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  • from: 生成門さん

    2010年05月14日 21時49分47秒

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    電子は二回転しないと元に戻らない

    電子は二回転しないと元に戻らない
    <ティトムとの共振>

    三次元の物体はどんなものでも一回転させるとその全体が分かります。逆に言えば、一回転すれば、元の位置に戻るとうことです。ところが、電子は二回転しないと元に戻らないというのですが、それはどのようなことなのでしょうか。

    電子が二回転して元に戻るということをメタファーで示して見ましょう。四次元の現象を三次元で示すのは苦労が多いのですが、とにかくやって見ましょう。

    四次元という場合、それは四次元空間という意味です。四次元時空という言い方もしますが、その場合は、真の四次元ではありません。空間としては三次元だからです。三次元に時間を加えて、四つの次元と言っているに過ぎないのです。四次元能が言う四次元とは、三次元空間のもう一つの空間を加えた空間を意味しています。もう一つの空間とは虚の空間です。ですから、複素平面は四次元空間なのです。ただ、複素平面では、空間の捩れを表現できないので、クラインの壷を重ねることにしています。

    四次元は実軸と虚軸で構成されているのですから、虚像としての鏡を使うことが面白そうです。鏡に映った世界が四次元の虚軸の世界というわけではないのですが、あくまでもメタファーとして考えてください。

    電子には実と虚の二つ顔があります。波のような粒子というように粒子が実(実体)で波(エネルギー)が虚になるのでしょう。

    三次元では、二つ顔と言った場合は、交互にという意味があります。ジキルとハイドは同時には現れません。ジキルのときハイドは隠れているのです。その逆でもあるでしょう。三次元と四次元との関係はそんな単純なのでしょうか。

    二重スリット実験の結果を、途中では波で観測した瞬間に粒子になると表現されています。三次元の人間に姿を見せるのは、三次元の粒子だけなのです。しかし、観測するのは任意の場所なのですから、姿を見せるまでは波なのです。この辺りに電子の正体を掴もうとすると、ウナギを掴むようなもどかしさがありますが、鏡に映った姿を想像して話を先に進めましょう。

    鏡に映った自分の姿を見てください。これが実像(+1の位置にいる電子)と虚像(-1の位置にいる電子)の関係です。鏡に写す操作(虚像を見ること)を一回転として、鏡から実像に戻す操作(実像を確認すること)も一回転と考えます。この操作は共に回転ですが、全く同じではありません。

    ここで、虚像という言葉が出てきましたが、これが複素平面の虚とは全く異なることに注意してください。あくまで、虚像とは、実軸上の-1の位置にいる電子のことです。

    地球の公転では、公転の前半分と後半分の回転に違いはありませんが、鏡の場合は、実から虚になるという劇的な反転があります。これが大きな違いです。

    この反転にはどんな違いがあるのでしょうか。地球の軸に着目して見ましょう。地球は公転する間に軸を中心に自転もしています。ここが大事なところです。軸には南極と北極の向きがあります。地球の場合、公転しても軸は変わらないのです。もし、南極と北極が入れ変わったら、生物にとっては大変なことになるでしょう。

    南極と北極が入れ替わるような事態を引き起こすためには、相当な空間のねじれがなければならないでしょう。ジェットコースターに乗って見ると分かりますが、体が宙返りするのですから、相当な捩れがあります。この場合、空間の捩れは、ジェットコースターという鉄で出来た軌道がそうさせているのですが、地球にそんなことがあるとすれば、大きな磁場に変化ができたときでしょう。

    いずれにしても、反転を考える場合は、空間の捩れを考えなければなりません。空間の捩れとは何でしょうか。鏡の場合に話を戻します。

    鏡に映った姿は正確には左右反転ではなく、前後反転なのですが、このことはここでは深入りしません。

    空間がねじれていることを、ジェットコースターのように機械で捻じ曲げていない限り、私達は直接見ることはできません。松の木が曲がっているのは、空間が曲がっているからでしょうか。松の木の根性が曲がっているからでしょうか。

    人の心が屈折するのは、様々な苦しい体験をするからです。社会を空間とすれば、その空間が曲がっているからでしょうか。盆栽は明らかに人的操作です。盆栽にとって、人的操作や盆という制約は空間的な要素でしょう。空間の構造は見えないけれども、現象化したときに捩れがあることが分かるということなのでしょう。

    電子は波のように動き、粒子となって姿を見せるのですが、そのときにどのように動いたかを証拠として残すのです。では、どのような証拠を残してくれるのでしょうか。

    それでは実地検証をしに行きましょう。先ず、南極と北極が入れ変わるような空間の捩れがあるとイメージしてみましょう。そのためには、公転と自転を同時に考えることです。公転とは電子の軌道であり、空間の捩れが現れる経路です。

    自転は、文字通り自分自身の回転ですから、反転したことを判定するために印をつけておきます。鏡で言えば、反転を知るために文字を映すようなものです。地球には磁極があり、南極をSと北極をNで表します。スピンは物質が磁場を持つことの特性ですので、印としてS・Nを採用します。

    最初の位置をトップスピン(Sが上↑)とボトムスピン(Sが下↓)として、二つの電子が互いの反対の位置に配置されているとします。中心は原子核ですが、これを一回転するのが公転です。公転の一回転を鏡に映す操作とします。鏡と同じ想定にしましたので、S・NはN・Sに反転するでしょう。

    ここまできましたので、もう、スピンを駒のようにくるくると回るという地球の自転のイメージは捨てましょう。鏡のような反転のイメージを考えてください。つまり、公転する途中で南極Sと北極Nが反転して入れ替わると考えるのです。

    これで反転する仕組みを説明する準備ができましたので、その証拠を掴むことにしましょう。

    電子は波のように動き粒子となって姿を見せると言いましたが、その電子の波は複素数で表現されます。これを波動関数と言い、電子の振る舞いを表現するのですが、式は難しいので、複素平面を使って説明しましょう。

    実軸+1にはトップスピンの電子(南極Sが上↑)、-1にはボトムスピンの電子(北極Nが上↓)が配置されているとします。一個の配置でも良いのですが、鏡と同じにしますので、+1と-1をトップスピン、ボトムスピンに対応させます。

    複素平面の単位円の半分を丸めましょう。つまり、iと0を通る円と-iと0を通る円の二つを作ります。単位円の中に、二つの円が団子のようにつながっているとします。この二つの円は捻られて反転して繋がっています。これは何のことはないメビウスの帯そのものです。複素平面を複素球面とすればクラインの壷となるでしょう。

    複素平面の単位円の中の二つの円を公転に対応させ、その一回転を+1から-1、更に二回転を-1から+1に変わることを意味するものとします。トップスピン電子が+1から-1に回転すると公転の一回転に相当して、ボトムスピン電子に変わります。ちょうど鏡に映す操作と同じです。更に、ボトムスピン電子が-1から+1に回転すると、最初のトップスピン電子に戻ります。これでちょうど、鏡に映してものが元の実物に戻ったことになります。

    ボトムスピン電子が-1から+1に回転すると公転の一回転なのでトップスピン電子に変わります。更に、トップスピン電子が+1から-1に回転すると、最初のボトムスピン電子に戻ります。

    これで、k殻の二つのスピン1/2電子がそれぞれ二回転して、元の姿に戻ったことを示すことになります。鏡の操作と同じように、二回転しないと元に戻らないのは、公転させる空間が捩れており、その捩れがスピンを反転させるからです。

    空間の捩れは複素平面に二個の円を内包させてことによって表現しましたが、これが鏡の操作に相当するものです。複素平面の半回転が操作的には一回転になります。ですから、スピン1/2というわけです。それでは二個の円を内包させたことにどういう意味があるのでしょうか。

    円が回転するということを複素平面の実軸で見てみましょう。+1から-1は向かう操作を式で表現すると、+1*i*i=-1となります。*は操作でありiは1/4回転を意味します。ですから、*とiが二回で1/2です。しかし、*は見えないところで起きているので、三次元の私達には実軸の移動しか見えないでしょう。

    これが内円の一回転です。しかも、+1から-1への回転で、スピンがトップかボトムに変わっているのです。

    一方、-1から+1は向かう操作を式で表現すると、-1*i*i=+1となります。これも内円の一回転です。しかも、-1から+1への回転で、スピンがボトムかトップに変わっているのです。

    二つの内円は繋がっています。どのように繋がっているのでしょうか。複素平面の上半分を丸めましたので、-1と+1が原点で一致するでしょう。つまり、+1は-1だということです。しかし、+1は正、-1は負ですから同じ場所を占めることはできません。しかも、二つの内円は繋がっていなければなりません。これをどのように解釈すればよいでしょうか。

    そうです。これが、空間が捩れていることの証拠なのです。メビウスの帯を思い出してください。メビウスの帯の一端=原点とします。これを+1として、鉛筆でなぞって見ましょう。すると空間が捩れて、つまり、反転して、元の位置=原点に戻ってきたでしょう。しかし、同じ原点でも、裏の位置になっているでしょう。これが-1の場所です。-1と+1と原点が重なっていながら同じ場所ではなく、しかも、それぞれの特性(+1・-1)は失われていないのです。

    更に、鉛筆でなぞって見ましょう。すると空間が捩れていますから、再び、反転して、元の位置=原点に戻ってきたでしょう。この場所こそが、元の原点の位置、裏の裏、つまり表の位置になっているでしょう。そう、これが+1の場所なのです。

    こうして二回転、つまり、二回反転して、元に戻る空間はメビウスの帯だということを理解できたでしょうか。

    以上の説明を要約すると、波のような電子は実空間と虚空間に同時に存在して、スピン(極性)を変えながら、回転しており、二回転しなければ、元に「戻れない」ということの意味なのです。

    雲、霞、ミスト、靄は四次元の尻尾と言いましたが、実空間を三次元、虚空間を四次元とすれば、尻尾は四次元そのものではないのですから、三次元に現れた四次元との境目、原点、捻りの点なのかもしれません。

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