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  • from: さん

    2026/04/27 01:13:33

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    【閑話・航空機】2000万円のサーフボードの怪. 〜 F-15Jスピードブレーキ




    マクドネルダグラスF-15Jイーグルは、1980年にアメリカマグドネルダグラスから2機が米国で受領されます。しかし一旦アメリカ空軍に預けて試験を受けます。その後嘉手納基地に空輸、そこで初めて登録し、日の丸を掲げるが、日本領土に着地するのは翌年3月の岐阜基地になります。その後10号機までをノックダウン生産(キット組み立て)、11号機以降がライセンス日本生産となりました。
    F-15には、特徴的な非常に大きなスピードブレーキが一枚、装備されています。3平方メートル近くもある一枚もののスピードブレーキです。アエロブレーキによるランディングの姿勢でも印象が深いですね。
    このスピードブレーキは、空戦時にも使用され、その大きさゆえに、軽量化と強い強度が必要です。その構造には二種類あるようで、裏側が剥き出しの多数のリブで覆われているタイプと、軽量化構造の代表の一つ、ハニカムサンドイット構造によるスピードブレーキです。
    この複合材サンドウィッチ構造ですが、当初は、技能者の手作業で製作されていました。
    治具にエポキシを染み込ませたカーボンのプレプリグという1mmくらいの素材を積層して敷き詰めて、マシニングで綺麗に整形されたアルミハニカムをセット、その上に、さらにプリプレグを規定の方向に「うまく」敷き詰めてレイアップしていきます。その後、ビニールシートをピンと貼ったまま真空引き、コキュア作業をして余分な樹脂を取り除いたらオートクレーブで焼き上げます。

    1985年頃、現代人には想像もつかないでしょうが、最先端の計算室だけが寒いくらいにエアコンが動いていました。ニッポンの作業場にはエアコンなんてほぼ、ない時代でした。設計室で、最先端の素材と構造計算ソフトで構造検討して決定した図面は、そんな環境で実体化されていたのです。

    とたん屋根の夏の暑い積層室で、作業員2人がプリプレグの両端を持って、そうろっと重ねていくのです。額には汗、その汗はキラキラ光るハニカムに落下する。

    サマーホリデーが近づく頃、設計室では、品証の超音波と渦電流の探傷検査結果を受けて不具合検討対策に忙しくなる。
    ハニカムのコアクラッシュ。複合材を硬化するために、吸引、加圧、加熱した際に、サンドウィッチ構造のコアであるハニカムのセルが破裂して潰れてしまう不具合です。水が蒸発膨張すると大きな圧力を生成します。コアが潰れてしまうとスキンは支えを失うので強度が下がります。マグドネルでは検討すみで一定の大きさ以下であれば、スキンをカットアウトしてハニカムコアを部分的に交換、スキンにパッチを当てて焼き直す手順が定められていました。
    もしもそのサイズを超えて仕舞えば、2000万円のカーボンサーフボードは廃棄です。背筋が寒くなります。

    さて、その後数年経って、強力なエアコンが装備されただけではなく、ローラーで機械が自動積送するようになったら、自然とブラウンコアは収まっていったそうです。スピードブレーキが二種類のタイプがあったのは、ブラウンコアの不具合のせいだったのでしょうか。あの頃の、真夏の背筋も凍る恐怖のお話も、今は伝説になってしまったのかも知れません。
    一方で今は、軽量化技術の旗柱だったサンドイッチ構造は影を潜め、疲労破壊を考慮して、より検査性が良く維持費が安いリブタイプが主流のようです。

    もしも、空をF-15が飛んでいたら、その背中には、かつて技術者の背筋をこうらせた大きなサーフボードが背負われていることを思い出してみるのも良いでしょう。

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