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  • from: 生成門さん

    2010年07月14日 15時23分42秒

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    共立は二回転して+1に出てくる

    共立は二回転して+1に出てくる
    <PSとの共振>

    反共振は姿を消して、替わって共立が主役に踊り出てきましたが、この即非(差異)の共立の「力」をどう生かすかが人類に課せられた大きな課題となってきました。

    PS理論は、その理論化に向けて頑張っているところなのですが、その手始めとして、この共立をどう数式で表現できるのでしょうか。「反共振について:i*-(-i)とは何か」http://ameblo.jp/renshi/entry-10580784980.htmlを参考にして考えます。以下、編集して引用しましした。

    海舌氏は、共立は和であるとしています。テレビやラジオの電波は、この空間を互いに妨げないで飛び通っていますから、共立を波の重ねあわせと考えられます。

    量子力学でも、波の動きを表現する式は、未来からやってくる波と、現在から未来に向かう波の和として表現されています。共立する波は、回転しているときは当然見えないのですが、-1の位置にきても非存在では見えないでしょう。

    共役する波も、途中では見えないのですが、+1に位置にくると粒子という存在として現れるのです。

    私達の心もオイラーの式で表現しているのですから、波であると考えてよいでしょう。そうであるなら、共立の和は-1となりますから、それは心の残骸であり、夢みたいなものであり、主観なのですから観測者からは見えなくて当然でしょう。

    一方、Renshi氏は、ー1は商(i/-i)から出てくるとしています。i/-i=-1ですから、式としては問題ないのですが、これはどのようなことを意味するのでしょうか。

    Renshi氏は即非=差異の共立を凸i#凹iとして表記するとしていますが、凸i#凹iとはどのような意味があるのでしょうか。

    共役(共振)では、+1⇒凸i*凹i⇒+1⇒凸i*凹i⇒+1と1/4回転でサイクリックに進むのでしょう。

    共立では+1⇒凸i#凹i⇒-1、+1⇒凸i#凹i⇒-1と1/2回転で半サイクリックに進むとしてよいでしょう。

    ただ、共立が半サイクリックであるとすると、それでは永久に共振に影響を与えることができないし、-1は非在(存在しない)ですから見えないままであり、私という主観の心の中に閉じ篭ったままです。主観は可視化されないのでしょうか。

    そのようなことはないでしょう。私達は、これは直感、主観、夢だけれどもと言って、熱く語ります。語るということは観察されたといことであり、+1に現象したということです。

    やはり、共立も+1に出てくるのではないでしょうか。実際、共立の式は1/2(a+ib+a-ib)=aですから、a=+1,-1となります。

    ここは電子の1/2スピンの振る舞いに習って、2回転して+1の位置に出てくると考えた方がよいのではないでしょうか。つまり、+1⇒凸i#凹i⇒-1⇒凸i#凹i⇒+1と進むとするのです。

    何故、これが2回転かと言いますと、+1から回転した波はガウス平面では-1で1/2回転なのですが、これをメビウスの帯に置き換えて想像してみてください。

    +1と-1が裏と表で一致していますから、これで1回転になるのです。しかし、裏と表では元に戻ったことにはなりません。更に、ガウス平面で1/2回転して、トータルで、2回点ということになるわけです。

    このようにすれば、MP1(無我)がMP2(自我)を抑えて、現象面に姿を現すことが説明できますし、直感のメカニズムもこれで説明が出来ます。

    つまり、
    一般的な現象⇒MP1⇒想像⇒MP1⇒現象
    芸術的な表現⇒MP1⇒直感⇒MP1⇒表現
    動物行動⇒MP1⇒条件反射⇒MP1⇒行動
    などとなります。

    一方、MP2の自我は、
    現象⇒MP2⇒現象
    となりますので、MP1とMP2の作用の結果が現象面で交錯することになります。

    MPのダイナミックスはMP2優位とMP1優位がありますから、適当に制御されていますが、ときに、MP2の意識的な行動とMP1無意識の行動がバッティングすることが実際の場面(いい間違えとか)でもあることですから、より、心理分析の面でも多様な分析を可能とするでしょう。

    ところで、反共振ですが共立を提示したので用済みとなったのですが、用済みとなった理由を補足しておきます。

    -(-i)の最初の-は、-iを否定するとしたわけですが、実際は、-iを否定することはできないということでした。そこで、考え方を変えて、反共振という言葉通り、共振の否定、つまり、積(*)の否定として見立てました。

    -(-i)の頭の-を、他者-iの否定と考えます。他者とは外部の他人でなく、私の中の他人の反映ですから、恋愛なら相手を思う心となり、-が付けば、他人の拒否の心=他者と呼ぶということです。

    このような心を持っていれば、やがて、反映が反射となり、実際の外部の実在する相手(他人)に向って拒否の行為となって現れるでしょう。

    自我・・・無我=他者=他人の心の反映
    自我*他者(自分の心)⇒+1(他人に対する拒否の行為)

    これが現象として現れる現実の拒否行為=否定ということであり、否定されたのは、他人であり、他者ではないということです。他者とは、心の中の自分のことですから、自分の無我=虚的他者の否定ではないということです。

    これを今までは、
    自我・・・無我=他者=他者の心の反映
    自我*-他者(自分の心)⇒-1(相手を拒否した心を持った人間)
    と解釈しました。

    他者(自分の心)を否定した結果として、-1に私が、相手を拒否した心を持った人間として現象したと解釈したのです。

    しかし、現象するのは-1ではなく、+1ですから、自我*他者(自分の心)⇒+1(相手を拒否した心を持った人間が相手に対して拒否の行為する現象)
    と解釈すれば済みます。

    つまり、i*-(-i)とは凸i#凹iのことであり、自分の中の無我に反映された虚的他者-iは否定されていないということです。

    一方、共振の*とは即非の共振を意味する記号でありながら、共立のように、お互いを邪魔せずに、同じ時空間を共有することなどもせず、即非そもそのを融合してしまうのが、積の機能であると言えるでしょう。

    ですから、差異の共立=即非を意味するには、反共振i*-(-i)とは異なる式とする必要があるのです。

    Renshi氏は、これを#の記号を使用して、差異の共立を意味させるというのです。ですから、凸i#凹i⇒凸i*凹iとなり、MP1⇒MP2となるわけです。

    これで、
    直感:現象(+1)⇒MP1⇒想像(-1) ⇒MP1⇒現象(+1)
    自我:現象⇒MP2⇒現象
    MP1⇒MP2
    となりました。

    後は、MP2⇒MP1があるかどうかですが、これもあるでしょうが、別途とします。

    共立と共振の結論を纏めておきましょう。

    共立は、反共振で定義したような虚の他者=虚の無我の否定ではなく、自他の共存の肯定、つまり、即非なのです。

    一方、共振は自他の融合、自他の共存の否定、つまり、即非の否定なのです。


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