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  • from: orimasaさん

    2010年06月30日 10時52分35秒

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    日本周遊紀行;温泉と観光(34)松島 「坂上田村麻呂」(追記)

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     日本周遊紀行;温泉と観光(34)松島 「坂上田村麻呂」(追記) 




    写真、手前の竹やぶが西野山古墓(×印)、上方の○印が清水寺
    (Asahi・comより)



    前回からの続き(追記)です・・、

    最近、京都の「坂上田村麻呂」の遺構が再確認されたという。

    平成19年6月初、平安初期の武人で上級貴族だった「坂上田村麻呂」の墓が、過去の文献調査から西野山古墓であることが特定されたという。 

    京都大学の吉川真司・准教授(日本古代史)が、「清水寺縁起」のなかに、田村麻呂の墓地としての記述がある「太政官符」(当時の公文書が残っているのではなく縁起に書き写したもの)を再発見し、確認したとされている。


    京都・山科に「西野山古墓」といわれる古墓が、既に大正8(1919)年に偶然発見されている。 
    内部からは武人の墓にふさわしい純金の装飾を施した大刀や金銀の鏡、鉄の鏃(やじり)などの副葬品が埋葬時の状態でみつかり、これらの状況から被葬者は高位の人物で、この地が中臣氏の根拠地である点からその一族の誰かと推定されていた。


    今回、田村麻呂が創建したという「清水寺」(京都市東山区)に残る平安後期編纂(へんさん)の「清水寺縁起」の中に、弘仁2(811)年の朝廷の命令書「太政官符(だじょうかんぷ)」の表題が記されていたといい、それによると行政の最高機関が、土地を管理する民部省に送った文書の中に故・田村麻呂の墓地に関する記載がある。
    山城国宇治郡七条咋田西里栗栖村の水田、畑、山を与える」という文言があったとされる。

    その場所は今の山科区西野山岩ケ谷町にあたり、西野山古墓の場所と一致するという。 
    尚、「太政官符」はこれまでも研究されてきたが、表題の記述については注目されていなかったという。


    田村麻呂は平安期の811年に死去しているが、埋葬されるときは天皇の命令で平安京を守ってほしいという願いをこめて、立ったまま甲冑姿で東に向けられ葬られたという。 
    平安初期の頃は、まだまだ東国、特に蝦夷(えみし)の勢力が強かった事が伺えるのである。

    同様の事例として、征夷大将軍だった徳川家康が亡くなったときも、西の脅威を制するために亡骸は西に向けて葬れ、と言ったことに類似しているのが面白い。


    西野山古墓は、清水寺から南東約2キロの山科盆地西部、東海道(国道1号線)とJR東海道線を挿んだ所にある。 
    古墓は8世紀後期から9世紀前期と見られ、田村麻呂の時代と一致している。 
    既に大正8年に墓穴が見つかり、出土しているという。

    こうした研究から時代と位置と身分が一致し、「坂上田村麻呂」の墓と特定したという。


    又、古墓の南東約1.5キロには、既に地元では「坂上田村麻呂の墓」と伝えられる他の史跡もあり、現在は坂上田村麻呂公園にもなっている。


    この場所は平安京の東の玄関口でもあり、そこを守る所に田村麻呂が葬られていることから、死んでも平安京を守ってくれるという朝廷の願いもあったとされ、当時の武将の権威と田村麻呂の人柄が伺えるという。 

    遺物は、1953年に「山科西野山古墳出土品」として国宝に指定され、現在、京都大総合博物館(京都市左京区)に所蔵されているという。


    次には、松島の大伽藍「瑞巌寺




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  • from: orimasaさん

    2010年06月29日 10時19分45秒

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    日本周遊紀行;温泉と観光(34)松島 「五大堂」

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     日本周遊紀行;温泉と観光(34)松島 「五大堂」 






    写真2枚:松島・五大堂




    松島の「五大堂」は、坂上田村麻呂が創建した・・、



    今日は10月3日の日曜日であった。 
    雨の日とはいえ、さすが天下の松島である、大勢の人が巡っている。
    赤い狐狸橋(下が透けて見えるので、透橋ともいうらしい)を渡ると「五大堂」である。如何にも歴史を感じさせる瀟洒な建物で、松島の島々を見据えて鎮座している。

    平安初期、坂上田村麻呂が蝦夷征伐のおり、毘沙門堂(毘沙門天=四天王の一つ、男の神、戦・勝負の神、北方を守護する神)を建立したのが最初といわれる。

    平安初期の828年、慈覚大師円仁が瑞巌寺を開いた際、五大明王像を安置したことから、五大堂と呼ばれるようになったとか。

    御堂は桃山様式の美しい木造建築で、下屋部分の周囲に12支の彫刻が施されている。
    これは太陽の方向に正面を向いた時、その時刻を表すともいう。   国指定重要文化財



    坂上田村麻呂(さかのうえの・たむらまろ)について・・、

    奈良後期から平安初期、日本の国土は概ね稲作文化が浸透していた。
    ところが東北北部地域、とくに津軽地方以北は狩猟や漁業、山畑農菜等、想像以上に豊かだったので、そのまま縄文の食文化が継承されていた。
    当然、何かと手間の掛かる米作りとは相容れぬもので、西方(西日本地方)とは食文化をはじめとする文化摩擦が生じていた。
    これらの住民は、主として先住民といわれた蝦夷民族(えみし)・アイヌであったのだが。


    この頃、時代によって様々な見方も有るが、奥羽の先住民族である蝦夷と大和朝廷との関係は、国と統一と西方文化を広めるため、蝦夷との争乱がしばしば記録に出てきている。
    都からの援軍、増派が度々されているが、蝦夷側の抵抗が激しく、支配下に収めることに難渋していた。 

    そんな中、蝦夷鎮圧と西の文化(稲作文化)の融合を推し進めるべく登場したのが「坂上田村麻呂」である。

    朝廷は、坂上田村麻呂を将軍に武装した大軍(”稲作キャンペーン集団”ともいうべき・・?)を派遣し、この時の拠点を一旦、多賀城に置いている。


    この時期、田村麻呂は休息時、近くの絶景地・松島を見物遊山に出かけている。
    そして、その松島の余りの美しさに、この地に戦勝祈願を兼ねて「毘沙門」の御堂を設えたという。  

    今の五大堂である。



    彼は戦においても、相手の事情を理解しつつ、やみくもに武力を用いることがなかったといい、そのため戦後はよく治まったとされている。

    また彼の人柄は「怒れば猛獣も倒れ、笑えば赤子もなつく」という魅力に富んだ風貌伝説とあいまって、武将であるのに寛仁の心をもった人といわれ、敵対将軍としては、珍しく、いつのまにか津軽の人たちにも染み込み、慕われてきたといわれる。

    津軽の「ねぶた祭り」は、この時の戦の駆け引きに使われたのが起源とされている。
    祭りは、坂上田村麻呂が武者人形として、毎回のように登場していることは周知である。

    因みに、この時代に都は長岡京から、延暦13年(西暦794年)、京都の「平安京」に遷都されている。
    天皇は桓武天皇の時期であり、その3年後に蝦夷は平定されている。 
    そして坂上田村麻呂が、初めて「征夷大将軍」という称号を授かった時でもある。



    田村麻呂は、大陸渡来人の子孫ともいわれる。
    中国が漢の時代、後漢・霊帝(2世紀の戦国時代)の後裔と言われ、応神天皇の時代に日本に帰化した阿智王(阿智使主;後漢の最後の皇帝・献帝の孫ともいわれる)を祖とすると伝わる。 


    坂上氏の本拠地は、大和国添上郡坂上であるとされ、代々、坂上(さかのうえ)氏を名乗っている。
    田村麻呂は、8世紀の後半の791年以降蝦夷征伐を行い、797年「征夷大将軍」となり、蝦夷の平定を進めている。
    征夷大将軍とは、その名称の通り「蝦夷を征伐する」ための朝廷から授かった臨時の役職名であった。 


    田村麻呂以降は使われることがなかったが、平安末期から鎌倉創世記、源平の争いで源頼朝がこの役職を希望し、1192年朝廷から征夷大将軍を任じられている。 
    頼朝以降の征夷大将軍は、もっぱら武家の頭領の地位を表す役職になり、江戸末期1867年の「王政復古」の政令で廃止されるまで続くことになったのは周知である。


    次回引続き、「坂上田村麻呂」の追記




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  • from: orimasaさん

    2010年06月28日 09時56分13秒

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    日本周遊紀行;温泉と観光(34) 日本三景「松島」

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     日本周遊紀行;温泉と観光(34) 日本三景「松島」 



    芭蕉が口をアンぐりと開いたまま、声が出なかったという「松島」・・、




    写真:松島(向こうに五大堂が見える)



    嵯峨渓や奥松島を抱えた風光明媚な「鳴瀬町」(現、東松島市)を後にして、ようよう松島へ来た。 

    あいにく雨模様であるが、雨の松島も良いもんだ・・?  と強がりの一人合点して、例の海辺の大駐車場に車を置き、先ずは「五大堂」へ向かった。


    雨に霞んだ日本三景の松島も実にいい・・!!。 
    万葉の昔より風光明媚で知られ、俳人「松尾芭蕉」も賞賛した松島は、やはり何回見ても素晴らしい。



    『 松島や ああ松島や 松島や 』

    の句が広く知られている。

    これが芭蕉作と言われることがあるが、実際は、江戸時代後期に相模国(神奈川県)の狂歌師・田原坊が作ったものと言われる。



    『 松島や 鶴に身をかれ ほとゝぎす 』

    曽良(芭蕉の弟子、奥の細道の同行者)


    実は、芭蕉は、「奥の細道」の中で松島の句を示していないという。

    『 絶景にむかふ時は、うばはれて不叶 』絶景を眺めると、感動の余り思うように句が作れなかったという。
    又、中国文化人の間では、「景にあうては唖す」(絶景の前では黙して語らず)に感化され、意識的に句を示さなかったとする見方もあるという。



    絶景唖然」・・、

    絶景を見ると感情が先走って、言葉が出てこない。 その通りであろう・・!!。
    最近の流行語に「引く」という言葉がある、一般には引っ張る(pull)、 綱を引く、ボートを綱で引く、荷車を引く、人のそでを引くなどの意味があり、「身を引く」も第一線から身を引く、事が表沙汰にならないうちに身を引いた・・、等であるが、驚いて思わず身を引くと言う意味も有る。 

    最近の若者は、この意味を「引いちゃうよね・・!!」と表現するらしい。 
    絶景を見たとき、一瞬「身も心も引いてしまう・・」、おそらくこの様な絶句の状態になってしまうだろう。





    .
    日本三景・松島


    御存じ「松島」は「日本三景」の一つである。

    日本三景とは、ご存知、ここ松島町の「松島」、京都府宮津市の「天橋立」、広島県廿日市市の「厳島(宮島)」の三つの名勝地のことで、儒学者・林春斎が全国を行脚した際の著書「日本国事跡考」に、卓越した三つの景観として「丹後天橋立、陸奥松島、安芸厳島、三処を奇観と為す」と書いたのが始まりと言われている。


    その景観は海と緑が対象の妙をなし、その美しさは人々の心の琴線に触れる。
    海に囲まれた国、日本を象徴するこれらの絶景は、まさに天が我々に与えてくれた自然の恩恵であり、古き時代から数々の歴史の表舞台に登場し、和歌や文学にも登場してきた日本三景で、いつの世も代わることなく人々を魅了する、日本人の旅の心の原点である。


    各三景地には記念碑が記されているが、面白いのは、其々紹介する順序が違っており、天橋立では林春斎の原典通りの「天橋立、松島、厳島」、松島では東から「松島、天橋立、厳島」、厳島では西から「厳島、天橋立、松島」の順となっていることである。


    2006年、天橋立、松島、宮島の日本三景観光協議会では、林春斎の誕生日の7月21日を日本三景の日と制定している。

    林春斎」は、江戸時代前期の儒学者、父は林羅山(家康に抜擢され、23歳の若さで家康のブレーンとなる、2代将軍徳川秀忠〈家康の3男〉に講書を行う)、名は又三郎・春勝、号は鵞峰(がほう)、父とともに幕府に仕え、幕政に参画した。 
    三代将軍徳川家光に五経(四書五経:ししょごきょうともいい、儒教の経書の中で特に重要とされる九種の書物の総称)を講義し、訴訟関係・幕府外交の機密にもあずかった。 

    日本史に通じ、父羅山とともに「本朝通鑑」「寛永諸家系図伝」など幕府の初期における編纂事業を主導し、近世の歴史学に大きな影響を与えた。



    小生も、この後、西日本の沿岸を巡ることになるので、他の2景勝地、安芸の宮島(厳島)、丹後天橋立の地を訪れることを楽しみにしている。

    因みに、日本三景にならって実業之日本社主催による「新日本三景」の選定が行われ、全国投票の結果北海道七飯町の「大沼」、静岡県清水市(現静岡市)の「三保の松原」、大分県中津市の「耶馬渓」が選ばれているという。


    次回は、松島「五大堂」 




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  • from: orimasaさん

    2010年06月26日 09時14分22秒

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    日本周遊紀行;温泉と観光(34) 日本三景「「奥松島」

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     日本周遊紀行;温泉と観光(34) 日本三景「「奥松島」 


    松島に至る前に、先ずその一角とされる「奥松島」について・・、

    東北、否、日本でも有数の水産・港湾都市・石巻を過ぎると、まもなく「松島」である。

    ところで、お馴染みの松島へ直行する前に、奥松島をチョット覗くことにした。
    国道45号線から鳴瀬川沿いを走ると、間もなく砂浜の美しい野蒜海岸に達する。
    奥松島」は仙台側から見てのさらに先にあることから、そう呼ばれているらしいが、こちらは同じ観光地ながら静かで、のんびりした風情が広がる。


    日本三景といわれる「松島」であるが、その範疇は何処から何処までとは特に決められてはいないようだ。 
    大まかには松島湾内外にある大小260余りの島々と湾周囲を囲む松島丘陵も含めた地域辺りを指しているようである。

    一般に松島を観光する場合、列車では仙石線の「松島海岸」か、南側の海岸に位置する大駐車場に車を置いて、五大堂を中心とする海岸エリアと瑞巌寺を見学するのが普通のコースであろう・・?。
    時には、遊覧船にて船上より島々を眺めるか、高台の松島丘陵から「松島四大観」(まつしましだいかん)と呼ばれる景勝地点から奥松島を含めた全体像を眺めるのが良しとしている。

    そして日本三景・松島に接する「奥松島」(東松島ともいう)は、一般観光客には馴染みは薄いようであるが、本当の松島の良さはこの奥松島に有るとも言われている。




    奥松島の一島・・、南紀白浜の「円月島」に似てません・・?


    ここで、奥松島について・・、

    松島湾の北東部一帯、潜ヶ浦水道から大高森の周辺には無数の島々が点在する。
    その中でも秀悦なのが日本三大渓(岩手県の猊鼻渓と大分県の耶馬溪)の一つといわれる「嵯峨渓」であろう。
    太平洋の荒波と風雨に侵食された絶壁や奇岩が連続し、女性的な松島湾の景観と対照的に男性的で荒々しさが魅力である。大自然が作り出す島々の景観はここにもあり、この嵯峨渓は宮古島からでる遊覧船でも堪能できる。

    変わった所では、竹浜というところに「鳴き砂」(砂の上を歩くとキュッと鳴る砂をいい、急激な砂層の動きにより表面摩擦を起こして音を出す現象)の浜辺もあり、手前の野蒜海岸は波の静かな砂浜で、夏場は海水浴場として人気があるという。
    又、他にも、松島の四大観の一つである「大高森」の展望地やその周辺自然散策などがあり、他にも家族連れや合宿などの施設が近くに沢山あり、観るなら松島遊ぶなら奥松島」とも言われる所以である。

    中でも宮戸島には里浜貝塚という貝塚がある。
    里浜貝塚は、縄文時代前期(約6000年前)から弥生時代初めまでの約4000年間の遺跡といわれ、貝塚は島の標高20-40mの高台に存在していて、現在の海岸線からは離れているという。
    一般に、青森の三内丸山遺跡もそうであったが、各地縄文遺跡は今の海岸線から遠く、高い位置に在るといわれる。
    それは地球的な温暖化による縄文海進のために、現在よりも海水面が高かったことを意味しているという。

    現在もそうであるが、何千年も前の縄文時代といえども、生活を基盤とする場所は、元々は海辺や河川の近く叉は、それに準ずる所にあるのが普通であった。



    関連して松島の成因については・・、

    大昔のこの辺りの地形、即ち松島丘陵地帯は広大で海にまで達していたとされる。 それが、ある時期に次第に沈水して、現在、見られるような沈降地形が出来あがったといわれる。
    所謂、溺れ谷(陸上の谷が、海面の上昇や地盤の沈降で海面下に沈んでできた湾)に海水が入り込み、山頂のみが残って島が形成されてのである。 

    この状態が現在の松島湾を形成したものともいわれる。

    ただ、縄文期の頃は、現在と比して縄文海進のため、更に海面が20m以上も高かったことから、今の松島の小島などは当然海の底であったろうともいわれる。
    従って、当時の縄文人は今の松島とは全く異なった風景を眺めていたのでは、ともされている。


    次には「本松島




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  • from: orimasaさん

    2010年06月25日 10時55分04秒

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    日本周遊紀行;温泉と観光(33)岩泉 「小本温泉」

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    日本周遊紀行;温泉と観光(33)岩泉 「小本温泉」




    黄金八大龍王の湯


    小本温泉は「黄金八大龍王の湯」という仰々しい名前が付いているが・・?、


    岩手県に入って、所謂、リアス海岸の山また山の山中から岩泉の「小本」まで下りて来た時に、ようやく温泉に在り付いた。

    ハハーンここか・・、予備知識があったのである。

    ここ小本温泉は「黄金八大龍王の湯」という、名前が何とも仰々しいのであるが、おまけに、旅館の屋根いっぱいに大きな朱色の派手々々しい温泉マークが目立つ。

    三陸沿岸では珍しい天然の温泉(冷泉)であり,その名前が何とも厳しい(いかめしい)ので記憶にあったのである。
    ここの温泉は成分が極めて濃く、万病に効く神秘の湯として知られ人気があるらしい。 
    この湯に立ち寄ってみた。



    外観は温泉センター風、透けて見える引き戸の玄関をガラガラと開けると、雑然とした空間が広がっている。
    中にはお土産や地場産の野菜類があれこれ並び、食堂有りと、雑然とした中にも湯治場の大衆的雰囲気を出している。
    しかも、木をふんだんにつかっている建物で、浴室の窓にステンドグラスを嵌めるめてあったりと何やらオシャレな感じでもある。

    奥には立派な明神社・・?が祀ってあって、その名も「龍王大明神」だとか・・?


    因みに、八大竜王(はちだいりゅうおう)というのは昔から雨乞いや水に関する神様として祀られ、日本各地に神社や祠がある。
    古代インドで生まれ、仏法を守護するために竜族の八種が王となったもので、インドでは「ナーガ」という半身半蛇の形であり、中国や日本を経て今の「竜」の形になった伝えられる。
    つまり、蛇を神格化したもので、水中に棲み、雲や雨をもたらすとされる。 

    又、「釈尊」の誕生の際、灌水したのも竜王であったとされる。
    現代でも八大龍王は雨を降らせ、水産業、飲食業、水商売、芸能、サービス業の守護神として崇められ、特に井戸、水道の守護神として重要な役目を持っているという。

    当地の「黄金八大竜王」は金ピカに飾られ、温泉の守護神として祀られているのだろうか・・?。



    女将さんらしい人が、「立寄りかね・・、料金は後でいいから浴いっていきな、いい湯だよ・・!」と暢気そうに言ってくれた。
    実に長閑(のどか)である。

    浴室から既に硫黄臭が漂う。 
    源泉風呂は”金ぴか”で縁取られた浴槽で少し茶色く濁っており、浸かると肌にビリビリくるほど濃厚である。 
    龍王の口から盃に樋を通して少しづつ湯が注がれている。
    この樋には軟らかく白い析出物の硫黄分が多量に付着している。 これを見ても成分の濃さがわかる。 味は少し塩辛い。

    又、露天風呂は岩で作られており庭園風になってる。

    源泉浴槽には白い湯花と黒い湯花も舞っており、加熱された源泉と冷たいままの源泉二種が注がれているようである。 
    硫黄の匂いはさほどではないが、口にすると驚くほどの塩っぱさと、ニガリ等のミネラル分が濃さそうなイガラッポイ味がする。 
    噂どおり、薬効充分な温泉のようである。


    この温泉場の前に小本川が流れている。 
    この上流には有名な「龍泉洞」が在って、この伏流水が良い泉質を生み出していると言われ、これを宿の主人が夢のお告げによって掘り当てたという。  
    小本温泉は、「飲んで浸って寛いで万病を治す奇跡の湯」のキャッチフレーズどおり、いろんな病気の方が訪れ、効果を挙げているという。


    アトピー性皮膚炎や糖尿病など、現代人を悩ます疾病に抜群の効果があり「奇跡の湯」として人気を呼び評判らしい。 
    温泉に興味が無かった御仁には、それこそ「神がかりの湯」のように思えるかもしれない。

    泉質は、含硫黄-ナトリウム・マグネシウム-塩化物・冷鉱泉  
    効能は、神経痛・関節痛・慢性消化器病・痔疾・冷え性・慢性皮膚病・痛風など・・、
    源泉11.3℃の超冷泉、立寄料金 600円はやや高め・・?。



    小本温泉は「岩泉町」だった。
    岩泉町(いわいずみちょう)は、この辺り太平洋側に面している地域は小本地区のごく僅かで、その大半は内陸部に町域が広がっている。 実は、本州一面積の広い町なのである。
    因みに、岩泉町は面積:993平方kmで、2位が新潟県阿賀町:953、3位が福島県南会津町:887である。 
    但し、北海道を入れれば第9位だそうである。(2006年4月1日)

    岩泉町は、鍾乳洞の「龍泉洞」が観光地として有名であるが、ここの水が更に有名で、日本100名水にも選ばれている位である。 
    この水は飲料用ミネラルウォーターとして、岩泉町内における中心地区の水道水は龍泉洞の水で賄われているという。
    アイヌ語で「わっかくつ(水の穴)」と呼んで重宝がられていて、水に恵まれた町なのである。

    この龍泉洞の伏流水が更に良い泉質を生み出し、小本温泉の冷鉱泉「黄金八大龍王の湯」となっているのかもしれない。



    序ながら、岩泉町にはもう1つ自慢のものがある。 「松茸」である。 
    町の面積の9割が森林で覆われ、マツタケが生える赤松林は92000ヘクタールもあり、なにしろ東京ドーム約2万個分もの赤松林が有るという。 
    こんな訳で最近は、この赤松林から松茸の産地としても名が売れてきたという。

    松茸産地として蘇ったのは、町が京都大学の吉村文彦先生、別名「マツタケ博士」を招いて「岩泉まつたけ研究所」を設立し、その地道な研究と研究を生かした森林作りを進めてきた成果といわれている。
    この松茸研究所は、かの「ふるさと創生資金」を活用して町が設立したものだという。

    ふるさと創生資金とは1990年に時の竹下政権下で、全国の市町村に規模の大小を問わず、一律一億円の使途自由のお金を配るという、バブル経済最後のあだ花のような施策で全国に配られたお金だった。
    現在は、「日本一早く採れるマツタケの里」としても知られ、後になり「地域に根ざし、将来につながる有効な使い方をした」と評判が高まったのがこの岩泉町の松茸研究所であったという。


    元々、松茸を採取するのは難しいといわれる。
    松茸の採取は「どこにどう分け入り、どう宝を見つけるのか」がポイントで、実はいいモノが生える場所は大体決まっているという。
    現在、1万2000人余の町民のうち、名人級の採取者は50人程度はいるという。
    自生地は親子でも言えない秘中の秘だという。 

    それは、松茸は地表に顔を出て傘が開ききってしまえば、香りも味も落ちる性質を持つといわれ、このため地表からわずか1〜2cm程度、顔を出したところを見極め、根本から押し上げるようにして採取するのが本来といわれる。
    その場所を知らない人間が、やみくもに探しても採取できない理由はこの点にあるという。


    「松茸は今や宝物」・・?、

    日本では一般に香りが良いことが松茸が一番とされ「香り松茸、 味シメジ」などという言葉もある。 
    日本人がマツタケを食べるのは、この香りが目的だといえる。

    逆に欧米ではこの香りが「靴下の臭い」、「汗の臭い」、「精液臭」などと嫌われることがあるという。 
    人種、文化が異なると、こうも極端に違うものである・・!!。

    最近では市場流通量のほとんどが安い輸入品で占められ、中でも韓国や北朝鮮、中国からの輸入が多いと言う。  日本産頑張れ・・!!。


    次回は待望の「松島」



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  • from: orimasaさん

    2010年06月24日 12時58分24秒

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    日本周遊紀行;温泉と観光(32)むつ 「霊場・恐山」

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     日本周遊紀行;温泉と観光(32)むつ 「霊場・恐山」 




    霊場・恐山の大本堂、向こうに山門(地獄より望む)</div>




    地獄の様相の「恐山」にも天国は在った・・、


    再び県道4まで戻り、そのまま「恐山」を目指す。

    薬研温泉から直接、恐山へ行くことは出来るが道はいっそう細くなり、上下の激しいヘアーピンカーブやら、ものすごい山道が延々と続く。
    道が大きく左へカーブすると、次第に明るくなり、視界も広がってきた。 

    遥か下に湖が見えてきて、この湖は「宇曹利湖」というらしい。 
    間もなく「恐山」全体が見えてきた。
    大きな山門とその奥に広がる異郷の世界が出現したのである。


    以前、普段はあまり出歩かない信仰心の強い母が、「恐山」へは一度行って見たい、と洩らしていたのを思い出す。 
    今となっては、少々悔やまれるが、既にもう三界の人となってしまった。



    広大な駐車場には、朝、早いせいか、土曜日であっても未だ人影はない、八時開門という。 

    阿形、吽形と思われる仁王像が控えた、山門は二層造りの堂々たる巨大建物で、色彩も豊かである。
    500円の参拝料を支払って山門をくぐることにした。

    山門から左側へ折れ小道を登っていくと、硫黄臭とゴツゴツした岩だらけの空間が、広がっている。 
    そこに見える風景は物凄く荒涼として、殺伐たるものである。
    地獄の小径が続く、無数の無縁塔、御霊石等に地獄谷、血の池地獄など、その中に観音像、地蔵尊、開祖の円仁(慈覚大師)堂が祭られている、正に霊界なのである。



    荒涼とした地獄の一角に佇む、開祖円仁(慈覚大師)の御堂</div>



    一方、地獄の裾には「賽の河原」が広がっていて、その先には対照的な白州の極楽浜と湖面が美しい宇曽利湖が広がっていた。
    その周辺はミズバショウ、シャクナゲ、イソツツジ等が彩々しく色どりを添えていた。
    まさに地獄と天国が一体となって広がっているのが「恐山」なのである。



    賽の河原、三途の川に架かる「極楽橋」</div>


    宇曽利湖と極楽浜周辺は天国の様相</div>


    賽の河原とは現世と冥土の境、天国と地獄の境目、三途の河原ともいう。




    地理でいう恐山山地とは、下北半島のまさかり部分にある山地全体を指し、カルデラ湖である宇曽利湖(うそりこ)を中心とした外輪山の総称である。 

    外輪山は釜臥山、大尽山、小尽山、北国山、屏風山、剣の山、地蔵山、鶏頭山の八峰をいい、「恐山」という名称の単独峰はない。
    いわゆる「恐山」とは、霊場を指す独特の名称のようだ。

    活火山岩に覆われた「地獄」と呼ばれる風景と、美しい宇曽利湖の「極楽浜」との対比が特徴的であり、寺名は恐山・菩提寺、本坊はむつ市田名部にある曹洞宗・「円通寺」である。




    恐山は、宇曾利山:「うそりざん」が変じたものという・・、語韻が似ている。

    西暦862年に慈覚(じかく)大師・円仁が開山し、初めは恐居山・金剛念寺と称していたらしい。
    この頃は天台密教の寺であったが、争乱で寺は破壊され一時衰退したが、1530年に聚覚(じゅかく)によって再興されたという。 
    以降、曹洞宗に改宗され、釜臥山・菩提寺と称して円通寺(むつ市)が別当をつとめている。 

    霊場・恐山の開祖は、天台宗を開いた最澄の弟子である慈覚大師・円仁で、円仁が唐に留学中、 夢で「汝、国に帰り、東方行程30余日の所に至れば霊山あり。 地蔵尊一体を刻しその地に仏道を広めよ」という御告をうけた。
    円仁はすぐに帰国し、夢で告げられた霊山を探し歩いき、苦労の末、 恐山にたどり着いたといわれる。

    円仁は6尺3寸の地蔵尊を彫り、 本尊として安置したとされている。 
    本尊は延命地蔵菩薩である。


    日本三大霊山(恐山、高野山、比叡山)、日本三大霊場(恐山、白山、立山)、日本三大霊地(恐山、立山、※川原毛)の一つである。


    その昔は、日本海を舞台とした北前船が往来し、漁師や乗組員が航海の安全や家業繁栄を祈るために参拝者が詣でた。 また、下北地方には大漁や五穀豊穣、家内安全、無病息災といった現世利益を願う「地蔵講」という習わしがあり、村では季節が変わるごとに恐山に詣で、地蔵菩薩に御利益を願ったという。


    古来より、地蔵信仰を背景にした死者への供養の場として知られ、下北地方では「人は死ねば(魂は)お山(恐山)さ行(い)ぐ」と言い伝えられている。

    恐山大祭や恐山秋詣りには、イタコマチ(イタコがテントを張って軒を連ねている場所)に多くの参拝人が並び、イタコの口寄せを聞く。
    イタコ」は津軽・南部地方の巫女の名称であり、現世依頼者の求めに応じて死者の霊を呼び寄せ、その言葉を依頼者に伝える、 所謂、霊媒者のことである。 

    大祭には,各地のイタコが集まり死者の口寄せを行うので多くの参拝客が集まるという。 
    昨今では、イタコに依頼する参詣者が殺到し、予約をしないと口寄せは叶わないともいわれる。


    別当・「円通寺」は、むつ市の市街地のほぼ中心、国道279と338号の交差点に、境内・本堂を有している。
    明治時代に入り,戊辰戦争で敗れた会津藩が、下北と三戸郡に領地を移され、斗南藩として藩再興を果たすが、その時の藩庁がこの「円通寺」であったそうである。







    地獄の境内にある「恐山温泉」と小生</div>


    恐山自体が火山であるため、境内には温泉が湧いている。

    古滝の湯、冷抜の湯((ひえのゆ)、薬師の湯、花染め湯など、4つの浴場があり、お入り自由の無料である。 ただし、参拝者のみであるが。

    参道の左に掘立小屋風の男性用「冷抜の湯」と女性用「古滝の湯」の湯小屋が有る。


    敷戸を引いて中に入ると、硫黄の臭いがただよう。
    湯船及び床は総ヒバ造りで、感触がいい。
    お湯は透明だけど硫黄の刺激臭があって、いかにも温泉らしさを醸し出す。 

    淡い緑色をしている湯に浸かるとビリビリときた、熱い・・!!
    仕方なく水で薄める、それでも成分は濃厚である。
    それもそのはず、ここ自体が源泉であるから。 

    ただ一人、入浴中の「八王子」出身の大湊海上自衛隊員と、しばし郷愁の会話を交わす、ついでに記念写真をパチリ。  



    恐山の湯でミソギをし、恐山を後にした。



    恐山よりむつ市街に至る恐山街道(青森県道4号)には途中、整備された湧き水・冷水(ひやみず)があり旅人の喉を潤している。
    この湧き水を一杯飲めば10年、二杯飲めば20年、三杯飲めば死ぬまで若返ると言われているが・・?。



    ※ 「川原毛」 宮城県境に近い秋田県湯沢市の山中にある火山地帯で、火山で荒原となった地域を川原毛地獄と称している。至るところから硫黄が噴き出し、まさに地獄の雰囲気が漂うところである。恐山、立山と並び 日本三大地獄(霊地)のひとつに数えられる。 血の池地獄からの沢水は、滝壺が露天風呂の川原毛大湯滝となっているという・・。河原毛地獄、針山地獄を回る所要一時間の遊歩道も整備されているが、周囲は硫黄ガス度が高いので注意が必要だといわれる。


    次回は小本温泉・「黄金八大龍王の湯




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    2010年06月23日 09時19分35秒

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    日本周遊紀行;温泉と観光(31)大畑 「薬研温泉」

    .



     日本周遊紀行;温泉と観光(31)大畑 「薬研温泉」 







    「かっぱ湯」、湯船に河童の像が見える



    薬研温泉の野天・「かっぱの湯」はご機嫌であった・・、

    大畑海岸の小さな漁港の一角で目が覚めた、空はドンよりと垂れ込めている。
    出航の準備か、漁民の二人(夫婦・・?)が忙しなく動きまわっていた。

    こちらは、今目覚めたばっかりのボンヤリ頭で、前の御二人の様子とは好対照、何か気まずい思いがする、早々に退散としよう。

    先ずは内陸部の薬研温泉(やげんおんせん)へ向かうことにする。
    薬研温泉と恐山」は今回の旅の主要地でもあった。

    未だ静寂の大畑町並みを抜け、国道279へ出て、薬研方面の分岐、県道4を行く。

    途中、町並みを通過する時、鉄道の駅舎らしい建物に遭遇した。 
    それは駅名ではなく「下北交通大畑出張所」とあった。
    ここは元々JRの「大畑駅」だったところらしい、廃線になって名称を変更したのだろう。 


    実は、ここ大畑は、つい最近までは大畑線(下北交通)が走っていたのだ。

    以前にも北海道の「戸井町」(現、函館市)のところでも記したが、北海道と本州の最短距離にあるのは、戸井町と大間町である。
    戦前、この区間に軍事的な目的を主に、国策として青函航路の代替航路を決定していた。 
    その為に北海道側は函館-戸井間、そして本州側はむつ市から大間を目指すべく、鉄道建設を急いでいた。 そんな中、1939年に下北―大畑間の路線が先ず開通したのであった。

    しかし、戦局の悪化と戦争終了に伴い、大畑―大間の区間は放置、破棄されるに至り、結局この区間のみの短い路線となった。
    時は流れ1981年に国鉄の合理化策として廃止を検討されるが、1985年7月に下北交通が後を引き継いだ。 
    その後も赤字体質は一向に改善せず下北交通大畑線は、2001年の3月31日を最後に廃止されるに至ったのだ。

    下北交通は元々バスが本業であったため、自社によるバス代替運行に戻したのである。



    大畑川沿いを上流へ行くほどに、深山幽谷の雰囲気が益々濃くなる。

    進路を延ばすと、左に「恐山」(おそれさん)という方角の分岐があった。 
    どうやらこの辺りが薬研温泉といわれる地域らしいが、温泉街などという状況では全くなく、鬱蒼とした森の中にあっておよそ建物も見当たらない、
    僅かに、一軒のホテルが右に見えてきた程度であり、旅荘が2〜3軒といった秘湯の里であった。

    目的地は未だ先のようで・・、更にその奥の奥薬研(おくやげん)へ向かう。

    大畑川・薬研渓流に沿って2km程で、どうやら目的地の奥薬研温泉の「かっぱの湯」へ着いたようだ。
    野放しのかなり広い駐車場があり、川岸への降り口に案内板があって坂を下りて行くと、渓流の岸に大きな露天風呂があった。 
    無論、混浴の広い天然温泉の露天風呂で、着替え用に御体裁の如くの小さな小屋があるのみ。

    周りは鬱蒼とした緑と沢の音が一層雰囲気を出している。 


    中年のおじさんと若いカップルが一組・・(とはいっても女性は足湯三昧だが)が御入浴中だった。こちら老境のジジイは、委細構わず浸かるのであるが、露天風呂の底は緑色の藻が一面に張り付いていてすこし滑るが、実に何とも気持ちのいい自然湯である。 
    広い湯船は20人以上の人が入浴しててもゆったり浸かれるだろう。

    すぐ下の渓流が清清しく、川からの風も心地よい、時間が経つのも忘れてしまいそうである。 

    気がつけば、浴槽の上流側で源泉が流れ込んでいるので結構熱いが、中程よりは快適であり、紅葉の時期は最高だろうな実感する・・!!、 
    この雰囲気だと泉質などはどうでもよい。 

    聞くところ、この湯は営林署管轄、管理しているとか。


    混浴の「かっぱの湯」が恥ずかしい人には更に200mほど歩いたところに、土産物やレストランのあるログハウス風の建物に「夫婦かっぱの湯」があるらしい。 
    何でも、あちらはしっかりと男女別になっていて、一見売店で入浴料金を払わなければいけないの?と思ってしたが、実は、そちらも無料であるとのこと。


    ヒバの原生林に囲まれた温泉で「薬研」の名は、湯の湧き出ているところが漢方薬を作る薬研という道具に似ていることから付けられたとされている。
    薬研渓谷」は新緑や紅葉の美しい景勝地でもある。この渓谷に沿って、否、渓谷の中に野天風呂はある、ここは 無論、男も女もない。 


    開湯の伝説は、「恐山」を開いた慈覚大師が、奥薬研を訪れた時にケガをしてしまって、川原で困っていると、フキの葉をかぶった河童が現れて大師を助けたという。
    河童に運ばれ、奥薬研の湯に浸かり、気がついた時は傷は癒えていたという。 
    大師は感激して「河童の湯」と名付けたそうである。

    伝説の河童は奥薬研のシンボルになり、河童の像が湯船の縁に座している。
    泉質は無色透明の単純泉で、疲労回復、胃腸病、神経衰弱、婦人病、皮膚病、リウマチなどに効果があるとされている。

    こちらはかつて、テレビ朝日の「ニュースステーション」と言う番組で、紅葉中継をしていた名所でもあり、1971年、 厚生省告示第55号により、国民保養温泉地に指定されている。


    次回は「恐山



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    2010年06月19日 11時01分40秒

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    日本周遊紀行;温泉と観光(30)風間浦 「下風呂温泉」

    是より東北沿岸部(太平洋岸)の「温泉と観光」を巡ります。




    日本周遊紀行;温泉と観光(30)風間浦 「下風呂温泉」



    下風呂温泉の大湯


    大湯の湯船



    先ずは本州北の果ての温泉「下風呂温泉」から・・、

    大間に到着した頃には、すっかり闇に包まれていた。 これからの目的地は評判の「下風呂温泉」である。

    本州最北端の村・風間浦の海道沿いである国道279号を行く。 
    暫くすると、いささか眩しいくらいのネオンの歓迎灯が光っている。 
    路地へ入ると田舎の小さな温泉街の風情があった。


    共同浴場は二軒大湯と新湯があるようだが、その「大湯」へ向かった。 300円の銭湯を払ってイザ湯船へ。
    硫黄の香りがプンプンする、お湯は緑白色、身体にジンワリと効きそうだ。
    湯船と床は総ヒバ・・?(この地から内陸部に、明日向かう予定の薬研地区はヒバの原生林で有名)造りで感触が実に気持ちが良い。 

    洗い場で若い衆と御老体が盛んに会話を交わしていたが本場の津軽弁であろう、東北出身(いわき)の小生でもチンプンカンプンである。

    湯上りに何とはなしに、おしゃべり好きそうな番台の女将が『この大湯はNHKで放送している、「ふだんぎの温泉」で、第一回目に放送された記念の湯だよ、この前も民放TV局が来て色々撮って行ったよ・・、』と津軽弁で話してくれる。 
    小生も何度か、この放送は見ている。 
    吉 幾三のテーマ曲にのって地域密着、全国各地の情緒たっぷりの温泉を紹介しているのである。



    下風呂温泉は下北半島の「まさかり形」の北側にあり、津軽海峡に面している。
    対岸は北海道の函館と恵山で、特に恵山を眺めるには絶好の場所でもある。 

    井上靖は昭和33年、この温泉地で小説「海峡」を執筆し、作品の舞台にもなっていて、当地・長谷旅館はその「海峡」の宿として知られる。
    また、水上勉「飢餓海峡」の舞台にもなり、この作品は映画化もされている。



    それにしても温泉場の名称が『風呂』と付くのが面白い。
    下風呂」が在るのだから上風呂という名も在りそうだが、そうではないらしい。
    温泉名は、この地域のことをアイヌ語で岩(シュマ)臭い(フラ)が語源とされ、「シュマフラ」と言っていたことに由来するという。

    尤も、風呂そのものの語源が、「窟」(いわや)や「岩室」(いわむろ)の意味を持つ室(むろ)が転じたという説があるという。
    又、抹茶を点てる際に使う釜の「風炉」から転じたという説もあるが。



    序ながら「<b>風呂」について・・、</b>  

    昔の人の「風呂」という概念は釜に湯を沸かし、その蒸気を浴槽内に送り込み、熱い水蒸気により身体の垢を浮き上がらせてから、ぬるま湯や冷水で身体を洗うといったもので、現在に言う、蒸し風呂・サウナのようなもだった。 

    江戸期初期の頃に「戸棚風呂」といって下半身を湯に浸し、上半身を蒸気で蒸すという。 お風呂と湯浴をミックスした仕組みになっていたらしい、云わば、半身浴のようなものだったという。 
    現代のような、全身を湯が満たされた浴槽に入るようになったのは江戸期以降といわれて、その頃江戸に湯屋が開業し、風俗絵にもなっている。


    下風呂温泉は室町時代からの歴史をもつといわれ、室町期の地図にも「湯本」との記載がされているという。
    江戸初期の1656年には、南部藩藩主・南部重信が入湯しているとも云われる。


    近世はニシン漁師の湯治場として栄え、現在はイカ漁の行われる漁港として温泉街が成立している。
    温泉は、大畑と大間の中間あたりの海岸にあり、温泉ホテル、宿、民宿が立ち並んでいるが鄙びた温泉場という印象で、チョットした温泉街という雰囲気では本州最北端であろう。 

    泉質は、含塩化土類硫化水素泉と、今で言う硫黄泉であろう室町時代から刀傷や槍傷に薬効のある湯治場として知られたらしい。 


    街には二つの共同浴場があり、「大湯」は硫黄分の多い白濁した高温の湯、通称男湯、そして「新湯」は幾分柔らかめで食塩が多く透明の湯らしい。 
    切り傷、打撲傷、神経痛、婦人病、皮膚病などに効能がるといい、源泉は66度であると。

    湯上りに、地元の寿司屋で生ビールと地元特産の海鮮丼をいただき、大満足であった。 

    夜もトップリと更けてきて、今夜は大畑漁港の海辺で、マイカー宿とする。


    次回は下北・「薬研温泉




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    2010年06月18日 09時29分26秒

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    日本周遊紀行(111)いわき 「勿来の関」

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     日本周遊紀行(111)いわき 「勿来の関」 




    勿来の関と源義家(八幡太郎義家)の像


    いわき湯本から旧国道(6号)を経て、茨城県の県境でもある「勿来」(なこそ)へ来た。

    国道から勿来海岸の反対側に小高い丘があり、その一角に古来の「勿来の関」がある。

    東北の三古関白河の関、念珠関=鼠ヶ関)の一つであり、因みに、念珠が関(ねずがせき)は小生が出発して2日目に通過している。
    又、この古関は源義経と弁慶ら主従一行が平泉に逃避する際に通過したことで知られる。 


    勿来の関」は、往年の東北の都・多賀城へ通ずる、陸前浜海道の東北(蝦夷)への入り口として重要な関所であった。 
    古記には大和朝廷期にヤマトタケルが蝦夷(えみし)の蛮族を征伐するのに通った、との記載もあり、既に4世紀ごろから主要街道として機能していたという。 

    平安期の後期(1051年)においては東北・陸奥の国で一大動乱(前九年の役、後三年の役)が勃発する。
    朝廷はこれを治めるべく源氏の棟梁「源義家」(八幡太郎義家)を陸奥国守として任地の陸奥国に赴かせる。 

    この時、源義家は「勿来の関」で休泊の時、一句詠んでいる

     『吹く風を 勿来の関と 思へども
              道も背にちる 山桜かな



    平安期の頃は東北(蝦夷)の戦乱期も加わって、この浜海道は大往来時代を迎えている。 
    近くには岩城(いわき湯本)の「三箱の湯」もあって、高家、武人、都人、文人墨客(万葉人)等も多く行き来していた。

    太洋を望む美景の丘・「勿来の関」は、奥州三古関 と呼ばれており、古くから万葉集の中でも詠まれ、その後も多くの歌人らによって詠まれたのがこの地である。

    この周辺は古来より風光明媚な地にあって、松のこずえ越しに太平洋が一望できる。
    今でも山桜の名勝としても有名で、県立自然公園に指定されている景勝地である。 
    そして歌枕としても名高い「勿来の関」は、古来、“やんごとなき”人々より愛され、詠まれているのである。



    みるめ刈る 海人のゆきゝの 湊路に 
            勿来の関も わが据なくに
    』 新勅撰和歌集 「小野小町」
    《海人が往来す湊路に来ないで、などという関は設けていないのに最近あなたは逢いに来てくれないのね》

    惜しめども とまりもあへず 行く春を 
            勿来の山の 関もとめなむ
    』 夫木和歌集 「紀 貫之」 
    《いくら惜しんでも過ぎて行く春だけど、勿来の関よどうか春を止めて欲しい》

    なこそとは 誰かはいひし 云はねども
             心に据ふる 関とこそみれ
    』 玉葉和歌集 「和泉式部」 
    《逢いに行けないと言う恋人の返事に《来ないでなんて誰が言ったと言うの、いいえ誰も言ってはいないわ、あなたが心に関を作って私に逢いに来ないだけだわ》

    吹く風を 勿来の関と 思へども    
            道も背にちる 山桜かな
    』 千載和歌集 「源 義家」
    《花を散らす風は「来るな」、と言う勿来の関には来ないはずだが、何と道いっぱいに山桜が散っているとは・・・》

    陸奥の 信夫の里に やすらいで
          勿来の関を 越えぞわずらふ
    』 新勅撰和歌集 「西行」
    《誰にも言えぬ人目を忍ぶ恋に、「来るな」と言う関を越すべきか越さざるべきか迷い悩む私です》

    都には 君に相坂 近ければ 
          勿来の関は とほきとを知れ
    』 続千載和歌集 「源 頼朝」

    次回は、茨城県・「北茨城



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    2010年06月17日 09時24分38秒

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    日本周遊紀行(111)いわき 「蛙の詩人・草野心平」

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     日本周遊紀行(111)いわき 「蛙の詩人・草野心平」  



    「いわき」を語る時、一人の偉大な人物がいた。 

    しかも、小生の大先輩でもあるから是非紹介しておきたい。 
    かえるの詩人・「草野心平」氏である。



    春の歌』 詩 草野 心平

    かえるは、冬のあいだは土のなかにいて、春になると地上に出てきます。 
    そのはじめての日のうた。

    ほっ まぶしいな
    ほっ うれしいな
    みずはつるつる
    かぜはそよそよ
    ケルルン クック
    ああいいにおいだケルルン クック

    ほっ いぬのふぐりがさいている
    ほっ おおきなくもがうごいてくる
    ケルルン クックケルルン クック




    かえるのシンペイ」は・1987年の文化勲章を受章している。

    1931年、東京・麻布十番で焼鳥屋台「いわき」を開店した、
    1952年、文京区に居酒屋「火の車」を開店、
    1957年には新宿にバー「学校」を開いている。

    かえるのシンペイは、やはりかえる同様、水に縁があったようだ。 
    それでも貧乏神はシンペイの元を去らず、未だ面識のなかった宮沢賢治あてに「コメ1ピョウタノム」と電報を打った。 
    賢治に電報を打ったのは、彼が農場を持っているのを知っていたのである。



    この賢治のことをシンペイは、『 現在の日本詩壇に天才がいるとしたなら、私はその名誉ある天才は宮沢賢治だと言いたい。 世界の一流詩人に伍しても彼は断然異常な光を放っている。 彼の存在は私に力を与える(中略)、私は今只、世間ではほとんど無名に近い一人のすばらしい詩人の存在を大声で叫びたいのである。(中略)今後、彼はどんな仕事をしていくか、恐るべき彼の未来を想うのは私にとって恐ろしい悦びである。 宮沢賢治の芸術は世界の第一級の芸術の一つである 』と断言している。


    そして、若き天才・宮沢賢治の死後まもない昭和8年、「日本詩壇」に載ったシンペイが送った追悼文の末尾に、『 最後に一言ドナラしてもらえるならば、日本の原始から未来への一つの貫かれた詩史線上の一つに、類まれなる大光芒が「宮沢賢治」であることはもう断じて誰の異義をもはさめない、一つのガンとした現実である 』と書いている。   

    宮沢賢治
    の偉大さと、又それを見抜いた草野心平の凄さがよく理解でき、草野心平はただ単なる「蛙の詩人」ではなく、彼こそ原始から未来への線上で大光芒を放つ詩人であり、世界に誇る哲学的詩人である。 
    宮沢賢治と並ぶ、もう一人の「東北人らしい感性豊かな人の代表」なのである。


    「草野心平」はただ単なる「蛙の詩人」ではない、偉大なる「蛙の詩人」なのである。

    詩集「第百階級」の扉には、四行の題詞が書かれている。

    「蛙はでつかい自然の讃嘆者である」
    「蛙はどぶ臭いプロレタリヤトである」
    「蛙は明朗性なアナルシストである」


    そして、『 蛾を食ふ蛙はそのことのみによつて蛇に食はれる。人間は誰にも殺されないことによつて人間を殺す、この定義は悪魔だ。蛙をみて人間に不信任状を出したい僕は、それ故にのみ“かへる”を慈しみ、嫉妬の如き憎む 』とある。

    かえる」は、自然の食物連鎖の中に組み込まれ、他の生物の食料になる可能性の中にいることが、他の生物を食料とすることの正当性がある。 

    人間は自然の枠外に出て、しかも食物連鎖の頂点に立つ。 
    もはや正当性はない。 
    互いに殺しあうことによってのみ、その正当性を無理やり見出す。 
    その幸、不幸を唱えるならば、悪夢を持たない「」のなんと幸福なこと・・!!と、「」を賛美しているのである。



    草野心平は、1903年石城郡上小川(現いわき市小川)で生まれている。 
    兄も詩人で、心平に大きな影響を与えたという。

    旧制磐城中学(現、磐城高校・・小生の大先輩)、慶応大学普通部の入・退学を繰り返し、中国に渡って嶺南大学(現、中山大学)で学ぶ。 
    帰国後、詩を書きながら貧窮の中で各地を転々としながら、編集者、記者、宣伝部員から貸本屋、焼鳥屋、居酒屋の経営まで手がけるが、商売上手ではなかったようである。 

    そんな中で、宮沢賢治と八木重吉(日本の詩人:明治31年、町田市相原町に生まれる、キリスト教徒、肺結核により29歳の若さで死去)を広く世に紹介し、高村光太郎との温かい友情は終生続いたという。


    詩人としては、詩集「第百階級」「定本・蛙」などで評価を確立し、蛙を通して生命力への賛美と自然のエネルギーをうたう「蛙の詩人」と親しまれた。
    それが縁で、隣の福島県川内村(天然記念物モリアオガエルの生息地)の名誉村民になって毎年村を訪れ、自分の蔵書を村に寄付しているという。

    いわき市名誉市民、日本芸術院会員、文化功労者のほか、昭和62年には文化勲章受賞。 昭和63年(1988)11月12日、85歳で生涯を終えている。


    次回は、勿来の関



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