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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2013年08月30日 14時12分57秒

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    白鳥伝説異聞・13

    レーテーの思惑はこうだった――先ず、自分が特殊な術を使える人間であることをアピールする。その上で、これから起こさなければならない不思議な現象に、タケルの采女たちを巻き込みつつ協力してもらうのである。
    「というわけで、私たちは伊勢神宮の池から、その中庭の池まで瞬間移動をしてきたのです。これも、天照大御神様の御力のおかげです」
    レーテーが天を恭しく仰ぎ見ながら説明をすると、
    「はあ......」と、ミヤベノオオイラツメとその他3人の采女たち(残る一人はフタヂノイリヒメの傍にいる)は、躊躇しながらも頷くのだった。
    「まあ、実際に目の前で起こったことですから、信じざるを得ませんが」
    と、ミヤベが言ってくれたので、レーテーは微笑んで見せた。
    「それで、そうまでして一刻も早く私たちが倭に帰って来た理由ですが......どうしても、フタヂノイリヒメ様の出産に間に合いたかったからです」
    「まあ! では......」と、ミヤベが身を乗り出した。「オトタチバナ様は、この一大事を納めることが御出来になるのですか!」
    「おそらくは......詳しいことを話す前に、先ずはフタヂ様に会わせていただけますか?」
    「そうゆうことでしたら、どうぞ、ご案内いたします」
    ミヤベが先に立って歩きだし、レーテーと......タケルも付いて行った。
    屋敷の真ん中あたりに、フタヂノイリヒメの部屋はあった。そもそも正室は屋敷の真ん中にあたる部屋に住むのが習わしなのだそうだが、今はフタヂの奇行が屋敷の外に漏れ伝わらないように、隠してもおける絶好の位置でもあった。
    なにしろ、この屋敷には客人などもほとんど来ないのである。
    「あなたが女であることを隠すため?」
    と、レーテーがタケルに聞くと、
    「それもあるけど......そもそも人づきあいが苦手でね」
    人づきあいが苦手になった原因も、性別を偽っているところからきているのではないか......と、レーテーは思ったが、今は追究しないでおいた。
    フタヂノイリヒメの部屋に入ると、寝床で休んでいるフタヂの傍で、采女が団扇で風を送っていた。――采女はレーテー達に気付くと、レーテー達の方を向いてお辞儀をした。
    「お帰りなされませ、オグナ様。お出迎えにも出ずに失礼いたしました」
    「いや、いいんだ。フタヂに付いていてくれたのだろう?」
    タケルがその采女の前に座り、レーテーはタケルの横に座った。そこから少し離れてミヤベが座る。
    「田形の郎女(たがたのいらつめ)、もうオグナ様ではいらっしゃいませんよ」と、ミヤベが言った。「お噂通り、クマソタケルを成敗なさってからは"ヤマトタケルノミコト"様――タケル様とご改名なされたそうです」
    「まあ、ではお噂は本当だったのですね」
    「そういうこと......結構、噂って広まってるんだね」
    と、タケルは照れながら言った。「タガタ、紹介するよ。こちらはオトタチバナヒメと言って、わたしの恋人だ」
    「恋人?」と、タガタは聞き直して、恐る恐る言ってみた。「あの、タケル様のご正体については、ご存知で......」
    「もちろん」と、レーテーは微笑みながら言った。「私、男の人より女の人のが好きなの」
    「あっ、左様で......」
    「改めまして、オトタチバナです。天照大御神様に仕える祈祷師です」
    「祈祷師......」
    巫女みたいなものかしら? と、タガタは理解した。
    「左様でございましたか。私はタガタノイラツメと申します。タガタとお呼びください」
    「タガタは」と、ミヤベが言った。「フタヂノイリヒメ様の乳姉妹にあたります。タガタの母親がフタヂ様の乳母(めのと)を務めておりまして、その縁で幼いころからフタヂ様にお仕えしているのです」
    「そう。フタヂ様に一番近い存在と言うことね」
    と、レーテーは言った。「ではタガタ殿。さっそくフタヂ様のご容態を診たいの。ちょうど眠っているようだから」
    「ご容態、ですか?」
    まだちょっと飲みこめていないタガタに、ミヤベが言った。
    「オトタチバナ様には、この問題を解決するお力がおありになるのよ」
    「それは、どうゆう......」
    二人が話している間にも、レーテーはフタヂの傍によって、起こさないようにそうっと額(ひたい)を合わせた。
    フタヂノイリヒメの記憶が流れ込んでくる。その中から、重要な記憶を手繰り寄せて行く。
    すると、見えてきた――三人の男たちに無理やり連れて行かれた部屋に、一人の男が待っていた。頭に冠、服は豪華なのを着た、四十五、六歳の男。
    フタヂがその男を呼ぶ――あにぎみ! と。
    そして、男が歩み寄ってきて......。
    レーテーは最後までは見ずに額を離した。――呼吸が荒くなっていた。
    余程ひどい場面を見たのだろうと察して、タケルが手を握って来た。
    「大丈夫か? オトタチバナ」
    「ええ......フタヂ様を辱めた男を見たわ」
    「下男の三人か?」
    「いいえ。その下男が仕えている男――恐らく、この国で一番権力を持つ男」
    「え?......それって......」
    「間違いないと思う。フタヂ様はその男のことを......」
    そこで、タガタが口を挟んだ。「兄君......と、呼んでいたのでしょう?」
    皆がタガタの方を見ると、タガタは悲しげにため息を付いた。
    「驚きました。オトタチバナ様は人の記憶が読めるのですね」
    「まさか、あなたも?」と、レーテーが聞くと、
    「まさか! ただ、私は常日頃フタヂ様のお傍にいるので、時折口にされるうわ言などで、察することができたのです。フタヂ様を辱めたのが、よりにもよってこの国の大王(おおきみ)であり、フタヂ様の異母兄の......」
    「おやめ、タガタ!」と、ミヤベが言った。「間違っても、そのようなことを口に出してはならぬ」
    「ですが、事実です!」と、タガタは泣き崩れた。「私は知っておりました。あの方が、共に兄妹として育ちながら、フタヂ様に兄妹以上の想いを抱いていたこと。そして、フタヂ様が成人の儀式を終えられたその夜、フタヂ様に求婚なさったこと――でもその求婚を、フタヂ様が拒絶なさったから、その腹いせにオグナ様との結婚を大王命令で決めてしまわれて!」
    「タガタ! それ以上の無礼は許されぬ!」
    と、ミヤベが叱責するのを、タケルはなだめた。
    「いいんだ。わたしも気付いてた。わたしとフタヂとの結婚は、フタヂが何か父上のご不興を買ってのことだろうってことは......なるほどね。そうゆう背景があったのか。だからフタヂは女であるわたしの妃にさせられたんだな」
    『わたしは罰則の道具か......』と、タケルが心の内で嘆いているのを、レーテーは察した。実の父親にそこまで利用されているとは、流石に酷い話である。
    そんな時だった...‥皆の話し声で目が覚めてしまったのだろう、フタヂノイリヒメが動き出した。
    「......誰?......」
    ゆっくりと起きだしたフタヂは、焦点の合わぬ目でこちらを見ていた。
    「......わたしだよ、フタヂ」と、タケルが声を掛ける。すると、
    「オグナ?」と、ニッコリとフタヂは笑って見せた。「オグナったら、今までどこにいたの?」
    寝床から這い出してきたフタヂのお腹は、ぷっくりと膨らんでいて、タケルは思わず目をそむけた。それでも、フタヂが抱きついてきて、そのお腹がタケルの横腹にあたる。
    胎児の鼓動が、伝わってくる......。
    「オグナ......私の大好きな姪......あなたのことは、私が守ってあげますからね」
    それは、二人が結婚した夜にフタヂが言ってくれた言葉だった。
    性別を偽らなければならない不憫な姪を、妃と言う肩書を借りて、一生傍にいて守ってあげるから、と......。
    それは、タケルも同じ思いだった。女同士で結婚させられた不憫な叔母を、自分が守ってあげるんだ――幼心に、そう誓ったのに......。
    『守れなかった! フタヂを、こんな姿にさせてしまった! 私が弱かったばかりに!』
    タケルが悔いていると、
    「違うわ」と、頭の中に響いてくる声があった――レーテーの声だった。
    「あなたは悪くない。なにも......」
    レーテーはテレパシーでタケルにそう語ってから、フタヂの額に手を当てた。
    フタヂが、再び眠りについた。
    「分娩の日までは、あまり起こさない方がいいわ。体力を消耗してしまうから......」
    レーテーはそう言いながら、フタヂを寝床に戻した。
    「ミヤベ殿、この場に別の采女を呼んでください。タガタ殿はこれから、私たちと今後のことを話し合うために別室に行きましょう」
    「はい......」
    早く終わらせてあげたい――と、レーテーは思った。何もかも解決させて、皆を楽にしてあげたい。特にタケルが苦しむ姿を見るのは、もう嫌だった。

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  • from: エリスさん

    2013年08月09日 10時35分31秒

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    白鳥伝説異聞・12

    すぐに行こう! と言ったものの、タケルはまだ朝食をとっていなかったし、
    「徹夜で山道を歩くなんて無茶だ!」
    と、タケルに説得されて、レーテーはしばし寝室で休むことになった。
    レーテーが目を覚ましたころには、すっかりお昼も過ぎていた。
    「今からじゃすぐに夜になって、また進めなくなってしまう。もう一泊させてもらって、明日の朝早く出掛けようよ」
    タケルがなだめるように言うので、レーテーは合点がいった。
    「あなた、帰りたくないのね」
    「え!? そんなこと......」
    「出来ることなら逃げ出したい――フタヂノイリヒメが身籠っている姿なんて見たくないから。でも、そうはいかないから、せめて先送りしたいのだわ」
    図星を突かれて、タケルは肩を落としてため息を付いた。
    「君に分かるかい? フタヂはわたしにとって姉のような、誰にも穢されたくない存在なんだ。その彼女が、誰かもわからない奴に身重にされて......」
    「生まれてくる子供に罪はないわ」
    「生まれてくるって......産ませる気かい!?」
    「臨月の胎児を堕胎なんて無理よ。そんなことをすれば母体に危険が及ぶわ。フタヂノイリヒメが死ぬのよ!」
    それを言われてしまうと、タケルも黙るしかなかった。
    レーテーそんな恋人を見ると、情けないとは思いつつも助けてあげたくなってしまう。
    「とにかく、出掛ける仕度をして待ってて」
    と、レーテーも着ていた寝間着を脱いで、ヤマトヒメが用意してくれた新しい衣に着替えた。
    「待ってろって、どこか行くの?」
    「裏庭に池があったでしょ? あれが水鏡の代わりになりそうだから、故郷の母にいろいろと聞いてくるわ。母は産褥分娩の女神だから」
    レーテーはそう言うと、タケルを置いてさっさと部屋を出て行った。
    途中でヤマトヒメにも会ったので、自分が呼ぶまで誰も裏庭に近付かせないように頼んだ。
    裏庭の池には蓮の花が浮かんでいた。魚などは泳いでいないようで、それで水が綺麗なのだろう。
    レーテーはその池のふちに座り、右手の人さし指と中指を使って、水面に輪を描いた。すると、そこが一瞬光り輝いて、何かを映し出した。
    映っていたのはアルゴス社殿の一室の天井だった。天井の模様でそれと分かる。
    「母君! エイレイテュイア母君! 私です!」
    「あら? レーテー?」
    そう声が帰ってきて、エイレイテュイアが顔を出した。
    「まあ、その姿が倭でのあなたなの? 愛らしいこと」
    「ありがとう、母君。それより、相談に乗っていただきたいの」
    「なにかしら?」
    「実は......」
    レーテーはフタヂノイリヒメのことを話した。エイレイテュイアは何度も相槌を打ちながら聞いてくれ、聞き終わると少し考え、こう答えてくれた。
    「正気に戻すのは、出産を終えた後の方がいいわね」
    「やっぱり......」
    「正気に戻ってから子供を産んでも、その人がまた苦しむだけよ。それよりも、正気ではないうちに子供を産んで、生まれた子は他の人が産んだ子供ということにしてしまえばいいわ。それから恐怖の記憶を消し去って、正気に戻してあげなさい」
    「それが一番いいですよね......子供は可哀想なことになりますが......」
    「可哀想なことにならないように、いろいろと根回しは出来るのじゃなくて?」
    「どうやって?」
    「実際にあなたがその場所に出向いて見ないと、はっきりとしたことは言えないけど、たぶんその人が"養母"としてその子供を育てることが出来ると思うわ」
    「養母......あっ! そういうことですね!」
    レーテーはエイレイテュイアが言わんとしていることを理解して、ポンッと手を叩いた。
    「周りの人たちの協力が必要よ。あとは、あなたがどれだけみんなに信頼されるかによります」
    「やってみます、母君。ありがとうございました」
    「頑張ってね」
    エイレイテュイアの姿が消えると、レーテーは神宮の中に聞こえるように、
    「誰か! 誰かいますか!」と、言った。
    神宮の侍女が出てきた。
    「タケルを呼んで。出掛ける仕度をして、私の荷物も持ってここへ来てって」
    「かしこまりました」
    侍女が中に戻って行き、しばらくしてタケルが出てきた。
    「本当に出掛けるのかい? こんな時分に?」
    「すぐに着くわよ」と、レーテーは言いながら、タケルの手を取った。「あなたの屋敷の傍に、こんな感じの池か泉はない?」
    「倭のわたしの屋敷かい? まあ、あるよ。中庭に池が......」
    「中庭ね。絶好の位置だわ。あなたの屋敷にも侍女とかはいるのでしょ?」
    「そりゃもちろん。王族に仕える侍女のことは"采女(うねめ)"って言うんだけど」
    「何人ぐらい?」
    「五人だ。うちは他の王族の屋敷に比べると少ないんだよ。わたしが女だと言うことを世間に知られないように、口の堅い女だけが選ばれて仕えてくれている」
    「本当になんて好都合。それじゃ、その人たちに私の力を先ずは見せつけましょう」
    「見せつけるって、オイッ!」
    レーテーは、タケルの手を取ったまま、後ろ向きに池の中に入って行った。
    タケルも引きずられて池の中に入ったが、それはほんの一瞬で、すぐにレーテーに抱きかかえられて、池から飛び出した。
    そこは、倭にあるタケルの屋敷の中庭だった。――目の前に、驚いたまま口をあんぐりと開けている老婆が立っている。足もとに水桶が転がっているところを見ると、急に出てきたタケルとレーテーに驚いて落としてしまったのだろう。
    抱きかかえていたレーテーがタケルを降ろすと、言った。
    「ここで間違いない? タケル。あなたがイメージ......思い描いた池に飛んでみたんだけど」
    「......ああ、間違いない。わたしの屋敷だ。それに......宮部の大郎女(みやべのおおいらつめ)」
    タケルが目の前の老婆のことをそう呼ぶと、老婆は、
    「あっ、ハイ!」
    と、素っ頓狂な声を出した。
    「わたしの母の代から仕えてくれている采女で、ミヤベノオオイラツメと言うんだ。ミヤベ、わたしの恋人のオトタチバナヒメだ」
    「あっ、まあ! オグナ様の! そ、そうでございますか。まあまあまあ......池の中から出ていらしたのに、どうしてお召し物が濡れていないのです?」
    「それは......」
    レーテーが姫神だから、とは言えずに、タケルが困っていると、
    「これは私の術の一つです」と、レーテーが言った。「私は天照大御神さまにお仕えする祈祷師。大御神様より奇術も授かっております」
    「祈祷師......」
    ミヤベはいまいち分かっているんだかいないんだか、微妙な表情をしていたが、タケルはただただ感心するばかりだった。
    『よくもまあ、こんなサラサラと嘘八百を(^_^;)』
    しかしレーテーのこの突拍子もない行動のおかげで、タケルもくよくよと悩んでいたことを忘れていたのだった。

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