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from: ミケさん
2026/03/27 02:44:40
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おはようございます!
赤とんぼさん札幌帰省されたのでしょうか。海産物が安くなり豊漁です。我が家が真っ赤になるほどイカ釣り船のカンテラで。燃料の高い中で夜中に頑張る姿に感激。
赤とんぼさん札幌帰省されたのでしょうか。
海産物が安くなり豊漁です。
我が家が真っ赤になるほどイカ釣り船のカンテラで。
燃料の高い中で夜中に頑張る姿に感激。
去年よりも海は元気です。水温も低く多種類の魚の姿が。
特に馬糞が多くて手も出せません、痛いから。
魚箱ひと箱千円の放送が。港まで入れ物持参で。
カニ・ヒラメ・若芽・・・・が。
私は海産物よりもお肉と野菜が好き。
収穫物はおすそ分けしてます。
これからは若芽干しが大仕事かな。天候左右です。
from: ・はな・さん
2026/04/07 00:58:24
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昔昔.特急券.父母子子.4席購入
往復.特急券.高い高い.料金購入
往路.平和に.遊園地に.到着して
携帯.親1台.子供達で.1台利用
子供.携帯分.思う存分.遊び遊び
復路.駅🍱を4人数分.買物食事
WC.ふと催しまして.離席帰席
私の🍱衣類.👜荷物.足元床放置
若いOLが.占領着席してました
私は立ち🍱.OL頭上に🍱米粒
黒髪に落下落下.最後はOL膝に
🍱.逆さま落下.お互い降りる駅
OL泣いて泣いて下車しました
謝らず.頭.髪に米粒🍱逆さま
貰って.私に席戻さない度胸に
白旗で.完全敗北しましたです
まさか.家族4人私だけ立ち席
悔しい.アクシデント.でしたネ
皆様の.似た経験等を.下さい.zzz



from: 秋水さん
2026/04/06 22:29:18
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はなさん
ショコさん
赤とんぼさん
もう少し、鉄道パンについて引っ張ろうと思います。
日本釀造協會雜誌の論文『「駅売弁当」の変遷(1)』の続編『「駅売弁当」の変遷(2)』(小田きく子著)によると、「鉄道パン」は第二次大戦末期の1944(昭和19)年4月に誕生したという。海藻と野菜が入ったパンとのことだ。なんだかヘルシーな印象だけど、物資不足で政府の食料統制下の頃である。小麦粉などの穀類が不足して、海藻や野菜を混ぜたと思われる。あんまり美味しそうな気がしない。
「鉄道パン」誕生のきっかけは食堂車の廃止だった。1940(昭和15)年の米穀統制令によって飲食店の米飯提供が禁止され、和食の食堂車を廃止。洋食のみの食堂車も1944(昭和19)年4月、全面的に廃止された。しかし、長距離列車では旅客の食事確保も必要だ。そこで、「五目弁当」(40銭)と「鉄道パン」(10銭)の販売が始まった。販売元は日本食堂だった。
昭和19年と言うと、もはやお金があっても食べるモノがあまり無い、買うものが無い時代です。
それでも鉄道旅行で10銭でパンが買えるというのは有難かったらしく、転売もかなり横行していたみたいです。
戦前の戦争前の頃の労働者の月給は100円とかその程度で、200円はかなり稀だったようですが、かなりインフレが進んだ昭和19年になると月給は200円ぐらい受け取る人も珍しくなかったようです。
熟練労働者の多くが既に戦地に行ってしまっていました。
だから僅か10銭でパン食べられるというのは取り敢えず有難かったようです。
戦後、10円パンというのはかなり広まったそうですけど、概ね昭和30年代末くらいで消滅してしまったようです。
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