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  • from: ぽっぽさん

    2022年05月20日 15時55分36秒

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    沖縄返還50年 その4!

    皆さん、こんにちは。
    5月18日のトピックに・・・
    >次回「その4」は、「5月15日当日の新聞記事」をと思っておりますが、何せ記事が多いので・・・
    しばしお時間を・・・!
    また、5月19日には・・・
    >さて、午後からは溜まっています「5月15・16日の沖縄返還関連の新聞記事」を読まなければ・・・フィ~イ! (☆▽☆)
    と書きました。

    今日の午前中からお隣から頂いた新聞記事を、ボチボチと読み始めましたので、延び延びになっています「沖縄返還50年に関します5月15日の記事」を少しアップして見ますね。

    ◆◆ 沖縄返還50年 その4! ◆◆ 
    お隣からの5月15日の新聞記事からです。
    ◆ お隣から頂きました5月15日の新聞は「沖縄返還50年」の記事で一杯ですが、その中から目に付きました記事を・・・ ◆
    (返還までの経緯などはすでに書かせて頂いていますので、なるべく省略します)

    【沖縄の歴史と現実 見つめ直して】  お隣の新聞の沖縄総局
    ・本土が高度経済成長の入り口に立ったころ、沖縄では米軍基地のために武装兵による土地接収がはじまった。
    ・50年前、日本にとって領土を取り戻した沖縄返還は、沖縄にとって平和憲法のもとへの復帰だった。
    本土防衛の「捨て石」とされた地上戦では、<沖縄>県民の4人に1人が亡くなっていた。
    憲法の適用によって「基地のない平和な島」を手にしたいと願った。
    ・しかし、復帰前後、3分の1に縮小されたのは「本土の米軍基地」であり、沖縄に7割が集中するという構図が出来上がった。
    基地への反発は本土でも、沖縄でも広がっていたが、東京都心を中心に本土から基地を見えなくさせることで日米関係は安定していった。
    ・それから今まで、沖縄への基地集中は、軍事的にも地理的にも避けがたいとの見方がが強調され、多すぎる基地負担を減らしてほしいという度重なる訴えはまともに扱われていない
    戦力を持たないという平和憲法と、米軍に基地を提供する日米安保
    戦後日本の二つの背骨が抱える矛盾は、安保の実態とともに沖縄に押しつけられた。
    本土から基地が見えなくなったことで、そうした日本の姿に目をこらすことが出来なくなった。
    ・日本が強いてきた「沖縄の戦後史」が、沖縄だけの問題になっている。
    復帰50年を迎えるのは沖縄だけでなく、日本社会の私たちだ
    未来を語るためにも立ち止まり、沖縄の歩みを学び、日本の戦後史の中にとらえ直す。
    それが同じ景色を見るための糸口になると考えている。
    <「沖縄の戦後史」だけでなくて、「日本が起こした太平洋戦争の総括」も曖昧ですよね。
    私は「我が国による太平洋戦争白書なるものを早急に作成すべきだ!」と、ずいぶん前から喚いております>

    【いったい日本とは何なのか ー沖縄復帰50年ー】 5月15日の社説より。
    ・沖縄はずーっと基地負担の軽減を訴えてきた。
    2010年ごろからは「本土による差別」という指摘が加わった。
    甘えているのは沖縄ですか。 それとも本土ですか」、翁長雄志(おながたけし)前沖縄知事が、生前に放った矢のような言葉である。
    これに対し、本土は「慣れ」というよろいを厚くして、そこに逃げ込もうとしているように映る。
    ・気になる数字がある。
    「沖縄の米軍基地を今後どうするのが良いか」の全国世論調査の結果だ。
    10年前は「今のままでよい」が21%、「縮小・全面的に撤去」が72%だった。
    今年は「現状維持」が41%とほぼ倍増し、「縮小・撤去」の52%に迫る結果となった。
    ・50年前の復帰記念式典で、佐藤栄作首相は「今日以降、わたくしたちは同胞相(あい)寄って、喜びと悲しみをともにわかちあうことができる」と述べた。
    この言葉をウソにしてはならない。  責任は本土の側にある。
    <私は佐藤の言葉は「ウソ」であり、「無責任な佐藤と無関心な本土」に責任があると思います!>

    【コラム欄より】  沖縄諸語(「ウチナーグチ」と言いますよネ!)
    ・150年ほど、琉球諸語は逆風にさらされてきた。
    明治政府が琉球を強引に併合すると、伝来の言葉は軽視される。
    教室で口にした児童の首には「方言札」が罰としてぶら下げられた。
    米軍統治や本土復帰を経て<琉球言葉の>話者人口はさらに減る。
    ・英国に統合されたウェールズは16世紀、英語の大波にのまれ、故国の言葉は封じられる。
    教育の場に復活したのは20世紀。
    専門テレビ局もでき、11年前に公用語へ昇格した。
    郷土への誇りと熱意が実を結んだ。
    ・「生まりジマぬ言葉忘ねー国忘ゆん」(生まれた島の言葉を忘れたら国を忘れてしまう)と説く「黄金言葉(くがにくとうば)」だ。
    かくも「豊饒(ほうじょう)な言語<沖縄諸語>」が、いつまでも大輪の花を咲かせますように。

    ◆ 次に「我が家が取っています5月15日の新聞から」ですが、お隣からの新聞記事とよく似た内容は割愛しまして、「復帰後の出来事」と「平和行進」の記事をご紹介しますね。◆

    【復帰後の主な出来事】 
    1975年 沖縄海洋博(復帰記念)
    1976年 具志堅用高、ボクシング世界王者に
    1978年 車両が右側通行から左側通行に
    1990年 世界のウチナーンチュ大会(原則5年に1度)
    1992年 首里城復元完成(復帰20年記念)
    1995年 米兵3人による少女暴行事件
    1996年 「日米地位協定の見直しと米軍基地の整理・縮小」の県民投票
           (賛成:49万2538票、反対:4万6232票)
    2000年 九州・沖縄サミット開催
    2004年 沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落
    2016年 うるましで米軍属の男がウオーキング中の女性を殺害
          オスプレイが名護市沿岸に不時着・大破
    2018年 辺野古埋め立て開始
          (辺野古新吉の総工費:当初計画・3500億円、
                    2019年・9300億円)
    2019年 北谷(ちゃたん)町で米兵の男が元交際相手の女性を殺害・自殺
          「辺野古埋め立ての賛否」県民投票
           (反対:43万4273票、賛成:11万4933票、どちらでも
            ない:5万2682票)
          首里城焼失 
    2022年 新型コロナウイルスの米軍基地内クラスターが発覚

    【基地ない沖縄 いつになれば ー本土復帰50年 平和行進ー】 
    ・日本復帰五十年を控えた14日、沖縄県内で「平和行進」が行われた。
    基地のない生活を」「沖縄をみんなで考えて」、時折強い雨が降る悪天候の中、県内だけではなく、全国各地から集まった約千人の参加者は平和への願いを込め、およそ9キロの道のりを歩いた。
    ・「平和行進」は復帰の日に合わせて、1978年に始まった。
    新型コロナウイルス禍に伴う2年連続の中止を経て、3年ぶりの開催となった。

    と言うことで「その4」はこれまでとします。
    (次回の「その5!」では、翌16日の2つの新聞社の記事を・・・と思っております。
    下の写真は「無料イラスト(ネット検索)」からです)

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