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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

公開 メンバー数:11人

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  • from: エリスさん

    2009年06月26日 15時42分27秒

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    「果たせない約束・30」
     イオー姫はタタタッと走ってきて、レシーナーが座っている椅子の隣に座った。
     「あのね、イオーはね、世界で一番お母様がだァい好きなの! だからね、誰がなんて言ったって、アタシはお母様に会いに来るんだもん」
     「困りましたね。一国の王女様が、このような日陰の場所においでになるなんて」
     「それにね、おばあ様も言ってらしたよ。イオーはいずれアルゴス社殿の巫女になるから、オーイケーショーケンには係わらなくていいし、だからお母様と暮らしてもいいんだけどねって」
     「王妃様が?」
     「そうだよ。だから、アタシもここに住んでいいでしょ?」
     「まあ、どうしましょ。本当にそれでいいのかしら?」
     今年4歳になるこの娘は、レシーナーにとっては待望の女の子だった。あまりにも愛おしく思えて、ペルヘウスに許してもらって「イオー」と名付けたのだ――不幸にも失われた親友の名を。
     この子と暮らせるのなら、どんなに楽しいだろう……そうい思っても、やはり簡単には決められない。
     「そうね。お父様とご相談してみましょうね」
     「ワァーイ! きっとお父様なら、いいよって言うよ!」
     心なしか、話し方まであのイオーと似ているように感じてしまう。それだけ自分には大切な親友だったのだと、改めて思い知らされる。
     その時だった――ラベンダーの香りが、窓から入ってきた。
     ハッとして振り向くと、そこにエリス女神が立っていた。
     「わあ! 宙を浮いてる!」
     イオーが面白そうに驚いているので、エリスも笑顔で中に入ってきた。
     「初めまして、姫。名はなんていうのかな?」
     エリスに聞かれて、イオーは物怖じせずに答えた。
     「初めまして、女神様。アタシはイオーと言います」
     「イオー……」
     その名はエリスにとっても懐かしい名だった。
     「いい子だ、きっと誰にでも優しい、素敵な姫君になる。先が楽しみだな、レシーナー」
     「はい、まことに……」
     レシーナーは懐かしさで涙が零れそうになったが、それをなんとか堪えて、イオーに言った。
     「イオー姫。私はこれから、こちらの方と大事なお話がありますから、おばあ様のところにお戻りなさい」
     「はい、お母様。失礼します、女神様」
     イオーは小さいながらもちゃんとお辞儀をして、その場を後にした。
     イオーが居なくなっても、レシーナーは以前のようにエリスに抱きついたりはしなかった。――それはエリスも同じだった。
     「元気そうでなによりだ」
     「エリス様も……」
     「しかし驚いたな、イオーがいるとは……」
     「つい名付けてしまいましたの。女の子が欲しかったものですから」
     「いや、そうじゃなくて……そうか、気付いてなかったのか?」
     「なにをです?」
     「あの子は本当にイオーだよ。そなたの親友で、アルゴス社殿の精霊だった」
     「え!?」
     思ってもみないことだったが、言われてみてすべての合点がいった。
     「だからあの子は、あんなに私に懐いてくれているのですね」
     「また精霊に転生する道もあったのに、人間として転生する道を選んだのだな。また、そなたと巡り合うために……私も人間に転生したら、意外な人物と再会できるかもしれないな」
     「あっ……」
     噂が本当であったことがわかって、レシーナーは何も言えなくなってしまった。
     転生してしまったら、次に会えるのはいつになることか……二度と会わないと心に誓ったものの、はやり考え付いたのはそのことだった。
     「レシーナー」
     と、エリスはレシーナーの手を取った。「生まれ変わって、また出会えたら、私の恋人になってくれるか?」
     その質問に、しばらく考えたレシーナーは、首を横に振った。
     「恋人になったら、また別れが待っています。そんなのは嫌です。だから、今度はエリス様の友人になりとうございます」
     「友人に?」
     「はい。友人ならば、性別も、種族も、年齢も関係なく、いつまでも関係を続けることができますから」
     「そうか……そうだな。約束しよう」
     そう約束しても、果たせるかどうかなど分らない――と、二人とも思っていた。第一、転生したら前世の記憶は消えているのだから、約束を果たしたかどうか確かめるすべもない。
     それでも、二人は約束せずにはいられなかったのだ。
     それならばせめて――レシーナーは確実に果たせる約束がしたいと、口を開いた。
     「何か私にできることはありませんか? 心残りのこととか」
     「うん……実は子供たちのことなんだが……」
     エリスにはまだ小さい子供たちが大勢いる。それらすべてをエイレイテュイアに任せることにしたものの、それが彼女の負担になりはしないかと心配していたところだったのだ。
     「それで、子どもたち一人一人に養育係、もしくは侍女頭をつけることにしたんだ。どうだろう? この後宮でつぐんでいるぐらいなら、通いでいいから私の末娘アーテーの養育係になってくれないだろうか」
     「アーテー様? その御子はもしや……」
     最後の夜に宿った子……レシーナーにも感慨深い御子である。
     「ですが、私ももう年ですし、お役目についてもそう長くは……」
     「それならば心配ないよ。そなたは長命のはずだ。現に、まったく老けなくなっただろう」
     「え? ではこれは、やはりエリス様のおかげなのですか?」
     「最近になって分ったんだ。どうやら私の母乳には老化を遅らせる作用があるらしくてね。おかげで私の子供たちは、実際の歳より幼く見えるんだよ。あの最後の夜、そなたは私の母乳を口に含んだだろ?」
     その通り、はからずも口に入ったのは確かである。
     「分りました。通いでよろしいのでしたら、アーテー様の身の回りのお世話をさせていただきとうございます。我が娘イオーも、近々アルゴス社殿の巫女となることですし、親子ともどもお仕えさせていただきます」
     エリスが精進潔斎のために冥界にはいったのは、この三日後のことだった。
     レシーナーはエリスとの約束通り、アーテーの養育係としてアルゴス社殿へ通い、アーテーが成人してからも侍女頭として一五〇歳まで仕えたのであった。


     それから、二千年以上もの月日が流れた――。

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  • from: エリスさん

    2009年06月26日 14時48分03秒

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    「果たせない約束・29」
     二ヶ月ぶりに会えたエリスは、いつもとは違って女性らしい体つきをしていた。それもそのはずで、つい三日前に出産を終えたばかりで、今は授乳期の大事な時期なのだった。夜の営みなど、しばらくできるはずもない。だから次に会えるのはまだだいぶ先だと、レシーナーもエリスも思っていたのだ。
     「申し訳ございません、お体をいとわなければいけない、この時期に」
     レシーナーが言うと、エリスは優しく微笑んだ。
     「いいんだ……決心したのだろう?」
     「はい、エリス様」
     「私と別れ、純潔を捨てて、ペルヘウス王子のものになることを」
     「はい……ですから、その勇気をくださいませ」
     「いいだろう」
     エリスはレシーナーを抱きしめると、甘い口づけをした。
     そのままレシーナーを抱き上げ、寝台に横たわらせると、まずエリスは自分の服を脱いだ。――ほんのり母乳が浮き上がっているのが、艶めかしく見える。
     レシーナーも自分で肩の結び目を解き、胸元までずらしたところで、エリスが覆いかぶさってきた。
     「これが最後だ、我が乙女よ。先に私がそなたを抱くから、そのあとで私のことも抱いてくれ」
     「はい、エリス様」
     このときの二人の悦楽の声は、同じ階にあるいくつかの部屋に響いていたが、幸いなことに王子の側室はレシーナーだけだったため、すべて空室だった。ただ、夜回りに来ていたクレイアーだけがそれを聞き取ったのだが、もちろんそれを咎めることはなかったのである。
     この夜のおかげで、エリスは末娘のアーテーを身ごもる。それが、二人の愛の形見になったのであった。




     その後、レシーナーはペルヘウス王子との間に、二人の男の子と一人の女の子を産んでいる。当然のごとく王子が正妃を迎える話は立ち消えてしまったが、それでもレシーナーは側室の立場をわきまえて、子供たちの養育をペルヘウスの母である王妃に任せていた。
     このことにレディアから意見されることもあったが、レシーナーは、
     「側室の子供を後継者に据えることに、反発があるといけないじゃない? でも王妃様に育てていただければ、そういうことも緩和されるじゃありませんか」
     と、気軽に応えていた。
     「だからと言って、日陰の女に甘んじなくてもいいだろうに」
     「いいんです。もし万が一、王子が他国の王女と結婚しなければならなくなったとき、私が障害にならないように備えておく意味でも、私が表立たない方が」
     そうして、レシーナーは四十五歳になった。
     不思議なことに、レシーナーの見た目は三十八歳だったころとあまり変わっていなかった。まるで年を重ねることを忘れてしまったように。おそらく高齢出産だったはずが、何の障害もなく無事に子供が産めたのも、この見た目が変わらないことに関係しているのだろう。
     エリスの噂を耳にしたのは、そのころだった。
     罪を認め、ゼウスと和解したエリスが、人間として生まれ変わるという話を耳にして、レシーナーは懐かしく思ったが、だからと言って訪ねて行くことも、また訪ねてきてくれるのを待つこともしなかった。
     それからしばらくたった、ある夜のこと。
     レシーナーがペルヘウスのためのお茶の葉をブレンドしていたところ、誰かがドアをノックする音が聞こえた。
     「はい? どなた?」
     レシーナーが声をかけると、ドアが小さく開いて、誰かが入ってきた。
     「エヘッ、来ちゃった」
     その小さな女の子の顔を見た途端、レシーナーの顔から笑みがこぼれた。
     「まあ、イオー姫様。またいらっしゃったのですか? いけませんよ、ここへ来ては。おばあ様はご存知なのですか?」
     「内緒だよ。だってアタシ、お母様に会いたかったんですもの」
     レシーナーが産んだ末娘のイオーだった。
     

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  • from: エリスさん

    2009年06月26日 13時49分41秒

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    「果たせない約束・28」
     その夜、ペルヘウス王子がレシーナーの寝室に訪れた。
     いつものようにレシーナーが紅茶を入れていると、ペルヘウスは椅子に座ったまま彼女のことを見上げ、言った。
     「父上になにか言われているだろう?」
     レシーナーが切り出す前に話を振ってもらえて、正直レシーナーはホッとした。話をしようにも、なんと言っていいのか分からなかったのである。
     「お察しのとおり、私の母を通して、王子に他の女性を娶るように説得してほしいと」
     するとペルヘウスは即座に言った。「やだよ」
     「またそのような、大人げない」
     「子供だもん、まだ」
     「来週で二十歳になられる方が、なにをおっしゃいますやら」
     レシーナーはそう言うと、紅茶をペルヘウスに差し出した。ペルヘウスはそれに一口だけ口をつけて、すぐにテーブルに置いてしまった。
     「にがいよ、今日のは」
     「申し訳ございません、すぐに入れ替えを……」
     「もういいよ」
     ペルヘウスは椅子から立ち上がると、そのまま寝台へと行った。
     そして、レシーナーに手を伸ばした。「おいでよ」
     「……はい」
     レシーナーはテープルの上にあった燭台を、寝台の横の棚に移した。それを見届けたペルヘウスは、後ろからレシーナーを抱き寄せた。
     「あっ、王子……」
     そのまま寝台に押し倒されたレシーナーは、いつになくペルヘウスが乱暴なのに驚きながらも、平静を装おうとした。
     ペルヘウスからのキスが熱く、とろけてしまいそうになる。それを嫌とは感じなくなっている自分に、レシーナーは少し戸惑っていた。
     『このまま王子が私を奪ってくれれば……』
     側室としての役目は果たせる。――それはエリスを裏切ることになるが、きっとかの女神なら、それも笑って許してくれることだろう。
     だが、ペルヘウスはレシーナーの肩の結び目に手をかけたところで、止まった。
     「……王子?」
     ペルヘウスはレシーナーの呼びかけに応えず、彼女の上から退いてそのまま隣に横たわった。
     ペルヘウスの深いため息が聞こえる。
     「ごめん……どうかしてた」
     「そんな……謝るのは私の方ですのに」と、レシーナーは上体を起こして、ペルヘウスの方を向いた。「後宮にあがりながら、王子のお優しさに甘えて、これまできてしまいました。私が居るせいで、王子は他の女性を娶ることを控えていらっしゃったと言うのに」
     「そうじゃないよ。僕は本当に、他の女なんかどうでもいいんだ。君さえいてくれれば! 僕はずっと……ずっと……」
     ペルヘウスの手が伸びてきて、レシーナーの腕を掴む。それに導かれるまま、レシーナーは彼の隣りに横になった。
     「子供心に、大人の女性である君に憧れているだけなのかもしれないって、思うときもあった。でも違う……違ったんだ。やっぱり僕は……」
     「王子……」
     「君を失うぐらいなら、大人になんかなりたくなかった」
     その時、レシーナーは自分でも説明のつけられない気持ちにかられて、ペルヘウスの唇に自身の唇を寄せた。
     『どうしたんだろう、私……。なんだか今、無性に王子が可愛く思えて……』
     レシーナーの唇が離れると、今度はペルヘウスが彼女を抱きしめて口づけてくる。
     そのキスがあまりにも長くて、レシーナーは意識が遠のきそうになった。
     このままなら、いい……そう思った時、またペルヘウスから離れてしまった。
     「……王子?」
     うっすらと目を開くと、目の前にいるペルヘウスが泣いているように見えた。
     「今のキスだけで、君が僕の子を身篭れるのならいいのに」
     ペルヘウスはそう言い残して、部屋から出て行ってしまった。
     レシーナーはそのまま動けなくなっていたが、それでも真剣に考えていた。
     『私はもう三十八歳……今を逃したら、子供は望めないかもしれない』
     ペルヘウスの気持ちを、これ以上ないがしろにできない。
     なにより気づいてしまった――自分も彼を憎からず想っていることを。
     『でも、エリス様も愛してる! それはこれからも変わらない。変わらないけど、それでも!』
     レシーナーは起き上がると、窓辺まで走って行き、その場に跪いた。
     「我が君! どうか私の願いをお聞き届けください! これが最後のお願いにございます!」
     その途端、あたりにラベンダーの香りが立ち込めた。
     闇の中からエリスが現れたのである。
     

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  • from: エリスさん

    2009年06月19日 15時07分39秒

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    「果たせない約束・27」
     レシーナーを後宮に迎えても、一向に王子の子供ができないのを憂いて、アルゴス王はレディアとクレイアーを呼び寄せて、相談をすることにした。
     「わたしには王子の他にも二人の王女がいる。このうち、長女のメーティアニーに婿を取らせて、この国を継がせようと思うが。その婿として、タルヘロスをくれないだろうか」
     もったいない仰せではあったが、すぐに言葉を返したのはレディアだった。
     「まだ王子は十九歳というお若さ。レシーナーの他にも妻をお迎えになれば、すぐにも跡継ぎに恵まれるはずです」
     「わたしもそうは思うのだが、王子が首を縦に振らぬのだよ。妻はレシーナー一人で十分だからと……」
     なんという真っ直ぐな御方だろうと、クレイアーはその話に感嘆せずにはいられなかった。
     「そのお話を進める前に、私にお任せいただけないでしょうか。レシーナーが子を産まぬのは、母である私にも責任がございますので」
     「よかろう。だが、決してレシーナーを責めるようなことはせぬように。子ができぬのは、なにも女のせいばかりではないからな」
     王の言葉を聞いてから、一礼して退出したクレイアーを、レディアは追いかけてきた。
     「子ができぬのではなく、そもそも作る気がなかったのであろう? あの子は」
     「お母様、王も仰せになられたではありませんか。女ばかりが悪いのではないと」
     「何を言う。私が知らぬとでも思っているのですか? レシーナーのもとに未だにかの女神がお通いになられていることを」
     「たとえそうでも、王子とレシーナーは同じ寝室で眠っているのです。王子がその気になれば、レシーナーを我が物にすることはできたはず。王子は、お優しすぎるのですよ」
     クレイアーはそう言うと、スタスタと早歩きでレディアから離れていった。
     クレイアーがレシーナーの部屋を訪ねると、彼女は楽しそうにお裁縫をしていた。
     「あら、お母様!」
     「……王子の衣装?」
     「ええ、来週の二十歳の誕生日のお祝いの席で、着ていただこうと思って」
     「そう……」
     娘は王子のことを嫌いではない――それは前々からクレイアーも気づいていた。でもその気持ちは、妻としてではなく、姉のような感覚なのだろうことも分かっていた。
     だから、この話をしても、レシーナーなら分かってくれるものと信じていた。
     クレイアーはレシーナーと面と向かうと、先ほどまでアルゴス王と話していたことを告げた。
     するとレシーナーは戸惑いながらも、こう言った。
     「私から、ご説得すればいいのね。他の妻を迎えてくださるようにと」
     「もしくは、あなたが王子の子をお産みするのよ」
     「……ええ、そうね」
     その覚悟もあった――同じ寝台で眠っているのである。自分が眠りについてしまったあと、王子になにかされても、決して王子を責めてはならないと自分に言い聞かせてきた。それでも今まで何もなかったのは、ひとえに王子の優しさからだった。
     「今宵、王子がお見えになったら、お話するわ」
     「頼んだわよ……」
     クレイアーはそう言うと、立ち上がって帰ろうとした……が、振り返ると、戻ってきて娘の体をギュッと抱きしめた。
     「どうして……あなたには不幸が付きまとうのかしらね」
     「お母様……」
     レシーナーも母親のことを抱きしめ返した。
     「私、不幸じゃないわ。お母様の娘として生まれて、エリス様の恋人になれて……イオーという親友とも出会えたし、王子のおかげで男性を怖いとも思わなくなったし」
     「王子のおかげで?」
     「ええ、だから、王子には御恩返しがしたいの。だから……どんな結果になっても、私は不幸とは思わない」

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  • from: エリスさん

    2009年06月19日 13時32分07秒

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    「果たせない約束・26」
     「それじゃ、今晩また来るよ」
     ペルヘウス王子が満面の笑顔でそう言いながら、レシーナーの部屋を後にした。
     「お待ちしております、王子」
     レシーナーがお辞儀をしたちょうどその時、彼女は現われた。
     「おはよう、レシーナー。よく眠れて?」
     「あっ、お母様」
     クレイアーだった。こんなに朝早くから王宮に出仕しているということは、やはり娘のことが心配だったのだろうか?
     「一緒に朝食をとろうと思って来たのよ。王子は王様や王妃様とおとりになるから、あなたは一人ぼっちになるだろうと思って」
     「ありがとう、お母様」
     クレイアーは侍女たちが運んできた食事をテーブルに並べさせると、「後は私がやるから」と、侍女たちを部屋の外へ出してしまった。――確かに他人がいるよりは、母親と二人っきりで食事をした方が気が休まるが……女官であるクレイアーが侍女の仕事を奪うようなことをするのは、不自然だと思ったちょうどその時、レシーナーは気付いた。
     かすかにラベンダーの匂いがする。
     『え? もしや……』
     レシーナーが戸惑っているのに気づいたクレイアーは、ふわっと包むように彼女を抱きしめて、言った。
     「どうやら何もされなかったようだな」
     その声は、エリスのものだった。
     「あっ、やっぱり……母に変身していらしてくださるとは」
     「ちゃんとクレイアーには話を通してきたよ。知らずにはち合わせると困るからな」
     エリスは約束を守りにきたのだ――レシーナーが男の手で汚されたら、すぐに浄化するという約束を。そのためにクレイアーに協力してもらったのである。
     「それじゃ母は?」
     「まだ家にいるよ。あとで入れ替わる手はずになっている」
     エリスはレシーナーをテーブルの前に座らせると、自分もその隣に座った、クレイアーの姿のままで。
     二人は軽く食事をしながら、話すことにした。
     昨夜のペルヘウスの紳士的な態度を聞かされたエリスは、感心したようにうなずいた。
     「いい育ち方をしたらしいな、王子は」
     「はい……意外でした」
     「意外?」
     「はい。私は、男というものは大概、暴力的で厭らしい生き物だと思っていました。目の前に女がいれば、征服せずにはいられない生き物だと……」
     「手厳しいな」
     「あんな目に合っていますから、それが現実だと思っていたんです。だから、弟のタルヘロスだけは、そんな野蛮な男にはならないようにしようって、姉として躾けてきたんです」
     「そうだな、タルヘロスも子供ながら紳士的な男だ」
     「ありがとうございます。だけど、そうゆう風に育つ男は稀だと思っていたので、王子の態度を見て、そんなことはないのだなって、思い直しました。きっと私が知らないだけで、素敵な男性はこの世にいっぱい居るのかもしれません」
     「……そうか」
     エリスはちょっと寂しそうな笑顔を見せたのだが、レシーナーは気付かなかった。

     それからも、エリスはちょくちょくクレイアーに化けて、王宮にいるレシーナーと密会を続けていた。その間に、エリスは八人の子供を生んでいる。そのうち次男のポノス、三女のマケー、四女のヒュスミネー(マケーとヒュスミネーは双子)、四男のプセウドスはレシーナーとの逢瀬で宿した子供だった。
     しかしさすがに王宮で密会するのは困難が生じてきて、エリスの足も遠くなりつつあった。
     そのうちに八年の歳月が流れ、レシーナーは三十八歳になっていた。

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    2009年06月19日 11時28分11秒

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    「罪ゆえに天駆け地に帰す」が

     このたび、電子書籍になりました――早い話がケータイ小説です。シャープの携帯版電子書籍サイト「ケータイ読書館」から販売させていただくこととなりました。
     6月15日から配信開始されていたんですけど、お知らせが遅れてしまってすみませんでした。

     アクセス方法は、携帯の機種によって違いますが、たとえばdocomoなら、

      i Menu ⇒ メニュー/検索 ⇒ コミック/書籍 ⇒ 小説 ⇒ ケータイ読書館 ⇒ ニューウェイブライブラリー

    という順番でアクセスできます。
     他の携帯電話でも、最後が ケータイ読書館 ⇒ ニューウェイブライブラリー になるように検索するとアクセスできますので、ぜひぜひご覧になってください……有料ですけどm(_ _)m

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    2009年06月12日 13時20分15秒

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    「果たせない約束・25」


     レシーナーは後宮に与えられた自分の部屋で、王子が来るのを待っていた。
     すでに侍女たちに化粧をされ、白い夜着だけを纏っていた彼女は、緊張のしすぎで呼吸まで止まりそうだった。
     しばらくすると、部屋の外から声がかかった。
     「王子様のお越しでございます」
     レシーナーは咄嗟に椅子から立ち上がり、その勢いで椅子が倒れて大きな音をたてた。
     レシーナーは慌ててしまって、返事もできないでいるうちに、ペルヘウス王子が入ってきた。
     「やあ、しばらくだね、レシーナー」
     まだ少年だが、この王子はいつも堂々として好感の持てるタイプだった。
     「こ、このたびは……わ、私のような、も、者を、おめ、お召し……」
     自分ではどうすることもできないほどシドロモドロになってしまい、挨拶もままならない。もうどこかへ消えてしまいたい、思っていると、ペルヘウスがクスッと笑った。
     「僕、お茶が飲みたいな」
     「あつ、ハイ! ただいま!」
     「ああ、いいよ。僕が入れるよ。僕が入れるお茶は美味しいんだよ。君の弟から聞いたことない?」
     「あっ……そういえば、そんなことを言っていたような……」
     レシーナーの今の返答で、ちょっと落ち着いてくれたかな? と察したペルヘウスは、
     「座って。君の分も入れるよ」と、笑いかけた。
     ペルヘウスがお茶を入れている間、レシーナーはバクバクと高鳴っている心臓を落ち着かせるために、ゆっくりと呼吸をするように努めた。
     『大丈夫よ。名目上は〈手ほどき〉だけど、結果的には王子がなさりたいようにさせてあげればいいだけ。すぐに終わるわ、きっと……』
     そう自分に言い聞かせるのだが、その時々に叔父にされたことを思い出してしまい、ぞっとする。そうするとまた心臓が高鳴ってくる――いっそのこと死んでしまいたいぐらい苦しくなる。
     良い香りのするお茶がレシーナーの目の前に差し出されたのは、そんな時だった。
     「飲んでご覧、落ち着くから」
     「……恐れ入ります、王子」
     レシーナーはティーカップを持って、顔に近づけた……甘い香りがふわっと立ち込めて、レシーナーの顔を包んでいた。
     『おいしそう……』
     飲んでみると、その甘さは口の中いっぱいに広がって、なんだか幸せな気分になった。
     つい笑顔がこぼれたレシーナーの顔を見て、ペルヘウスは満足げに笑った。
     「気に入ってくれた?」
     ペルヘウスがそう聞くと、レシーナーは答えた。
     「はい。とってもおいしゅうございます。これは、蜂蜜が入っているのですか?」
     「そう。あと茶葉にはマリーゴールドの花びらがブレンドされてあるんだ」
     「まあ、そんなお茶があるのですか」
     「僕がブレンドしているんだよ、趣味で。タルヘロスも気に入ってくれたから、きっと姉君である君も気に入ってくれると思ったよ」
     ペルヘウスは自分のカップのお茶を一気に飲み干すと、それをテーブルに置いた。
     「じゃあ、寝ようか」
     「あっ、はい……」
     レシーナーはまだ残っているお茶を、もう一口だけ飲んでから、カップをテーブルに置いた。
     ペルヘウスは一人で夜着に着替え始め、レシーナーに先に寝台に上がっているように言った。
     言われるとおりに寝台に上がったレシーナーだったが、それでも横にはならずにいた。
     先ほどのお茶のおかげで、緊張はかなり解けている。けれどやはりまだ不安だったのだ。
     そんなうちにペルヘウスが着替え終わって、寝台に上がってきた。
     「明かり消していいよね?」
     ペルヘウスはそう言って、寝台の横に置いてあった燭台の火を吹き消した。
     いよいよ……と思っていると、ペルヘウスはさっさと横になって、掛け物を手繰り寄せていた。
     「それじゃ、おやすみ」
     「……え!? あ、あの、王子」
     レシーナーが困っていると、暗がりの中で王子は彼女を見上げて、言った。
     「僕はなにもしないよ」
     「え?」
     「レシーナーには好きな人が――女神さまがいらっしゃるんでしょ? 聞いてるよ。だから、僕は何もしない」
     「王子……」
     「いいんだ、僕はタルヘロスが羨ましかっただけだから」
     ペルヘウスはそういうと、レシーナーの手を握ってきた。
     「僕の添い伏しになってくれて、ありがとう。嬉しいよ。他の人だったら、僕は絶対に断っていたから。僕ね、君みたいな姉上がほしかったんだ。だから……そばにいてくれるだけでいいから」
     ペルヘウスは手を伸ばして、レシーナーの体を捕らえると、自分の隣に横たわらせた。
     「こうして、僕のそばに居てくれるだけでいいから。……おやすみ、レシーナー」
     「王子……」
     優しい子……この優しさに、甘えてもいいのだろうか?
     レシーナーは、今はペルヘウスのことを信じて、眠ることにした。

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  • from: エリスさん

    2009年06月10日 19時01分02秒

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    「Re:来週は更新できるのか、危機的状況。そして明日は休日出勤orz」

    お詫びといってはなんですが、我が家で咲いた紫陽花です。

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  • from: エリスさん

    2009年06月10日 18時58分57秒

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    「Re:来週は更新できるのか、危機的状況。そして明日は休日出勤orz」
     いつもは木曜日と金曜日がお休みなので、金曜日に更新しているのですが、今週はそんなわけで、どうなるか分かりません。
     だから昨日更新したんです。――なるべく、明後日も更新できるように時間をつくりますが。
     なにしろ病院にも行かなきゃいけないし(^o^;

     だけど最近はこんな感じに休載したり、書き込み量を減らしたりで、読者が減りつつあります。反省せねば。(-_-)
     いや、読者が減った一番の理由は、百合小説らしき物を書いてないからだな。あとは「果たせない約束」が中だるみしてきた所為。本当はもっと早く終わるはずだったのに。

     もっと気合いを入れないとダメですね。

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  • from: エリスさん

    2009年06月09日 15時28分02秒

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    「Re:来週は更新できるのか、危機的状況」
    >  どうしてか..........「ルーキーズ(スペル忘れた)」の公開が始まってから、いつものスタッフの人数じゃ人手不足になるってことで、休日も駆り出されることになったからです!!
    >
    >  そんなわけで、来週の金曜日、なんとかお休みは確保してあるのですが、もしかしたらまた過労で倒れてしまうかも。
    >
    >  来週の更新は期待しないでください。
    >
    >
    >
    >  ............早くルーキーズの波が治まるのを、心待ちにしております。
    >






     というわけで、わずかな時間を使って、今日更新しました。
     実は今日は病院帰りでして、せっかく亀有まで来たのだからネットカフェに寄ろうかと思い立ち、こうして書きました次第。

     なんで病院に行っていたのかと言いますと.......またうちの猫に噛まれました(T_T)
     痛みと血流の悪さのせいで、腕が上に挙げられなかったのですが、今日はなんとか痛みが引いて、ちゃんと挙げられるようになりました。ちょっと安心です。
     でもこの怪我のせいで、またしても職場のみんなに迷惑をかけております。
     早く体を完璧に治して、いつものように力仕事もできるようにならなくちゃね。



     あっ、そうそう。
     病院の帰り道、ドラマの撮影現場のそばを通りました。すごい人だかりで、私はその撮影シーン自体は見られなかったのですが。演技後の黄色い制服の警官を見ました(^O^)

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