「それじゃマイクロバスに乗っていた子供達の中に、トーマスの子供がいたのですか？」「ええ。他の子供達と一緒に教団のヘリで射殺されました」「すると、トーマスは自分の子供も殺害したんですね」「トーマスにとって子供は何の意味も持ちません。女性信者との火遊びで生まれたわけだから、愛情すら持ち合わせていなかったのでしょう」「ひどい」「宗教者は時に残酷さを現すものです」みう記者はミッソー中佐の横顔を見た。イラクやインドネシアのバリ島で、何千人も殺害したミッソー中佐も、トーマスと同じように残酷さを持っているのだろうか？みう記者の頭をふっとそんな考えが横切った。

「終末思想というと、ハルマゲドンのことですね」みう記者が言った。「そうです。ノストラダムスの大予言にあるように、この世の終わりが来るというあれですよ。聖ピアス教団もハルマゲドンが来るので、滅ぼされたくなかったら教団に入り、アンナが決めた体の七ヶ所にダイヤモンドピアスをしろと言うわけです。そうすればハルマゲドンを生き抜いて、永遠の命が得られると教えているのです」「なるほど。魅力的な教えですね」「おまけにトーマスは信者達に催眠術をかけて、自分の思うように操っていたのです。トーマスは気に入った女性信者がいると関係を持ち、子供まで産ませていました」

みう記者はICレコーダーのスイッチを入れた。「防衛研究所のダンディ中佐の取材が終わったら、防衛省の工藤防衛大臣とミッソー中佐に取材を申し込む予定でした」「そうでしたか」「聖ピアス教団のトーマスとアンナの目的は何だったのですか？」「聖ピアス教団の教えと毒ガスと炭そ菌によるバイオテロによって、日本を支配下に置くことです」「教団による宗教国家を作ろうとしたのですか？」「その通り。教団の教えはみう記者も知っていますね」「はい。体に七ツのダイヤモンドピアスを施すだけで、永遠の命が得られるという教義ですよね。どうして信者達は、その教えを信じたのかしら」「それは終末思想と、トーマスの催眠術によるものです」

みう記者がベンツのドアロックを解除すると、ミッソー中佐は助手席に乗り込んだ。二人は東名高速に乗ることにした。市ヶ谷の防衛省までは、かなりの距離がある。「送ってもらってよかったのかな？」ミッソー中佐は、みう記者に言った。「全然かまいませんよ。これも仕事の一部ですから」「了解した」さすがに毎時新聞の敏腕記者である。ミッソー中佐から特ダネを入手しようと言うのだ。聖ピアス教団がテロ集団であるというスクープ記事を書いたのも、みう記者だった。防衛研究所のダンディ中佐に対する取材も、聖ピアス教団に関する記事を書くためだった。ミッソー中佐は聖ピアス教団と戦闘をして帰ったばかりなので、みう記者にとっては、またとない取材機会だったのである。

「アンナに対抗する方法がマインドウェポンしかないとすると、アンナを抹殺することは難しいかも知れませんね」ミッソー中佐は困惑を隠しきれなかった。ここへ来ればアンナに対抗出来る方法が得られると考えていたからだった。「ミッソー中佐、防衛省は現在、ブラックシャドー本部を建設中です。今後訓練はその建物の内部で実施されます。そのため早晩アンナに対抗出来る、いやアンナを凌ぐ隊員が生まれるのは遠い先のことではないと思います」「ダンディ中佐、いろいろと参考になりました。私はこれで失礼します」「ミッソー中佐、防衛省へ帰るのですか？」その時、みう記者が尋ねた。「ええ」「じゃあ、私の車で送りますわ。ここへはヘリで来たんですよね」

スキー技術が日本へ伝えられたのは日露戦争後。駐在武官であったオーストリー・ハンガリー帝国陸軍のテオドール・フォン・レルヒ少佐によってである。偶然にもレルヒ少佐は、アルペン【山岳】スキーの創始者といわれるマチアス・ツダルスキーの弟子だった。そして配属先の新潟県高田第13師団で、若い尉官たちを生徒に、当地の金谷山をゲレンデにして、明治44年1月12日、日本初のスキーの教習が始まったのだ。

岡山市は玉野市や下津井のように、直接瀬戸内海に面しているわけではない。児島湾に守られ、さらに閉め切り堤防によっても守られていた。だが、南海大地震が起きた時の津波の高さは5メートルを越えると予想されていた。

「ダンディ中佐、アンナのマインドウェポンに対抗する手段はありますか？」今まで静かに聞いていたミッソー中佐が言った。「ミッソー中佐、難しい質問ですね。一つだけ方法があります。目には目を、歯には歯を、マインドウェポンにはマインドウェポンです。現在、防衛省ではマインドウェポンを駆使出来る部隊、ブラックシャドー部隊を秩父の山奥に駐屯させています。そこには訓練場もあり、全国から超能力者を集めて訓練しています。近い将来、その中からアンナに対抗出来る隊員が生まれるかもしれません」

「アンナのマインドウェポンはイエス・キリストと同じ種類のものなんですか？」みう記者はさらに尋ねた。「それがそうとばかりも言えないのです。アンナのマインドウェポンを見る限り、何か邪悪な存在を背後に感じるのです」「もしかして悪魔サタンが背後にいる？」「ええ。そもそも聖ピアス教団そのものがサタンの支配下にあったと考えられます。トーマスもアンナも七つのピアスを体に施すだけで、永遠の命が得られると教えて来ました。教団の教えは簡単で魅力的でした。そのため多くの人々が入信したのです。だが、聖書にはそんな教えはどこにも書かれていません」

「ではイエス・キリストは超能力者だったんですね？」「その通り。だからこそ、湖の上を歩いたり、水をぶどう酒に変えたり、悪霊を追い出したり出来たのです」「でもモーセもナイル川の水を血に変えたり、杖を蛇に変えたりしたんじゃありません？モーセも超能力者なんですか？」「いや。モーセは違います。モーセはエホバ神のしもべであって、さまざまな奇跡は、神のみ業によるものです。モーセはエホバ神に信仰を持っていました。それ故、神のみ業を見ることが出来たのです」