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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2015年12月11日 01時09分57秒

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    ギリシアの蜜柑の樹・3

    次の日。
    シニアポネーの屋敷には、今日も子供たちの面倒を見るために夫・ケレーンの養母であるヘカベー(元はトロイア国の王妃)と、その娘のカッサンドラ―が来ていた。シニアポネーは六人の女児と二人の男児、計八人の子供を産んでいるので、ヘーラーに仕えながらの子育ては大変だった。またそれを理由にして、本来死ぬはずだったヘカベー達を助けたのでもあった。
    ヘカベーが生後八か月になるシニアポネーの次男にミルクをあげていると、そこへ外出着を着たシニアポネーが入って来た。両手に籠を下げて、その籠にはトキジクノカグノコノミがいっぱい詰められていた。
    「ヘカベー様、この後お遣いをお頼みしてもよろしいでしょうか?」
    シニアポネーが言うと、ヘカベーは、
    「もちろんですとも、シニアポネー様。私は既にこの屋敷に雇われている身。そのように遠慮がちにおっしゃらないでくださいまし」
    「ありがとうございます、感謝します」と、シニアポネーは右手に持った籠を差し出した。「これを、アルゴス社殿のへーべー様の元へ届けてほしいのです」
    「畏まりました。坊ちゃんの授乳が終わりましたら、早速行って参りましょう」
    そこへカッサンドラ―も長女の髪を梳いてやりながら、言った。
    「そのもう一つの籠はどちらへ?」
    「伯母様のところへ」
    「ああ、アルテミス様ね」
    アルテミスは言わずと知れたアポローンの双子の姉である。だからシニアポネーは「伯母」と呼んでいるが、実際はアルテミスこそがシニアポネーの母である。しかしそのことは公表できないので、そう呼ばざるを得ないのだった。(シニアポネーの出生の秘密に関しては「泉が銀色に輝く」を参照)
    「ミレウーサ姉さん(シニアポネーの養母の娘)から教えてもらったの。今日の伯母様は狩りに行かずに、社殿でゆっくり過ごされる予定だからって。だから、私が直接届けてあげたいの。でも、へーべー様のところへも今日届けると約束してしまったから......」
    「あなたの選択は間違いないと思うわ」と、カッサンドラ―は言った。「へーべー様はあなたがお仕えするヘーラー様の姫御子だから、大事な方であることは勿論なのだけど、でも、いつも出掛けてしまっている肉親が、今日急に会えることになったのなら、そちらを優先するべきよ」
    「そうですよ、シニアポネー様」と、ヘカベーも言った。「ご懸念無く行っていらっしゃいまし。アルゴス社殿の方は万事お任せくださいな」
    「子供たちのことは、私に任せて」と、カッサンドラ―が尚も言うので、
    「ええ、それじゃお願いします」
    と、シニアポネーは出掛けて行った。
    アポローンが訪ねてきたのは、それから数分後のことだった。
    「おや? シニアはいないのかい?」
    アポローンは子供部屋の中を見回しながら言うと、
    「シニアポネー様ならアルテミス様のところですよ。トキジクノカグノコノミをお届けに」と、カッサンドラ―が言った。
    「そうか、姉上の所か......」
    「なにかご用事でしたか?」
    「いや、暇になったから、孫たちの顔を見に来ただけだ」
    「あら!」と、カッサンドラ―は悪戯っ子のように笑って見せた。「私の顔は見てくださいませんの?」
    それを聞いたアポローンは満足そうに笑って、カッサンドラ―を抱き寄せた。
    「もちろん、君の顔も見に来たのだよ。そして、この唇にキスがしたくてね」
    「嬉しいわ、アポローン様」
    二人の唇がまさに触れようとした時、視線を感じた二人は目を開いて、下に目を向けた。
    そこに、孫たちが勢ぞろいして、じいっと二人の様子を見上げていた。
    その時ドアの向こうから、ヘカベーの咳ばらいが聞こえた。
    「恐れ入ります、アポローン様。私もシニアポネー様のお遣いでアルゴス社殿へ行って参ります」
    「そうですか! それはご苦労様です」
    と、照れくさそうに笑ったアポローンは、「それなら、わたしの馬車をお使いなさい。ケレーンに御者をさせますから。一緒に行って、そう申し付けましょう」
    と、ヘカベーの肩を押しながら、玄関まで案内するのだった。
    後に残されたカッサンドラ―はクスッと笑って、
    「さっ、あなた達。今日は何をしましょうか?」
    と、子供たちをおもちゃのある方へ連れて行った。

    シニアポネーがアルテミスの居城・エペソス社殿に着くと、待ってましたとばかりにミレウーサが出迎えてくれた。
    「アルテミスは自分の部屋にいるわ。あなたが来るって話したら、そわそわしながら待ってるのよ」
    ミレウーサはアルテミスとは乳姉妹であり親友だった。名目上はアルテミスの側近だが、公式の場でなければアルテミスとは主従関係は忘れて話していた。
    シニアポネーがアルテミスの私室に通されると、早速アルテミスはシニアポネーにハグをした。
    「伯母様、おみやげを持って参りました」
    シニアポネーが籠を持ち上げて見せると、
    「おお、これが噂の......」
    と、アルテミスは籠を受け取った。そしてそこから二個だけ取ると、残りをミレウーサに渡した。
    「みんなで分け合って食べてちょうだい。シニアからのおみやげだって、ちゃんと言ってね」
    「分かったわ、アルテミス」
    と、ミレウーサは籠を受け取った。「シニアポネー、ゆっくりしていってね」
    「ええ、姉さん」
    ミレウーサが行ってしまうと、アルテミスは窓辺の長椅子に座り、シニアポネーにも隣に座るように言った。
    言われた通りにすると、アルテミスがまたシニアポネーを抱きしめてきた。
    二人はトキジクノカグノコノミを一つずつ食べながら、おしゃべりを始めた。
    「そう......アスクレーピオスのことを聞いたの」
    「はい。そんな兄がいたなんて驚きました」
    「無理もないわ。アスクレーピオスが死んだのは、あなたが生まれるずっと前だし、アポローンにとっては口にするのも辛い出来事だったから、あなたに話したくはなかったでしょうしね」
    「それだけ、お兄様を愛してらしたのですね、お父様は」
    「愛していたし、後悔もしていたのよ」
    アルテミスは実を一房だけ口に入れて、話し続けた。
    「昔のアポローンは......私への片思いが募り過ぎて、とにかく早く、別の女性で慰めてほしかったのよ。だから恋に急ぎ過ぎていたわ。その結果、烏の言った言葉を鵜呑みにし、ちゃんと真実を確かめないままコローニスを殺してしまった。その後悔の念が強いから、コローニスの遺児たるアスクレーピオスのことを強く愛するようになったの」
    「伯母様は、お兄様が亡くなる前に"不死の薬"を譲り受けていたそうですね」
    「ええ、いつか役に立つと思ってね。もらっていて良かったわ。おかげでキュクロープス兄弟の復活に役立てたもの」
    アルテミスはその時、口の中に異物を感じた。それを舌で手繰り寄せて、口から出してみた。
    トキジクノカグノコノミの種だった。
    「まあ、伯母様! それは当たりです」
    シニアポネーが言うと、「あたり?」とアルテミスが聞き返した。
    「トキジクノカグノコノミは、なかなか種を付けないのです」
    「あら、それじゃこの種は有効に使わなければ」
    アルテミスは部屋の隅になった水鏡を、神力を使って傍に寄せた。
    「あなたにアスクレーピオスの、今の姿を見せてあげるわ」
    「今の?」
    アルテミスが水鏡に手を入れると、水面に画像が浮かびあがった。ヤマトタケルの服に似ている物を着ている男が、歩いてくるのが見えた。
    「これがアスクレーピオスの今の姿です。冥界のペルセポネーと黄泉平坂の伊邪那美の命がご友人ということもあって、お互いの国で死者を交換しているのよ」
    「そうだったのですね。兄は今、倭国で転生しているから、以前の容姿とは違っていると思いますが、でも、お優しそうな眼をしている」
    「ええ、優しい良い子よ」
    アルテミスは言うと、先刻の種をシニアポネーに見せて、水鏡の中へと放り込んだ。種は水鏡から不思議な空間を通って、倭国の――アスクレーピオスが通った道の脇に落ちた。
    「なんのことはない、あの種を故郷に帰してやったの。しかもアスクレーピオスの側で育って実を付けてくれれば......アスクレーピオスはこの国でも医者です。きっと医術の役に立つように使ってくれるでしょう」
    「また不死の薬を発明してしまったら?」
    「倭国を治めている高天原の神々は、そんなことで目くじらを立てたりしないわよ。なにせ倭国はまだ歴史が浅くて、人不足なぐらいなのですもの」
    この種は後に成長し、樹となって実を付けた。その実は橘に良く似ていたが、蜜のように甘いことから「蜜柑(みかん)」と名付けられ、倭国――後の日本に広く広まったのである。

                                                          終

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  • from: エリスさん

    2015年12月04日 11時24分19秒

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    ギリシアの蜜柑の樹・2

    「アスクレーピオスの話をする前に、その母親の話をしなくてはなるまいな」
    ヘーラー王后はシニアポネーを私室に招いて、彼女の異母兄のことを話してあげることにした。
    「母親の名前はコローニスといって、プレギュアス王の娘だ」
    「コローニス?」
    「そう......そなたの三女と同じ名前だが、名付け親はアポローンか?」
    「はい。お父様は、その方のことを思って、私の娘にその名をお与えくださったのでしょうか?」
    「どうであろう。聞くところによると、とても愛らしくて可愛い娘だったと聞く。深窓の姫君らしく穏やかで......ゆえに世間知らずなところがあって、心配になったアポローンは、烏をお目付け役として彼女の傍に置いていた......ところで、その当時の烏は一羽だけで、しかも白かったのを知っているか?」
    「そうなのですか?」
    「そのことも併せて教えてあげよう」
    コローニスの父・プレギュアス王は社交的な人で、良く他国の客人を招いていた。その中には、愛らしいコローニスに恋心を抱いてる者もいて、隙あらばコローニスに思いを遂げたいと思っていた。
    烏が見てしまったのは、そういう場面だった。コローニスにとっては不意打ちでキスをされただけだったが、烏はそれを理解できず、
    「コローニス姫が浮気をしている!」
    とアポローンに慌てふためきながら報告した。それでアポローンは激高し、コローニスに向かって制裁の矢を放った。
    天空から放たれた矢は真っ直ぐにコローニスへと向かい、彼女の胸を射ぬいた。しかし瀕死の状態の彼女に駆け寄ったプレギュアス王が、娘の口から真実を聞いて、アポローンに涙ながらに訴えた。アポローンはちゃんと確かめもしなかった自分に後悔し、せめてコローニスが宿した胎児だけでも助けようと、アポローンの医術の力を駆使して胎児を取り出した――それがアスクレーピオスである。
    「そして烏は誤った報告をしたとして、罰としてアポローンに黒く染められた。今のすべての烏はその子孫なのだ」
    「そうだったのですか......」
    「生まれた子は我らの兄弟・ケイローンに預けられた」
    「ヘーラー様のご兄弟?」
    「そう。我が父・クロノスは、たった一度だけ浮気をしたことがあるのだ。その浮気相手との間に半人半馬のケイローンが生まれ、彼はケンタウロス族の一員として生きていた。そのケイローンは教養もあり穏やかな性格だったので、アポローンも息子の養父として申し分ないと思ったのだろう」
    アスクレーピオスはケイローンのもとで医術を学んだ。そもそもが医術の神の息子だったからか、とても覚えが良く、また薬の組み合わせで新しい効能を生むことにも長けていた。彼は成人すると名医として人の役に立った。
    ある日、小さい子供のいる母親が、瀕死の状態でアスクレーピオスのもとに運び込まれた。アスクレーピオスが診察しようとすると、間に合わずに母親は息絶えてしまった。傍で泣きじゃくる子供を見て、彼は自分の境遇に照らし合わせた――この子も自分のように母親のいない子供として育つことになる。
    アスクレーピオスは知識の限りを使って薬を配合し、とうとうその母親を生き返らせた。
    この評判は瞬く間にギリシア中に広まり、彼の診察を求めて遠方からも人が集まるようになった。
    アスクレーピオスが死者を蘇らせ続けたことにより、冥界へ降りていく死者がいなくなった。このままでは地上は人が増え続けるばかりで、人が暮らすための土地も、食物も足らなくなってしまう。そのことを憂いた冥界の王ハーデースが神王ゼウスに訴えた。現状を知ったゼウスは大いに怒り、雷をもってアスクレーピオスを焼き殺した。
    アポローンは当然嘆き悲しんだ。だが、神王ゼウスに怒りの矛先を向けることは許されない。だからと言って怒りを納めることも出来ず、代わりにゼウスに雷の作り方を教えたキュクロープス兄弟を、炎の矢で焼き殺してしまった。
    「え!? キュクロープス兄弟って、あの......ヘーパイストス様の所のプロンテース様とステロペース様ですか?」
    シニアポネーが聞くと、
    「そうだが」
    「でも、生きていらっしゃるではありませんか」
    「今の彼らは、ヘーパイストスが焼け跡から二人の灰を掻き集め、水と、そしてアルテミスが提供してくれたアスクレーピオスの不死の薬を混ぜて、捏ねて成型することによって復活させたのだ。復活したばかりの頃は子供のように小さかったのだが、今はもう昔のように大男に戻っている」
    「そうだったのですか」
    「しかしヘーパイストスが二人を蘇らせるまでは、ゼウスは勿論、私や、アテーナーなど、キュクロープス兄弟と親交のあった神々は怒り心頭でな。アポローンはオリュンポス神界を追われ、人間に奉仕する罰を与えられたのだ」
    「そうだったのですか......」
    「まあ、ヘーパイストスが器用だったおかげで、キュクロープス兄弟が蘇り、そのキュクロープス兄弟がゼウスに進言してくれたおかげで、アポローンの罪も100年の苦役から1年に減らされたのだ」
    「お二人らしいお優しさですね」
    「うむ。あの二人の叔父上には、私も頭が下がるばかりだ」と、ヘーラーは微笑んだ。「そんなわけで、アポローンは不死の薬には懲り懲りしているのだよ」
    「そういうことでしたか。だったら、トキジクノカグノコノミの種をタケル殿から貰わなかったら良かったのに、お父様ったら」
    「それではタケルの願いを聞いてやることが出来なかったであろう? あの頃のタケルはオリュンポスに来たばかりで、なんの財産も持っていなかった。トキジクノカグノコノミの種はタケルにとって唯一の切り札だったのだよ。だから受け取らないわけにはいかない。無償で願いを聞いてやるには、願い事が大きすぎたからな」
    「ああ......そうですね」
    「それに、土壌が代われば育ちも変わると信じたのだろう。そもそもが倭国の冥界の土で育ったもの。それを異国の天上で育てようと言うのだ。品質が変化してもおかしくない。それに、シニアポネーが上手い具合に育ててくれるのではないかと踏んでもいたであろうな」
    「もし、私が上手く育てすぎて、不死の力を持つ実がなったら、父はどうしていたのでしょう?」
    「そうだな。そうなったら、そなたの身を守るために、樹ごとゼウスに献上するとか、逃げ道は考えていたと思うぞ」
    「なるほど......そうですよね」
    「とにかく、そなたは誰にも害が及ばないように、あの樹を育ててくれたのだ。よくやったと、私からも褒めて遣わそう」
    「ありがとうございます、ヘーラー様」

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