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  • from: 21世紀さん

    2009年05月31日 21時49分28秒

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    創価学会・池田/大作氏に問う

    31年前の「猛省」は世をあざむく虚言だったのか   不破 哲三
     2001年7月22日(日)「しんぶん赤旗」


    --------------------------------------------------------------------------------
     ◇私は、一瞬、目を疑った
    ◇一九七〇年の言論・出版問題の真相
    ◇「言論・出版の自由をまもれ」の声の国民的な広がり
    ◇池田/大作氏はなにを「猛省」したのか
    ◇三十一年前の「猛省」は世をあざむく虚言(うそ)だったのか
    ◇何をやっても自分は「仏」、批判者は「仏敵」


    私は、一瞬、目を疑った

     参院選のさなか、選挙戦を走りながらのことですが、公示直前七月十日付の「聖教新聞」を手にとって、私は、一瞬、目を疑いました。
     この新聞では、池田/大作氏が、“法悟空”の名で、「随筆 新・人間革命」と題した文章を連載していますが、創価学会の愛知県組織の歴史をたたえたこの日の連載「戦う愛知の誉(ほま)れ」のなかに、一九六九〜七〇年の言論・出版妨害問題をとりあげた次の文章があったのです(括弧内は原文のフリガナから)。
     「昭和四十五年の“言論問題”の前後より、学会は、数人の代議士からも罵倒され、ある時は、テレビを使い、雑誌を使い、演説会を使い、非難中傷された。あらゆる会合で、火をつけるように、悪口罵詈(あっくめり)を煽り立てられた。
     なんという悪逆(あくぎゃく)か! なんという狂気じみた悪口か!
     私自身も、愛知県の代議士から、国会喚問(かんもん)の要求を初めてされた。
     『信教の自由』を侵害する狂暴な嵐であった。理不尽(りふじん)な罵倒(ばとう)の連続であった。
     ともあれ、中部の同志は、血の涙を拭(ぬぐ)いながら、断固として仏敵(ぶってき)と戦う決意を、炎と燃やした。卑劣な強敵(ごうてき)と、真っ向から勇敢に戦った。
     全会員が、極悪(ごくあく)の非難に対して、怒鳴(どな)り返し、堂々と反転攻撃の闘争を、連日、続け始めた。
     人びとの幸福と平和を願い、基本的人権をもつ市民として、正義の信仰を流布(るふ)して、何が悪いのか!
     信教の自由ではないか!
     社会の改革に奔走(ほんそう)して、いったい、何が悪いのか!
     憲法に保障された、最も正しい人権闘争ではないか!
     勇気凛々(りんりん)たる中部の同志のスクラムは、敢然として、真っ向から、敵に火を吐く思いで戦い抜いた。
     何人かの臆病者は、逃げた。敵についた者もいる。
     しかし、今の大野和郎副会長を中心に、すべての真の同志は、未曾有(みぞう)の弾圧の嵐を堪(た)え忍んで、遂に赫々(かっかく)たる太陽の昇るが如き、勝利の中部の堅塁(けんるい)を護り、盤石(ばんじゃく)にしていった」
     池田氏が、自分が統率する組織のどの地方をどう評価しようと、それは、私たちのかかわるべき問題ではありません。しかし、見過ごすわけにゆかないのは、池田氏が、この文章のなかで、一九六九〜七〇年の言論・出版妨害問題を、「仏」の側にたつ者(創価学会)の「仏敵」にたいする闘争、「悪逆」「狂気じみた悪口」、「理不尽な罵倒」、そして「未曾有の弾圧」に立ち向かって「正義の信仰」と「信教の自由」をまもりぬいた闘争として描きだしていることです。
     私自身、ここで問題の火付け役として名指しされている「数人の代議士」の一人として、今回の池田発言について、それが歴史をいかに偽っているか、またこの歴史のつくりかえが、日本の社会と政治のうえでいかに重大な意味をもっているかを、述べたいと思います。

    一九七〇年の言論・出版問題の真相

     一九六九〜七〇年の言論・出版問題とは、評論家の藤原弘達氏が著作『創価学会を斬る』を日新報道という出版社から発行しようとした時、これを闇(やみ)に葬ろうとする創価学会・公明党の妨害にぶつかったことから、明るみに出たものでした。
     私は、事件が明るみに出た直後の総選挙(一九六九年十二月)で初当選し、翌七〇年二月の予算委員会での初質問で、佐藤栄作首相を相手に、この問題にたいする政府・自民党の態度を追及しました(二月二十七日)。その時、藤原氏ら多くの関係者に直接あい、創価学会・公明党の言論・出版妨害の事実経過を確かめたうえで、その全貌(ぜんぼう)を示しました。
     私が、国会で示した事実経過は、次の通りです。
     (1)まず藤原氏の著書『創価学会を斬る』にたいしては、公明党の竹入委員長からの依頼で、自民党の田中角栄幹事長が、『創価学会を斬る』の出版を思いとどまるよう、また出版された場合には、その大部分を公明党に買い取らせるよう、藤原弘達氏にくりかえし申し入れてきました。藤原氏がそれを断って著書を出版すると、今度は、取次店に手をまわして取り扱いを断らせ、本が店頭に出ないようにしたのです。
     (2)そのほかにも、本の取り次ぎ拒否などの手段で、事実上“闇に葬られた”本は、数多くありました。私が国会で取り上げただけでも、植村左内『これが創価学会だ』(しなの出版)、内藤国夫『公明党の素顔』(エール出版)、福島泰照『創価学会・公明党の解明』(展望社)などです。どの場合にも、公明党や創価学会との関係を理由に、取り次ぎを拒否されたのでした。
     言論の自由、出版の自由を保障されているこの日本で、公明党・創価学会を批判する言論は公表を許さず、買収、取り次ぎ拒否、政権党への依頼、おどかしなど、あらゆる手段を使って、未然に封殺する、これは、基本的な人権を否定する民主主義への正面からの挑戦でした。こういう事態が、国民の知らないあいだに、言論・出版界では奥深くまた広く進行し、いわゆる“鶴タブー”(公明党・創価学会への批判を“タブー”とすること)がすでに、簡単にはくつがえし難いかに見える強固な既成事実となっていたのです。 

    「言論・出版の自由をまもれ」の声の国民的な広がり
    ついに池田会長が「猛省」発言(一九七〇年五月)

     しかし、この事実が明るみに出ると、日本社会の各界・各分野は実に敏感に反応し、“言論の自由をまもれ、出版の自由をまもれ”の声が沸き起こりました。
     私たちは、十二月の総選挙のなかでも、この問題を重視し、国会でとりあげることを公約していましたが、一月に開かれた国会では、私たちだけでなく、社会党や民社党の議員からも、予算委員会で言論問題をとりあげる動きが出ました。
     マスコミでも、この問題は広く取り上げられました。いわゆる三大紙の社説の題をあげただけでも、次の通りです。
     「毎日」一月十八日「言論出版妨害事件について」。「朝日」二月三日「公明党は徹底的に体質を改めよ」。「読売」二月四日「公明党の抜本的体質改善を」。「毎日」二月五日「公明党の体質改善に望む」。「読売」二月二十六日「議員“脅迫”問題を究明せよ」。「朝日」三月十四日「出版妨害問題の究明を要求する」。「毎日」三月十六日「“言論・出版の自由”究明を」。「読売」三月十九日「出版妨害問題の真相究明を」。
     この問題について発言し、言論の自由を守る意思を明らかにした知識人・文化人は、数知れません。そして少なからぬ人びとが、一九六九年十二月に、「言論・出版の自由にかんする懇談会」をつくり、問題の解決に大きな力を発揮しました。
     この批判のなかで、公明党・創価学会の体質にかかわる問題として、「国立戒壇」の問題が大きな焦点として浮かび上がってきました。創価学会は、自分たちの信仰である日蓮正宗を国の宗教とすること(国教化)をめざしており、国会の議決により「国立戒壇」を建立することをもって、その手段だとしていました。公明政治連盟をつくり、さらにこれを公明党に発展させて、国会進出をはかったのも、大目標は「国立戒壇」の国会議決にあるとされてきました。公明党・創価学会が、他の宗教・宗派をすべて「邪宗」と呼んでその「撲滅」を公言してきたのも、おおもとでは、すべての日本国民を日蓮正宗の信者にするという「国教化」のこの目標と、結びついていたのです。
     国会の内外での批判にたいして、公明党・創価学会は、出版妨害は「デマ」だといった調子の無法な反撃に出、とくに日本共産党にたいしては非難中傷の攻撃を集中しました。
     しかし、民主主義をまもる国民的な世論と運動はいよいよ高まり、それに抗しきれなくなった創価学会は、ついに七〇年五月三日、池田会長が創価学会本部総会で「猛省」講演をおこない、国民世論の前で、事件への反省と今後の党および学会の体質改善の意思を表明するにいたりました。

    池田/大作氏はなにを「猛省」したのか

     では、池田/大作氏は、この会長講演のなかで、何を「猛省」したのか。要点を見てみましょう。
    言論・出版問題について
     池田氏は、言論妨害というような陰険な意図はなかったと言い訳しながらも、「これらの言動が全(すべ)て言論妨害と受け取られ、関係者の方々に圧力を感じさせ、世間にも迷惑をおかけしてしまった」ことについて、「まことに申しわけなく、残念」だ、「今後は、二度と、同じ轍を踏んではならぬと、猛省したい」と述べ、さらに関係者と国民への「おわび」の言葉をくりかえしました。
     「私は、私の良心として、いかなる理由やいいぶんがあったにせよ、関係者をはじめ、国民の皆さんに多大のご迷惑をおかけしたことを率直におわび申し上げるものであります。もしできうれば、いつの日か関係者の方におわびしたい気持ちであります」

    「国立戒壇」について

     池田氏は、日蓮正宗と創価学会が「国立戒壇」を目標としてきたことは、事実として認めたうえで、「国立戒壇」というと、「国教化、一宗専制を目指し、他教を権力によって弾圧」するかのような誤解をあたえるので、「国立戒壇」という表現は将来ともに使わないこと、国会の議決を目標にしないことなどを、約束しました。

    学会と公明党の関係

     池田氏は、講演のなかで、創価学会と公明党の関係をとりあげ、「政教分離」は党の出発の時からの方針だった、これを実行することで、「今後、たとえ票が減ろうと、議員数が減ろうと」、それは「近代政党として当然の道」だと述べたうえで、具体的には、次のことを約束しました。
     イ、創価学会と公明党の関係は、制度の上で明確に分離していくという原則を貫く。
     ロ、創価学会は公明党の支持団体であるが、学会員個人個人の政党支持は自由とし、政党支持について、会員の自由意思には、全く干渉するものではない。
     ハ、選挙は、公明党の党組織を思い切って確立し、選挙活動はあくまで党組織の仕事として、明確に立て分けて行う、創価学会は支持団体として「地域ごとの応援」をしてゆく。
     (このあと開かれた公明党大会では、公明党の“独立性”と“政教分離”のあかしとして、宗教の政治支配を意味する「王仏冥合〈おうぶつみょうごう〉」の文言を削除する綱領改定など、一連の軌道修正をおこないました)。

    共産党に対する態度

     池田講演は、共産党との関係について、これまでの敵対関係は不当な攻撃にたいする防衛的な「反撃」だったと、事実をゆがめた弁明をおこなってはいますが、今後の問題としては、「かたくなな反共主義」はとらないことを強調しました。
     「私としては、こうした泥仕合はできるかぎり避けたいというのが本意であります。我々は、かたくなな反共主義を掲げるものではない。また、そうあってはならない。……創価学会は、宗教の次元に立つものであります。……ゆえに、政党と同じ次元で争うものではありません」

    三十一年前の「猛省」は世をあざむく虚言(うそ)だったのか

     これが、公明党・創価学会による一九六九〜七〇年の言論・出版妨害問題の大まかな歴史です。
     公明党・創価学会の側に「言論妨害と受け取られ」る誤りがあったことは、池田/大作氏自身がその講演のなかで明確に認め、その誤りにたいする「猛省」と「おわび」をくりかえすとともに、公明党・創価学会の体質改善にかかわる、いくつかの点での転換の公約を発表したものでした。そして、その「猛省」と転換が、その後の公明党・創価学会の活動の大前提となってきたはずでした。
     ところが、池田/大作氏は、今回の“法悟空”名の文章のなかで、この事件にたいして、歴史をも自分自身の反省の言葉をもくつがえす、正反対の評価を宣言し、そこに自分の本音があったということを、あらためて告白したのです。
     それは、
     ――言論問題とは、「仏」を守るものの「仏敵」にたいする闘争だった、
     ――言論・出版問題で公明党・創価学会に批判をくわえたものは、悪逆な「仏敵」、「卑劣な強敵」だった、
     ――創価学会が取り組んだのは、「信教の自由」をまもる戦いであり、「憲法に保障された、最も正しい人権闘争」だった、
     というものです。これによれば、言論の自由をまもる立場から、国会でこの問題を取り上げた「数人の代議士」も、社説や放送でその体質に批判をくわえたマスコミも、良識と勇気をもって発言した知識人・文化人も、すべて「仏敵」だということになります。
     それなら、私たちは、池田/大作氏に問わざるをえません。
     三十一年前に池田氏がおこなった「猛省」の言葉の数々は、世をあざむくための虚言(うそ)だったのか、と。
     そして、この告白が創価学会と公明党の本音だとすれば、この集団は、本音をおしかくした巨大な虚言によって、三十一年にわたって日本の国民と世論をもてあそんできた、ということになります。いったい、この集団は、日本の社会と国民そのものを、何と考えているのか、そのことがあらためて問われるではありませんか。
     以前、池田/大作氏の側近であり、言論問題と「猛省」講演の時期にも、身近にいた原島嵩氏(一九七〇年・教学部長、『大白蓮華』編集兼発行人、副青年部長、一九八〇年に除名された)が、池田氏と当時かわした会話を、その著書のなかで、次のように記録していますが、私は今回の文章を読んで、原島氏の話がまさに池田氏のありのままの姿の記録であったであろうことを、あらためて痛感しました。
     「言論問題の責任をとって、池田先生が『関係者の方々にお詫びに行きたい』などというのも、やはり建て前であったことはその後の歴史が明確に物語っています。事実、その当時、逆に、私にすごい形相で『タカシ!(私の名前) いいか! 必ず仇をうて、いつか、この本は何だ!と本人の前にたたきつけるのだ』と、それは恐ろしいけんまくで言うのでした。私は、『ハイ! 必ず先生の仇をうちます!』と返事をし、必ず先生を苦しめた人間たちを先生の前にひれふさせてみせるという誓いを心に決めたのです。
     しかし、結局のところあの五月三日の発言は、一時撤退、ないしは迂回作戦にすぎなかったのです。報道関係者、文化人を多数呼び、公の席上発表したことも平気でホゴにしてしまうことが、はたして仏法の上でも、社会の上でも許されることなのでしょうか」(原島嵩『池田/大作先生への手紙――私の自己批判をこめて』一九八〇年)

    何をやっても自分は「仏」、批判者は「仏敵」
    この究極の独善主義に未来はない

     池田/大作氏の告白の重大性は、それだけにとどまるものではありません。この告白によると、あの会長講演のなかで、池田氏が国民の前でおこなった公約も、すべて心にもないことだった、ということになります。実際、“選挙は公明党を中心に”という公約も、“かたくなな反共主義は掲げない”という公約もすでに完全に投げすてられて、実際の活動の上ではそのかけらも残っていません。
     会長講演では、創価学会は「宗教の次元」に立つものだから、「政党と同じ次元で争うべきではありません」とされましたが、いまでは、「聖教新聞」が「公明新聞」以上の反共デマ宣伝製造元になっている事実が示すように、創価学会主導の反共作戦が全国で展開されています。夜陰に身をかくしての卑劣な謀略ビラの配布でも、創価学会の会員たちがこの暗闇部隊の主力となっていることは、かくれもない事実です。
     なかでも、私がとりわけ重要だと思うことは、“自分たちは、どんな無法なことをやってもいつも「仏」、それを批判するものはすべて「仏敵」だ”という究極の独善主義――以前、「邪宗撲滅」を前面に押し出していた時期にむきだしの形で現れ、社会的な批判の的となった独善主義が、この文章のなかに、まるごと復活していることです。自分たちへの批判をおさえこもうとした言論・出版妨害の行為の是非を、社会的道義の立場から吟味しようという理性は、ここにはまったくありません。創価学会・公明党がやった行為が何であれ、それに批判をくわえるものは、撲滅すべき「仏敵」であり、この「仏敵」にたいする戦いでは、どんな手段も許されるのです。
     この数年来、選挙戦における公明党・創価学会の活動が、極端な反共主義の点でも、活動の謀略性の点でも、きわめて異常なものとなっていることが、各方面から注目されてきました。それが、社会的道義にも市民道徳・政治道徳にも背をむけた「仏敵」撲滅論に裏うちされたものだったとなると、全国各地で現れている多くの異常な事態の背景がよく分かります。
     池田氏は、参院選を前にして、なぜ、いま、「仏敵」撲滅論をあらためて宣言してみせたのか。
     池田氏が、今回の“法悟空”名の文章で、三十一年前の自身の「猛省」講演を正面から否定し、その独善主義をあからさまに宣言してみせた背景には、公明党の政権参加によって「ついに権力についた」者のおごりが浮かび上がってみえます。この文章の大見出しに、「広布の堅塁 卑劣な権力に勝てり!」と、ことさらに「権力」の問題をひけらかしているところにも、その思いはおのずからあらわれているようです。
     しかし、自分たちを批判するものにすべて「仏敵」のレッテルを張り、手段を選ばずその「撲滅」をはかるという組織は、現代の民主主義のもとでは、政治の世界でも、宗教の世界でも、存在の資格を疑われても仕方のないものです。この究極の独善主義には、未来はありません。とりわけ、このような集団が、政権に参加していることの是非は、宗教政党の政権参加が憲法上許されるかどうかという一般的な角度の問題ではなく、この異常で特殊な集団の政権参加の是非の問題として、社会的な批判と吟味にさらされる時期が必ずやってくるでしょう。
     最後に、“法悟空”の文章が、創価学会・公明党およびこれと連合するものの陣営に、新しい矛盾を激発する深刻なページを開いたことを指摘しておきたい、と思います。


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