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from: fumittiさん
2007/03/11 15:06:20
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今、朗読講座に通っていますが、一生懸命しないと、人前で話せるようになるのに時間がかかりますね。僕はもともと緊張するとどるうえ、口が、異常に小さいんです。聞きやすく話すために人並み以上に努力しなければならないようです。でも、早くボランティア出来るようになりたいです。
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from: ひまわりさん
2007/03/12 10:18:03
「Re:朗読講座」fumittiさんの有言実行、すごく嬉しいです♪朗読は一朝一夕に出来るものではないので、日々自分との戦いです。しかもそれによって例え達成できたとしても、金銭的なものを得るわけではないのですから、徳の高い志を持ちつづけなければ、活動するまで漕ぎ着けられません。>口が、異常に小さいんです。((((( ̄∀ ̄; …わたくしも同じでございます。。。お寿司いっかん口に入れて食べれません。どのくらいおちょぼ口かというと。。。計ってみましょーか〜・・・思いっきり「あー」の口で、縦5センチ横4.5センチでした。もちろん歯並びも良くありません。大口で歯並びの良い人は、もちろん発声も素晴らしいです。難なく直ぐに朗読ができるようです。けれど、自分で短所だと思っていることがあれば、それは大きなチャンスに変えることの出来る1つのセンテンスだとも感じます。録音作業をしていると本当に自分の短所に躓きます。例えば、発音の悪さに始まり、口の中も小さいので発音の際に発生する口の中の音・舌の動く音、こういう耳障りな音がしっかり録音されるのです。始めは読むことだけに一生懸命ですから、「ごめんなさい」という感じでそこだけを直す所までいきませんが、その一線を越えると、如何にテープを綺麗に録音するか、ということまで気になってきます。体調によっても違います。唾液の濃いとき薄いとき、ネバネバしている日とサラサラの日とあります。これを克服して録音する技術も必要です。何処かへ訪問して朗読する場合は、絶対大きな声が必要ですので、この口の中の音までは、気にする必要がありません。とは言っても、大きな声が出るようになるには、腹筋力とか正しい発音とか、これまた技術が必要です。ですから、大声で歌う、というトレーニングがあたしは一番良いと思いますよ。ちなみにあたしは「あゆ」の歌でトレーニングしてます(~_~;)朗読にしても録音テープを作るにしても、自分の声のトーンというものを、感じる時が来ると思います。単純に「明るい」と「暗い」に分けられますが、自分で朗読をしていて気付いたことが1つあります。それは、おもいっきり「いー」の口を意識して、読むということです。口の中を大きく開くようにすることで、小さい口の人は声がこもらない感じに聞こえますし、明るい声に聞こえます。要するに、顔の筋肉を鍛えることかが最善の方法なのでしょうね。頬の筋肉が上がることによって、声の感じが変わってくるのですから不思議です。これは朗読に限らず、社会で働く人、普段の挨拶やコンペなどでもその明るいトーンの声の威力は一味違うと思います。自分が暗いと思っている人、周りから暗いと思われている、と思い込んでいる人、挨拶の仕方から自分を変えることも出来ると思います。無表情で挨拶をしても、相手も無表情で挨拶するだけです。ちょっと頬を上げる、口を「いー」にする、それを全ての人に向けて実践するのはかなりの努力が必要ですが、全てのものに感謝の気持ちをもてた時、自然にその顔になれるのではないでしょうか。そこまで出来なくても、人に会ったら「いー」の顔をする癖をつけると良いと思います。無理をしてやっていると、いつしか何時でも「いー」の顔になりますよ。随分と話が逸れましたm(_ _”m)でも、大事なことだと思います。朗読で訪問するにしても、無表情の人が入ってくるのと、なんだかニコニコしていて楽しそうな人が入ってくるのとでは、聞く側のテンションに大きく左右してます。最初の掴みとコミュニケーションが上手くいけば、読みの多少の失敗もたいしたことにはなりません。でも、最初から聞き手に不安を感じさせてしまうと、読みの失敗は倍以上になって聞き手に残ります。悪いイメージを植え付けてしまうんですね。上手い読みに越したことはないのですけど、要は、読む人の、人となりが尤も重要とも感じます。どんなに上手な朗読でも、声が暗かったり、義務的な感じの読みで自分の朗読を聞け、といった態度の人のは、聞く側には何にも残らないつまらない時間になってしまいます。少しぐらい読みに変なところがあっても、このお話、ちょっと聞いてョ、すごく面白いのョ、いいお話なのよ、てな感じでこの「お話し」を相手に伝えたいという気持ちが心の底からにじみ出ているように溢れている読みのほうが、聞き手の心にすごく残るのです。どちらがいいのか、読み手の感覚ですけど。そこには「何のために」朗読をするのかという明確な目的とか趣旨とか、はっきり持つと、また違ってくるでしようね〜。あ、。 ただ朗読を「楽しむ」ということで自分と仲間内でやるのであれば、そういう『心』的なことまではもちろん必要ありません。ちょっと「上手に読めるのよ」と人に自慢気に披露するのは、それこそ自己満足の領域でしかありませんから。朗読ボランティアの仲間には、そんなオバサンが結構います。その自己満足の部分が聞く人の耳を塞いでしまう、ということがいまいち解っていないのでしょう。と。本日も長くなってしまいました。今週訪問するホームへ持っていく紙芝居、まだ色塗りしていません(~_~;)早速とりかかります。午後からは朗読練習の集まりで出かけます。忙しいあたしでした。
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from: ひまわりさん
2007/03/12 10:18:03
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「Re:朗読講座」
fumittiさんの有言実行、すごく嬉しいです♪
朗読は一朝一夕に出来るものではないので、
日々自分との戦いです。
しかもそれによって例え達成できたとしても、
金銭的なものを得るわけではないのですから、
徳の高い志を持ちつづけなければ、
活動するまで漕ぎ着けられません。
>口が、異常に小さいんです。
((((( ̄∀ ̄; …わたくしも同じでございます。。。
お寿司いっかん口に入れて食べれません。
どのくらいおちょぼ口かというと。。。
計ってみましょーか〜・・・
思いっきり「あー」の口で、
縦5センチ横4.5センチでした。
もちろん歯並びも良くありません。
大口で歯並びの良い人は、
もちろん発声も素晴らしいです。
難なく直ぐに朗読ができるようです。
けれど、自分で短所だと思っていることがあれば、
それは大きなチャンスに変えることの出来る
1つのセンテンスだとも感じます。
録音作業をしていると本当に自分の短所に躓きます。
例えば、発音の悪さに始まり、
口の中も小さいので発音の際に発生する
口の中の音・舌の動く音、
こういう耳障りな音がしっかり録音されるのです。
始めは読むことだけに一生懸命ですから、
「ごめんなさい」という感じで
そこだけを直す所までいきませんが、
その一線を越えると、
如何にテープを綺麗に録音するか、
ということまで気になってきます。
体調によっても違います。
唾液の濃いとき薄いとき、
ネバネバしている日とサラサラの日とあります。
これを克服して録音する技術も必要です。
何処かへ訪問して朗読する場合は、
絶対大きな声が必要ですので、
この口の中の音までは、気にする必要がありません。
とは言っても、大きな声が出るようになるには、
腹筋力とか正しい発音とか、
これまた技術が必要です。
ですから、大声で歌う、というトレーニングが
あたしは一番良いと思いますよ。
ちなみにあたしは「あゆ」の歌でトレーニングしてます(~_~;)
朗読にしても録音テープを作るにしても、
自分の声のトーンというものを、
感じる時が来ると思います。
単純に「明るい」と「暗い」に分けられますが、
自分で朗読をしていて
気付いたことが1つあります。
それは、おもいっきり「いー」の口を意識して、
読むということです。
口の中を大きく開くようにすることで、
小さい口の人は声がこもらない感じに聞こえますし、
明るい声に聞こえます。
要するに、顔の筋肉を鍛えることかが
最善の方法なのでしょうね。
頬の筋肉が上がることによって、
声の感じが変わってくるのですから不思議です。
これは朗読に限らず、
社会で働く人、普段の挨拶やコンペなどでも
その明るいトーンの声の威力は一味違うと思います。
自分が暗いと思っている人、
周りから暗いと思われている、と思い込んでいる人、
挨拶の仕方から自分を変えることも出来ると思います。
無表情で挨拶をしても、相手も無表情で挨拶するだけです。
ちょっと頬を上げる、口を「いー」にする、
それを全ての人に向けて実践するのは
かなりの努力が必要ですが、
全てのものに感謝の気持ちをもてた時、
自然にその顔になれるのではないでしょうか。
そこまで出来なくても、
人に会ったら「いー」の顔をする癖をつけると良いと思います。
無理をしてやっていると、
いつしか何時でも「いー」の顔になりますよ。
随分と話が逸れましたm(_ _”m)
でも、大事なことだと思います。
朗読で訪問するにしても、
無表情の人が入ってくるのと、
なんだかニコニコしていて楽しそうな人が入ってくるのとでは、
聞く側のテンションに大きく左右してます。
最初の掴みとコミュニケーションが上手くいけば、
読みの多少の失敗もたいしたことにはなりません。
でも、最初から聞き手に不安を感じさせてしまうと、
読みの失敗は倍以上になって聞き手に残ります。
悪いイメージを植え付けてしまうんですね。
上手い読みに越したことはないのですけど、
要は、読む人の、人となりが尤も重要とも感じます。
どんなに上手な朗読でも、
声が暗かったり、義務的な感じの読みで
自分の朗読を聞け、といった態度の人のは、
聞く側には何にも残らないつまらない時間になってしまいます。
少しぐらい読みに変なところがあっても、
このお話、ちょっと聞いてョ、すごく面白いのョ、
いいお話なのよ、
てな感じでこの「お話し」を相手に伝えたいという気持ちが
心の底からにじみ出ているように溢れている読みのほうが、
聞き手の心にすごく残るのです。
どちらがいいのか、読み手の感覚ですけど。
そこには「何のために」朗読をするのかという
明確な目的とか趣旨とか、
はっきり持つと、また違ってくるでしようね〜。
あ、。 ただ朗読を「楽しむ」ということで
自分と仲間内でやるのであれば、
そういう『心』的なことまではもちろん必要ありません。
ちょっと「上手に読めるのよ」と
人に自慢気に披露するのは、
それこそ自己満足の
領域でしかありませんから。
朗読ボランティアの仲間には、
そんなオバサンが結構います。
その自己満足の部分が
聞く人の耳を塞いでしまう、ということが
いまいち解っていないのでしょう。
と。
本日も長くなってしまいました。
今週訪問するホームへ持っていく紙芝居、
まだ色塗りしていません(~_~;)
早速とりかかります。
午後からは朗読練習の集まりで出かけます。
忙しいあたしでした。
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