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  • from: ☆(⌒杰⌒) AMA-G'ですさん

    2010年02月12日 19時08分59秒

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    脳みそに刻み込まれた〝好き!〝の記憶…。


    自分の好みの日本酒を探して今日も酒屋に立ち寄る
    ★(⌒杰⌒) AMA-G'です

    日本酒の基本的な造り方には大差がないのに
    蔵ごと、銘柄ごとに、日本酒の味わいが異なるのは
    蔵元・杜氏・蔵人の細かな工夫や志向自体が違っているからだ。

    また、
    人の手を介して生産されるものは
    同じ銘柄の商品であっても、一つ一つに微妙な差が生まれる。

    機械的に製造されるものも
    そのときどきの機械の調子によっては
    まったく同一のものができない場合がある。

    日本酒好き、ことに純米酒が好きな酒飲みは
    蔵ごと、銘柄ごとの味わいの差異を楽しむが
    〝なぜその差異が生まれるのか?〟までは気にしない場合が多い。

    もちろん、
    マニアックだったり、こだわり性格だったり、
    理屈っぽかったり、偏屈だったりする人(どの分野にも必ずいる)
    たちは、日本酒をただ味わうだけでは気がすまず
    あれやこれやと調べて回り、聞きたくもないのに
    あれこれとその蘊蓄を開陳してくれる。
    (人が飲んだ酒の話ほどつまらないものはない)

    「淡麗な日本酒」が好きなひとがしつこい性格だったり、
    「濃醇な日本酒」を好む人が淡泊な性格だったり
    日本酒の好みは必ずしも飲み手の性格を反映しない。

    それは、
    異性の好みにも似て、
    人は概して自分にはないものを恋人や配偶者候補に求めるものだ。

    生き物が自分に不足しているものを補う
    補完的な心理の反映だろうか?

    毎度毎度、ワシが批判の標的にしているけど
    いわる〝淡麗辛口〟というキャッチフレーズが気に入らないのは
    自分の性格がドロドロと濃く、ネトネトしているからというよりも
    なんの主張もなく、世の大勢に流される
    メーカーと消費者の安易さが腹立たしいからだ。

    過去、
    一見(いちげん)で、ラベルや銘柄で純米酒を選んで
    実際に飲んだあと「正解だ」と感じた酒には
    「濃醇甘口」タイプのものが多かった。

    まるで水のようにすすーと喉を伝わる酒もあるが、
    飲んだ気がしない。いまや月並みな常套句の権化である
    〝淡麗辛口〟だった酒を再び買うことは、まず皆無だ。

    まったくの先入観で書くが、
    ワシは女性の好みでいうと、南方系より北方系のタイプが好きだ。
    北方系の容姿と情に厚い南方系の性格を併せ持つ女性なら理想的。
    まったくの先入観…。

    飲めば消えて無くなる日本酒の記憶が
    頭のどこかに保存されていて
    ある日ある時在る場所で、何かの折に口にした純米酒に
    デジャブを見るような不思議さを体験するのは
    人間の舌と脳みそのコラボが如何に優れているかの証明だ。

    普段は意識していない、あるいは本人がまったく忘れ去っていると
    思いこんでいる記憶も、脳みその一部にはしっかり刻み込まれていて
    引き出すこともできるという。

    死ぬまでにほんのわずかしか活用されない脳みそなのに
    そんじょそこらのPCがよってたかっても叶わないほどのスペックを
    すべての人間の脳が備えているのは、
    いったい何のためだろうか?

    まるで、
    普段は使われない洋服ダンスや小物入れを
    頭の中に、たくさんたくさん抱えているかのごとく
    世の中にはとりあえず〝とっておくべき〟情報があふれているのじゃなかろうか。

    使う使わない、役立つ役立たないに拘わらず、
    五感で接したものは、きっと
    なんでもかんでも脳みそにぶち込んでいるのだろう。

    だから、
    忘れっぽいことなど気にすることはない。
    人の名前も顔も覚えておかなくていい。
    カミさんからの用事も、上司のいいつけも、クライアントからの頼まれごとも
    そんなにそんなにきっちりぎっちり覚えておかなくても死にはしない。

    図書館で借りた本が、
    読み始めてほどなく以前読んだことのある本だと気づいたときの、あの落胆。
    二週間で10冊、ヒト月に20冊、一年間で240冊、ここ10年で二千五百冊の
    単行本を読んでいても、この落胆感はやるせない。

    本ならば、
    読まずにそのまま図書館のあの可愛い司書嬢に返却すればいいが、
    買った純米酒はそういうわけにはいかない。

    開栓したら最後まで飲み干す。
    たとえ、どんなに後悔するような味でも
    一升瓶を逆さに立てておいて
    最後の一滴まで絞り落として、飲む。

    その果てに残る悔恨は、
    自分の曇った酒選びの選択眼のせいであり
    決して、醸した酒蔵の某に向けられたものではない。

    一合の猪口に注がれた純米酒を前に
    それをちびちびと、じつに愛おしむように味わう楽しさを
    何に喩えたらいいだろう。

    一度に三合しか飲めないと分かっている、
    先を惜しむ気持ちを
    出会ったばかりの恋人と過ごす、
    別れまでの残り時間のようだ…といえばいいのか?

    それとも、
    唇から口中、舌そして咽頭から食道を経て
    胃の腑に落ちるまでの〝命の水〟を
    すべて自分の五感で味わい尽くしたいと欲する
    貪欲な生きものの飢餓なのか。

    店に置かれたアコギなら、自分のものにする前に
    試し弾きもできようが、
    CDならばNetにアップされた試聴音源で40秒だけ
    試聴することもできようが
    酒屋の棚の日本酒は味見できない。

    当たり外れの少ない純米酒選びはあるか?

    というより、
    これはダメだというのはどんなのだろう。

    基本的に純米酒のみを選ぶので、
    三増酒は論外、かつアルコール添加もパス!

    大手・有名酒造メーカーは飲む価値もないので無視。
    使用米・精米歩合などのスペック無表記も埒外。
    三千円以上のものも、ワシの財政事情からご遠慮いただく。
    〝店長のオススメ〟〝広告の商品〟の引き札付きも
    余計なお世話なので素通り。

    ようするに、
    これらに該当しない、
    2千円前後の初めて見る蔵元の
    ラベルに自信ありげな筆文字と、スペックがびしっと
    書かれた一本限りの〝純米酒〟が、買うに値する日本酒なのだ。

    今日も、
    いつもの酒屋に立ち寄り
    タバコ臭いあんちゃんと、ひと言二言会話して
    〝初物〟の純米酒を選んでこよう。

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