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  • from: あきらめてんさん

    2019年08月01日 17時30分59秒

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    老後の椅子取りゲーム⑳

    帰路はJR駅まで森山が車で送ってくれた。車中、森山は明るい未来を見詰める表情でこんなことを言った。
    「僕ね。今は保険の代理店に勤めていますが、中山先輩の事業を応援するためにアイデア支援ファンドというものを立ち上げようと計画しているのです。和田さんも、ひと役担ってもらえませんか。事業が立ち上がって、株式が上場されれば、ひと山あてられますよ。株の百株や二百株を毎日売り買いして、日銭を稼いでいるより、数十倍の単位で見返りが手許に戻ってきますから。新規開発投資の魅力を味わいましょうよ。」
     信二郎は返事に困った。株投資で損を出し、歯止めがかからないのが現状である。新規事業の株式上場という話は魅力がある。こうした事例は経済誌の見出しなどで知っているが、具体的に何をどうするのか、起業家的な人間関係というものが皆無なので森山に背中を押されると、信二郎は惑わないこともなかった。だから、考えておきますという言葉でファンドへの誘いから逃げた。しかし、電車の中でも信二郎は森山の誘い話を頭の中で反芻していた。
     予定より帰宅が遅くなった。急いで玄関から母親のいる居間の方を見た。静かで、物音がしない。母親は寝ているのかと思った。精神安定剤を飲ませているので眠りだすと際限なく寝ることがあった。寝室に母親の姿はなかった。便所かと思って、庭先に面した廊下へ出た時、風呂場に電気が点いているのに気付いた。
     風呂場で何をしているのだろう。半開きになったドア越しに母親が風呂に入っている姿が見えた。一人で風呂に入っているのか。意外な様子に信二郎は深く考えずに風呂場へ入った。母親が風呂の湯船に仰向けになって浮いていた。口が風呂の湯の中に沈んだり、浮いたりしていた。水を大分飲みこんでいる様子であった。
     信二郎は必死に母親を湯船から引き出した。水の入った重い桶を抱きかかえて引き上げるようであった。まさに渾身の力であった。心臓が止まっていなかったので、ゲゲゲと口から水を吐き出した。この状態であればなんとかなる。この一心であった。直ぐに救急車を呼んだ。やっとの思いで、母親に下着を着せ終わった時、救急車が玄関前に止まった。

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