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続 哲学〜真理〜探求について

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  • from: 沙羅(Sarah)さん

    2012年11月08日 22時57分21秒

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    祈り







    わたしが、このロダンの大聖堂 というタイトルの 作品を見た時、、、多分7,8年前だと思うけど、その時「なんて事だ!」というドッシリした、形而上世界で通じる意味あいを、察知できたときだった。ロダンが、何故?

    この作品に、 大聖堂  と命名したのか?

    フランス語では、 キャテドラルと音素として空に放つ

    この世には、唯物だけの意味や価値観しか、真理を見ない、通じないと思い込む。

    あまりにも 唯物的な事だけに価値をおくような人達が多くなると、唯物的な事に しか価値を置けない、、つまり その考えも、唯物へ妄信しているというのと、同じ事だと思う
    。世間に価値観として通常意味が伝わっていると思っている、その価値観の物差しは、宇宙からしたら、なんの価値もないのでしょう。

    せいぜい、月に着陸できたり、人工衛星を飛ばしたり、、しかし、肝心な 地球人としても、歴史が何故?繰り広げられているのか、?滅ぶ民族がいたり、細々と存在しつづける民族がいたり、何千年、何千年、続けてくる 人間存在の意味とは?目先の問題ばかりに 右往左往するのではなく、もっと、世代、世代の 繰り広げる行く末を洞察すると、あまりにも、今の現状では 分からない事が多すぎると思う。分からなければ、謙虚になるしかないと思う。

    そういう意味で、この キャテドラルのロダンの 彫刻の存在感は、大変な存在感を、空に現していると思う。芸術の存在感というのは、そのような意味なんだと思う。鑑賞する生きてる人間の心の繊細な ひだに、その時受けたイメージや感情を 刻みつける。そして、何年も何十年もあるいは、死後も忘れないのではないか?と思う。一体、、何故?人びとは、初めて訪ねた 場所や 作品に、 フト、懐かしい感情を持ったりするのだろうか?最近は、哲学でも、論理学者でも 数理系の世界的な学者でも、形而上世界の存在を認める動きが 普遍的にでてきている。死後の世界? もしかしたら、いつか、解明されるのかも知れない。その時になって、唯物論偏重思考の人達は、少数化として時代遅れのように メディアやひとびとが、扱いだすのかもしれない・時代の変遷、価値観の変遷、、そのような、変わらなくても存在出来ないという事を、文学や芸術から、感じ取ってもいいのではないか?と思う。  
    でも本音は、死後の世界の解明など出来なくてもいいと思ったりする自分がいる、
    それはやはり、神秘の世界として大事に取って置きたいという意味なんだけど、、

                                                         祈りは人間が生み出しうる最も強力なエネルギーである 

                  祈りは人間が生み出しうる最も強力なエネルギーである    それは地球の引力と同じ現実的な力である       
      医師としての私は多数の人々が    あらゆる他の療法で失敗した後に  

      祈りという厳粛な努力によって    疾病や憂鬱から救われた例を目撃している          

      アレクシス・カレル    (仏のノーベル生理医学賞受賞者)

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