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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

公開 メンバー数:11人

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  • from: エリスさん

    2012年07月27日 12時51分28秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・62」
     このまま、寝顔を見ていたい――如月はそうう思ったが、意を決して立ち上がった。
     「許してくれ……あなたを連れてはいけない」
     そこは眞紀子の部屋だった。眞紀子は如月に眠らされて、ベッドの中にいた。
     「また……逢えるといいけれど……」
     如月は髪に縛っていた紫の組み紐を解いて、眞紀子の枕辺に置いた。
    そして、そのまま霧のように消えていなくなる……。
     「……き……さ……ら……ぎ……」
     眞紀子の唇がゆっくりと動いていく。
     「駄目……行かない……で……」
     微かに、指先が動く。だが、起き上がることはできなかった。
     時は、午後九時近くになっていた。


     枝実子たちは水郷公園に来ていた。
     目の前には月を映す大きな池。
     「本当にここなの?」
     瑞樹に言われて、間違いなく、と枝実子は答えた。
     「ここで、きっと如月は生まれたのよ」
     『私が眞紀子さんを辱めた、この場所で……』
     枝実子は、相変わらず舞台衣装の紫のキトンのままだった。
     「その格好のままじゃ、動きづらいんじゃない?」
     佳奈子の言葉に、枝実子は言った。
     「まさか。この服が一番私たちには馴染んでいるってご存知じゃありませんか。ただ……瑞樹、汚したらゴメンね」
     「いいわよ。どうせクリーニングするのはアンタなんだから」
     「……来た……」
     章一が見つめる方向から、ラベンダーの匂いが漂ってきた。枝実子のコロンよりも艶のあるその匂い……如月の着物に焚き染められた香(こう)の匂いである。
     月の光に、彼の姿が照らされる。
     長い髪をそのままにした、カール如月が立っていた。
     「久しぶりね、如月」
     枝実子が声を掛けると、如月はフフッと笑った。
     「不和女神(ふわにょしん)復活……とは、ならなかったようですね。その容貌のままということは」
     「顔だけなら、あなたの方が不和女神に相応しいとでも? 男のくせに」
     「この体には訳があるのです……それでは……」
     如月は左手を前に差し出して、何事か唱え出した。すると、黒い霧が彼の手を包み、それが形を成した。
     黒い柄、銀色に光る刀身――それは。
     「まさか、月影!? あんたが持ってたの!?」
     「そう。この身に融合させていたのです」
     道理で……と、思いながら枝実子はディスコルディアを構えた。
     佳奈子は、両手を組み合わせて、ギリシア語で唱文を唱え始めた。
     その唱文の内容を理解した章一は、瑞樹を離れたところへ連れて行った。
     「先生は今、結界を張っているんだ。何も知らずにその結界を通り過ぎても何も起こらないけど、結界だとちょっとでも意識してしまったら、触っただけで五体が砕ける。君は絶対にここから動かないで」
     「乃木君は?」
     「俺と、景虎は大丈夫なんだ。でも……あの二人の戦いに、手出しすることはできないけど」
     佳奈子の結界が広がり、枝実子と如月が消えた――ように、瑞樹には見えた。
     二人は、結界の中にいた。
     「佳奈子先生が結界を張ってくれたわ。これで思い存分戦えるわね、如月」
     枝実子の言葉に、如月は、
     「よくぞここまで歯向かえたもの。先ずは褒めて差し上げましょう、エミリー」
     と、月影を上段に構えた。
     二人の刃が鋭い音をたてる。
     互いの目の前に、自分がいる。
     「殺せるのですか?」
     如月が囁く。「わたしを殺せるのですか? 世界が破滅するかもしれないのですよ」
     枝実子が一瞬ひるんだ、その隙を突いて、如月が切りかかってくる。
     「惑わされるな!」
     章一の一喝で我に返り、刀を受け止める。
     如月は尚も囁く。
     「罪多き者よ。更なる罪を重ねて、地獄へ落ちるよりも辛い、人間たちの阿鼻叫喚を聞きながら、生きることを選ぶのですね」
     「違う……違う!」
     枝実子はディスコルディアに霊力を送って、月影ごと如月を突き飛ばした。
     「違うものですか」
     如月は立ち上がりながら、言った。「御身が人間としての天寿を全(まっと)うし、本来の姿に戻れば、当然訪れる世紀末――この世界の終わりを、御身は見たがっているのです。だから、死にたくないのですよ」
     「世界の終わり……私のせいで……?」
     如月の心理攻撃に、外野として見守っていた章一が、叫んだ。
     「世界の破滅がなんだ! 俺たちは互いさえいればいいんだ。エミリーがいないこの世界に、意味なんかない!」
     「……愚かなことを」
     「惑わされるな、エミリー!! 君は帰らなければならないんだ。故郷でみんなが待ってるんだぞ!!」
     章一の励ましに、枝実子は呼吸を整えた。
     「そうよ……私は帰る。こんなところで、道草なんかしていられないのよ」
     枝実子は再びディスコルディアを構えた。
     「邪(じゃ)を滅(めっ)する日の光を含み、今また月光を宿す水よッ」
     如月も呪文を唱え始めた。
     「地中に宿り、燃え盛るマグマの炎よ! 今こそ我が月影に集(つど)え!」
     池から水流が上がり、地面から火流が昇ってくる。
     「その大いなる力をもって、邪悪なるものを滅せよ!!」
     「この世界の汚物を焼き払え!!」
     水流はディスコルディアに集まり、火流は月影に集まって、互いの相手を攻める。
     力は、二人に挟まれたちょうど中心でぶつかり合った。



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  • from: エリスさん

    2012年07月19日 17時30分01秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・61」
     彼女は、ずっと彼のマンションの部屋の前で待っていた。――一昨日の夜から姿を見せない、恋人――と、自分は思っているのだけれど……。
     『私、振られたんだっけ……』
     それでも、この気持ちは変わらないから、ただひたすら待っていよう。
     そう、決心した時だった。
     エレベーターが開く。
     見ていると、紫のヒラヒラとしたドレス(にしか彼女には見えない)を着て、腰に届きそうなほど長い髪を靡かせた女が、誰かを抱えてこっちに歩いてきた。
     その抱えられている人物――それは、
     「光司!」
     彼女は咄嗟に駆け寄った。
     「光司ッ、どうしちゃったのよ! なにがあったの!?」
     すると、女の後ろからエレベーターを降りた青年が、言った。
     「鍵を……彼の胸ポケットに入ってたから、部屋の鍵だと思うんだけど」
     彼が差し出した鍵を受け取ると、
     「あ、はいッ」
     と、彼女は急いで部屋へ行き、鍵を開けた。
     紫のドレスの女は、男を抱えたまま部屋の中に入ってきた。そして、
     「織田さん」と、紫のドレスの女が言った。「寝室は? 真田さんの」
     「こっち……だけど」
     織田と呼ばれた彼女は、ようやくこの女が誰か? と考え始めた。
     「あなた……もしかして、片桐……あ、でも、あの人はもっと……」
     紫のドレスの女――枝実子は、優しく微笑んだ。
     「考えるのは後。手伝って」
     「あ……うん」
     枝実子は真田を寝室のベッドに寝かせると、熱が出てきているからと、何か冷やすものを織田に持ってこさせた。
     一緒に付いてきた青年――章一は、枝実子がこの部屋の中に全く詳しくないのにホッとしながら、それなのに何故か枝実子の気が微かに感じ取れるところがあるのを見つけて、そこへ足を向けた。
     真田の机――それに設置されている本棚。
     その中の一冊に、枝実子の気が残っている。
     それは、ワープロ出力されたものを更にコピーして、糸で綴じた本だった。
     ペンネームを見ても、枝実子が書いたものだと分かる。
     「エミリー」
     章一はその本を見せながら、振り返った。
     「あ、それ!?」
     枝実子にとっては意外だった。真田がどうしても欲しいというからあげたものだが、きっと絶交した日に捨ててしまっただろうと思っていたからだ。
     枝実子が章一からそれを受け取った時だった。
     本の間から、一枚の紙がヒラリと落ちた。拾い上げると、それは写真で、病院の中で写したのだろう。明らかに母親と思われる若い女性が、ベッドの上で赤ん坊を抱えて笑っていた。
     枝実子はそれとそっくりなものを見たことがある。ベッドの中で、赤ん坊を膝の上に置き、むっつりと怒っているような表情をした母親の写真――その、膝の上の赤ん坊は、枝実子自身。そして、母親はあの母親である。
     いま見ているこの写真に写っている母親は、顔の表情こそ違うが、間違いなく……。
     「……お母さん……」
     やっぱり、と章一は思った。
     枝実子と真田の母親は同じ人――二人は異父兄妹。
     そんな時、真田がうめいた。
     「光司ッ、大丈夫!?」
     織田が真田を介抱している間に、章一は枝実子を促して外へ出た。
     枝実子は、脳裏に様々な思いが巡って、呆然としているように見えた。
     気が付いた真田は、先ず辺りを見回した。
     「……俺の部屋、か?」
     「そうよ。今……誰だか、良く分からないけど、女があなたを連れてきてくれたのよ」
     「女?」
     真田は、微かに部屋に残る匂いにハッとした。
     ラベンダー……彼女が使っているコロンの匂い。
     ふいに机の上に目が行く――そこには、先刻まで二人が見ていたものが置かれてある。
     真田は起き上がると、そこまで歩いて行った。
     写真に目が止まる。
     「どうして、これが……」
     「あ、それ、今の人達が……これ見て、女の方が驚いてたよ。お母さん、とか言って」
     「え!?」
     気付かれた、と途端に思った。決して、知られてはならないことだったのに……。
     「……枝実子……」
     真田は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


     佳奈子は公衆電話から学校へ電話を入れていた。瑞樹を呼び出してもらって、今までのことを互いに連絡し合う。
     「そう、如月が」
     「エミリー、どうしてます?」
     「今、真田君をマンションに運んでるわ。そろそろ戻ってくるでしょ。それじゃ、彼女には私から伝えておくわ」
     「先生、私も行きます。あいつ、もう学校にはいませんから、私のこと迎えに来てください」
     「いいの? あなた、今日は演劇専攻科の舞台の稽古があるからって、休日なのに学校に行ってたんじゃ……」
     「友人を放っておけません! お願いですから、置いてきぼりにしないでくださいよ!」
     瑞樹との電話が終わり、佳奈子が車に戻ったのと枝実子たちが戻って来たのは、ほぼ同時だった。
     「エミリー、向田さんから伝言よ。如月が……どうかしたの?」
     枝実子の表情が硬いのに気付いて、佳奈子は言った。
     「車に入りましょう……話は中で」
     と、章一が代わりに答える。
     三人は佳奈子の車へ乗りこんだ。中では景虎が待っている。
     景虎はすぐさま主人に声を掛けようとしたが、その様子に気付いて、黙ったまま見上げた。
     枝実子と章一が後部座席に座ったので、景虎は助手席に移って丸くなった。
     車が走り出す――御茶の水芸術専門学校へ向かって。
     しばらく無言のままでいたが、そっと呟くように、枝実子が話し出した。
     「葛城皇子(かつらぎのみこ)にはね……」
     窓の方に体を預けたまま話していたので、初めはただの呟きかと思ったほど、か細い声だった。それでも、「うん……」と、章一は頷いた。
     「父親の違う兄がいたの。母親である宝皇女(たからのひめみこ。皇極女帝)が、前の夫との間に産んだ皇子が……漢王(あやのみこ)って言うんだけど」
     「確か、その人が後に葛城の実弟・大海人皇子(おおあまのみこ)に化けるって、一般の学説では言われてるわよね。あなたは全く別の学説――大海人皇子は新羅(しらぎ)からの渡来人説をとって、今度の卒業制作では書いてたけど」
     と、佳奈子が答える。
     「あまり知られていない学説で書いた方がいいと思ったんです。だって……漢王の大海人説じゃ、あんまりじゃないかと思って。そう思いませんか? 宝皇女は舒明天皇(じょめいてんのう)の権力で愛する夫から引き離されて、まだ赤ん坊だった漢王を育てることができなかったんです。そして、今度は、皇太子となった葛城を守るために、血統正しい弟の存在が必要だからって、漢王をそれに仕立て上げて――利用されて……だから、ずっと思ってたんです。漢王は、母親を奪った天皇と、その間に生まれた葛城を恨まなかったのだろうかって。葛城のこと……少しは、弟だって、愛してくれたのかなって……」
     章一には分かった。枝実子は自分と真田のことを言っているのだ。
     失恋の悲しみから逃れたくて、結果的に真田を利用してしまった自分を、わずかでも妹として好きでいてくれたのだろうか? と。
     「愛していたと思うよ、漢王は……だからこそ、兄でありながら、弟という立場に甘んじて、葛城を助けて政治に励んできたんだ。君が一番良く知っているじゃないか。だからこそ、大海人は愛する娘・十市(とおち)を葛城の長男・大友に嫁がせたんだよ。若い二人が、自分たちの理想を実現してくれることを信じて」
     章一も佳奈子も、その後に起こる壬申の乱の悲劇のことを口にすることはなかった。枝実子さえも……。
     また、しばらくの沈黙が続く。



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  • from: エリスさん

    2012年07月13日 10時12分26秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・60」
    ――さて、佳奈子の車に乗り込んだ枝実子たちであるが……。
     「無事に手に入れられたみたいね、剣(つるぎ)」
     佳奈子の言葉に、枝実子は布に包んで抱えていたディスコルディアを眺めた。
     「まさか、この剣とこの世で再会できるとは思っていませんでした」
     枝実子の口ぶりに、前世の記憶がほとんど戻っていることを察して、佳奈子は、
     「それで? 私の正体は分かった?」
     と聞いてみた。
     「それが分からないんですよ。先生の守護霊が王后陛下の侍女をやっていたシニアポネーだってことと、以前、太陽神の血を引く者だっておっしゃってたことから、アポローンの血縁者だってことは分かるんですけど……」
     枝実子が言うと、章一も言った。
     「でも、俺たちの記憶の中に、それらしき人物は思い当たらないんです」
     「まあ、無理もないわね」
     佳奈子は楽しそうに笑ってから、言った。
     「私、前世のエミリーが精進潔斎に入ってから生まれたんですもの。私のお母様は、お父様に側近として仕える人の二人目の娘で、お父様に望まれてお傍に召されて(つまり正妻ではない)、それで私を生んだのよ」
     「ああ、それじゃあ、シニアポネーとは姉妹になるんですね。シニアって、本当はアポローンの娘なのよ。初めはアルテミスの乳母の子ってことになってたけど」
     と、枝実子は後の方は章一に説明した(シニアポネーが生まれた頃には、章一の前世はすでに死んでいる)。
     佳奈子はそれには答えず、フフッと笑った。
     『妹か……そういう見方もあったわね』
     彼女にとってシニアポネーは祖母にもあたる――アポローンに側近として仕えていた者というのはシニアポネーの夫・ケレーンのことで、アポローンに嫁いだ娘というのはシニアポネーとケレーンの間に生まれた娘なのである。つまりアポローンは自分の孫を娶ったのであるが、そんな事実はこの二人(枝実子と章一)に分かるはずもない。
     その時だった。
     「ニャーオ!!」
     と、景虎が叫んだ。
     佳奈子が咄嗟にブレーキを踏んでいた。
     フロントガラスの向こうに向かって、景虎が威嚇の声を上げている。そこ――道の真ん中に、真田が立っていた。
     「……片桐……枝実子……」
     真田は手にナイフを持っていた。「……俺が……楽にしてやる……」
     完全に、如月の術に取り込まれている。
     枝実子はディスコルディアを握り締めた。
     「エミリー……」
     章一が心配そうに声を掛ける。
     「やってみる」
     枝実子は車から降りた。
     章一も、佳奈子も出て来る。
     先ずは、第一戦である。


     相手は本気で殺そうとしてくる。
     だが、枝実子はそんなつもりはない。ただ、如月の呪縛から解き放ってやりたいだけだ。
     真田にそんな彼女の気持ちは分かるのだろうか?
     「片桐枝実子を殺せ」
     誰かが頭の奥で囁いている。「それが、彼女の為なのだから……」
     「枝実子の……ために……」
     ナイフをしっりと構え直す。
     枝実子は一瞬、ビクッとした――殺気か、憎悪か?
     『違う、今のは……』
     憐れみのオーラ……。
     枝実子が素早く避けて、真田が横をすり抜けて行く。その時、彼の背後に黒い霧がかかっているのが見えた。
     「エミリー! 今のだ!」
     章一にも見えた……そして、彼は真田が自分に向かって突進してくるのを避けずに、両手の人差し指と親指で三角形を作り、念を籠めた。
     「縛(ばく)ッ!」
     真田の体が動かなくなる。
     枝実子はディスコルディアを頭上に翳した。
     「清浄なる光を受けて木々より生まれし大気よ、今こそその大いなる力を現し、我が剣を包め!」
     ディスコルディアの周りを、清浄な空気が集まる。それを感じ取った枝実子は、真田の背と黒い霧の間を、ディスコルディアで切り離した。
     ――霧が消える。
     章一が力を抜くと、真田は前のめりに倒れた。
     咄嗟に、枝実子が駆け寄って受け止める。
     真田は、まだ何事か呟いていた。
     「嫌いになんか、なれるものか……嫌いになれれば、苦しんだり……」
     「……真田さん?」
     長い時間、如月の術と闘っていたのである。意識が混乱していても仕方はない。
     そのまま、彼を車に乗せることにした。
     車の中でも、彼は呟いていた。
     「どうしてだよ、父さん。どうして……枝実子、どうして俺たち……」
     「真田さん、何を言っているの? しっかりしてッ」
     枝実子が彼の体を揺すろうとするのを、章一が止めた。
     「休ませた方がいい。疲れ切っているんだ」
     佳奈子も同感らしく、
     「ちゃんとつかまってなさいよ」
     と言ったまま、霊力を発揮した。
     窓から見える景色が、消える――瞬間移動しているのである。
     一行は、一路東京を目指していた。


     「瑞樹さん」
     そう呼ばれて、瑞樹は振り返った。
     そこに、如月が藤の一つ紋姿で立っていた。
     “さん”付けで呼んでいるところをみると、呪縛が解けていることに気付いているらしい。
     「私に何か御用?」
     こうなったらヤケ、とばかりに、居直って見せる。すると、如月は嘲笑とも苦笑いとも取れる微笑みをして、言った。
     「エミリーに伝えてください。今夜、九時。例の公園の例の場所で待っている、と」
     「それで、エミリーに分かるの?」
     「分からないようなら、こう付け加えてください。今夜は、眞紀子さんはいらっしゃいませんが……と」
     「ちょっと、どういう意味よ。あんた、眞紀子さんに……!?」
     瑞樹が言葉を途中で飲みこむ。
     如月の向こうに、眞紀子が立っていたのだ。彼をじっと見つめて。
     「とにかく、頼みましたよ、瑞樹さん」
     如月は踵を返して、眞紀子の方へと歩いて行く。
     「どうして?」
     と、眞紀子が聞いた。「どうして、私を連れて行ってはくれないの?」
     眞紀子の問いに、今度は穏やかな笑顔を見せる。
     「まだ、だいぶ時間があります。どこか、散歩でもしませんか?」




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  • from: エリスさん

    2012年07月06日 14時06分25秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・59」
     「あの子は、中学一年生ですか?」
     枝実子が尋ねると、道昭和尚は答えた。
     「はい、左様です」
     「だったら間違いなく、ベビーブームの最盛期の生まれだわ」
     その世代に生まれた子供が多すぎるというだけで、大人たちに競争を余儀なくされ、敗者は容赦なく切り捨てられる。それはストレスを呼ぶ、救いを求め――また、自分が敗者になりたくない一身から、誰かを貶めようとする。
     “いじめ”はこうして発生した。
     「あんなの“いじめ”じゃない。虐待よ! あの子、両親がいなくて、容姿がちょっとばかり劣っているってだけで、何人もの男の子たちに殴られ、蹴飛ばされて、まるでボールか何かみたいに!」
     「それだけではないのです、嬢。あの子は音楽の才能がありましてな。ピアノのコンテストで優勝までしているのです」
     と、和尚が言うと、
     「それじゃ、それを妬まれて?」
     「はい……本当にひどい話です」
     「だけど、いくらなんでも異常すぎる。ショウ、あなただったら、女の子一人を病院送りになるほど、暴力を振るうことができる? あの子をいじめてた男の子達、それをなんとも思わない――むしろ、楽しんでるように見えたわ。誰かが笑いながら言っている声が聞こえたわ。“僕、家畜が殺されるとこ見てみたいな”って」
     「家畜? 殺される?」
     太っている女の子に対して豚や牛と呼んで侮辱する人間は昔からいたものだ。しかし、それは冗談で言っているのであって、本気で家畜だと思っているわけではない。それなのに、今の(この時代の)中学生は、本当に人間が家畜に見えているのだろうか。ましてや、殺されるところが見たいとは……。
     章一はそこまで思って、新聞に載っていた事件のことを思い出した。
     四月に松戸の中学校で起きたリンチ事件。被害者の少女は入院、加害者の男子生徒十三名は精神鑑定を受けたが、うち三人は正常だったために鑑別所に入り、残る十人は事件当時シンナーをやっていたとかで、事実上無罪の保護処分になったらしい。
     間違いなく、その被害者とはあの郁子のことだろう。先月のことだから、怪我がまだ完全に治りきっていないことからも符号する。
     それにしても、中学一年の四月ということは、入学して間もなくということだ。きっと、加害者の男子生徒の中には、郁子の知らない生徒も混ざっていただろう。
     見ず知らずの人間に、謂れのない暴力を受ける彼女の気持ちは、きっと想像を絶するものだ。
     「私、それ以上のビジョンが見たくなくて、それで咄嗟にヒーリングを始めてしまったの。……できれば、全身の傷を治してあげたかった」
     枝実子は涙声になりながら言った。「あいつら、酷すぎる!! 見つけたら殺してやりたいぐらい、酷すぎる!!」
     「嬢……」
     和尚は膝を突いて泣き出した枝実子の方へ歩み寄り、そっと背を撫でてあげた。
     「気持ちを落ち着かせてくだされ、嬢。あなたはこれから成さねばならぬことがあるのですぞ」
     ただでさえ霊(たま)よせの鈴を融合させている身で感受性が強くなっているのに、身内のことである。枝実子が感情的になってしまうのも当たり前かもしれない。
     「しかし、嬢。その涙をどうか忘れないで下され。人の心の痛みを解(げ)せぬ者に、文学を語る資格などありません。あなたはその涙で感じたままに、文を書き、表現し、世間の馬鹿どもに教えてやってくだされ。こんなことは許されぬと、決して許してはならないのだと」
     枝実子は頷いて、手の甲で涙を拭った。
     「御住職」
     「はい、なんでしょうか」
     「あの子――郁子さんは、ある決心をしました」
     「決心……」
     「女の身では少々危険かもしれませんが、あの子は絶対にその決心を曲げないでしょう。周りの人々はそれを快く認めてあげなければいけません」
     「わかりました。妹に伝えておきましょう」
     ちょうどそんな時だった。
     外から車のクラクションの音が聞こえてきた。
     佳奈子がもう到着してしまったのである。(きっと、途中霊力を使って飛んできたのだろう)
     枝実子が車に乗り込もうとしていた時、郁子は住職と一緒に手を振って見送ってくれた。
     この後、北上郁子はしばらくの静養をこの地で過ごし、生前祖父が入門していた大梵天道場(ブラフマーどうじょう。武道、日本舞踊、雅楽の道場)の門下生となった。身体を鍛え、霊力を高めて、十年後、枝実子と再会する時には、大梵天の八部衆にまで成長し、やがて枝実子が育てることになる「宿命の女人」を守護するために片桐家宝刀・白陽を受け継ぐことになるのである。



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