    ないでしょう?病気にまけない。貧乏にまけない、なにくそ魂を
    身に着けるためのかつどうでしょうが。私はべつになにがおきようが、自分の責任でおきることであって、人の責任にはしません。
    ニッケン宗に完全にそまってますね?あなた。

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  • from: ハムスターさん

    2009年04月30日 09時15分28秒

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    本山紹介その7

    法〓園の桜です。
    右上の屋根は、客殿の屋根です。(赤丸のところです。)

    手前の桜の木や杉の木と比べてもらうと、客殿の大きさが分かってもらえるかと思います。

    (板の流れを読まずにごめんね。)

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  • from: しまさん

    2009年04月30日 00時10分34秒

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    DTさんはじめまして

    御書に

    三三蔵祈雨事

    ・日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、
     又道理証文よりも現証にはすぎず

    とあります。

    私は、創価学会にて事業の失敗・自己破産・鬱病・自殺未遂・失業

    家族の不幸など、ありとあらゆる事を身に受けました。

    貴方同様に創価学会は正しいと信じたのです。

    開目抄下に曰く

    ・人をあだむことなかれ眼あらば経文に我が身をあわせよ

    上の御文を拝したとき、創価学会に日蓮大聖人の御精神や

    教えが無いことに12年を経てようやく気がついたのです。

    星名五郎太郎殿御返事に曰く

    ・悪象の為にころされては三悪に至らず悪知識の為に殺されたる
     は必ず三悪に至る

    まさに、この御文が示す通りでしょう。

    創価学会は悪知識なのです。

    私は、宗門を毀謗しました。還著於本人としてわが身に現証として

    現れたのです。

    法華初心成仏抄曰く

    適持つ人を見ては賎み軽しめ悪み嫉み口をすくめなんどする
    是れ併ら謗法なり争か往生成仏もあるべきや、必ず無間地獄に
    堕つべき者と見えたり。

    御本尊様を日達上人様から日寛上人と称する本尊に変えしかも

    宗門を毀謗する。

    厳しい咎です。14謗法です。

    私のようにならないよう、一日も早い正法正義に帰服することを

    大御本尊様に御祈念申し上げます。

    私の体験は下記のURLで公開しております。

    http://www.youtube.com/watch?v=lGsgtc6aXUM&feature=channel_page

    学会の嘘や教義の間違いは

    http://toyoda.tv/ ご覧下さい。

    因みに創価学会の言う神札問題ですが。

    当時、学会でも、各理事・各支部長宛に、戸田城外(城聖)理事長の名前をもって『通諜』という文書が出され、神札を粗末に扱わないよう指導したのです。

    創価学会教育学会各理事
    殿
    仝 各支部長
          理事長 戸田城外
      通諜
    時局下、決戦体制の秋、創価教育学会員には益々尽忠報国の念を強め会員一同各職域に於いてその誠心を致し信心を強固にして米英打倒の日まで戦ひ抜かんことを切望す。依って各支部長は信心折伏について各会員に重ねて左の各項により此の精神を徹底せしめんことを望む。

    一 毎朝天拝(初座)に於いて御本山の御指示通り、皇祖天照大神皇宗神武天皇肇国以来御代々の鴻恩を謝し奉り敬神の誠を致し、国運の隆昌、武運長久を祈願すべきことを強調指導すべきこと。
    一 学会の精神たる天皇中心主義の原理を会得し、誤りなき指導をなすこと。
    一 感情及利害を伴へる折伏はなさざること。
    一 創価教育学会の指導は生活法学の指導たることを忘る可からざること。
    一 皇大神宮の御札は粗末に取り扱はざる様敬崇祖の念とこれを混同して、不敬の取り扱ひなき様充分注意すること。                                                    以上
    六月廿五日

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  • from: 21世紀さん

    2009年04月29日 23時06分04秒

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    大行会


    5月1日 【大行会(だいぎょうえ)】

     「大行会(だいぎょうえ)」とは、富士門流(日蓮大聖人の教えを正しく受け継いだ日興上人の門流)の繁栄に尽力された南条時光(なんじょうときみつ・1259〜1332)殿の祥月命日(5月1日)に奉修される法要です。


    『上野殿御返事』(別名・「上野賢人殿御書」「竜門御書」)の末文。弘安2年(1279)11月6日 大石寺蔵
     本書は、日蓮大聖人が上野殿(南条時光)に宛てたもので、熱原法難の際に一門の外護に尽力した功を称え、またその深い信仰を賞賛し激励されたお手紙である。写真に「上野賢人殿」の宛名がある。
     時光殿の父・兵衛七郎殿は時光殿が7歳のときに亡くなりました。のちに家督を継いだ時光殿は、その父と同じように日蓮大聖人の教えを信じ、身延の大聖人のもとへ数々の供養の品々を届けられております。

     また時光殿は、「熱原法難」(あつはらほうなん)という、駿河国<静岡県>富士郡熱原で弘安元年(1278)から約3年の長きにわたって大聖人の僧俗が弾圧され、信徒20人が逮捕され、そのうち3人が殉教するという法難が生じたとき、日興上人とともに信徒たちを励ましたり、また自らも命をかけて鎌倉幕府からの弾圧とたたかわれました。
    その時、大聖人はその時光殿の深い信仰を讃えられ、「上野賢人殿」と称されました。

     その後、時光殿は大聖人の教えを護るために、やむなく身延山を離山された日興上人を外護され、さらに大石が原の土地を供養されました。この地に大石寺(静岡県富士宮市)が建立されます。
     このように時光殿は、大聖人と日興上人への外護をまっとうされ、正慶元年(1332)5月1日、74歳の生涯をとじられました。
     戒名は「大行尊霊(だいぎょうそんれい)」で、祥月命日の5月1日に「大行会」の法要が奉修されます。

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  • from: 21世紀さん

    2009年04月29日 22時54分28秒

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     立宗会について

    立宗会とは、末法の御本仏日蓮大聖人が、宗旨を建立し、立宗を宣言あそばされた日を記念してご報恩申し上げる法要です。
      大聖人は御出家の後、鎌倉、比叡、三井、高野、南都六宗を遊学して一切の宗旨を研鑽し、経教の根源を究めて諸宗の誑惑と災難の本源を検索されました。そして南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)という本法こそ、仏法の内証に導く唯一最高の教えであるとの自覚もって、建長5年(1253年)春、御年32才の時、故郷の安房へと帰られ、師の道善房のもとで宗旨建立のための深い思索を重ねられました。
      3月28日、師の道善房の持仏堂において、師や父母、兄弟、浄円房をはじめとする法兄など順縁の人々に対し、妙法の正義をもって禅・念仏などの邪義を破折され、法界に内証の題目を開闡されました。
      さらに大聖人は思惟を続けられ、1ヵ月後の4月28日未明、法華経に予証された三類の強敵に立ち向かうべき一大決意のもと、ひとり清澄山上旭ヵ森に立ち、遠く太平洋の彼方にさし昇る日の出を待たれました。やがて水平線上にその姿があらわれると、起立合掌されていた大聖人の口から「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と、末法万年の闇を照す下種の題目が、おごそかに熱誠をこめて力強く唱え始められたのです。そして太陽をはじめとする全宇宙の生命に、一切衆生救済を始む宣言をなされました。この題目こそ今まで誰人も唱え出すことのなかった自行化他にわたる題目であり、外用弘通の開示であったのです。
      この日の午の刻(正午)、日蓮大聖人は清澄寺諸仏坊の持仏堂において、初めて大衆に向かって妙法弘教の法輪を転ぜられ、広宣流布への第一歩をしるされました。大聖人のこの説法を聞くや、安房東条郷の地頭で、熱心な念仏の信者であった東条左衛門尉景信は、烈火のごとくに怒り狂い、大聖人の身に危害を加えんとしました。以来、大聖人は大難小難数知れざる折伏弘教の生涯に身を投ぜられ、三障四魔必ず競ひ起こると予証された法華経を身命を賭して身読あそばされたのです。
      大聖人の立宗の御文に3月、4月の両度のお示しがあるのはこの内証・外用の両意によります。

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  • from: 21世紀さん

    2009年04月29日 22時25分49秒

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    『週刊実話』平成21年5月7日号

    「永遠の指導者」創価学会・池田x作「名誉会長」就任30周年
     3月に「名誉学術称号250章」(世界各国の大学からの顕彰=日本の大学はゼロ)を達成し、ますます意気軒昂な創価学会の池田x作名誉会長(81)。4月24日には名誉会長就任30周年を迎えるが、なぜか祝賀ムードは聞こえてこないのだ。
     創価学会といえば、「5・3池田会長就任記念日(創価学会の日)」をはじめ、「1・26SGIの日」「7・3大阪事件の日」「8・24池田青年入信の日」などが、〝先生の記念日〟となっている。ところが.「4・24池田名誉会長の日」は見当たらない。その理由を創価学会に詳しいジャーナリストはこう話す。「確かに異例なんですが、1979年4月24日は池田さんにとって、名誉会長就任イコール会長辞任の日でもあるんです。当時の創価学会会長は終身制で、池田さんは51歳。途中交代はありえないことでした。日蓮正宗との関係修復のため、引責辞任を余儀なくされましたからね」
     池田氏と日蓮正宗との対立は根深く、今では日蓮正宗とも決別しており、〝名誉会長〟として学会を指導している。ならば大々的にお祝いしてもいいと思うのだが、
    「〝池田創価学会〟の原点でいもある5月3日も間近ですし、ようするに4・24はトラウマ。いくら自己顕示欲が強い池田さんでも、〝負け戦の日〟だけはやれないでしょう」(前出・ジャーナリスト)
     比較にならないが、池田氏の250章は、イチローの安打ペース並にすさまじい。'07年は20とほぼ半月に一つのハイペース。その大半は中国からのものだ。
    「昨年の8力国・20個に対して、今年は6力国で6つ。毛色を変えながら必死ですよ(笑)」(元学会員)
     池田氏が裸の王様になっているとすれば、それはそれで気の毒なことでもある。しかし〈名誉会長30年〉はカド番を繰り返す最長大関よりも、立派な金字塔であることは間違いない?

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  • from: 21世紀さん

    2009年04月29日 21時06分31秒

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    「Re:日蓮仏法」
    > 日蓮大聖人が偉大な人間であること。これが本質です。
    偉大な人間であること。これが本質とは何を言いたいのか解りませんね。教義的にきちんと説明すべきではないですか。
    日蓮仏法を語るならせめて下記のような回答をすべきです。

    日蓮大聖人の基本的教義

    宗教の五綱  
     「宗教の五綱(ごこう)」とは、五箇(ごか)とも五義ともいわれ、教(きょう)・機(き)・時(じ)・国(こく)・教法流布(きょうぼうるふ)の前後の五つのことで、仏法を正しく判断するために日蓮大聖人が説き明かされた教判(きょうはん)をいいます。これについて大聖人は、

     「抑(そもそも)仏法を弘通し群生(ぐんじょう)を利益(りやく)せんには、先(ま)づ教・機・時・国・教法流布の前後を弁(わきま)ふべきものなり」   ―(聖愚(しょうぐ)問答抄 新編四〇二)―
    と示され、その各教判の内容については、『開目抄(かいもくしょう)』『観心本尊抄(かんじんのほんぞんしょう)』『撰時抄(せんじしょう)』『報恩抄(ほうおんしょう)』その他、重要御書の各所に述べられています。

     この五綱判(ごこうはん)によって、末法万年にわたる民衆救済の大法が、寿量品文底(もんてい)の南無妙法蓮華経であることが明確になるのです。


    教を知る


     教とは天台大師が『法華玄義』に「教とは聖人下に被らしむるの言なり」と述べられているように、聖人が悟られた法を言葉にしたもので、人々に道理を基本とする善悪の道を教え、正善に向かわしめることを目的としたものです。
     世の中には種々の宗教があり、また仏教にも小乗教・大乗教・権教・実教等がありますが、その中で何が真実であり、最勝の教えであるかを判釈することが大切です。

     これについて大聖人は、
     「教の浅深を知らざれば理の浅深弁ふものなし」 ―(開目抄 新編五六一)―

    と説かれ、その規範として「五重相対」「五重三段」等の判釈を用いられました。これによって、文底下種の大法が一切の教えの中でもっとも勝れた教えであると弁えることが「教を知る」ことです。


    機を知る


     機とは、衆生が仏の教えを受け止めようとする心の状態(機感)、また教法に対する衆生の能力(機根)のことをいいます。 

     釈尊在世に舎利弗は、洗濯業の者に数息観(呼吸を整えて心を落ち着かせる法)を教え、鍛冶職の者に不浄観を教えたため、それぞれが一向に悟りに至りませんでした。そこで釈尊は洗濯業の者に不浄観を、鍛冶職の者に数息観という相応の修行法を教えて、道を悟らせたといわれています。このように、法を説くには衆生の機根・機感を知ることが大切です。 

     釈尊の在世、並びに滅後の正法・像法二千年間の衆生は、釈尊との久遠からの結縁によって、成仏の根本となるべき仏種がすでに下種されており、調熟・得脱のための教えを受ければ、ただちに成仏できる機類でした。このような釈尊の下種を受けた人々は「本已有善」の衆生であり、釈尊の化導によって得脱を果たす「熟脱の機」なのです。

     これに対して釈尊の滅後二千年を経た末法の衆生は仏となるべき種を持たない「本未有善」の衆生であり、大聖人妙法蓮華経をはじめて下種されて成仏する「最初下種の機」なのです。大聖人はこのことについて

     「今は既に末法に入って、在世の結縁の者は漸々に衰微して、権実の二機皆悉く尽きぬ。彼の不軽菩薩、末法に出現して毒鼓を撃たしむるの時なり」 ―(曾谷入道殿許御書 新編七七八)―

    と、末法における本未有善の衆生が、下種の妙法によってのみ救われる機根であることを仰せられています。


    時を知る


     日蓮大聖人は、仏法における「時」の重要性について、
     「仏教を弘めん人は必ず時を知るべし。(中略)時を知らずして法を弘むれば益(やく)無き上還(かえ)って悪道に堕(だ)するなり」  ―(教機時国抄 新編270)―

    と仰せられています。

     釈尊は、自らの滅後の時代を正法・像法・末法の三時に区切り、教法の時代的特性を次のように予言しています。すなわち、正法とは、釈尊の教法が正しく伝わり、修行も証果(しょうか=悟り)もともに実効のある時代であり、像法とは、正法時代に像(に)て教法と修行はあるが、証果のない時代であり、末法とは、釈迦の仏法が衰え、教法のみあって真の修行も証果もない時代です。

     この三時の中、正法一千年のはじめの五百年に迦葉(かしょう)。阿難(あなん)等が小乗教を弘め、次の五百年に竜樹(りゅうじゅ)天親(てんじん)等が権大乗教を弘通し、像法一千年には南岳(なんがく)・天台(てんだい)・妙楽(みょうらく)・伝教(でんきょう)等が現れて、迹門(しゃくもん)を中心として法華経を弘めています。この正法・像法・の二千年間は、釈尊の教法がもととなり、衆生は利益を蒙ることができました。

     しかし、末法に入ると、仏法は穏没し釈尊の教えでは衆生を救済することのできない時代となります。末法においては、地涌(じゆ)の菩薩(ぼさつ)の上首(じょしゅ)・上行菩薩が出現して法華本門の要法を弘め、一切衆生を済度される時代となるのです。

     ここにいう上行菩薩とは日蓮大聖人のことで、まさしく末法は大聖人所持の南無妙法蓮華経の下種仏法が弘通される時となるのであり、このことを知るのが「時を知る」ことになります。


    国を知る


     仏法の弘通にあたっては、その国の国民性・文化・思想・社会的環境などや仏法流布の因縁を知ることが大切です。
     大聖人はこのことについて、
     「国とは、仏教は必ず国に依(よ)って之(これ)を弘むべし。 (中略) 而(しか)るに日本国は一向に小乗の国か、一向に大乗の国か、大小兼学(けんがく)の国か、能(よ)く能く之を勘(かんが)ふべし (中略) 日本国は一向に大乗の国なり。大乗の中にも法華経の国たるべきなり。」 ―(教機時国抄 新編二七一〜二七二)―

    と示され、日本は大乗の中でも、特に法華経有縁の国であると決せられています。

     さらに大聖人は、
     「天竺国(てんじくこく)をば月氏国(がっしこく)と申す、仏の出現し給(たま)ふべき名なり。扶桑国(ふそうこく)をば日本国と申す、あに聖人(しょうにん)出(い)で給(たま)はざらむ」 ―(諌暁八幡抄(かんぎょうはちまんしょう) 新編一五四三)―

    と、日本は御本仏出現の本国であるとも示されています。

     そしてこの日本から大聖人の仏法が全世界へと流布されていくのであり、これについて大聖人は、
     「月は西より東に向かへり、月氏(がっし)の仏法、東へ流るべき相なり。日は東より出づ、日本の仏法、月氏へかへるべき瑞相なり」(諌暁八幡抄 新編一五四三)

    と示されています。

     このように、日本国こそ仏法流布の根本の妙法であると知ることが「国を知る」ことなのです。


    教法流布の前後を知る


     「教法流布の前後を知る」とは、教法を流布する順序・次第を知ることをいいます。
     釈尊は、時代を経るに従って人々の機根は次第に低下し、末法に入ると濁悪(じょくあく)の世となると説いています。この末法の人々を救うためには、前代の正法・像法よりさらに優れた教法が必要となります。

     大聖人は、
     「病によりて薬あり。軽病には凡薬(ぼんやく)をほどこし、重病には仙薬(せんやく)をあたうべし」(妙法曼荼羅供養事 新編690)

    と仰せになり、重病の者である末法の衆生には、より力のある根本的な教えが必要であることを明示されています。

     仏教が弘まった歴史を概観(がいかん)すると、インドにおいて釈尊が出世して九十五種の外道を破り、滅後には馬鳴(めみょう)・竜樹の論師が小乗を破して権大乗を弘め、次に中国では天台大師が南三北七の権大乗の邪義をを破り、実大乗経である法華経を弘めました。そして日本では、平安時代初期に伝教大師が現れて天台大師の教えを継ぎ、南都六宗の権門の義を打ち破って法華一乗を弘通しました。

     大聖人は、
     「教法流布の先後とは、未だ仏法渡らざる国には未だ仏法を聴かざる者あり。既に仏法渡れる国には仏法を信ずる者あり。必ず先に弘まる法を知りて後の法を弘むべし。先に小乗権大乗弘まらば後に必ず実大乗を弘むべし。先に実大乗弘まらば後に小乗・権大乗を弘むべからず」(教機時国抄 新編271)

    と仰せられ、実大乗が弘まっているにもかかわらず、教法が順序・次第に反してそれより劣る小乗・権大乗を弘めてはならないと厳しく戒められています。

     したがって、実大乗である法華経が弘まるべきときに、禅・念仏・真言等の権教を弘めることは、仏の教説の本意に背き、仏法を乱すものとなります。

     まさに末法は釈尊の仏法が隠没(おんもつ)し、大聖人の法華本門・寿量品の文底の要法たる南無妙法蓮華経が世界に弘通されるべき時代と知ることが「教法流布の前後を知る」ことなのです。

    宗旨の三箇 ―三大秘法―
     宗旨の三箇(しゅうしのさんか)とは、「本門の本尊」「本門の戒壇」「本門の題目」の三大秘法のことで、宗祖日蓮大聖人が説き顕された独自の教法であり、本宗教義の根本です。

     仏教では、仏道修行者が必ず修学しなければならない基本的なものとして戒・定・慧(かい・じょう・え)の三学を説いています。この三学の「戒」とは、積極的に悪を止め、善を勧めることであり、「定」とは、心の散乱を防いで鏡のような澄んだ清浄心になることであり、「慧」とは、煩悩の原因を明らかにし、仏の説かれる真理を体得することをいいます。

     大聖人は、この三学と三大秘法の関係について、
     「戒定慧の三学、寿量品の事の三大秘法なり」(御義口伝 新編1773)

    と仰せになり、仏教中の戒・定・慧の三学は、末法においてはそのまま三大秘法であると説示されています。

     そして、大聖人は『三大秘法稟承事(ぼんじょうのこと)』に、
     「法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひて候は、此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給へばなり」(新編1595)

    と仰せられ、三大秘法は法華経の根源の法体であることを明かされています。

     三大秘法には、本門の本尊に「人」と「法」、本門の戒壇に「事」と「義」、本門の題目に「信」と「行」という六義(六大秘法)の立て分けがあります。
     これらは別個の存在を示すものではなく、この六大秘法を合すれば三大秘法となり、三大秘法はさらに一大秘法に納まります。
     また、この一大秘法を開けば三大秘法となり、さらに開けば六大秘法、またさらには八万法蔵の法門と開かれることになります。
     この一大秘法の実体は「本門の戒壇の大御本尊」であり、一切衆生を成仏に導く根本の本尊となるのです



    本門の本尊


     本尊に根本尊崇(こんぽんそんすう)・本有尊形(ほんぬそんぎょう)・本来尊重(ほんらいそんじゅう)という意義があり、この三義がそなわってこそ、万人が信ずるに値する正しい本尊ということができます。大聖人は、

     「本尊とは勝れたるを用ふべし」(本尊問答抄 新編1275)

    と仰せられ、一切に勝れた本尊を選別することの重要性を説かれています。

     末法に出現された日蓮大聖人は、久遠本仏としての御内証を一幅の大曼荼羅本尊として顕されました。この大曼荼羅こそ、あらゆる人々を根本的に救う力用(りきゆう)をそなえる最勝最尊(さいしょうさいそん)の本尊であり、これを「本門の本尊」と称します。

     この本尊には「人」と「法」の義がそなわっています。
     大聖人は、
     「一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり」(草木成仏口決(くけつ)  新編523)

    と示されているように、御自身の御内証の事の一念三千の法を顕されたのが、大曼荼羅本尊(人即法)なのです。また、
    「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」(御義口伝 新編1773)

    とも仰せられるように、久遠の法体を所持される日蓮大聖人の当体こそ本尊(法即人)なのです。

     これを「人法一箇(にんぽういっか)」とも「人法体一(たいいち)」ともいいます。
     大聖人は多くの曼荼羅本尊を顕されていますが、なかでも弘安二年十月十二日御図顕の大曼荼羅こそ、まさしく究竟中の究竟であり、大聖人出世の本懐なのです。この本尊を「本門戒壇の大御本尊」と尊称し、総本山大石寺に七百年の間、厳護されています。

     この大御本尊には、三大秘法の意義がそなわっており、全世界の民衆はこの御本尊によってのみ、真の即身成仏の大利益を享受していくことができるのです。


    本門の戒壇


     本門の戒壇(かいだん)とは、本門の本尊を安置して信心修行するところをいいます。
     戒とは防非止悪(ぼうひしあく=非道を防ぎ悪行を止める)の意で、戒壇とは仏の教えを信じ行ずる者が戒を受ける場所を指します。

     戒壇は、時代を追って小乗の戒壇、大乗の戒壇と建立されてきましたが、これらはあくまで釈尊の熟脱(じゅくだつ)仏法における戒壇です。

     末法今日においては、大聖人御建立の本門の本尊の安置場所がそのまま戒壇であり、これを「本門の戒壇」と称します。

     この本門の戒壇には、「事」と「義」の立て分けがあります。

     「事」の戒壇とは、大聖人の出世の本懐とされる本門戒壇の大御本尊の住処であり、「義」の戒壇とは、その意義が事の戒壇につうじるという意味で、各末寺・各家庭に下付された一機一縁の御本尊の所住のところをいいます。

     さらに大聖人は、この事の戒壇を広布の相に約して、
     「戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王(うとくおう)・覚徳比丘(かくとくびく)の其の乃往(むかし)を末法濁悪(じょくあく)の未来に移さん時、(中略)霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇の建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり」(三大秘法稟承事(ぼんじょうのこと) 新編1595)

    と、事の戒法の究極的実相について述べられています。その建立の場所となる「最勝の地」については、第二祖日興上人への相承書に、
     「富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」(日蓮一期弘法付嘱書 新編1675)

    と、戒壇建立の霊地を具体的に定められています。


    本門の題目


     本門の題目とは、本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えることをいいます。

     この「南無妙法蓮華経」は、法華経各品に冠(かん)せられる妙法蓮華経の経題とは異なり、寿量品の文底に秘沈(ひちん)された独一本門の本法であるとともに、久遠元初の本仏の宝号のことです。
     大聖人は本門の題目について、
     「久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず、直達正観(じきたつしょうかん)・事行の一念三千の南無妙法連華経是なり」(本因妙抄 新編1684)

    と仰せられ、その題目は御本仏自らが実際に行じられた「事行の題目」であることを示されています。

     また本門の題目には「信」と「行」の立て分けがあります。「信」の題目とは本門戒壇の大御本尊を絶対無二と信じ奉ることであり、「行」はその信心をもって唱題することをいいます。たとえ信ずる心があっても、唱題という実際の行がなければ功徳を成ずることはできず、また、唱題の修行があっても信心がなければ成仏は叶いません。このことを大聖人は、
     「信なくして此の経を行ぜんは手なくして宝山に入り、足なくして千里の道を企(くわだ)つるがごとし」(法蓮抄 新編814)

    と誡められ、信行具足の題目でなければならないと教えられています。

     さらに大聖人は、
     「題目とは二意有り。(中略)像法には南岳・天台等は南無妙法蓮華経と唱へ給ひて、自行の為にして広く化他の為に説かず。是理行(りぎょう)の題目なり。末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(三大秘法稟承事(ぼんじょうのこと) 新編1594)

    と仰せのように、釈尊滅後の正法・像法時代の諸師が唱えた題目は、自身のみの行にかぎられた観念観法による理行の題目であると示され、大聖人の説き出だされた事行の南無妙法蓮華経こそが、一切衆生を教導し救済する自行化他にわたっての題目であると明かされました。

     したがって、私たちは本門戒壇の大御本尊を唯一絶対の対境と尊崇し、信の一念をもって自行化他にわたる本門の題目を唱えていくことが大切なのです。


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  • from: 21世紀さん

    2009年04月29日 16時34分09秒

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    「Re:学会を誹謗する目的は?」
    DT氏、下記の書き込みの意味はどういう意味でしょうか?
    > 金と権力と私利私欲に生きている僧侶は許さない。

    創価学会には10兆円の資産があるとマスコミ等で報道されています。それらの金は学会員から財務として集められたものであり、その一部はパナマのノリエガ将軍の麻薬ビジネス等に使われている事はご存知でしょうか。麻薬は人格と人体そのものを破壊する有害な薬物で使用すれば北朝鮮を除きどこの国も懲役刑などの刑に処せられます。また暴力団などを使い総本山大石寺付近に街宣車を繰り出し嫌がらせをしている。創価学会が正しいなら宗門に堂々と法論すればいいのであり、チンケな事しか出来ないようでは暗に自分達が間違っていることを見せ付けているようなものです。
    権力といいますが、我々の住む社会は組織で成り立っています。それぞれの役割立場で仕事や責務を遂行しているのですから否定するものではありません。米や野菜の作る農家がなければ食料はどのように調達するのでしょうか。あなたも何れかの職について報酬をもらい生活しているのでしょう。まさかパチンコや競馬等のギャンブルで生計を立てているわけではないと思いますが。
    私利私欲という言葉は池田名誉会長のためにあるようなもので、あちこちに出かけては金をばら撒きガラクタの玩具を何百ともらって喜んでいることが異常であり、世間の物笑いになっている。「知らぬが仏」をヂで言っているようなものです。
    今回公明党のごり押しで「定額給付金」が支給されましたが、学会員は財務に出すのでしょう。その後に待ち受けているのは大幅な増税です。紹介文にも書きましたが、投稿するにはきちんとした礼儀が大事です。コミュにはいろいろ資料を掲載していますので、これらをよく吟味され宗門のどこが間違いで創価学会の何が正しいのかを主張されんことを望みます。

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  • from: 21世紀さん

    2009年04月29日 13時23分42秒

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    「Re:僧侶も生き方しだい」
     妻帯を論ずるなら、日興上人の『弟子分本尊目録』に、
    ■「同國高橋築前房の女子、豊前房の妻は、日興の弟子なり」とあり、宗開両祖の時から、御弟子の中には「妻帯僧」がおられたことがわかる。
    これは大聖人が妻帯を許されていたという証拠である。

     また、学会を善導してこられた、六十四世日昇上人・六十五世日淳上人・六十六世日達上人等の御歴代上人も妻帯しておられた。
    これらの御歴代上人までも誹謗するのか。
     他人のことよりも、「僧俗平等」の主張の上から、池田をはじめ在家僧たる職業幹部全員、妻帯をやめてみたらどうか。
    ■「宗祖の御化儀は聖僧であって、御開山の御化儀も聖僧であった事は、史実として見るべきであるが、もちろん小乗戒でも大乗戒でもない、有作数目に係(かか)はる戒でない。本門無作の大戒であるから、戒目を挙げて或(あるい)は此(これ)を遮(しゃ)し、此を開する底(てい)の、窮屈な事例はあるべきでない。
     然れども鎌倉時代に横溢(おういつ)する破壊無慙(むざん)の妖僧等に簡異(かんい)する為に、仮に断肉禁婬の聖僧を標せられたものであろう。(中略)
     妻孥(つまこ)に慰(なぐさ)められねば夜の明けぬと云ふ人も、仕方があるまい。夫唱婦随、同心戮力(りくりょく)して、一家平和の好模範を檀信徒に示し、宗門のためにも、住持のためにも、国家のためにも、郷里のためにも、努力の効が顕著であったなら、帯妻の譏嫌(そしり)は償(つぐな)はるるであろう。
     要するに、菜肉婬は用否ともに無頓着(むとんちゃく)であるべきである。菜肉妻に著(じゃく)せずして信仰に生くべきである。弘法のためには死しても悔いなく憾(うら)なきを所期とするのが、宗徒の信念の第一義でなければならぬ。然らざれば僧分は無論、在俗の方でも、宗祖開山の御慈光に漏れて現当の利益を失ふであろうと思う。(中略)
     彼僧は魚肉を食ふたから生臭坊主だの、彼僧は女人と同衾(どうきん)したから破戒和尚だのと仰(おっしゃ)る。
     幾分の理解あるような顔をしてる青年達までも、少し御機嫌に叶わぬ事があると、老人並の旧思想に逆転して無用の悪口を仰るそうじゃが、現代にそんな人のあるのは夢のような真実事(まこと)である。
     もっとも禁欲齋戒を標榜(かんばん)にする宗門の坊さんなら、何と云われても身から出た錆(さび)で致し方もあるまいが、六百有余年の昔に末法無戒を喝破した日蓮大聖人の門下には迷惑千万の至りじゃ。
     いや、これは法華僧が、徳川政府の俗権に押し付けられて聖僧顔になって、肉食妻帯の真宗坊主などを虐(いじ)めた報いかも知れんが、現代の者にはトンダ迷惑の事である。」(日亨上人著『魚鳥食開訓』)

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  • from: 21世紀さん

    2009年04月29日 13時11分27秒

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    「Re:僧侶も生き方しだい」
    59世  堀 日亨上人のご指南と現今の妻帯僧侶に対する破折
    開山上人がこの法度に「先師の如く聖僧たるべし」と定められ、先師大聖人が無戒であるが、放埒破戒でないことを、証明せられており、日順・日尊にもまた放埒を誠めた文もあるが、この淑行聖僧というのは、現今の在家同然の僧行を認めたものでない。ややもすれば、多少の反省心より汚行を恥づる有羞僧を見て、かえって身心相応せぬ虚偽漢と罵り、全分の生活まったく在家同然で、心意またこれに相応し、たんに袈裟衣を着てるだけの違いを、かえって偽らざる正直の僧侶と自負する者があるやに聞く。このていの放埒ぶりを標準とせば、この条目はいまは死んでおる。自分はいまの状態は一時の変体と見ておる。(富士日興上人詳伝 437頁  堀 日亨上人著)
    日亨上人はこうも仰せですよ。

    「豊前公」は興師弟子分帳の
    「岩本寺住の筑前房は(豊前公同宿也)日興の弟子なり」
    (日蓮宗宗学全書第2巻興尊全集79)
    「高橋筑前房の女子豊前房の妻は日興が弟子なり」
    (同上81)
    の二文の外にはいずれにも岩本寺の豊前公の名は見当たらぬが、妻帯の僧
                     『冨士日興上人詳伝(上)』P114

    ちなみに妻帯すると謗法なんですかね?
    文証をどうぞ。

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