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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

公開 メンバー数:11人

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  • from: エリスさん

    2006年12月31日 21時49分18秒

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    今年もあとわずか

    今年はいろいろありました。
    本を出版したり、このスレッド(サークル)を立ち上げたり、
    再就職してまた辞めて(^o^;
    とにかくいろいろありすぎて、大変でした。言うなれば充実していたのかな?
    メンバーの皆さん、外部からの閲覧の皆さん、ご愛顧ありがとうございます。
    来年も頑張りますので、よろしくお願いいたします。
    では、よいお年を!

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  • from: エリスさん

    2006年12月31日 13時59分33秒

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    「追憶 すべての始まり・43」
     「許されるものならば、母君にお会いしたい。会って縋りたい、笑顔が見たい。でも、母君の心を思うと、それは出来ない。もう二度と、声を聞くこともできないなんて!!」
     「いいえッ、お会いできます。いつか必ず、お母様に会える日がきますわ。それほどまでに互いのことを思いあって別れたのならば、いつの日か分かり合えるはずです。どうすることが本当の幸せなのか。お二人が存分に愛しえる日が、必ず来ます。来るんです!」
     エリスは、必死に力づけようとしてくれるキオーネーを、両腕でしっかりと抱きしめた。
     「キオーネー……キオーネー……」
     「エリス様……」
     いつまでも、そうしていたい。
     このまま、なにもかもが静止してしまえば良いのに……と、思わずにはいられなかった。


     変だ、とアレースが言った。
     そう? とエリスが答えると、変すぎる! と力んで主張する。……何が変なのかというと……。
     「この頃の父上は何を考えているのか、さっぱり分からない。なにも、オーケアノス(極洋)へ行って黄金の木の実を取ってくる、なんて簡単な遣いに、おまえを行かせることもないだろう?」
     近頃、ゼウスが些細な用事ばかりエリスに言いつけるので、アレースでなくても不審に思い始めていたのである。

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  • from: エリスさん

    2006年12月31日 13時50分07秒

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    「追憶 すべての始まり・42」
     エリスの着替えを持って戻ってきたキオーネーは、エリスが泣いているのに気づいて、自分も衣を脱ぎ捨てて、泉の中を飛沫を上げながら駆けていった。
     「エリス様ッ、どうなさったのですか」
     キオーネーに声をかけられて、エリスは気持ちを落ち着けようと息を大きめに吸って、呼吸を整えた。
     「エリス様?」
     「……子供のころ……」
     エリスは、キオーネーにならと思って、話し出した。
     まだ自分の力もコントロール仕切れない頃、良く、森などで仲の良さそうな者たちを見かけると、無意識に、その者たちが争うように術をかけてしまうことがあった。その悲しさ、悔しさを母に訴え、慰めてもらっていたが、ニュクスは自分を責めるばかりで、余計にエリスを悲しくさせていたのである。そして、エリスがこれほどまでに苦しむのは、闇の力を持つ自分の血を、どの兄弟姉妹よりも色濃く引いてしまったためと考え、少しでもエリスが本来の自分と違う生き方ができるように、自分の影響下から離すことにしたのである。
     ……あの日、エリスは野駆けに出かけることにしていた。お転婆なところは昔からで、馬に乗るのも、男兄弟たちよりも上手なのが自慢だった。
     出掛ける前に母の部屋に寄り、誰がいなくても、テーブルの上に置かれている水晶球に「行ってきます」というのが、その頃のエリスの習慣だった。エリスは母・ニュクスの大事にしていた、この大人の握り拳ぐらいの大きさの水晶球が大好きだったのだ。
     そうして、エリスが野駆けから帰って来るなり、ニュクスはエリスの頬を叩いた。
     「これをご覧。おまえがやったのでしょう!!」
     ニュクスの手に握られたそれは、真っ二つに割れた水晶球だった。
     その日、母の部屋に入ったのは、ニュクスのほかはエリスだけだったのである。ニュクスは水晶球を割った犯人はエリスだと決めてかかり、エリスを責めた。
     「この水晶球は母の命も同じなのよ。この水晶球に願いをこめるからこそ、母は単身で子を産んできた。言うなれば、おまえ達の父親ではないの。それを割るなんて。おまえなどもう顔も見たくないッ。出てお行き!!」
     エリスは言い訳する暇さえ与えてもらえず、泣きながらニュクスの社殿を飛び出した。
     ――そのときのことを、エリスはキオーネーに話してから、こう続けた。
     「どんなに母君は心を痛めたことだろう。私を蔑んだあの言葉も、頬を打ち据えたあの手も、総て望んでのものではなかったことは、あの瞳が教えてくれた。涙で潤んだ、あの瞳が……この私のために、心を鬼にしてくれた。それなのに、私はどうしても不和と争いの司という宿命から逃れることができない。第一、いくら違う自分になりたいと願っていても、母君の傍を離れようなどと……母君と他人となって生きたいなどとは思わなかったものを!」
     「……エリス様……」
     この人にこれほどまでの苦しみがあろうとは、思いもしなかった。
     雄雄しい威厳に包まれたこの女神が、その内面、こんなにも脆い部分を隠していたとは……ひたすら、愛されたいと叫ぶ心を。

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  • from: エリスさん

    2006年12月31日 13時17分44秒

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    「追憶 すべての始まり・41」
     「待ってッ、待ってください!」
     「来てはいけない、来るな!」
     キオーネーは何もかまわず、エリスの背にしがみつき、言った。
     「このまま貴方様をお返しすることなどできません! どうか、泉で血をお落としになって、新しいキトンにお召し替えください!」
     「できない、ヘーラー様の泉を穢すなど」
     「いいえッ。傷ついた者を癒す力を持つこの泉が、多少の血ぐらいで穢れるはずがございません。それよりも、こんなに御心を痛めた貴方様を放っておくなど、私には我慢できません。どうかッ、この願いをお聞き届けになって。エリス様を名も知らぬ者たちの血で染めたままにしておくなど、耐えられません!」
     次第に、背中が濡れてくる。
     エリスはキオーネーの手を離させて、振り向くと、彼女の瞳から零れるものを指で拭い落とした。
     「……わかった」
     両手で、左肩のフィビュラ(肩留め)を外す。
     丁寧に腰帯を解いてからキトンを脱ぐと、エリスは泉の中へと入って行った。
     「すぐに着替えを持ってまいります」
     キオーネーが行ってしまってからも、エリスはゆっくりとした足取りで泉の中央へ足を進めていた。
     静かに水をすくい、かける。
     ところどころで、沁みる。……ちょっとした擦り傷があるらしい。
     『女の癖に、体に傷をつけるとは……』
     常識では考えられないことだろうが、気が付くと、女の体をしているのに女として認められない自分がいた。どんな些細な喧嘩でも、相手の男は彼女を傷つけるのを躊躇しない。エリスが女であることを忘れているのか、それとも男だと信じて疑わないのか。
     こんな自分が嫌だ、と良く母親に泣いて訴えたことがある。
     その度に、母ニュクスは悲しそうな顔をして言ったものだ。
     「ごめんね、母様に似てしまったばっかりに。母様がいけないのね」
     『違う、母君。私が言って欲しかったのは、そんなことじゃない。私が望んでいたのは、こんなことでしなかった』
     泉の中で膝を付く。胸まで水に浸かりながら、エリスは両手で顔を覆っていた。
     「……母君……母君ッ」

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  • from: エリスさん

    2006年12月31日 13時00分36秒

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    「追憶 すべての始まり・40」
     『急用でもできたのかしら?』
     それでも、料理を何度も温め返しながらキオーネーは待っていた。
     やがて、月が支配する夜になってしまう。
     もしかしたら今日はもう来ないかもしれない、と諦めた彼女は、先に水浴びをしようとあの泉へ行くことにした。
     がっかりしながら歩いていると、泉の入り口となっている木々の切れ間に、馬が立っていた。
     『この馬は……』
     キオーネーはそうっと近づいて、馬の右耳の後ろを見てみた。ボディーは綺麗な黒毛なのに、ここだけ白い三日月のような模様がある。
     「この模様は、間違いなくカリステーだわ。この子がここにいる、ということは……」
     泉のほとりで、誰かがうずくまっているのが目に入った。
     長い黒髪が地に付いてしまっている。
     誰だか分からぬはずもなく、キオーネーは駆け寄っていた。
     「エリス様ッ」
     声を掛けられて、うずくまっていた人物――エリスがこちらを向いた。
     彼女は力なく言った。「……止まって」
     思わず、足を止める。
     「それ以上、来ないで。今の私に触ってもらいたくない」
     「エリス様? どこか、お加減でも……」
     「いや、そうじゃない」
     エリスはゆっくりと立ち上がり、まっすぐ彼女の方を向いた。
     「黒いキトンだから分からないだろうが、今の私は血で汚れている」
     「エリス様!?」
     「私の血じゃない……戦場にいたのだ」
     それ以上説明できない……したくない。
     自分がそんなに冷たい女神だと思われたくない。――今までは平気だったのに、この娘にだけは、嫌。
     「約束を違えて済まなかった……それでも、そなたの顔だけでも見たくて来てみたのだ」
     「なぜ、小屋に来て下さらなかったのです?」
     「行けない。そなたの小屋が穢れてしまう」
     「そんなこと……」
     「本当に済まなかった……今日は帰る」
     エリスが背を向けて行こうとすると、すぐさまキオーネーが追いかけてきた。

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  • from: エリスさん

    2006年12月27日 13時56分29秒

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    「追憶 すべての始まり・39」
     「わたしは、父上の考えすぎではないかと思うのですがね。いくら、あれがそこらの男神よりも雄々しいからと言って」
     「おまえは、考える、ということを知らぬのか? アポローン」
     ゼウスはしっかりと息子の顔を見据えて、言った。
     「あれは、あのニュクスの娘だぞ」
     男の手を借りずに、単身で子を宿して出産する女神の、容貌まで写し取ったように似通う娘----それが何を意味しているか、万物の王たるゼウスだけが気づいていたのである。

     鼻唄交じりに、楽しそうに料理を作っているキオーネーがいた。
     彼女が住んでいる小屋は、川の畔にあって、絶え間ない水音が心を和ませてくれる。----エリスもここが好きだと言ってくれた。
     このごろ明るくなって、なんだか綺麗になったみたい……と、精霊仲間にも言われるようになって、今日の機嫌の良さはそれもあったのかもしれない。
     しかし、もっと心をウキウキとさせているのは、やはりエリスの存在だろう。
     『本当に恐れ多いことだけれど、姉妹が欲しいと思っていたから、エリス様は私のお姉さんみたいな気がする』
     今日はそのエリスが来てくれる。
     早く来ないかと待ち遠しくてならなかった。
     なのに、夕暮れになり、日が沈みかけても、彼女は現れなかった。

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  • from: エリスさん

    2006年12月27日 13時47分26秒

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    「追憶 すべての始まり・38」
     「いえ、それはッ」
     疫病ではなんの罪もない幼い子供たちまで巻き添えにしてしまう……そう考えたエリスは、承知するしかないと覚悟を決めた。
     「どうぞ御意のままに、全てこのエリスにお任せくださいますよう、お願い申し上げます」
     「頼んだぞ、エリス。わたしは良き臣下を持ったものだ」
     ゼウスが玉座を立って自室へ戻ってしまうと、残されたエリスのもとにアレースは駆け寄って、言った。
     「済まない、あんな言い方をしておまえに承諾させるなんて。父上に代わって謝らせてくれ」
     「気にするな、いつものことだろう」
     エリスは裾を翻しながら向きをかえると、先に立って歩き出した。
     「しかし変だ。今はそれほど、過剰と言えるほど人間の数は多くないはず。それなのに、なぜ父上は……」
     「何かお考えがあるのだろう。陛下の考えることは計り知れないからな」
     社殿を出ると、エリスは愛馬・カリステーを口笛で呼び寄せ、
     「それじゃ、行ってくる」
     と、アレースに無理に微笑んでから、走ってくる馬に飛び乗った。----その軽い身のこなしに、
     『お、かっこいい!』
     と思いながら、アレースも従者に馬を連れてくるように命じた。
     「おまえ達は先に社殿へ戻っていろ」
     「ご主人様、どちらへ!」
     従者たちを置いてきぼりにして、アレースはエリスの馬を追った。
     自分の横に並んできたアレースに気づいたエリスは、ちょっとびっくりしたが、すぐに笑顔になった。
     「手伝ってくれるの?」
     「聞くまでもない。それに、戦争は長引くと被害も並では済まなくなる。軍神の俺がどちらか一方に加担して、勝たせてやれば、それだけ早く終わるってものだ」
     「悪いな」
     「なに、役目さ」
     二人が並んで目的地へ向かうのを、窓から見ていたアポローンは、その奥で寛いでいるゼウスに声をかけた。
     「やはり、アレース殿が手助けするようですね」
     するとゼウスが答えた。「その方が良い。被害も少なくて済むだろう」
     「まだ調整するほどではありませんでしたからね」
     アポローンは愉快そうに言ってから、しかし……、と言葉を濁した。
     「こんなすぐに終わるような仕事では、父上の思っているようにはならないと思うのですが」
     「わかっておる。これはほんの小手調べよ。これからもっと難題をふっかけて、しばらくあの小娘の所へなど行かせなくしてやるわ」
     ……この言葉の意味----そう、ゼウスはエリスがキオーネーのもとを盛んに訪ねるのを快く思わず、なんとかして止めさせようとしていたのである。
     それは、何故なのか。

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  • from: エリスさん

    2006年12月27日 13時28分15秒

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    「追憶 すべての始まり・37」


     謁見の間(ま)に通された二人だったが、本当に用があるのはエリスだけだったようで、アレースはアポローンや他の兄弟たちと一緒に脇に並ばされた。
     エリスが玉座の前に進み出ると、ゼウスが腰掛けたまま声をかけた。
     「よく参ったな、女神エリス」
     「はっ。神王陛下にはお変わりもなく、恐悦至極に存じ上げます。……それで、この度の火急のお召しは、いったい何用でございましょうか」
     「なに、そちにしか出来ぬことよ」
     人間の人口が増えすぎると、ゼウスは時折、天災や疫病などを用いて「調整」を図っていた。今回はエリスの司る「不和」と「争い」の種を蒔いて、戦争を巻き起こそうと考えていたのである。
     これが初めてのことではないが、嫌な役目であることは変わることがなかった。
     また見なければならないのか、人間たちが狂気を帯びて殺戮を繰り返し、血に染まった大地に喘ぎ苦しむ姿を……自分自身が蒔いた種で----口に出せない苦悩で、エリスは眩暈を覚えそうだった。
     「それは、いつ行えば宜しいのでしょうか?」
     「うむ。急いでいるでな、今日中に頼む」
     「今日中!?」
     『今宵はキオーネーのもとに行くと約束してあったのに……』
     エリスの表情が変わるのを見て、嫌なのか? とゼウスは聞いた。
     「そうだな、そちもいろいろと都合があろう。それを無理して出仕してもらったのだ、強いることはすまい。そちが駄目なら疫病の神に頼めば済むことだ」

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    2006年12月24日 12時52分07秒

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    「追憶 すべての始まり・36」
     「女なのに女の友達が少ない、今までが珍しかったんだから。良かったじゃないか、食が進んでしまう程の料理の腕前の娘が、友達になってくれて。おまえもこれで、少しは女らしくなるだろう」
     「どういう意味だ」
     「そういう意味だ」
     「貴様ァ!!」
     二人がふざけ合っていると、多少遠慮がちにアレースの社殿に仕える青年が顔を出した。
     「あのォ……よろしいでしょうか?」
     「あァ? どうした?」
     エリスに逆エビ固めを掛けられながら、アレースは答えた。
     「それが。オリュンポスから遣いが参りまして」
     「父上から? 俺、なんかやったっけ?」
     「足の怪我にかこつけて仕事をサボっていたから、呼び出しじゃないのか」
     相変わらずアレースの足を固めているエリスが言うと、青年は答えた。
     「どのようなご用件なのかは分かりませんが、とにかく、エリス様と一緒に出仕するように、とのことでございます」
     「私も?」
     ゼウスがエリスを呼び出す時は、決まって嬉しい用事ではない。
     かと言って、言いつけに背けば、また更なる難事を押し付けるだろうから、行かないわけにはいかなかった。
     エリスはアレースと一緒に馬を並べて、オリュンポス山頂のゼウスの社殿へと向かった。

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    2006年12月24日 12時38分17秒

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    「追憶 すべての始まり・35」
     二人で森の恵み----キノコなどを探しにも行った。
     川や海へ行って釣りも楽しんだ。
     童女の頃に戻って戯れもして、女神も精霊もない、心からの「友」として二人は一緒の時間を過ごしていた。
     しばらくアレースの存在を忘れてしまっていたエリスは、お詫びもかねて、上等な神酒(ネクタル)を持って訪ねていくと、すっかり足を治していたアレースが彼女の顔を見るなり言った。
     「血色が良くなったな」
     エリスは微笑みながら答えた。
     「以前は食べるのも億劫なときがあって、一日食を抜くこともあったのだが……」
     「ああ、そうだろうと思っていたよ」
     「なのに、最近は食が進む。精霊達が絞るオリーブオイルは美味でな……いや、調理する者の腕がいいのかな」
     「聞いた話だが、母上の侍女と仲良くなったんだって? その子にご馳走になっているのか」
     「そうだ」
     「ふうん、とアレースはうなってから、少し考えこみながら彼女を見つめていた。
     「なァに?」
     と、エリスが言うと、いやさァ、とアレースは答えて、
     「おまえが気に入るような子だから、きっと小柄で華奢な可愛い子だろうと思ってさ」
     「? ……なんでそんなことを思う?」
     「やっぱり気づいてなかったな」
     「なにが」
     「自分の好み」
     「好み?」
     アレースに言わせると、エリスにはエリスすら気づいていない美学があるらしい。不和や争いの司として、荒々しい性格をしてはいるが、その反面、優しいところもある。強い者には容赦しなくとも、弱い者には哀れむ。エリスは、か弱いもの、小さいもの、幼いもの、可愛らしいものを好むのである。その力強さで、それらのものを守ってやりたいと言う気持ちがおきる----と、アレースは分析していた。
     「つまり、おまえの好みは、か弱く小さな、汚れなき魂……だと思う。この間あげたウズラは、まだ生かしてあるんだろう? ああいった小動物は飼い馴らすと可愛いからな」
     「ウズラは生かしてあるけど、それは卵を産ませて食べるためだ。可愛いから飼っているわけでは……」
     ない、とは言い切れない。言われてみると、否定しきれないことばかり思い当たってしまう。
     『割りと女々しい性格だったんだ……』
     気恥ずかしさで赤くなってしまうと、まぁいいじゃないか、とアレースが肩を叩いた。

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