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弥生の河に言の葉が流れる

弥生の河に言の葉が流れる>掲示板

公開 メンバー数:7人

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  • from: yumiさん

    2010年08月04日 14時18分18秒

    icon

    お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱

    1(?)
    「………チサト〜。」

     少女は堆く積みあがった書類の山の辛うじて空いているスペースにうつ伏した。

    「……何?お姉さま。」

     冷ややかな視線を送るもう一人の少女は羽ペンをすらすらと滑らし、書き終わった書類を置いていく。

    「早くしませんと、何時まで経っても終わりませんわよ。」
    「でも〜……。」
    「でも、だってもありません。」
    「……。」
    「お姉さまがしなくては何時まで経ってもこの書類はなくならないのですよ。」
    「……。」

     お姉さまと呼ばれた少女――ユウリは小さく溜息を吐き、口先を尖らせた。

    「……私だって好きでこんな事したくないのに…。」
    「それは、お姉さまがタカダ家の御当主なのですから仕方がありませんわ。」

     しれっと言う、羽ペンを走らせる少女――チサトは急に手を止めた。

    「もうこんな時間ですか。」
    「へ?」

     ユウリが不思議そうに首を傾げた途端、この部屋の唯一の出入り口であるドアからノックが聞こえた。

    「どうぞ。」

     静かな声でチサトが促すと、中に二人の男性が入って来た。

    「お嬢様方、お茶の時間です。」
    「そう、ユーマ、わたしは外で飲みたいから、悪いけどもってきてもらえる?」
    「分かりました、チサトお嬢様。」
    「ち、チサト?」
    「それでは、お姉さま、また後でお会いしましょうね。」

     優雅な動きでチサトはさっさとユーマを連れて外に出て行った。

    「………。」

     残されたユウリともう一人の執事――マサシは互いに顔を見合そうとはしなかった。

    「……お嬢様。」

     マサシの完全な棒読みにユウリは溜息を吐いた。

    「敬語とか苦手なんでしょ、二人だし、別にいいんじゃない?」

     ユウリはきっとチサトがワザと二人を置いていったと思っている、それは彼女の読みどおり当たっているが、その事はきっと彼女は知りたくもないだろう。

    「そうだな、お前の妹もそう思ってあいつを連れって行ったんだろうしな。」
    「……。」
    「それにしても、よくこんなにも溜めたな。」

     マサシはユウリの机の上に乗る書類を見て、呆れたような溜息を吐いた。

    「溜めたんじゃない、今日届けられた分よ!」

     ユウリはマサシを睨みつけ、そして、机の上に再びうつ伏せる。

    「ほら、手伝ってやるから紙を寄こせ。」
    「……。」

     ユウリはマサシの目の前に紙の束を置き、彼はそれ見た途端苦笑を漏らした。

    「容赦ないな。」
    「軽いものでしょ?」
    「違いないが、それでも、手加減しろよ。」

     ユウリとマサシは口を動かしながらも、手も同時に動かし、先程チサトが手伝った時よりも早く二人は書類を片付けていった。

    「……ねぇマサシ。」
    「ん?」
    「お客さんが来たみたいね。」
    「ああ、そうだな。」

     ユウリとマサシは同時にペンを机の上に置き、立ち上がる。

    「……私は書類を片付けるより、こっちを片付ける方が性に合っているのにな。」
    「仕方ないだろ、お前は長女なんだしな。」
    「一体誰が決めたのかしら、長女が後を継ぐって決まり。」
    「さあな。」
    「有能順だったら、私じゃなくチサトがなっているはずなのに。」
    「諦めろよな。」

     マサシはいつの間にか手には剣を持っていて、それを持っていない反対の手でユウリの頭を撫でた。

    「そりゃさ、仕方ないと思うよ。」
    「それなら、諦めろよ。」
    「……。」
    「何だ?まだ何か言いたいのか?」
    「うん。」

     素直に頷くユウリにマサシは苦笑を漏らす。

    「言ってみろよ。」
    「さっき、こっちを片付けるほうが性に合っているって言ったけど、仕事場で片付けるのだけは勘弁したかったわ。」
    「ああ、同感だな。」
    「どうする?移動する?」
    「もう遅い。」

     マサシのその言葉とともに窓ガラスが割れた。

    「ああ、掃除が大変なのに。」
    「そうだな、あとでリョウタにでも任せるか。」
    「貴方が片付けなさいよ。」
    「俺は戦う、ユーマはチサトお嬢様を守っている、あいつは遊んでいる。」
    「あら、ミナミを守るのは遊んでいるって言うの?」
    「ああ。」

     敵が居るというのにも拘らず雑談を続ける二人に敵の方が怯んでしまっている。

    「おい…。」
    「ミナミを守るのは重要な役目よ。」
    「まあ、そうだが、優先順位はお前が先だろ?次期当主さんよ。」
    「もう、好きで当主になる訳じゃないって言っているでしょうが。」
    「おい、貴様ら、こっちを無視するな!!」

     いい加減敵の方が痺れを切らしたのか、怒鳴ってきた。

    「本当に、今回の刺客は短気ね。」
    「同感。」
    「こんなんじゃ、あっさり勝てそう?私の執事さん?」
    「ああ、俺のお嬢様。」

     クスクスと笑うユウリにマサシは冗談めかして言うが、瞳は本気だった。

    「さて、ゲーム・スタート。」

     ユウリのその言葉と同時に、ユウリとマサシは同時に床を蹴った。

    「な、何!」

     何処からどう見てもか弱い女性と、寡黙そうな男性は非戦闘員にしか見えなく、だけど、二人の動きはどう見ても訓練を受けた手練の動きだった。
     敵は全員を合わせても四人、ユウリはそのうちの一人に回し蹴りを喰らわせた。

    「何っ!」

     男は何とか蹴りをガードするが、ユウリは続いて邪魔なドレスの裾を持ち上げ、その下に隠していたナイフを抜き取った。

    「ユウリ、そんなところに武器を隠すなと――。」
    「あら、丸見えの所に隠すよりは警戒心を与えなくて丁度いいのよ。」
    「……。」

     女としての嗜みは何処に行ったと、マサシの顔に書かれているが、ユウリはそれを軽く無視する。

    「さ〜て、何分で片付ける?」
    「三分。」
    「分かったわ。」

     ユウリは笑みを浮かべた瞬間、一気に敵に切りかかった。
     その動きはどう考えてもドレスを着た女性の動きじゃなかった。

    「それにしても、こんな意外な事にダンスの練習が役立つなんてね。」

     ユウリは優雅なステップを踏むようにドレスの裾を捌ききった。

    「練習しといてよかっただろ?」
    「ええ、ありがとうね、マサシ。」

     ユウリは最近まではどうもダンスが苦手で――といっても貴族が踊るようなワルツなどが苦手で、町の娘たちが踊るような気さくなダンスは得意だったりする――そして、苦手なダンスの方はマサシに教わり、最近では姉妹の中で一番うまかったミナミよりもかなり上達していた。

    「さて、後二人。」

     マサシの方も手馴れているのか、あっという間に一人を気絶させ、二人目と剣を交えていた。

    「私もやらないとね。」

     ユウリは笑みを浮かべ、残る一人に向かって床を蹴った。

    「くっ……。」

     最後の一人はユウリが思っていたよりも強く、ユウリのナイフは全て防がれてしまう、しかも、悪い事にユウリの息が上がり始めていた。

    「もう終わりか、お嬢さん。」
    「まだ、まだっ!」

     刹那、強がりを言うユウリはとうとう壁際に追い詰められてしまった。

    「く……。」
    「ゲーム・オーバーだ。」

     男がそう言うと持っていた剣をユウリに向かって振り下ろした。

    「――っ!」
    「……。」

     しかし、男の刃がユウリを切りつける事はなかった、何故ならユウリの手には飾り用だとはいえ確かに剣を握っていたのだ。
     実はユウリは先程壁際に追い遣られたのはワザとだった。壁際には装飾用の剣が飾られており、ナイフしか持って居ないユウリには丁度いい武器だったのだ。

    「これで、五分かしら?」
    「いいや、俺たちの勝ちだ。」

     マサシの声がユウリの問いに答えた。そして、次の瞬間ユウリと戦っていた男の体が大きく傾いだ。

    「……もう、マサシったら。」
    「……片付けたんだから、文句言わねぇの。」
    「だって〜……。」

     ユウリは微かに文句を言い、だけど、その目は笑っていた。

    「そんじゃ、場所移動して、茶でも飲むか?」
    「ええ、そうね。」

     ユウリが頷くとマサシは持って来たワゴンをそのまま押していく。

    「天気がいいから、外にする?」
    「そうだな。」

     ユウリはくるりと振り返り、そして、冷め切った目で刺客たちを見た。

    「ゲーム・オーバー。」
    「……。」

     まだ男たちは意識があるのか、悔しげに顔を歪ませた。

    「私は誰にもやられる訳には参りません。もし、今度貴方がたの主が私たち姉妹を襲えというのなら、貴方がたの主ともども潰しに参ります。」
    「ついでに今ならてめえらの腕の一本や二本折ってやってもいいぞ。」

     物騒なことを言う主従コンビに刺客たちは最後の力を振り絞って逃げ出していった。

    「……。」
    「……。」
    「本当によかったのか?」
    「何が?」
    「あいつらを逃がした事が。」
    「あ〜、その事?」

     ユウリは笑みを浮かべ、う〜ん、と言いながら背伸びをする。

    「いいの、いいの、どうせ何処の刺客か分かってるし。」
    「まあな。」

     マサシも大体予想がついているのか頷いた。

    「お人よし。」
    「私はいくらでも襲われてもいいのよ。」
    「……。」
    「だけど、チサトやミナミには手を出してほしくないから。」
    「まあ、お前が妹思いなのはガキの頃から知っているが、たまには俺ら執事を頼れよ。」

     ポンと頭を叩かれ、ユウリは一瞬ぽかんと間抜け顔で呆けるが、すぐにクスクスと笑い出した。

    「なんだよ。」
    「だって、執事の仕事はそんな事まで入ってないよ。」
    「俺らは特別だろ?」
    「ふふふ、そうね。」

     ユウリはくるりとその場で回り、淡くマサシに微笑んだ。

    「それじゃ、私の執事さん、これからもよろしくお願いしますね。」
    「ああ、守ってやるよ。」

     ユウリはまるで女神のように慈愛で満ちた微笑みをマサシに送る。
     それはまるで、自分の唯一の例えば半身、伴侶、恋人、そして、片思いの相手でも見るように優しく、そして、何処となく切ない笑みにも感じた。

    「あの言葉は言ってくれないのね。」

     ユウリの言葉はあまりに弱弱しく、本来なら誰の耳にも届いていないはずだったが、彼の耳にはしっかりと聞こえていた。

    「その言葉は、まだ言えないさ。」
    「えっ……。」
    「でも、ちゃんと言ってやるよ。」
    「……いつ?」
    「分からないが、俺が一人前になって、そんで、お前が当主になる前には絶対言う。」
    「マサシ……。」
    「だから、待ってくれるか?」
    「うん…待つよ。」

     こうして、二人の約束は交わされて、そして、彼の言葉道理になったのかは、彼らだけしか知らない。

    あとがき:10000人突破記念の小説です。お嬢様(友梨・智里・美波)と執事(昌獅・勇真・涼太)が繰り広げるストーリーですが、美波と涼太は名前だけしか出ていませんね……。
    こちらの小説は拍手をしていただかないと続きを書く予定はありません。
    お手数ですが、よろしくお願いします。
    次回は20000人突破に向けて頑張りたいです!?

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    マナ

コメント: 全37件

from: yumiさん

2011年10月13日 14時55分08秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・38・

「おい、何二人でお喋りしているんだ。」
「「…………はぁ。」」

 すっかりその存在を忘れられた男たちに対し、ユウリとマサシは同時に溜息を一つ零した。

「すっかり忘れていたわ。」
「同感。」
「それにしても、ランクで言えばどのくらい?」
「Dだろ?」
「あ〜、やっぱり〜、前に戦ったAよりもずっと弱いものね。」

 ユウリは少し前に戦った連中を思い出し、クスリと笑った。

「それにしても、Aを倒したのに、今更D?私たちを甘く見すぎよね。」
「だな、Dだったらあのガキの練習相手に持って来いだろうな。」
「え〜?リョウタくん?可哀想じゃない?」

 ユウリは最近入って来た少年の姿を思い出し、同情の目をする。

「平気だろ?俺があいつの事なんて戦いに明け暮れてたぞ。」
「……。」

 ユウリは、それはマサシだから、とか言いたかったが、彼の置かれていた環境を直ぐに思い出し、結局その事に関しては口に出せなかった。

「ミナミの専属の執事なんだからあんたは口出しできないわよ。」
「そりゃな、俺だってお前の専属の執事見習いだしな。」
「分かっているんならいいけど。」

 ユウリは肩を小さく竦め、敵を見遣る。

「あんまりリョウタくんを虐めないでね?」
「……。」

 不機嫌そうなマサシにユウリはニッコリと微笑む。

「何でだよ?って顔してるわね。理由は簡単、リョウタくんが未来の私の弟になるからです!」
「……。」

 マサシは溜息をこっそりと吐き、気持ちを切り替える。

「馬鹿にするなガキどもっ!」
「……。」

 行き成り突進してきた男にマサシはその攻撃を受け流し、逆に反撃を仕掛ける。

「ぐっ……。」
「あ〜っ!私の獲物。」
「獲物ってお前……。」

 呆れるマサシだったが、次々と襲ってくるものだから、これ以上何も言えなかった。

「ふっ!」

 ユウリは次々と男たちに向かって短刀を投げ、男たちはその短刀によって痛手を負った。

「……くそっ、こんなガキどもに。」
「ふんっ!」

 ユウリは倒れこみ、武器に手を伸ばす男に容赦なくその足で踏みつける。

「ぐっ!」
「お生憎様、私たちはただのガキじゃないわ。」
「……。」
「何度修羅場を潜り抜けたかしら……、そんな私たちにSランクではなく、よりによってDランクの人間を遣す?」
「おれらは弱くはない。」
「確かに、普通の人間よりは毛が生えたくらいには強いけど、それだけ………多くの修羅場を潜り抜けたマサシに勝てるはずが無いわ。」

 最後の方の言葉はかなり小さく男には聞き取れなかったようだ。

「あっ、マサシ鼻押さえて!」

 急に訳の分からない事を叫ぶユウリにマサシは反射的に鼻を押さえた。

「行くわよっ!」

 ユウリはポケットから、何か真っ白い球体のものを取り出し、人の悪い顔で笑っていた。

「チサト特性、丸秘煙幕!」
「――っ!」

 マサシは己の耳を疑いたくなった、しかし、彼の目はしっかりとユウリの持つそれに書かれている「チサト」の文字が見え、顔が青くなる。

「えいっ!」

 マサシは念には念を入れ、目を閉じ、呼吸をできるだけ抑えた。

「………ん〜、大成功!」

 バタバタと倒れる大人たちに、ユウリは満足げに微笑んだ。

「…お前なっ!」

 煙幕が晴れ、マサシはユウリに怒鳴りつける。

「なんつー、危ないもんをっ!」
「え〜、試作品だし。」
「なお悪い!」

 よりによって試作品を投げるユウリにマサシは眩暈を覚えた。

「大丈夫、大丈夫。」
「何がだっ!」
「チサトだって、人殺しにはなりたくないし、よくて半殺しだって。」
「……。」

 確かにあのユウリの妹なら言いかねない、というより、やりかねない。

「…それでも、簡単に使うなよ…こっちの寿命を縮ませる気か。」
「そんな事ないよ。」
「……どうだか。」

 マサシは溜息を一つ吐き、延びている男たちの持ち物を探る。因みに、ユウリもマサシと同じ様に探っている。

「う〜ん、身元が分かるものは流石に…………。」
「あるはずが………って。」
「「あったっ!」」

 二人は同時に同じものを見つけ、呆れた顔をする。

「馬鹿じゃないのこの人たち。」
「三流だと思ったが、それ以下じゃねぇか。」

 二人は彼らの身元が分かるものを、かき集め、持参している袋に詰め込む。

「帰ってから、チサトに見せましょ。」
「ああ、あいつなら、調べたら直ぐに潰してくれそうだからな。」
「そうね……ってマサシ。」
「何だよ。」
「チサトの事あいつって言っちゃ駄目でしょ。」

 メッと指を立てて叱るユウリだが、マサシは突っ込む場所はそこかよと呆れる。

「そうじゃないと、呪い殺されるよ。」
「………………。」

 冗談か、そうでない言葉に、マサシは顔を引き攣らせた。確かにあのタカダ家次女だと、間違いなく自分が気に入らなかった人物を呪っているような、気もしなくはない。

「……お前、心臓に悪い事をさらりと言うな。」
「えっ?」

 マサシの疲れきった顔の理由など全く知らない、ユウリは可愛らしく小首を傾げた。

「……お前らしいけど…頼むから気付くか、それを言わないように気をつけてくれ。」
「何が?」
「……駄目だこりゃ。」

 マサシは小さく肩を落とし、溜息を零した。

あとがき:お嬢様パロは本当に凄い…、早く終わらせたいけど、無理かもしれませんね…(苦笑)。

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from: yumiさん

2011年10月12日 11時17分17秒

icon

「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・37・

 ユウリとマサシの強さは半端なかった。

「こ、こいつら、強い。」
「当然でしょ?」
「だな。」

 不敵に見下ろすメイド服の少女と執事専用の服の少年に男たちは冷や汗を流す。

「当家のお嬢はどこにいる……。」
「……。」
「……。」

 男の言葉に二人は互いに顔を見合わせた。
 それもそうだろう、彼らの目の前にいるメイド服の少女こそ、タカダ家の第一継承者のユウリなのだから。

「…ねぇ、こういうのって、馬鹿正直に答えてもいいの?」
「良くはないだろうが、狙ってる奴が誰なのか知らないのも問題だな。」
「何こそこそしているんだ!」

 二人は内緒話をするように互いの耳に耳打ちをしていたのだが、男たちにはそれが気に食わなかったようだ。
 二人は男たちの怒声を聞いて、黙り込む。

「……。」
「……。」
「何か悲しいわね。」
「だな。」

 二人は肩を竦めるが、ふっと、ユウリは悪戯を思いついた子どものように顔を輝かせた。

「ユウリさん?」
「ふふふ。」

 ユウリの表情が変わった事に気付いたマサシは嫌な予感を感じながら、ユウリの名を呼んだ。

「ちょっとお芝居しよっか?」
「はぁ?」

 間抜けな声を上げるマサシにユウリはニヤニヤと笑い続ける。

「だって、ここまで気付かないんだったら、私がだなんて思っていないでしょうね?」
「…確かにそうだが…。」
「じゃ、メイドという事で。」
「…………いいのかよ?」
「いいでしょ、どうせ気付かないあいつらも悪いし、それに私だってただ観戦するつもりはないんだしね。」

 ユウリらしい言葉にマサシは肩を落す。
 絶対に止められない、この娘がこんな事をいう時は絶対に止めた方が面倒な事になるだろうし、その上止められる自信が無い。

「本当にお前って執事泣かせのお嬢様だな。」
「あ〜ら、マサシだってお嬢様泣かしの執事見習いじゃない。」

 結局はどっちもどっちという事だ。

「さ〜て、いっちょお嬢様のためにやりますか。」

 袖をたくし上げるユウリにマサシはげんなりとなる。

「程ほどにしとけよ……。」
「え〜、や・だ。」

 語尾に絶対ハートマークがついてそうなユウリの言葉にマサシは顔を引き攣らせる。

「だって〜、折角の時間を邪魔されたんだよ〜。」
「……。」
「ちょっとお仕置きが必要でしょ?」
「恐ぇな……。」
「そんな事はないでしょ?」

 本気で顔を強張らせるマサシと嬉嬉として微笑んでいるユウリの姿はある意味異様で、敵である人たちは何故かユウリの笑みを見てぞっとした。

「どうやって料理しようかな?」
「恐ろしいな……。」

 舌なめずりをしながら、男たちを睨んだ。

「お嬢様に手を出すやからはこのわたくしが成敗して見せましょうか?」
「………はぁ、こうなるなるんだな。」

 完全に戦闘モードに入っているユウリにマサシは溜息と共に武器を構えた。

「行くわよ、マサシ!」
「本当にお前って人使いが荒いよな。」

 一気に突進していくユウリにマサシは援護しながら駆け出した。

「はあっ!」
「ふっ!」

 二人はいつも通りのコンビネーションで戦っているのだが、それを知らない敵は何で侍女と執事がこんなにも強いのかと困惑している。

「マサシ、何に倒す?」
「…お前が零した数だけ。」
「もう、そんな意地悪いわないでよ!」
「意地悪じゃねぇよ。」

 呆れるマサシにユウリは頬を膨らませる。

「私一人で全員倒すといったら?」
「…お前…それ本気でやりそうだな……。」

 ユウリの言葉が冗談なのか本気なのかは分からないが、どちらにしても、危険であるというのには変わらない。
 もし、本気ならば間違いなく彼女は怪我を負ってもその通りにやるだろうし、冗談だとしても彼女の事だ半分くらいはつぶすつもりなのだ。

「うん、本気よ。」
「…………。」
「せめて三分の一くらいにしろ。」
「え〜。」

 不満そうな声をだすユウリにマサシは軽く睨んだ。

「六人しかいないのに?」
「それでもだ。」
「やだ〜、半分は?」
「だめだ。」

 譲歩すれば絶対付け上がるユウリだから、マサシは彼女を止める。

「お前は二人だ。」
「え〜。」
「え〜、じゃない、いいな?」
「もう……。」

 ユウリはマサシが譲らないと分かったのか、不服そうな顔で肩を竦めた。

「分かったわよ。」
「…本当に分かってういるのか?」

 訝しがるマサシにユウリは半眼になる。

「酷いわね。」
「お前がいつも、いつも俺の予想を超えるような事をやらかすからいけないんじゃねぇかよ。」
「そんな事ないわよ!」
「どうだかな。」

 マサシは過去のユウリの行動を一つ一つ思い出し顔を顰めた。

「もう!そんな顔しないでよ!!」

あとがき:久方ぶりの戦闘シーン…。ついでにお嬢様パロも久し振りですね…今年の五月……かなり前ですね……。

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from: yumiさん

2011年05月06日 11時00分24秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・36・

「謝るなよ。」

 マサシは溜息と共にその言葉を吐いた。

「……お前は本心で言ったわけじゃないんだろ?」
「マサシ……。」
 ユウリはようやく顔を上げた。

 その顔は涙でグシャグシャになっており、しかも、目は腫れ赤くなっている。あまり可愛いとはいえない顔なのだが、マサシはその顔を愛しく思った。

「ほら、泣くなよ。」


 マサシはユウリに近付き、その涙を拭った。

「これ以上泣いたらブスになるぞ。」
「……マサシの意地悪。」

 ユウリは唇を尖らせ、不満を言う。

「普通、もっと優しい言葉を言うでしょうが?」
「たとえば。」
「…………思いつかないけど。」
「ほらみろ、どうせ、俺は口が悪いんだからな。」
「開き直らないでよ。」

 ユウリは口を尖らせるが、それでも、その目は優しかった。

「ありがとう。」
「んあ?」
「……心配してくれたんでしょ?」
「……まあ…な。」

 照れたのか、マサシはそっぽを向いた。

「ふふふ。」
「笑うなよ。」
「マサシ……ありがとう。」
「……。」

 マサシは小さく溜息を吐き、クシャリとユウリの髪を撫でた。

「お前は笑っていてくれ。」
「マサシ?」
「お前が幸せなら、俺はそれだけで十分だ。」

 まるで、別れの言葉のようなマサシの言葉に、ユウリは不安げに瞳を揺らす。

「どうしたの、突然……?」
「……さあな。」

 何も言わないマサシにユウリは不安になった。

「……ユウリ?」

 無意識にマサシの服を掴んだユウリに、彼は不思議そうな顔をする。

「私はマサシがいないと、幸せじゃないよ。」
「ユウリ……。」
「マサシが幸せじゃないと、私も幸せじゃない。だから、お願い……。」

 瞠目するマサシはまるで、自分の心が見透かされているような気がしてならなかった。

「マサシ、それだけで十分なんて言わないで……。」

 ユウリの悲しげな表情にマサシはただ目を逸らすことしか出来なかった。

「……。」
「私はもっと、マサシに幸せになって欲しい。」
「……罪人なのにか?」
「マサシ……。」

 自嘲するマサシにユウリはその手を握る。

「マサシ、マサシはまだ過去に囚われているの?」
「過去じゃねぇ。」
「過去だよ。」
「……。」
「……。」

 ユウリはマサシの言葉を待つが、彼は何も言わない。

「私は……もう、十分すぎるほとマサシは苦しんだと思うよ?」
「……足らねぇ。」
「……マサシ。」

 ユウリはマサシの手を強く握り、その手を己の額に持っていく。

「どうか、マサシの罪が許されますように。」
「…無駄だ。」

 ユウリは表情を曇らせる。

「それなら、せめて、背負わせて。」
「止めとけ。」
「お願いよ!」
「てめぇに俺の何が分かるっていうんだ!!」

 マサシが叫び、ユウリはビクリと肩を震わせる。

「お前に、俺の気持ちなんか分かるか!!」
「…分かりたいわよ!」

 ユウリはこの時、引いてはいけないような気がした。
 だからだろう、彼女はマサシと怒鳴りあう。

「貴方が何も教えてくれないのが悪いのでしょうが!」
「テメェは背負いすぎなんだ!」
「そんな事ない!私なんかよりもずっとマサシの方が!」
「いいや!テメェの方が!」

 両者とも全く引かない、こんな時に限って間が悪い人たちが入ってくるのはもうお約束といっていいだろう。
 二人が言い争いをしていると、真っ黒な覆面をした数人の男たちが入り込んできた。

「……。」
「……。」

 二人は同時に相手を睨み、噛み付く。

「テメェら。」
「貴方たち!」
「「邪魔」」

 二人は手持ちの武器を素早く抜き去り、ユウリは短刀を投げ、マサシは剣の鞘を相手に投げ一気に斬りかかる。

「なっ!」
「何だ、この二人は……。」

 驚く男たちにユウリは着ていたメイド服の裾を持ち上げ、適当の場所で縛る。

「はぁっ!」
「なっ!」

 マサシは斬りかかり、一人の男がギリギリの所で受け止めるが、表情が苦しそうだった。

「何やってる、相手は子どもだぞ!」
「しかし――っ!」

 喋っている間にマサシは男の剣を跳ね上げ、そして、一気に手刀を入れる。

「お前たちは。」
「貴方たちは。」
「「一体何の為に来た!」」

 ユウリとマサシの声が見事に重なる。

「まあ、容赦は」
「しないけどね。」

あとがき:仲の良い二人は本当にトラブルに巻き込まれていきますね〜。
それにしても、お嬢様パロ載せるのは久し振りかも。

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from: yumiさん

2011年04月18日 10時09分31秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・35・

「ねぇ。」
「何だよ?」
「この部屋に泊まってもいい?」
「ぶっ!」

 爆弾発言をするユウリにマサシは吹いた。

「うわっ、汚い。」

 ギョッとするユウリに構ってなどいられないのか、マサシは勢いよくユウリの肩を掴んだ。

「てめえ、自分の言っている意味を分かっているのか!!」
「勿論だよ。」

 ニコニコと微笑むユウリにマサシは肩を落す。

「お前、絶対それ分かっていないだろう。」
「…………。」

 ユウリはマサシが下を向いているのを確認してから、小さくマサシに聞こえないほどの溜息を一つ吐いた。

「何よ……私だって分かってるわよ。」
「嘘だな。」
「独り言聞かないでよ。」
「お前が聞こえない大きさで言え。」

 目を吊り上げるマサシと唇を尖らせるユウリ、もし、ここにチサトがいれば間違いなく「二人とも子どもね」と馬鹿にしそうな光景だった。

「聞かないのが礼儀でしょうが。」
「はっ、未だにあいさつもとちるお前には礼儀なんていらねぇだろうが。」
「何よ!マサシだって、ユーマさんに怒られるじゃない!!」
「はっ、妹に叱られるお前より何十倍もましだ。」
「何よ!」
「何だよ!」

 二人は額をくっつけて睨み合う。

「マサシなんて、ユーマさんを見習えば良いのに!!」
「……………そうかよ。」

 マサシは一瞬目を見張ったと思ったら、次の瞬間氷のように冷たく、鋭い目付きになった。

「あっ……。」

 ユウリは勢いで言った言葉を後悔した。

「お前は本当に、あいつがいいんだな。」
「あの……。」
「悪かったな、この役目を俺が買って出て。」
「まさ……。」
「出てけ。」

 はっきりとした拒絶にユウリは今更ながら自分の先ほどの言葉を本気で悔やむ。

「マサシ…ごめんなさい。」
「出てけ……。」

 マサシはユウリを見ようとしない。

「……私は……マサシが私の側にいてくれて嬉しいと思ってるよ。」
「……。」
「だから、ごめんなさい……。出て行くね。」

 ユウリは今にも零れ落ちそうな涙を感じながらも、何とか堪えた。

「……。」

 そして、ユウリの扉を閉じる音を聞きながら、マサシは深々と溜息を吐いた。

「………………最低だな。」

 ユウリはきっと今頃泣いている、それは理解しているが、今この胸にドロドロとしたモノを抱えている自分が行った所で彼女を傷付ける事は目に見えていた。

「ユウリ……。」

 前髪を掻き上げ、マサシは硬く目を瞑った。

「俺は本当にあいつを傷つける事しか出来ないな……。」

 嘲笑を浮かべるマサシの口が微かに震える。

「……本当に嫌になる。」

 鈍感で無知なユウリ
 自分の独占欲や苛立ちを抑えられない自分
 何でも知っているような顔をするユーマ

「大っ嫌いだ。」

 マサシは大きく息を吸い、その空気を吐き出す。

「…………こんな自分も、無条件に俺を受け止めようとするあいつも。」

 マサシは近くにあった無機質な物体を掴む。

「いっその事、死ねば楽になれるんだろうがな。」

 そんな事をすれば間違いなく悲しむだろう。
 他のヤツラは分からないがあいつだけは絶対に泣く。
 そして、自分を責める。
 私が分かってあげられたら。
 私が、私が……と。

「……本当に俺はあいつ中心で動いているな。」

 苦笑を浮かべ、マサシは見えない場所に己の手にある剣を隠す。

「…………俺はあいつを守る。」

 守る事だけを考える。
 マサシはそう胸に刻み、外に出て行った。



「……………私の馬鹿。」

 ユウリはどうやって用意してもらった部屋に戻ったかなんて覚えていなかった。
 ただ、ベッドに寝転がり、腕で自分の目を隠し、涙を止めようとする。

「何で…マサシにあんな事を言ってしまったんだろう……。」

 大切な人を傷付けた自分をユウリは許せなかった。

「最低だ…私……。」

 本当は彼を傷付けたくなかった。
 ユーマが優しいとは分かっている。でも、自分が求めているのはマサシだけ。

「……どうして、こうなってしまったんだろう。」

 マサシが笑ってくれればそれだけで良いのに。
 マサシが幸せでいてくれるなら十分なのに。
 それなのに、それなのに……。
 自分は彼を傷付ける。

「ごめんなさい…。」

 涙と共に謝罪の言葉が漏れる。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………。」
「…………はぁ。」

 唐突に溜息が聞こえ、ユウリは勢いよく振り返った。

「嘘……。」

 振り返るとマサシが扉にもたれかかるようにして、自分を見ていた。

「マサシ?」
「俺じゃなかったら、誰だ?」
「………マサシ…ごめんなさい。」

 ユウリは体を起し、俯きながら涙を流し続ける。

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

 何度も謝るユウリにマサシは溜息を吐いた。

あとがき:最近の記録を見ればお嬢様パロと王国パロで埋まっていますね…。ダークネス全く進んでない…。
もし、ダークネスの続きを見たい人は最速の意味で拍手をしてください、しばらくしてから、載せると思います。

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マナ

from: yumiさん

2011年04月14日 15時06分10秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・34・

 ユウリは大きめなベッドに倒れこみ、その場でゴロゴロと転がる。

「あ〜……、失敗したな〜。」

 誰も見ていないので、ユウリは己のお嬢様の仮面を引っ剥がした。

「ん〜、どうしようか〜……。」

 ユウリは勢いをつけて立ち上がり、そして、じっと外を見る。

「雲行きが怪しいわね。」

 そう言うが、外の天気は晴天だった。

「嫌な空気。」

 ユウリはそっと立ち上がり、持って来た荷物から一着の服を取り出す。

「さて、着替えますか!」

 ユウリが荷物から取り出したのは何処からどう見てもメイド服だった。

「ふふん〜。」

 鼻歌を歌いながら着々問いかげてくユウリはかなり着慣れているのか、迷いが全くなく、最後には髪の毛を結い念のために化粧で雀斑など作る。

「よしっ!」

 長い髪をネットにいれたユウリは冗談抜きで侍女にしか見えなかった。

「これであいつの所に行けばよしっ!」

 念のために備え付けの鏡でチェックしたユウリはニッコリと微笑んだ。
 ユウリは扉から顔を出し、廊下をチェックする。
 誰もいない事を確認したユウリは堂々とした足取りで、マサシの部屋へと足を進める。

「…………………お前、こんな所で何やっているんだ?」
「えっ?」

 背後から聞こえた声にユウリが振り返れば、不機嫌そのもののマサシがいた。

「マサシ!」
「お前質問に答える気ないのか?」
「え〜と…。」

 どうせ言った所でマサシが許さない事くらい長年の経験で重々理解しているユウリは視線を彷徨わせた。

「はぁ……、お前という奴は本当に……。」
「だって〜…。」
「だっても、何も無いだろうが!」

 ギロリと睨むマサシにユウリは小さく頬を膨らませる。

「だって、この屋敷の雰囲気悪いんだもん。」
「……。」

 マサシはユウリの言葉に言葉を止めた、否、止めざるを得なかった。

「……中に入れ。」
「えっ?」
「こんな所で立ち話なんて出来るか?」
「……。」

 二人はここが敵の陣地のように感じていた、だから、ここで色々と話すのはあまりよろしくない事をよく理解しあっている。
 だから、ユウリはそのままマサシの部屋に入っていく。

「……。」

 マサシの部屋は狭く、ベッドもかなり質素で、ユウリはかなり勢いをつけて振り返った。

「いいの?」
「ん?ああ、このくらいで十分だ、俺は使用人だからな。」
「……。」
「この部屋かなりマシだぜ。もっと酷い宿だったら、かび臭いしな。」
「……そうなんだ。」

 ユウリはマサシの知られざる経験に一瞬顔を歪めた。

「……泣くなよ。」
「泣いてなんかない。」

 そう、ユウリが言うようにまだ涙は流れていない、しかし、それでも、あと少しで涙が零れそうだった。

「……強情っぱり。」
「うるさい。」

 ユウリはマサシを睨み、そして、思いっきり自分の頬を叩いた。

「なっ!ユウリ……。」

 ギョッとするマサシにユウリは強い目で彼を見た。

「絶対に泣かないんだからね。」
「……。」

 それだけのために自分の体を傷つけるのかよ、とマサシは文句を言いたくなったが、彼女の煌々と光る瞳を見て諦める。

「あんま叩いていると頬が腫れるぞ。」
「腫れないわよ。」
「……気をつけろよ。」
「何をいったい、気をつけるのよ。」
「……。」

 マサシの心配など全く感じていないのか、ユウリはそう言った。

「それにしても……。」

 話しを逸らそうとするユウリにマサシは視線を彼女に向ける。

「この屋敷はお化け屋敷みたい。」
「…はぁ?」
「う〜ん、何というか、人間じゃない住処?」
「……。」
「魑魅魍魎??」
「いや、それは違うだろう。」
「そうかな、そんなおぞましいイメージはあるけど?」
「まあ、おぞましいは…当たってる気がするな。」
「でしょ?」

 ユウリが言うようにこの屋敷の雰囲気は何か嫌いだ。じめじめとして、人の怨念や妬み恨み、そんなものが蔓延っているようなイメージが強い。

「ふ〜、早く帰りたい……。」
「…同感。」

 ユウリの意見に叱ろうと思ったマサシだったが、何となく彼女の疲労の溜まった顔を見たら、叱れなかった。

「……側にいる。」
「マサシ?」
「だから、気負うな。」
「……。」

 マサシの素っ気ない励ましにユウリは笑みを浮かべた。

「ありがとう、でも、これは私の使命だから、もう少し頑張ってみるね。」
「……。」

 マサシは一瞬手を伸ばしかけるが、その手は止まる。

「マサシ?」
「悪い、何でも無い……。」

 ユウリは自分の主。
 ユウリは俺の手の届かない奴。
 ユウリは……こんな俺を決して選ばない。
 マサシはそう自分に言い聞かせ、そっと手を下ろした。

あとがき:お嬢様パロと王国パロ三昧ですね……。他のストックはあるんですが、こちらのストックも無くなれば、そっちに行くかもしれませんが、当分、これのように思います。

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マナ

from: yumiさん

2011年04月11日 11時21分53秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・33・

 ただ守りたいだけだった。
 怪我をさせる気なんかなかった。
 だけど、俺は…その守りたい奴を…斬ってしまった。
 何で、何で俺の剣は…血に濡れている。
 何で、あいつの体から、真っ赤で温かい生命の源である血が流れている。
 何で、あいつは澄んだ目で俺を見ている。
 呼ぶな、呼ぶな!

――マサシ……大丈夫よ……お願い……。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ!!
 俺の叫びとは裏腹にユウリの意識は途切れようとしていた。

――行か…ないで……。

 この瞬間俺の何かが弾けた。
 いや…壊れた…砕けたのだ……。
 許さない、許さない……。
 こいつを傷つけた俺も――。
 そして、俺をこうやって剣を振るわせた相手も――。
 俺は許さない……。



 事の始まりはユウリが遠くの貴族の屋敷に呼ばれた事だった。
 ユウリ自身は乗る気ではなかったが、それでも行かなければ相手に侮られ、良い結果が生まれないと悟ったユウリやユウリの両親の判断だった。
 ユウリは珍しく着飾り、馬車に乗り込んだ。

「行って参ります。」
「気をつけて。」
「はい。」
「無事に戻ってきなさい。」
「分かっています。」
「無理はしないでね。」
「しないわよ、チサト。」
「いってらっしゃい。」
「うん、行ってきます。」

 家族と別れの言葉を済ますユウリに対し、マサシはというと……。

「決して一人で責を負おうとするな。」
「……。」

 煩い奴と思いながらマサシはユーマの言葉を聞かなかった。

「お嬢様、そろそろ参りましょう。」
「ええ、分かったわ、マサシ。では行って参ります。」

 ユウリはしゃんとして、前を見た。
 屋敷からかなり離れ、ユウリはマサシに話しかける。

「ねー、マサシ。」
「何だよ。」
「そっちに行ってもいい?」

 マサシは思わず手綱を落しそうになるが、寸前の所で持ち直した。

「お前な……。」
「だって暇なんだもの。」
「…だからって、外に出てくんな。」
「そうか、そうよね。」

 何か納得しているユウリにマサシは思わず顔を顰めた。
 絶対に何か変な勘違いをしている。
 そう思ったのだ、そして、その考えは当たっていた。

「それじゃ、侍女の姿でそっち行くね。」
「――っ!おい待て!」
「へ?」

 マサシは必死でユウリをとめようと試み始めた。

「何でお前そんなもんを持っているんだ。」
「何かあった時のため。」
「何か、って何だよ。」
「え〜と、どこぞの貴族の屋敷でうろうろ出来るためでしょ、それにマサシの部屋に逃げ込むため。」
「……。」

 最初の一つはユウリの事だからと、マサシは予測していたが、最後の一つは一体何だ、とマサシは叫びそうになった。

「どういう意味だよ…。」
「えっ?」
「最後の一つだ。」
「ああ、うん、チサトの話だったら、下手するとヨバイ?というものをする人がいるかもしれないから、夜はマサシの側にいたほうが言って。」
「……。」

 マサシはこの時、ユウリが側にいなくてよかったと心から思った。
 もし、この場にいたのなら間違いなく間抜け顔を見られてしまっただろう。

「ねぇ……。」
「何だよ。」
「ヨバイって何?」
「ぶっ!」

 思わず噴出してしまうマサシの顔は次の瞬間真っ赤に染まる。

「お、お前!」
「ん?」

 本気で意味が分からないでいるユウリにマサシは肩を落す。

「……お前、子どものつくり方知っているか?」
「知っているわよ、それとなんな関係があるのよ。」
「……関係あんだよ、一応、んで、どんな風にだ?」

 もし、コウノトリがうんたらかんたら、だったらどうしようかと本気で頭を痛めるマサシにユウリは眉を顰めながら答える。

「そりゃ、愛する男女が同衾するんでしょ?」
「…………知ってるのか、同衾という言葉を?」
「ええ、取り敢えずね、でも詳しくは男の人が知っているから、とお母様が教えてくれなかったけどね。」
「……そうか、知っているのか……。」

 マサシはどっと疲れたような顔で一応深くは言わないが、浅くユウリに「夜這い」という言葉を教えたのだった。

「へ、へー……。」

 ユウリはマサシに質問した事に後悔したのだった。

「……ごめんね、答えづらいことを質問して。」
「いや……。」

あとがき:…すみません、何か裏に行きそうでしたね…。
最近外を見ると桜を見掛け、物凄く綺麗だと思います。私の誕生日は「桜の日」と言う事があるらしいので、桜も好きですね〜。
勇真さんの誕生日までもてばいいけど、多分無理でしょうね……。

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マナ

from: yumiさん

2011年04月06日 11時17分05秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・32・

 日の日差しが心地よい昼下がり、マサシとユウリは彼女の自室にいた。そして、ユウリはそっと外を見ながら、口を開く。

「マサシ…。」
「何だよ?」
「私…いつか誰かに嫁ぐのかな?」
「……。」

 唐突な言葉にマサシは言葉を失う。

「やだな…知らない人となんか……。」
「…ユウリ……。」

 いつものようにユウリの側に控えていたマサシは悲しげな表情を浮かべた。

「…何で唐突にそんな事を言うんだ……。」
「唐突じゃないわよ。」

 ユウリは目を閉じ、震える拳を押さえつけ、ポツポツと話し始める。

「ずっと、ずっと考えてた事――。」

 そうユウリはここ何ヶ月か頭から離れなかったのだ。だから、マサシには唐突に思えたけれど、彼女からしたらとうとう言葉にしてしまったと思うのだ。

「私はタカダの名を継ぐ…だけど、私は女の……結婚しないといけないの。」
「……。」

 マサシはきつく手を握った。
 彼自身分かっていた事だ、だけど、その言葉を想い人である彼女の口から決して聞きたくなかった。

「私…結婚したくないよ。」
「……お前には、早いかもな……。」

 マサシはユウリから目線を逸らし、それだけしか言えなかった。
 本当は叫びたかった。
 結婚なんかするな、誰かと一緒になるな、と。
 しかし、ただの執事見習いであるマサシにはその言葉が言えない、いくら、ユウリに近い存在だった彼だとしてもそれを言ってしまえば、全てが崩れ落ちるだろう。

「そうだよね…。」
「……。」
「あはは…ごめんね、変な事言って。」

 マサシは一瞬ユウリの目元に涙が見えた気がして、思わず袖で目を擦った。
 そして、再びユウリを見るが、彼女の目元には涙などなかった。

「…ユウリ。」
「あっ!そうだ、チサトに呼ばれていたんだった!」

 ユウリは急に立ち上がり、マサシから去ろうとする。

「ユウリ。」

 マサシはユウリに向かって手を伸ばすが、ユウリはマサシから逃げるように扉へと向かう。

「じゃあ。」

 ユウリは振り返る事無く、この部屋から逃げ出した。

「………。」

 マサシはたった一人残され、ズルズルとその場に座り込む。

「かっこわりぃ……。」

 前髪を掻き上げ、マサシはユウリが出て行った扉を見た。

「ユウリ…俺は……。」

 マサシは苦しげな声で言葉をつむぎ出す。

「お前が欲しい……、だけど、こんな身分な俺なんかにお前を求めるなんて、不相応なんだろうな……。」

 弱気な発言をするマサシは口元に自嘲を浮かべる。

「欲しい…お前が欲しい…好きだ…好きなんだ。誰よりも、何よりも、お前が…ユウリ……。」

 一人だからか、マサシは饒舌になる。

「お前の側に…いられるのは俺だけでいいのに……、そう望んでいるのに…お前は他の男のものになるのか?……嫌だ…。」

 マサシはギリギリと歯を喰いしばり、微かにだが血の味が口の中に広がった。

「俺は…………俺は……。」

 マサシは己の拳を床に叩きつける。

「どうすればいいんだ……?」

 ユウリが自分以外の男と寄り添う姿なんか見たくない。
 ユウリが純白の衣装に身を包み、自分以外の男に微笑むなんて見たくない。
 ユウリに自分以外の誰かが触れるなんて耐えられない。

「………くそっ…。」

 ただ、ユウリの事が好きなのに、なのに、これ以上側にいられない辛さが、マサシに襲い掛かる。

「くそぉ……。」

 弱弱しい声が彼の口から漏れ、その声は虚しくその場に響く。
 マサシは思う、いっその事自分からこの居心地の良い場所から逃げてしまえばいいのではないかと……。
 しかし、ユウリがそこにいる時点で、マサシはユウリの側から離れる事は出来ないのだ。
 切っ掛けがあれば違うだろう……。

「切っ掛けさえあれば…俺は消えられるのにな……。」

 自嘲するマサシは気付かなかった、彼が求める切っ掛けが徐々に近付いている事を――。
 そして、二人の絆を打ち砕こうとしている事に……マサシは気付かなかった。

あとがき:唐突ですが、最近自分が嫌いです。
頑なに自分を変えようとしない自分、本当はもっと変えなくてはいけないのに、何もしようとせずに楽に楽に逃げていく自分がいます。
私を支えてくれる多くの人に迷惑を掛けているとは分かっているのですが、現状を通うとしない自分が情けなくて、辛いです…。
どうすればいいのか、どうしたらいいのか、本当に分からず立ち往生しています……。
私は私自身が本当は大嫌いです。我侭で、卑怯で、弱虫で、無知で、誰の役にも立たない邪魔者。本心を親や妹達に知られたくないから、こんな形でしか示さない自分も嫌いです。
こんな負の文を載せてしまい申し訳ありません。つまらないもの(あとがき)をお見せして、本当にすみませんでした。

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マナ

from: yumiさん

2011年03月26日 14時34分17秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・31・

 ユウリは綺麗なドレスに身を包むが、その表情はかなり強張っていた。

「で、外に出るのはどうでしょう?」
「……。」

 正直舞踏会などユウリは嫌いだ。鬱陶しいほどのお世辞に、気持ち悪い視線、それに何より、自分を一人の人間じゃなく「タカダ家」の人間としか見ない人たちなんか嫌いだった。

「……。」

 ユウリはそっと視線を逸らし、客人にグラスを渡す少年を見詰めた。

「それじゃ行きましょうか。」

 ユウリの沈黙を肯定と受け取ったのか、見知らぬ少年はユウリを外へと連れ出そうとする。

「へっ、きゃっ!」

 唐突な事でボーとしていたユウリは体勢を整える事ができず、前へと転びそうになるが、一人の少年に体を支えられた。

「大丈夫ですか?ユウリお嬢様。」
「ユーマさん……。」

 執事見習いのユーマがユウリを支えたので、辛うじて惨事にはならなかった。

「ありがとう…ございま――。」
「ふん、執事如きが。」
「――っ!」
「……。」

 吐き捨てるように言う少年にユウリは眉を吊り上げ、ユーマは慣れているのか表情を変えない。

「さあ、行こう。」
「……あっ!」
「……。」

 ユーマはどうする事も出来なかった、主の命があればあんな我侭坊ちゃんなど一ひねりだが、一応はアレでも客だ。手を出す事など只の執事見習いのユーマには何も出来ない。

「ユーマ!」

 いつも以上に眉間に皺を寄せたマサシにユーマは目で彼を叱る。

「……。」

 マサシはユーマが自分を叱っていると分かっているのか、眉間に更に皺を寄せ、口を一直線にした。

「……。」
「……。」

 目を離したのはマサシだった、彼はユウリたちが消えた方へと足を向けた。
 ユーマは一瞬マサシを止めようと彼に足を向けようとした瞬間、服を誰かに掴まれた。

「……。」

 ユーマは一体誰が、というように顔を歪ませ振り返り、その表情が強張った。

「……ち、チサトお嬢様…。」
「別に止めなくても平気よ。」
「ですが……。」
「何?たかが執事見習いがわたしに意見するの?」

 年下とは思えない程凛とした少女にユーマは眉を下げた。

「分かりました。」
「多分、あの馬鹿が行って正解だと思うわ。」
「えっ……。」

 ユーマはチサトが言いたい意味がいまひとつ分からなかった。

「分からないのなら、貴方はまだまだ執事見習いね。」
「……。」

 冷たい物言いのチサトにユーマは溜息を吐きたくなった。
 しかし、こんな所で溜息を吐けば他の客人にも見られてしまうので、勇真は出来るだけ堪えたのだった。



「離してください!」

 ユウリはその手を離してほしくて、暴れるが、今来ているドレスが重くうまく体を動かせなかった。

「嫌だね。」
「――っ!」

 少年の目がまるで獣の目のように見え、ユウリは凍りつく。

「いや……。」

 ユウリは逃げたかったが、少年の力に負ける。

「大人しくしろ!」
「嫌!嫌!」

 ユウリは力いっぱいに暴れる。彼女はこれから自分の身に何が起こるかなんてちゃんとは理解していなかったが、それでも、恐ろしいとは肌で感じていた。

「――っ!ま――。」

 恐怖のあまりいつもの彼の名を叫ぼうとしたが、彼が来た所で何も変わらないと思い、言葉を止めた。
 彼はただの執事見習いで一応貴族であるこの少年に意見する事など出来ないのだ。
 しかし、そんな事を考えるユウリに対し、見習いのはずの執事の少年は執事らしからぬ行動に出てしまう。

「――っ!」
「な、何だ!」

 ユウリは反射的に殺気を感じ取り、少年ごと後ろに下がった瞬間、少年の頭があった位置に花瓶が落ちてきた。

「……。」
「……い、一体…。」

 ユウリが顔を上げると、一瞬だが黒い影が見え、彼女はこの事をしでかした犯人を確信する。

「…私に手を出すと、死神が貴方を殺すかもね…。」

 ユウリは冷めた目で緩められた少年の手から逃れる。

「それでは失礼します。」

 ユウリのドレスが靡く。
 彼女はそのまま会場に戻らず、上の階へと足を向けた。

「マサシ!」
「……。」

 ユウリが叫んだ時、マサシはしかめっ面でユウリを見た。

「何お客様を殺そうとしたのよ!」
「あいつが悪いんだろうが。」
「だからって……。」
「お前だって嫌だったんだろ?」

 確かにユウリだって嫌だった、だけど、マサシの行動はやりすぎだ。

「それでも、殺しかけるなんて。」
「……。」

 マサシは眉間に皺を寄せ、ユウリに背を向ける。

「さっさと、戻れよ。」
「もう、マサシの馬鹿!」

 確かに戻らないといけないことくらいユウリも分かっていたが、それでもマサシの言葉にカチンと来た。
 そして、ユウリは荒々しい足取りで会場に戻っていく。

「………………あの坊ちゃん気安くあいつに触りすぎなんだよ。」

 ずるずると壁に凭れかかりながらマサシは床に座り込む。

「あいつに触る男は俺だけなんだよ……。」

あとがき:ストックのあるこちらを先に載せさせていただきました。正直まだまだ先が分かりませんが、時間とストックがあれば、絶対続きを載せます(王国パロとお嬢様パロは拍手が無いと更新しませんが…)、これからもよろしくお願いします。

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マナ

from: yumiさん

2011年02月26日 09時43分01秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・30・

「う………ううう。」
「……。」

 泣き出したユウリにマサシは俯いた。
 恐がらせた、マサシはそう思った……。

「馬鹿、マサシ。」

 唐突な罵りの言葉にマサシは驚いて顔を上げた。

「………なんで、なんで、そう自分を責めるのよ!」
「…ゆう…り?」
「馬鹿、馬鹿、馬鹿!」
「……。」

 泣きながら睨みつけるユウリにマサシは彼女が自分を恐がっていない事を悟った。

「お前……。」
「何で早く言わなかったのよ!」
「えっ…。」
「言ってくれたら、マサシのご家族の弔いをちゃんと出来たのに…、今更かもしれないけど、いいのかな……。」
「ゆ、ユウリ?」

 マサシはユウリが何を言っているのか分からなかった。

「何?マサシ?」
「お前……俺の家族はお前の領地の人間でもないし、貴族でもないんだぞ。」
「それが?」
「……弔いだなんて…。」
「だって、大切な人はいつまでも心に残ってくれるもの…その感謝の気持ちやら色々を込めて弔いをしないと。」
「……。」

 マサシはユウリの貴族らしくない所に惹かれていたが、まさかここまで全く貴族らしくないことをしてくれるのかと、胸が苦しくなった。

「だって、マサシの家族だもん……。」
「ユウリ。」
「マサシの両親がいたからマサシは生まれることが出来た、そして、マサシのお姉さんがいたから、マサシはマサシらしく育ったんだから。」
「……。」
「だから、いくら感謝しても足りないよ……。」

 マサシはユウリを抱きしめた。

「ありがとう……。」

 擦れた声にユウリはそっとマサシを抱きしめ返した。

「マサシ貴方は頑張ったよ。」
「……。」

 マサシはユウリの髪に顔を埋め、そっと目を閉じた。

「だから、ここでは気を張り詰めないで、私が側に居るから、ずっと、側に居るから、だから、我慢しないで、辛くなったら言って。」
「……ユウリ。」
「私は貴方を信じているし、貴方に信じてもらえるような人間になりたい。」

 ユウリの真摯な言葉にマサシは嬉しかった。

「ねぇ、マサシ。」

 ユウリの静かな声がマサシの耳朶をくすぐる。

「約束して。」
「……。」

 マサシはそっと腕を緩め、ユウリの髪に埋めていた顔を離した。

「人を無闇に殺さないで。」
「……。」

 マサシの目が伏せられる。

「無理なのは重々承知、だけど、裁きを受けるべき人を殺すのはその人に逃げ道を作ってあげていると思うの……。」
「……。」
「私は生きて罪を償って欲しい、だから、お願い人を殺さないで。」
「……。」
「マサシ……。」

 不安げな瞳がマサシを射抜く。

「分かった。」
「本当に?」

 ユウリはまだ心配そうな表情をしている、だからなのか、マサシは穏やかな笑みを浮かべ、そっとユウリの髪を撫でた。

「俺が出来る限りはする……。」
「マサシ。」
「出来るだけ感情的になって人を殺さない、心を殺さない。」
「約束よ。」

 ユウリはマサシの言葉を聞きながら、眠気と戦った。
 いつもなら寝ている時間で、しかも、今日、ユウリは監禁されたのだ、疲れていない方が可笑しい。
 ユウリが眠気と戦っている事を悟ったマサシはそっとユウリの肩を掴み、彼女をベッドに横たえる。

「寝ろ。」
「でも……。」
「いいから寝ろ。」

 無理矢理ユウリを寝かしつけようとするマサシに、ユウリはクスリと笑った。

「……何だよ?」
「ありがとう、マサシ。」

 ユウリは大人しく横になりながらマサシに微笑みかける。

「大好きだよ。」

 マサシが硬直する中、ユウリは言いたいだけ言って、夢の世界へと旅立ったのだった。

「…反則だろ。」

 口元を手で隠し、マサシは自分の頬に熱が集まるのを感じた。

「…爆弾落しやがって…。」

 マサシは恨みがましそうに幸せそうに眠るユウリを睨みつけた。だが、その顔があまりにも真っ赤でいつも以上に幼い容姿をしていた。

「……なぁ、ユウリ。」

 マサシはそっと右手を伸ばし壊れ物を扱うように優しい手つきでユウリの髪を梳いた。

「お前は俺が好きだと言ったら、お前は受け止めてくれるのか?」
「…ん……。」

 まるで返事のようなタイミングにマサシは苦笑を漏らした。

「お前な……。」

 マサシはユリの髪を一房掬い上げ、そっと唇を寄せる。

「自惚れるぞ……。お前が好きだからな、ユウリ。」

 マサシは想いを言の葉に乗せ、名残惜しそうにユウリの髪を離す。

「いつか、いつか…この事を言えたらいいのにな……。」

 身分違いの恋にマサシは苦笑を浮かべる。絶対にかなわない恋。
 自分はただ静かに嫉妬する事しか出来ない。

「さて、こいつに恋文を出した奴らを血祭りにするか……。」

 物騒な事を呟き、マサシはユウリの部屋から出て行った。

あとがき:素直ですね〜マサシ…王国パロもさっさとユウリとくっつけば…終わってしまいますね(話しが)…。

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マナ

from: yumiさん

2011年02月19日 11時57分29秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・29・

 あれはユウリと出合うずっと前……。
 俺は戦続きだったあの領土から両親と姉の三人で逃げ出した。
 俺ははじめ、その意味が分からず、ただの旅行だと思った。
 だけど、それが違うものだとすぐに思い知らされた。

「お父さん!」
「あなた!」
「逃げろ!」

 父が兵士に殺された……。
 俺は姉の手に引かれ、辛うじて生き延びた。

「お母さん……。」
「ナツ…マサシを、弟をよろしくね…。」
「お母さん?」

 母は生き残ってからどこか遠くを見るようになり、そして、ある日そんな事を言った。
 その時、俺は寝た振りをしていたので、姉と母は俺がこの言葉を聞いているとは夢にも思っていなかっただろう。

「お母さんは遠くに行くわ。」
「お母さん……駄目…。」
「ごめんね、ナツ…貴女にこんな重荷を背負わせてしまって…でも、わたしが死ねばもう、追っ手がこないから。」
「お母さん!」

 姉は母に縋りつき、泣いた。
 逃亡生活の中で、父が死んだ後であって一度だって泣かなかった姉がだ……。

「置いていかないで!」
「ごめんなさい……。」
「どうして!」
「お父さんとお母さんにはマーカーがついていて、逃げ出したどうかはあの領主は知っているわ、でも、貴女たち子どもにはついていない。」
「でも!」
「それだけは救いだったわ。」

 母は姉を抱きしめた。

「お願い、生きて、お母さんと一緒にいる事で貴女たちの命が狙われるくらいなら、お母さんの命はどうでもいいのよ。」
「お母さん!」
「……ごめんなさいね。」
「……本気なの?」
「ええ。」

 母はもう死を覚悟したのか、迷いのない目でそう言った。

「それじゃ――。」
「それは駄目。」

 姉が何と言おうか分かっているのか、母は姉の言葉を遮ってそう言った。

「どうして!」
「マサシを一人にしたいの?」
「……。」
「貴女はお姉さんだから……。」
「……………い…。」
「えっ?」

 姉は俯き何か呟いた。だけど、俺の耳にも母の耳にもその言葉は届かなかった。

「お母さんなんて、嫌い、大嫌い!」
「ナツ!?」

 母は驚きの声をあげる中、俺の耳に姉の嗚咽が聞こえた。

「いっつも、そうじゃない、マサシ、マサシ、あたしの事なんてどうでも良いんだ!」
「ナツ!」

 飛び出した姉を追うように、母も飛び出した。
 俺は一人残され、ムクリと起き上がり、姉と母を追いかけた。
 だが、間が悪かった。
 兵士が思っていたよりも近くにいた所為で、姉と母が捕まった。
 俺は父が殺された時の恐怖が俺を襲った。

 コワイ
 こわい
 恐い
 怖い!!

 俺は一歩も動けなかった、だが、それが幸いした。
 もし、俺が一歩でも動けば物音の所為で、兵士に俺の居場所を知られ、姉と母ともども殺されていただろう。
 俺は母と姉の血しぶきを見た。
 崩れ落ちるように倒れこむ母。
 悲鳴を上げ、血塗れになりながら必死で母にしがみつく姉。
 俺は無力だった。

「これで、全員か?」
「多分な。」
「あ〜、やっと、終わったか。物凄く面倒だったな〜。」

 人を殺しておいてそんな会話をする兵士たちに俺は本気で殺気を覚えた。
 幸い、自分の近くにはガラス瓶が落ちていた。
 俺はそれを拾い上げ、地面を蹴った。

「はあ!」

 俺は父に武術や剣術を学んでいた。そして、幸いにも兵士は下っ端のようで思ったよりあっけなく俺は兵士を気絶させた。

「……。」

 俺の心はこの時、壊れていた。
 ガラス瓶を割り、そして、鋭くとがったガラスの欠片で兵士の喉笛を掻き切った。

「……。」

 血が飛ぶ。
 血が俺を狂わす。
 ああ、俺は人を殺した……。
 壊れた心では人を殺したという罪悪感が湧かなかった。
 ただ、ここに居たら人に見つかり面倒な目に遭う、と思ったからその場から逃げ出した。
 そして、俺は転々と色んな場所に行った。

「おいガキだ。」
「ガキ命が惜しかったら金目の物を出せ。」
「死ね!」

 色んな汚い言葉を聞いた。
 俺はその言葉を発したもの全員を斬った。
 どうしようもない程堕落した人生だと思った。
 人を殺し、自分の心を殺し……。
 そして、あの日……あいつに会った。
 あいつに会って、俺は変わろうと思った…変われると思った…。
 だけど、結局俺に出来るのは人を殺すことだけだった。
 俺はどうしようもない程、救いようがない人間なんだ。
 ほら、お前も俺を嫌うだろう?
 なあ……ユウリ。

あとがき:マサシは何でこんな暗い過去を持っているんでしょうね…、ダークネス然り、今回然り……不思議です。

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マナ

from: yumiさん

2011年02月12日 11時41分30秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・28・

 マサシがユウリの部屋に訪れたのは夜が更けてからだった。
 ベッドの中で蹲るユウリをマサシは感情のない目で見詰める。それはまるで生きた人形のようだった。

「……ユウリ。」
「……何かしら、マサシ。」
「――っ!」

 まさか、起きているとは思っても見なかったマサシは思わず後退りした。

「ユウリ…起きてたのか?」
「勿論よ。」

 挑むようなユウリの視線にマサシはたじろぐ。

「マサシ、遅いわよ。」
「……。」
「私は貴方の言い分を聞きたくてずっと待っていたわ。」
「……。」
「だけど、貴方は来なかった。」
「……。」
「何で、来なかったの?言いたくなかったから?」
「……。」

 問い詰めようとするユウリに対し、マサシはだんまりを決め込む。

「……わかんないよ。」
「ユウリ?」
「分からないわよ……。」
「なっ!ユウリっ!」

 目元に涙を浮かべるユウリにマサシはギョッとなる。

「な、泣くなよ!」
「泣いてなんか、ないわよ。」
「〜〜〜っ!」

 マサシはユウリの涙が苦手だった。だから、何とかして彼女を泣き止まそうとするが、本当の事は言いたくなかったので、結局固まる事しか出来なかった。

「マサシの馬鹿……。」
「馬鹿って……。」
「馬鹿は馬鹿じゃない!」
「……。」

 マサシは困った顔でユウリを見た。

「悪かったよ。」
「本当に、悪いと思っているの!」

 涙目で睨みつけるユウリにマサシは息を呑んだ。

(……やべっ…、可愛いかも……。)

 口元を隠すマサシにユウリは訝しむ。

「マサシ?」
「……何でもない…。」

 マサシはそっぽを向き、ユウリからの視線から逃れようとするが、ユウリからは逃れられない。

「何でもない訳ないじゃない。」
「……。」

 まだ不機嫌な声音のユウリにマサシは顔を引き攣らせる。

「……マサシの馬鹿っ!今日は絶対に寝かせないんだからね!」

 ある意味問題発言をするユウリにマサシは頭を抱えたくなった。

「お前な……。」

 しかし、ユウリの耳にはマサシの言葉など入らない。

「マサシがいけないんだからね。」
「……。」

 マサシは、自分はユウリの真直ぐな目には勝てないのかと、頭の中で思いながらも、それでも、彼女が譲らない事が嬉しくとも思った。

「……分かったよ。」
「話す気になった?」
「どうせ、話すまで離さないんだろう?」
「勿論よ。」

 胸を張るユウリにマサシは苦笑する。

「それじゃ、話すしかないな。」
「……。」

 ユウリはじっとマサシを睨み付けるように見詰めた。

「ユウリ、一つだけ言いか?」
「何が?」
「この話を聞いても、………いや、やっぱり何でもない。」
「……私はマサシを追い出したりしないよ。」
「ユウリ……。」

 マサシはまさか自分が言いたい事がユウリに伝わるとは思っても見なかったので目を見張った。

「私はマサシの側にいたいから、話しを聞きたいの。」
「……。」
「マサシが大切だから、貴方の口からちゃんと聞きたいの。」
「ユウリ。」
「他人の口からじゃ嫌。」

 ユウリはそっとマサシの手を掴んだ。

「マサシの口じゃないと意味が無いの。」
「ユウリ……。」

 マサシはホッとするのと同時に彼女にここまで決意をさせてしまったのかと、自分を責めたのだった。

「あれは…お前と出会うずっと前の話だ――。」

 マサシはそっと口火を切った。
 そこから聞き出されたマサシの言葉にユウリは思わず涙を流した。
 その涙を見た、マサシは彼女が自分を恐がっているのだと勘違いをするのだが、彼女の発せられた言葉を聞き、彼女の涙が別のものだと悟ったのだった。

あとがき:さてさて、このマサシには一体どんな過去があるんでしょうね……。

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マナ

from: yumiさん

2011年02月05日 10時30分52秒

icon

「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・27・

「う〜、暇で死にそう……。」

 ユウリは机の上にうつ伏した、因みに彼女が謹慎され、まだ三日目だった。

「…本は読みきったし…、仕事もさせてもらえないし…部屋から出してももらえない……。」

 一日目にユウリが部屋から出ようとした時、満面の黒い笑みを浮かべるチサトがおり、彼女はこう言った。

『誰が部屋から出て良いと言ったのかしら?』
『えっ…謹慎って屋敷じゃ…。』
『部屋に決まっているでしょ?』
『ち、チサト?』

 ユウリは目の前のチサトが何を言ったのか意味を理解できないでいた。

『屋敷内じゃ意味が無いでしょ?』
『……。』
『お姉様には今回限りですが、仕事は休んでいただきますわ。』
『えっ…でも……。』

 仕事が溜まるのではないかとユウリは思い、そして、はたと彼女ある考えが浮かび冷や汗がダラダラと流れ始める。

『ち、チサト…さん、その仕事はまさか……。』
『勿論、急ぎの分はわたしがしますが、残りの急がないものはお姉様がお一人でやってくださいね?』
『なっ!』

 ユウリは予測していた事にも拘らず、驚いてしまった。

『ち、チサト!』
『それじゃ、お姉様、せいぜいこの一週間の休暇を楽しんでくださいね?』
『まっ!』

 ユウリが手を伸ばすが、無情にも扉が閉まり、止めとばかりに鍵まで掛けられてしまった。

『………鍵閉めるのなら、始めからしてよ……。』

 ユウリは力なくその場に座り込んでしまった。
 それから、ユウリは貴重な休みだからと、読みかけの本を読み始めたりをしたが、彼女の持ち込んだ本はたった一日半で読みきってしまった。
 色々と考えてはやり始め、そして、終わらす。そんな事を繰り返すうちにユウリはあの怒涛の忙しさが恋しくなった。

「マサシたちも同じなのかな?」

 多分同じ状況なのだと思った、そして、彼女は昔の事を思い出した。



 ユウリは馬車の中で監禁されていた。

「……。」

 慣れた事だ、そんな事を思いながら、ユウリは隠したナイフの存在を確かめる。
 その瞬間、外から悲鳴やくぐもった声が聞こえた。

「?」

 ユウリは不思議になって窓から外を見た、すると、最近正式に雇った彼の姿があった。

「マサシ?」

 目を見張るユウリだったが、彼のやっている事を見て顔が強張った。

「何……。」

 彼は人を殺していた…。
 黒の上着が真っ赤な血に染まる、なのに、彼は顔色一つ変えず、人を殺していた。

「ま…さ…し……。」

 数分後、外に生きているものはマサシだけになった。

「……。」

 ユウリの顔は青を通り越し、真っ白になっていた。
 そして、馬車の扉が開いた。

「ユウリ。」

 静かな声音に、ユウリは肩を震わせた。

「……。」

 マサシは表情を変えず、ユウリの腕を引っ張った。
 彼女の纏う服に血がつくが、二人は気にしていなかった。

「大丈夫か?」
「……。」

 ユウリは悲しくなった、どうして彼がこんな事をして表情を変えないのか……。

「大丈夫か?」

 微かに苛立った声にユウリは顔を上げた。

「マサシ……。」
「何だよ。」
「大丈夫?」
「……。」

 自分が尋ねたのにも拘らず逆に質問されたマサシはユウリが何か変なものを拾い食いしたのではないか、と考えた。

「ねえ……。」

 マサシの服を引っ張るユウリにマサシは何も言えなくなり、ただゆっくりと頷いた。

「本当に?」
「ああ。」
「……。」

 黙り込むユウリにマサシは怪訝な顔をした。

「…ユウリ。」
「………………大丈夫じゃないじゃない。」

 ユウリの呟いた言葉はマサシには聞こえなかったようだ。

「何か言ったか?」
「別に……。」

 ユウリはそっぽを向き、そして、マサシの事を知る必要があるのだと、気付かされた。
 二年前、マサシとユウリが出会った。
 あの日から二年の月日、それなのに、ユウリはマサシの事を何も知らなかった。
 彼が秘密主義であるからでもあったし、ユウリが彼を傷つけるかもしれないと黙っていた所為でもあった。
 それじゃ、いけないと、ユウリは思い始める。

「……マサシ。」
「何だよ。」
「帰ったら、貴方の言い分を聞かせて。」

 マサシは怪訝な顔をしながらユウリを見つめた。

「私は貴方に人殺しをしてもらいたくない。」
「……。」
「だけど、貴方がどうしても無理なら、その理由を聞かせて。」
「……。」
「私は貴方を知らない。」

 黙り込むマサシにユウリは心からの言葉を発する。

「だから、教えて。」
「……。」
「私は貴方を、貴方という人間を知りたいの。」
「……義務か?」
「ううん、違う。」

 その時、マサシは悲しげな顔をした、ユウリは分からなかった、マサシがユウリにある想いを抱いている事なんて……。

あとがき:マサシとユウリが恋人になるまで、そして、マサシが射なくなった切っ掛け、そして、戻った後までは書くつもりです、その後は、多分舞踏会を書いてからこの物語は終わるかもしれません。もし、何か浮かんだら書くかもしれませんが、今は未定です。

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yumi

from: yumiさん

2011年01月29日 11時13分11秒

icon

「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・26・

 どのくらい経ったのだろうか、ユウリは顔をやっと上げた。

「マサシ。」
「……。」
「帰ろうか?」
「いいのか?」
「うん、帰ってからでも貴方を叱れる、これ以上ここにいた方が私の頭がどうかなりそうよ。」
「そうか。」

 マサシはユウリの手を取ろうとして、視界に入ったその人物を見て思案した。

「マサシ?」
「ん、ああ、こいつどうする?」

 ユウリはマサシが顎で指す人物を見て苦い表情を浮かべた。

「ああ、その人ね……。」
「どうしたものか……。」
「う〜……あっ!」

 眉間に皺を寄せ、考えていたユウリは妙案を思いついたのか、目を輝かせた。
 一方、それを見たマサシは彼女がロクじゃない思い付きをしたのだと敏感に感じ取り、げんなりとした。

「何よ、その顔は。」
「お前、何くだらない事を思いついたんだよ?」
「くだらないって何よ!」
「……。」
「もういいわ、マサシに頼もうと思った私が馬鹿だった。」

 ユウリは嘆息して、マサシに背を向ける。

「もう、貴方には頼らない。」
「……おい。」

 マサシは自分から去っていこうとするユウリの腕を掴んだ。

「何よ、放して。」
「……何をしでかす気だ?」
「…………さあね。」
「惚けるな。」

 静かに言うマサシにユウリは肩を竦めた。

「分かったわよ。」
「……。」
「チサトのお土産。」
「……………はあ?」

 マサシは眉間に皺を寄せ、怪訝な表情を浮かべた。

「どうせ、自白なんかしないと思うけど、チサトのモルモット…じゃない趣味のお手伝いでもしてもらおうかと思って。」
「……。」
「マサシ?」

 ユウリは心配そうにマサシを見た。

「……お前はな……。」

 溜息を共にそんな言葉がマサシの口から漏れた。

「そんなでかぶつ、お前の妹が欲しがると思うのか?」
「ええ、欲しがるわよ。」

 あっけらかんと言い切るユウリにマサシはあんぐりと口を大きく開けた。

「……嘘…だろ?」
「嘘じゃないわよ〜。」
「……マジ?」
「大マジ。」
「……。」

 マサシは頼むから嘘だろ言ってくれと思うのだが、ユウリは肯定するのだ。

「何か色んな被験者が欲しいらしいわ。」
「……。」
「体格とか年齢とかいろんな問題があって、それらに合う人って中々いないとチサトぼやいていたのよ。」
「……。」
「だから、今回のこの男ももしかしたら使えるかもしれないしね。」

 ふふふ、と笑うユウリにマサシはとうとう彼女にチサトの毒に侵されてしまったのかと肩を落とした。

「それじゃ、マサシ。」
「んあ?」
「この人を運んで?」
「………………はあ!?」

 叫ぶマサシにユウリはニッコリと微笑んだ。

「運びなさい。」
「何で…俺が……。」
「マサシ??」
「……。」

 マサシは嫌だと思った、だけど、今のユウリには「否」という答えた用意されていなかった。

「……マサシ?」
「分かったよ……。」
「そう、良かったわ。」

 マサシは男をまるで荷物のように肩に担いだ。

「凄いわね〜。」
「なにがだよ……。」
「だって、体格でいうとマサシより、その男の方がごついじゃない。」
「……まあな。」
「だから、持ち上げれるとは思っても見なかった。」
「……。」

 マサシは着やせするタイプで、服を着ていたら華奢だと思われる事が度々ある。実際は筋肉がかなりついており、それに毎日トレーニングを欠かさず行っているので、彼は並みの人よりは力が強いだろう。

「まあいい、さっさと行こう。」
「そうね、ミナミたちが待っているしね。」
「ん。」

 マサシは荷物など持っていないような軽い足取りで進んでいった。
 こうして、誘拐事件は解決した、だが、最後にまだユウリたちには締めが待っていたのだ……。



「お姉様?」
「ち、チサト?」

 家に帰ると真っ黒な空気を纏うチサトが待っていた。

「ふふふ、何怪我をして帰ってきたのですか?」
「こ、これは……。」
「問答無用!お姉様、ミナミ、マサシ、リョウタの四名は謹慎です!」
「ち、チサト!?」

 そう、チサトという雷が落ち、そして、ユウリたちは一週間の謹慎が決まったのだった。

あとがき:誘拐編終わりました…長かった…いや、ダークネスよりは短いけれど…、次は回想編になります。ぜひ続きを知りたい方は拍手を下さい。

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マナ

from: yumiさん

2011年01月21日 17時48分38秒

icon

「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・25・

 マサシは剣を薙ぐように振り払う、だが、男はそれをいとも簡単に避けた。

「……。」

 マサシは避けられたにも拘らず顔色一つ変えず、そのまま次の攻撃を繰り出す。
 男はマサシの繰り出す鋭い攻撃に舌を巻くが、それでも、男の顔にはまだまだ余裕が見られた。
 だが、男の余裕は長い事は持たなかった。
 マサシの剣が男の肩をかすった、かすっただけなら良かったが、男はマサシの続いての攻撃を避ける事が出来なかった。
 至近距離だったから避ける事もできず、そして、男はいつの間にか壁に追い遣られていたので、後ろにも避ける事が出来なかった。

「覚悟しろっ!」

 マサシは冷め切った目で、そのまま剣を振り下ろそうとした――。

「止めなさい!マサシ!」

 鋭い声が飛び、マサシの動作が止まる。

「ゆ…う…り……?」

 マサシの瞳に理性という名の光が宿る。

「そこの者もその剣を捨てなさい。」

 ユウリは怪我など感じさせない姿勢で真直ぐに立ち、その目には次期当主としての威厳があった。
 男は舌打ちをして、剣を捨てた。マサシとの力量が分かったからだ。

「……マサシ。」

 いつまでも剣を鞘に収めないマサシにユウリの鋭い視線が彼を貫く。

「……………大丈…夫…なの…か?」
「……。」

 ようやく声を発したマサシは情けない程、声が震えていた。

「ゆう…り…。」

 ユウリはこの時初めてマサシを冷たい目で睨んだ。

「黙りなさいマサシ!」
「――っ!」
「貴方は執事失格ね、私との約束を破ろうとするなんて。」
「………。」

 まだ、二人が出会ったばかりの頃、マサシは人を傷つける事に躊躇をしなかった、そして、殺す事だってあったのだ。
 だから、ユウリは彼と一つ約束をした。

『人を殺さない事。』

 勿論、どうしようもない事だってあった、今回だってミナミたちの所に到達する為に何人もの命が犠牲になった。
 だけど、それ以外は人を殺さなかった、そして、マサシは本気を出す事がなかった。
 なのに、マサシは今回人を殺めようとしたのだ、ユウリの誓いを破ってまで……。

「ユウリ……。」

 マサシはユウリにかける言葉を捜すが、残念ながらそれは見つからなかった。

「リョウタくん、貴方はミナミを連れて屋敷に戻りなさい。」
「ですが……。」

 このまま二人を置いて行っていいものかと、リョウタは一瞬悩んだが、ユウリの表情を見て、自分は行かないといけないと思った。
 マサシは彼女から離れているから分からないだろうが、彼女の眼には殺気にも似たものを宿していた。

「行けません。」

 キッパリと言い切るリョウタにユウリは一瞬表情を和らげた。

「大丈夫です、私は冷静よ。」
「……。」

 リョウタはユウリとマサシを交互に見詰め、嘆息した。

「分かりました、ですが……少し離れるだけです。」
「……分かったわ、それで構わない。」

 リョウタが譲歩し、ユウリもその条件を飲んだ。
 そして、リョウタは速やかにミナミの手を引き、その場を立去り、残されたのは事情の分からない男とユウリ、マサシだった。

「マサシ。」
「……。」

 マサシはユウリと顔を合わせる事が出来なかった。

「…………約束。」
「……。」
「破ろうとしたわね。」
「……。」
「言う事は何もないわけ?」

 ユウリは腕を組みマサシを睨みつける。

「貴方はいつもそう……私気持ちなんて分かってくれない、ううん、分かろうとしてくれない。」
「……。」
「貴方ばかりが思っているんじゃないのよ、私は貴方が――。」

 感情的に怒鳴ろうとした瞬間、黙り込んでいたマサシが片手を上げた。

「何?」
「少し待ってくれ。」

 マサシはそう言うと男の首筋に手刀を入れた。

「…これで、話を聞かれる心配はないな。」
「……。」

 ユウリは怒りの所為で回りの配慮まで意識を向けられなかった自分に腹を立てた。

「ユウリ。」
「何かしら?」
「悪い。」
「それは、何に対して謝っているの?」

 ユウリは顔を上げ、マサシを睨んだ。

「お前の約束を破りかけた事、お前の気持ちを考慮せず、俺の気持ちを優先させ、心配をかけさせた事だ。」
「謝るくらいなら、もう二度としないで。」
「……悪い、約束できない。」
「何で?」
「俺はお前の事に関してだけは、視野が極端に狭くなると思う。」
「……。」
「だから、俺はお前を傷つけるものは許せない…、それで、そいつを殺しても俺は後悔しないと思う。」
「本当に?」
「あっ?」
「本当に、後悔しないの?」

 ユウリは自分の胸に手を当て、涙が零れそうな瞳をマサシに向けた。

「……しないと思うが…、もしかしら、何年か何十年か経って、古傷が痛むように胸が痛むかもしれないな。」
「……。」

 ユウリはこの時悲しげに顔を俯いた事にマサシは気付いていたがあえて気付いていない振りをしたのだった。

あとがき:はぁ、何とか人を殺す前で踏みとどまりました…。
本来なら土曜日に載せるのですが、明日がどうなるのか分からないので今日載せておきます。

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マナ

from: yumiさん

2011年01月15日 12時02分26秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・24・

「――っ!」
「……。」

 リョウタとミナミはその光景を見て固まった。ミナミは目に涙を溜めぐったりする姉を見つめて、リョウタは憎しみと怒りの交じった目で男を睨んだ。

「ああ、ついているな。」
「…何がだ。」

 獣が唸るようなそんな声を出すリョウタはミナミを庇うように前に出る。

「逃げ出した獲物が戻ってきたな。」

 下品に笑う男にリョウタは吐き気を覚えた。

「ユウリ様を放せ。」
「はっ、寝言は寝て言え。」
「放す気はないんだな。」

 リョウタは何とかしてマサシが来る前に片をつけたいと思った。
 もし、彼がこの状況を見れば間違いなく彼は鬼になる。そして、ミナミに生き地獄を見せる事になるかもしれない。
 させない、とリョウタは強く思った。
 リョウタは床を蹴り、一気に攻めの姿勢に入る。

「へえ?」

 男かは真正面からリョウタの繰り出した剣を受け止める。

「……。」

 リョウタは比較的冷静に先を読む。
 力は男の方が強い、それならば、競り合いは避ける。
 リョウタは男が弾く力を利用して、一気に後ろに下がる。

「ヤバイな……。」

 リョウタは男の力量が自分よりもはるかに強い事に気付いていた。マサシ並みかマサシよりも弱いくらいだが、それでも、リョウタ一人では倒しきれない相手だった。

「……。」

 リョウタはさっとユウリとミナミを見た。
 ぐったりと気絶しているユウリとただ自分の戦いを見ている事しか出来ないミナミ。
 二人に注意を払いながら戦う何て今の彼の力量では不可能に近かった。

「だけど――。」

 やらないといけない、とリョウタも分かっていた、だから、リョウタは剣を持つ手に力を込めしっかりと握った。
 マサシが来る前にこれを片付けなければ、両者共に被害が出る、その被害はこちらの方が絶対に大きいのでリョウタは遠慮なく男に斬りかかった。

「はあっ!」

 リョウタの渾身の一撃は男に易々と受け止められてしまった。

「くそっ!」

 リョウタは毒づくが、残念ながら男の方が一枚上手だった。
 男は容赦なくリョウタの無防備な腹に蹴りを入れた。

「ぐっ!」

 リョウタは壁に叩きつけられ、そして、蹴られた腹を押さえた。

「へえ、ギリギリ受身を取ったのか、弱いくせにやるな。」

 そう男が言うようにリョウタは壁に叩きつけられる寸前に受身を取り何とかダメージを少なくした。

「くそっ!」

 リョウタは自分のあばらが何本かいったのを痛みで理解する。

「………てめえか。」

 冬の凍えるような風を訪仏させる声が静かにその場に響いた。

「ん?」
「……遅かったか…。」

 男は不思議そうに振り返り、リョウタはその声を聞いただけでそれが誰だと悟りもう終わりだと、頭を抱えそうになった。

「てめえが…こいつを…ユウリを傷つけたんだな?」

 マサシは腰の剣に手をかけながら、床に倒れこんでいるユウリを見た。

「あっ?てめえは?」
「質問に答えろ!」

 マサシの厳しい声が飛ぶ。

「……はっ、それがどうした?」

 その答えで十分だった。
 その答えがマサシの怒りを最大限にまで上げたのだった。

「そうか……。」

 地を這うような声にリョウタとミナミはゾッとした、普段からあまり――ユウリ以外の前では――淡々とした声で話すけど、今回はあまりも違った。

「たとえ……ユウリがお前を許しても…俺はてめえを許さねぇ。」
「はっ!どうするんだよ!」

 マサシはいつの間にか剣を抜いたのか分からないが、その切っ先は男の首元に向けられていた。

「お前を斬る。」

 殺気立つマサシにその腕前が男にも分かるのかニヤリと笑った。

「へえ、楽しめそうだな。」
「……。」

 マサシは凍りつくよう強い光をその瞳に宿らせ、笑った。

「後悔しろよ…俺を怒らせた事を――。」

 リョウタはその言葉を聞いて愕然となった。
 こうなったマサシを止められる人はいない。

「さあ、楽しませてくれよ?」

 滅多な事では言わないマサシの言葉にリョウタはミナミを連れてこの場を逃げたいとさえ思った、だけど、逃げれば、マサシが余計に苦しむ事になるだろう、だから、リョウタはミナミを連れて逃げる事は出来なかった。

「ユウリ……。」

 マサシはユウリを見た時、一瞬悲しげに顔を歪ませた。これから起こす事は彼女が望まない現実だったから――。
 だけど、今の彼にはその感情を抑える術がなかった。
 ユウリに血を流させ、そして、青あざを作った敵にマサシは怒りと憎しみの炎を滾らせた。

「悪いな……。」

 彼はそう言うと感情を消した、彼の瞳は虚ろへと変化する……。
 リョウタはそれを見て不味いと思ったが、マサシの醸し出す殺気のような負のオーラに体が動かなかった。
 男はマサシの強さが分かるのかニヤリと笑い、武器を構えた。
 ミナミはどうすればいいのか分からないまま、ただただ立ち尽くすのみ。
 この時、誰もユウリの姿など見ていなかった、もし、見ていたのなら気付いただろうユウリが涙を流している事に――。
 それは悲しみなのか…、自分の不甲斐なさから来たものか分からないが確かにユウリの閉じられた瞳から涙が頬を伝った。
 そして、その涙が地面に落ちた瞬間、男とマサシの戦闘が開始された。
 この戦いは命を懸けた戦い、どちらかが死ぬまで戦い続けるだろう……。
 それを止められる唯一の少女はまだ夢と現を彷徨っている、彼女が目を覚ました時、彼女は一体どんな反応を示すのか、まだ、分からない……。

あとがき:ああ、とうとうマサシが出てきてしまった…、ユウリちゃん早く起きて!

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マナ

from: yumiさん

2011年01月08日 15時16分41秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・23・

 髪を掴まれているのか、酷く頭皮が痛んだ。

「起きたか、お嬢さん?」

 だみ声がユウリの脳内に届くが、彼女が真っ先にした事は睨む事だった。

「ほう、まだ、そんな反抗的な目をするのか?」
「…あな…たは……。」
「オレか?」

 男はニヤリと笑い、その顔をユウリに近づけた。

「オレはこいつらの雇い主に頼まれたものよ。」
「……。」
「こいつらが余りに不甲斐ないからってオレをよこしてきたんだ、光栄に思えよ?」
「……。」

 ユウリは喉の奥でクククと笑い始めた。

「何が可笑しい?」
「女一人と男一人しかいないというのに、そんなにお金を使うなんて、馬鹿じゃないのかしら?」
「……。」

 男は怪訝な表情を浮かべる。

「……わたくしの妹を捕らえ、そして、次期当主であるわたくしまで、捕らえた…、さあ、何処のお家の者たちかしらね?」
「…お前何を言ってやがる?」
「わたくしも、わたくしの妹も家族に手を出されたら黙っていられない性分なの。」
「……。」
「だけど、それよりも…恐ろしいものが…貴方たちを待っているわ。」

 ユウリの瞳が冷たい光を宿す。

「貴方たちは最もしてはいけない事をしてしまった……。」

 ユウリは己の体を見た、所々血に染まり、そして、間違いなく服を脱げば無数の打ち身がこの体にあるだろう。

「本当に馬鹿な人たちね。」

 ユウリは本当に悲しげにポツリと言ったのだが、その言葉は男の耳には届かなかった。

「何か言ったか?」
「いいえ、何も、貴方がたはきっと報復に遭うわ。」
「何だそれは?」
「わたくしが言っても無駄な事…そう、貴方たちは眠れる獅子を起こしたのかもしれない…いえ、あれは獅子と呼べるものかしら?」

 ユウリはそれを昔一度だけ目にした事があった。
 あの時は…恐ろしかった……。
 マサシがマサシでなくなり、人はぼろ雑巾のように斬っては捨てられる…。
 あれはこの世のものではなかった…、だけど、あれの引き金になったのはユウリその人だった、だから、ユウリは誓ったのだ。
 もう二度と同じ事は引き起こさないと……。
 だけど、今回はそれを避ける事は出来ないのかもしれない……。

「マサシ…お願い、来ないで……。」

 ユウリは自由の利かない体で必死に手を合わせようとした。
 けれど、縄で縛られた手はこれ以上動かなかった。

「………。」

 ユウリは必死で自分を保とうとする、だけど、所々に彼女の弱い部分が顔を見せていた。
 ユウリは男にばれないようにそれを隠していた、幸いにも男はユウリの事をただの女だと思っているのか、そんな事を気にしていなかった。

「ようやく大人しくなったか。」
「あらよく喋ってほしいのなら、そうしますけど?」
「ちっ、うっせぇ女だ。」
「――っ!」

 ユウリは自分の腹に衝撃を受け、静かに意識を失った。



 暗闇の中でただ一人、はっきりと見える人がいたその人は――幼いユウリ――は必死で涙を堪えていた。

「痛いの?」

――ちがう…。

「苦しいの?」

――ちかい…。

「怒っているの?」

――ううん……。

「何で貴女は泣いているの?」

――……あのね…。

 幼いユウリはそっと口を開いた。桜の花弁のように小さな唇が紡ぎだすのは、過去の自分の記憶……。

――さみしいの…あのこが、わたしのまえから…きえたから……。

 慰める言葉など…思いつかなかった、だって、それは長い間…今でさえ彼女の中に巣くう闇なのだから。

――どうして、あのとき…わたしは……あのこに…あのことばをいって、しまったの?そのせいで、あのこはやしきから、いなくなってしまった……。

 ユウリはそっと少女に手を伸ばし、彼女の小さく温かな体を抱きしめた。

「ごめんね…ごめん…。」

――おねえさん、どうして、あやまるの?

「私が弱いから……、私がもっとちゃんとしていれば…同じ事が起こらなかったかもしれないのに…。」

――おこってしまったの?

 少女の舌足らずの声が、急に大人びた。

――本当に起こってしまったの?

「えっ…。」

 ユウリは驚きながら腕に抱く少女を見たら、彼女は幼い自分ではなく今の自分と瓜二つの自分がいた。

「貴女……。」

――それは、本当に起こってしまう事なの?

 しっかりとした瞳が彼女を射る。

「分からない…でも……。」

――でも、何?貴女はあの人と同じ地獄に落ちる覚悟を持ったのでしょ!

「――っ!」

 ユウリの瞳が大きく見開かれ、ユウリの瞳にもう一人の彼女の強い意思の瞳がぶつかった。

――だったら、あの人を信じなさい!

 強い言の葉がユウリの胸を貫く。だが、その痛みは決してユウリを傷付けるものではなく、ただ、間違った時に道を正そうと頬を叩くそんな痛みによく似ていた。

――信じないのなら、貴女は消えた方がいい!

「そんなの……。」

 逃げ出したいとは思わなかった、だから、ユウリは彼女を受け止める。

「決まっているわ。」

 ユウリは彼女に手を伸ばし、そして、温かく抱きしめた。

「ありがとう……。」

――………大丈夫なのね?

「ええ、マサシは私がちゃんとこの世界にいるように繋ぎ止める。」

 ユウリが生み出した幻影は微笑んだまま消えていった。

あとがき:ユウリちゃんはマサシを止める事ができるのでしょうか?次回に続く。
誘拐編が終わるまで……、先はまだ長いですね……。

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マナ

from: yumiさん

2010年12月28日 09時36分20秒

icon

「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・22・

 その瞬間、ひびすら入っていなかった新品のティカップが真っ二つに割れた。

「……。」

 チサトの顔が歪む。

「お嬢様?」
「……ユーマ。」

 チサトはユーマに割れたティカップを差し出す。

「代わりの物を持ってきなさい。」

 ユーマは何か言おうとするが、チサトの恐いくらいに苛立った目に彼は逆らう事など出来なかった。

「分かりました……。」

 ユーマはティカップを持ち、そっと出て行った。
 ようやく独りっきりになったチサトは大きく息を吐いた。

「お姉様…ヘマをやらかしたの?」

 額に手を当て、チサトはいざという時は果敢な姉を思い浮かべた。

「………お姉様…、お姉様を失えば、あの者は一体どうなるかと…分かっているの?」

 チサトはそっと目を伏せ、そして、幼い頃の記憶を引き起こす。



 バラ園に幼い姉妹が遊んでいた。そこに、一人のみすぼらしい少年が現れる。
 妹の方は警戒心むき出しの目を少年に向け、姉の方はキョトンと首を傾げた。

「あなた、だれ?」
「……。」

 姉は妹の手を離し、少年の手を取ろうとした瞬間、乾いた音がその場に響いた。
 乾いた音は少年が姉の手を力いっぱい弾いたからだった。姉は弾かれた手を見て、そして、意外にも微笑んだ。

「大丈夫だよ。」

 妹は姉にもしもの事があれば大声を出せるように構えている。
 少年は姉の目を見て、固まる。

「………。」
「おなまえ、きいてもいい?」
「………。」

 少年は沈黙を決め込んでいるのか、喋ろうとはしない。

「おねえさま……。」

 妹が姉のドレスの袖を引っ張る。

「チサト…もどっててくれる?」
「でも……。」
「おねがい。」

 姉のお願いに妹はすんなりと引き下がる。

「わかった、でも、なにかあったら、すぐにひとをよぶのよ。」
「わかってるって。」

 妹は姉に背を向けるが、すぐに、物陰に隠れ姉を見ていた。

「……わたしはユウリ。」

 姉はそっと少年にハンカチを渡す。
 少年はハンカチとユウリの顔を交互に見た。

「おれは……。」
「……。」
「………………マサシ。」

 蚊のなくような声だったが、近くにいたユウリの耳にはしっかりと届いた。

「マサシくん?」
「ああ。」
「いいおなまえだね。」
「……。」

 ニッコリと微笑む姉に少年は照れたのかそっぽを向いた。
 妹は物陰からそれを見ていて、少年は自分が思っていたよりもずっと普通の人なのかもしれないと思った。

「マサシくんはひとり?」
「…ん。」
「……そうなんだ…ねえ。」

 ユウリはそっとマサシの手を取った、今度は、マサシはその手を弾かなかった。

「わたしのいえにこない?」
「……。」

 少年の目が見開かれ、物陰に隠れていた妹も目を見張っていた。

「おまえ……。」
「ひとりなんでしょ?」
「……。」
「だったら、いいじゃない、それに、わたし、おかあさまたちに、あそびあいてを、えらびなさい、といわれているの。」
「……。」
「だから、マサシくんだめ?」
「スジョウのわからないやつをつれていってもいいのか?」
「……だいじょうぶだよ。」

 そっと少年の手を握る手に姉は力を込めた。

「わたしは、マサシくんがいいの、しらないひとより、ずっといいよ。」
「……おれのことなんて、しらないくせに。」
「うん、しらないよ。」

 姉は意外にも微笑んだ。

「……しらないから、しりたいの。」
「……へんなヤツ…。」
「そうかな?」
「ああ、ぜったいそうだ。」
「う〜ん……。」

 姉は表情を曇らせるが、少年はその反対に表情を明るいものへと変える。

「しょうがないな……。」
「えっ?」
「いっしょにいてやるよ。」
「ほんとう!」

 満面の笑みを浮かべる姉はまるでこの場所に咲く薔薇そのものだった。

「ああ。」
「よろしくね、マサシくん!」
「よろしく、ユウリ。」

 少年はこの時から、姉を守ろうと思ったのかもしれない、この時は仕方ないというような少年の顔が印象的たった。



「タカダ家に…いえ…お姉様に忠義があるのなら、それを守りなさい…マサシ…。」

 チサトはここにはいない二人の姿を思い浮かべ、そっと、伏せていた目を開けた。

「貴方は…何の為にお姉さまのお側にいるの?…守りたいからでしょうが…だったら、その命を懸けてもお姉様だけは…守りなさいよ。」

 チサトの手が小刻みに震えていた。
 彼女は滅多に本当の感情を表に出さない、だけど、この時ばかりは本気で恐怖を覚えていたのだった。

あとがき:ユウリたちの出会い話です、……こんなに長くなるとは…予想外です。

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マナ

from: yumiさん

2010年12月22日 16時11分20秒

icon

「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・21・

 それに気付いたのはリョウタだった。

「ミナミ……?」

 かなり離れた所でパタパタと走る軽い音が聞こえ、そして、それが、自分たちがいた方向からたった一つだけ聞こえていたのだ。

「マサシ!」

 何となく嫌な予感がしたリョウタは共に戦っているマサシに危険を知らせるように叫んだ。
 流石はマサシというのだろうか、マサシはリョウタの叫びを聞き、すぐに目の前の敵を気絶させ、すぐさま、リョウタの元へと足を向けた。

「何だ!」

 マサシは周りの敵を潰しながらリョウタの元へと行く。
 リョウタもマサシだけ負担をかけるわけにはいかないと思い、自分も目の前の敵をひたすら倒した。

「足音が聞こえる!」
「……。」

 マサシは戦いながらも残る神経をすべて聴覚へと向けた。
 そして、リョウタのいう軽い音を聞きつける。

「……向こうで、何があった。」

 マサシの顔から感情が消えた。

「リョウタ、向こうへ行け。」
「でも……。」
「さっさと行け、巻き込まれたいのか!!」

 彼らしくない怒声にリョウタはマサシが切れかけている事に気付く。

「――っ!分かった、無茶はすんなよ!」

 リョウタは身を翻し、先程いた場所へと走り出した。

「……。」

 リョウタが行った事を確認したマサシはまるで、獣のような目を敵の男たちを睨んだ。

「お前ら…俺を本気にさせた事後悔すればいいさ。」

 マサシの口元に残忍な笑みが浮かぶ。

「あの世でな!!」

 床を蹴った、それはまるで狼を彷彿させるような動きだった。
 マサシという「狼」は牙の代わりに剣をつきたて、男たちの喉笛、腹を噛み切るように剣を滑らせる。
 素手での攻撃も男たちの骨を折り、酷ければ砕いた。
 そして、十分も立たないうちにこの場は血に塗れ、そして、血溜まりにはただ一人虚空を見詰める青年が一人立っているだけだった。

「口ほどにもない……。」

 マサシは剣を振り、血を払う。

「あいつに…ユウリに何かあれば……この倍以上の数の人間を血祭りに上げてやるよ。」

 マサシは喉の奥を引きつらせるように笑った。

「……そして、俺も共に死んでやる。」

 マサシの瞳は闇の色を含んでいる。それはユウリを失えば彼自身の心にも侵食され、そして、狂ってしまうだろう。



 リョウタはマサシを残してきた事を少し後悔するが、すぐに、ミナミの姿を見て血の気がスッと失せた。

「ミナミ!」

 ミナミのドレスの裾は無惨にも斬られ、そして、彼女のドレスの所々に少量とはいえ血がついていたのだ。

「リョウくん!!」

 ミナミはリョウタの腕に飛び込み、そして、目の淵に涙を溜めながら叫ぶように言った。

「お姉様を助けてっ!!」

 リョウタの目が見開かれる。

「さっき、知らない人が……矢を……お姉様の腕に……血が出てて…それで、それで……。」

 支離滅裂だったが、リョウタは彼女の言葉を理解した。

「くそっ……、勘が当たってしまったか……。」

 ミナミの前では決して彼女を不安にさせる言葉を言わないようにするリョウタだったが、この時ばかりは混乱しているのか、そんな言葉を吐いてしまった。

「リョウくん!!」
「……。」

 リョウタはミナミを抱きしめ、考える。
(ユウリ様は…武術に優れていらっしゃる…だから、ミナミをこっちに逃す理由は分かった…だけど、ユウリ様が射抜かれるなんて……、こんな時だからいつもよりも警戒しているはずなのに…どうなると、敵は強いのか?)

 リョウタは考え事をしていたので、ミナミが苦しげな声を上げる事に気付かない。

(……手負いのオレじゃ…助太刀になるかも怪しい…クソっ!)
「りょ…リョウ…くん…くる…しい。」
「えっ!?」

 リョウタはミナミの声にようやく気付き、慌てて彼女から離れた。

「わ、悪い!考え事をしてたから……。」

 言い訳にしかならない事をリョウタが言うが、ミナミはホッとしたように微笑んだ。

「ううん…大丈夫だよ。」
「……。」

 リョウタは唇を噛み、自分は執事失格だと思った。

「悪い…。」

 リョウタはミナミの頭にそっと手を置き、再び考える。

(一度戻って、マサシにも言った方がいいな、オレ一人でどうにかなる相手じゃなさそうだ…。だが…これを知らせた後…オレにマサシを抑える事が出来るのか?)

 リョウタは予感にも似たものを感じていた。手負いの獣が何かを――雌ならば自分の腹を痛めて産んだ子のような存在を――失ったような、失いつつあり、そして、怒りくるうようなそんなものを感じていた。
 リョウタは一瞬苦い顔を浮かべ、そして、ミナミの手を取る。

「ミナミ、もう少しだけ走れるか?」
「うん。」
「悪いな、もし、辛かったらいってくれ…抱える事は出来ないが背負うくらいはできる。」
「……。」

 ミナミはリョウタの背中を見て、そして、今にも泣き出しそうな顔をしたのだが、その事にリョウタは気付かなかった。
 何故ならリョウタは背を向けていたから、そして、その背中からかなりの血が滲み真っ白なシャツは真紅に染め上げられていた。

「行くぞ。」

 リョウタはミナミの手を取ってマサシの元に向かう。
 そして、リョウタは先程過った予感が現実のも似になるのをただ、見ているだけしか出来なかった。

あとがき:すみません、早めに載せてます。

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マナ

from: yumiさん

2010年12月17日 18時00分03秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・20・

 それに気付いたのは偶然だった。

「ミナミ!?」

 ユウリは目の端で捉えた銀の光に違和感を覚え、両手を押し、ミナミを押し飛ばした。

「きゃっ!」
「――っ!!ぐ……。」

 尻餅をついたミナミは小さな悲鳴をあげ、そして、続いてユウリの息を詰まらせる声と痛みを堪えるような声がした。

「お姉様!」
「…大丈夫よ、ミナミ怪我はなかった?」
「……。」

 今にも泣き出しそうな妹にユウリは微笑みかける。

「お姉様……。」
「大丈夫よ、これくらい。」

 ユウリは自分の二の腕を貫く矢を見た。
 黒の衣装だから血が滲んでいるのがわかりにくいが、それでも、ユウリは血が流れている事を悟り、ミナミを呼ぶ。

「ミナミ、ちょっとこっちに来て。」

 ミナミは訳が分からないままユウリの元へと向かう。

「悪いけど、このドレスの裾をちょうだい。」
「え?」
「止血用の布がもうないの。」
「あ…いいよ。」
「ありがとう。」

 ユウリは小刀を抜き、ミナミのドレスの裾を必要な分だけ切り取り、その布で心臓部近くを縛った。

「さて…そこにいるのは誰!?」

 ユウリの厳しい眼差しが一人の男を睨みつける。

「よく分かったな。」
「……。」

 ユウリは現れた男――右目に眼帯を付けたがたいの大きい男に向かって先程布を斬った小刀を投げつけた。

「……ふっ。」

 男はニヤリと笑い、そして、易々とそれを避けて見せた。

「……ミナミ。」

 ユウリはミナミを、怪我を負っていない腕で後ろへと追い遣る。

「逃げて。」
「えっ?」

 ユウリの目は男へと向けられている。

「私一人じゃ、厳しいの……。」
「それなら……。」
「貴女がいれば、余計に自分の命すら守れないかもしれないの…だから。」

 ユウリは手負いだという事を差し引いても間違いなくこの男に勝てる気がしなかった。

「お姉様……。」
「いい、私が一瞬の隙を作るから、マサシたちの元に行って、ここにいるよりはきっと安全だから。」
「でも……。」
「いい、これは次期当主である私の命令よ。」
「――っ!」

 ユウリはふわりと微笑む。

「私は死なないし、死ぬ気だってないわ。」
「……。」
「だって、あの人を置いては死ねないから。」

 鈍感なミナミは分からなかった、ユウリが誰を指して言った言葉なんて、だけど、きっと大切な人だという事だけは、鈍感なミナミでも分かった。

「絶対…大丈夫なの?」
「ええ。」

 ユウリは持っている武器を確認しようとするが、先程投げたもので最後だと言う事を思い出し、苦い顔をする。

「最悪。」

 その小さな言葉は幸いにもミナミには届かなかった。
 ユウリはミナミにばれない程度に視線を彷徨わせ、武器を探すが、どこにも武器は落ちていない。
 いや…一本だけある。先程投げた小刀だ。

「それしかないか……。」

 ユウリは腰を落とし、そして、ミナミにだけ聞こえる声で囁いた。

「いい、ミナミ一、二の三で、行くわよ。」
「うん。」
「それじゃ、一、二の三!!」

 ユウリは即座に床を蹴り、その何テンポか遅れ、ミナミも床を蹴った。

「はあっ!」

 ユウリは男に向かってとび蹴りを喰らわせようとするが、男はそれを軽々と避けた。
 だが、ユウリの真の狙いは違った。
 ユウリは素早く着地し、そして、右手の近くにあった小刀を拾い上げた。

「やあ!」

 無駄のない動作で男に向かって小刀を突き出す。

「くっ……。」

 あまりの素早さに男は左目だけでは捉え切れなかったのか、苦しげな声をあげギリギリユウリの攻撃を回避する。
 だが、ユウリの方が一枚上手だった。
 彼女は自分の攻撃をすべてかわされるかもしれないからと、次々と攻撃を繰り出し続ける事をした。
 そして、その中のユウリの蹴りが男の腹にめり込んだ。

「やった……。」

 この時、既にユウリの息は上がっていた。
 ユウリは男から距離を置こうと足をどけようとした瞬間、人間の力とは思えない程強い力で、ユウリの足が掴まれた。

「くっ!」

 ユウリはあまりの痛みに顔を顰め、反射的に手が出るが、それも、止められる。

「捕まえた……。」
「――っ!!」

 男の顔が近付き、ユウリは反射的に顔を背け、そして、心の中で自分の中の大切であり、最愛の人に助けを求めた。

――マサシ!!

 だが、その声がたとえ彼の耳に届いたとしても、それは遅い……。
 何故なら、ユウリが顔を背けた瞬間彼女の無防備な腹に男の大きな拳が叩き込まれ、彼女の意識は闇へと落ちた。

あとがき:ユウリちゃん苦労しますね…。しかも生傷が絶えない。どうしてこんなにユウリちゃんは苦労人なんでしょうね。

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マナ

from: yumiさん

2010年12月11日 11時56分15秒

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「お嬢様の危険な日常・執事の憂鬱」
・19・

「なあ。」
「……。」

 リョウタはマサシに声を掛けるが、返事はなかった。

「マサシ?」
「……。」

 リョウタはあまりの不自然さに顔を顰めた。

「訊いているのか?」
「……。」

 リョウタは痺れを切らしたのか、回り込みマサシの顔を覗き込んだ。

「――っ!お前……。」
「大丈夫だ…心配すんな。」

 マサシの顔は紙のように真っ白で、そして、よくよく見れば彼は肩で息をしていた。

「大丈夫って!何処がだよ!」
「……お前、ユウリに似てきて口煩くなってきたな。」
「関係ないだろう!!」

 リョウタはマサシの胸倉を掴んだ。

「お前な、怪我してんならさっさと言えよ!」
「……。」
「お前は――。」
「……お前は何様だ?」

 マサシの目がスッと細められる。
 マサシの放つ殺気にも似た気に、リョウタは本能的に二・三歩後ずさってしまう。

「お前も傷だらけだ、それなのに、俺には戦うなと?」
「くっ……。」

 リョウタは言葉を詰まらせた。マサシの言う通りリョウタだって傷だらけだ、だけど、その程度はリョウタよりもずっとマサシの方が酷い。

「俺に指図出来るのはただ一人。」
「ユウリ様だけか?」
「……。」

 リョウタは身を翻して、ユウリを呼びに行こうとするが、それをマサシが止めた。

「何処に行く気だ?」
「ユウリ様にお前を止めてもらうように、命令を出してもらう。」

 リョウタのこの言葉にマサシの喉がクッと鳴った。

「馬鹿じゃないか?」
「どういう意味だ?」
「ユウリは俺を止めない。その命令は出したくとも出せない。」
「……どういう意味だ?」
「あいつは次期当主だ、そんな人間が執事如きの命を考えていられるか?」

 リョウタはマサシの言う意味が理解できなかった。

「たった一人の俺の命と、ミナミの命どっちが思いと思う?」
「……両方同じだ。」

 戸惑うように言ったリョウタの言葉にマサシは狂ったかのように笑い出した。

「ははは…傑作だ。」
「どういう意味だよ。」
「お前は一体何年執事を勤めてきたんだ?」

 マサシの瞳がまるで獣のような色を帯びる。

「主の妹とそしてただの民間人の命を比べているんだぞ?」
「それがどうした、人一人の命の重さなんて比べることも出来ない、そして、強いて言えば同じだろうが!」

 リョウタは顔を真っ赤にさせ怒鳴るが、マサシは涼しい顔をしている。

「本当にお前は馬鹿だ。」

 マサシは残酷なほど冷たい目でリョウタを見下ろす。

「お前は自分の命とミナミやユウリの命が等しいと思うのか?それは間違いだぞ。」
「……。」
「あいつらの命が奪われれば、多くの民が他の領地の奴らに目をつけられ、そして、殺される。それは絶対避けなければいけない事だ。」

 マサシは昔誰かが教えてくれた言葉を言う。

「俺たちは何処で野垂れ死にしても、手厚くは葬ってもらえない。だけど、貴族と呼ばれる…あいつらは手厚く葬ってもらえる。その意味が分かるか?」
「分かる訳ないだろ。」

 怒ったように言うリョウタにマサシは口角を上げ笑った。

「多くの人に必要とされているかだ。」
「……。」
「俺らの命だなんて民には必要とされないんだよ。」

 マサシの一言は虚しくその場に響いた。
 リョウタはマサシの言葉を否定しようとした、だが、間が悪かった。

「いたぞ!!」
「敵さんのお出ましか。」
「マサシ――。」
「話は後だな。」
「……。」

 リョウタはマサシを睨んだ。

「絶対に忘れるんじゃねぇぞ。」
「…さあな。」

 マサシとリョウタは同時に戦闘体制に入る。

「ああ、ほら、お前の武器だ。」

 マサシはリョウタに向かって一振りの剣を投げた。

「……いいのか?」
「ああ、もう一本持ってるからな。」
「それなら、ありがたく借りる。」

 リョウタは堂に入った構えを取る。

「そんじゃ行くぞ。」
「ああ!」

 二人は同時に床を蹴り、そして、現れた複数の敵を切り捨てた。

「………。」

 マサシの剣は鋭く敵の急所を狙い確実に潰していき、リョウタの剣はマサシの剣よりも力は劣るが、速さで敵を翻弄していた。
 リョウタはまだ体が発達段階である、だから、力よりも瞬発力や跳躍力を重視した戦い方をしていた。
 一方、マサシはリョウタとは違いもう成長があらかた止まっており、そして、日々の訓練などで力も早さも全てを鍛えているので、臨機応変に力技や速さを生かした戦い方をしているのだった。
 それぞれ目の前の敵ばかりを見て、戦っていた二人は気づいていなかった……、敵の一人が彼らがいた方向へと走っている事に…、そして、その後の事態が大きく変わるなど知るよしもなかった。

あとがき:さてさて、本当に長い誘拐編、何時終わるのかは予測はつきますが、まだまだ長いです。はい…。
気長に待っててください。

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