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  • from: 岐阜のすーさん

    2007年08月19日 06時12分29秒

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    おごりが邪魔をする。

     最近、教育は愛だと思っている。
    子どもへの愛情の深さが子どもを育てる。

     母親は生まれたばかりの子どもが泣いている姿を見て、何が欲しいのかを探り、おしめを替えたり、お乳を与えたりする。
    そして泣いた時、したいことがあっても自分の時間を割いてでも子どものために尽くす。
     自分の都合ではなく、子どもに合わせて自分の都合を変えている。我が子への愛情がなければ、それはできない。

     私たち教師の子どもへの対応もそれだ。

     「お前たちのために時間を作ってやったんだ。」
     「せっかくこれだけ準備をしたのに。」
     「これだけ丁寧に説明したのに、何故で分からないのだ。」
     「もう中学生なのだから、そのくらい自分で考えなさい。」
     こんな自分の都合に合わせた発言からは、子どもへの愛情は感じられない。

     「今この子は何を求めているのだろう?」、「分からないのは何故だろう。どこがいけないの?」、「何をすればいいの?」と自問自答する姿は、泣く原因を探り試行錯誤して一番よい手だてを打とうとする母親の姿に似ている。
     「泣くな。」と言っても泣くのが赤ん坊。
     「わかれ!」といっても「なかなかわからない。」のが子ども。

     自分のしたことを伝えても相手が受け入れなければしたことにはならない。
     お乳が欲しい赤ん坊にお乳を与えず、おもつを替えていること同じである。相手が望まないことはしたことにならない。

     おごりは、自分のしたことをよしとするところに現れる。そして、自分のしたことが本当によいかどうかを確かめる機会を奪ってしまう。

     泣く我が子を何とかしたいと思考錯誤する母親の姿と同様に子どものために思考錯誤する教師に愛情はあってもおごりはない。

     おごりが思考錯誤して伸びようとする自分の邪魔をする。

     経験が豊富になり技術を身に付けても、このおごりだけはもちたくない。そして、愛情を感じさせる言葉をかけ、安心して助けを求める子どもとの関係を築きたい。

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