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  • from: jun_zoさん

    2007年03月09日 21時36分35秒

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    女性観(第6回)

     上は、新宿美術研究所で画いた素描。10分ポーズでした。
     さて、拙文を続けます。間違っている点など、ご指摘のほどよろしくお願い申し上げます。
     
     (以下、続き)
     カラヴァジョは1571年に生まれ、1610年に熱病が原因で亡くなっている。殺人罪でローマ政府に追われ、逃亡生活を送りながら次々に名作を生み出す。画家、バリオーネを中傷した罪で投獄されたり、マルタ騎士団に入団したり波乱万丈の38年間の人生だった。
     その作品は、光と影の強いコントラストで構成されたものが多い。素描がほとんど残されていないことから、キャンバスに直接描いていったと考えられている。モデルにカンデラの光を当て、明暗の効果を描写したともいわれている。
     それまでのマニエリスムの画家と大きく違う点は、徹底した写実主義だ。聖書に出てくる奇跡の場面をただ理想的に描くのではなく、その聖なる舞台に当時の庶民の姿を描き入れている。一説によれば、娼婦をモデルにしたり、墓場から死体を掘り出してモデルにしたりしたという。
     カラヴァジョは、反宗教改革派に軸足を置いた画家だった。当時、宗教改革の激しい流れに対抗するため、対抗宗教改革派は、教会に民衆をつなぎとめるために聖書の内容をそれまで以上に説得力のあるかたちで提示していく必要に迫られた。そんな中、カラヴァジョの絵画は、多くの人々にとって聖書の世界がいかにも自分たちの身近にあるように実感させる力を持っていた。
     聖書に出てくる奇跡や聖者の殉教の場面などを中心に描いたカラヴァジョの作品に登場する女性には、ティツィアーノのような官能的な要素はほとんどない。聖母や聖女にしても、豊満な肉体を強調するような表現にはなっていない。

     カラヴァジョの表現手法は、カラヴァッジェスキと呼ばれる画家たちに受け継がれていったが、カラヴァジョも含めて風俗画家とみなされ、必ずしも高い評価を受けたわけではなかった。
     しかし、時代が下り研究が進むに連れ、その影響がドイツ・フランドル地方、フランス、スペインにまで及んでいるようすがしだいに明らかになっていった。近年、カラヴァジョ研究が大変盛んになっているそうで、これからまだまだ新しい事実が発見されるものとみられている。

     さて、次回からもう一度、「豊かな体形」に話をもどそう。イタリアからオランダへ…。北方のヴァザーリと呼ばれた野心家ファン・マンデルとその流れを汲むレンブラントへと話題を続けたい。

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