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弥生の河に言の葉が流れる

弥生の河に言の葉が流れる>掲示板

公開 メンバー数:7人

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from: yumiさん

2011年10月26日 12時57分28秒

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『さよなら』のかわりに―紅葉を―

辻秀香(つじしゅうか)はいつも通り、放課後の人気の無い廊下を歩いていた。ここから先あるのは図書室で昼休みならちらほらと人がいるのだが、放課後となれば人

 辻秀香(つじ しゅうか)はいつも通り、放課後の人気の無い廊下を歩いていた。
 ここから先あるのは図書室で昼休みならちらほらと人がいるのだが、放課後となれば人は皆無といってよかった。
 秀香はいろんな本に出合えるこの図書室が好きだった。
 実際彼女は高校三年で後数冊本を借りて読めば、この図書館の本を読破出来そうな勢いである。

「……久しぶりにあの本もいいかな?」

 秀香は頭の中で読んでない本のタイトルや読んだ本で気になるもののタイトルを思い出し、ニッコリと微笑んでいた。
 図書室のドアを開けると図書室独特の匂いに秀香は更に笑みを深めた。
 しかし、すぐに、彼女の表情が凍りつく。

「えっ……。」

 中に人がいないと思い込んでいた秀香だったが、実際は人がいた。その人は図書委員ではない。普段はきちりと着込んだスーツだが、今はネクタイをゆるくして机の上でうつ伏していた。

「……先生?」

 正式に言えば彼は先生ではなく教育実習生だ。

「……ん?誰だ?」

 焦点の合っていない目が秀香を捕らえる。

「…辻?」
「本城(ほんじょう)先生……。」
「…今何時だ?」
「五時を回りましたけど……。」
「ヤベ…寝すぎた。」

 教育実習生の彼は頭を掻き、のろのろとした動作で体を起こした。

「辻はどうしてここにいるんだ?」
「放課後だからです。」
「……本が好きなのか?」

 彼からの質問に秀香は戸惑い始め、後退する。

「悪い…俺の悪い癖だな…。」

 彼は秀香が怯えている事を敏感に感じ取ったのか、素直に謝ってきた。

「弟にもよく言われる。」
「弟さんがいらっしゃるんですか?」
「まあな、つーか、敬語なんか使わなくてもいいぞ。」
「ですが……。」

 教育実習生だとはいえ、彼は一応秀香にとっては教えを請う対象なのだから、彼女が戸惑うのも当然だろう。

「いいんだよ、どうせ、ここには俺とお前しかいないんだしな。」
「……無理です。」
「……。」

 強情な秀香に彼は眉を顰めた。

「何故だ?」
「貴方が教育実習生とはいえ、私にとっては先生ですから。」
「……。」

 彼は肩を竦め、秀香に尋ねる。

「辻、お前の下の名前は?」
「秀香…秀でて香るで、秀香ですけど。」
「そうか、俺は征義(まさよし)だ。」
「……。」

 秀香は怪訝な表情を浮かべながら彼、征義を見た。

「本城先生?」
「二人の時は征義だ。」

 勝手に決められた事に秀香は目を見張った。

「何を……。」
「別にいいだろ、どうせ、教育実習は残り一週間だしな。」
「……良くありません。」
「お前、俺よりよっぽどセンコウだな。」

 妙に幼い口調になる征義に秀香は小さく眼を見張った。

「本城先生。職員室に戻らなくてもいいんですか?」
「不味いよな。」
「だったら、戻らないと。」
「…しゃーないな。」

 ゆっくりと腰を上げる征義は秀香を見た。

「秀香、いつも放課後はここに来るのか?」
「ええ、まあ……って。」

 思わず下の名前で呼ばれた事をスルーしそうになった秀香はそれに思い至り、顔を顰めた。

「何で下の名前ですか!」
「またな、秀香。」

 意地悪く笑う征義に秀香は怒鳴る。

「馬鹿っ!」

 秀香はすっかり自分が何をしに来たのか忘れ、ただただ征義が出て行った扉を睨んでいた。

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from: yumiさん

2011年10月27日 14時36分21秒

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「『さよなら』のかわりに―紅葉を―」
「征(まさ)兄、機嫌よさそうだな。」

 夕食のコンビ二弁当を食べる弟は気味悪そうに、そう言った。

「まあな、丁度いいおもちゃを見つけたんだ。」
「……。」

 弟は心底その見知らぬ人に同情した。

「程ほどにしろよ。」
「……逃げられるぞ。」
「逃げる前に捕まえるさ。」
「……。」

 弟は完全に沈黙して、ご飯を頬張る。

「ふぉんふぁに(そんなに)。」
「口に入れながら、喋るなよ、汚い。」
「……。」

 弟はご飯を飲み込み、征義(まさよし)に言う。

「そんなに、気に入ったのか?」
「ああ、あんな目をしたヤツ始めてみた。」
「……。」

 弟は何か言いたげな顔をして、ジッと征義を見ていた。

「気になるのか?」
「別に。」

 インスタントのお吸い物をすすりながら、弟はそっぽを向く。

「結構俺ってもてるんだよな。」
「…自分で言うか普通。」

 呆れる弟を無視して征義は言葉をつむぐ。

「まあ、俺自身も俺のどこがいいんだか、とか思うさ、それでも、あいつは真っ直ぐに俺という人間を見ていたんだ。」
「……。」

 弟は軽く目を見張った。征義に言い寄る女性は殆どは彼の容姿に引かれての人が多く、征義はいつから眼鏡をかけて始めた。
 彼自身は目がいいのだが、他人と遮断するために、眼鏡をかけ、自分を守っている節があったのだ。

「嫌われるなよ。」
「ああ、そうなったら、元も子もないからな。」
「……。」

 弟は最後のご飯の塊を飲み込み、手を合わせる。

「ごちそうさん。」
「勉強か?」
「ん、下手にあいつら刺激したらヤベェからな。」

 弟が言うあいつらが誰なのか理解している征義は苦笑を浮かべた。

「まっ、頑張れよ。」
「他人事だと思って。」
「他人事だからな。」

 征義の言葉に弟は苦笑を浮かべる。

「それにしても、お前上位の成績を修めているのに、煩いのか?」
「煩いさ。あいつらは人間関係によってオレを見ているからな。」
「正直、鬱陶しいさ。」
「輝太。」
「征兄はそんなセンコウになるなよ。」

 弟の言葉に征義はニヤリと笑った。

「当たり前だ。」
「んじゃ、お休み。」
「ああ。」

 弟が部屋に篭ったら朝まで出ない事を知っている征義は頷き、流し台に飲み終わったカップを持っていく。

「さて、あの子猫とどう戯れるかな?」

 獲物を狙う獣のように爛々と目を輝かせながら、征義は明日を楽しみにした。

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