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from: ぽっぽさん
2023/04/17 20:27:17
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「TVドラマ:らんまん」の主人公!
皆さん、こんばんは。
「朝ドラ:らんまん」が始まっていますネ。
主人公のモデルは「植物学者の牧野富太郎氏」ですよね。
【平野富太郎博士】
牧野博士と申しますと私は「尾瀬 ー山小屋三代の記(後藤充著)」に書かれたエピソードを思いだします。
著書には下記のごとく書かれています。 <要約してご紹介しますネ>
『「牧野博士を一喝」
一木一草を守る闘いで語られるエピソード「長蔵翁、牧野富太郎を一喝」を長蔵の息子・長英さんに聞いてみた。
「初めて牧野博士が尾瀬に入り私<長英>が案内した。
<牧野博士が>あまり植物をとるので父が『君は植木屋か、こんなにたくさん取って! 植物学者なら5本や10本仕方ないが、馬につけるほどとるとは何事か。 研究すると同時に保護を考えてくれなくちゃならない』と叱った。
この話が読売新聞に出てしまい、牧野博士は「ウソだ」と本に書いているが、その場には「生方誠氏(戦後、国家公安委員を務めた)」が居合わせて「その話は本当だ」と証言した。
読売新聞の記事には「植物分類学の世界的権威牧野富太郎博士が息子を見張り番におき採集した植物を馬に積んで逃げだすところを平野老人に見つかり『自然を破壊するものは人類の敵だ<私はこの部分に赤線を引いてあります>』と怒鳴られ今年からは一切足を踏み入れることはならぬ(以下省略)」とあります。
「大正4年6月 尾瀬沼山人<長蔵の事>」として長蔵小屋に掲げられていた注意書きは
一、食事には必ず脱帽すること
一、植物を猥りに採集せざること
一、燧嶽登山者は案内をうけること
一、神社に礼拝脱帽すること
一、礼儀を知らざる人は宿泊を断るこたるべし 』
・・・このように書かれています。
私はこの著書を読んだ時(1998年1月)、「やはり学者ってのは自分だけしか見えていないのだなぁ」と腹が立った覚えがあります。
さて、「らんまん」では牧野博士をどのように描くのでしょうかねェ!
私は興味がありませんので見ませんが・・・
(下の左は「尾瀬 ー山小屋三代の記」で、右は「平野家のお墓(尾瀬沼のヤナギランの丘)」です)
「ヤナギランの花」は下の写真のごとくでございます。
「尾瀬 ー山小屋三代の記」を読みまして、「ヤナギラン」が気になりましたので、「どのような花なのかな?」と調べてみましたら見たくなりました。
ネットには・・・
『ヤナギランは本州中部以北の北半球に広く分布する草原の植物です。 ときに大群落をつくり、夏の高原の花の代名詞として親しまれています。
四方に伸びた地下茎の先端から芽を伸ばし、ヤナギに似た細い葉をつけた茎をまっすぐに立ち上げます。
初夏のころに中心に小さな花芽をのぞかせて、夏に4弁の鮮やかな赤桃色の花を次々と開きます。
花後にできるタネはさや状で、中には白い綿毛をつけた小さなタネが無数に入っています。
やがて、さやは茶色くなってはじけ、タネが綿毛で風に乗って飛び散ります。
このころ地下では地下茎を伸ばして翌年の芽が形成され、芽が完成するころには地上部は枯れて休眠に入ります。』
『高原の草地でみられ、伐採跡地や山火事跡地にもしばしば群生する高さ1~1.5mの多年草。 茎は直立して、枝分かれはせず、ほぼ無毛です。
葉は互生する単葉で、長さ5~18cm、幅0.5~2cmの披針形となり、裏面は白色を帯びます。 葉の縁はほぼ全縁です。 葉柄はごく短いか、ありません。
茎先に長さ10~45cmの総状花序を出し、紅紫色の4弁花を多数つけます。
花柄の基部には細く小さな苞があります。
果実は長さ5~8cmの細長い蒴果で、熟すと割れ、白色の毛がある種子を出します。』
・・・などとあります。
あちこちで見つけては撮っていましたら「大好き!」になりましたヨ!\(^▽^)/
確か「洋画:小さな恋のメロディ」の「線路のシーン」で、線路わきに咲いていたのが「ヤナギラン」だと思いますが・・・!
(下の写真の右2枚は渡米した時にパチリしましたが、「アメリカにも咲いている!」と感激しましたヨ!\(^▽^)/)
【尾瀬に関して】
「尾瀬」につきましては、2021年8月の「トピック:尾瀬!その1~5」に詳しく書かせて頂きましたが、その中からピックアップしますと・・・
◆ ヤナギランの丘 ◆
ネットには。。。
『尾瀬自然保護の父として平野長蔵と平野家の人々が知られるが、そこには平野長蔵と植物学者武田久吉博士の深い信頼と友情があった。
長蔵翁は「死後骨の半分を尾瀬に埋めてくれないか」と懇請し、博士は「僕ももちろんそのつもり」と快諾し、二人は死後隣同士葬られることを望んだ。
しかし、武田先生の死後、この二人の想いは反対によりかなわなっかった。
そこで、長男の長英氏が傍らにて武田久吉先生の愛用したジャンパーを埋め「武田久吉先生追慕之碑」としたという。
武田久吉(ひさよし)先生は日本山岳会を創立したメンバーであり、第6代日本山岳会会長、初代日本山岳協会会長、日本自然保護協会会長を歴任した、植物学者であるが、尾瀬の自然保護の恩人とも言われており、桧枝岐村に記念館が建ている。』
などとあります。
◆ ゴミ持ち帰り運動と尾瀬憲章 ◆
= ゴミ持ち帰り運動 =
昭和47年6月に始まり、関係者の努力やボランティア活動により定着化。
(「尾瀬 - 山小屋三代の記(岩波新書)」より)
= 尾瀬憲章 = 昭和47年5月11日 群馬県
一、 尾瀬を訪れる人は、その自然を愛そう。
一、 尾瀬に接する人は、その利用に責任を持とう。
一、 尾瀬を尊ぶ人は、その景観を破かいから守ろう。
一、 尾瀬に親しむ人は、その豊かな恵みに感謝しよう。
一、 尾瀬に誇りを持つ人は、その美しさを後世に伝えよう。
◆ 4度の尾瀬 ◆
私共夫婦は尾瀬へは「4度(2000年7月・2001年7月・2002年5月・2005年7月)」参りました。
順不同にはなりますがその時撮りました写真をピックアップします。
(尾瀬と言えは「ミズバショウ」ですネ!o(^◇^)o
下の2枚は尾瀬ヶ原からの「至仏山」「水芭蕉(ミズバショウ)」です)
◆ 尾瀬の花々 ◆ 不鮮明の写真もありますがお許しを。
下の写真の上段左から「アズマシャクナゲ」「カラマツソウ」「キヌガサソウ」「コバイケイソウ」です。 (以下同じ)
「タカネシオガマ」「ヒオウギアヤメ(?)」「トキソウ」「ニッコウキスゲ」
「ハクサンチドリ」「ヒツジグサ」「ホソバヒナウスユキソウ」「ワタスゲ」
「ギンリョウソウ」「オニユリ」「シナノキンバイ」「タテヤマリンドウ」
「オゼソウ」「タカネバラ」「ツマトリソウ」「トンボソウ」
皆さんは「尾瀬」へは行かれましたか?
「平野三代が死守」してくださった尾瀬へ是非、行かれてくださいネ!o(^◇^)o
(最後に、「至仏山(しぶつさん:2228m)」と「燧ケ岳(ひうちがたけ:2356m)」を。。。)
コメント: 全2件
from: ぽっぽさん
2023/04/18 14:41:21
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魔王さん、こんにちは・・・
>さて、彼らの共通点は?
「土佐(高知県)」出身でしょうか。
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