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†詩置場†

†詩置場†>掲示板

公開 メンバー数:5人

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  • from: ジャニス†さん

    2007年02月28日 23時55分46秒

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    「…で良かった。65」

    吉成と結婚すれば夢のような生活が待っているのだろうか?
    それとも返事を決めかねている自分への暗示なのだろうか?


    結局、昨夜は一晩中考えても結論は出なかった。


    『よく話し合ってみるべきだよ』

    哲也の言葉が頭を過った。

    「そうだよね。大事なことなんだもん」


    私は急いで身仕度を整えると、吉成との待ち合わせ場所へ向かった。

    午後六時半を過ぎても、空はまだ薄らと明るい。
    アスファルトの焼けた匂いが立ちこめ、背中を汗が流れる。

    待ち合わせ場所のベンチに彼の姿はなく、どうやら今日は私のほうが早かったようだ。

    ハンカチを出そうとバッグを開けると、指輪の白いケースが目についた。
    プロポーズされた翌日からバッグに入れたままだった。

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  • from: ジャニス†さん

    2007年02月28日 23時52分42秒

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    「…で良かった。64」

    競い合うような蝉の鳴き声に目を覚ますと、私は枕元の目覚まし時計を見た。

    午後五時。


    「また同じ…」


    私は汗でビッショリになったシャツを洗濯カゴに放り込み、シャワーの蛇口をひねった。

    操縦士になって半年間、全く夢なんて見なかったのに、あの日以来、二週間同じような夢を見続けている。


    夢の中の私は、吉成と結婚して幸せな生活を送っていた。

    プロポーズの言葉通り、三人の子供の母となり、付き合い始めた頃に戻ったように優しい吉成と五人の平凡な日常、まるで絵に描いたような暮らしだ。


    夢から覚めたばかりの私は決まって、さっきまで見ていた夢がまるで現実であるかのような錯覚を起こす。

    ベッドから起き上がり、いるはずのない子供の名前を呼ぶ自分の声で、ふと我に返ることもしばしばだった。

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  • from: ジャニス†さん

    2007年02月28日 23時49分29秒

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    「…で良かった。63」

    子供たちはデジカメで蝉を撮影すると、それぞれの虫カゴを開けた。

    思いがけなく解放された蝉たちがジジジッと鳴きながら空へ飛び立った。


    「逃がしてやったのか?」

    「ええ、あなた」

    車を停めに行った夫が車庫から戻ってきた。


    「わざわざ連れてってくれたのに、ごめんなさい」

    「いいんだよ。俺も帰ったら子供たちに同じことを言うつもりだったんだ。それに昆虫採集なんて小学校の時以来、何十年ぶりだ?楽しかったよ」

    子供たちと同じくらい日に焼けた顔をした夫が、そう言って優しく微笑んだ。

    「あなたと結婚して本当に良かった。私、凄く幸せ」

    「ん?何か言った」

    「ううん、何も!」

    小さく呟いた私の声は蝉たちの合唱に掻き消された。

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  • from: ジャニス†さん

    2007年02月28日 23時46分19秒

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    「…で良かった。62」

    例年より長い梅雨が明け、日本列島は連日、猛暑に見舞われていた。

    閑静な住宅街、打水をした玄関前のアスファルトから、ゆらゆらと蒸気が立ち上る。



    目の前に停まった車の後部座席と助手席から三人の子供たちが虫カゴを手に飛び降りてきた。

    「ママー!見て見て!こんなにたくさん採れたんだよ!」

    虫カゴの中には数種類の蝉がひしめきあっていた。

    「あら、ほんと。でもね、蝉って一週間しか生きられないのよ。土の中で長い長い間、外に出る日を楽しみにして…その残り少ない命を狭いカゴの中じゃ可哀相だと思わない?」

    「長いってどのくらい?」

    「7年間。ちょうどあなたたちが生まれてから、今までの長い長い間よ」


    私がそう言って諭すと、息子たちはしばらく虫カゴの蝉をジッと見つめた後、三人で顔を見合わせると声を揃えて言った。

    「逃がしてあげる!」

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  • from: ジャニス†さん

    2007年02月28日 23時43分59秒

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    「…で良かった。61」

    「ま、俺の話は置いといて…その様子じゃ、まだ返事決まってないんだ?」

    哲也があくびをこらえながら言った。


    本日もそろそろ勤務終了…

    「うん、なんて返事したらいいもんだか」


    あれから二週間、私なりに吉成の心理を理解しようと、この半年を振り返ってみた。

    しかし、どれをとっても突然のプロポーズに結び付くような出来事はなく、あの時『もう終わりにしよう』と別れを告げられていたほうが、すんなりと受け入れられていた気さえする。

    今夜の私の返事次第では、別れが現実となってしまうだろう。


    「あーやっぱダメダメ!返事なんて出来ないわぁ!」

    「焦ることないんじゃん?…一生のうち、そう何度もあることじゃないんだし、もう一度よく話し合ってみるべきだよ。頑張れよ!お姉さん」

    どこか自分に言い聞かせるように言って手を振る哲也が酷く大人びて見えた。

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  • from: ジャニス†さん

    2007年02月28日 22時58分52秒

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    「…で良かった。60」

    確か、それは哲也にも話していないはずだった。

    哲也の話が事実なら、極短期間の間に、年令や性別に違いはあるものの同じ境遇の三人が、交際中の相手に同じ告白をされたことになる。


    果たして単なる偶然なんだろうか?

    「そんで哲也はなんて返事したの?」

    「とりあえず、待ってくれって言ったよ。んなこと急に言われても正直、無理って気持ちはあったんだけど、だからってすぐに別れるっつーのもあれだし」

    「そっか。なんか恐いくらい私と一緒じゃない?」


    いつでも快適な温度を保っているはずの車内の空気がやけに冷たく感じられた。

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  • from: ジャニス†さん

    2007年02月28日 22時57分02秒

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    「…で良かった。59」

    「でも私は彼女の気持ち解らなくもないな、若い時って結婚に憧れちゃう時期もあると思うし」

    彼女の肩を持つつもりはないけど、私にもそんな時があったなぁと。


    「でも、その理由が『子供が欲しいから』って言うんだ。しかも彼女『結婚したくないなら子供だけでも欲しい』なんて言いだして。なんか俺、その時の彼女の顔見てたらゾッとしちゃって…隣にいた奴とまるっきり同じなんだぜ?なんてゆーか、うまく言えないんだけど…恐くてさ」

    今度は私が驚く番だった。


    私もそうだった。

    吉成からプロポーズを受けた時、プロポーズそのものよりも、まるで私の言葉など耳に入っていないかのように続ける言葉と遠くを見るような目に寒気すら覚えたほどだった。

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  • from: ジャニス†さん

    2007年02月28日 22時55分08秒

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    「…で良かった。58」

    私だったら、と考えた。


    好きな男が代わったからといって今更、趣味までは変わらないだろうが、話をするのも億劫になるし出来れば顔だって見たくない。

    心変わりを告白出来ずに悩んでいたとしたら、相手に気付かれていることなど夢にも思っていない時にズバリ痛いところを突かれたら驚いて泣きだしてしまうかも。


    まぁ今の私では有り得ない事だし、現実の私は哲也の彼女とは丸で逆の立場だ。

    「そしたら彼女、いきなり『結婚してほしい』って言うんだ。俺は振られるとばっか思ってたわけじゃん?まずそれにビックリだし、結婚ったって俺まだ21だぜ?は?何言ってんの?って思わず聞き返しちゃった。お姉さんと一緒だよ」

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  • from: ジャニス†さん

    2007年02月28日 21時03分44秒

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    「…で良かった。57」

    哲也の話は続いた。


    「俺の彼女もずっと暗かったんだ。前は一緒にテレビ見て笑ったり、俺のくだらないダジャレなんかにも対抗してくるくらい明るかったのに。あいつもディズニーランドなんかに行くよりも川に釣りしに行ったり、高原でキャンプとか、自然が好きな子でさ。これは他に好きな奴が出来たんだとばかり思ってた。あの晩も俺の顔を見ようともしない彼女に、ちょっとオチャラケテ言ってみたんだよ『他にいい男がいるならハッキリ言っていいよ。俺は身を引いてやるぜ!』って。そしたら彼女、急に青ざめたかと思ったら顔を伏せて泣きだしたんだよ。あー、やっぱ図星か…って俺も少しショックだったんだ」

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  • from: ジャニス†さん

    2007年02月28日 21時01分14秒

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    「…で良かった。56」

    「本当は俺、奴にもっと酷いこと言っちゃったんだ」

    哲也は後に私に告白した。


    「ほんとはさ『そりゃきっとお前の彼女、他の男の子供が出来て、それで仕方なくお前に結婚してくれって言ったんじゃねーの?』って。そんなこと言われたら奴が怒るのも当然だよなって」

    「哲也は自分と同じ境遇だと思ってたその男の子がプロポーズされたってのを聞いて悔しくなっちゃったのね?それもしょうがないんじゃない?」

    私は哲也をなだめるような口調で質問した。


    「うん、まあそうなんだけどさ…俺が驚いたのは、その後なんだよ。奴が怒って急降下してった日の夜。俺、自分の彼女の家に行ったんだ。俺の彼女もずっと冷たくて…ハッキリさせたかったんだ」

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