コメント: 全77件
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:47:30
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「…で良かった。77」
私は吉成のベッドを背もたれにしてアルバムを眺めていた。
アルバムを手に取ると、ついつい片付けは後回しになった。
ここ数日の話し合いで私たちは結婚後、吉成の会社の近くにある高層マンションに引っ越すことが決まっていた。
お互い少しづつでも時間のある時に片付けを始めなければ…と、私は吉成の許可を得て彼の荷物の整理をしていた。
プライベートな写真のほとんどは私も一緒に映っているもので、写真を眺めながら吉成と付き合い出した数年間を思い出していた。
アルバムには吉成の仕事場での写真も何枚か張ってあり、映っている人物のうち何人かは自分たちの結婚式に招待することになるのだろうと思った。
尚もアルバムを物色していると玄関の施錠が解かれる音がして、吉成が帰宅した。
「あーあ、お前は何しにきたわけ?」
吉成はちっとも片付いていない部屋を見回すと、やれやれと言った表情でベッドに飛び乗った。
「あはははー!だって、つい懐かしくってさ」
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:44:49
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「…で良かった。76」
「とにかく今すぐに結婚しようの一点張り。俺は彼女に他に男ができたと思ってたわけじゃん?ここんとこいっつも、つまんなそうだったし。あれはなんだったわけ?」
「いや、私に聞かれても困るんだけど…」
哲也の言うことはもっともだ。
実際、私も同じことを思っていた。
一つ、違うことと言えば、私は一応、吉成と結婚することになったけど、哲也は彼女と今すぐ結婚という気はないようだ。
「哲也の彼女ってさ、どんな仕事してんの?」
私は話題を反らそうと思い聞いてみたが哲也もたいして関心のなさそうな口調で答えた。
「なんか都内の企業の受け付けやってるよ。彼女の家行った時、会社の制服がかかってるの見たんだけど、どんな会社かはよくわかんないんだ」
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:42:39
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「…で良かった。75」
「そういえば昨日ね、会ってきたんだ。話してきたよ吉成と」
私から切り出すと、哲也はホッとしたような、少し困ったような笑顔で私を見た。
「ん。で、どうだった?」
「やっぱ私の考えすぎだったみたいで…一応、OKしたことになるのかな」
あとは私自身の問題だ。
OKしたものの嬉しくないなんて、吉成にも失礼な気がしたので、私の気持ちは別として、哲也には事実のみを伝えた。
しかし、そう言った後もまるで、全て話してしまわないと気が済まないとでもいうようにウズウズして落ち着かなかった。
「でさ、哲也はどうだったの?彼女と話した?」
「俺にはわかんねーな、彼女が何考えてんだか…」
哲也はふてくされたように話始めた。
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:39:45
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「…で良かった。74」
車が飛行機の機体から離れ、同じコースにつくまでいつもよりも時間がかかった。
普段ならすぐに見えてくるはずの哲也の車が隣に並ぶまでに、私はタバコを2本吸い終えていた。
「どうしたんだよー!遅かったじゃん!」
「遅いよね、ごめん。」
灰皿をパタッと閉じると同時に哲也の声が聞こえた。
トークボタンは予め押してあったので私はすぐに返事をした。
「なんかあったの?」
「ん、ちょっと頭痛がね。薬飲んだりしたんだけど効かないのよねー」
「風邪?」
「うん。たぶんそう。なんかさ、ずっとここに居ると体温調節効かなくない?」
「うん、確かに」
言葉を交わす度に一瞬の沈黙があった。
お互いに核心に触れるのを避けているようでもどかしかった。
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:37:12
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「…で良かった。73」
私はなかなか車に移動する気になれなかった。
哲也にはなんて報告すればいいんだろう…。
昨夜、私は吉成にプロポーズの返事をした。
それは4年間の交際の末のごく自然の成り行きだった。
誤解が解けた以上、断る理由は何もないし、もしも私が吉成の申し出を断ったとしたら、それは二人の関係の終わりを意味する。
それに私も吉成との結婚を望んでいたはずだった。
なのに嬉しいという感情がひとつも湧いてこない。
「みんなこんなもんなのかなぁ?」
…きっと頭痛のせいだ!
考えれば考える程、頭痛が酷くなっていく気がする。
そうこうしているうちに、正午を知らせる時報が鳴った。
哲也はとっくに車に乗り換えて、私がいないことを不思議に思っているだろう。
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:33:15
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「…で良かった。72」
いつも通り目を覚ました私は、冷蔵庫からポカリを出して500mlのペットボトルの半分程を一気に飲み干した。
今日はコーラの気分じゃない。
まだ頭の奥が鈍く痛む。
私は握り締めていた頭痛薬を流しの横に起き、食パンを一枚、トースターに突っ込むと再び冷蔵庫を開け、卵とベーコンで簡単な朝食を作った。
普段は滅多に朝食なんて摂らないんだけど頭痛薬を飲むために無理矢理食べた。
とりあえずこの鈍い痛みさえ治まってくれればいい。
私は速効性のある頭痛薬をガリガリと噛み砕いて飲み込んだ。
毎日、快適な温度の機内(車内)にいるせいか休日の外出などは気をつけないと偏頭痛を起こすことがあった。
特に昨日は暑かった。
後片付けを済ませると、私は車には向かわず、操縦席であるソファに座った。
窓からの眺めは相変わらずだったが、今日は眼下に広がる雲も息を吹き掛けると消えてしまいそうなほど薄く、地上の緑が遠くに見えた。
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:29:34
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「…で良かった。71」
その晩、私は念のために風邪薬を飲んで、普段より早めにベッドに入った。
次に会う時には結婚後の私の仕事のことや、式のこと、半年間会っていない母や吉成の両親にも挨拶に行かなければいけない。
私たちはまだお互いの両親に会ったことがない。
もっとも私には母親しかいないんだけど。
付き合い始めた四年前は、すぐに結婚する気はさらさらなかったし、長く付き合っている人がいるってことさえ母には話していなかった。
吉成の両親はいったいどんな人だろう?
自分は顔も性格も母親似だと聞かされていたが、吉成を女にしたら…なんて全く想像がつかなかった。
そんなことを考えるうちに私はいつしか眠りについた。
薬が効いてきたせいか、ここんとこ見続けていた夢も見なかった。
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:25:59
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「…で良かった。70」
「何?どうしたの?」
吉成が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「ちょっと頭痛が…でも平気よ。それで…痛っ!」
無理に話そうとするほど痛みが増していくような気がした。
「今日は早めに帰って横になったほうがいいな」
頭痛はだんだんと激しくなり、話したいことはたくさんあったが吉成の言う通りにしたほうが良さそうだ。
調度、来週の半ばから吉成のお盆休みに入る。
話の続きはその時にまたゆっくり…
そういえば私にはお盆休みなんてあるんだろうか?
操縦士になってから連休といえば五月のゴールデンウィークがあったけど、最初から休みを与えられていたというよりは、朝、目覚めた時に飛行機の中ではなく自分のベッドの上だったというのが数日間続いて、気付けばそれが暦通りの休日になっていたのだった。
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:23:34
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「…で良かった。69」
真夏だというのに吉成の手はヒンヤリと冷たかった。
その冷たさに驚いたのと、なんだか恥ずかしいのとで私は咄嗟に手を離してしまった。
ちょっとまずかったかなと思ったけど、吉成は特に気にするふうでもなく、私の指にはめられたダイヤの指輪を見ていった。
「その指輪、よく似合ってるよ。これからはずっと付けてたらいいよ」
「うん、ありがとう。それから私の仕事のことなんだけど…ちゃんと話したことなかったよね?私ね、三週間くらい前から飛行機の操縦席じゃなくて車の運転席に代わったのよ。前に開かない扉があるって言ったじゃない?それが突然開いてね、まあ勤務の内容自体はなんにも変わらないんだけどね。それでね…」
私が一方的に話していると急に頭がズキズキと痛み出した。
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:21:24
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「…で良かった。68」
以前と変わらない吉成の態度に私の緊張も一気にほぐれた。
「ところで吉成の仕事は?うまくいってるって聞いたけど、今はどんなことしてるの?」
別に仕事について口を出すつもりはなかったが、結婚式を挙げるとなると、都合の良い時期を聞いておいたほうがいいだろう。
「そっか、あんま仕事のことって話したことなかったよな」
吉成は都内のある研究所に勤務していて過去に研究内容についても少し聞いたことはあったが私には難しくてよく理解できなかった。
「あ、私の聞きたいのはね、転勤はあるのかなーとか、結婚式には会社の人も呼ぶんだよなーってことよ」
「転勤はないから心配しなくていいよ。新しい研究も成功したし、式は年内にでも挙げられそうだよ。それに俺はできるだけ早く、おまえと結婚したいんだ」
吉成はそう言って私の手を強く握った。
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:19:10
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「…で良かった。67」
吉成の笑顔が一瞬、曇った気がしたが、私は言葉を続けた。
「あなたの言った言葉がね、ずっと気になってたのよ。子供を作ろうって。私、てっきりあなたは子供嫌いなんだと思ってたから…それに私も、子供は好きじゃないって話したこと覚えてるよね?なのに、いきなりあんなプロポーズだったからビックリしちゃって。それに最近の吉成は私といてもつまんなそうだなって、私のこと嫌いになったんじゃないかなって」
私はそこまでを一気に話すと様子を伺うように吉成を見た。
「なんだ、そんなことか。ごめん、ごめん。確かにそうだよなぁ、俺もなんであんなこと言ったんだか。きっと緊張してたんだよ。それに嫌いならプロポーズなんてするわけないだろ」
やはり私の考えすぎだったんだろうか?
吉成の態度はごく自然でこの前のような違和感はなかった。
from: ジャニス†さん
2007/03/01 01:17:02
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「…で良かった。66」
私は辺りを見渡し、吉成の姿がないのを確認するとケースから指輪を取り出し、左手の薬指にはめてみた。
指輪と一緒に手渡された宝石鑑定書には最高級のカラーとクオリティーを表示する文字が印刷されている。
「高かっただろうな、コレ」
左手にはめた指輪に見惚れていると、いつの間にか目の前に吉成が立っていた。
まずい…このシチュエーションでは『返事はOKです』と言っているようなものだ。
「あのね、吉成…」
満面の笑みを浮かべる彼が口を開く前に、私は切り出した。
「返事なんだけど…」
「うん、聞かせてよ」
吉成はそう言うと、ゆっくりと私の隣に腰を下ろし、私の見つめた。
その自信に満ちた目は私から良い返事が聞けると疑ってもいないようだ。
「私、どうしても気になることがあるのよ」
from: ジャニス†さん
2007/02/28 23:55:46
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「…で良かった。65」
吉成と結婚すれば夢のような生活が待っているのだろうか?
それとも返事を決めかねている自分への暗示なのだろうか?
結局、昨夜は一晩中考えても結論は出なかった。
『よく話し合ってみるべきだよ』
哲也の言葉が頭を過った。
「そうだよね。大事なことなんだもん」
私は急いで身仕度を整えると、吉成との待ち合わせ場所へ向かった。
午後六時半を過ぎても、空はまだ薄らと明るい。
アスファルトの焼けた匂いが立ちこめ、背中を汗が流れる。
待ち合わせ場所のベンチに彼の姿はなく、どうやら今日は私のほうが早かったようだ。
ハンカチを出そうとバッグを開けると、指輪の白いケースが目についた。
プロポーズされた翌日からバッグに入れたままだった。
from: ジャニス†さん
2007/02/28 23:52:42
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「…で良かった。64」
競い合うような蝉の鳴き声に目を覚ますと、私は枕元の目覚まし時計を見た。
午後五時。
「また同じ…」
私は汗でビッショリになったシャツを洗濯カゴに放り込み、シャワーの蛇口をひねった。
操縦士になって半年間、全く夢なんて見なかったのに、あの日以来、二週間同じような夢を見続けている。
夢の中の私は、吉成と結婚して幸せな生活を送っていた。
プロポーズの言葉通り、三人の子供の母となり、付き合い始めた頃に戻ったように優しい吉成と五人の平凡な日常、まるで絵に描いたような暮らしだ。
夢から覚めたばかりの私は決まって、さっきまで見ていた夢がまるで現実であるかのような錯覚を起こす。
ベッドから起き上がり、いるはずのない子供の名前を呼ぶ自分の声で、ふと我に返ることもしばしばだった。
from: ジャニス†さん
2007/02/28 23:49:29
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「…で良かった。63」
子供たちはデジカメで蝉を撮影すると、それぞれの虫カゴを開けた。
思いがけなく解放された蝉たちがジジジッと鳴きながら空へ飛び立った。
「逃がしてやったのか?」
「ええ、あなた」
車を停めに行った夫が車庫から戻ってきた。
「わざわざ連れてってくれたのに、ごめんなさい」
「いいんだよ。俺も帰ったら子供たちに同じことを言うつもりだったんだ。それに昆虫採集なんて小学校の時以来、何十年ぶりだ?楽しかったよ」
子供たちと同じくらい日に焼けた顔をした夫が、そう言って優しく微笑んだ。
「あなたと結婚して本当に良かった。私、凄く幸せ」
「ん?何か言った」
「ううん、何も!」
小さく呟いた私の声は蝉たちの合唱に掻き消された。
from: ジャニス†さん
2007/02/28 23:46:19
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「…で良かった。62」
例年より長い梅雨が明け、日本列島は連日、猛暑に見舞われていた。
閑静な住宅街、打水をした玄関前のアスファルトから、ゆらゆらと蒸気が立ち上る。
目の前に停まった車の後部座席と助手席から三人の子供たちが虫カゴを手に飛び降りてきた。
「ママー!見て見て!こんなにたくさん採れたんだよ!」
虫カゴの中には数種類の蝉がひしめきあっていた。
「あら、ほんと。でもね、蝉って一週間しか生きられないのよ。土の中で長い長い間、外に出る日を楽しみにして…その残り少ない命を狭いカゴの中じゃ可哀相だと思わない?」
「長いってどのくらい?」
「7年間。ちょうどあなたたちが生まれてから、今までの長い長い間よ」
私がそう言って諭すと、息子たちはしばらく虫カゴの蝉をジッと見つめた後、三人で顔を見合わせると声を揃えて言った。
「逃がしてあげる!」
from: ジャニス†さん
2007/02/28 23:43:59
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「…で良かった。61」
「ま、俺の話は置いといて…その様子じゃ、まだ返事決まってないんだ?」
哲也があくびをこらえながら言った。
本日もそろそろ勤務終了…
「うん、なんて返事したらいいもんだか」
あれから二週間、私なりに吉成の心理を理解しようと、この半年を振り返ってみた。
しかし、どれをとっても突然のプロポーズに結び付くような出来事はなく、あの時『もう終わりにしよう』と別れを告げられていたほうが、すんなりと受け入れられていた気さえする。
今夜の私の返事次第では、別れが現実となってしまうだろう。
「あーやっぱダメダメ!返事なんて出来ないわぁ!」
「焦ることないんじゃん?…一生のうち、そう何度もあることじゃないんだし、もう一度よく話し合ってみるべきだよ。頑張れよ!お姉さん」
どこか自分に言い聞かせるように言って手を振る哲也が酷く大人びて見えた。
from: ジャニス†さん
2007/02/28 22:58:52
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「…で良かった。60」
確か、それは哲也にも話していないはずだった。
哲也の話が事実なら、極短期間の間に、年令や性別に違いはあるものの同じ境遇の三人が、交際中の相手に同じ告白をされたことになる。
果たして単なる偶然なんだろうか?
「そんで哲也はなんて返事したの?」
「とりあえず、待ってくれって言ったよ。んなこと急に言われても正直、無理って気持ちはあったんだけど、だからってすぐに別れるっつーのもあれだし」
「そっか。なんか恐いくらい私と一緒じゃない?」
いつでも快適な温度を保っているはずの車内の空気がやけに冷たく感じられた。
from: ジャニス†さん
2007/02/28 22:57:02
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「…で良かった。59」
「でも私は彼女の気持ち解らなくもないな、若い時って結婚に憧れちゃう時期もあると思うし」
彼女の肩を持つつもりはないけど、私にもそんな時があったなぁと。
「でも、その理由が『子供が欲しいから』って言うんだ。しかも彼女『結婚したくないなら子供だけでも欲しい』なんて言いだして。なんか俺、その時の彼女の顔見てたらゾッとしちゃって…隣にいた奴とまるっきり同じなんだぜ?なんてゆーか、うまく言えないんだけど…恐くてさ」
今度は私が驚く番だった。
私もそうだった。
吉成からプロポーズを受けた時、プロポーズそのものよりも、まるで私の言葉など耳に入っていないかのように続ける言葉と遠くを見るような目に寒気すら覚えたほどだった。
from: ジャニス†さん
2007/03/01 02:47:05
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「…で良かった。」
小説「…で良かった」
これは2006年夏―
私の…の話です。
ホムペで何気なく書き始めた物ですが、色々と複雑で説明のし難い事情が御座居まして
第77までと云う
非常にきりが良いようでいて中途半端な処で止まってしまいました(汗
もしかすると
この先、思い出せる範囲でちょこちょこと書き足していく可能性が
無きにしも非ず…
何処迄も回りくどい言い方で失礼
(=∀=;)
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