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  • from: ぽっぽさん

    2023年12月18日 12時00分51秒

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    御池岳・鈴北岳、霊仙山!

    皆さん、こんにちはァ~!
    今日も「寒い!」の一言でございまして、こうしてPCに向かっています時でも足元には「電気ストーブ」を! ← 歳でございますゥ~!(/Д`)
    BGMはユーチューブで午前中は「クラシック」でしたが、ソノマンマ聴いていまして今は「ギター演奏」を・・・

    さて、やはりお耳でございますが、昨夜~今朝の「ピチピチ君」は最近の傾向で体を動かしたりしますと「お手伝いをいたしましょうか?」と出てまいりますゥ~!(/Д`)
    昨晩もお風呂でアンヨやお耳の周りのマッサージを致しましたが・・・!?
    「虫の音」、今朝は元気元気でございますゥ~!
    お目々と歯はマーマーですし、アンヨも今のところ大丈夫でございますが、午後から予定をしています「カイヅカイブキの剪定」で「脚立」に登りますのでどうなりますやらァ~! フッ!
    (P.S.:やはり夕方前頃からベッドでTVを見ていますと「ピチピチ君」が元気になって参りますし、アンヨも「脚立」に登りましたので「痛み」が・・・(/Д') フッ!)

    【アヤメの枯れ葉ァ~!】
    今日は月曜日ですので「可燃ゴミを出す日」でございます。
    そこで「生ゴミ」を出す前に玄関北の「アヤメの枯れ葉」をむしり取りまして、昨日までの「枯れ葉」を集めて入れてあります生協の袋に追加しました。
    ふーたんが「生ゴミ」を持って参りましたので、二人でヨイショ!と市の指定袋に詰め込みました。
    集積所まで出しに行って参りましたが、「カラスの害」はなさそうでございますゥ~!

    【御池岳・鈴北岳、霊仙山!】 鈴鹿山脈の山(登山)でございますゥ~!\(^_^)/
    昨日のトピックに・・・
    >~7マウンテン以外で、私共夫婦は「霊仙山」「御池岳」の2座に登ったことがあります。
    >(機会がありましたら・・・ネ!o(^◇^)o)
    と書きましたのでアップしますネ!

    まず山の場所なんですが、下の地図でお判りでしょうか?
    「鈴鹿山脈」は「滋賀県」「三重県」「岐阜県」の県境にありまして「霊仙山(りょうぜんざん:1084m)」が北端でございます。

    【御池岳(おいえだけ1247m:鈴鹿山脈最高峰) 1996年・1997年・2009年のの3度登りました。
    (下の写真は2009年のもので、右上の「鈴北岳(すずきただけ:1130m)」は上記の地図のごとく「御池岳」のすぐ北にあります。 右下は「エンゴサク」です)

    【霊仙山(1084m)】 1999年に1度登りました。
    (左写真は「登山口」で右が「山頂」です)

    さて、今日の午後は寒い中ではありますがァ~!
    カイヅカイブキの剪定」を予定致しておりますゥ~!

    では、皆さん!  「寒気」で風邪をひかないように!  
    今週もよろしくお願いしますネ!o(^◇^)o

    【カイヅカイブキの剪定その3ン~!】 南東のカイヅカイブキを・・・
    今日は(も)「寒い!」のでいささか躊躇はしましたがァ~!
    エイヤー!と気合で「カイヅカイブキの剪定」を。。。
    今日は下の図のごとく「南東のカイヅカイブキ」でございました。

    剪定と後片付け」の作業は、午後1時半過ぎから3時頃までございました。
    (下の写真では「剪定」した所がほとんど分かりませんよね・・・フッ!)

    後片付け」はいつものごとく、ふーたんがセッセとやってくれましたヨ!\(^_^)/
    (生協のビニール袋3袋分でございましたァ~!)

    【97歳の元気なおばあちゃん!】  「ポツンと一軒家」でございますゥ~!
    夕方前頃にベッドメーキングをしまして、ふーたんと「録画:ポツンと一軒家スペシャル」を見ていました。

    ネットで番組紹介を見てみますと・・・
    『最初に登場するのは、福島県の山深い所にある一軒家。
    捜索隊が山道を進むと、森を切り裂くように切り拓かれた田んぼ跡があり、目指すポツンと一軒家が見えてきた。
    暮らしていたのは、80歳の母と、60代の娘夫婦の3人。
    母はもともとは東京に暮らしていたが、戦時中に自宅が空襲で焼失してしまい、終戦後にここに疎開してきたという。
    食糧難だった当時の生活苦を振り返りつつ、豆や小⻨を育てて、徐々に田んぼを広げていったこと、2011年の東日本大震災による原発事故で3年ほどの避難生活を余儀なくされたことなど家族の歩みを聞く。

    捜索隊は、この家族の親戚で、74歳の女性と来月98歳になる母親とも出会う
    「昭和21年に、ここへ嫁入りに来たときは、小さなかやぶきの家だったんです。  当時は山仕事を生業にしていましたが、炭焼きもしていて。  つくった炭は背負子(しょいこ)で担いで、歩いて山を越えて運んでいました」などと母親は、当時の暮らしぶり、そして"凍み餅(しみもち)"などの地産の伝統食について語る。』
    ・・・とあります。
    その98歳のおばあちゃんが「なるべく 丸っこくして 生活していこうと 思って」とおっしゃっていました。
    さすが「1世紀を生き抜いた方のお言葉!」だと思いました。

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