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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

公開 メンバー数:11人

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  • from: エリスさん

    2011年07月29日 15時02分09秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・19」
     「言わせたいのですか、嵐賀エミリー。しょうもない人。それだから……」
     「御託(ごたく)はいいッ」
     枝実子はイライラしながら言った。「さっさと教えろ」
     「芸術への冒涜(ぼうとく)です」
     「冒涜? 俺がいつ?」
     「常日頃からですッ。嵐賀エミリー……その名を名乗っていながら、今まで書き続けてきたものは、なんとつまらないものか。自分が体験したことを基にしなくては書けない、想像だけでは表現できない。すべてを想像だけで作り上げた、かのエミリ・ブロンテの足元にも及ばぬ。それなのに、エミリを慕うことすら恐れ多いのに、御名をもじるとは無礼千万。己の美学など認められもしないのに、それを追及しようとは。そもそも御身には……」
     「もういいッ、言うなッ!!」
     枝実子は思わず叫んでいた。「言われなくても……おまえに――自分に言われなくても……」
     『自分に才能がないことぐらい……』
     どんなに努力しても、天才には適わない。そんなことは自分でもわかっているが、認めたくなかった。だからこそ、天才のエミリ・ブロンテに恋焦がれてやまなかった……。
     「それなら、何故死なぬ?」
     と如月は言った。「この世の全ての災いの根源である御身が、それを分かっていながら、何故死なぬ。御身さえこの世から去れば、すべてが穏やかになるというのに」
     「自分から死ぬことを、人間は誰一人として許されていない!」
     「人間? 誰が人間なのです? 御身が人間ならば、小鬼でさえ仏に見えよう」
     「なんだと!!」
     「いいでしょう。それならば、当初の目的どおり、わたしが止(とど)めを」
     如月は、袂(たもと)から小刀を引き出した。
     咄嗟に枝実子が後ずさる。
     「俺を殺すために……」
     「そう。そして、私が嵐賀エミリーに……片桐枝実子になる」
     枝実子は表情を変えずにはいられなかった。
     「俺と入れ替わるつもりだったのか!? そんなことが可能なのかッ。俺とおまえじゃ、顔も何もかも違うんだぞッ」
     「回りの人間の記憶ぐらい、なんとでも」
     如月は言うと、小刀を構えて、にじり寄って来た。
     「安心なさい。死ぬときぐらいは、御身のしょうもない美学に則ってあげましょう。手足をもぎ取るでなく、目をえぐるでなく、全身が潰されるでなく、内臓を引き出されることもなく、さほどオカルト小説には不似合いな、傷の少ない、急所を一発で仕留めた殺し方……御身の小説で描かれる死に様はそうでしたね」
     逃げようとする枝実子を、如月が追いかけ、捕らえてその場に押し倒す。右肩を掴まれて押さえつけられている枝実子は、辛うじて左腕だけが動かせる状態だった。
     枝実子は咄嗟に叫んだ。
     「悪魔ッ!!」
     「なにを。御身こそ、この世のただ一つの汚点であろうに」
     「それじゃ、おまえは聖者だとでも言うのかッ。聖者が殺生をしてもいいのかッ」
     すると如月はおかしそうに高笑いをした。
     「御身の前では、仏さえ悪鬼となりましょう」
     「やめろォッ!!」
     辛うじて動く左手で、如月の胸を押し上げようとする。その時、枝実子は気づいた。相手の胸が硬い――女の胸ではない。
     のど仏を見る。
     『男!?』
     すべてにおいて対極なら、男っぽく粗野な女である枝実子に対して、如月は女らしく淑やかな、男。
     『それならッ!』
     枝実子の首筋に向かって、小刀が振り下ろされる。


     それは魔物 心の鬼の 己心(こしん)の魔が呼ぶ
     ―――死神―――








      挿歌
       舞姫は誘(いざな)う――罪ゆえに天駆け地に帰す――

      雪の上に跪(ひざまず)き
      紅い涙で手を染める
      心の叫びは耳を刺して
      崩壊の途(と)へと誘う

      雪景色の中 あざ笑う
      狂気を帯びた舞姫の
      吹雪に揺れる黒髪見つめ
      本当の自分を思い知る

      こんな気持ちを抱くことさえ
      きっと私には許されていない

      「この世のしがらみから解き放たれ
      共に暗黒に眠れ
      その醜い身体を捨て
      己の本性に戻るが良い
      誇りは この世では塵と同じ」

      黄泉へ誘う舞姫の
      白い腕(かいな)は冷たくて
      引き寄せられて くちびる重ね
      二度と目覚めぬ夜が来る

      それは妖物(まがもの) この世の鬼の
      己心(こしん)の魔が呼ぶ 死姫神(しにひめがみ)





                                 第一部 終了
                                 第二部へ続く



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  • from: エリスさん

    2011年07月29日 12時29分53秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・18」
     「先生、これはエミリーの……片桐さんの作品ですッ」
     そういって立ち上がってくれたのは瑞樹だった。
     「彼女の戯曲も小説も読み慣れているから分かります。出だしから既にエミリーの色が……」
     瑞樹はそう言いかけて黙ってしまった。声が出ない――何も言えない状態になって、口だけがパクパクと必死に動こうとしている。その時、如月が瑞樹を見据えていた。
     『この人、瑞樹に何かしてる!?』
     枝実子がそう思ったのは、如月がこう言っている最中だった。
     「無駄なかばい立てはやめた方が宜しいですよ。御身にまで災いが及びますから。こんな、庇う価値もない下賎の者のために」
     上品な言葉で言うことはきつい。「この者は、人間の皮を被った魔物なのですから」
     何人もの生徒の前で侮辱されるなど、枝実子の自尊心も忍耐も限界にきていた。
     「人の作品盗んどいて、偉そうなこと言ってるなッ!!」
     枝実子が如月の襟元を掴んで食って掛かると、瑞樹に掛かっていたらしい暗示か何かが解けて、瑞樹はとっさに言った。
     「エミリー、やめて!」
     瑞樹が元に戻ったのには安心したが、枝実子の如月に対する怒りは収まることを知らず、枝実子は尚も如月を力いっぱい揺すった。なのに如月は少しも表情を変えずになすがままになっている――いや、目だけは笑っていた。
     傍にいた教師はあっけに取られていたが、ようやく止めに入ろうとした。
     だが、枝実子を制したのは眞紀子の声だった。
     「……見苦しいわ」
     絶望感が広がる――自制心が利かなくなって、こともあろうに眞紀子の前で醜い姿を見せてしまった。
     『よくも……よくもォ……』
     乾いた音が響いた。如月の頬を打ち、枝実子は教室を飛び出していた。
     「エミリー!」
     瑞樹が呼び止めたような気がしたが、それを聞き入れるだけの平常心は残っていない。
     教室中の生徒の前で――眞紀子の前で侮辱され、泥棒呼ばわりされた屈辱感。ズタズタに引き裂かれたプライド……。
     『なんで私がこんな目にッ。何故あの女が私を苦しめるのッ』
     どこまで走っただろう。急に目の前が薄暗くなった。
     「このまま御身を逃がすものですか」
     振り向くと、如月が歩み寄っていた。
     そこは、学校の中ではなかった。いや、世界のどこにもこんな空間は存在しないだろう。水の上に黒い油を零してかき混ぜたような、そんなものが周りを包んでいる。――そこには、枝実子と如月しかいない。
     「ここは?」
     枝美子の問いに、如月は微笑むばかり。
     「そう、あなたはただ私を貶(けな)すだけで、何も教えようとはしないのね」
     「わたしが教えなくても、分かっていなくてはならないのですよ」
     「分かんないんだから仕方ないだろ!!」
     枝実子がつい大声を出すと、如月は冷たく笑い出した。
     「汚い言葉遣いですこと。その言葉に、その声は似合いません」
     突然、枝美子の首筋に痛みが走った。
     苦しくなり、すぐには声も出なかったが、やっとのことで枝実子は言った。
     「いったい何を……」
     その一言で全てを知る――声が自分の声ではなくなっている。男のような、いや男そのものの声になっている。枝実子の唯一の美点である声が失われていた。
     「これで御身の数少ない美は、すべて失われました。なんとめでたい」
     「どこがめでたい!! 俺の声を返せ!」
     知らず知らずに男言葉が口から出る。ときどきはこんな喋り方もしていたが、普段使っている言葉遣いは少しも出てこようとしない。まるで体まで男になりきってしまっているようだ(とりあえずは女のままだが)。
     「片桐枝実子――我が御祖(みおや)の君(きみ)。そろそろ終わりに致しましょう。この世に災いをもたらすのは」
     如月が言うと、「みおやのきみ?」と枝実子は聞き返した。
     「俺があんたの御祖、あんたを作り出した張本人だって言うのか」
     「今頃気づいたのですか? 情けない」
     「だから、そうやって馬鹿にすんのはいい加減にしろって言ってるだろッ。……まったく気づいてなかったわけじゃないさ。だけど信じられるか? 自分が在りもしない人間を作り出したなんて」
     「在りもしないとは不愉快な。わたしはここに、こうして存在しているのですよ。御身と、いいえ誰にでも、己とまったく対極にいる人間は存在するのです。この世のどこか、別の世のどこかに――そしてわたしは、御身を罰するために来たのです」
     「俺を罰する?」
     「欠点すらなかった女人の心を汚(けが)し、またプライド高いお方の顔に泥を塗った罪。――眞紀子さんとの間に何があったのか公表せず、まるで自分が彼女を切り捨てたような振る舞いをしてきた御身よ。この先、生き長らえようとしているだけでも、罪を重ねるばかり」
     「違うッ。公表するもしないも、回りが勝手に勘違いしているだけだ。でもいつか回りだって、この不自然さに気づく。あんなに淑やかで、教養高い女性が、俺みたいな醜い女に絶交されるわけがないって。絶交されたのは、俺の方なんだって」
     「それまで待っていろと? その間の彼女の心痛は如何ほどのものか。しかも、御身は彼女と仲違(なかたが)いしてからというもの、友人に恵まれ、充実した生活を送っている」
     「充実なんかしてない。友人に恵まれているのは認めるさ。けど、充実なんかしてねェよ。いつだって、こんなとき眞紀子さんだったらどうするだろう、どう言うだろうって思ってしまって、彼女の存在の大きさを思い知らされてばかりだった。二人といないよ、あんなに素敵な人は……。俺が何もかも悪いのは分かってたよッ。だから、謝罪すらされたくないって言ってるものを、こっちから出向いて土下座できるか!! 待つしかねェだろ、彼女が許してくれるまで!!」
     「許してもらおうと思っているのですか? ずうずうしい。御身は永遠に許されはしないのですよ。この一週間、わたしが御身に与えてきた屈辱は、かの人々の何億分の一にも満たないのですよ。それを分かっておいでか? そうでなくても罪深いのに」
     「他に俺が何をしたッ」

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  • from: エリスさん

    2011年07月15日 14時42分50秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・17」
     「今日は誰からだったかな」
     と、教師が言う。
     今日は枝実子が発表することになっていた。しかも他の今日発表する予定になっていた生徒は、まだ教室に入っていない――遅刻者の二人ともが今日の発表予定者というのも出来過ぎている感があるが、そんなわけで枝実子から発表するしかなかった。枝実子はそのことを告げようと口を開きかけた。が、その前に誰かが発言していた。
     「申し訳ございませんが」
     和服の美女が立ち上がっていた。
     「わたし、今日だけ聴講させて頂いている如月カオルと申す者ですが、先生に見ていただきたい作品がありまして、是非それを初めに読ませていただけないでしょうか。拙い作品ですので、書きなれている方よりも先に」
     「わたしは別に構わないが……片桐君、いいかな?」
     悪い予感は、もう当然のようにしていた。だが、ここで断るのは不自然であり、何かあったとき自分が変に思われる。承知するしかなかった。
     「では、次の方に手伝っていただきます」
     和服の美女は、配役を決めていった。枝実子が頼もうとしていた人たちばかりを。
     そして、ゆっくりとした足取りで前へ行く。皆、彼女の存在を不自然に思っていないところが不思議だった。――魔力を操るのか? と、枝実子は思ってみた。
     『でも、あり得ないわけじゃない。今までのことを考えれば、その結論に達する。私にだって、多少の霊感はあるんだから』
     枝実子の疑問をよそに、美女は言った。
     「題は“聖母の腕(かいな)に抱(いだ)かれて”です」
     やはり同じ題名。そして、物語の出だしも同じだった。
     枝実子は机を叩きながら席を立ち、如月カオルと名乗ったその美女に向かって言った。
     「いい加減にして!」
     室内が一瞬にして静まり返った。瑞樹も、眞紀子でさえも枝実子を見たまま何も言えなくなっている。
     枝実子は尚も言った。
     「一度や二度ならまだ許してあげても良かったけど、これで三度目。仏の顔も限界だわ。すべてのゼミナールで作品を盗まれるなんて、私のプライドが承知しないのよ」
     枝実子は自分の書いた脚本を持って前に出て、それを教師に差し出した。
     「見比べてください。彼女が発表しようとしている作品は、そっくり私のものです」
     教師は如月カオルからも脚本を受け取って、一ページずつ見比べていった。確かめるまでもなく、二つの内容、台詞、ト書き、暗転の位置も全く同じである。違うのは、枝実子はワープロ原稿、如月カオルが手書きと言うことだ。
     「確かに同じだな、細かなところまで」
     教師が言うので、
     「この人は、今までに二回、私の作品を盗んだんです」
     と枝実子が答えると、如月カオルは言った。
     「どこにそんな証拠があるのです?」
     「今まではなくても、少なからずこの作品にはあるわ。この作品が私のオリジナルであるという証拠が、しっかりと残ってる」
     「どのような」
     「ワープロよ。ワープロには何月何日の何時何分に作成が始まり、更新が終わっているか、0頁画面で記録されているのよ。どうせあなたは手書きだし、私のをコピーしているんだから、こんなに長いのは書きあがったのも私より遅いはず。世間一般では、先に出来上がったものをオリジナルと認めてくれるのよ。これが五日前から書き始められ、二日前の夜に出来上がったということは、正々堂々と証明できるわ」
     すると如月カオルはクスクスと笑い始めた。
     「つまらない証明ですね、馬鹿馬鹿しい」
     「なんですってッ」
     「出来上がったのは二日前だとおっしゃいましたね」
     如月カオルは懐から封筒を引き出し、そこから折りたたまれた紙片を出して広げて見せた。
     公証役場で発行された証明書・確定日付である。日付は三日前になっていた。持ち主の名前も「如月 馨」となっている。
     「世間一般では、こうゆうものの方が信じてもらえるのですよ」
     すぐには言葉が出なかったが……。
     「偽造じゃないでしょうね。だとしたら犯罪よ」
     「まぎれもない本物ですよ。問い合わせたらどうです?」
     ワープロに記録された物より、公的に、役場で発行された物のほうが強いのは、法律上仕方のないことだ。またしても枝実子は不利な立場に立たされていた。
     「それじゃ書き始めた日はいつよッ。それは私よりも遅いはずだわ」
     「そんなもの覚えていませんよ。覚えていたとしても、世間では〈どちらが先に完成させたか〉で決定されてしまうのです。御身がそう申されたのですよ、たった今」
     如月は不適な笑みを浮かべた。
     「本当に、盗人猛々しいとは、御身のことを言うのです」
     如月の言葉にカッとなるのは当然である。
     「私が盗んだっていうの!」
     「そうではありませんか。この作品はわたしの方が先に出来上がっているのですよ。公にもわたしの作品だと認められているのです。これがわたしのものではないと、覆せるものは何もないのです。いいえ、初めからあるわけがないのです。これはわたしのオリジナルなのですから」
     「いけしゃあしゃあと!! この作品のストーリーの癖を読めば分かるわ。これは私の書き癖よッ。そうですよね、先生!」
     枝実子に言われ、それまで脚本を見比べながら二人の口論を聞いていた教師は、首を傾げながら言った。
     「確かに片桐君が好きそうな作品なんだが……君の作品だとは言い切れないな」
     『なッ!』
     この教師なら枝実子の書き癖ぐらい理解していると思っていたのに、枝実子の買いかぶりだったのだ。理解できるのは佳奈子女史だけなのか?

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  • from: エリスさん

    2011年07月08日 14時46分12秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・16」
     『夢か……今日のは随分と珍しい夢』
     死んでくれとせがまれるのは何度となくあったが、和服の美女が出てきたり、それに銀色の光に覆われたのなんか初めてだった。
     『辛い夢を見ていたのに、誰かが助けてくれたような、そんな感じだな』
     銀色の光に薄紫の人影。
     誰? と考えている暇もなく、起きだすとすぐに着替えて、机に向かった。
     ワープロのスイッチを入れて、今日の劇作ゼミに提出する戯曲を印刷した。ハッカーされていないはずだから、ギリギリまでフロッピーに入力したまま、原稿用紙には印刷していなかったのだ。
     できる限りこの作品が自分のものであることを証明しなければならない。劇作ゼミは、今日提出するとその日のうちに発表だ。今度こそ盗作などされるものか。
     しかし……。
     相手が今まで自分の作品を盗んでいったか、はっきりと分からない今は、何をしても無駄なのかもしれない。
     「それでも、やるっきゃないけど」
     一つだけ安心しているのは、どうやら卒業制作だけは盗まれていないらしいことだ。あれまで盗まれたら、それこそプライドがズタズタだ。――「安らかに眠れ」は言わば枝実子の人生の課題、夢でもあった。



     その曜日は、午前中に劇作ゼミ、昼休みを挟んで午後に小説ゼミと、二つのゼミが続けざまにある日だった。
     詩ゼミであったことを、日高佳奈子先生にも報告しておかなければならないなァ――と思い至った枝実子は、どう話せばいいのか、劇作ゼミの教室で考え込んでしまった。
     『きっとまたお叱りを受けるわね』
     当然である。――とは言え、隙を作るなと言われても、枝実子にはどうしたらいいのか、困るところではあるが。
     「やだねェ、あんたは。また悩んでる」
     瑞樹が後ろから枝実子の頭を小突く。
     「不意打ちとは卑怯な」
     「あんたがボーッとしてただけでしょうに」
     演劇専攻の瑞樹もこのゼミナールを受講していた。眞紀子も一緒である。
     眞紀子が入ってきて、瑞樹が「おはよう」と声をかける。眞紀子はお愛想っぽく挨拶を返す。そばに枝実子がいるからだ。
     次の授業でもこんな感じになってしまう。自分が悪いとは言え、辛い。罰せられているのだからと思い、耐えてはするけれど――いや、辛いのはむしろ眞紀子の方だ。欠点すらなかった彼女が、枝実子のせいで自尊心を傷つけられてしまったのだから。
     殺されても恨めない――そう思った時だった。
     ラベンダーの香りが漂ってくる……藤色の和服を着た女が室内に入ってきた。言わずと知れたあの美女である。……美しいという形容を遥かに超えた麗しい撫子のような手弱女(たおやめ)ぶりである。
     枝実子は彼女が現れたことにも驚いたが、その高雅さにも驚かされていた。自分とは正反対の、別世界の人間のように思える。
     その美女が枝実子に向かって微笑んだ、冷たい目をして。
     そして、眞紀子の座っている席へと近づいて、
     「お隣、あいてますか?」
     眞紀子は初めて見る美女なのに、彼女自身も高雅な気品を持っているせいか、気後れもせず答えた。
     「ええ、どうぞ」
     「すみません」
     二人が並ぶと、「いずれ菖蒲(あやめ)か、杜若(かきつばた)」とはまさにこのことだと思われた。眞紀子本来の気品が、和服の美女のおかげで引き出されているようだ。――枝実子には到底できなかったことである。
     そんな二人を見て、瑞樹は枝実子に小さな声で言った。
     「誰だろうね、あの人。見たことない」
     「私は何度か……」
     「あっ、そうなんだ。文芸科(文芸創作専攻科の略)の人?」
     「それが分からないの。なんか、得体が知れなくて……」
     「そうだね。なんだろ、聴講生(正式な学生ではないが、一部の授業だけ聞きに来ている生徒)かな? でも、久しぶりに見るね、眞紀子さんのあんな表情」
     「……そう、ね…‥」
     柔らかい綺麗な表情。枝実子とのことがあってからはついぞ見なかった、眞紀子の綺麗な横顔が見られた。嬉しいと形容すべき気持ちが心にひろがった。
     ……だが。
     『なぜ、眞紀子さんの隣に座ったの?』
     チャイムが鳴る。教師はすぐに来て、授業は開始された。

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  • from: エリスさん

    2011年07月08日 12時00分36秒

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    スケジュールが不規則になって、すみません

     震災があってから、収入が激減した関係もあって、ネット小説の更新を「2週間に1回」にしておりますが、それが不規則になってきてしまってすみません。家のことと仕事のこと、両方でバタバタしてしまっているのが原因です。

     とりあえず家のこと――無事に我が家のテレビが地デジになりました。間に合わなくなるのではないかと焦りましたが、兄が足立ケーブルに入っていてくれたおかげで、なんとかなりました。今まで見られなかったテレビ局の放送が見られるようになったので、今月から視聴するアニメ番組が増えました。(^_^)


     そして仕事のこと――これはしばらく片付きそうにありません。私がどこの映画館に勤務しているか知っている方は分かるかと思いますが、某漫画から映画化されたあの作品のおかげで、うちの映画館はここのところ大忙しで、イベント続きなのです。おかげで、7月21日木曜日は、本当だったら休日だったはずなのに、出勤になりました。 。。。。。><。。。。。。
     いや、泣いたらアカン! うちの町が有名になるのは、いいことなんだ!! と言い聞かせながら頑張っております、ハイ。。。。


     そんなわけで、これからも更新が不規則になると思いますが、どうぞご容赦ください。

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  • from: エリスさん

    2011年07月08日 11時48分16秒

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    和田慎二先生のご冥福をお祈りします

     毎月「ボニータ」で連載されている「傀儡師リン」を楽しみに読んでいた私は、この訃報を聞いてびっくりした――ちょうど職場の休憩時間だった。
     その前日に発売された「ボニータ」には、

     「次回、最終章突入」

     と明記されていただけに、この先が読めないのはとても残念です。
     でも、一番悔しいのは和田先生自身のはずです。
     家に帰ってから、私よりも和田先生のファンである兄・三菜斗 岬にこのことを伝えたところ、やはり仕事でニュースなど見ている余裕のなかった兄は、寝耳に水の話だったので、
     「……早いよ……」
     と肩を落としていました。我が家の居間 兼 仏間には兄が買い揃えたコミックがいっぱい本棚に並んでいて、その中には当然和田先生の「超少女明日香」や「ピグマリオ」などもあります。

     先生の作品は本当にドキドキワクワクして、面白い作品ばかりでした。私など足元にも及びませんが、いつか先生のような読者をひきつける作品を書けるようになりたいと思っています。

     重ねて、先生のご冥福をお祈りします。


                            淮莉須 部琉

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