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from: ジャニス†さん
2007/02/14 08:04:46
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短篇『雨』プロローグ
昨夜から降りだした雨が
夏の温度を連れ去ってしまったかのように風はすっかり秋の気配だった
君はいつものように傘の柄を肩にあて
把手を右手でくるくると回していた
一面に青い小花が描かれた白い傘は
回るたびに雨を思わせる水色に見える
君はその傘をとても気に入っているようで
僕の覚えている限りの雨の日にはいつもそれをさしていた
今日の君は明らかにいつもとは違った様子で…
うつむいたまま傘を回し続けるその姿に僕の焦燥感が膨れてゆく
僕はまるで迷子になった気分で何か言葉を見付ける事に必死だった
コメント: 全8件
from: ジャニス†さん
2007/02/20 17:14:51
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「短篇『雨』Ⅶ」
「君」からの目線
私の夢は…
バスルームから戻った私は
貴男の待つ部屋のドアをそっと開けた
窓ガラス越しに雨に煙る小径を眺める貴男の瞳は
出会った時のまま…
今にもこの窓を開け放ち、私の前から姿を消してしまいそうで
貴男が曇ったガラスを指で擦る仕草を見せるたびに
胸の奥がチリチリと音を立て熱く高鳴った
貴男の傍に居たい
私の傍に居て欲しい
出来ることなら、このまま永遠に…
それは私の本心に違いない。
それなのに…
私は今、貴男に何を告げようとしているのだろう…‥
貴男はまるでその続きを聞くことを拒むように…
私に甘く切ないくちづけをした
from: ジャニス†さん
2007/02/17 23:03:31
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「短篇『雨』Ⅵ」
君を待つ間、僕はぼんやりと外の景色を眺めていた
絶え間なく落下する雨滴が二人で歩いてきた細道を霞ませる
部屋の隅にある白い本棚には絵本が並べられていた
そのほとんどが海外のもので、僕にはタイトルさえ読めないものばかりだが
パステル調に統一された淡い色彩の挿し絵は、どれも君を思わせた
「その窓から外を見てるとね、物語が浮かんでくるのよ」
君が濡れた髪をタオルで拭きながら僕の隣に腰を下ろすと
薄いベージュのソファが君の重みで僅かに傾いた
君が指差した景色を見ようと目を凝らす僕を窓ガラスの水滴が邪魔をする
「私ね、絵本作家になるのが夢なの。どんなに悲しい出来事も絵本の中ではハッピーエンドに変えられるもの」
君は僕の手の中の絵本を取ると初めて夢を語った
『僕の夢は…』
その先の言葉を呑み込むかのように、僕は君を抱き寄せキスをした
『このままずっと…』
僕は心の中で、いつまでもこの雨が止まないことを望んでいた
from: ジャニス†さん
2007/02/15 13:04:22
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「短篇『雨』Ⅴ」
―中略―
僕は君のお気に入りの傘を拾いあげ
細い肩を抱き寄せたまま歩き始めた
君が時折、僕を見上げて微笑むたびに
不自然に早まった鼓動が聞こえているのではないかと不安だった
「私、雨が好き…あなたと同じくらいね…」
傘に当たる雨粒が、つい今しがたまでの音の無い世界に音楽を奏でる
それはきっと僕が今までに聴いたどんなメロディよりも楽しげなもので…
そしてこの先に出逢うどんな場面より甘く…
切なく…
生涯、忘れ得ぬものとなった
from: ジャニス†さん
2007/02/14 23:33:31
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「短篇『雨』Ⅳ」
待ち合わせの場所には
いつも先に君がいた
スニーカーの踵を潰し
水渋きを上げながら僕は君の待つ場所へと急ぐ
くるくると水色だった傘から元の小花模様が現われ
振り返った君はいつもより少し不機嫌そうだった
ほんのり紅色に染まった頬を膨らませて君は言った
「いっつも私を待たせるのね!なんだか‥私ばっかりが好きなのかしら…‥」
君は唇を尖らせて、白い傘で顔を隠した
初めて君の本音を聞けた僕は、本降りになった雨なんてお構いなしで思わず君を抱き締めていた
出会った日の
花の馨りがした
from: ジャニス†さん
2007/02/14 15:01:32
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「短篇『雨』Ⅲ」
僕らはいくつかの季節を迎えた
僕はふと考える
気紛れな雨が僕らを巡り会わせてくれたように
君が僕に傘を差し掛けてくれたのも、ただの気紛れではないのだろうか?
雨の季節が過ぎれば
君は幻のように消えてしまいそうで…
いや、そんなはずはない
君と過ごし、二人見つめ合った時間は確かなもので
その中で緩やかに愛情が育まれたはずだ
その証拠に咲き始めの紫陽花が徐々に色付き、情熱の色を纏ってゆくように
僕の心はすっかり君の色に染まってしまった
from: ジャニス†さん
2007/02/14 10:35:54
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「短篇『雨』Ⅱ」
「私ね、雨が好きなの。
大雨とか雷なんかは恐いけど、しとしと降るのを眺めるのも雨の中、傘を差して歩くのも…」
特に春の終わり頃から夏にかけて降る雨は
熱く焼けた地面を冷まし
湿気を帯びて立ち上る土の香りが心を落ち着かせてくれるのだと言う
不思議と僕たちが会う時は雨の日が多かった
君は白いサンダルの爪先や緩いカールのかかった髪が濡れるのも気にせずに
よく笑い、時に歌を口ずさんだ
君が傍にいて歌を口ずさむたびに陰欝な雨粒さえも
白い傘の上で軽快なリズムを刻んでいるようで…
雨が乾いた地面を覆ってゆくように君の存在が僕の心に潤いを与えていった
そして雨の季節が終わる頃には
僕にとってもうなくてはならないものになっていた
from: ジャニス†さん
2007/02/14 08:12:20
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「短篇『雨』Ⅰ」
「日傘ではありがちだけど雨傘の白って持ってる人少ないのよ」
ーー君と初めて出会ったのはレンタルビデオショップでのバイトを終えて店から出ようとした午後のことだったーー
突然の雨に舌打ちする僕とは対照的に君はまるでこの雨を心待ちにしていたかのように
空を見上げて微笑んでいた
ーー僕は意を決して降りしきる雨の中、一歩を踏み出そうとした
すると俄かに灰色の視界がパッと明るくなったーー
君が微笑みながら僕に差し掛けた傘とほのかな花の香りに
人は一瞬で恋に堕ちることを識ったんだ
気紛れな初夏の雨雲がもたらした出会いだった
from: ジャニス†さん
2007/02/20 17:36:49
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「短篇『雨』エピローグ」
君は夢を追い求め
僕のもとを旅立った
僕も心の何処かではそれを望んでいたのかもしれない
あれから数年…
僕たちは別々の道を歩み始めている
君によって創り出された
陰欝な雨さえも優しさに変えてしまう絵本は
いつか、この広い世界の何処かで人々の心に温もりを与え続けるのだろう
僕はといえば
相変わらず傘も持たずに駆け出した雨の中…
君の歌声を思い出し
センチメンタルな気分に浸るんだ
――花の馨がした
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