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創価学会SGIを本音で語ろう

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  • from: 21世紀さん

    2009/03/09 15:02:06

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    化儀抄

    総本山第九世日有上人は、第二十六世日寛上人と共に中興の祖と仰がれてきた上人である。
    富士上野の南条家の出身で、第八世日影上人の御弟子となられ、その後、応永26年に猊座に登られている。
    当時の総本山は、物心両面に亘って大変に疲弊した時代であったと伝えられているが、日有上人はこの時に出現なされ、山内の堂宇の整備維持、僧侶の養成等に尽力されたのである。
     
     また上人は、東は奥州、西は京都、あるいは越後、佐渡までも布教に廻られており、他宗門と論談し折伏して、教化の実を挙げられている。今日残っている東北の古い寺院は、日有上人が中興された寺が多い、といわれている。
    このように、広く諸国を廻遊され、また、布教に励まれた御見識により、宗門僧俗のあらゆる化儀法式を整備され、御指南なされたと拝されるのである。その御指南の中から、日有上人の弟子の南条日住師が121ケ条にまとめたものが、この『化儀抄』である。

    さて、『化儀抄』の内容は、まず、末法の御本仏宗祖大聖人の御当体である三大秘法の御本尊を即身成仏の法であるとする、当宗伝統の「信心」を根本とされて、主に「師弟相対」「行体行儀」「謗法不与同」について種々述べられ、さらに「社参の禁止」「世法の儀礼」等に至るまで、僧俗が行住座臥において領解していなければならないことを、詳細に亘って御指南されている。

    これらの信条化儀の各条が、今日の日蓮正宗の化儀の規範となっていることは周知の事実である。
                                     
                       〜 化儀抄のやさしい解説(暁鐘)の序より 〜

    第1条 僧俗の平等と差別

    一、貴賎道俗の差別なく、信心の人は妙法蓮華経なる故に、何れも同等なり。然れども、竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず、僧俗の礼儀有るべきか。信心の所は無作一仏・即身成仏なるが故に、道俗何にも全く不同あるべからず。縦い、人に愚痴にして等閑有りとも、我は其の心中を不便に思うべきか。之れに於いて、在家・出家の不同有るべし。等閑の義を、なお不便に思うは出家、悪く思うは在家なり。是れ即ち世間・仏法の二なり。

    「貴賎道俗の差別なく、信心の人は妙法蓮華経なる故に、何れも同等なり」というのは、身分が貴かろうと賤しかろうと、金持ちであろうと貧乏人であろうと、この信心をしていくことによって即身成仏が叶うという点においては、全く平等である、と言われているのである。現今の創価学会においては、この部分だけを抜き出して用い、”だから僧俗は同等だ”などと言うのであるが、早まってはいけない。その後に「然れども」とただし書きが加わり、「竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず、僧俗の礼儀有るべきか」と。要するに、同じ一本の竹というも、そこに上の節・下の節があるのと同じように、位を乱さずに、僧俗の礼儀を守っていかなければならない、と示されているのである。

     これを考えてみるに、妙法の信心をしている人は皆成仏できるから平等だ、といっても、たとえば、御僧侶の中にも、能化・所化という次第、区別がある。また、在家の中でも、信仰暦の長い人・浅い人という違いもある。要するに、いろいろな点において、立場の違い、差別というものが、現実に存在しているのである。
    日有上人は、その差別面を仰せられ、上下の位を乱さずに、僧俗の礼儀を守って信心していくべきことを示されたのである。
    そして、「信心の所は無作一仏・即身成仏なるが故に、道俗何にも全く不同有るべからず」
    と仰せられ、そのように(礼儀を守って)信心していくところには、皆、無作の一仏となって即身成仏をすることができるから、出家であっても在家であっても功徳に違いない、と。


    ちなみにキリスト教などの教えにおいては、神は人間を作った側であり、人間は神によって作られた側であるという、絶対的な差別が存在しており、どんなに信仰しても、人間が神になることはできない。どこまで行っても、差別が埋まることはないのである。


    ところが仏法においては、仏が法を説き、それを凡夫が聴聞するという点においては、厳然たる差別が存するが、しかし、その仏の説かれた法に随って修行していくと、我々凡夫もまた、同じ成仏の境涯に進むことができる・・それが無作の一仏になるということである。


    次に「縦い、人に愚痴にして等閑有りとも、我は其の心中を不便に思うべきか」というのは、たとえば在家の信徒達が御僧侶に対して礼儀を尽くさなかった、無礼な口の利き方をした、というようなことがあったとしても、その相手の心根を哀れに思うべきだ、ということである。要するに、相手は、悪意でしているのではなく、まだ信心がわかっていないから、そういう非礼な」態度をとるのだと、相手の信心未熟を哀れに思って、許してあげなければいけない、というのである。


    次に「之れに於いて、在家・出家の不同有るべし。等閑の義を、なお不便に思うは出家、悪く思うは在家なり。是れ即ち世間・仏法の二なり」と言われ、ここに、在家と出家の違いがある、と仰せられている。
    すなわち、たとえ、相手が礼儀に欠けた行為をしてきても、それを慈悲の心で哀れに思っていくのは出家の立場であり、許せないと思うのは凡夫の心であり、在家の立場なのだ、それが世間と仏法の違い、在家と出家の違いである、と言われているのである。



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コメント: 全55件

from: 21世紀さん

2009/03/19 23:49:24

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「Re:化儀抄」
第60条 本山在勤中も筋目を守り

一、遠国住山の僧衆の中に、本尊・守り・有職・実名等の望み有らば、本寺住山の時分たりとも、田舎の小師の方へ、本寺に於いて加様の望み候、如何為す可く候やと披露して、尤も然るべき様、小師の領納を聞き定めて、本寺に於いて加様の望みを申す時は、田舎の小師に談合を致し加様の望み申す由申され候時、諸事の望みに随って本寺に於いて免許候えば、信の宗旨に相応して事の宗旨の本意たり。其の義なき時は理の宗旨、智解の分に成り候て爾るべからず云云。



本条では、信仰の筋道について示されている。以下に、全文を通解すると、「地方の寺院から来て、本山に在勤している僧侶の中で、御本尊、あるいは御守り御本尊、あるいは阿闍梨号(有職)、あるいは日号(実名)をいただきたい、という願いをもった場合は、本山に在勤しているとはいっても、国元の自分の寺院の住職に〝このような願いを本山に出したいが、どうしたらよいでしょうか〝と披露しなさい。そして、〝その願いを出してもよい〝という、住職のたしかな了解を得た上で、本山に願い出を出す時は、〝住職に相談したところ、この願いを出すことを了解してもらいました〝と言いなさい。そのように手順を踏んで願い出を出し、本山から、御本尊や御守り御本尊、阿闍梨号、日号などの下賜の許可が出れば、それは、信の宗旨にふさわしいあり方であり、事の宗旨の本意に適っている。もし、その手順を踏んでいなければ、理屈で(師弟子の筋道を)知っているだけで、実際の姿に現わしていない、理の宗旨になってしまう。それではいけない」と言われているのである。御僧侶が出家得度される場合、今日では全て、御法主上人のもとにお弟子になるが、昔は、各地方の寺院でお弟子をとる、ということがされていた。つまり、地方の寺院で出家得度すれば、そこの御住職が、自分の「田舎の小師」自分のお師匠さんとなるのである。本条では、たとえ、その御僧侶が本山に在勤した場合でも、御本尊等の願いを直接、本山・御法主上人に申し出てはいけない、まず、自分の師匠の方にその願いを出して、師匠から〝本山に出してもよい〝との許可が下りたら、その言葉を添えて、本山に申し出るのが正しいあり方である、と示されている。そして、「信の宗旨に相応して事の宗旨の本意たり。其の義なき時は理の宗旨、智解の分に成り候て爾るべからず」と。要するに、本宗の宗旨は信心が根本であり、"信心〝というのは、御本尊を信じ、弟子として師匠を仰いで修行していくという姿が、事実の上に現われていなければならない。これが、「事の宗旨」ということである。師弟子の筋道を貫く上では、自分の直接の師匠である寺院の御住職(小師)を通じて、大師匠である御法主上人を仰いでいかなければならないのであるが、本山に願い出をする時も、まずは小師の許可を得て、その許可を添えて本山に申し出てこそ、実際に師弟相対の振る舞いをしていることになる。逆に、直接の師匠を無視して、〝本山にいるのだから、直接、御法主上人にお願いした方が手っ取り早い〝

などと考え、そのように実行したとするならば、師弟子の筋道に違うことになる。これでは、理屈では師弟相対という教えを知っていたとしても、実際の姿に現わしていないのだから、単に智解しているというだけで、信心しているとはいえない、大功徳はない、と言われているのである。ここでは、本山に上がった御僧侶の事例を挙げられているが、当然、師弟子の道はそれだけに限定されるものではない。在家においても、手続の師として指導教師をいただいている以上は、たとえば本山に諸々の願い出を出すような時には、その指導教師の許可を得て、指導教師を経由して行なわなければならない。また、所属寺院以外の寺院に法要等をお願いするというような場合も、そこの御住職は自分の直接の師匠ではないのだから、直にお願いするというのは、やはり、筋道に外れることになる。この場合も、指導教師を通じてお願いしていかなければならないのである。もし、この師弟子の筋道を〝煩わしい〝といって省略したり、〝自分は近いお寺がいいから〝などといって勝手に所属寺院を変えたりすれば、それは師を無視することになって、「直に申す時は、功徳爾るべからず」(第八条)と言われているように、大功徳は具わらないし、また、それが進めば、最後は〝大聖人直結〝〝御本尊直結〝という、創価学会と同様の誤った信仰の姿になってしまうであろう。私達は、師弟子の筋道を守るところに、事の宗旨・信の宗旨の姿がある、そこに功徳がある、ということを、しっかり胸に入れていかなければならない。

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from: 21世紀さん

2009/03/19 23:46:41

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「Re:化儀抄」
第59条 知らずに犯した罪は

一、法華宗の真俗の中に、知らずして仏法の義理を違え化儀を違うる事、一定辮えず違えたらば、罰文起請を以って義理を違うると云わば免許有るべきなり云云。



本宗の僧俗の中で、知らないで仏法の義理に背き、あるいは化儀に違反してしまった時には、それが本当に弁えていなかったために起こったことであるならば、罰文起請――すなわち、〝知らないで義理を違えてしまいました。もう二度と同じ過ちはいたしません。もし、再度同じことをしたら、いかな仏罰を被ってもいたしかたありません〝との誓いを立てた起請文を提出すれば、その罪は許される、と言われている。ここで「仏法の義理を違え化儀を違うる」と挙げられている点について、五十九世日亨上人の解釈によれば、「仏法の義理」とは、化法すなわち教えのことであり、「化儀」とは、その教えを守って修行していく上で必要な、定められた信条とか、決め事、規則のことである。具体的にいえば、「仏法の義理」とは、前に出てきた「法華宗の大綱の義理」「宗旨の大綱」等と同意で、たとえば、日蓮大聖人が御本仏であること、本門戒壇の大御本尊が根本の御本尊であること、あるいは、唯授一人の血脈相承を受けられた第二祖日興上人以来の御歴代上人が僧宝であること等の、仏法の教え、それ自体をさす。また、「化儀」は、日興上人の『遺誡置文』や、日有上人の『化儀抄』、さらに今日においては、宗門の規則である宗制・宗規や、講中の規約・講

則といったものも、これに含まれよう。さて、〝知らないで違反してしまいましたが、もう、二度と同じ過ちはいたしません〝との起請文を提出すれば、今回の誤ちは許される、というのであるが、では、いったい、どなたがお許しになるのか、というと、これは、御本仏日蓮大聖人の御代理として、時の御法主上人がお許しになるのである。さらに、その御法主上人の代理として、寺院の御住職が許す、という場合もあろう。しかし、許されるといっても、〝二度としない〝と誓ったから、慈悲の上から一旦は許されたのであって、再度それを繰り返せば、〝知っていながら、違反した〝ということになるから、今度は許されなくなる。前にも許されたから、今度も許されるだろう、などということは通用しないのである。凡夫であるから、時に過ちを犯す場合もあるかもしれないが、やはり、前非を悔いたら、同じ事を繰り返さない、ということが大切であろう。

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from: 21世紀さん

2009/03/19 23:42:56

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「Re:化儀抄」
第58条 他を教唆する重罪

一、門徒の僧俗の中に、人を教えて仏法の義理を乖背せらるる事は、謗法の義なり。五戒の中には、破和合僧の失なり。自身の謗法より堅く誡むべきなり。



自分自身が仏法の義理に背けば、当然、謗法となるが、本条では、同信の僧俗の中において、他の人を教唆して仏法の義理に背かせることも謗法になる、と示されている。さらに、謗法にあたるばかりか、五戒――ここでは五逆罪のことで、父を殺す・母を殺す・阿羅漢(仏道修行者)を殺す・仏身より血を出だす・和合僧を破る、の五つの大罪――のうちの、破和合僧の失にもあたる、と言われ、それ故、自分自身の謗法よりも堅く戒めていかなければならない、と示されている。〝仏法の義理に背かせる〝とはどういうことか、ということについて、五十九世堀日亨上人は、「大は宗旨の大綱に背くごとき謗法を行なわしめ、小は宗門の信条に違うごとき非行をなさしむる」と示されている。要するに、根本的には、日蓮大聖人を御本仏と仰ぎ、大曼茶羅御本尊を根本とすることや、他の一切の宗教を邪宗として捨てるといった、宗旨の根本の教えに背くことであり、細かくいえば、宗門の決め事や信条.


規則に違反することである、というのである。さらに、日亨上人は、「自ら直接に言説をもってしたる者は、その罪重きこと勿論なれども、あるいは、態度をもって暗示をもって教唆を加えたる者、またこれに準ずべし」と仰せられ、仏法の義理に背くよう、直接的な言葉で唆した者が重罪になることは当然であるが、たとえ直接的には言わなかったとしても、態度や暗示的表現で唆しても、破和合僧の重罪となることは同じである、と示されている。ここで、「破和合僧」についてだが、まず和合僧とは、僧侶が四人以上集まって、共に仏道修行をする集団をなしたものをいう、と昔から定義付けられている。この、脱落者を出さずに共に仏道修行をしていくために集まった、異体同心であるべき集団を、内側から壊すことが「破和合僧」である。その破和合僧の典型的な例として、提婆達多の反逆がある。提婆達多は釈尊の従兄弟で、当初は、釈尊の弟子となって仏道修行をしていた。しかし、途中で釈尊に怨嫉・反逆し、自分が釈尊の教団から出ていったばかりでなく、釈尊の弟子達をも唆して釈尊に背かせ、自分を中心とする新しい教団を作った。経典には、これが提婆達多の犯した破和合僧の罪であると説かれている。このように、破和合僧は、もともとは僧侶の集団を壊すことをさしているが、日亨上人は、「現代においては、破和合僧また破和合講に通用すべし」と解釈されている。


つまり、今日においては、在家の身で仏道修行をしている信徒も数多くいるのであり、御僧侶の場合の和合僧だけでなく、信徒の異体同心の集まりとして講中があるのであるから、これは、和合講として考えるべきだ、そして講中の中で人を唆して背かせる者は、破和合講の罪となる、と言われているのである。さらに、日亨上人は、具体的に、唆して罪を犯すという、その罪の重さにもいろいろあるであろうとして、次のようなケースを挙げられている。

まず、講中全体として信心が薄いという場合には、邪宗の信仰に傾いていくというような、宗旨の大綱に背く大謗法を唆すことのないよう、戒めていかなければいけない、とされている。一方、全体として信仰が進んできた講中においては、大謗法を唆すような者は出ないだろうが、小さな謗法、小さな背信を唆すようなケースは出てくるから、互いに戒め合って、破和合講にならないよう、悪宣伝や悪感化が起こらぬよう、未然に予防することが肝要である、とされている。実際、信心がある程度しっかりした講中においては、たとえば、不心得者が現われて邪宗を持ち込んできたとしても、それに誑かされる講員はいないだろうし、逆に、その不心得者に周りから注意をして、すぐに直させていくであろう。であるから、知らないうちに講中に大謗法が蔓延するなどということは、まずありえない。しかし、邪宗に関わるなどの大謗法に誑かされることはなくても、怨嫉や懈怠などの小さな謗法や、決め事に背くといった小さな背信が、広がっていくことは起こりうる。私達は、破和合講を恐れ、大謗法についてはもとより、小謗法・小背信が講中に広まらぬよう、破和合・悪宣伝・悪感化が行なわれぬよう、お互いに戒め合って、未然に防いでいくことが大切である。

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from: 21世紀さん

2009/03/19 23:33:58

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「Re:化儀抄」
第57条 同門中に謗法あれば

一、法華宗の大綱の義理を背く人をば謗法と申すなり。謗とは乖背の別名なるが故なり。門徒の僧俗の中に加様の人ある時は、再三私にて教訓して、用いずんば師範の方へ披露すべきなり。其の義無くんば与同罪遁れ難き故なり云云。



ここでは、同じ信仰をしている人の中に謗法があった場合、どのように対処すべきかということを示されている。まず、〝法華宗の大綱の義理に背く人を謗法という〝と、謗法の定義を述べられている。「大綱の義理」というのは、宗旨の根本として定まっている大筋のことで、たとえば、日蓮大聖人を御本仏と仰ぎ、本門戒壇の大御本尊を根本の御本尊と定め、また、日興上人以来の御歴代上人を大聖人の御代理たる僧宝と仰ぐ、ということや、あるいは、他の一切の宗教を邪宗邪義として捨てるということ等、本宗の信仰の一番の骨格をなしている大切な事柄のことである。

また、「謗法」というのは〝法を謗る〝ということであるが、その「謗」とは「乖背」と同義語である、と言われている。乖背とは、背くということである。つまり、謗法とは法に背くことであり、本宗の信仰の骨格に関わる大事な教えに背くことが謗法である、と示されているのである。次に、「門徒の僧俗の中に」云々というのは、〝この信心をしている人の中に、謗法を犯している人があったならば、再三にわたって、その人に教訓すべきである。それでも相手が聞き入れなかったならば、その時は、相手の師匠にそれを伝えなければならない。そのようにしなければ、与同罪を免れ難い〝というのである。与同罪というのは、〝同じ罪に与する〝ということで、悪事を働いている人を見ながら、それを止めたり責めたりせずに黙認していれば、自分自身もそれに荷担したことになり、同じ罪に問われてしまう、という道理である。たとえば、泥棒をしようとしている人を見ていながら、それを止めようともせず、警察にも通報しなかった、その結果、その泥棒が成功してしまったならば、最低限度の意味ではあっても、自分も泥棒の手助けをしたのと同然だといえよう。それと同じように、謗法の人を見ながら、それをやめさせようとしなかったならば、自分もその謗法に与したことになり、同じ罪に問われてしまうのである。これを与同罪という。さて、大聖人の仏法を受持していない未入信の者は、もとより全くの不信であり、大謗法の者であるから、これに対しては当然、与同罪を免れるためにも徹底的に折伏していかなければならない。しかし、いったん、この信仰についたならば、今度は、根本的な部分では御本尊を信じているわけであるから、大謗法者ではなくなる。そういうなかで、さまざまな間違いがあった場合、どのようにしたらよいのかといえば、大聖人は、「軽罪の者をばせむる時もあるべし。又せめずしてをくも候べし。自然になをる辺あるべし。せめて自他の罪を脱れて、さてゆるすべし。其の故は一向謗法になれば、まされる大重罪を受くるなり」(御書九〇六ページ)と示されている。つまり、時には注意することもあるし、あえて注意しない場合もある。それは、小さな過ちを責めることによって、かえって相手が反発し、もっと大きな謗法罪を犯して、ついに信仰そのものを失ってしまったら、それは最悪の結果である。逆に、わずかな罪があっても、あえて責めないで、むしろ、その人の信心をさらに督励していけば、信心が強くなった功徳によって、その小さな謗法が自然に消えていってしまう、という場合もある。たとえば、自分の信心が低迷している時に、同信の他の人の欠点が目についたり、すぐ批判が口をついて出てきてしまったりしたが、一生懸命信心に励み、折伏に励んでいるうちに、そういう心がまったく起きなくなった、という体験をした人も、多勢いるのではないだろうか。同信の人の欠点ばかりが目について、すぐ批判してしまうというのは、厳密にいえば怨嫉であり、謗法で

あるが、信心が強くなることによって、自然にそういう小さな謗法は消えてしまった、という例である。それと同じように、小さな謗法について、時にはそれを咎めるということもあるだろうが、時によっては咎めないで、むしろ、その人の信心を言い励ましていく、という場合もあるのである。五十九世堀日亨上人は、そうした信心のあり方について、「門外折伏・門内摂受」と仰せられている。つまり、未入信である門外の人は、大御本尊を信受できないでいる大謗法者であり、これらの人に対しては、あくまでも徹底した折伏をしていけばよいが、すでに入信して大聖人の仏法の内側にいる人に対しては、ともかく、その人の信心を守り育てることを第一に、〝摂受〝的な要素をもって寛容の心で包含していく、ということである。だからといって、もちろん、信心している中においては何をしても許される、というわけではなく、あまりにも小さなことならば指摘しないこともあるが、このままにしておいてはいけないという場合には、注意することも当然あるであろう。さらにいえば、自分自身については、どんな小さなことであっても、謗法は謗法、絶対に謗法はいけないのだ、という気持ちで、厳しく律していくことが大事である。これを何か勘違いして、「門内摂受」だから自分の謗法も許されてよい、などという姿勢でいたら、自分の信心は崩れる一方となるであろう。やはり、自分自身については、自分の中の謗法は微塵も許さないという気持ちで、強い純粋な信心を目ざして精進していかなければいけない。さて、話を戻すと、日亨上人は、〝同信の人の謗法を責める場合と責めない場合、これはいずれであっても、異体同心の心の上から出てくる慈悲の心が大切である〝と示されている。

であるから、本条にあるように、もし、本宗の僧俗の中に黙過できないような謗法を犯している人がいるならば、「なんとか、信心を正しく貫いていってほしい」という、まさに異体同心の慈悲心の上から、再三、その人に教訓すべきであり、それでも直そうとしないならば、それを、その人の師匠に報告しなければならないのである。これについて、日亨上人は、〝直にその人に注意をしないで、蔭に回って「あの人は謗法だ、あの人はおかしい」等と言い散らかしていくようなことがあったとすれば、これは異体同心ではない〝と戒められている。

実際、今日においても、寺院もしくは講中に対する批判を蔭で吹聴していながら、面と向かうと一言も言わない、というような人がある。もし、自分のしている批判が、異体同心の心の上から、やむにやまれず行なっている正しい行為だというのなら、蔭に隠れてするのではなく、直接、堂々と「再三私にて教訓」して、それでもダメなら、「師範の方へ披露すべき」である。しかるに、面と向かえば言を左右にして語らないくせに、蔭に回って批判を繰り返し、自分に同調する人間を増やそうとするそういう行為自体が異体同心を破っているのであり、この『化儀抄』の条目に違反しているのである。やはり、私達においては、もし、同信の仲間や先輩に対して、「あれは謗法ではないか」と思うことがあったり、あるいは不満を抱くようなことがあれば、蔭で吹聴するのではなく、堂々と言わなければいけない。話すことによって、自分の誤解だったということになれば、自分が反省して改めればよいのであり、本当に相手が間違っていたということが判明したなら、相手が直さなければいけない。それでも直さなければ、師匠に報告して、師匠の善導にお任せすればよいのである。

とにかく、蔭に回っての悪口や批判は異体同心の制戒に反するので、厳に戒めていかなければならない

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from: 21世紀さん

2009/03/19 23:31:40

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「Re:化儀抄」
第56条 一族・系統の繋がり

一、親先祖、法華宗なる人の子孫は、経は持たざれども、真俗血筋分かるに、皆何れの代なりとも法華宗なるべし。根源となる躰の所、仏種を断つ時、自ら何れも孫ひこの末までも断仏種なり。但、他宗他門の真俗の人、法華宗の真俗の人に引摂せられ、師範の所にて経を持つ人は、縦い引摂する真俗の人仏種を断つ故に不審を蒙るといえども、引摂せらるる他宗他門の真俗の人は、仏種を断つ引摂せらるる人に同ぜずんば、師範の不審を蒙るべからず云云。



まず最初に、〝親や先祖が本宗の信者である家は、その子孫が題目を唱えなくなったとしても、あるいは、たくさんの分家に分かれたとしても、皆、本宗の一門とみなされる。ただし、「根源となる躰の所」――つまり一家の主人たる人が、大謗法を犯して仏種を断ったような場合は、それが元となって孫や曾孫の代までも断仏種の家系となる〝と言われている。

要するに、先祖がしっかりと本宗の信仰を持っていた家においては、その子孫が仏道修行を怠っているという程度のことならば、まだ本宗の信者・檀家として認められるが、一家の柱となる主人が邪宗に入ってしまったり、本宗に敵対するような大謗法者になってしまったら、その家は当然、本宗の檀家とは認められず、謗法・堕地獄の家系になる、ということである。だからといって、自分の子供が信心を怠けても大丈夫、などと安易に考えてはいけない。怠けているうちに大謗法に転落してしまったら、大変なことになるのだから、法統相続はしっかり行なっていD家においては、その子孫が仏道修行を怠っているという程度のことならば、まだ本宗の信者・檀家として認められるが、一家の柱とかなければならないのである。次に、〝他宗他門の僧俗が、本宗の僧俗に折伏され、正しい師匠のもとで御授戒を受けて本宗の信仰をもった場合は、たとえ、その折伏してくれた僧俗が後に仏種を断つ大謗法となったとしても、自分自身が教化親の大謗法に与同しなければ、師匠の不審を蒙るようなことはない〝と言われている。そのように、本宗の信仰においては、大謗法を犯して破門になったとか、除名処分にされたという人が現われたとしても、その人の折伏系統だからという理由で白い目で見られたり、差別されたりということは、けっしてない。そういう謗法に同意せず、自分が正しい信仰をしていくならば、どこまでも健全な信者として扱われるのであるから、まことに慈悲の宗と申し上げるべきであろう。

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from: 21世紀さん

2009/03/19 23:30:07

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「Re:化儀抄」
第55条 修行僧と他宗の学校

一、学問修行の時は宗を定めざる故に、他宗の勤め行事をなし、又、他宗のけさ衣をかくる事、一向子細なきか。宗を定むる事は化他門なり、学問修行は自身自行なるが故なり云云。



これは、御僧侶の修行に関して述べられたものであり、在家を対象とはしていないので、くれぐれも取り違えないようにしたい。まず、「学問修行の時は宗を定めざる故に、他宗の勤め行事をなし、又、他宗のけさ衣をかくる事、一向子細なきか」というのは、〝師匠のもとで出家したが、まだ一人前の御僧侶になる前の修学の段階では、仏教を学ぶうえの必要に応じては、他宗の勤行をしたり、他宗の袈裟衣を着けることもやむをえない〝ということである。今日においては、学校制度ができているし、また本宗における教育機関等も整っているので、こういう心配は全くないが、昔は、仏教を学ぶためには、どうしても他宗の談所・談林(※今でいう学校)へ行かなければならない、という時期があった。その場合は、その宗の法衣を着たり、その宗の勤行をしなければならない、という状況も生ずるが、これは、やむをえないこととして許される、とされているのである。

しかし、「宗を定むる事は化他門なり、学問修行は自身自行なるが故なり」――つまり、一人前の本宗御僧侶となってしまえば、今度は他を化導する立場になるのであるから、当然、一切の謗法を厳禁しなければならないのであって、他宗の袈裟衣を着けたり勤行することが許されるというのは、あくまでも、ゆくゆく本宗の僧として法を弘めていくために学問を学んでいる、という段階において、自らの学問修行の一部として許される、ということなのである。五十九世日亨上人は、本条について、これは幼くして出家した者に当てはまることで、壮年や老後において出家した場合や、信徒の場合は当てはまらない、その場合は自行と化他が同時に始まるのだ、と示されている。であるにも拘わらず、もし、信徒の立場で本条を拡大解釈して、「子供が、学校で邪宗詣でをさせられるが、これは、学問修行のうちだからいいのだ」とか、あるいは、「折伏をする時は謗法厳誡だが、自行においては他宗を参拝してもいいのだ」などと言いだしたら、これは大きな間違いである。あくまでも、これは、幼くして出家した方が修学していく過程での、狭い範囲のことに限定して許されていることであり、しかも、学校制度が整っている今日には当てはまらなくなっているのだから、その辺をかみ分けて拝していかなければならない。

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from: 21世紀さん

2009/03/19 23:28:30

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「Re:化儀抄」
第54条 謗法者からの祈祷願い
一、他宗なんど祈祷を憑みて後は、此の病、御祈祷に依って取り直し候わば御経を持ち申すべき由、約束の時は、祈祷を他宗に憑まれん事、子細なきか。左様の約束も無くして他宗の祈りを成さん事は、謗法に同ずる条、更に以って遁れ難し云云。



本条では、他宗謗法の人から当病平癒の御祈念を頼まれた場合のことについて、相手が「病気が御祈念によって治ったなら、必ず、日蓮正宗に帰伏します」と約束するならば、その人の願いによって祈祷することは差し支えない、と言われている。大聖人御在世においても、伊豆の伊東に御流罪になった際に、大聖人御自ら、地頭の伊東八郎左衛門の当病平癒を御祈念されている。念仏者であった伊東八郎左衛門は、当初、伊東の地に流されてきた大聖人を憎悪し、食物を断つ等の迫害を加えていた。それから程なくして、彼は、原因不明の病気に倒れ、命も危ぶまれるような状態になった。手を尽くしての治療も効をなさず、むしろ病が重くなる一方であったことから、ついに家臣の者が大聖人に当病平癒の御祈念を願い出てきたのである。大聖人は、病気が治ることによって地頭自らが法華経に帰依するならば、ということを条件に、その願いを受け入れられ、当病平癒の御祈念をなさった。すると、八郎左衛門は、危篤の淵から奇跡的に病状回復したのである。感激した八郎左衛門は、自ら大聖人に帰依し、その際、御礼にと、海中から引き揚げたという釈尊像を献上している。
この事例が示すように、「もし病気が治ったならば、正宗に必ず帰伏する」と誓うのであれば、本宗としては、他宗謗法の人の当病平癒の御祈念をすることもありうる、ということである。ただし、「左様の約束も無くして他宗の祈りを成さん事は謗法に同ずる条、遁れ難し」――そのような約束もしないで、ただ頼まれたからといって祈念を行なってはいけない、それは謗法与同になる、と言われている。すなわち、謗法を改めなくとも御祈念によって病気が治った、ということになれば、その人は、また病気になったら御祈念してもらえばいいという考え方になる。それでは、いつまでも謗法を改める機会が来ないばかりか、ますます謗法を深くしていってしまう。それ故、願いによって祈念した人も、謗法に与同した、ということになってしまうのである。なお、本条に示された精神に準じて考えるならば、すでに正法に帰伏している私達においても、自分が願主になって、謗法の家族や友人の当病平癒の御祈念を寺院にお願いするというような場合は、まず、願主である自分が、「必ず、その謗法の人を折伏して正法に帰依させます」という誓いを立てた上で、願い出なければならないはずである。折伏の誓願もしないで御祈念だけをお願いするということは、結局、その謗法の人は、謗法のままで病気が治ったことになって、ますます、謗法が改まらなくなる。これでは、やはり意味がないわけで、御祈念をお願いしたこちらも謗法与同の失に問われる、といえよう。

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from: 21世紀さん

2009/03/18 19:23:21

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「Re:化儀抄」
第53条 安易な隠居は謗法

一、当宗は折伏の宗なる故に、山居・閑居、宗旨に背く云云。然れども、付弟を立てて後は宗旨の大綱に背かず云云。


本宗は折伏の宗旨であるから、山居・閑居は宗旨に背くことになる、と言われている。「山居」とは山の中に住むことで、「閑居」とは世俗を離れて静かに暮らすこと。要するに、「山居・閑居」とは、山の中で静かに隠居生活を送る、という意味である。何故、山居・閑居が宗旨に背くことになるのかといえば、それは、折伏ができなくなるからに他ならない。そもそも、折伏をするためには、謗法の人の所に出向き、謗法の人と会わなければならない。それを、世俗との接触をまったく断ち切って、一人、山の中に籠ってしまえば、自ら折伏を放棄したことになってしまう。それ故、「山居・閑居、宗旨に背く」と言われているのである。では、山の中でなければいいのか、といえば、そういう意味ではない。要は、山の中であろうと、大都会の中であろうと、家に引き籠って折伏を行じない、そういう姿自体を戒められているのであり、そこから考えれば、「自分は今までたくさん折伏をしてきたから、もう、折伏は卒業した。これからは家に籠って、じっくりお題目を唱えていきます」などというのも、聞こえはいいようだが、じつは宗旨に背いていることになる。ただし、本条では、「山居・閑居、宗旨に背く」とされた次下に、「然れども、付弟を立てて後は宗旨の大綱に背かず」と、例外を認められている。この部分について、五十九世日亨上人は、〝付弟とは付法の弟子・後継者のことで、自分が年老いて、身体の自由が利かなくなり、折伏弘教に走り回わることができなくなってきた場合、後任に耐えうる後継者を育て上げてあるならば、その人に全てを譲って隠居するなら、宗旨の大綱たる折伏の意には背かない〝(趣旨)と説明されている。

さらに日亨上人は、〝自分に代わる後継者も育てておらず、また自分の身体も壮健であるのに、引き籠って安逸を貪るとすれば、これは大いに宗旨に背く罪人である〝とも言われている。これに準じて考えれば、たとえば、信仰の中で与えられている役職やさまざまな任というものも、自分からそれを退くということは、それがどんな自分なりの理由であるにせよ、許されない。後継者を立派に育てて、その後継者に全てを委ねられるという状況があってこそ、はじめて許されるのだ、ということになる。年老いたとか、遠くへ引っ越してしまうとか、いろいろなケースがあるであろうが、やはり、後継者も育てずに放り出してしまうとすれば、無責任になるし、また多くの人の信仰にとって迷惑なこととなるのである。日蓮大聖人は、御自身をさして「日蓮生まれし時よりいまに一日片時もこころやすき事はなし。此の法華経の題目を弘めんと思ふばかりなり」(御書一三六一ページ)と仰せられているが、このお言葉こそ、私達の重要な規範とすべきところであろう。いまだ広宣流布がなされていないのに、折伏育成から離れて、隠居してしまおうとか、楽をしようなどと考えることは、大聖人の御精神に反することであり、信心の緩みである。私達は、どこまでも大聖人の御心のままに折伏をし、広宣流布のために精進していく、ということが大切なのである。

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from: 21世紀さん

2009/03/18 19:20:23

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「Re:化儀抄」
第52条 妻子眷属への折伏
一、謗法の妻子眷属をば連連教化すべし。上代は、三年を限って教化して叶わざれば中を違うべし、と候いけれども、末代なる故に人の機も下機なれば、五年も十年も教化して彼の謗法の処を折伏して、同ぜざる時は正法の信に失なし。折伏せざる時は同罪たる条分明なり云云。



「謗法の妻子眷属をば連連教化すべし」――自分の妻や子供や眷属が謗法、つまり、邪宗の信者であったり未入信の者であった場合には、継続して折伏し続けていきなさい、と言われている。「上代は、三年を限って教化して叶わざれば中を違うべし」――上代とは、日蓮大聖人・日興上人・日目上人の頃の時代のことで、その当時の掟としては、三年かけて妻子眷属を折伏教化して、それでも入信できなければ義絶しなさい、とされていた。「末代なる故に人の機も下機なれば、五年も十年も教化して彼の謗法の処を折伏して、同ぜざる時は正法の信に失なし」――ところが、だんだん時代が下がってくると、末法の様相も色濃くなってきて、人の機根もますます下劣になってくる。それ故、昔のように三年に限定することは無理があるだろうから、五年・十年と折伏しなさい。五年・十年と折伏して、それでも相手がこちらの教えていることに賛同してこなかったときは、こちらの罪ではない、と、日有上人は、上古の「三年」の限定を「五年・十年」に緩和して御教示されているのである。この「人の機」についてであるが、末法に生まれてくる人は、皆、悪人であるけれども、しかし、像法時代から末法時代に切り替わって間もない頃は、まだ人々の生命もそれほど歪んでいない。時代が経てば経つほど、入の機根は、どんどん下劣になっていくのである。では何故、時代とともに生命が濁ってくるのか、ということについて少々述べておこう。まず、三千年前、四千年前の人達は、ほとんどが自給自足で、食べることに事足りており、生活や食べ物には悩みがなかった。それ故、人々の関心は、人間は何故生まれてきたのか、何故老いていくのか、何故死んでいくのかといった、人生の摂理や、自然界の現象などに対して、真理を探りだそうとする方向に向いていった。その頃は、人の心もまだ清らかで、濁っていなかったが、やがて文明が進んでくると、社会が形成され、政治も行なわれ、経済機構も複雑になってくる。そういう中では、漫然と生活しているだけでは、社会からはじき出され、食べることすらできなくなってしまう。当然、稼ぐことに関心が向いていくし、文明が進めば欲望も全開されていく。それがために、人心は次第に濁り、世の中も乱れてくるのである。そういう意味から考えると、大聖人が御出現になった時代は、もちろん、もうすでに末法濁世に入ってはいたが、同じ末法といっても、その大聖人の時代からさらに時代が下がってくると、さらに人心が濁り、機根が下劣になっていく、といえる。それ故、日有上人は本条で、人の機根がいちだんと下劣になっているこの時代に、「三年間、徹底して折伏すれば、わかる人は皆、入信する、それでもわからない人は、離婚や勘当をして義絶すべきである」との上古の戒めは、いまや無理がある、とされて、折伏継続の限定期間を「五年・十年」に延ばすことを許されたのである。そして、その「五年・十年」の期間を継続して折伏教化したにも拘わらず、相手が入信しなかった場合は、

それは相手が悪いのであって、こちらの罪にはならない、与同罪は免れられる、とお示しくださっている。ただし、「折伏せざる時は同罪たる条分明なり」と。つまり、妻子眷属を折伏しなかった場合は、与同罪になることが明らかである、と言われているのである。この〝折伏をしない〝ということについて、五十九世堀日亨上人は、『有師化儀抄註解』(※『化儀抄』についての注釈書)に次のように御指南くださっている。「妻子眷属の謗法を、世間一旦の慈愛に溺れて厳重に折伏せず。あるいは、教訓・折檻を加うる事ありとも、形式一辺にして厳格の処置をなすの勇気なき者は、たとえ自己は形式の礼拝・読経等を怠らぬにもせよ、妻子の謗法と同罪たるべし。」(富要集一巻一六六ページ) 妻子眷属の謗法を、世間の一端の愛情に溺れて厳重に折伏しない――要するに、強く言うと家庭が壊れるのではないか、というような心配が先に立って、謗法をしている妻子等を厳しく戒められない、ということが一つ。さらに、妻や子に対して、〝それは謗法であるから、してはいけない、この御本尊でなければいけない〝等と教訓や戒めを言っていたとしても、それが形式一辺倒に陥ってしまっていて、なんとしても邪宗謗法をやめさせ正しい信心をさせよう、だめならば最後は義絶もやむなし、との覚悟で厳格な折伏をしていない、というケース。これらは、たとえ自分は勤行を怠らなかったとしても、妻子の謗法と同罪になる、と言われているのである。思うに、本当に厳格な志で折伏をしぬいていけば、相手が信心をしないまま、ずっと平行線で時間が経っ
ていく、などということはありえない。つまるところ、相手が正法に帰伏してくるか、もしくは、逆に、怒って離れていってしまうか、どちらかに帰着するであろう。相手を折伏しているけれども、いつまで経っても相手は謗法を改めようとしない、それでいて、夫婦仲も良く、親子関係もうまくいっている、などというのは、やはり、その折伏が本物ではない、「世間一旦の慈愛」に流された、「形式」だけの折伏になっている、という証左ではなかろうか。日亨上人は、それでは与同罪を免れられない、と言われているのである。私達は、たとえ親子や夫婦、あるいは友人といった、さまざまな関係が不仲になるように見えたとしても、それでも相手を真に助けたい、という気持ちの上から折伏を続けていくべきだし、それを充分に行なわないうちに、自分から短気を起こして「信心しないなら、離縁だ」などと言うべきではない。厳格に折伏をしていけば、一時は波風も立つだろうが、それを恐れることなく、ともかく相手が入信できるよう心から御本尊に祈りつつ折伏しぬいていきたいものである。

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from: 21世紀さん

2009/03/18 19:17:58

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「Re:化儀抄」
第50条 昔の僧侶の外出着

一、一里とも他行の時は、十徳を著すべし。裳付衣のままは然るべからざるなり。裳付衣は常住の衣なるが故に。ただし、十徳の上に、必ず五帖けさをかくべきなり。只十徳計りにては真俗の他宗に不同なきなり。

「十徳」とは、脇にマチを取らずに縫い付け、腰から下に襞を付けた羽織のこと。また、「裳付衣」とは、本宗の衣のこと。これは、御僧侶がよそへ出掛けるときの装いについて示されたものであるが、たとえ一里ほどの道のりであっても、十徳を着ていくべきであり、日常の勤行の時に着る法衣のまま出掛けてはならない、と言われている。ただし、十徳だけだと、在家か出家か、あるいは他宗の僧か本宗の僧か、区別がつかないから、その十徳の上に、さらに五帖袈裟を掛けていきなさい、とも示されている。昔は、他宗の僧も在家の者も、十徳を着るのが一般的であったから、このような但し書きをされたものと拝するが、今日では、まず、着ている人はいない。それ故、十徳の上に袈裟を掛けるということも、必要なくなっているのである。

第51条 阿闍梨号の名乗り

一、有職免許の後は、状などには有職を書くべし。緩怠の義にあらず。俗の、官堵・寿領の後、状並に着到なんどには書くが如し云云。

「有職」というのは、阿闍梨号のこと。「緩怠」とは、礼を怠る、失礼のこと。「官堵」とは官(役人)に任ぜられることで、「寿領」とは領地を与えられ、国守になること。「着到」とは、招集されて出向いて行った時に、名前を記入すること。本条では、〝御法主上人から「阿闍梨号を名乗ってもよろしい」との免許が下りた後は、手紙を出したりする場合、その阿闍梨号を書くべきである。それは、けっして礼を怠ったことにはならない。たとえば、俗世間においても、官に任ぜられたり国守になった場合には、手紙や到着名簿に記入する際、役職名(※武蔵守とか相模守――等)を書くことが通例になっているようなものである〝と言われている。今日では、役職名を通常に用いるということはあまりないが、昔は、たとえば御書に出てくる人物でも、四条金吾とか兵衛志なども役職名であったように、それが通り名になっていた。したがって、御僧侶においても、阿闍梨号が免許された後は、それを手紙に書いても失礼ではない、と言われているのである。

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from: 21世紀さん

2009/03/18 19:15:22

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「Re:化儀抄」
第48条 母親の信仰の継承

一、父親は他宗にて、母親は法華宗なる人、母親の方にて其の信を次ぐべき間、彼の人には経を持たすべきなり。その故は、人の種をば父の方より下す故に、父は他宗なるが故に、母方の信を次ぐべき人には初めて経を持たすべきなり云云。



両親のうち、父親が邪宗で、母親が本宗の信仰をしていた場合、その子供が母親の信仰を受け継いでいるならば、子供に御本尊を受けさせていきなさい、と示されている。それは何故かといえば、人の種は父親の方から下されるものだが、しかし、この場合は父親の方は邪宗であるから、これを受け継いでしまえば子供も謗法になってしまう。それ故、仏種については母親の方から受け継がせるのだ、ということである。あるいは、「両親が共に信心していなければ、子供に信仰を受け継がせることはできないのではないか」と言う人もいるようだが、たとえ父親が邪宗謗法の人でも、母親が正しい信心をしていて、それを子供も受け継いでいるならば、その子供は御本尊をいただくこともできるのであるし、また、母親はそのように、子供に仏法を受け継がせていくべく、心掛けていかねばならない。

第49条 袴は地味な色合いに
一、白腰をさしたる摺をば法華宗の僧も著べし。染袴きべからず。



「白腰をさしたる摺」というのは、白い糸で腰の部分を縫ってある摺袴のこと。摺袴は、藍やつき草などを摺りつけて模様を染め出した袴。本宗の御僧侶は、この摺袴を着るべきで、派手な色で染めた袴を着けてはいけない、とされている。二十条でも述べられていたように、本宗では、袈裟衣は白もしくは薄墨、と昔から決まっており、折伏の宗旨たる本宗の僧侶の本分としては、地味でなければいけない、と、『化儀抄』の至るところに一貫して示されている。今日では、当時の染め方など、そのままは当てはまらないこともあるが、しかし、精神はきちんと受け継がれていて、本宗の御僧侶が着ける袴は、茶系統や灰色、紺、草色など、とにかく地味な色合いのものに限られているのである。

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from: 21世紀さん

2009/03/18 19:07:50

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「Re:化儀抄」
第47条 謗法者の回向や祈念
一、学問修行の時、念頃に一字一句をも習い候人、死去なんどの後は、経を読み仏をも立てて霊供なんどをも備えて名をも付け訪わん事、子細に能わず。其の謗法の執情をこそ同ぜざれ。死去の後、執情に同せずして訪わん事、子細なきか。縦い存生たりと云うとも、其の謗法の執情に同ぜずして祈祷をもなさん事、子細なきか。



自分が学問を学んでいた時に、一字一句でも教えてくれたような人は、自分にとって恩人である。その人が死んだ時に、本宗の御経を読み、塔婆を立て、霊供も供え、戒名も付けて、その人を弔うことは、いっこうにかまわない。ただし、その人の謗法の心に同じてはならない。その人の謗法の心と同じ心を持ったりしないで、正法で弔ってあげるならば差し支えないのである、と示されている。また、その人が、存在――すなわち生きているうちでも、その人の謗法への執着心に影響されずに、その人のことを祈祷するのは差し支えない、とも言われている。ここでは〝学問を教えてくれた人〝として述べられているが、これは、世間的な意味で恩のある人、縁のある人、全般にあてはめて考えてよいであろう。たとえば、信心していない恩師や家族・友人等が亡くなった場合、塔婆を立てて追善回向をしてあげることはかまわないが、しかし、故人の謗法に対する執着を認めたり、あるいは謗法の心から出た遺志を受け継いだりしてはならないのである。また、生きているうちであっても、たとえば謗法の人の当病平癒の祈念を、信心している自分が願主になって願い出る、ということも、許されている。しかし、私達が、謗法の人の当病平癒祈念を願い出るときには、後々、必ず折伏する、という決意が大切であろう。そういう決意があってこそ、〝謗法の心に全く同じていない〝といえるのである

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from: 21世紀さん

2009/03/18 19:05:37

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「Re:化儀抄」
第46条 未入信の親の回向
一、当宗の経を持つ人、二親をも当宗の戒名を付けて、又仏なんどをも当宗の仏を立つる時、初七日より乃至四十九日・百箇日乃至一周忌乃至十三年・三十三年までの仏をも立てて訪わん事、然るべし云云。何れの時にても、年月日なんどは訪わん時を始めとして仏も書く事、子細に能わず云云。



ここで「当宗の仏を立つる」と言われている「仏」とは、御本尊のことではなく、塔婆や位牌を指す。つまり、板もしくは紙に題目を認め、亡くなった人の名を書いて、妙法で追善供養すれば、草木成仏の理によって仏になる、という意味から、ここでは塔婆・位牌を「仏」とされているのである。まず、自分は本宗の信心をしているが、亡くなった両親は未入信であった、という場合、本宗の戒名を付け、本宗の塔婆や位牌を立てて、初七日・四十九日・百箇日・一周忌あるいは十三回忌.三十三回忌ごとの忌日・年回に弔う(追善回向する)ことは、まったく差し支えない、と示されている。さらに、塔婆の裏に書く年月日が、必ずしも命日や忌日・年回にあたっていなくても、かまわない――すなわち、自分が本当に追善供養したいと思う時は、いつ願い出を出してもよい、とされている。現実に、自分が入信した時に、両親はすでに故人だった、という人もいれば、ついに入信に至らないまま亡くなってしまい、葬儀は実家の宗旨で行なわれた等のケースがある。その場合、信心している自分が願主になって、両親の戒名を本宗で付けていただくことも差し支えないし、随時、塔婆回向をお願いすることも差し支えないのである。

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from: 21世紀さん

2009/03/18 15:50:48

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「Re:化儀抄」
第45条 任務の放棄は謗法罪

一、師範の方より弟子を指南して住山させ、又、我が身も住山仕らんと披露するより、全く我が身なれども、我とはからひえぬ事なり。既に仏へ任せ申す上は、私にはからひえぬ事なり。然るを行体にささるる時は、我は用が有ると云い、又我はしえぬなんと云う人は、謗法の人なり。謗は乖背の別名なり、と妙楽大師釈せられ候。即身成仏の宗旨を背く故に、一切世間の仏の種を断つ人に候わずや。



「師範の方より弟子を指南して住山させ、又、我が身も住山仕らんと披露するより、全く我が身なれども、我とはからひえぬ事なり」とは、師匠から弟子に対して、本山に在勤するようにとの指図があり、弟子の側でもその命をお受けする旨の意志表示をした時から、自分の身ではあるけれども、自分勝手に振舞ってはいけない、ということである。なぜ、自分勝手に振舞ってはいけないのか――、それは、「既に仏へ任せ申す上は、私にはからひえぬ事なり」 つまり、師匠を通じて示された仏の命により、本山に上ったのであり、また、本山に住山して修行するということは、御本仏日蓮大聖人の御前にて御奉公することであるから、すでに自分の身は仏にお任せしたのであり、勝手な振舞いはできないのである。
次に、「然るを行体にささるる時は、我は用が有ると云い、又我はしえぬなんと云う人は、謗法の人なり」と。「行体にささるる」というのは、本山に住山する御僧侶方には、御堂や客殿の番、あるいは丑寅勤行への出仕など、さまざまな役割があり、実際にそうした役割を当てられる、ということ。そして、その役割を命ぜられた時に、「我は用が有る」「我はしえぬ」――つまり、自分は忙しいから、とか、力がないからできないといって、自分の都合で拒絶する人は、「謗法の人」だというのである。なぜ、謗法になるのか、ということについて、「謗は乖背の別名なり、と妙楽大師釈せられ候」と。つまり、謗法とは背くということである、と言われている。そして、「即身成仏の宗旨を背く故に、一切世間の仏の種を断つ人に候わずや」と言われている。本宗は即身成仏の宗旨であるが、その本宗の中で、師匠から命ぜられたことに背けば、一切世間の成仏の因を断ち切る罪(謗法)になり、成仏はできなくなる、というのである。これは、直接的には御僧侶に対しての御指南であるが、しかし、広げて考えてみた場合、この中には、今日の在家の仏道修行に関しても、重大な戒めが示唆されているといえよう。たとえば、私達が御奉公していくための手段として、講中のさまざまな役職がある。これは、表面的には、宗務院や指導教師御住職から任命された、あるいは講中で任命された、ということに見えるが、しかし、仏道修行におけることであるから、その任は、じつは宗門や小師・講中を通じて仏様から命ぜられたもの、と捉えていくべきであろう。ことに、御法主上人からの任命・認証であれば、なおさらである。

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from: 21世紀さん

2009/03/18 15:48:37

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「Re:化儀抄」
第44条 処分者に交わるな

一、上代の法には、師範より不審を蒙る族をば一度訪うべし、二度とは訪うべからず、と云う大法なり。其の故は、与同罪の科大切なり。又、堅く衆に同心に会せずしてこらさん為めなり。亦、衆に見こりさせん為なり。



本宗においては、日蓮大聖人・日興上人の代から定まっている掟として、師匠から謹慎などの処分を受けた人に対しては、一度は、その人を戒めるために訪問し、話をしてもよい、しかし、二度とは、その人を訪問してはならない、というのである。「其の故は」――なぜ、二度とは訪ねてはならないのか、その理由を三つ挙げられている。まず、
一番目の理由は、与同罪を恐れるからだ、とされている。要するに、一度でわからなかった者に、二度、三度、重ねて話をしていくと、人情に絡まったり、言葉巧みにたぼらかされたりして、結局、自分も相手と同じ気持ちになっていってしまう、それでは与同罪になってしまう、というのである。
二番目の理由としては、処分を受けている人を孤独にすることによって、よくよく反省させるためだ、とされている。実際、閑静な所で孤独にしておかれれば、まだ反省することもできるが、愚痴を聞いてくれたり、話すことによって気が紛れる、というような相手がいると、なかなか心からの反省ができなくなる。ましてや、これまで付き合っていた人が、今までと変わりなく、頻繁に訪れてくるということになると、悪いことをしたという自覚が、だんだん薄くなっていってしまうものである。
三番目の理由としては、処分を受けて孤独な状態におかれているという姿を大衆に見せることによって、いまだ罪を犯していない人達の、将来の戒めにするためである、とされている。

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from: 21世紀さん

2009/03/18 15:46:43

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「Re:化儀抄」
第43条 結界作る宗門の葬儀
一、霊山への儀式なるが故に、他宗他門、自門においても同心なき方を、アラガキの内へ入るべからず。法事なるが故なり云云。



これは、日蓮正宗の宗門において葬儀を行なう場合のことを述べられたもの。本宗の葬儀は「霊山への儀式」であるから、他宗他門の人はもちろん、自宗であっても同心のないような者は、アラガキの中に入れてはいけない、と示されている。「アラガキ」とは、竹矢来ともいい、竹で組んだ柵のこと。日蓮正宗で葬儀を行なう時には、葬儀の場所を竹矢来で囲み、結界を作って、その中を清浄な空間とし、不浄のものを全て外側に出すのである。「霊山への儀式」とは、どういうことかというと、法華経は霊鷲山で説かれたのであるが、仏はこの法華経を説くにあたって、集まった大衆を何度も厳しく選別し、法華経を聞ける機根の人だけを残し、それ以外の人を全部、その場から退けた。要するに、厳格に淘汰したうえで、本当に法華経を聞く志のある人に対してのみ、説法したのである。今日、日蓮正宗の宗門において行なう葬儀というのは、故人を霊山(仏のもと)へ送る儀式であるから、霊山の説法の儀式に準じて行なう、つまり、釈尊が厳しく淘汰して、選ばれた人だけを説法の座に残したのと同じように、竹矢来を組んで、選ばれた人だけを内に入れ、不浄の者をその中に入れない、と言われているのである。これは、近い事例では日達上人の御本葬がそうであったように、日蓮正宗の総本山などで行なわれる葬儀が、とくに厳格にそういう形をとる。当然のことながら、御歴代上人の御葬儀ということになれば、そこに他宗他門の者とか、信者であっても異体同心できないような者を入れることは、申し訳ない極みである。
しかし、一般に寺院で行なう場合や、各家で行なう場合は、竹矢来を組むということまではしない。当然、世間の人達もお別れを告げるという意味で参列するし、また、世間の人を本宗の葬儀に参列させることによって、それを縁として折伏をしていく、ということから考えれば、謗法者の参列も、いちおう認めることになるであろう。現実に、私達の周囲では、「日蓮正宗の葬儀は、本当に厳粛だ」とか、「遺体の相が、本当にきれいな成仏の相だった」といって、驚き、信心をするようになった事例が何件もある。私達は、この謗法の世間の中に身をおいて、折伏弘教をしているのであるから、亡くなった時には、そういう謗法の人の参列があってもやむをえないし、それを通じて折伏していけばよいといえよう。それに対して、宗門なかんずく総本山は、世間の謗法の中にあるのではなく、戒壇の大御本尊をお護りする清浄な空間であるから、そこでの葬儀は、竹矢来を組んで、という形になる。そういう立て分けがあるものと拝する。

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from: 21世紀さん

2009/03/18 15:42:56

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「Re:化儀抄」
第41条 成仏祈る〝事の回向〝
一、仏事引導の時、理の廻向有るべからず。智者の解行は、観行即の宗旨なるが故なり。何にも信者なるが故に、事の廻向然るべきなり。迷人・愚人の上の宗旨の建立なるが故なり。夫れとは、経を読み題目を唱えて、此の経の功用に依って成仏す等云云。



「仏事引導の時」とは、葬式で御僧侶が読経し、引導する時、ということである。「引導」とは、亡くなった人を、迷いから引き上げて、成仏の境界に導くことをいい、その際に読む文を引導文という。葬式で引導をする時に、どうあるべきかについて、「理の廻向有るべからず」――理論に走った引導文を述べてはいけない、と示されている。なぜ、いけないのか、その理由について、次下に示されている。つまり、理論的な引導文を述べるということは、智者が行なう解行(智慧によって行なう振舞い)であって、それは「観行即の宗旨」が行なうことだから、というのである。「観行即」とは、天台大師によって分類された修行の六段階――六即(理即・名字即・観行即・相似即・分真即・究竟即)の一つ。ここで、簡単に「六即」を説明すると、

理即――仏法を信じてはいない、凡夫そのままの段階

名字即――仏法に対して信を起こした段階

観行即――さまざまな修行をしたり、理論的に仏法を学ぶ段階

相似即――仏に似た姿まで位が高まった段階

分真即――仏の力が分々に発揮されてくる段階

究竟即――究め尽くされた仏の境界

である。観行即は、この六即の第三番目であるが、本条で「勧行即の宗旨」といわれているのは、具体的には天台宗をさしている。
末法以前の、正法時代・像法時代に生まれた人達は、過去に充分に仏道修行を積み重ねた本已有善の衆生であり、当然、智慧もあって機根も勝れている。だから、このような人達は、仏法の理論を探究し、それを修行として悟りを得ることができた。天台宗の教えは、まさに、この像法時代の衆生のために開かれ、広まったものであり、いろいろな修法を行じたり、学問を研究することを教えた宗旨なのである。ところが、これに対し、末法の凡夫である我々は、過去に、まったく功徳善根を積んでいない本未有善の衆生であり、仏法を理論的に学び極める、などという智慧はない。それ故、ただ、妙法を信ずるという、その信心によって即身成仏をさせていただくのである。すなわち、名字即の段階で直ちに即身成仏できる、というのが、日蓮大聖人の仏法なのである。だから、今、末法の時代においては、葬儀の際にも、理論に走ったような引導文を述べてはならない、とされているのである。「信者なるが故に、事の廻向然るべきなり」――事は、理に対する語で、実際に成仏すること、それ自体をさしている。要するに、信心によって成仏が遂げられるというのが、我々の信仰であるから、ただ成仏だけを御本尊に祈る、事の回向でなければならない、と言われている。「迷人・愚人の上の宗旨の建立なるが故なり」――つまり、本宗は、末法の迷いの愚人のための宗旨であるから、理論的探究など意味がなく、引導も、直ちに亡くなった人の成仏を祈る内容でよいのだ、ということである。「夫れとは、経を読み題目を唱えて、此の経の功用に依って成仏す」――読経・唱題して、御本尊の功徳によって成仏を遂げていくのであるから、その成仏を一番に願っていくことが事の回向ということだ、と示されている。したがって、本宗における引導文は、大聖人の御金言に基づいて故人の成仏を祈るもので、まさに事の回向を実践するもの、といえるのである。


第42条 中国の高価な棺は不用
一、龕など用うべからず。唐土の躰たらくの故なり。但し棺を用うべきなり。



「龕」というのは、今日においては使われていないが、亡くなった人の遺体を座った状態で入れる棺で、特製の非常に高価な覆い物をさすようである。これは、「唐土の躰たらく」――つまり、中国における風習であって、日本の仏教においては、そのような高価な棺は用いる必要がない、普通の棺を用いればよい、と示されているのである。

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from: 21世紀さん

2009/03/17 17:03:11

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「Re:化儀抄」
第40条 「南無」の入った掛け軸
一、帰命の句の有る懸地をばかくべからず。二頭になる故なり。人丸の影、或は勝鬼大臣の影をばかくべきなり云云。


「帰命」という句が書いてある掛け軸を掛けてはいけない、と示されている。「帰命」とは「南無」と同義語であり、身命を捨てて帰依する、の意で、これが記されている掛け軸などは、まさに信仰の対象となってしまう。これでは、信ずる対象が大曼茶羅御本尊だけでなく、二頭になるから、「帰命」や「南無」の句が書いてある掛け軸を掛けてはいけないのである。日蓮大聖人が、「此(御本尊)にものをならぶれば、(中略)わざわひのみなもとなり」(御書一二一九ページ)と戒められているとおりである。ただし、信仰に関係のない柿本人麿の画像や鍾馗大臣の画像などは、掛けても差し支えない、と言われている。

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from: 21世紀さん

2009/03/17 16:57:59

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「Re:化儀抄」
第38条 今では廃れた風習
一、一日・十五日、香炉に香を焼て、天の経の内へ参らすべきなり云云。



毎月一日と十五日には、「天の経」すなわち初座の諸天供養の時に、香炉に香を焚いて供えよ、と示されている。これは、新月の一日、満月の十五日を重んずるという、当時の世間の風習からきたものと考えられ、とくに本宗の教義的な意味合いがあるということではない。それ故、そういう風習が廃れた今日では、本宗においても、このような儀式自体が行なわれていない。
第39条 宗教に繋がる会合
「法楽祈祷なんどの連歌には寄り合わず。其の故は、宝号を唱え三礼を天神になす故に、信が二頭になる故に、我宗の即身成仏の信とはならざるなり云云。



「法楽祈祷なんどの連歌」とは、神に法楽を捧げるため、あるいは祈祷するために、歌を詠む会のことであり、そういう歌会には加入してはいけない、と示されている。そして、その理由について、そういう歌会においては、「宝号」すなわち神の名を唱え、神に向かって三拝の礼をするが、これでは信が二頭になってしまう――つまり、一方で大曼荼羅御本尊を信じながら、一方では神を信じる、という結果になり、本宗で教える即身成仏の叶う信心にはならないからである、と説明されている。もちろん、宗教色のない普通の歌会などであれば、参加することは差し支えないし、そこで他宗の者と同席したとしても問題はない。しかし、それが、法楽祈祷といった宗教的儀式を目的とするようなものであるならば、私達の信仰が破壊されるから、参加してはいけないのである。今日においては、〝"法楽祈祷のための歌会〝などという習慣自体が、ほとんどないと思われるが、五十九世日亨上人は、これについて、「その会の底意、宗教に有るべきものには、その会合を避くべきなり」と仰せられ、歌会にかぎらず、集まりの真の目的が宗教にあるものならば、その会合への参加は避けるべきだ、と示されている。たとえば、今日的には、クリスマス・パーティーなどが世間で広く行なわれている。それも、〝クリスマス〝に名を借りた飲み会や遊び会程度なら、謗法とまでは言わないだろうが、しかし、好んで賛美歌を歌ったりする、キリストの教えを振興するためのパーティーなら、やはり、避けなければいけない。また、賛美歌を聞く会だとか、賛美歌を歌う会などに参加・加入することは、絶対に避けなければならない。そもそも、賛美歌というのは、神の美徳を讃える歌であり、まさに、日亨上人が仰せられた「底意が宗教にある」ことに該当するからである。

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from: 21世紀さん

2009/03/17 16:54:14

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「Re:化儀抄」
第37条 墓参における順序
一、卒都婆を立つる時は、大塔中にて十如是・自我偈を読みて、さて彼の仏を立つる所にて、又、十如是・自我偈を読むべし。是れ又、事の一念三千の化儀を表するか。



御塔婆を立てるときには、まず、大塔中で十如是・自我偈を読む、と言われている。大塔中というのは、正宗の墓地には、宗祖大聖人・開山日興上人・三祖日目上人の墓碑が並んで建てられており、この大墓碑を指している。その大塔中に詣でて方便品と寿量品を読経した後、「彼の仏を立つる所」すなわち、御塔婆を立てる場所に行って、そこでまた方便品・寿量品を読むように、と示されているのである。これは、通常の墓参においても同様であり、正宗の墓地に墓がある場合は、必ず、まずは大塔中に詣でて、しかる後に、個人個人の墓にお参りをするのである。そのように、師弟の本末の筋目をきちんと守っていくことが、事の一念三千を振舞いの上に表わしていることになるのである。

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