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シムダンス「四次元能」

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  • from: 生成門さん

    2015年01月28日 09時39分14秒

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    式は識である。だから唯物物理は唯識物理である。その証拠が上がった。それは運動方程式に螺旋が隠れていることを発見したからである。

    物理は唯物論だというのは常識である。では数学は唯物論だろうか。物理と数学は地続きである。だから数学も唯物である。こんなことが本当に言えるのだろうか。

    これに真っ向から違うと答えたのがS科学である。S科学は物理=唯物という常識を覆す。その証拠が直線運動に指数関数があることを発見したことである。この発見は物理がイデア由来であり、唯識であることの確証になった。

    数学観の違いが直線運動から指数関数が隠れていることを発見できたのである。これはプラトンに通じる道である。
    http://symdance.blog.fc2.com/blog-entry-243.html

    何故、運動の式に指数関数が含まれていることがイデアに通じる話になるのだろうか。それは唯識物理の確証になるのだろうか。

    この事を時間するためには固定観念・先入観を取っ払うことから始めよう。

    指数関数をe^tと表現した場合、tは時間だと思うだろう。tは物理の式では時間の代理表象だからである。しかし、これは単なる物理学の習慣に慣れ親しんでいるからそう思うにすぎない。少なくとも数学の範囲ではこれは指数に過ぎない。

    確かに物理と数学は地続きである。数学は物理現象の説明には欠かせない。だからe^tを物理現象に適用する場合は、tを時間と解釈するのである。この場合は時間が指数になるのだから時間が経つと増大する現象を説明できるのである。このような解釈があって初めて数学と物理とが繋がるのである。

    だから純粋に数学の観点から見るとこれは指数の関数であって物理現象とは切り離されているのである。言い換えると物理現象を説明する為に指数関数が都合良いというだけである。では物理現象が単独にあってそれを表現するために数学が道具として使われているのだろうか。

    そう考えるのが普通だろう。しかし、元の等加速度直線運動の式はx=x0+v0*t+(1/2)a0*t^2であってこれが指数関数だということを指摘した人はいない。この式に出て来る時間t・距離x・初期位置x0・初速度v0・初期加速度a0はすべて物理量という単位を持っており、右辺と左辺の単位等しくなければならないという縛りがある。これなくしては式そのものが成り立たない。

    ところが指数関数e^tをテイラー展開した

    x=e^t=e^0*t^0+(e^0/1!)* t^1+(e^0 / 2!)*t^2 + ..

    には、物理量がない。ここが重要なところである。物理量がない式がどうして観測から導かれた式と同じになるのだろうか。

    同じどころか、テイラー展開した後にxを距離、tを時間と解釈すると、観測から表彰された運動の式と同じになるのである。つまり、物理量を前提とした直線運動が物理量を持たない螺旋運動になるのである。これが何を意味しているのかを考えなければならない。

    物理は物理量があって学として成り立つ。或いは実在として意味を持つ。だから唯物論としての物理学なのである。ところが、物理量を持たない指数関数で表現された式は識である。つまり、頭の中で考えた識(式)である。全く物理とは関係ない式である。x=x0+v0*t+(1/2)a0*t^2は物理学者が運動を観測して式に表現したものである。だから物理現象が実在しており、それを表象したにすぎないと考えるのである。これが唯物論を支えている。しかし、唯物論はその物質現象がどこから来たのかは説明できない。説明できないことは沈黙するしかないのである。

    では何故、指数関数e^tをテイラー展開した

    x=e^t=e^0*t^0+(e^0/1!)* t^1+(e^0 / 2!)*t^2 + ..

    が運動の式と酷似しているのだろうか。単なる偶然なのだろうか。既にそうではないことを見てきた。指数関数は対数螺旋の式であり、宇宙には螺旋が多いことを多くの事実が物語っている。

    スパイラル(螺旋)運動は生命現象http://www.kmk21.com/new_page_48.htm

    固定概念の宇宙が崩壊。太陽系が「生命のように躍動する」ことを解説する、衝撃的な美しい映像【翻訳付き】
    http://japan.digitaldj-network.com/articles/28209.html

    はまぐりの数学
    http://www.rd.mmtr.or.jp/~bunryu/hamaguri1.shtml

    螺旋の波は成長過程では必ず現れるのではないだろうか。マウスの毛にはその模様がみられる。
    http://symdance.blog.fc2.com/blog-entry-234.html

    物理量を持たない指数関数が変幻自在に物理現象(螺旋)に現れるということは物理量を超越しているということである。物理現象が物理量を超越するということは唯物を超越しているということになる。つまり、物理は唯物ではないと言うことである。式は識なのだから唯識物理である。物理現象の唯物的な解釈によって式で表象されたのが物理学ではない。

    現象を齎すイデアがあってそれが指数関数という媒体(エージェント)を使い、具体的に現象させたのである。それを数学者の識作用によって発見されたイデアの式を物理学者が使って現象を式で表象したのである。

    そういうことができるのは唯物を超越したイデアの原理が先ずあって、物理現象を生成すると同時に心的現象(思考)もまた生成しているのである。だから思考が式を作ることができるのである。そしてその式と観測によって表象された現象の式とが一致するのは必然なのである。決して偶然などではないのである。

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