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from: けんちゃんさん
2011/08/31 09:04:33
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「Re:Re:けんちゃんの話。」
「おっかさんが寝とらんけど、どっかに行ったのかん?」
「今、ヤマナカに買い物に行っとるよ。」
「嘘を言いん。
こんな夜中にヤマナカはやっとらん!」
私は早くお母様をトイレに置いて来て患者を治療したいんです。
なんとか便座にお母様を座らせて、
「おふくろ、
後で迎えに来るからな。」
「迎えになんか来んでも良い。
わしは一人で帰れるで!」
はいはい、
けんちゃんが十分位して、トイレにお母様を迎えに行った時、お母様が言いました。
「何をしとっただん。
わしは、ずっと待っとっただに。」
けんちゃんは腹の中で思ったよ。
一人で帰れると決意発表したくせに??icon
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from: けんちゃんさん
2011/08/31 08:46:57
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「Re:Re:けんちゃんの話。」
皆さん
お早う御座います。
けんちゃんのお母様はすっかり足が弱くなってしまい、ほぼ寝たきり状態となってしまいました。
それでもトイレは行くと言いました。
私と妻はお母様を転ばせないようにトイレに連れて行きました。
ある日、妻がお寺に行っている時、お母様が私を呼びました。
「おとっちゃん、
わしをトイレに連れてっとくれん。」
その時、私は患者を治療していました。
「おふくろ、
今、おれは仕事をしているんだよ。
がまんしてよ。」
「なんだん、
こんな夜中にお客さんは来ちゃあいかん!」
患者は常連の人、
待っていて下さると言うので、お母様をトイレに連れて行きました。
ところが、居間を通っている時、お母様が言いました。icon
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from: けんちゃんさん
2011/08/30 12:16:55
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from: けんちゃんさん
2011/08/30 09:14:21
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「Re:けんちゃんの話。」
こんな状態になってもお母様はトイレだけは絶対行くと言いました。
70キロのでっかいお母様をトイレに連れて行くの?
おむつをしても、
「おとっちゃん
わしはおしっこに行きたくなったぞん。
トイレに連れてっておくれんやれ。」
何度もお母様がいらなくなった事がありますよ。
妻と相談して午前零時までは妻が、零時から朝まで私がお母様を介護すると決めました。しかし、そんな約束はお母様には通じません。
昼も夜も私を呼びました。
「おとっちゃん
おしっこ
トイレに連れてっとくれんやれ。」
お母様は、けんちゃんになんか恨みでもあったかな?
若い時に虐められたけんちゃんに敵討ちをしたのかな」
詳しい話は杉にします。
今は懐かしいけど、その時は大変だったよ。
ある日、私が、
「おふくろなんか、もういらん。」
と言いましたら、お母様は一言言われました。
「おいっ、息子が親にそんな事を言ってはだめじゃんか。」
痴呆症のお母様は時々まともになったんだよ。icon
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from: けんちゃんさん
2011/08/30 08:50:24
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「Re:けんちゃんの話。」
往診して下さった国府病院の医師は、母をすぐに入院させるように指示して下さいました。
余談ですが、この医師は現在私がお世話になっている院長先生です。
母は病院から迎えに来てくれた車で入院しました。
検査をした結果、脳が萎縮している事が分かりました。
母は半月ほど入院し痙攣はなんとか治まりましたが痴呆症は良くなりませんでした。
退院した母は足がすっかり弱くなり寝たきりに近い状態になりました。
おかげさまで徘徊は出来ませんでしたよ。
でも、頭の中は徘徊状態でしたね。icon
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from: けんちゃんさん
2011/08/29 16:50:52
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from: けんちゃんさん
2011/08/29 09:04:29
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「Re:けんちゃんの話。」
私の母親は体重が70キロと、でっかいお母様でした。
こんなでっかい、しかも体が自由に動かないお母様を、どのようにして家まで連れて帰ろうか、
当時、妻は腰を痛めていましたので私が母親を支えて帰るしかありませんでした。
足も満足に動かせない母、
困っていた私たちを助けて下さったのは救急隊の人でした。
ちょうど市民病院に患者を搬送して来た救急隊の人が救いの主になってくれたのです。
私は息子の運テーする車の後部座席で、でっかいお母様を抱えていました。
家に帰るまでの30分の長かった事、泣きたくなる程辛かったよ。
帰宅して、なんとか母親をベッドに寝かせた時には私はフラフラになっていました。
ところが、その日の正午頃、母は再び全身痙攣に襲われました。
私はかかりつけの国府病院に往診をお願いしました。icon
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from: けんちゃんさん
2011/08/29 08:39:18
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けんちゃんの話。
皆さん
お早う御座います。
今日は、平成13年に93歳で亡くなった母親の話をします。
私の母は元来明るい性格で地域の婦人会や老人会の活動に積極的に参加していました。
そんな母も米寿を過ぎた頃から痴呆症の症状が出るようになりました。
それでも徘徊して行方不明になるような事はありませんでしたよ。
平成13年の春の悲願の頃、母は突然全身に痙攣が起こり意識を失ってしまいました。
救急車で市民病院に搬送していただき、夜間外来で治療をした結果、有り難い事に意識は戻りました。
私は母は当然入院するものだと思っていましたら、医師よりかかりつけの病院に行くようにと言われてしまったのです。サークルで活動するには参加が必要です。
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from: けんちゃんさん
2011/08/28 10:28:46
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from: 栞さん
2011/08/28 10:10:51



