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コメント: 全6件

from:pochiさん

2016年04月01日 19時17分19秒

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しろひろさん

思い切り泣くと、様々な心のしこりが洗い流される効果があるそうです。
我慢しすぎることが、心にも体にも多分一番悪いことです。

お父様、大往生でいらしたのですね。天から与えられた命を精一杯に生ききったのだと思います。命ある物の一番あるべき終わりの姿なのではないかと、うらやましいような気も致します。

誰かが覚えている限り、ここから去って行った誰かも残された者と一緒に寄り添って居てくれるのだと思います。
懐かしみいとおしみ、共に生きた時間があって嬉しかったと思う誰かがいる限り、お父上は確かに存在しているのだと思います。
ならばしろひろさんは幸せな子であり、お父上は満ち足りた父であったはずです。

思い出をお大切に!

今を生きるお母上との時間をお大切に!

そして何よりもご自分をお大切に、今という日常を慈しんでお過ごし下さいね。
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  • 16

from:しろひろさん

2016年04月01日 13時06分29秒

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まりもさんの言うとおりだと思います。本当に泣きた時には涙が出る限り泣いた方がいいと私は思います。怒りたい時には本気で怒ってた方がいいと、そのほうが、いつか相手を許せると思うからです。
 日本の昔話、竹取物語にせよ、浦島太郎にせよ、鶴の恩返しにせよ、主人公はみんな馬鹿正直です。お嫁さんにしてくださいと夜訪ねてきて、ハイと答えるなんて、私にはそんなことはできませんが、きっと、こういった昔話には泣きたいと思ったら泣けばいい、助けたいと思ったら助ければいい、好きになれば恋をすればいい、という教訓があると思います。
 私は父を怨んでいました。父が畑で倒れ、そのまま他界したに、涙が自然と出てきました。今思えば、それは育ててもらった感謝の涙ではなく、父の生き方の不憫さに自然と体が共感したのだと思います。
 だから、ずっとないていました。一週間近く泣いている間に、走馬灯のように父との思い出がよみがえり、それが、キラキラ輝いて見えた時、父への恨みも消えましたし、父と一緒にいて幸せだったと思いました。
 人の体って、いろいろ感じているだと思います。だから、私はそれを信頼して、涙が出たらそれに任せています。
 もし、母が亡くなれば、一生泣いていたい。そうするば、涙と一緒に母を思い出すことが出来るとも思っています。
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  • 17

from:pochiさん

2016年03月26日 21時25分28秒

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まりもさん

Pochiは余り接することのなかった父ですが、(だから余計になのかもしれません)父の死を受け入れるまでに長い長い時間が必要でした。
最愛のお父様でいらしたのですから、まりもさんが心から笑えるようになるまで少し時間が必要なのかもしれませんね。
でも、笑えないときには笑わなきゃいいんです。
泣きたいときにはワンワンオンオンと泣けばいいんです。

ご親族は身近に居るだけに、思ったことを何のおもんばかりもなしに、口にするかと思います。言いたい人には言いたいことを言わせて置いて、もしも腹に据えかねたら10倍ぐらいのことを言い返してやればいいんです。
勝手なことを言い散らしている人は、大概の場合殆ど悪意がありません。自分の優位を表明したいだけで軽々しくことばを吐くのです。
Pochiは、けんかをするとエネルギーを浪費するような気がして勿体ないので、言い返さない・アホらしいので仕返しはしない・可能な限り耳をふさぐ・で基本対処していますが、本当に腹が立つとがつんとやり返すので“怖い”と思われています。
いや、Pochiがやり返す事は殆ど無いのですが、話には常に尾ひれが付くのです!

とにもかくにもご自愛下さい。

父が亡くなる前、Pochiの腕に妙なしこりが出来て父が酷く心配していたのですが、父の死と同時にしこりはきれいに消えました。
持って行ってくれたんだねと母が言っていました。
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  • 18

from:まりもさん

2016年03月26日 14時34分07秒

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pochiさん

返信ありがとうございます。

そうなんです。自分も働きたい、結婚もしたい。でも父を助けるにはどちらも
断念しようで、父の介護だけでなく母もあったので
自分の人生を犠牲にして、尽くすだけ尽くしました。
身を粉にしてといったほうが、いいかも。自分が倒れても、なお立って
父を最優先して介護しました。

父の先妻の子はわかってくれず、らくをしてーとか、おそろしい言葉を吐いたり
介護をしないのに、ののしったりするので 心が何度も折れて傷ついたりも
ありました。

私が苦労を顏に出さないように明るくふるまうので誤解されたり
顔だちがいいので、ねたまれて、しんせきが見えない部分をまったく理解せず
介護を経験してない人は、こういう おそろしい横着な事を言い放つのかと
頭にきたことも多々ありました。


でも、病院の看護師さんや、ケアマネさんや、ディサービスの方など
介護にかかわる人は私の必死さをわかってくれてて、他人のほうが理解してくれました。それだけが救いでした。

分かってくれなかった人も多かったけど、父は本当に天国から、凄い感謝してるとおもいます。

→まりもさんとも心がきちんと通い合っていたのです。うらやましいような素敵な家族だと思います。

そうです。ありがとうございます。私は、霊感も強いのですが、わかってはいても
もっと色々知りたい事があって、イタコさんに父が私をどう思っているか
今どうしているかを聞いて、父が今、私に凄く感謝してなんとか私を喜ばせたいと
おもい、喜ばせるようないい出来事を仕込み中らしいです。笑

向こうでは痛みも苦しみもなく楽しく活動しているようです。
今日は初七日ですが、だいぶ気持ちもおさまってきました。やっぱ亡くなって
5日、6日まではきつかったです。涙がとまらなくて。

pochiのお父さまはPochiさんが、就職をした年に知り合いの通夜で風邪をもらって
一週間ほど寝込んであっけなくなくなりました。

えぇーーーーーーーー通夜に行かなければよかったですね。
あぁなんという、そういうこともあるんですね。寒い時期はマスクがいいですね。
しかも就職した年なら、早かったのですね。

そして、お母さまがが仕事に行けというので、pochiさんは
臨終に立ち会っていないんですね。

長く肺結核で入院していたのでいつもの状態ぐらいのつもりでいたのです。
母が救急車を呼んだときにはもう無くなっていたようです。

わかります。私は救急車呼んだ時は、虫の息でまだ息してて、到着がくる
2分前に父が目を見開いて天井をみて、びっくりしたような目をして
すいとられるーーーというような顔をして、がくんとなりました。
魂をひっぱられた瞬間をみました。
私は、それから心臓マッサージ自分もしたら、何度か息を吹き返しましたが
魂が戻ってこないので、生き返らず

もうだめだと思ったら救急車が到着し、あの、もう心肺停止してますけどと
いわれ、私がおいてけぼりにされると思い
さっきまで息してたーといって涙ぐんだら男性が目がうるっとなり、
いまから、心肺蘇生をやるぞー!といって
いちにさん、いちにさん、と10分心臓マッサージしたり、AEDしたけどだめで

死んでるのに救急車のせてくれずっとマッサージして病院に
ついたら、看護師たちが以前、まりもさんのお父さん入院してて
まりもさんが必死に看病してたと色々な話を聞いて、どうしても助けなきゃと
なって通常30分を50分蘇生をねばってしてくれたようです。

でもですね、前日にね彼岸の最中でしたし、もう父の体が半分、霊界に
行き来してて向こうから亡くなった親戚たちが、絡んできてたんですよ。
もうすぐくるね、向こうで遊ぼうみたいな死んだ親戚たちが父を迎えに
前日からおよびにきてて、もう、今回ばかりは、強制的に連れてかれるなと
覚悟はしてました。 

79の時は死神がついてたけど私が粉砕、悪性のがんで余命三か月を克服させ
88の時は飢饉で死んだようなばばーが白い着物で父をあの世にいざなっていた
けど、それも消して、何度もいろんなのがあちらに父を連れていこうとするので
全てはらって父が病気になれば、一番 スーパードクターの所を選び
最新の治療を受けさせたり、霊的なものは、私が霊感強いため
陰陽師みたいになって祓ったりしましたが
たぶん最後に先祖が私にみえないようにきて、つれてくだろうなとおもったら

ほんとうにそのようなかんじで、つれていきました。先祖たちがわたしには
珍しく視えなかったんです。余談な話をして、すみません。
こういう話、信じない人もいるので、かわった人扱いになるかもしれないけど

そして、お父様ですが、通常なら不審死として処理されるところ病死として扱ってもらったのは、よかったですね。


私の場合は、父が、はっきり、食いしん坊が引き起こした死因
誤嚥性肺炎でした。 あれだけミキサー食じゃないとだめといったのに
どうしても普通のが食べたかったんでしょうね。目を離したすきに食いしん坊は
自分から食べてあの世にいきました。でも苦しむ時間は、そうなかったです。
亡くなり方としては、苦しんだ死に方ではないと思います。

pochiさんは幼稚園の時にお父様が入院し、退院してきて、半年もせずに
他界されたのですね。思いでが薄いということですね。
でも守ってらっしゃいますよ。私の父は、赤ちゃんの時に実母を亡くして
ずっとその父の母親が、父の晩年まで必死に守ってましたよ。

葬儀は、母が父の交友関係を殆ど把握しておらず、住所録も年賀はがきも調べなかったのでご近所と親族を除けば父の知り合いは誰も居ないというとっても不思議なものでした。


なるほど、私は近所が、カルト宗教に入った変な方たちが多いので
近所を呼びたくなくて、新聞に出したかったんですが出さずに家族葬で
血縁やしんせきというみじかな人のみにしました。
父の名前を新聞に出したらとんでもない人がくると予想されたので
こちらもバタバタしたくなくて、静かに見送りたかったんです。だから
ある意味、父からみたら、えーなんでーとおもうかもだし
色んな人からどうして、社葬にしないんだとか、どうして新聞ださないんだと
後でだいぶいわれましたが、とにかくひっそりしたかった。

Pochiさんは、もうすぐ、お父さまの亡くなった年になろうとしているんですね。

母は父の短命だった分の世もうをもらって長生きさせてもらっています。→そういうのありますよ。相手の寿命のばすのとか。

父の最愛の母なので、気分良くこれからの時間を過ごしてもらいたいと思っています。

よくわかりました。お母さま、たった一人の肉親です。
大事にして大切に過ごしてください。

まりもさん、ご自分を大切に! →ありがとうございます。

これからの時間を周囲の"雑音"に悩まされること無く健やかに心楽しく過ごして下さいね。もうすぐ桜の盛りです。
お互い、今を存分に楽しみましょう!

そうですね。でも、父が守ってくれてるという嬉しさがあります。
心楽しく過ごすようにします。 まだ色々バタバタですが、せっかく父から
頂いた命ですから、私も今後は自分のために、楽しめていけたらと
おもいます。
またなにかあったら、コメントさせてくださいね。
ありがとうございました。 まりも
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  • 21

from:pochiさん

2016年03月26日 09時32分36秒

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まりもさんへ

お父上の介護お疲れ様でした。
本当に力一杯尽くされたのですねぇ。

誰が分かってくれなくとも、お父上はきっと物凄く感謝していたし、まりもさんとも心がきちんと通い合っていたのです。うらやましいような素敵な家族だと思います。

pochiの父は、Pochiが就職をした年に知り合いの通夜で風邪をもらって一週間ほど寝込んであっけなくなくなりました。母が仕事に行けというので、pochiは臨終には立ち会っていません。長く肺結核で入院していたのでいつもの状態ぐらいのつもりでいたのです。
母が救急車を呼んだときにはもう無くなっていたようです。
通常なら不審死として処理されるところ、長い病歴があるので病死として扱って下さるとのことで、ご近所の病院で死亡届けを書いてもらい無事に葬儀を済ませることが出来ました。
pochiが幼稚園の時に入院し、退院してきて、半年もせずに無くなったのでpochiは父とは殆ど一緒に生活したことがありません。縁の薄い親子です。

葬儀は、母が父の交友関係を殆ど把握しておらず、住所録も年賀はがきも調べなかったのでご近所と親族を除けば父の知り合いは誰も居ないというとっても不思議なものでした。

Pochiはもうすぐ、父の亡くなった年になろうとしています。
母は父の短命だった分の世もうをもらって長生きさせてもらっています。
父の最愛の母なので、気分良くこれからの時間を過ごしてもらいたいと思っています。

まりもさん、ご自分を大切に!
これからの時間を周囲の“雑音”に悩まされること無く健やかに心楽しく過ごして下さいね。
もうすぐ桜の盛りです。
お互い、今を存分に楽しみましょう!
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from:まりもさん

2016年03月25日 18時22分27秒

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pochiさんへ

お気持ちよーくわかります。 悪い事が重なって多忙を更に極める時ってありますね。
私の父は、数日前に亡くなりましたが、91歳で大往生だったと思います。

苦しまずに20分くらい、ぜーはーぜーはーいってピンク色の唾をはいて
救急車がくるのが遅くて15分以上かかって、到着する前に亡くなり
それでも、さっきまで息してたんですよと涙ながらにいうと
男性の救急隊員が女の涙にうるっときて、その場で蘇生を10分繰り返し
救急車にのせて病院で、30分しか普通心肺蘇生をしない所

まりもさんが(娘さんが)ものすごい親思いで 以前、入院中だった時も
懸命に看病してたって話をきいて、心肺蘇生を伸ばして50分したけど
どうしてもだめでしたといわれ、誤嚥性肺炎で運ばれたんですけどね。

父も色々な病気をしました。そして母も同時に脳梗塞、敗血症、脳出血
などになり、姉は働いて身動きとれないので私だけが
父のがんの手術をどこにきめるかの病院めぐりや、母の入院中の行き来で
倒れそうでした。 父も生前、痛風で足がはれたり、手が痛風で手が
腫れたり、認知症やがん、など、もう二人して次々になっていくので
父の預金も、高齢者は1割だからといっても、いく病院もおおく
手術入院が重なると、もう、預金すら数万しか残ってない状態で
亡くなりました。

私は仕事も出来ずに結婚もあきらめ、父の介護を必死で自分の身が倒れるまでと
おもほど、日本一の介護で、父を支えてがんばったので、その苦労を先妻の子たち、介護をしてない人たちは
わかってくれず、何度もあんたは、楽をしてるくせにとか
誤解されて、感謝されるどころか、ののしられ、たくさん、父の先妻の子の
言葉でいっぱい傷つきながら

介護を必死でしてきたけど、必死でしてきた分、大変だった分
思い出も濃くていなくなると、解放されたという気持ちより
悲しみや切なさのほうが、こみ上げて、何度泣いても涙が出ます。

親が二人年をとり、あちこち不調であわただしく忙しく大変で
疲れると思いますが、どうぞ、体を壊さないようにしてください。

そして、いざという時のために、考えてたほうがいいですよ。
私は父が現役の頃、事業をしてたので新聞に訃報を出すと県内外
ものすごい数やってくると思ったので家族葬にしました。
ファミーユでしましたが、先に会員にはいってたほうが6万値引きに
なってたことをしり、亡くなる1か月前にパンフレットとりに
いったのに、会員になっとけばよかったなんて後では思いました。

家族葬は、ゆっくりできましたが150万ぐらいして赤字になった
ようです。新聞に出せば父が現役時代社長をしてたので
たくさんきて黒字になっただろうという話はありましたが
私は、近じょからいやがらせを受けてたので、近所に知られたくなくて
家族やしんせきだけのにして、正解だったと思いました。

ほんとうに亡くなるとすることが、増えて目まぐるしいです。
父は亡くなる前日、不思議なことをいっており、先祖がもう
強制的に連れにきたな、今回は、もう私がいままで命を
ほんとの天命よりも12年も伸ばしたから、最後だなとおもったら、
ほんとに最後になりました。だから介護を尽くした人は悔いなど
しなくていいんですよ。

人はいつか、早かれ遅かれ、うちの父のように亡くなってしまいますが
父は痛みも苦しみも消えて楽しく活動しているようです。
そして自分に人生犠牲にしてまで必死で介護三昧をしてきた
私になんとか喜ばそうと必死で考えて、ご褒美しようと
思ってるみたいです。亡くなっても 子孫の心に残っていますし
そばによりそってます。  大変でしょうが、生きている時の親との
思いで、大事にしてください。
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