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from: しげチャンさん
2013/03/18 09:09:58
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教えて下さい。ファラットピッキングでの右手の位置。
フラットピッキングで、スケールを弾く時の右手の位置について、上手な方は、手の付け根をブリッジの近くに置いて固定しています。当然ピッキングもブリッジ寄り
フラットピッキングで、スケールを弾く時の右手の位置について、上手な方は、手の付け根をブリッジの近くに置いて固定しています。当然ピッキングもブリッジ寄りになります。この方法は一般的な方法でしょうか?教えてください。具体的な例はこれです。
→http://ameblo.jp/mam5283/entry-10889313323.htmlfrom: kuniさん
2013/03/28 21:53:47
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もう桜は散り、葉桜が暖かな日差しに揺れているなんて、Kuniらしくねぇなー街を歩く外人は半そで半ズボン、サンダル履きだもんね。★(⌒杰⌒)AMA-G'
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from: ☆(⌒杰⌒) AMA-G'ですさん
2013/03/15 12:09:46
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ナイスな二本を試奏…〔Martin D-18 GE〕と〔Furch S23CM〕だぜ。~前編~
★(⌒杰⌒)AMA-G'です。
先日、上の息子が医療系の国家試験を受験するので、付き添いでくっついていったんだ。
息子が試験中の待ち時間、会場近くのテナントビルにある楽器店を覗きに行き、そこで二本のステキなGuitarを弾かしてもらった。
その店を仮に〔 T 〕と書くが、ここは現在全国に12店舗を構える楽器チェーン。
もちろん自分が住むこの地域にはここ一店舗のみ。
初見参なので、あらかじめ同店のhome pageをCheck!
その店舗在庫のGuitarをざっと見て、他店には現品を置いてないような、
ちょっとばかしGuitar好きをいい気持にさせるようなLineupだったので、
これゃあいいchance!とばかりに行ってみることにしたのだ。
開店早々に入ったので他に客は無く、
staffの〔N氏〕とアレコレ・アコギ談義などしつつどれを弾かしてもらうべかと鵜の目鷹の目。
N氏は昔バンド活動経験のある三十代~四十代(大雑把で悪い)の、
visualも雰囲気もいかにも音楽やってますオーラ出しまくりの気の良い人。
カミさんがナースなのでシフトに合わせて幼子の面倒もちゃんと見ている
よきパパちゃんでもある。
地方都市の悲しさゆえ、出店のあるGuitar-shopの店頭在庫はどうしたって売れ筋、
あるいは、まあまあmajorなbrandばかりで、なかなかコレは!という気にさせるGuitarは置いてないことが多い。
いきおい、いつもは、GuitarカタログやNetショップ・Netオークションでばかりため息交じりに眺めているばかり。
それなのにあぁーそれなのに、
この店にはこの地方の他店にはまんずまんず置いてないようなアコギばっかズラリんこ。
壁にぶら下げられたGuitarをさんざんぱら舐めるように食い入るようにして眺めた果てに試奏したのが、
〔Furch S23 CRCT〕と〔Martin D-18 GE〕の二本。
〔Furch(フォルヒ)〕は、知っている人も多いだろうが、チェコのGuitarだ。
自分たちの世代だとチェコといえば「チェコスロバキャ」だとついつい思っちゃうが、
〝民主化革命〟によって独立して「チェコ」と「スロバキア」になったんだと、
それは、この〔Furch〕のGuitarを知ってから知った歴史的背景です。
自身もBluegrass playerだった〔Furch〕の創業者が、
仲間たちと自宅ガレージでGuitarをシコシコ拵えていたのが始まりで、
2003年春からは我が国にも輸入・紹介されて、American-Acoustic-Guitarにはない、
その音質の魅力に、日本にもいまやかなりのファンがわんさかおるんだと。
その中の一人がこのオレで、
あんまし日本には流通してないかもと思っている〔Furch D-41CR(2007年製)〕というのを持っている。
TopがヨーロピアンCedarでSide&Backはつや消しで用材の素材感ありありあのrosewood。
低音弦のやや硬質なハリのあるカキンコキンとした音色がステキで、
中高音もキラリンカラリンした、じつに個性的な鳴き方をしてくれる一本なんだ。
※今、ちょこっとググってみたら、これと同タイプのGuitarが「800ユーロ」で出ていた。日本円換算で約100,000円だけど、
輸入したら関税とかかかるからもっと高くなるだろ?だから、まんずまんずの価格なんでないのかなぁ。
↓ 〔Furch D-34SR ※D-41のPho.が見つからなかったので参考までに〕
この日試奏した〔Furch〕はRegularモデルTypeでcatalogにもLineupされているものだけど、さすがに造りがいいよな。定価で24万円だから当たり前なんだろうが、
ぱっと見の全体の造り込みだとか、RosettaのabaloneやFretboardのabalone-inlayはもとより、ドイツ〔Schaller〕製のGoldーペグと特徴的なpeg-button、EbonyっぽいBlackのBindingが、bodyとNeckに巻かれていて、しっかりちゃんと造っているよなーと、もう普通に感動してしまう。
Guitarは装飾に目が行きがちだが、やたらと派手な細工で造りはガタガタ、
そう、まるで厚塗りの化粧の下から〝人三化七(にんさんばけしち)〟みたいなGuitarもある。
逆にそういう見てくれの装飾は一切排除して、正味の造り込みと質の良い用材採用に精魂込められているGuitarもある。
10万円台の価格でそこそこきっちりとした装飾も施されて、もちろん音も良い。
そういうGuitarがオレレベルのアマチュアには最適なんだろうが、
なかなか楽器店の店頭でそういうものを実際に試奏する機会はあまりないのが現実だ。
〔Furch〕オーナーゆえ、試奏しての耳覚えのある音色はやはりこのbrandらしく、弦高設定値の適正さもありとても弾きやすかった。
試奏したモデルも現品は初めて手にしたため、造りの良さもさることながら、使われている用材の醸し出すシックな落ち着き感が実に心地よい。
日頃、よく目にする米国や日本、インドネシアや中国・韓国の製品とは異質な〝匂い・風情〟がこいつにはあった。
↓〔Furch S-23CRCT〕※丁寧な造りが光る
〔Furch S-23 CR〕Spec.
Jumbo body style
Solid Cedar Top
Solid Indian rosewood Side&Back
mahogany Neck Ebony Fingerboard
nut-wide 45mm abalone position inlay
Ebony bridge
Schaller Gold Tuner tortoise imitation pin
M.O.P Furch logo abalone ring sound-hole
arched Hard-case
やはりいいね〔furch〕は。
手頃な価格のUsedでも見つけられれば、もう一本くらいはあってもいいと思えるbrandだ。
見た目もいいが、抱えた感触というか身体への収まり具合もいいんだ。
~前編おわり 後編へ続く~ -
from: ☆(⌒杰⌒) AMA-G'ですさん
2013/03/15 12:11:45
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ナイスな二本を試奏…〔Martin D-18 GE〕と〔Furch S23CM〕だぜ。~後編~
さて、今回もう一本の試奏Guitar...うーん、これはもう素直にゴメンと謝っちゃうくらいのスゴイ「一本」だった。
知っている人はもうとことん知っているかも...な〔Martin D-18 Golden era〕。
無知を晒して白状すれば、「Golden era」のことは後日、改めて調べてどういうものかを知ったんだけどね。
いわゆる、Martin Guitarの黄金期(Golden era)のGuitarを復活させたモデル。
〔D-45〕とか〔D-28〕のGEになると制作本数も少なく、価格そのものも目を剥くようなレベル。
〔 T 〕の店頭にあったこの〔D-18〕も、しっかりと展示用のガラスHard-caseに収まっていて、
不埒なヤツが気軽に手など触れられないように鎮座ましましておるわけでして、
staff「 N 」氏に恐る恐る試奏を申し出れば...「いいですよーー」と、あっさり。
↓ こ、こいつが〔Martin D-18 Golden era〕だぁ!
まずはこいつのSpec.から。
〔Martin D-18 Golden era〕
Model:1934 D-18 GE
mahogany blocks Dovetail neck joint
Top:solid adirondack spruce
Side&Back:solid genuine mahogany
Binding:black Boltaron
Neck:selected Hardwood
Neck Shape:VNeck Shape
nut:Fossilized ivory
headplate:solid Jacaranda
Fretboard:Solid Black Ebony
nut-wide:44mm 1-3/4 inch
bridge:solid Black Ebony
saddle:16inch long Fossilized ivory
tuning machine:Waverly nickel Butterbean knobs
bridge-pin・end-pin:black
Hard-case:545E
仕様が通常の〔D-18〕と異なるのはもちろんだが、
見た目にも判別できる違いがテンコ盛りだ。
90年代製の〔Martin D-35 custom SQ〕を持っているオレだが、
実はこいつを手に入れる時、最初は〔D-18〕が欲しかった。
〝一番、Martinらしい音がする〟と言われるのが〔D-18〕だし、
昔、〔Jim Croce〕がRecordジャケットで手にしていた〔D-18〕がカッコよかったこともあって、
Martin持つなら、〔D-28〕よりも〔D-18〕だなって思ってた。
〔D-18〕は楽器店で試奏したこともあるので、
今回のこいつはそれらとどこがどう違うんだべ、とワクワクしつつ弾かしてもらいました。
...結論、自分レベルでも分かるほどに「別もの」でしたな。
Spec.、用材、製造ラインと、regularものとは一線を画するコンセプトゆえのこの音なんだろうと思う。
やや強めのテンションが心地よいほどにハリと音圧のある低音弦。
これまた好きなGuitar-brand〔Taylor〕のカラリと明るい音質とは違う、重厚感を伴った〝前に出る〟音質だ。
適当なsingle-pickingを弾いただけでも「これなら60万(値札の定価です)するわな」と、
まんまと納得させられてしまうようなバランスのとれた中高音域。
いまさらながら、復刻版でも「pre-war」のGuitarってすごいんだな...と膝を叩いてしまった。
〔 T 〕店頭での〔Martin D-18 Golden era〕の価格は四十万円台。
後日、NetオークションやNetショップを探ってもおおよそその前後で、
Usedものだとやや下がるものの、高嶺の花であるのは変わらない。
手持ちのGuitarを全部売っ払ってしまえば買えるかもしれないが、
苦労して集めてきた訳アリ歴史アリの〝彼女たち〟を人身御供にするほど...人非人ではないし。分割クレジットなら、可能か?いや、まだ〔Martin D-35〕の支払中だし。
ムリだべ。゚(゚´Д`゚)゚。
それじゃ、また!。.:♪*:・'(*⌒―⌒*))) -
from: ☆(⌒杰⌒) AMA-G'ですさん
2013/03/07 12:53:34
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ホント困るよね家が狭いのかGuitarが多いのか悩んで困るよね。゚(゚´Д`゚)゚。
Guitarの所有本数が増えてくると、ほんと置くspaceが無くなってきて困るよね。
カミさんに処分しろと言われて泣く泣くNetオークションに出品、という話もよく聞く。
単なる出品理由の言い訳、もしやねつ造?虚言?同情買い?かもしれないが、
そんなことするなら何本も買わなきゃいいじゃん、というのは独りモンの戯言だ。
さんざ苦労して小遣いを工面して手に入れたGuitarを、
カミさんのひと言がけっこうなカウンターで効いて、嫌々手放すこずかい生活者の悲哀。
それをアンタは分かっちゃいないんだ。
また、そんな冷遇され過酷を極める監視下で地下に潜行しながら、
コソコソGuitar集めにいそしむ所帯持ちカミさん持ちの愉悦を知らぬ、
チョンガーおのこの無知で厚顔腫れコーガンぶらぶらの減らず口だ。
幸か不幸か嫁さんの来手がなくて稼ぎは自由になるような人間には、
野鼠のようにコソコソとカミさんの目を盗んで新しい一本を手に入れなければならない者の、
密かなスリルとワクワクドキドキキャンプの愉悦は永遠に理解できないだろう。
普通の民家、普通の庶民で、家族がいるおやぢが増えてきたGuitarをどのように保管しているのか、とても気になるが、よほどの大きな造りの家でもない限りその工夫なんてのはオレと大差がないのかも。
※↓こういうのがあればいいな。
弾かずに押し入れや物入れや倉庫に仕舞いこんでおくのならいざ知らず、
常時弾けるように手もとに置くとすれば日常生活を送るどこかの部屋に置くわけだろう?
それをカミさんをはじめGuitarに理解もシンパシーもジバンシーもない家族から邪魔者扱いされないようにするためには、
なんかかんか菅野美穂のプラスアルファのアイデアるなんであるのピピンと来るような画期的工夫は、そりゃあるかもしれない。
窮鼠猫を噛む旧ソ北に絡むの譬え通り、
人間どん詰まりの土俵際ではけっこうな閃きを発するもんだ。
オレが生まれた田舎の実家のように部屋が11もあって、おまけに使われていない蔵などがあれば、いまごろこんなに禿げた頭を土瓶蒸しのように悩ます必要もカミさんの視線に怯える隠遁の日々を送る必要もない。
あるいはもっと甲斐性があって稼ぎもバッコンバッコン華厳の瀧白糸の滝のように降ってくるようなら、自宅をリフォーム増築するなり近所の空き家を借り上げ改造してGuitar専用置き場にしても良いのだが。
注文住宅の○サワホームには「蔵」なる企画のハウスがあって、
天井高は低いが天井裏を改造した物置専用スペースが出来るplanningがあって、
いつもいいなあれはいいなああいう家を造れば良かった、あしこのハウスメーカーに発注すればイカッタと、臍もヘソも爪までハンケチまでも片手持ちにいじいじ噛みながらうらやましく思ったものだ。
※こういうのが「蔵のある家」
なんもGuitarなんて座って弾くものだし、Guitar本体もwoodベースやハーブなどとは異なり、
Hard-case込でもそれこそ高さ100センチちょっとのものだから、
ああいう「蔵」が家の中二階に誂えられれば、アコギの十本や二十本、もしかしたら千六本くらいは平気の平左神田の平次清水の次郎長ほどにも大威張りで保管かつ弾き語り演奏などできちゃうだろう。
○サワホームに施工発注しなくても最近流行りの女の娘おしりの大きな女の娘のようにリフォームなどできればいい。
昔、そうさなざくっと四半世紀も前に、先日身罷った蝦夷江氏の会社、仮にR社としておこうか、そのR社の端っこにぶら下がって、地方拠点で住宅関係の制作の仕事を月の三週間休みなし深夜・朝帰りも朝飯前夜食頻繁過激・激務の中でやっておった関係から、
住宅の建ぺい率とか容積率とかいうことも知っておるのだぞ。えへん!
で、その率からゆくとワシの家の容積率には大日本帝国の定める法律的にはまだ余裕がありいわゆる建て増しというか増築が可能姉妹なのだ。
んじゃ建て増しすりゃいいじゃんとかいう人もけっこうそこいらにいたりするが先立つ不孝先立つおあし先立つ○ンポというものがこれまた無く、
地元の大工や工務店だとて地産地消の精神から地元民の建て増し発注には格安割引適応で対応させて頂きますはいどうぞという流れにはゆかない。
ま、無知と無茶を承知で言えば理想形夢想系萌え萌え系の企みはあるんだわ。
世に言うところの「畳二畳は一坪」の換算式劇団四季から導き出すに「六畳間」くらいのspaceの増築が実現したのなら、Guitar置き場&弾き語り用椅子&物書きテーブル&楽譜置き場&Guitar小物置き場&譜面台置き場くらいは含有できちゃうだろう。
○友不動産とかいう大手のハウス系の会社ではなんちゃって新築とか物まね新築たらのコピーを旗印に、全部はぶっこわしません使えるものは再利用することにして建て替えよりはお安くリフォームよりは割高に、古くて不便でみったくないアンタのお家を見目も美しくそれなりに近所にも見栄が張れるくらいに仕上げますと宣伝している。
こういうニッチもサッチもミッチーもわきまえた様な隙間産業的な目の付け所が不景気な現代の風潮時流に合致してか、近所にもこれを採用してそれを実行してあれをアレしてコレした家が何件かあるのを見かけたことがある。
これだとせこせこリフォームでせめて「六畳間」くらいはなんて弱弱しい犬が股に尻尾を丸めたみたくみみっちいことをほざかなくても、
図面を片手にくちびるにバラを小脇に小涌園を抱えながらGuitarシフトの間取りが組めるかも下賀茂上賀茂神社清水三年坂なのだ。
それじゃあとうとう我家も劇的大改造を劇的匠に依頼して劇的な製作費で劇的なリフォームをしてこましたろかと思いきや、そこはそれそれメンそーれ先立つおあしどころかまたぞろ必要に迫られる急な出費が開いた傷口のようにかさびたが形成されるのももどかしいくらいに、
出血大サービスの惨事がしゅったいしたために、二十七本のGuitarは白いシーツをかぶされたままで寝室の隅っこでヒザを抱えてうずくまっているのだった。
それじゃ、また!。.:♪*:・'(*⌒―⌒*)))from: ☆(⌒杰⌒) AMA-G'ですさん
2013/03/08 09:57:03
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kieros2005氏★(⌒杰⌒)AMA-G'です。うおーーー、さすが、niceな返球コメント返してくれるね。今回はなぜかよく筆が滑り、一気呵成に書き
from: kieros2005さん
2013/03/07 19:41:09
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わはは!AMA-Gブシ炸裂だね。嘆くな!ってば、ギター保有の多さを威張ればいいだけさ。>ああいう「蔵」が家の中二階に誂えられれば、アコギの十本や二十本
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from: kieros2005さん
2013/03/07 09:28:09
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少年時代の音楽を回顧してみる
kierosです。少年時代は新聞配達などやっておりまして、口笛や鼻歌を歌いながら新聞を配って歩くお兄ちゃんでした。それがタンゴやラテンの名曲だったりす
kierosです。
少年時代は新聞配達などやっておりまして、口笛や鼻歌を歌いながら新聞を配って歩くお兄ちゃんでした。それがタンゴやラテンの名曲だったりするものですから、新聞を受け取るおじさんは「変わった子だなー」と見ておりましたそうな。
貧しい家庭ですから、レコードなど買う余裕はありません。もっぱらラジオで聴くだけです。田舎のラジオではあまり好きな曲のかかるチャンスが無く、何とかして東京の放送を受信しようとして、ラジオの真空管を電熱器で焼いたり(こういうの知ってるひとは少なくなったな)、アンテナを張ったりして、フェージング(音がおおきくなったり弱くなったりすること)を我慢しながら聴いたものだ。
そのころのラジオのヒットパレードは、タンゴ、ラテン、シャンソン、カンツォーネそれにアメリカンポップスだったのです。もちろん歌謡曲も全盛でした。三橋美智也や春日八郎、三波春雄や、美空ひばりが流行っておりました。橋幸夫や舟木一夫が出るのはもう少し後です。
洋楽では、リカルド・サントス(ウェルナー・ミューラー)楽団の真珠取りのタンゴやベルト・ケンプフェルト楽団のトランペット曲の星空のブルースや真夜中のブルースなどがよく流れていました。アルフレッド・ハウゼのコンチネンタルタンゴも良く聴いた。シャンソンではイブ・モンタンやエディット・ピアフが、カンツォーネではミルバやミーナが全盛でした。
アメリカ系では、ポール・アンカ、ニール・セダカ、コニー・フランシス、エルヴィス・プレスリーらが元気でした。
こういう音楽が好きでした。というより、日本の歌謡曲を蔑んで、なんとべたべたした嫌な音楽なのだろう、という感覚でした。自分が洋楽が品がよく斬新でかっこよい、とわけも無く誇らしい気持ちであったものです。これが12歳ぐらいまでのことです。
そして、洋楽は次第にアメリカンポップスだらけになっていきます。ハリウッド映画の影響も大きかったのでしょう。ウェスタンの曲や映画音楽が氾濫するようになりました。1951年まではアメリカの占領下にあったわけですから当然といえば当然です。
日本映画も元気で、東映は片岡知恵蔵や市川歌右衛門、中村錦之助らが、清水次郎長シリーズなどがヒットしてました。
日本の人口は9500万人ぐらいで、「9500万人のポピュラーリクエスト」なんて番組もありました。
実はレコードを放送で流してよいとする民法改正が行われたのは昭和9年でしたから、そこから歌謡曲が爆発的に伸びていきますが、戦争で軍歌オンリーになってしまい、戦後まで音楽は閉塞させられました。戦後に一気に花開くのはこの閉塞感を打破する勢いがあったからです。歌謡曲も全盛となりますが、1956年に民放が放送開始します。こうしてはっきりと音楽がビジネスになるわけです。ヒット曲が出れば、レコードだけでなくラジオが売れる。電蓄が売れる。放送局はスポンサーから金が取れる。こうして橋幸夫や舟木一夫、西郷輝彦らが活躍し始めます。
私は、相変わらず、パーシー・フェイス楽団やマントヴァーニ楽団、リカルド・サントス楽団、ベルトケンプフェルト楽団などインストゥルメント曲を好んで聴いておりました。歌でもニール・セダカやコニー・フランシスなどでした。プレスリーはちょっと好きではありませんでした。
その理由も最近になってから少し判る気がしました。コニー・フランシスはイタリア人移民です。ニール・セダカの父はレバノン生まれのようです。ポール・アンカはトルコのイズミールのタクシー運転手のせがれとかで、アメリカに移民した家系です。生粋のアングロサクソンではないのですね。そこへいくとプレスリーは生粋のアメリカ人です。
どこかゲルマン系のメロディーには馴染めないところがあります。ラテン語をローマ帝国公用語とすればラテン系はシャンソン、カンツォーネ、ファド、中米・南米までを含む音楽的DNAを持つのではないでしょうか。
そして、中学3年(1964年2月)の卒業間近に大事件が起こります。ビートルズが登場し、ヒットパレードのベストテンすべてを占めるという前代未聞の事件が起こります。それ以来どこのラジオからもビートルズが流れます。それまでの、ほんわかした曲調は無く、やかましいなあ、と思っただけでした。それ以来ポップスを聴くのは止め、ラテン音楽やジャズやクラシックを聴くようになりました。
日本はビートルズに影響されたか、エレキブームでテケテケサウンドが席巻してました。そしてグループサウンズの登場です。そしてすぐあとにフォークブームだったのではないでしょうか。森山洋子や岡林やマイク真木で、やがて吉田拓郎が出ます。このころ学生仲間で流行っていたフォークギターに手を出しました。洋楽ポップスはサイケデリックとかなんとかわけのわからん様相を呈してきました。
就職して企業戦士となり、結婚して子育てやら、マイカーブームやら、オイルショックとかドルショックがあり、労働組合運動にのめりこんだり、オーディオ装置に凝ったりして、音楽から遠のいていました。
やがてカラオケブームが来て、歌謡曲も程度が落ちたなあ、と感じるようになりました。ソニーのウォークマンが出て、みんなヘッドホンでシャカシャカした音を聴いていました。
この辺から日本の音楽はおかしくなりました。アナログからデジタルへメディアは変わると同時に高音質にもかかわらず、音楽は聴くに堪えないものになって行った。
音楽家の怠慢か、音楽業界の怠惰か、とも思ったが、よく考えてみれば音楽がビジネスになったのはとっくの昔だから、ビジネス環境が変わっただけなのだった。昔は100万枚売れれば1億人が聴いただろう。それが1万枚売れれば1万人しか聴かなくなったのだ。
評論家の江藤淳は「平成を歌の無い時代だった、と後世の歴史家は言うだろう」と言ってのけたが、まさにそのとおりになってしまい、NHKの紅白歌合戦は1980年までの視聴率80%を下げ続け、1985年には40%台になってしまった。そしてバブル期を迎え、あっという間にはじけた。
そして東西ドイツ統一、冷戦終了、ソ連消滅して21世紀、9.11でテロの世紀となり、日本はバブル以降の長い停滞の末、政権交代したものの3.11でとどめを刺された。
で、私の音楽趣向はどう変わったのかといえば、結局は元にもどり、60年代の頃、もっと細かく言えばビートルズ以前の洋楽と、昭和歌謡になっている。10台半ばに聴いて育った音楽は頭の中なかから消えないのだ。むしろ自分の生まれる以前の音楽へも発掘を続けているといっても良いかもしれない。
こうしてみると70年代フォークが頭から消えないのは1960年代に生まれた世代の音楽DNAになっているからではないかとひそかに思っている。10才半ばに聴いた音楽が自分を決定づけていると思いませんか?
長々と駄文を失礼しました。
from: kuniさん
2013/03/28 22:15:39
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しげチャン、すごい!佐世保に来たことがある人がいるなんてなんか、すごく親近感がわいて、昔からの友達みたい。おいでませ、佐世保あのスリーフィンガーの曲、