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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

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  • from: エリスさん

    2009年05月29日 15時14分59秒

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    「果たせない約束・20」
     しばらく待っていると、まだ子供の侍女がレシーナーを呼びにきた。
     「エイレイテュイア様とのお話が済んだそうなので、レシーナーさんをお迎えに来ました」
     「ありがとう……初めてお目にかかるけど、あなたは?」
     「はい、マリーターと申します。去年からこちらの社殿に上がるようになりました。普段は森の番人をしています」
     「そうなの。おいくつ?」
     「七歳になります」
     イオーと初めて会ったのも、彼女がこのマリーターぐらいの歳だった。それを思うと嬉しいような悲しいような複雑な思いを抱えながら、レシーナーはマリーターに導かれるままに歩きだした。
     途中、エイレイテュイアの後ろ姿を見かけたが、レシーナーは声をかけなかった――今までエイレイテュイアに対して持っていたイメージが壊されるのが怖かったからだ。
     エリスの部屋に通されると、エリスは窓際にある寝台の上に、気だるそうに横たわっていた。
     「エリス様」
     レシーナーが声をかけると、エリスはニコッと笑いかけてきた。
     「よく来たね、レシーナー」
     「お加減はいかがですか?」
     レシーナーは歩み寄ると、すぐさまエリスの傍らに跪いて、手を握った――その手が、すごく熱かった。
     「まだ熱が下がらなくて……でもまあ、すぐに治るだろう」
     「我が君……」
     レシーナーは握っていたエリスの手を、自身の頬にあて、涙した。
     「聞きました、エイレイテュイア様のこと。そんなひどいことをなさる方だとは思ってもいませんでした」
     「ひどくはない……彼女の気持ちは、私も分かるから」
     「エイレイテュイア様の気持ち、ですか?」
     「彼女は、子供が欲しかったんだよ」
     単身出産が女神は、オリュンポスの中でも片手で数えるほどしかいない。その中にエイレイテュイアは入れなかったのだ。そうなると、もう男神と結婚して子をつくることしかできないのだが、エイレイテュイアはエリスしか愛せないから、そんなことは無理だったのだ。
     「だから……エリス様の胎児を?」
     「私の子供が欲しかったそうだ。自分の血など引いていなくてもいいから」
     「……そうゆうことでしたか」
     愛する人の子供が欲しい――その気持ちは、レシーナーにもある。だが、その愛する人がエリスであるかぎり、叶わない夢だと諦めていた。
     でもエイレイテュイアは諦めきれなかったのだろう。女神という存在ゆえに。
     その時、レシーナーの脳裏にある考えがよぎった。
     誰かの胎児を自分の身に移すことができるのなら、自分にも子供が産めるのではないか? その胎児がエリスの子であるなら……。
     そんなことを考えながらエリスを見つめていると、エリスはフッと笑ってレシーナーに首を振って見せた。
     「駄目だ。人間のそなたがそんなことをしたら、ただでは済まない」
     「やはり、女神だからこそ出来る御技(みわざ)なのですね」
     レシーナーががっかりとしていると、エリスは言った。
     「でも、そなたが私を孕ませることならできる」
     「は?」
     「以前に何度か試しただろう? 目合(まぐわ)いの間にイメージして、我が身に子を宿らせる方法……今回エイレイテュイアに取られてしまった子は、彼女との目合いでイメージして作った子なんだ」
     「そうだったのですか? あの方法は、もう諦めておりましたのに」
     「エイリーと試してみたら、巧くいったんだ。これで完全にコツを掴んだから、次はそなたと試すよ。母君には、子宮が炎症を起こしているからしばらく無理をするな、と言われているが、私自身はすぐに治りそうな気がしているんだよ」
     「まあ……本当にご無理はなさらないでくださいませ」
     「大丈夫だよ。……次に会うときは、元気な私を見せるから。それまで待っていてくれ」
     エリスの言葉にレシーナーは素直にうなずいた。そして、あまり無理をさせたくないと思い、軽い口付けだけを交わして、帰って行った。

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  • from: エリスさん

    2009年05月27日 14時52分37秒

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    急きょ更新しました。

     体調も戻り、今日はお休みをもらえたので、
     短い時間でしたが、このサークルだけ更新しました。

     「恋愛小説発表会・改訂版」の読者の皆様は、明後日の金曜日までお待ちください。

     こちらの続きも明後日に書くつもりですが、たぶん「恋愛小説〜」がメインになると思います。

     エリスとレシーナーの間に暗雲が近づいて参りました........ギリシャ神話には悲恋が付きもの。果たしてどうなりますか。読者の期待を裏切らないラストにしたいとは思ってますが、


     「予定は未定とよく似てる」

     小説を書き続けていると、この言葉がよく頭をよぎるんです(^◇^)

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  • from: エリスさん

    2009年05月27日 14時46分59秒

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    「果たせない約束・19」


     一方そのころ、レシーナーはアルゴス社殿にいた。
     イオーを亡くしてから足が遠くなりがちで、母親の代わりにヘーラー女神に献上品を届ける以外はまったく訪ねなくなっていたのだが、今日はそんなことを構ってはいられなかった。
     エリスが倒れたという知らせが入ったのだ。
     レシーナーが訪ねて行くと、まずヘーベー女神が謁見してくれた。
     「ごめんなさいね、少し待っていて。今、エイレイテュイアお姉様と大事なお話をしているところだから」
     「お話を? では、会話ができるぐらいはお元気なのですね」
     「ええ。熱があったり、立つのが辛かったりはしていらっしゃるけど、意識はちゃんとしていらっしゃるわ」
     それを聞いてレシーナーは安心した。
     「いったいエリス様は、なんのご病気なのですか?」
     「病気ではないわ……」とヘーベーは言葉を濁したあとで、言った。
     「そうね、あなたには話しておいた方がいいかしら。エリスお姉様がご懐妊していたことは知っているわね。でも、今その胎児は、お腹にいないのよ」
     「ご流産ですか!?」
     「いいえ……堕胎、というべきかしら。いえ、違うわね。子供は生きているのですもの」
     「いったい、どうゆうことですか……?」
     「エリスお姉様の胎児は、今、エイレイテュイアお姉様の胎内にいるのよ。胎児を移したの……エイレイテュイアお姉様が、強引に奪い取ってしまったのよ」
     「そんな!?」
     そんなひどいことを……と、レシーナーは思った。が、にわかには信じられなかった。エイレイテュイア女神がそんなことをするような、無慈悲な女神には見えなかったからである。イオーが亡くなった時も、あんなに悲しんでくれた優しい方が、なにかの間違いなのではないか? と、レシーナーは思い悩んでしまった。

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  • from: エリスさん

    2009年05月27日 13時53分16秒

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    「果たせない約束・18」

     それから八年が過ぎた。
     レシーナーが三〇歳になっても、二人の交際はまだ続いていた。今ではエリスよりもレシーナーの方が年上に見えるようになってしまったが、そのことはあえて触れないようにしていた。
     しかし、当人たちがしらないところで、世情は変わり始めてた。
     ――その日、レシーナーの母・クレイアーはアルゴス王に呼ばれて、謁見の間(ま。部屋)へ参上していた。
     クレイアーとアルゴス王は乳兄妹にあたることもあり、とても親しい間柄だった。それこそ謁見の間などではなく私室に通されるぐらいの仲なのに、今日はわざわざ形式ばった対面をさせられるのには、なにか理由があるのだろうかとクレイアーは警戒した。
     案の定、アルゴス王の要求はこうだった。
     「我が娘を……レシーナーを王子様の添い伏し役に?」
     「頼めないだろうか、クレイアーよ」
     添い伏しというのは、身分の高い男児が成人の儀式を迎えるにあたり、年上の女性を閨に侍らせて「手ほどき」をさせることである。通常はそのまま後宮に入り、王子の側室――愛人になるのだが……。
     「そなたの息子・タルヘロスももう十三歳になったのだ。立派な後継ぎと言える。そろそろ妻を迎えなければいけないというのに、姉であるレシーナーがいつまでも家に残っているというのは、嫁いでくる者が気を遣うであろう」
     「お気にかけてくださりまして、まことに有り難くおもいますが、私はまだタルヘロスに妻を迎えさせる気はございません。もう少し大人になりましてからと考えております。ですから、まだ娘が家に残っておりましょうとも、なんの不都合もございません」
     「だが、これ以上時が経ち過ぎると、今度はレシーナーの適齢期が過ぎてしまう。嫁に出すには、これが限界と思うが」
     「いいえ、王。王はご存知ないのかもしれませんが、娘はとうにある御方に嫁いでおります」
     「知っておる、ヘーラー王后神(おうこうしん)様の姫御子(ひめみこ)のエリス女神であらせられよう」
     それを知っていて、何故……と思ったクレイアーは、しばらく言葉が出なかった。
     するとアルゴス王は柔らかな表情でこう言った。
     「クレイアー、わたしとそなたは乳兄妹。レシーナーはわたしにとって姪と言っても過言ではない。だからこそ、心配なのだ。神と人間との恋は永遠には続かない。それゆえに悲しい別ればかりが待っている。その時にせめてもの「恋の形見」が残ればよいが、相手が女神では……女同士で子ができぬのは、神も人間も同じことだからな」
     「王……」
     「本当はレシーナーに合う殿御をちゃんと世話してやりたかったのだ。だが、レシーナーがエリス女神の恋人である事は周知のことで、誰もがエリス様を恐れて、見つけることができなかったのだよ」
     「まあ、王! 娘のためにお骨折りくだされていたのですか?」
     「力不足ですまないがね。それで思いついたのが、王子の添い伏し役というわけなのだ。正妃にはなれないが、側室として丁重に扱うと約束する。王子も、親友のタルヘロスの姉君ならと、快く承知してくれた」
     クレイアーは正直迷っていた。
     確かにこのまま女神の愛人でいるよりは、側室とはいえ王子の妻になれるのなら、子供を授かることもできるだろうし、後々さみしい思いをしないで済むかもしれない。
     だが、それではレシーナーの想いはどうなるのか? 一途にエリス女神を思い続けている娘に、将来のためだからと、恋を終わらせるように説き伏せることなどできるのだろうか。
     「返事はすぐでなくてもよい。レシーナーとも話し合って、じっくり考えてくれ」
     アルゴス王はそう言うと、謁見の間から退出していった。

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  • from: エリスさん

    2009年05月22日 09時33分10秒

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    m(__)m


     風邪を引いたようです。朝から鼻水が止まらなくて……だだの鼻炎ならいいのですが。
     インフルエンザではないようですが、弱ってるときはいろんな病気に感染しやすいですし、映画館という大勢のお客様が集まるところで働いている責任も考えまして、

     今日は休載させてくださいm(__)m

     回復次第、連載再開したいと思います。

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  • from: エリスさん

    2009年05月15日 15時24分23秒

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    「果たせない約束・17」
     とんだ邪魔は入ったものの、イオーの葬儀はしめやかに執り行われた。
     イオーの亡骸は、彼女を生んだ樹の根元に埋葬された。樹から生まれた精霊は、昔からそういう慣習になっていたからだ。
     こうして次の世でも精霊として生まれ変わってくる者もいるし、まったく別のものに生まれ変わってくる者もいる。それは、本人がどう望むかによった。
     「キオーネーは……」
     葬儀が終わった後、エリスがレシーナーに呟いた。
     「キオーネーは亡骸も拾えないぐらい木っ端微塵にされてしまったから、母親の樹の根元に埋葬してやれなかったんだ」
     「そうだったのですか……」
     「でもイオーは……ちゃんと、母親の樹の傍で眠ることができる。それだけが救いだな」
     「エリス様……」
     「イオーと約束したんだ。そなたが十五歳になったら、恋人として迎えると……でも、その直後に彼女は陣痛に襲われて。そしてもう、誰の目にも救うことができないと分かったから、せめてイオーに来世への希望を与えたくて、約束をしたんだ。生まれ変わったら、また巡り合って、私の恋人になってくれと」
     「まあ……」
     レシーナーは嫉妬することもなく、エリスの優しさに感謝した。
     「ただの気休めなのは分かっている。生まれ変わったところで、次の世も私と出会えるとは限らない。また精霊として生まれてくるのならいざしらず、もしかしたらもう、ゼウスのようなあんな男と出会いたくないあまり、人間でもない、犬や猫や鳥に転生するかもしれないのに」
     「それでも……イオーの心に希望が芽生えたのは間違いありません」
     レシーナーはエリスと向かい合うと、彼女の手を取って握り締めた。
     「たとえ果たせない約束であったとしても、いつかは大好きなあなた様と巡り合う――その希望をあなた様から頂いて、きっとあの子は幸福感でいっぱいだったでしょう。悲しいままあの子が死んでいなくて、友人としてあなた様に感謝いたします、エリス様」
     「レシーナー……」
     エリスは優しくレシーナーを抱き包んだ。
     「約束してくれ……そなただけは、私の傍から離れぬと」
     「はい、我が君。決してお傍を離れません。私は、いつまでもあなた様のお傍に……」
     二人にはわかっていた。今かわしたこの「約束」も、きっと果たせぬ約束になるのだろうことは。
     それでも、今は約束せずにはいられなかった。

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  • from: エリスさん

    2009年05月15日 14時50分54秒

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    「果たせない約束・16」
     アルゴス社殿から迎えがきて、レシーナーはどうやって喪服に着替えたのかも思い出せぬぐらい頭が混乱したまま馬車に乗った。
     レシーナーが着くと、すぐに侍女の一人が彼女をイオーが眠る部屋に案内してくれた。
     イオーは、花で囲まれた棺の中にいた。
     「……嘘よ……」
     レシーナーは力ない足取りで近寄りながら、言った。
     「ついこの間、会ったばかりなのよ。まだ死ぬなんて……産み月でもなかったのに、出産で死ぬなんてそんなこと!」
     「早産だったんだよ」
     とエリスが声をかけた。
     「弱った体に胎児が耐えられなくて、早くイオーの体から出ようと頑張ったんだ。だから胎児は無事だが……イオーの体力は、もう……」
     「嘘よ……信じないわ」
     レシーナーはイオーのそばに身をかがめると、その頬に触れた。
     「目をあけて、イオー。冗談なのでしょ? 私を担ごうとして、こんなお芝居を……」
     「レシーナー……」
     エリスが肩に触れたのを合図にしたように、レシーナーの瞳から涙が止めどなく零れた。
     「……もう冷たい……イオーが、こんなに冷たいなんて……どうして……」
     レシーナーはエリスに振り替えると、キッと見据えながら立ち上がった。
     「女神が四柱(しはしら。神が四人ということ)もおいでになって、なぜどなたもイオーを救ってくださらなかったのです!」
     その言葉に、誰も言い返すことができなかった。
     そしてレシーナーは、女神たちの悔恨の思いを察して、ハッとした。
     「申し訳ございません、なんという不遜を……」
     「……よい」と言ったのはヘーラーだった。「私も、私の娘たちも、イオーを助けたかったのはやまやまなのだ。だが、私たちの誰一人として、人の死という宿命を断ち切る力を持っていなかった……不甲斐無いばかりです」
     「ヘーラー様……」
     誰もがイオーの死を悼み、悲しんでいた。
     だがその人物が現れただけで、空気は一変とした。
     「わしの子が無事に生まれたそうだな」
     神王ゼウスだった。
     「なんだなんだ、辛気臭い。わしの子が生まれたのだ、もっと盛大に祝わぬか! 誰ぞ、生まれてきた子をわしの前に連れて参れ!」
     「あなた!」とヘーラーは言った。「なんという不謹慎な! 今われわれは、愛すべき友が失われて嘆き悲しんでいるのですよ。それを、盛大に祝えとはなにごとです!」
     「不謹慎はどちらぞ、ヘーラー」とゼウスは言った。「この万物の王たるわしの子が誕生したのだぞ。祝うのは当然であり、それをこんな辛気臭くしていることこそ、生まれてきた王子に対して不敬ではないか!」
     レシーナーはこのやり取りを見て、なんて心ないことを言うのだろう。これが神々の王たる男神の言葉なのかと、軽蔑の眼差しをゼウスに向けた。
     その視線にゼウスが気付いた。
     「ほう、人間の分際でわしを汚いものでも見るような眼で見ているものがおるぞ」
     そう言ってゼウスが歩み寄ってこようとするのを、エリスが立ちはだかることで制した。
     「なにをなされるおつもりか」
     「なにをだと? その無礼な娘の顔を間近で見てやろうとしただけだ」
     「この者は亡くなったイオーの一番の友人です。悲しさの余り、そのような表情になってしまったのでしょう。どうか寛大な御心でお許しいただきたい」
     「イオーの?……なるほどのう。この者が無礼者なら、友人も無礼者と言うことか」
     「なんのことですか? 陛下」
     と、エリスは平静を装うとしているが、すでに心の中では怒りの炎が燃えたぎっていた。
     「そうであろう? わしの落胤を宿しながら自殺しようとし、果ては、生まれてきた子を養育する義務を放棄して、死におったではないか」
     「なっ!?」
     もう許せない、とエリスが右手を握りしめた時、エリスの後ろからレシーナーが叫んだ。
     「あなたがイオーを殺したんじゃないの!!」
     エリスは咄嗟にレシーナーを振り返り見た。
     「よせ、ひかえよ!」
     エリスに抱きしめられるように止められても、レシーナーの叫びは止まらなかった。
     「まだ十二歳なのに! 子供の体で出産なんか耐えられるわけがない! それなのに、あなたに無理矢理産まされた! イオーは望んでいなかったのに、あなたに力で組み敷かれて!」
     「もういい、レシーナー! やめるんだ!」
     「イオーを返して! けだもの!!」
     レシーナーが泣き崩れていくのを、ゼウスは嘲笑いながら見下ろした。
     「レシーナーか……おまえがエリスの愛人の。叔父に汚された傷物の娘か」
     この言葉にエリスが怒りを抑えられるわけがない。
     「貴様ァー!!」
     今にもエリスの左手が紫の炎を吹き出そうとしたその時だった。
     エリスの前に瞬時で立ちはだかった誰かが、ゼウスの頬を殴り飛ばした。
     エイレイテュイアだった。
     「お父様の顔など見たくもない! お帰りになって!」
     すると、娘には弱いゼウスはフッと笑って、頬を摩りながら部屋を出て行った。

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  • from: エリスさん

    2009年05月08日 14時21分11秒

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    「果たせない約束・15」
     それにしてもイオーの痩せ細り方は尋常ではなかった。それなのにお腹だけがせり出しているのである。飢餓に襲われている人間がちょうどこんな姿になることを、レシーナーは以前書物の挿絵で見たことがあった。それとよく似ていて、レシーナーは悲しさに涙を覚えた。
     それを見たイオーは、
     「どうしたの?」
     「あっ、ううん……」
     イオーが妊娠していることを気付かせるような言葉は、イオー自身にかけられた呪術で、周りの者もその影響を受けて口に出せないようになっていた。だからというわけではないが、レシーナーはこうごまかした。
     「あくびを噛み殺しただけよ」
     「ああ、だから涙が出てるのね。そうなんだ、ラベンダーの花のそばにいると、つい眠くなっちゃうんだよ」
     「それが分かってるのに、ここに来ちゃうの?」
     「うん」
     「どうして?」
     「……あの方と、同じ匂いがするから……」
     その言葉でレシーナーが気付かないはずがない。
     「エリス様のこと? イオー、あなた……」
     「だからって! レシーナーさんからエリス様を奪おうなんて、思ってないよ!」
     つい大声をあげてしまったイオーは、その直後、息が荒くなってしゃべれなくなってしまった。
     レシーナーはイオーの背をさすりながら、彼女の呼吸が正常に戻るのを待って、言った。
     「いいのよ、エリス様を好きになっても」
     「レシーナーさん……」
     「前にも言ったでしょ? あなたとなら、エリス様を共有しても構わないわ。それにエリス様は包容力のある方だから、あと何人恋人をお持ちになっても、分け隔てなく愛してくださるもの。だから、私もあなたに嫉妬を抱くこともないと思うの」
     「……本当に、いいの?」
     「ええ。存分にエリス様を好きでいなさい。あの方なら、あなたを癒してくださるから……」
     「癒す?」
     「……辛い時や悲しい時に、助けてくださるって意味よ」
     「うん、そうだね……そういう方だから、私も好きになっちゃったんだと思う……」
     そうかもしれないけど――と、レシーナーは思っていた。本当のところは、イオー自身は気づかないだけで、エリスへの恋心は男への嫌悪と恐怖からくる反動じゃないのだろうか。自分は叔父に凌辱される前から同性が好きだったが、この子は違っていたはずだから。
     『そんなことどうだっていいわ……この子が救われるなら、私がエリス様から身を引いたって構わないもの……』

     イオーが永眠したのは、これから一週間後のことだった。


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  • from: エリスさん

    2009年05月08日 13時52分18秒

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    「果たせない約束・14」
     それからの七ヶ月は、誰にとっても辛かった。
     妊娠の自覚がないイオーは、本来ならば胎児の分も食事を摂らなければならないのに、普段とまったく変わらない量しか口にしなかったため、だんだんと痩せ細っていった。
     そうでなくてもまだ十一歳の子供が、胎児を育てるなど簡単にいくはずがない。それでも、周りにいる人々はなにもしてやれなかったのである。
     そしてイオーが十二歳の誕生日を迎えたころ、体力が以前より半減してしまっている彼女は、仕事の合間に気絶をしたように眠ってしまうことが多くなった。心配になったエリスは、レシーナーにある物を託した。
     「神食(アンブロンシア)という果実をほんの少し混ぜたジュースなのだ。イオーにそうとは知らせずに飲ませてくれ」
     「精霊が口にしても良いものなのですか?」
     レシーナーはエリスから手渡された瓶を、慎重に持ちながらそう聞いた。
     「神以外では、特別にゼウスから許された者しか口にしてはならぬ食べ物だが、あのままではイオーが死んでしまう。そなたならイオーになんの疑念も抱かせずに、これを飲ませることもできよう。もし事が公になっても、責めは私が受けるから。とにかく、今はイオーの体力を戻すことが先決だ」
     「わかりました……お任せください」
     レシーナーはさっそく、イオーに会いに出かけた。
     アルゴス社殿に着くと、ちょうど門のところで女神ヘーベーに出会った。
     「あなたは確か、エリスお姉様がお通いになっている人間の娘ね。祖母がアルゴス王の乳母だとか言う……」
     「はい、レシーナーと申します。お目にかかれて恐縮でございます」
     「話には聞いていたわ。本当にお姉様好みの可愛らしい……」
     ヘーベーはそこまで言って、鼻をひくひくとさせた。
     「あなた、その手に持っているものは……」
     レシーナーはハッとせずにはいられなかった。瓶の中身がただのジュースではないことを、この女神は匂いだけで見破ってしまったのである。それもそのはずで、オリュンポスの神食が実る大樹を管理しているのは、他ならぬこの青春の女神ヘーベーなのである。
     レシーナーが恐れおののいていると、ヘーベーは軽くため息をついて、彼女の両肩に手を置いた。
     「エリスお姉様ね、こんなことをなさるのは……あなた、イオーの友人だそうね。確かに、あなたなら自然な流れでこれをあの子に飲ませられるでしょう。でも、私の父にこのことが知れたら、罰せられるのはエリスお姉様だけでは済まないと言うのに……」
     ヘーベーはそう言うと、瓶に手をかざして、なにごとか呪文を囁いた。
     「中身をただのオレンジジュースに換えておいたわ。そして、イオーが口をつけたものだけ、本来の姿に戻るようにしておいたから、あなたが飲んでも大丈夫よ」
     「イオーが口をつけたものだけが、アンブ……」
     アンブロンシアに戻るのですか? と言おうとしていたのに、ヘーベーがレシーナーの口に指をあてることで止めさせた。
     「芸が細かいでしょ? 管理している私だけが使える芸当なのよ」
     レシーナーはヘーベーに重々お礼を言って、イオーのもとへと急いだ。
     見送りながら、ヘーベーは思っていた。
     『お願いね、イオーを……エリスお姉様を。きっと、あなたなら……』
     イオーが侍女部屋にいなかったので、レシーナーは侍女仲間に行きそうな場所を尋ねた。だいたいの意見が「中庭にあるラベンダーの花壇のところ」だったので、レシーナーはそこへ行ってみることにした。
     すると、イオーはそこで花壇の方を向いて倒れていた。
     「イオー! しっかりして!」
     レシーナーが揺り起こすと、イオーは眠そうに眼のあたりをこすりながら起き上った。
     「あれ、レシーナーさん。来てたの?」
     「来てたの? じゃないわ。こんなところで倒れていたら、心配するじゃない!」
     「ああ、ごめん……なんか、最近すごく眠いんだ……」
     とりあえず無事のようなので、レシーナーは安堵の吐息をついた。
     「お仕事がんばりすぎて、疲れてるんじゃないの?」
     そう言ってレシーナーは、ジュースの瓶を差し出した。
     「これ、おいしいオレンジジュースが手に入ったの。あなたにお裾(すそ)分(わ)けに来たわ」
     「ワァーイ!」
     「コップも持ってきたから、一緒に飲みましょう」

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  • from: エリスさん

    2009年05月01日 12時16分23秒

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    「果たせない約束・13」
     「そんなの酷過ぎます!」
     とレシーナーは言った。「愛してもいない男の子供を身籠らせたままにしておくだなんて。生んだところで、その子を育てていけるかどうか。生まれてすぐに殺したくなるほど憎むかもしれないのに!」
     「それは私も主張した」とエリスは言った。「そうでなくてもまだ十一歳の子供だ。まともに出産できるはずがない。それなのに、胎児がゼウスの子であるということだけで、堕胎が許されなかったのだ」
     「そんなの、あんまりです! だって、自分を辱めた男の子供ですよ。お腹の中で、そんなのを育てなければならないだなんて、こんな苦痛はあってはならない……」
     「レシーナー、おまえの気持ちは分かる。私だって同意見なのだ」
     「本当に分かるんですか、あの苦しみが! あんなおぞましい!!」
     そう言って、レシーナーはしばし言いよどんだ。
     「おぞましい……そう、恐怖よりも、あの男に触られただけで気持ち悪くなって……」
     レシーナーは少しずつ、自分が十七歳のときに叔父からされたことを思い出していた。
     「悲鳴を上げたくても、口にスカーフを詰め込まれて、両手を押さえつけられて抵抗もできなくて……私……私も……」
     消されていたはずの記憶が蘇り、狂気が襲いかかろうとしたその瞬間、エリスがレシーナーの頬を触ってきた。
     そのまま優しくキスをすると、レシーナーの周りをエリスの体香であるラベンダーの香りが包み、彼女の心をほぐしていった。
     「そなたはすでに浄化されている」
     エリスはレシーナーの目を見つめながら、そう言った。
     「初めはカナトスの泉で。その後は私が日々、この腕に包むことで浄化してきた。だからそなたは、なんの汚れもない純潔の乙女だ」
     「はい……感謝します。私をお救いくださいましたこと。でも……イオーは救われないのですね」
     レシーナーは目から大粒の涙をこぼしながらそう言った。
     「せめて、おぞましい記憶を消し、暗示の力で妊娠していることを気付かせないようにしているが……。それも、臨月までのこと。出産のときにはきっと、思い出してしまうのだろうな」
     それを聞き、レシーナーはもう泣くことしかできなくて、エリスの胸にすがったのだった。

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