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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

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  • from: エリスさん

    2011年12月23日 11時34分59秒

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    年内はこれで終了

     次の更新は年明けになります。
     ブログは引き続き更新していますので、しばらくそちらでお楽しみください。

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  • from: エリスさん

    2011年12月23日 11時31分31秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・36」
     「わたしとしたことが、抜かっておりました。御身という存在がいたことをすっかり忘れていようとは」
     如月が言うと、
     「いつから気づいていたんだ?」
     と章一は聞いた。
     「朝から気づいておりましたよ」
     「人が悪いや」
     すると如月はおかしそうに笑い出した。
     「そのお姿にその言葉遣いは似合いませぬ。もっと美しい話し方をなさっては如何です」
     「あいにく、台詞じゃない女言葉は喋りたくないんだ」
     「エミリーにその精神を見習わせてやりとうございますね。あやつは、舞台の上だけでなく、常日頃から男の真似などしている愚か者ですから」
     「聞いてはいたけど、おまえって本当にエミリーに対しては容赦ないことを言うんだな。自分の本体だって言うのに」
     如月はまたおかしそうに笑った。
     「どうやら、御身はあやつよりご存知のようですね、過去を」
     如月はにじりと彼に歩み寄った。
     「ならば、あんな人非人(ひとでなし)の傍にいるよりも、このむわたしと組まれた方が良いとは思われませぬか。懐かしいでしょう? この容貌。声も、香りも……」
     如月の手が章一の頬に近づいていく。
     「あの頃のように、互いの絆を確かめ合いながら生きたいとは思われませぬか? 我が最愛の……」
     その時だった。章一の頬と、如月の手の間を風が吹き抜けた。ウッと呻いて、如月が急いで手を引っ込める。見れば、その手はカミソリに引き裂かれたような傷が何本もできていた。章一の頬は無傷なのに。それを見ても、章一は別に驚いた様子はなかった。むしろ当然のような顔をしている。
     「過去を覚えているのなら、分かっていただろう? 俺が守られているのは……おかしいと思っていたんだ。確かに、中学、高校時代の友人の記憶まで操作する必要はないだろうさ。だけど、俺はエミリーにとって特別な存在だ。去年だって会っているのに、俺の記憶がまったく操作されていないなんて。今まで完璧を誇っていたおまえが、こんな重大なミスを犯すはずがない」
     如月の瞳が冷たいものになっていく。
     「操作しようとした、だけど出来なかった。そうだろう?」
     「忌々しい、御身の守護霊たるその女。日本まで追って来ずに、おとなしく月桂樹の中に押し込められていればいいものを」
     如月は言うと、傷ついた手を胸元に近づけて、呪文っぽい言葉を唱え始めた。すると、手の回りに黒い気体が集まり、みるみるうちに傷が治っていく。
     『やっぱり闇の力を……』
     章一は思う――聖者顔をしていても、やはり如月の方が闇、負の力を操っている。それならば枝実子は………。
     「乃木章一殿、わたしの敵となったことを後悔することになりますよ」
     如月が苦笑いを浮かべながら言った。
     「何故わたしが生まれたのか、御身も、当然エミリーも分かってはいまい。あやつがオリュンポスでどのような役目を負っていたか、御身は覚えておろう」
     「……覚えてるさ。それが?」
     「やはり理解しておらぬ」
     そういう如月の顔は、すでに嘲笑へと変化している。
     「あやつが人間としてこの世に留まっている間、その力は封印され、危うくも均衡を保っている。……お分かりか? 危うく、なのです」
     「つまり……」
    章一は今日までの「歴史」を振り返って見る。束の間の平和を挟みながらの、殺戮と憎悪――戦争の歴史。この日本でさえ、凶悪犯罪がはびこる。あまりにも突拍子もないこの発想が、平凡な枝実子につながってしまう。
    「このまま、あやつが天寿を全うし、オリュンポスに戻ったならば、あやつの意識が目覚める前に封印が解かれ、力が放出される。よろしいか。あやつが気づかぬうちに総てが血に染まるのです。誰も止められずにッ!」
     「だから、エミリーを殺そうと言うのか」
     「そう。この世での修行を終える前にあやつを消滅させ、わたしが取って代わるのです。わたしならば、天寿の前に自ら死んでみせる。何度でもこの世に生まれ変わって、二度とオリュンポスには戻らぬでしょう。この世を破滅させてなるものかッ!」
     最後の一言こそが彼の本心か、と章一は思う。傍で聞けば非常識なことばかり言ってはいても、彼にしてみれば、彼の信念を貫くために必死なのだ。だからと言って、彼のいいようにさせるつもりはない。
    章一は、立ち去ろうとする如月を引き留めて、気にかかっていたことを尋ねた。
     「何故おまえは生まれたんだ? 一人の男のプライドを傷つけた。それだけを要因にして出て来られるとはとても思えない。エミリーが話せないようなことでも、おまえなら話せるだろう。おまえが現れた本当の原因は?」
     「……聞きたいのですか? どうしても」
     「聞かなくちゃいけない。俺にも関係していることなら、知らなくちゃならないんだ」
     章一の問いかけに気分が良くなったのか、如月は妖艶な笑みを浮かべて振り返った。
     「そう……例えば、自分の好きな殿御(とのご)に文(ふみ)を渡すのに、直に渡すのではなく友人を使ったとしましょう」
     「エミリーが、真田に手紙を渡すのに人を使ったのか?」
     「そして、使われたその友人も、その殿御を好いていたとしたら?」
     『え?』
     それがもし眞紀子だったとしたら……。友情が決裂して当然ではないか?
     「エミリーはそのこと、知ってたのか? 知っていて眞紀子とかいう子に頼んだのか? まさかッ」
     如月は黙っていた……いや、笑いを堪えていた。
     「……オイッ」
     章一の促しに、とうとう彼は高笑いを始めた。
     「例えば、と申しましたでしょう。それにわたしは実名を出してはおりませぬ」
     「眞紀子さんのことじゃないのか?」
     如月は「さあ……」と艶っぽく答える。
     「ではヒントを差し上げましょうか。眞紀子さんのような優れた御方は、あのような下賤な男は眼中にもありますまい」
     「彼女は関係ないってことか? それじゃなんで……ッ」
     言っている間に、如月は歩き出していた。
     結局、からかわれただけ、と気付いて、章一は奥歯を噛みしめた。
     そして、章一の視線から外れたところで、如月はゆっくりと足を止める。
     「この世を破滅から守る……それもある。けれど、わたしの本当の望みは……」


     「私の娘になる気はないか?」
     紫の服を着たその女性は、枝実子を胸のあたりに抱き寄せながら、言った。
     「そなたの苦しみを和らげてやりたい。そなたに笑顔の似合う生活をさせてやりたい。憎しみも悲しみも、すべて私が取り除いてやろう。そなたの母の代わりに……」
     慈悲深く、美しいその女性に抱きしめられながら、枝実子は泣いている自分に気づく。
     「ありがとうございます、王后陛下。……いいえ、母君(ははぎみ)」
     すると、急に薄暗くなって、その女性はいつの間にか消え去り、目の前には、崩れるように膝を突く別の女性がいた。
     「なぜ、あなたは男ではないの?」
     女性は、枝実子にそう言った……泣きながら。
     「あなたが男でさえあったなら!」
     少しだけくすんだブロンドの髪、抱きしめれば今にも折れてしまいそうな華奢な美女。きっと彼女は高貴な、そう、お姫様に違いない、枝実子は思う。自分はもしかしたら彼女を愛していたのではないだろうか……それなのに、枝実子は彼女に背を向けて歩き出した。
     「待って、行かないでッ。今、私が言ったことはみな嘘です。愛してるわ、だから……行かないで、お願い。―――!! 」
     彼女が誰かの名を絶叫する。それはもしかしたら、自分の本当の名前なのかもしれない――そう思っているのに、枝実子は振り向くことができない。
     体が勝手に動く――体?
     枝実子は自分の姿にようやく気付いた。――日本の服を着ていない。ギリシアの民族衣装・キトンを着ているのだ。それも、漆黒の。
     『そうか、これは昔の記憶なんだ』
     枝実子は記憶の赴くままに、我が身を委ねることにした。
     すると、景色が一転して別の場所へ移る――どこか、石造りの屋敷の中。
     目の前には、あの如月にそっくりな……いや、彼よりも艶やかで、美しい女性が、割れた水晶球を手に立っていた。
     一目で分かった――この人こそが、自分の本当の母親だと。
     「これをご覧! おまえがやったのでしょう!! おまえのような子は私の娘ではありません。出てお行き!!」
     そして、また場面が変わって、母親が大きな水桶にしがみ付きながら泣き伏していた。――その水桶の水面には、泣きながら森の中を彷徨う少女の姿が映っている。
     「許してね、こうするしかなかったの……。あなたを私の影響下から引き離すしか、あなたを不幸から守る術はなかった……」
     そして、枝実子は森林の中に立っていた。
     誰かが自分を呼ぶ声がする。――遠くから、少女が駆けてくる。 
    十四、五歳ぐらいで、肩までの栗色の髪、瞳の大きな目が、彼女を一層愛らしく見せる。
     枝実子は、その少女を抱きしめた。……そして……。
     また、場面が変わる。
     前方に小さな小屋が見える――そこに先刻の少女がいる、と枝実子は直感する。その小屋に向かって、落雷!
     枝実子は少女の名を泣き叫んでいる――ようなのだが、その名がなんというのか、聞き取れない。
     そして、今度は海辺……なんて懐かしい景色だろう。
     枝実子は真っ青な空を映す美しい海を見ながら思う。砂浜を裸足で歩くのも心地よかった。
     すると、小さな女の子の笑い声と、子犬の鳴き声が聞こえてきた。
     栗色の髪を肩の上で弾ませて、その子が駆けてくる。
     枝実子はその子を切ない気持ちで眺めていた。切なくて、苦しくて、両手を握り合わせる。
     『ああ、キ……キ……』
     その子の名を言おうとしても、言えない。もどかしくて堪らない。
     『愛しい我が……出来ることなら、この手で抱き取りたい……』
     そんな気持ちを知ってか知らずか、枝実子の足もとに子犬が駆け寄ってきた。枝実子はその子犬を抱き上げ、頭を撫でてやった。
     女の子は、枝実子の前に来ると立ち止まり、不思議そうな眼差しで見上げていた。
     「この子は、お嬢ちゃんの?」
     「うん」
     女の子は可愛らしく答えた。
      「そう、可愛いわね」
     枝実子は屈みながら、子犬を女の子に返してあげた。
     「この子が好き?」
     「うん」
     「お父さんとお母さんは?」
     「大好き」
     「お父さんとお母さんは優しいの?」
     「とっても……お姉ちゃん、誰? お姉ちゃんと、前に会ったことあるみたい」
     「そう……ね」
     そんな時だった。女の子の母親らしき女性が、誰かの名を呼びながら歩いてきた。
     その顔を見て、枝実子はハッとした。
     その女性は、肌の色や髪の色が違うものの、紛れもなく、章一の母親だったのである……。




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  • from: エリスさん

    2011年12月16日 14時25分51秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・35」
    『あんな服も着るんだな』
     食堂の隅から、章一は如月のことを伺っていた。枝実子が見たらきっと怒り出すだろう。如月は枝実子が余所行きに大事にとっておいた空色のスーツを着ていたのである。
     枝実子になりすますなら、いつも枝実子が着ている動きやすくて冷えない服、すなわちジーンズとジャケットという出で立ちでなければならない。それなのにそうしないということは、男の章一なら安易に想像できる答えが出る。
     『男だって一目で分かるもんな』
     如月と一緒に食事をしている眞紀子や麗子は、その不自然さに本当に気づいていないのだろうか?
     食事が終わって、如月たちが食堂から出ていく。章一も急いで食器を片づけて後を追った。
     如月は二人と別れて出入り口へと歩いていく。
     『どこへ行くんだ?』
     と不審に思ったが、今は尾行するしかない。
     彼は、校外へと出て行った。
     坂道を下って行く……。普通の人がこの道を通るなら、途中の公園で息抜きでもするか、行き過ぎて古本街へ向かうかだが、如月がそんなことをするとは思えない。そうなると、真田と待ち合わせか? 午前中の授業で彼の姿は見られなかったが(おそらく自主休講だろう)
     それにしても……後ろから見ていて、如月の完璧な手弱女(たおやめ)ぶりには驚いた。自分も歌舞伎で女形の所作を身に着けてはいるが、彼ほど女にはなりきれない。歩き方など完璧だった。なにより、それが演技ではなく自然に出てきているらしいところが恐れ入る。本当に男なんだろうか? と疑いたくなる。しかし考えようによってはそれで当然なのかもしれない。如月は枝実子の分身。枝実子は実際は女らしくできるのに、護身のために男っぽくしているところがある。それも実際に兄のを見て覚えたしぐさだから嫌味がない。これは章一が知らないことだが、親や親戚の間では「枝実子の歩き方は兄の建にそっくりで、夜道を二人で歩かせたら、どっちがどっちか分からない」と言われているのである。枝実子の男らしさはそこまで完璧といえた。その対極にいるのが如月であり、さらに枝実子から発生したのなら、枝実子が見せているあのしぐさは枝実子が内に秘めて押し込めてき女らしさから学び、身に着けたものなのだ。
     ――如月は公園の中へと入って行った。
     公園の入口は石を敷き詰めた階段だった。この階段の横に人口の滝と川が流れている。如月は川に渡してある橋の上に立って、しばらく川の流れを眺めていた。
     絵になるなぁ、と章一は敵ながら思ってしまう。
     章一は階段を降りずに、その横に根を据えている大木の後ろに隠れて様子を見ていた。
     しばらく見ていると、如月が動き出した――右手をあげて、手招きをしている。
     章一はあたりを見回した……他に人はいない。まさか横で羽を休めてる鳩たちに向かっての動作ではあるまい。
     今度は口を動かしている。
     「隠れていないで出ていらしたら如何ですか? 乃木章一殿」
     ばれていた……(-_-;)
     逃げるわけにもいかず、章一は姿を現して、階段を降りて行った。

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  • from: エリスさん

    2011年12月09日 15時24分48秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・34」
     枝実子は部屋に戻って、コインランドリーで洗濯しようと思っていたものを、ありがたく洗ってもらうことにした。
     「それにしても、どうして本名まで分かったんですか?」
     洗濯を手伝いながら枝実子が言うと、
     「あの子ね、女の子の友達がほとんどいないのよ。だけど、高校生になってからあの子の話に良く出てくるようになった女の子がいたの。その子が片桐枝身子さん、あなたね」
     枝実子はちょっと照れ笑いをした。
     「章一もそんな歳になったのねェって、あのころはお父さんと一緒に喜んだものよ。それなのにねェ……あなたの名前がぷっつりと出てこなくなっちゃったのよ。ああ、失恋したのかなって思ってたんだけど」
     「違います、乃木君はッ」
     「分かっています。あなたがこうしてあの子を頼って来てくれたからには、そんなことではないのね。でも、あなた達の間でなにかあったのは確か。そうでしょ?」
     枝実子は返す言葉が見つからなかった。枝実子自身、よく理解できないのだ。何故あの時、章一が枝実子を振ったのか。何に対しても劣等感を持っていた枝実子が、唯一、章一とのことだけは自信を持っていたのに、実らなかった。それに、あの時の章一の言葉も変だ。あれでは「好きだけど付き合えない」という意味ではないか?
     枝実子があんまり黙っているので、答えを得るのを諦めた母親は、章一が見せる癖とそっくりな、微笑みながらの嘆息ついた。そのときふっと頭に浮かんだらしく、しばらく考え始めた。
     「そうよ、ちょうどあの日からよ」
     「あの日?」
     枝実子が聞くと、章一が高校二年の夏に麻疹にかかってひどい高熱に苦しめられたことを話してくれた。枝実子も覚えていたことだった。あの歳で麻疹にかかるというのは、あとあと大変なことになるから、見舞いには行かないように先生方に止められていたのだ。
     「四日ぐらい意識不明だったのよ。ひどくうなされて、一時は絶望視していたの。そしたら、朝になって急に熱が引いて、発疹も全然残らなかったし、やっと安心できたと思ったたら、あの子、誰にも会いたくない、一人にしてくれって、丸一日部屋に閉じこもってしまったのよ。食事もしてくれないし、声をかけても返事もしてくれない。自殺でもしかねない様子だったわ」
     初めて聞くその出来事に、枝実子は息を呑んで耳を傾けていた。
     「どうやらずっと泣いてたみたいなの。何がそんなに悲しいのか、私たちには全く分からなくて――情けない母親よね……。次の日ね、なんだかすっきりしたような顔で出てきてくれて。それでもまだ何も聞かれたくなかったみたいだったから、しばらく放っておくことにしたのよ。でも、考えてみると、あなたの名前があの子の口から出なくなったのは、その日からだわ」
     言われてみると、回復後に登校した章一は、なんだかいつもと違う、と枝実子も感じたことがあった。どこかよそよそしいというか、一歩距離を置いていたような……。
     思い切って、「なぜ閉じこもっていたのか、聞いてみましたか?」と尋ねてみた。
     「聞いてみたわ。そしたら、熱の間、夢を見ていたんですって。その夢がショックで、混乱してしまったんだって言ってたわ」
     「夢? どんな」
     「内容は教えてくれなかったけど、いつか母さんなら同じ夢を見ることがあるかもしれないねって言ってたわ。それだけで私も納得してしまったのよ。私も不思議な体験をすることがあるのよ。あの子に霊感があるのは知っていたかしら? あれはきっと、私の血を引いているからよ」
     「おば様も霊体験を?」
     「お化けとかは見えないけど、金縛りとか、何かがいる気配だけね。あとは簡単な予知夢」
     「予知夢? 未来に起きることが見えるっていう?」
     「ええ。でも未だに良く理解できない夢が一つあるの。それだけ何度も見るのよね。特に海を見た後とか……」
     「海?」
     「そう……汚れなんて微塵もない、真っ青な海でね……」
     章一の母は、枝実子にその夢の話を詳しく話してくれた。
     その夢の中では、自分は漁師の妻で、子供が一人いるらしい。その子はいつも子犬と遊んでいた――肩までの栗色の髪、薄桃色の異国の服。見るからに女の子なのだが、章一に違いない、と彼女は思う。その女の子の方へ、無効から一人の女性が歩み寄ってくる。腰を過ぎた黒髪、黒水晶で出来ているかのように美しい瞳、黒い異国の服を着たその女性は、女の子にこう話しかける。
     「この犬(こ)が好き?」
     女の子が答える。「うん」
     「お父さんとお母さんは?」
     「大好き」
     「お父さんとお母さんは優しいの?」
     「とっても……お姉ちゃん、誰? お姉ちゃんと、前に会ったことあるみたい」
     「そう……ね」
     女性が悲しそうな表情を見せる。――夢は、大概ここで終わってしまうそうだ。
     枝実子は、この話を聞いているうちに、少しずつ額の辺りが痛くなるのを覚えた――どこかで、自分もそれと同じ場面を見たような気がする。いや、それよりも、もつと大事なものを思い出しかけていた。
     『その女性……黒い服の女性は……その人は』
     章一の母親はまだ話を続けていた。
     「きっとその女性は、女の子の本当の母親なんだと思うの。事情があって育てられなくて、それで私がその子を預かっていたのじゃないかって、思うのね。それにしても、あれはどこの国なのかしら。日本じゃないことは確かなんだけど……良く美術の教科書なんかに載ってる彫刻があんな服を着てるんだけど……」
     「キトン……」
     枝実子の口からこの言葉が出た。
     「え?」
     「キトンです、それは……」
     枝実子は辛そうに額を抑えていた。なんだか声もそれまでの男声ではなく、女の声に近いようだった。
     「キトンはギリシアの民族衣装……そこは、ギリシアの……エウボイア……」
     急に意識が途切れる。枝実子は、その場に倒れてしまった。
     「枝実子さん!」
     章一の母親が枝実子の体を揺さぶる。だが、枝実子はしばらく目覚めることの出来ない夢の中へ引きずり込まれてしまっていた。



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  • from: エリスさん

    2011年12月02日 14時13分34秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・33」


     次の日。
     あの後、目立ったこともなかったので、二人は今日こそ何かが起こる、と予想していた。
     「だけど、絶対にそれは無茶だって」
     枝実子は章一に言った。
     「俺を少しは信用しろよ。こういうことは高校時代から得意なんだ」
     「あれから何年たってると思ってるんだッ。今のおまえじゃ、あの頃より骨格も容貌も男らしくなってんだぞ」
     いったい何を揉めているのかというと、今日の潜入調査のために、章一が一人で女装して行く、と言い出したからなのだ。
     「いいから化粧道具貸せよ。持ってるだろ? 服は姉貴のを無断借用するとして……」
     「乃木君ってばッ」
     確かに、枝実子が変装したところで如月にはバレてしまうだろうし、その点章一なら、女装した彼を見たことのない人たちなら騙せるだろう。しかし、今の彼に女装――それも洋服で、というのは無謀ではあるまいか?
     「じゃあ、どうするんだ!」
     そう言われてしまうと、言葉に詰まる。
     ドアをノックされたのはそんな時だった。
     「なにを騒いでいるの?」
     章一の母親がニッコリと笑っていた。
     「な、なんでもないよ、母さん。なあ?」
     「そ、そうです。ちょっと意見が合わなかっただけで……」
     枝実子がつい言ってしまうと、章一は軽く彼女の足を踏みつけた。
     だが母親は、笑顔のまま息をついて、言った。「こっちへいらっしゃい、二人とも」
     「え?」
     「もうお父さんもお姉ちゃんも出掛けたから、誰にもバレませんよ。いらっしゃい」
     分けもわからず、母親の言われるままについて行くと、彼女は自分と夫の部屋へ二人を連れてきた。
     「章一、そこの鏡の前に座りなさい」
     「へ? ちょっと母さん」
     「早くなさい」
     かくして、母親は手早く章一の顔に化粧を施し、ヘアーピースを付けて髪型を整えてしまったのである。服もいつのまにか用意されており、抵抗もなんのそのと着せてしまう。
     驚くべきか、当然というべきか、章一は見事に女性に化けてしまったのである。
     枝実子は、ただただ呆気。
     「あなたは子供の頃から綺麗な顔立ちだったからね、似合うと思ってたのよ」
     と母親は言って、枝実子の方を向いた。「どう? 立派に女に見えるでしょ? 枝実子さん」
     「はい、すっごく綺麗……」
     言ってしまってから、ハッとする。
     章一も化粧で分からないが、青ざめているらしい。
     『女とバレた上に、本名まで……』
     枝実子は言葉が出なかった。
     「母さん!? なんで気がついたの!? 今のエミリーはどうみたって男だよッ」
     と、章一が肯定してしまうと、
     「分かりますよ、同じ女ですからね。声がどんなに低くったって、体つきとか、ちょっとした仕種で。それから、ここよ」
     母親は自分の喉元を指差した。
     章一もそれで納得した。枝実子が如月を男と見破ったように、母親も喉仏が出ていないことで枝実子を女と見破ったのだ。
     「あのね、母さん。これにはいろいろと訳が」
     「わかってますよ。女の子がここまでやるのには、余程の事情があるのでしょう。訳はそのうちゆっくり聞かせてもらいますから、ホラッ、もう時間じゃないの。いってらっしゃい」
     母親は章一の背中を叩いて、さっさと送り出したのであった……。
     さて。
     「枝実子さん」
     「ハ、ハイ!?」
     枝実子は緊張の面持ちで、直立姿勢になった。
     「今のうちにお出しなさい」
     「な、何をでしょう」
     「着替えよ。洗濯しないと」
     「あ、アハハハハハ、そうですね」
     章一の母親だけに、只者ではない。そう思わずになんとする?

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