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弥生の河に言の葉が流れる

弥生の河に言の葉が流れる>掲示板

公開 メンバー数:7人

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  • from: yumiさん

    2010年12月28日 09時54分44秒

    icon

    「特別企画!?」
    正月

    「寒〜い。」
    「本当ね。」
    「智里(ちさと)全然寒そうじゃないわね。」

     着物姿の少女たち、会話順で言えば美波(みなみ)、智里、友梨(ゆうり)が二人の少年と一人の青年を待っていた。

    「おっ、早いな。」
    「ごめんね、待たせてしまって。」
    「……。」

     コートを着込む三人はそれぞれの行動をした、一人は呆れ顔の友梨に近付き、一人は女性人に頭を下げ、残る一人は美波を見て真っ赤な顔で固まった。

    「もう、昌獅(まさし)遅いわよ!」
    「悪い、悪い。」
    「もう!」

     そっぽを向く友梨に昌獅は彼女の耳元で囁いた。

    「そんな剥れてたら、美人が台無しだぞ?」
    「なっ!」

     友梨は顔を真っ赤にさせ、思わず後退りをしようとするが、昌獅が彼女を逃すはずがなく、彼は彼女の手首をしっかりと掴んでいた。

    「逃げんなよ。」

     嬉嬉とする昌獅を冷めた目で見ている智里は隣に立つ勇真(ゆうま)を睨んだ。

    「どうして遅れたんですか?」
    「いや……新年早々渋滞に巻き込まれた。」
    「……歩いてくれば良かったのではないのですか?」
    「まあ、そうかもね。」

     苦笑を浮かべる勇真に智里は深々と溜息を吐く。

    「まあ、貴方たちが今日奢ってくれるのなら、勘弁してあげるわ。」
    「……。」

     勇真はそんな事で言いのならと思いながら笑みを浮かべた。
     さて、硬直している涼太といえば……。

    「リョウくん?」
    「み、みな…み。」

     辛うじて喋れるようになっているが、表情は硬い。

    「大丈夫?寒いの?」
    「……。」

     涼太は相変わらずの美波のボケに自分が固まった事が馬鹿らしく思った。

    「大丈夫だ。」
    「そう?」
    「ん。」
    「あのね、あのね。」

     美波は嬉しそうに涼太の服を掴み、その宝石のように鮮やかに輝く瞳、紅潮する頬に薄っすらと施した淡いピンクのファンデーションと、彼女の小さな唇を彩る口紅に涼太は再び体が火照るように熱くなった。

    「おばあちゃんが着付けてくれたの。」
    「へえ……。」
    「どう?似合うかな?」

     美波は無邪気にその場でクルリと回った。
     似合う、彼女の着ている着物は薄紅色の着物柄は梅の花で帯びは水仙を思わせる黄色、そして、伊達襟は金色だ。

    「………似合うんじゃないか?」
    「もう、もっちょっと言う言葉があるでしょ!?」

     頬を膨らませる美波に涼太は本気で困ったような顔をした。

    「……美波。」

     涼太にとっては救世主がその時現れた。

    「涼太くんを困らせちゃ駄目じゃない。」
    「友梨お姉ちゃん……。」

     しゅんと顔を曇らせる美波に友梨は苦笑を浮かべる。

    「そろそろ、お参りに行きましょうか?」
    「ふえ?」
    「さっきから、呼んでたのに気付かなかったの?」
    「……。」
    「……。」

     呼ばれていた事に気付かなかった二人は顔を見合わせ、そして、友梨を見た。
     友梨は紅の着物を着ていた、柄は牡丹のように花弁の多い花で、帯びは深い緑、そして、伊達襟は金の混じった緑色だった。

    「ほら、そろそろ行かないと智里が怒るわよ?」
    「あっ!」
    「……。」

     美波は単純に驚いたような顔をして、涼太はあの性格を思い出し、苦々しそうな表情を浮かべた。

    「それじゃ、行きましょう。」
    「は〜い。」
    「ん。」

     三人は智里たちが待つ場所に向かって歩き出した。



     六人はお参りをすませ、勇真、昌獅、涼太、智里は配られていた甘酒に手を出し、友梨、美波はそこで貰ったお茶を飲んでいた。

    「これからどうする?」
    「さあ。」
    「あっ!あたしお御籤したい!」
    「いいわね。」

     友梨もすぐさま同意し、一行はお御籤を引く事になった。
     さてさて、それぞれの運はいかほどか。
     先ず始めに籤を引いたのは美波で、彼女は恐る恐るというように紙を見た。

    「……。」

     次は涼太で彼は特にやる気が無いのか、紙を受け取るとさっと目を通した。
     涼太の後は友梨だった、彼女は二人の様子を苦笑しながら見詰め、気楽に籤を引き始めた。

    「……早くして。」

     智里の不満そうな声に友梨は顔を引き攣らせた。

    「直ぐ退くわよ。」
    「……。」

     友梨は智里に木でできたそれを渡す。

    「……。」

     智里は軽く振ってからあっさりとした動作で、籤を引き終わり、近くにいた昌獅に渡した。
     昌獅は自分もやるのかという顔をしたが、智里の睨みに近い視線を受け、しぶしぶ籤を引き始める。

    「……ん。」
    「ありがとう。」

     昌獅は勇真にさっさとそれを渡し、友梨の隣に立つ。
     そして、勇真が引き終わると、全員の結果が分かった。
     喜んだり、無表情だったり、苦笑を浮かべたり、悲惨な顔した者もいた。

    「やった!大吉だ。」
    「俺もだな。」

     今にも飛び跳ねそうな美波と特に何も感じていないのか、昌獅は淡々と言った。

    「おれは中吉だな。」
    「オレは吉だ。」
    「ふ〜ん、わたしは小吉よ。」
    「……。」

     ただ一人何も言わないものがいた、その者の隣にいた人がヒョウイと彼女の紙を覗き込み、目を見張る。

    「大凶なんてもんが…本当にあるなんてな。」
    「昌獅……。」

     そう滅多に出ない、というか、先ず一生に大凶なんて見る人は少ないはずなのに、その少ない分類に入ってしまったのは友梨だった。

    「……そう落ち込むなよ。」

     昌獅はポンと頭を叩いた。

    「……。」
    「別に今がどん底でも明日には浮上してるかもしれないじゃないか。」
    「……そうよね、誰かさんが大吉だからそんな事言えるんだよね。」
    「……。」

     完全に拗ねている友梨に昌獅は苦笑を浮かべ、他の面々はそろりそろりと二人を放ってどこかに行こうとする。

    「ねえ、リョウくん?」
    「何だよ。」

     声を潜め二人は話す。

    「いいの?」
    「いいんだよ、どうせ、あそこにいたって当て馬だ。」
    「当て馬?」
    「……意味が分からんならいい。」

     残された友梨はそっぽを向き、昌獅は困ったかのように苦笑を浮かべ続ける。

    「……友梨。」
    「何よ!」

     トゲトゲした友梨の言葉に昌獅はそっと彼女の髪を撫でる。

    「どうせ、今年も俺たちは一緒だろ?」
    「……。」
    「だったら、大吉と大凶をあわせて吉くらいになるんじゃないか?」
    「昌獅が損するわよ?」
    「別に大丈夫だ。」
    「………。」
    「お前がいれば最悪の事態じゃないからな。」
    「……そんな事を言ってるから、損するのよ。」
    「本当の事だ。」
    「……こんなくだらない事に落ち込んでいる私が馬鹿みたい。」

     友梨は晴れやかな笑みを浮かべる。

    「昌獅。」
    「ん?」
    「取り敢えず、ありがとう。」

     昌獅はその言葉を聞き、微かに目を見張った。

    「もし、何かあったらお願いね。」
    「ああ。」

     昌獅は目を細め、そっと、友梨を抱き寄せようとする。

    「……駄目。」

     友梨は眉間に皺を寄せ、昌獅に静止の言葉をかける。

    「何でだよ。」
    「公衆の面前で何をするのよ。」

     そうここはまだ神社で人が多いのだ。

    「ほら、智里たちにおいつかないと。」

     友梨はあっさりと昌獅の魔の手から逃れ、さっさと別の所に移動し始めた。それを見ていた昌獅は溜息を吐き、不意に笑った。

    「今年もよろしくな、友梨。」

     新しい年が明け、彼女たちの新しい一年が始まった。

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  • from: yumiさん

    2010年12月28日 09時50分52秒

    icon

    「特別企画!?」
    大晦日

    「もう…。」

     友梨(ゆうり)は嘆息しながらも、それでも、目はとても優しげで、そっと、寝ている美波(みなみ)と涼太(りょうた)に毛布を掛けた。

    「友梨?」
    「へ?」

     友梨は自分のほかにまだ誰かが起きているとは思ってもみなかったので、驚きながら振り返るとそこには昌獅(まさし)がいた。

    「何だ、昌獅か。」
    「何だとは何だよ。」
    「ごめん、まさか起きてるとは思っても見なかったの。」
    「……こんな状況で寝れるほど俺は図太くないぞ。」
    「へ?」
    「……。」

     小首を傾げる友梨に昌獅は彼女に気付かれないように溜息を吐いた。

    「何でもねぇよ。」
    「……。」
    「それにしても、面倒見が良いな。」
    「そう?」
    「ああ、お前の妹その一だったら、絶対に放って置かれてたぞ。」
    「あはは…智里(ちさと)なら、そうしそうね。」
    「……だよな。」

     空笑いをする友梨と恐ろしそうに肩を竦める昌獅は、それぞれに智里を思い浮かべていた。

    「よくおばさんが許してくれたな。」
    「うん、お母さんは昌獅の事を信用しているみたい。」
    「……。」

     昌獅は複雑そうな顔をした。
     彼女たちが今いるのは昌獅の家だった、彼の家族が丁度温泉旅行に行くので、昌獅は駄目元で友梨に家に来るか尋ねた。

    「うん、いいよ。」

     友梨の返事は二つ返事で、昌獅の方がうろたえたのだった。

    「お、お前…、本気で分かってるのか?」

     昌獅の言葉に友梨は首を傾げた。

    「何が?」
    「……あ〜、お前はそういう奴だよな。」

     昌獅は呆れながらそう言うが、目はとても優しかった。
     だが、次の瞬間、昌獅の表情が凍りついた。

    「何の話かしら?」

     いつの間にか気配を消してやって来た智里(ちさと)に友梨はキョトンと首を傾げ、昌獅は冷や汗をダラダラと掻いていた。

    「た、高田妹……。」
    「…わたしの前で堂々とお姉ちゃんを誘わないでくれる?」
    「……。」

     昌獅は不味いと思ったが、それでも今友梨の彼氏をやっているので、妹にどうこう言われる筋合いはないんだと思い、自分を奮い立たせる。

    「何か都合でも悪いのか?」
    「まあ。」

     反撃が来るとは思ってもいなかったのか、智里は珍しく目を見張った。昌獅はしてやったりと思い笑ったが、相手が悪かった。

    「………お姉ちゃん。」
    「何?」
    「行くのなら、美波や涼太くんを誘ったら?」
    「何で?」
    「嫌なの?」

     智里の纏う空気が一気に凍えるような冷たさになった。

    「あ、ああ、誘うかな〜。」
    「……。」

     友梨は視線を智里から外し、昌獅は苦々しい思いで唇を噛んだ。
    「ふふふ、それがいいわよ。」
    「……。」

     智里が立去り、友梨と昌獅はぐったりとした。

    「ごめんね。」
    「いや、構わない。」
    「……あの子あの一件から絶対に強くなったわ。」
    「………ああ、そうだな、あいつに勝てる奴がいたら、俺無条件で尊敬しそう。」
    「私も……。」

     二人は疲れきった笑みを浮かべながら、こうして、年末の約束をしたのだった。

    「お前の親御さんが心配しなくても、お前の妹が心配したんだな。」
    「えっ?」
    「何でもねえよ。」
    「そう?」

     友梨はいま一つ意味が分かっていないのか、首を傾げている。
     因みに昌獅は智里が言いたい意味を痛いほど理解していた。
     それは、「お姉ちゃんに変な事をすれば、命はないわよ。まあ、美波たちがいる前じゃ、変な事どころかキスだって危ないかしらね?」と悪魔の笑いつきで、昌獅の耳に聞こえた気がしたのだ。

    「ねえ、昌獅。」
    「ん?」
    「去年は何をして年を越した?」
    「寝てた。」

     昌獅の返事を聞いた友梨は苦笑を漏らした。

    「そういう友梨は?」
    「私、私……も、寝てたな〜。」
    「……人の事は笑えないじゃないか。」

     器用に片眉だけを昌獅は吊り上げた。

    「あはは、だって〜、特に見る番組もなかったし。」
    「紅白は見ないのかよ?」
    「う〜ん、最初だけ、最後の方は頭がボーとなってきて寝ちゃった。」
    「ふーん、そうか。」

     自分でふっといて、昌獅は特に感心なさそうにそう言った。

    「もう、自分からふっといたんでしょうが。」

     友梨は慣れているのかクスクスと笑いながら、そっと、近くにある涼太の髪を優しい手つきで梳き始めた。

    「……。」
    「うわっ…涼太くんの髪さらさら…手入れしているのかしら?」

     友梨は一人涼太の髪を楽しんでいるが、自分を無視されている昌獅は面白くないのか顔が段々不機嫌なものへと変化した。

    「友梨。」
    「ん〜?」

     適当に相槌を打つ友梨に昌獅はとうとう切れた。

    「こっち向けっ!」
    「へっ!」

     涼太の頭を撫でていた手を掴まれた上に引っ張られた友梨はバランスを崩して昌獅の胸に顔をぶつけた。

    「いった〜い!」

     友梨は空いた手で顔を押さえ、恨みがましく昌獅を見上げた。

    「昌獅。」
    「お前が悪いんだろうが。」
    「何でよ?」
    「そいつに構って俺の相手をしてくれない。」

     ようやく友梨は昌獅が拗ねているのだと気付いた。

    「ふっ……。」
    「何だよ?」
    「ふふふ……そうか、そうか、昌獅はやきもちを妬いているのね〜。」
    「……うっせ〜。」

     昌獅は顔を赤くさせ友梨から顔を背けた。

    「真っ赤〜。」
    「……。」
    「本当に昌獅って、やきもち妬きね。」
    「……。」

     本当はやきもち妬きというよりは嫉妬深いのだが、友梨はその事に気付いていない。
     ふと、彼女の耳に鐘の音が聞こえ始めた。

    「あっ、除夜の鐘?」
    「んあ?もう、こんな時間か。」

     昌獅は時間を確認して、そして、こんな時間まで起きていたのかと改めて時間の進みの早さを感じる。

    「こいつらどうする?」
    「そうね、ここで寝かすのもね。」
    「お前の妹その二なら構わないが、涼太はな〜。」
    「酷いわね、昌獅。」

     呆れる友梨に昌獅は肩を竦める。

    「どうせ、こいつは男だ、何処で寝かしても構わないだろう。」
    「……構うって。……ってあれ?」
    「どうした?」

     友梨は美波のある一点を見て、凍りついた。そして、それに気付いた昌獅は苦笑を漏らす。

    「これじゃ、運べないな。」
    「うん……。」

     美波は涼太の服の裾をしっかりと握り締めており、無理矢理剥がすのは可哀想に思った。

    「まさか、美波がね〜。」
    「んあ?」
    「ほら、涼太くんが美波を好きなのって結構皆知っているでしょ?」
    「まあな、あいつ分かりやすいしな。」
    「そうでしょ、なのに今回は美波が涼太くんの服の裾を掴んでいたのよね〜、やっと報われるのかしら〜?」

     嬉しそうに言う友梨に昌獅は苦笑する。

    「さあな。」
    「……もう、もう少しくらいいい言葉が有るんじゃない?」
    「例えば?」
    「例えば?……思いつかないけど…。」
    「そうだよな〜。」
    「……ねえ、昌獅。」

     友梨は満面の笑みを浮かべ、そっと昌獅を抱きしめた。

    「ありがとう。」
    「……。」
    「私と出会ってくれて、私の側にいてくれて。」
    「友梨……。」

     昌獅はそっと目を瞑った。

    「こっちこそ、ありがとうな。」

     互いが互いの存在に感謝しながら怒涛の一年は終わった、来年は穏やかに過ごしたいと二人は思った。

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  • from: yumiさん

    2010年12月28日 09時46分11秒

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    「星色の王国」
    ・15・

     馬車が城の門をくぐり、そして、馬車が止まった。

    「姫、お手を。」
    「ありがとうございます、カイザー。」

     フローリゼルは当然のようにカイザーの手を取り、優雅に馬車から降りた。
     ユウリはその後を呆けた顔で見詰め、そして、自分の仕事は終わったのだと考え、次はどうしようかと首を傾げた。

    「おいっ。」
    「……。」

     不機嫌な声につられ、ユウリもまた眉間に皺を寄せ、声を掛けてきた人物を睨んだ。

    「何よ、マサシ。」
    「何よ、じゃない、さっさと着替えて来い。」
    「はあ?」

     ユウリが怪訝な顔をするのも無理はないだろう、彼女にとっての正装は騎士の時の服装なのだから、汚れてもない服を着替えるなどと思ってしまう。

    「どうしてよ。」
    「……。」
    「綺麗じゃない。」

     マサシは半ばその答えを予想していたのだろうが、それでも彼女の口から聞くと溜息を漏らした。

    「お前な、お前の正装はそっちじゃないだろうが。」
    「……?」
    「…本気で分からねぇのかよ。」

     マサシは周りの人が自分たちを見ていない事を確認し、無理矢理ユウリの手を取った。

    「なっ!」
    「静かにしろ。」

     大声を出すユウリにマサシは声を潜めて言った。

    「……。」

     騎士専用の城の正面の入り口ではない場所から、城の中に入ったユウリとマサシはようやく普通の声で話し始める。

    「お前さっさとドレスに着替えて来い。」
    「はあ?何でよ!」
    「…チサト様の命令だ。」

     重々しく言うマサシにユウリは顔を引き攣らせる。

    「な、何で?」
    「………「お姉様、貴女は王位継承権を捨てました身ですが、お姉様は王族、その立場をお分かりになりませんか?そうですよね、お姉様ならば分かりませんよね?」。」

     マサシはチサトが自分に言った言葉を思い出し、棒読みでその言葉を言っていく。因みにその光景はかなり異様でユウリの頬がかなり引き攣っていた。

    「「お姉様は他国の王族の方にちゃんとお会いしなくてはなりません、もし、そうなさらないのなら、きっと向こうはこちらが礼を尽くさないとお考えになりますわ、または、こちらが上からモノを見ている、と考え、今回のわたしの計画が台無しになります。」。」
    「計画?」
    「……。」

     ユウリが疑問を口にするとマサシは用事が終わったと言わんばかりに、さっさと踵を返す。

    「ま、待ちなさいよ!」
    「……。」
    「あんた、何か知っているの!?」
    「さあな。」

     マサシは何も言わず出て行った、ユウリは一瞬後を追うか迷ったがチサトの怒りを買う訳には行かないのでしぶしぶ自室へと向かった。
     自室には今朝までにはなかった鮮やかなオレンジ色のドレスが置かれてあり、ユウリはマサシが言った事は嘘ではなかった、とようやく理解した。

    「何でよ……。」

     ユウリはドレスがあまり好きではなかった、着飾る事は一応女だから好きなのだが、動きにくいし、戦いにくいので出来るだけユウリはドレスを着ようとはしなかった。
     だけど、今回ばかりは嫌だと言って突っぱねる訳にはいかなかった。

    「仕方ないわね……。」

     ユウリは溜息を吐いて自分のために用意されたドレスに手を伸ばす。
     本来なら侍女か女官に着替えを手伝ってもらうのが普通だが、この国の姫は全員変わり者で、自分の事は極力自分でするのだ。
     やってもらうことといえば、髪のセットや部屋の掃除やシーツなどを変えてもらう事、そのほかは出来るだけ彼女たちは自分でやっているのだ。
     そして、一応ドレスを着たユウリは溜息と共に鏡の前に立った。
     髪はぼさぼさで、顔には疲弊の色が窺えた。
     これから長い間椅子に座り、髪をいじられるのだからそれは当然の事かもしれない。
     ユウリは仕方なく呼び鈴を鳴らした、そして、待機いていたのかすぐに複数の侍女が入ってきて、ユウリは椅子に腰掛けた。
     そして、それから一時間、ユウリは苦行に耐える羽目になる。
     その御陰でユウリは一応人前に出られるような格好になり、侍女たちが教えてくれた奥の部屋へと足を進めた。

    「もう…疲れた……。」

     ぐったりとした表情のユウリは最初のうちこそそれを顕にしていたが、段々目的の部屋に近付くにつれ、表情が凛としたものへと変わった。
     それもそうだろう、彼女だって一応は王族、そのように躾けられているのだ。

    「さて、この服を見たフローリゼル様はどんな反応をするかしら?」

     ユウリは苦笑しながらそっとあの美しい女性を思い浮かべた。
     彼女なら自分の姿を見て驚くのか、それとも納得するのか、何となくそれを楽しみにしながらユウリはその足を速めていった。

    「ふふふ、ちょっと楽しみだな〜。」



     ユウリが一人楽しんでいる時、他国では――。

    「機は熟した。」

     一人の者がそう言い、ニヤリと笑った。

    「あの国を手に入れる、さてさて、あの国の姫たちはどのように反撃してくるか、それとも、易々と手に入るか。」

     レナーレは裕福な国だった、貿易も盛んで街は賑わい、そして、農作業も土地が良いのか実りが良かった。
     だから、レナーレを狙う国は山ほどあった。
     そして、チサトはそれを阻止する為に同盟を組んだり、色々な事をして国を守ってきた。
     今回もまたフローリゼルたちの国と関係を持つために、力を注いでいた。
     だが、彼女達の知らない内にそれは動き出していた。
     そう、毒が回るように徐々にレナーレにその敵国のものが紛れ込み……そして――。
     それに聡いと言われる、レナーレの第二王女――チサトでさえ気づいていなかった。

    「さあ、宴の始まりだ。」

     男はねっとりとした嫌な笑みを浮かべ、近くのボトルから穢れないグラスに血のように真っ赤なワインを注いだ。

    「せいぜい、踊れ、そして、屈しろ、ふっはははは。」

     男は高らかに笑った、そして、事態が動き出したのは三日後だった……。
     その間…ユウリもチサトも誰一人、その前兆を気付けなかった。

    あとがき:怪しい動きがありますね〜。でも、まだまだ序章、長くなりますね〜。さてさて、どんな話になるのでしょうか、作者にすら分かりません(笑)。

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    マナ

  • from: yumiさん

    2010年12月28日 09時36分20秒

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    「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
    ・22・

     その瞬間、ひびすら入っていなかった新品のティカップが真っ二つに割れた。

    「……。」

     チサトの顔が歪む。

    「お嬢様?」
    「……ユーマ。」

     チサトはユーマに割れたティカップを差し出す。

    「代わりの物を持ってきなさい。」

     ユーマは何か言おうとするが、チサトの恐いくらいに苛立った目に彼は逆らう事など出来なかった。

    「分かりました……。」

     ユーマはティカップを持ち、そっと出て行った。
     ようやく独りっきりになったチサトは大きく息を吐いた。

    「お姉様…ヘマをやらかしたの?」

     額に手を当て、チサトはいざという時は果敢な姉を思い浮かべた。

    「………お姉様…、お姉様を失えば、あの者は一体どうなるかと…分かっているの?」

     チサトはそっと目を伏せ、そして、幼い頃の記憶を引き起こす。



     バラ園に幼い姉妹が遊んでいた。そこに、一人のみすぼらしい少年が現れる。
     妹の方は警戒心むき出しの目を少年に向け、姉の方はキョトンと首を傾げた。

    「あなた、だれ?」
    「……。」

     姉は妹の手を離し、少年の手を取ろうとした瞬間、乾いた音がその場に響いた。
     乾いた音は少年が姉の手を力いっぱい弾いたからだった。姉は弾かれた手を見て、そして、意外にも微笑んだ。

    「大丈夫だよ。」

     妹は姉にもしもの事があれば大声を出せるように構えている。
     少年は姉の目を見て、固まる。

    「………。」
    「おなまえ、きいてもいい?」
    「………。」

     少年は沈黙を決め込んでいるのか、喋ろうとはしない。

    「おねえさま……。」

     妹が姉のドレスの袖を引っ張る。

    「チサト…もどっててくれる?」
    「でも……。」
    「おねがい。」

     姉のお願いに妹はすんなりと引き下がる。

    「わかった、でも、なにかあったら、すぐにひとをよぶのよ。」
    「わかってるって。」

     妹は姉に背を向けるが、すぐに、物陰に隠れ姉を見ていた。

    「……わたしはユウリ。」

     姉はそっと少年にハンカチを渡す。
     少年はハンカチとユウリの顔を交互に見た。

    「おれは……。」
    「……。」
    「………………マサシ。」

     蚊のなくような声だったが、近くにいたユウリの耳にはしっかりと届いた。

    「マサシくん?」
    「ああ。」
    「いいおなまえだね。」
    「……。」

     ニッコリと微笑む姉に少年は照れたのかそっぽを向いた。
     妹は物陰からそれを見ていて、少年は自分が思っていたよりもずっと普通の人なのかもしれないと思った。

    「マサシくんはひとり?」
    「…ん。」
    「……そうなんだ…ねえ。」

     ユウリはそっとマサシの手を取った、今度は、マサシはその手を弾かなかった。

    「わたしのいえにこない?」
    「……。」

     少年の目が見開かれ、物陰に隠れていた妹も目を見張っていた。

    「おまえ……。」
    「ひとりなんでしょ?」
    「……。」
    「だったら、いいじゃない、それに、わたし、おかあさまたちに、あそびあいてを、えらびなさい、といわれているの。」
    「……。」
    「だから、マサシくんだめ?」
    「スジョウのわからないやつをつれていってもいいのか?」
    「……だいじょうぶだよ。」

     そっと少年の手を握る手に姉は力を込めた。

    「わたしは、マサシくんがいいの、しらないひとより、ずっといいよ。」
    「……おれのことなんて、しらないくせに。」
    「うん、しらないよ。」

     姉は意外にも微笑んだ。

    「……しらないから、しりたいの。」
    「……へんなヤツ…。」
    「そうかな?」
    「ああ、ぜったいそうだ。」
    「う〜ん……。」

     姉は表情を曇らせるが、少年はその反対に表情を明るいものへと変える。

    「しょうがないな……。」
    「えっ?」
    「いっしょにいてやるよ。」
    「ほんとう!」

     満面の笑みを浮かべる姉はまるでこの場所に咲く薔薇そのものだった。

    「ああ。」
    「よろしくね、マサシくん!」
    「よろしく、ユウリ。」

     少年はこの時から、姉を守ろうと思ったのかもしれない、この時は仕方ないというような少年の顔が印象的たった。



    「タカダ家に…いえ…お姉様に忠義があるのなら、それを守りなさい…マサシ…。」

     チサトはここにはいない二人の姿を思い浮かべ、そっと、伏せていた目を開けた。

    「貴方は…何の為にお姉さまのお側にいるの?…守りたいからでしょうが…だったら、その命を懸けてもお姉様だけは…守りなさいよ。」

     チサトの手が小刻みに震えていた。
     彼女は滅多に本当の感情を表に出さない、だけど、この時ばかりは本気で恐怖を覚えていたのだった。

    あとがき:ユウリたちの出会い話です、……こんなに長くなるとは…予想外です。

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    マナ

  • from: yumiさん

    2010年12月28日 09時22分24秒

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    「ダークネス・ゲーム」
    〜第十章〜・51・

     勇真(ゆうま)は二時間係る道のりをその半分の一時間間を費やす事で、見事に学校に着いたのだが――。

    「う…おぇ……。」
    「き、気持ち悪い……。」
    「……。」

     今にも吐き出しそうな涼太(りょうた)に、顔を真っ青にさせている美波(みなみ)、そして、何故か平気そうな智里(ちさと)の面々がそこにいた。

    「無様ね。」

     智里は冷めた目でそんな事を言い、涼太は反射的に睨んだが、すぐに彼女の表情を見て凍りついた。

    「何かしらその眼は?」

     気分が悪い時に智里を見るのではなかったと、涼太は思った。
     智里の冷めた目は毒だ。しかも、体全身を凍らせる毒。

    「……また、わたしを化け物呼ばわりするの?」
    「……。」

     涼太は頬を引き攣らせながら、智里と対峙する。
     そして、次の瞬間、女神が現れた。

    「智里!美波!勇真さん!涼太くん!」

     友梨(ゆうり)が校舎から大急ぎで出てきた。その後ろに当然のように昌獅(まさし)の姿があった。
     友梨は数秒の内に智里のところにやってきて涙目で睨んだ。

    「あんた分かってやったわよね!」
    「……何のことかしら?」
    「とぼけないで!」

     友梨は今にも智里に掴みかかりそうになった。
     幸いなのか、不幸なのかそんな事にはならなかった。

    「友梨、時間がもったいない、さっさと行こうぜ。」
    「昌獅……。」

     友梨は真直ぐに昌獅を見詰め、目元に浮かんでいた涙をグイッと拭った。

    「……そうね、みんな来て。」

     友梨は凛とした表情を作り、そのまま校舎に戻っていこうとする。

    「……すげぇな。」
    「ふえ?」

     感嘆の声を上げる涼太に美波は小首を傾げた。

    「何が?リョウくん?」
    「友梨先輩や昌獅がだよ。」
    「?」

     涼太の言いたい意味が分からないのか、美波は更に首を傾げた。

    「わかんないんなら別にいいよ。」
    「ぶ〜……。」

     美波は頬を膨らませ、拗ねるが、涼太の眼には可愛らしい動作にしか見えなかった。

    「そんなぶーたれんな、元に戻らなくなるぞ?」
    「――っ!」

     美波は目を見張り、徐々に顔を真っ赤にさせていく。

    「誰の所為だと思っているのよ!」
    「誰だろうな?」

     涼太は余裕があるのか、口角を上げニヤリと笑った。

    「知らない!」

     美波は完全に気分を害し、涼太に背を向けた。
     涼太はそんな美波を見ながら、これから起こる最悪の事態を思い出し、顔を顰めたのだった。

    あとがき:ああ、久し振りの更新です。バイトがず〜と入っていたので、本当に久し振りです、約一週間ぶり、しかも、ストックがなくなってたので急遽打ちました。絶対誤字があると思うので、すみません……。因みにまた一週間くらい更新が途絶えるかもしれません、それでも、新年の挨拶はしたいものですね。

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  • from: yumiさん

    2010年12月22日 16時35分32秒

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    「特別企画!?」
    おまけ3

    「リョウくん!」

     名を呼ばれ、涼太(りょうた)が振り返ると、そこには先程別れた少女がいた。

    「美波(みなみ)。」

     涼太はどうして美波がこっちに来たのか分からなかった、ただ一瞬自分でも情けなくなる事を考え自己嫌悪に陥る。
     それは「自分より年下の少年を送るのは自分の役目だ。」と美波が言いそうな事だった。
     涼太は美波に弟のように扱われる事が度々あり、その度彼は「自分は男だ」とか「年下だと甘く見るな!」などと思っているが、こうして、美波と一緒に入れるのも事実なので実際口には出来なかったし、それに、それを言えば、間違いなく美波は泣くだろう……。

    「お前な……。」
    「あのね!」

     溜息を吐く涼太に美波は真っ赤な顔で真っ赤な包み紙を差し出した。

    「これ、受け取って!」
    「……。」

     涼太は驚きのあまり、固まった。

    「………。」
    「………。」

     真っ赤な顔をして俯く美波と石像のように固まる涼太は時が止まったかのようにそのままの動作のまま沈黙を保った。

    「――っ!」

     我に返ったのは涼太だった、彼は一瞬殺気を感じ、我に返った。

    「いいのか?」

     涼太はと惑いがちに言うと、美波は顔を上げ満面の笑みを向ける。

    「うん、だって、ずっとお世話になっているから!」
    「…そうか。」

     涼太はようやく笑みを浮かべ、美波から包みを受け取った。

    「開けてもいいか?」
    「うん!」

     涼太は美波から許可を得、そして、包みを開け、再び固まった。

    「これ…は?」

     ねずみ色のそれが涼太の目に映る。

    「うん、腹巻だよ!」
    「……。」
    「リョウくんって、お腹出して寝てそうだから。」
    「……。」

     もし、この時彼が正気だったら「オレはちっこいガキか!」と怒鳴っていただろうが、残念ながら精神的ダメージが大きいのか涼太は立ち直りそうになかった。

    「……。」
    「美波、いい加減に帰ってきなさい。」

     いつの間にか美波を迎えに来た(こっそり覗き見をして涼太の反応を堪能した)智里(ちさと)が美波に声を掛ける。

    「あっ、うん、それじゃ、リョウくん、またね。」

     明るい声で美波はお別れの言葉を言い、そして、涼太を振り返らず、そのまま智里と共に家に帰って行ったのだった。
     そして、一人残された涼太は手にねずみ色の腹巻を持ち呆然と立ち尽くしている所を友梨(ゆうり)と昌獅(まさし)に発見され、彼が正気に帰るまで十分はあった。
     その後、涼太は昌獅に送られ、トボトボと帰路についた。
    その姿はあまりにも哀れで昌獅は帰り道彼に励ましの言葉を言い、家に帰った友梨はどうしてあの時、美波に別の色の毛糸で、別のものを編むように言わなかったのか自分を恨んだ。
     因みにねずみ色の腹巻になったのは…ある魔王の言葉に囁かれていたからで、作ったものは涼太が仕方なく毎年のように着けるのは美波に向ける愛情があったからだった。
     こうして、それぞれのクリスマスは幕を閉じた。

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  • from: yumiさん

    2010年12月22日 16時34分22秒

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    「特別企画!?」
    おまけ2

    「智里(ちさと)ちゃん、機嫌悪いね…。」

     呆れたような声音を出す勇真(ゆうま)は車の運転をしながらこっそり苦笑をした。

    「あら、送り狼って言葉を知っています?」
    「なっ!」

     唐突な言葉に勇真は危うくブレーキを踏みかけた。幸いにも少し揺れただけですんだのだが、それを承知する智里ではなかった。

    「…しっかり運転してください。」
    「……智里お姉ちゃん?」

     冷たい目で見る智里の横に座る美波(みなみ)が首を傾げる。

    「送り狼って?」
    「それは――。」
    「待て、美波、そんなん聞くな!知らなくても大丈夫だ。」

     勇真の隣に座る涼太(りょうた)が慌てて美波を止めた。

    「え〜。」
    「いいんだ。」
    「……。」

     美波はどこか不服そうに顔を顰めているが、取り敢えずこれ以上は聞かれないと思い涼太はホッと胸を下ろす。

    「…昌獅さんが、もし…お姉ちゃんに手を出したのなら、ふふふ。」

     黒い笑みを浮かべる智里に気づいたのは前の座席に座る二人だけだった。

    (昌獅、ご愁傷様。)
    (昌獅、頼むから友梨先輩に手を出さないでくれ、下手をすると美波を守る壁が高くなる!)

     一人はハンドルを握りながら合唱し、もう一人は頭を抱えながら唸っていた。
     そうこうする内に勇真は智里と美波の家の前に着いた。

    「ありがとう、勇真さん。」
    「ありがとうございます。」

     簡単に礼を言う智里と、しっかりと頭を下げる美波は車から降りた。
     そして、もう一人、降りた人物がいた。

    「えっ?涼太、君もかい?」
    「ん、歩いて帰るよ。」
    「そうかい?送るけど?」
    「どうせ、男二人なんて虚しいだけだし、オレが嫌だ。」
    「そうか。」

     苦笑を漏らす勇真に涼太はさっさと歩き始める。
     その時、美波は一瞬躊躇した、だけど、智里が彼女の背を押し、彼女は何かを決めたのか涼太を追った。

    「へえ?」
    「意外ですか?」

     驚きの声を漏らす勇真に智里は目を細め、冷ややかに微笑んでいた。

    「う、うん、まあ……。」
    「ただ単に、あの子が渡すものを受け取る、涼太の顔を見たいと思ったのですよ。」

     クスクスと笑う智里の頭に黒い触角と、触角と同じ尻尾が生えているように思えた、それは例えるなら悪魔のような…ものだった。

    「だってあの子が作っていたものは―――何ですよ?」

     勇真はそのプレゼントを聞き、目を見張った。

    「…それは…。」
    「それはありませんよね?普通プレゼントに選ぶ訳ないものですよね?」

     完全に悪魔になりきっている智里の横で勇真は心から涼太に哀れみの念を送っていた。

    「まあ、どんなものでも喜んでもらえそうだから、どのような反応をするかしらね?」
    「……。」

     さてさて、悪魔と青年はクリスマスだというのに、そのような雰囲気を発してはおらず、それどころか、少女の方は邪悪な気を発していたのだった。

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  • from: yumiさん

    2010年12月22日 16時33分06秒

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    「特別企画!?」
    おまけ1

     友梨(ゆうり)はいつものように昌獅(まさし)に体を預け、彼の運転するバイクに乗っていた。

    「ねえ、昌獅。」
    「ん?」
    「こっち私の家じゃないわよ。」
    「知ってる。」

     昌獅がそう平然というものだから友梨は呆気にとられた。

    「もう、それじゃ、どうするって言うのよ!」
    「ほんの少しくらい寄り道しても大丈夫だろ、俺がいるんだからな。」
    「……。」

     友梨は一瞬「あんたといる方が危険よ!」と思ったが、流石にこれを言って折角のクリスマスが台無しなるのは避けたかった。

    「もう……。」
    「安心しろ、直ぐ着く。」

     昌獅がそう言って五分後、彼はバイクを止め、降りる友梨に手を貸した。

    「ここ?」
    「ん。」
    「……すごい…。」

     昌獅が連れてきたのは、彼女達が住んでいる山地帯の坂の上だった。
     視界いっぱいに光の海が広がっている。
     赤や青…黄色や緑…まるで宝石を訪仏させる色合いだ。

    「赤は赤玉(ルビー)、青は青玉(サファイア)、黄色は黄玉(トパーズ)、緑は翠玉(エメラルド)みたい……。」
    「友梨は何色が好きだ?」
    「う〜ん、基本的には白や青が好き。」
    「基本的?」
    「うん、こうしてみると、それぞれの色のいいところが見えるから、全部の色が好きよ。」
    「そうか。」

     昌獅の首には昨日彼女が渡した暁色のマフラーが巻かれていた。

    「……なあ、友梨。」
    「何?」
    「いつか、お前に宝石をあげるなら、どんなんがいい?」

     真剣な目つきの昌獅に友梨は目を見張る。

    「え、え、え……それは、どんな意味?」
    「結婚…は早いよな、婚約指輪か…、でも、そこまで思い意味じゃないし……。」

     昌獅は眉間に皺を寄せて考えているが、友梨にとっては未来(さき)を約束する印のように思えた。

    「……ねえ、昌獅。」
    「ん?」
    「私はサファイアがいい、そして、貴方はアクアマリンか珊瑚、ブラッドストーンのどれかにして?」
    「どうしてだ?」
    「私の誕生石はアクアマリン、珊瑚、ブラッドストーンと言われているし、貴方の誕生石がサファイアだから。」
    「…いいのか?」
    「うん、私って結構独占欲があると思うから、いいよ?」

     友梨の言葉に昌獅は笑みを向ける。

    「俺には負けると思うが?」
    「そうかもね。」

     クスクスと笑う友梨は昌獅の腕に自分の腕を絡めた。

    「それと、指輪じゃなく、それはネックレスにして?」
    「どうしてだ?」
    「指輪ずっとしている自信が無いの、落としそうだし……。」
    「そうか、確かに指輪はまだ早いな。」

     二人は未来へと約束を交わし、どちらともなく目を閉じそっと口付けを落とした。

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  • from: yumiさん

    2010年12月22日 16時31分51秒

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    「特別企画!?」
    クリスマス(後編)

    「お姉ちゃん、そろそろゲームをしましょうか。」
    「あ、うん。」
    「それぞれ用意したプレゼントを今からそれぞれの場所に隠してください。」
    「しつも〜ん。」

     勢いよく手を上げる美波(みなみ)に智里(ちさと)は嫌な顔をする。

    「智里、そんな顔しないの。何?美波。」
    「隠す場所はどんなとこでもいいの?」
    「何処でもじゃないよ、取り敢えず、お風呂場やトイレ、それに勇真(ゆうま)さんの自室以外ならどこでもいいよ。」
    「う〜む。」
    「涼太(りょうた)くんは質問ある?」
    「ないです。」
    「そう、それじゃ、十分後に、ここに戻ってくる事、よ〜い、スタートっ!」

     そして、各自思い思いの場所にそれぞれのプレゼントを置きにいった。

    〜十分後〜

    「ふ〜、分かるかな?」
    「……また、変な所に置いたのか?」
    「まさか、そんな訳ないじゃない。昌獅(まさし)はどうなのよ。」
    「少なくともお前よりまともだと思う、友梨(ゆうり)。」
    「なっ――ー。」
    「はい、はい、痴話げんかは他所でやってね。」
    「ち、ち……。」
    「痴話げんかと言いたいのか、智里と言いたいのか分からないけど、そろそろ、ゲーム説明の二回目始めるわよ。」
    「う、うん…。」

     智里はそっと周りを見渡した。

    「皆いるわね。それじゃ、年少ペアがまず探してから、その五分後私とお姉ちゃん、そして、その五分後に昌獅さん、勇真さんが探してくださいね。」
    「プレゼントを見つけたら、すぐにこのリビングに戻ってきてね。もし、二個以上見つけても最初の一個だけね。」
    「まあ、被らないように置いたんだから、それはないんじゃない?」
    「そうかもしれないけど、一応言っといても問題は無いでしょ?」
    「そうね。」
    「それじゃ、美波、涼太くん、スタート。」
    「行ってきます〜。」
    「……。」

     美波は軽い足取りで探して行くが、涼太はどこかしぶしぶだった。

    「あの二人は誰のに当たるかな?」
    「さあ。」

     肩を竦める智里をチラリと見た友梨は腕時計を見下ろした。

    *美波・涼太*

    「何処かな〜?」

     ゴミ箱を開けてみる美波に涼太は少し呆れた。

    「おい、おい、そんなとこには誰も隠さねえだろう。」
    「え〜、そうかな?」
    「……お前はまさか、そんなところに隠したんじゃ…。」
    「それはないよ〜、変なリョウくん。」

     涼太は一瞬本気で突っ込もうとしたが、視界の端に何か青いものが見えた気がした。

    「?」
    「どうしたの?」
    「……。」

     涼太はつかつかと歩いていき、そして、置物の隙間で隠れていたモノを取り出した。

    「ふあ、リョウくんすごい。」

     手放しで美波は褒めるが、涼太はそれを取った途端ひやりと悪寒のようなものを感じた。

    「……。」
    「リョウくん?」
    「……何でもない。」

     微かに涼太の顔が青くなっていたが、美波はその事に気付かない。

    「美波、まだ、一緒に居とくか?」

     本当なら涼太は一度リビングに戻らないといけないが、それよりも、美波がドジを踏まないかと心配になった涼太は一応尋ねた。

    「いいの?」
    「ああ。」

     美波が嬉しそうな表情をし、涼太はそっと目を細めた。

    「それじゃ、探すか。」
    「うん。」

    *友梨・智里*

    「あ〜、何で智里がそこにいるのよ。」
    「しょうがないでしょ、向こうに行けば絶対に熱いに決まっているから。」
    「……確かに…、あの子たちって傍から見てたら恋人同士に見えるよね…。」
    「でも、あの子が鈍いから、涼太くんは本当に大変よね。」
    「うん、うん。」
    「まあ、熱いといえば、お姉ちゃんたちも相当よね。」
    「へ?」

     友梨は智里の言葉に目を丸くさせた。

    「……やっぱり気付いていないのね。」
    「……えーと、智里さん、どういう意味でしょうか?」
    「そのまんまよ、美波たちほどじゃないけど、お姉ちゃんたちも十分にお熱いわよ。」
    「……マジ?」
    「マジもマジ、大マジよ。」

     友梨は微妙にショックを受け、よろめいた。
     そして、近くにあったクローゼットに辺り、その上のギリギリに置かれていたそれは友梨の頭目指して落ちてきた。

    「いたっ〜!」
    「…煩い。」

     友梨の大声に智里は顔を顰めた。

    「う〜…本当に痛いのよ。」
    「よかったわね、棚から牡丹餅ならぬ、クローゼットからプレゼントよ。」

     智里は冷めた目でそういうが、友梨としてはもっと穏やかに言って欲しかった。

    「何恨めしそうな顔をしているの?さっさと戻れば?」
    「……分かったわよ。」

     友梨がトボトボリビングに向かって直ぐに智里もプレゼントを発見したのだった。

    *昌獅・勇真*

    「面倒臭い。」
    「そう言うなよ。」

     仏頂面で適当にそこら辺を探す昌獅と微かに楽しんでいる勇真はどう見ても対照的だった。

    「……確か、友梨はこの辺に隠してたな。」
    「……。」

     勇真は呆れた目で昌獅を見ていた。

    「智里ちゃんに怒られるよ。」
    「どうせ、他の連中が見つけてなかったら、俺かお前かになるんだ、別に問題ねえだろ。」
    「……。」

     これも独占欲というのかと、勇真は思わず天井を見上げた。

    「………………誰かな?」

     天井に貼り付けられた箱に勇真は呆れていた。
     そして、その間に昌獅は目当ての友梨のプレゼントを見つけた。

    「そんじゃ、戻るとするか。」
    「……はあ、アレはおれが取らないといけないのか。」

     勇真は一人肩を落とし、脚立をとりに行った。



     そして、全員が揃ったのは開始されて一時間だった。因みに一番遅かったのは美波と涼太だった。

    「見つかったのね、遅かったから心配したよ。」
    「……遅いわよ。」
    「……。」
    「お疲れ、涼太くん。」

     嬉しそうな美波と疲れきった顔をした涼太にそれぞれの言葉がかけられた。

    「さ〜て、皆さん空けましょうか!」

     友梨はそう言って自分の包みを開けていった。

    「うわっ!写真立てだ、綺麗な青……。」
    「それはオレのです。……げっ…。」
    「ゲッとは何かしら、とても素敵でしょ?呪い道具一式。」
    「……。」

     智里以外の皆様から、涼太は合掌されました。

    「あっおれのはコップか……。」

     勇真は話をそらせるため、自分の包みを開け中に入っているなんとも渋めのコップに苦笑を漏らす。

    「あっ、それあたしです。」
    「…渋い趣味だな…俺のはへ〜、万年筆かいいな。」
    「あっ!それ昌獅に当たったんだ〜。」
    「ふえ……。」

     今にも泣き出しそうな声に皆は驚く。ただ、それを仕掛けた犯人だけはしまったと言う顔をした。

    「うわっ…これ、私だったら引く…。」

     友梨も美波と同じ嫌悪の顔をして、その人物はさらに顔を引き攣らせる。

    「昌獅さん?」
    「…悪い。」

     昌獅が持って来たものは髑髏のブレスレットだった。彼は隠す場所がかなり高い位置に置いたので男にあたると思いこんでおり、問題ないと思っていた。

    「美波、交換……できねえな。」
    「うん。」

     涼太は親切で取り替えることを申し出ようとしたが、残念ながら呪う道具一式など美波に渡せる訳などないのだった。

    「仕方ないわね。」

     智里は自分のあけていない包みを美波に押し付け、そして、髑髏のブレスレットを変わりに貰う。

    「いいの?」
    「ええ、どうせ、勇真さんが選んだものだからかなりましでしょ?」
    「ありがとう。」

     美波はうきうきしながら若草色の包みを開け始めた。

    「うわ〜。」

     感嘆の声を出した美波が取り出したのは、包みと同じ鮮やかな若草色のマフラーだった。

    「へえ、綺麗な色ね。」
    「うん、嫌味が無いわ。」

     二人の姉妹が若草色のマフラーを褒めた。

    「ん?ああ、もうこんな時間かよ。」
    「あっ、本当だ……もう九時だ。」
    「それじゃ、お開きね。」

     友梨や智里だけならば、間違いなくお開きではなかっただろうが美波や涼太はまだ中学生なので、流石に遅くまでは無理だった。
     こうして、楽しい祭りに幕が閉じたのだった。

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  • from: yumiさん

    2010年12月22日 16時28分59秒

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    「特別企画!?」
    クリスマス(前編)

    「メリークリスマス。」
    「「「「「メリークリスマス。」」」」」

     友梨(ゆうり)がグラスを掲げると、それに合わせて全員がグラスを掲げる。

    「友梨、そっちのアレをとってくれ。」
    「いくつ?」
    「三。」
    「そう、分かったわ、ああ、昌獅(まさし)そっちのあれを六つに分けてくれる?」
    「オッケー、やっとく。」
    「……すげえ会話。」
    「そうだね〜。」

     まるで長年連れ添ってきた夫婦のような会話に涼太(りょうた)と美波(みなみ)は感心したように見ていた。

    「美波。」
    「な〜に?」
    「そっちのソース取ってくれるか?」
    「赤いやつ?」
    「いや、緑だ。」

     なかなか友梨たちのようにうまく意思疎通できない二人だが、それでも、初々しく可愛らしいカップルに見える。
     さて、それを少し離れたところで智里(ちさと)は冷めた目でそれを見ていた。

    「………。」
    「智里ちゃん、楽しんでいるかい?」
    「ええ、それなりに楽しんでいますよ。」

     智里はクスリと冷笑を浮かべ、グラスに入っている飲み物を飲む。

    「そういう勇真さんはどうなのかしら?」
    「おれ?おれもおれなりに楽しんでいるよ。」
    「そう。」

     智里はフッと溜息を一つ漏らす。

    「どうしたのかな?」
    「去年の今頃は互いに知り合っていなかったのかと思うと、何か不思議で。」
    「そうだね。」
    「まあ、お姉ちゃんと昌獅さんなら、もしかしたら、あの時じゃなくても自然に引き寄せられているような気がするわね。」
    「そうだね。」

     智里の言う通り友梨と昌獅は何かしらの縁が強く感じた。今まではただ会う期間じゃなかったから会えなかった。だけど、一度で会えば二人は引き合う、そんな関係のような気がする。

    「それを言えば、美波たちもそうかもしれないわね。」
    「そうだね。」

     美波と涼太は互いに違う学年だし、接点は友梨たちに比べればかなり少ないと思われるが、多分美波の天然とドジの所為でいつか二人は出会っていただろう。

    「それにしても、お姉ちゃんたらもっとおしゃれすればよかったのに…。」

     智里はやや不満げにそう言った。まあ、それも当然といえば当然だろ。友梨の格好はいつものようにジーパンと少し飾りのついたシャツだけだった。
     一方、智里や美波はまだおしゃれな方で、智里は黒を基調としたシックなワンピースで、美波は赤色のふんわりとした感じのワンピースに緑色のリボンで髪を結っていた。

    「まあ、それを言うんだったら昌獅も同じじゃないか。」

     苦笑を浮かべる勇真に智里は姉とその恋人を見た。
     確かに勇真がいうように昌獅もあまりおしゃれをしていない、それどころか、いつもよりも服が皺だらけのような気がしなくも無い。

    「………。」



     一方見られているとは気付いていない友梨たちの会話――。

    「昌獅…、昨日はどうだったの?」
    「……。」

     昌獅は昨日の事を思い出したくも無かったのか、苦い表情を浮かべた。

    「……やっぱり、飲まされたわけ?」
    「ああ。」
    「昌獅って一応お酒は強いけど…顔に出ないから際限なく飲まされるよね。」
    「……。」

     友梨も一度大学の合格祝いとして、昌獅の先輩たちと食事に行った事があった、因みにその時、友梨もお酒を飲まされそうになったが、横に座っていた昌獅がそれを無理矢理奪って一気に飲み干したのだった。

    「昌獅…やっぱり、帰った方が……。」
    「大丈夫だ。」

     昌獅はいつもよりも弱弱しい笑みを浮かべる。智里や美波、勇真、涼太のだれも、昌獅の体調が思わしくない事を似気付いていないが、ただ一人友梨はそれを一発で見抜いた。

    「無理はしないでよ。」
    「ああ。さすがにまた酒を飲まされるのは勘弁だが、この面子じゃ大丈夫だろ?」
    「まあ、そうね。」

     友梨も智里もどちらかと言えばルールを守る方なので、やはり未成年のうちは酒には一切手を出さない。
     それに、このメンバーの中で酒を飲んだらまだ、中学生の美波や涼太に悪影響を及ぼすだろう。

    「昌獅、それでも、調子が悪くなったらすぐに言ってよね。」
    「分かってるさ。」

     昌獅は苦笑を浮かべ、友梨の頭を軽く撫でた。

    「そう言えば、友梨はこのパーティ用にどんなプレゼントを買ったんだ?」
    「ひ・み・つ。」

     クスクスと笑い出す友梨に昌獅はまさか、友梨が変なものを買ったのではないかと疑わしいような目つきをした。

    「……なによ、その目は。」
    「お前が変な事を言うからだろうが。」
    「変って!」

     友梨は昌獅の腕を掴み服の上から容赦なく抓った。

    「――っ!」
    「だって、誰にあたるか分からないのに、言える訳ないでしょうが。」
    「……。」

     本当かよ、と疑わしい目をする昌獅に友梨はヒクリと口角を上げた。

    「昌獅…。」
    「なんだよ。」
    「あんたは私をどういう目で見ているのよっ!!」
    「いだっ!」

     昌獅の背中に友梨の回し蹴りが鮮やかに決まる。

    「お、お前な…。」
    「あんたが悪いんでしょうが。」

     冷めた目で見下ろす友梨はフッと微笑んだ。

    「今日は皆で楽しまなきゃいけないから、これだけで済むけど、明日は許さないからね。」

     殺気立つ友梨に昌獅は微かに自分が失礼な事を言ったのかな、などと思っていた。

    「分かった、分かった。」

     昌獅は溜息を一つ吐いて痛む背中を擦りながら立ち上がった。



    「ふああ…友梨お姉ちゃんすごい蹴り〜。」
    「……昌獅何言ったんだ?」

     美波と涼太は偶然友梨の回し蹴りと見てしまい。それぞれの感想が漏れた。

    「まあ、くだらねぇ事に決まっているか。」
    「リョウくん。」

     涼太が美波を見ると、美波は微かに目くじらを立てていた。

    「な、何だ?」

     涼太は表面的には何も変わっていなかったが、その代わり裏側ではかなり狼狽していた。

    「くだらないって、失礼じゃない。」
    「……。」
    「だって、友梨お姉ちゃんは、智里お姉ちゃんに比べたら手を出さないんだよ。」
    「……。」

     涼太は家族内ではそうでも、多分昌獅と友梨の関係ではそれはあまり当てはまらない気がした。
     美波は知らないが、涼太は何度も昌獅が涼太でも失礼だと思う事を口にして、友梨に叩かれたり、けりを入れられているところを目撃していた。
     それは、二人にとって当然のような感じなのか、昌獅は特に怒らないし、友梨だってやりすぎたと思ったらちゃんと謝っている。
     まあ、あれが彼らの愛情表現だと思えば、涼太はもう呆れる事しか出来なかった。

    「……まあ、そう思っとけよ。」
    「……?」

     涼太は自分の見た事を言おうかと一瞬迷ったが、そんな事を口にすればあっという間に体力がなくなってしまう気がしたので止めた。
     一方美波は小首を傾げ、先程まで纏っていた怒気がなくなっていた。

    「……美波。」
    「な〜に?」
    「……これやるよ。」

     涼太はポケットに手を突っ込み、綺麗に包装されたものを美波に手渡した。
     それを受け取った美波はまじまじとそれを見詰めた。それは美波の片手に収まるような大きさで、ラッピングは少女が喜びそうなピンクと可愛らしいリボンで飾られていた。

    「何?」
    「開ければ分かる。」
    「?」

     美波は不思議がりながらも、そっと、中のものを取り出した。

    「うわっ!」
    「……。」

     美波の感嘆の声に涼太はホッと息を吐いた。
     美波が手にしているのは小さな花の飾りがついたバレッタだった。
    その品は涼太が何時間も選んで選び抜いたものだ。これを買うのに店に入る勇気も必要だったし、店員さんが色々と親切に話しかけてくれたが、それでも、女物のプレゼントを買うのに苦労したのだ。

    「リョウくん、リョウくん。」

     美波が服の裾を引っ張るので、涼太は彼女を見詰めた。

    「どうした?」
    「あの、本当にいいの?」
    「ああ、お前にやるために買ったんだからな。」
    「ありがとう。」

     満面の笑みを浮かべる美波に涼太は内心でガッツポーズをとるほど、本当に嬉しそうでいつもなら表にも出ないもだが、今回ばかりは優しげに微笑んだ。

    「お前に似合うと思うんだが…。」

     美波はニッコリと微笑み、髪を結っていたリボンを解いて、軽く髪を編み、バレッタで髪をまとめた。

    「どうかな?」
    「ああ、似合っている。」

     涼太は目を細め、美波の髪を飾るそのバレッタを選んで正解だったと、そっと、美波の編まれていない下ろした髪に触れた。

    「綺麗だ。」
    「……。」

     涼太の心からの言葉に珍しく美波は頬を紅く染めた。

    「ありがとう……。」

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