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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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from: エリスさん

2011年02月11日 10時13分41秒

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双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・1

Olympos神々の御座シリーズ女神転生編双面邪裂剣――――――開幕――――――冷蔵庫を開けたら、我が物顔で脱臭剤代わりの黒こげパンが寝ていた。それを

Olympos神々の御座シリーズ 女神転生編
    双 面 邪 裂 剣


――――――開     幕――――――


 冷蔵庫を開けたら、我が物顔で脱臭剤代わりの黒こげパンが寝ていた。
 それを見た途端、私とレイちゃんのお腹の虫がお約束のように鳴る。――書かずとも分るだろうが、他には何も入っていなかったのだ。
 「あれでも食べる? レイちゃん」
 私がそれを指さしながら言うと、その手をそっと抱き寄せながら彼女は答える。
 「冗談はおよしになって、先生」
 近所のパン屋さんは日曜日ということもあってお休み(近所の小学校と高校の生徒向けに開いているお店だから)。食べ物を手に入れるには駅前の商店街へ行くしかないが、そこまで歩いて十分。買い物に二、三分かかるとしても、戻って来るのにまた十分。
 「それだけあれば、原稿が何枚書けることか。……レイちゃん、あなた、締切りは?」
 「明後日です」
 「私なんか明日よ」
 しばらくの沈黙……。
 「書き終わるまで我慢ね」
 「ハイ、先生」
 二人してトボトボ部屋へ戻ろうとすると、背後から声がかかった。
 「お待ちなさい、あんた達!!」
 見ると、いつのまにか私たちの恩師・日高佳奈子(ひだか かなこ)女史が立っていた。
 「佳奈子先生、いつからそこに?」
 私が聞くと、
 「あなた方が冷蔵庫の前でお腹を鳴らしたぐらいからよ。……っとに、そろそろこんな事になってるんじゃないかと様子を見に来れば、師弟そろってなんてお馬鹿なの!」
 「面目ないです……」
 私たちはそろって頭を下げた。
 「貧乏でお金がないっていうなら、冷蔵庫が空っぽでもあたりまえだけど、あなた方は、師匠の方は若手ベストセラー作家、弟子の方も期待の新人で、二人して稼いでるはずじゃないの。それなのに、この体(てい)たらくはナニ!?」
 なんででしょう? と自分でも思ってしまう。何故か、仕事に熱中していると食事をするのも億劫になって、当然食料を買いに行くのも時間が惜しくなってしまうのだ。私は昔からそんなとこがあったから構わないのだが、このごろ弟子のレイちゃん――新條(しんじょう)レイにまで影響してしまっている。故に、二人とも栄養不足でゲッソリ、眼の下には隈(いや、これは寝不足のせいか……)で、とても恋人には見せられない状況だった。
 「とにかく何か食べなさい! 空腹で仕事したって、いい物は書けないでしょう」
 佳奈子女史の言うとおりなのだが、なにしろ時間との戦いなので、二人とも口をつぐんでいると、見かねて佳奈子女史が右手を出した。
 「お金。買ってきてあげるわよ。しょうもない教え子どもね」
 「ありがとうございますゥ!」
 私はなるべく急いで(走れないから普段と大して変わらないが)財布を取ってきた。
 「あの、三日分ぐらいでいいですから」
 「なに言ってるのよ。どうせまた一週間ぐらい外出しないくせに」
 「いえ、三日後には国外にいますので……」
 「ん?」
 「ギリシアへ取材旅行に行くんです。十日間ぐらい……」
 「……あら、そう」
 本当に呆れた顔をなさった女史は、あっそうだ、と言いながら、バッグの中から黄色いパッケージのバランス栄養食を取り出した。
 「これでも食べてなさい。あと二本入ってるから」
 佳奈子女史が行ってしまってから、私たちは中の袋を出して、一本ずつ分け合った。なぜ女史がこんなものを持ち歩いているかというと、彼女もやはり作家以外にも専門学校で講師をしたり、文学賞の審査員をしたりという忙しさに、食事をしている暇がなく、移動中にでも簡単に食べられるように用意しているのである。
 「でもなんか、これだけじゃひもじいですね」
 「我慢よ、レイちゃん。締切り過ぎれば、憧れのギリシアよ」
 「まあ☆」
 ほんのちょっと雰囲気に浸ると、二人とも虚しくなってそれぞれの仕事場に戻った。
 レイちゃんとはもうかれこれ八年の付き合いになる。私が二十二歳の時、佳奈子女史が私の母校の専門学校に入学したばかりの彼女を連れて、このアトリエを訪れたのが切っ掛けだった。佳奈子女史が発掘した彼女は、文学に対する視点も考え方も私に酷似していて、何よりも話甲斐のある質問を投げかけてくるのが気に入ってしまった。だから彼女から「弟子にしてください」と言われて、快く承諾したのだった。それからというもの、私の創作意欲を駆り立てる情報を提供してくれたりと、今ではなくてはならない人物となっている。一緒にここで暮らし始めたのは去年からだった。彼女の恋人――いや、もう婚約者と言えるだろうか、その彼が仲間たちと一緒にアメリカへ渡って、帰ってくるまでの期間をここで過ごすことにしたのである。彼とのことは本当にいろいろとあったらしい。自分が一つ年上という後ろめたさ、彼の母親が実の母親ではなかったこと、それから始まる彼の家庭の事情など、彼女が良くぞ受け入れたものだと感心するほどたくさんの障害があって、ようやく結婚することを決意したのだ。
 いずれ、彼女の物語を書いてみようと思っている。でもその前に、今は自分の物語だ。
 今書いているものは、私が専門学校に在学していた頃のことを思い起こしながら、多少のアレンジを加えて書いている。明日には確実に書き終わらせるところまで進んでいた。
 自分のことを書くのは嫌いではない。だが、羞恥心は当然のごとく沸き起こる。それでも、私は書かなければならならいと思っている。私が体験した出来事は、誰にでも起こりうるものなのだから。そして、自分は絶対に善人だと信じていても、卑劣さ、非情さは並の人間以上に持ち合わせていることを、そのために不幸にしてしまった人たちの多さの分だけ、己(おの)が身(み)から血を流さなければならなかったことも……そして、私の存在がどれだけ危ういものなのかということも、今こそ告白しなければならない。
 では、再び書き始めることにしよう。私が――いいえ、私たちがどんなふうに生き、闘ったかを、物語るために。
 物語は、私――片桐枝実子(かたぎり えみこ)が成人式を終えて、専門学校三年生になった直後から始まる。



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from: エリスさん

2012年08月17日 13時00分47秒

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「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・最終回」
 枝実子の家のすぐ傍にある土手まで、枝実子は送ってもらった――もう朝の五時ぐらいになっていた。
 「頼まれた通り、荷物はあなたの部屋に転送しておいたけど……大丈夫なの? こんな時間に帰って」
 佳奈子の問いに、枝実子は、
 「大丈夫です。如月が、こうなることを予想していたらしくて、私が朝早く散歩に出るって暗示を掛けてから出掛けたんです。つまり、私は朝帰りをしたんじゃなくて、散歩から戻ったことになるんです」
 「如月は……」と、章一は言った。「予感してたんだな。自分が敗れることを」
 「ええ……ショウ?」
 「ん?」
 「今まで、ありがとう」
 すると、章一はにっこりと微笑み返した。
 「これからは、ちょくちょく会おうよ。如月の忠告通りにさ。……もうお互い、自分を抑えることは覚えたし」
 「うん……結局、私が他の人を無理矢理好きになろうとしたから、こんなことになったんですものね」
 「エミリー……」
 章一は、枝実子のことを抱きしめた。
 「誰のモノにもなるなよ」
 「……あなたこそ」
 枝実子は章一から離れると、足もとにいた景虎を抱き上げて、手を振ってから土手を降りて行った。
 土手からは、枝実子の家が良く見える。
 章一と佳奈子は、しばらく聴力を集中して、愛美子の無事を確認することにした。
 枝実子は、元気よく玄関の戸を引いた。
 「ただいま、お母さん」
 母親は、台所にいた。
 「……お帰り。なんだい、景虎も連れて行ったのかい?」
 「うん、付いていくって鳴いたから……あれ?」
 枝実子は食卓に並んでいるものを見て、驚いた。滅多に作ってくれない自分の好物がいっぱい並んでいたからだ。
 きっと、無意識にも分かっていたのだ。今まで家にいた枝実子は別人で、今日帰ってくる娘こそが本当の枝実子だと。
 章一の言っていた通り、多分、母親は枝実子を思ってくれているのかもしれない。
 「ありがとう、お母さん。……大好きよ」
 「……気色悪いことを言うんじゃないわよ。お母さんはおまえみたいな醜い子は大嫌いだよ」
 「うん……いいの、私が勝手に好きなだけだから」
 会話だけ聞き取っていた二人には分からなかったが、枝実子が部屋に戻った後、母親はじっと台所に立ち尽くしていた。包丁の上に、ポタポタと涙を落としながら。
 ―――カナーニスから、それらのことを聞いた一同は、しばらく沈黙していたが、やがてヘーラーが口を開いた。
 「むごい試練だこと。想い合っても実らすことができず、親子の情愛も断ち切らねばならぬとは」
 「そうだな」と、ゼウスも言った。「が、エリスならば、やり遂げてくれるだろう。やり遂げなければ娘(エイレイテュイア)もやらんし、第一この先のプランが狂うじゃないか」
 「おじい様ったら……」
 カナーニスはクスクスッと笑って、両手を胸の前で広げて水晶球を呼び寄せた。
 「ご覧になられますでしょ? 今日の彼女です」
 水晶球に映像が映る。
 枝実子は学校の一階のロビーで瑞樹と会っていた。
 「ホラ、衣装!」
 枝実子がそう言って紫のキトンを広げると、瑞樹が拍手をしながら喜んだ。
 「ジュノーの衣装! 流石はエミリーだねェ」
 結局、枝実子が着ていた衣装はボロボロになってしまったので、枝実子が自費で作り直したのである。
 「校庭、突っ切って行く? 講堂まで」
 「そうだね、最短距離だし」
 もうすぐ夏休みということもあって、授業の殆どは休講になっていた。そのせいか、校庭の隅には生徒が何人も寛いでいた。
 「だけど、佳奈子先生の授業まで休講になってたのは意外だったな。あの先生、真面目だから夏休みまでびっしり授業してくれるものと思ってたけど……もしかして、霊媒師(と、瑞樹には説明してある)のお仕事が入ったのかな」
 瑞樹が言うと、枝実子は、
 「そうじゃないのよ。これからしばらく本業(小説家)の方が忙しくなるから、今のうちに実家に帰っておきたいんですって。昨日、そう言ってたわ」
 「ああ、実家か。そうなると、今頃先生お見合いしてたりしてね。そろそろいい歳だから、親御さん心配するもんねェ」
 「み、瑞樹……それはちょっと……」
 カナーニスは水晶球を両手で掴んだまま、それを睨みつけた。
 「ちょっとォ!! 私、そっちでは二十八ってことになってるのよ、二十八!」
 「うわァ、歳サバ読みすぎ……」
 「アレース伯父様は黙ってて!」
 「ハイハイ……でも、千歳は過ぎて……」
 “ゴンッ”(アレースがカナーニスの空拳で頬を殴られた音)
 神族は老化しないものだが……フォローにならない。
 二人は校庭を歩いて行くうちに、ある人物を見つけた。
 「ちょっと待ってて」
 枝実子は瑞樹にそう言ってから、その人物のところへ行った。
 その人物の傍には、女生徒も座っていたが、彼女は枝実子に気付くと、
「私、ちょっと用事思い出した」
 と、立ち上がった――その女生徒は織田だった。
 そしてその人物とは、当然、真田光司のことである。
 真田は煙草をふかしながら、壁に寄り掛かって座っていた。
 枝実子はバッグから白い小さな包みを出して、真田に差し出した。
 真田は黙って見上げたまま、それ以上動かなかったが、
 「受け取って」
 と言われて、やっと手を出した。
 「開けてみて」
 また言われた通りにすると、中にはロケットが入っていた。中にちゃんと写真も入っている。
 「……これ!?」
 「ごめんなさいね」と、枝実子は言った。「私が持っている写真には、お母さんが笑顔で写ってるものってなかなか無いのよ。それでも、一番いい顔だったのよ」
 「これが……今の、母さんか……」
 「うん」
 真田はしばらくその写真を見入ってから、囁くような声で言った。「ありがとう」
 枝実子は首を左右に振った。
 「私こそ……ごめんなさい……お兄さん」
 「……」
 「それじゃ、また」
 枝実子は瑞樹の方へ戻って行った。
 真田はロケットを握り締めた。
 どうして、こんな結末を迎えなくてはならなかったのか――と、真田は考える。
 あの日、父・誠司(せいじ)に枝実子の存在を知らせたことは間違いだったのだろうか。
 久しぶりに実家へ帰って、父に学園祭があることを告げると、父はあまり関心がないように言った。
 「そんなことより、おまえ、アルバムから写真一枚持って行っただろう?」
 「持って行ったよ。唯一、俺と母さんが一緒に写ってるやつ」
 「返せ。あれは父さんも気に入ってるんだ」
 「やだね。それより、絶対見に来いよ、父さん。会わせたい子がいるんだ。父さん、驚くからな」
 確かに父は驚いた――まったく違う意味で。
 そして、父は枝実子と絶交するように真田に言ったのである。
 「どうして!! なんで彼女と付き合っちゃいけないのさ!!」
 父は大きな茶封筒から、一枚の写真を抜き出して、息子に見せた。
 「興信所に調べさせてたんだ。おまえの母親・光子がその後どうなったのか……おばあちゃんが死んで、父さんはすぐに母さんを迎えに行ったんだ。それなのに、彼女は再婚していた。なんでも、相手の男に暴行されて、仕方なく籍を入れたとか……そして、生まれたのがこの娘だそうだ。――光子を傷物にして……その結果生まれたのが、この穢れた娘なんだ!!」
 父が見せた写真には、二人の人物が写っていた。場所はどこかの家の玄関先だろう。母親――光子は、箒で掃除をしている最中だった。そして、もう一人の人物は、三つ編みの髪形で、ブレザーの学生服を着ていて、中学生ぐらいだが、顔には面影があった。それは、間違いなく枝実子だったのである。
 物心ついた頃からだろうか、母親が欲しいとずっと思っていた。
 母親の温もりがどんなものか知りたくて、何人もの女性と付き合ってきた。そして、やっと傍で微笑んでくれるだけで母親を感じることができる女と巡り会えたと思ったら、それが、妹――。
 『父さんは、枝実子を穢れた娘だと言った……母さんを暴力で手に入れ、その結果生まれた、卑劣な男の血を引いた枝実子を。俺もそう思おうとした。でも……出来なかった。枝実子は……魂が美しすぎて……』
 真田は涙が出そうになるのを、必死にこらえた。
 「枝実子……どうして、俺たち、兄妹として生まれてしまったんだろうな……」
 いっそ、何も知らないままでいられたら良かった……。
 ―――瑞樹の所へ戻ると、瑞樹は険しい表情をしていた。
 「あんたに、伝えておかなきゃいけないことがあったの、思い出した」
 「なに?」
 枝実子は一瞬、聞くのが怖い、と思った。
 だが、瑞樹は容赦なく言った。
 「眞紀子さん、妊娠してる」
 「……如月の?」
 「あんたの子でもあるね」
 「……そう……」
 この頃、姿を見ないのは、そういうことだったのか――と、枝実子は思った。
 「たぶん彼女、産む気だろうね」
 瑞樹が言うと、うん、とだけ枝実子は答えた。
 「だからと言って、あんたに責任は取れないよね」
 「取れるわ」と、枝実子は言った。「私、絶対に文学者になってみせる。眞紀子さんの犠牲を絶対に無駄にしない為にも、必ず文学者として成功してみせる。そして、世間の人々に訴えるの。自分の心に闇を持ったら、将来、世界がどうなってしまうか。いつか訪れる破滅の日を乗り越えるには、清く正しい、そして強い心が必要なんだって……如月が教えてくれたのよ」
 「そう」と、瑞樹は言った。「健闘を祈ってるよ、エミリー」
 「うん、まかせて」
 二人は再び歩き出した。
 アーチの下に人だかりが見える。
 「何? あれ」
 と、枝実子が言うと、
 「あんた知らなかったの? 今日ね、美術科の有志がアトリエで個展を開いてるのよ。一般の人も見に来るんだって。そのついでに学校見学していこうって学生さんもいるだろうね」
 「ああ……」
 道理で、学生服姿が目立つわけだ。
 そんな時だった。
 「エミリー! 瑞樹ィ!」
 講堂の窓から、柯娜(かな)と麗子(かずこ)が顔を出して、手を振っていた。
 「エミリーさん、衣装出来ましたァ?」
 と、麗子が聞くので、
 「もうばっちりよ!」
 と、枝実子は答えた。
 ちょうどその時、アーチの下から女子中学生の団体が校庭の中へと駆けて来た。
 「新條ちゃん! !こっちだよ! 早く!」
 「待ってェ!」
 新條と呼ばれたその中学生は、走っていた足がもつれて、枝実子にぶつかりそうになった。
 「危ない!」
 咄嗟に枝実子は彼女を抱き留めた。
 「危ないわよ、こんなところで走ったら」
 「すみません……助けてくれて、ありがとうございます」
 水晶球を見ていたオリュンポスの神々は、ほぼ同時に驚いた。
 「この少女は!?」
 ヘーラーの言葉に、ゼウスも頷いた。
 「間違いない……」
 その子の名札には、2年F組 新條レイと書いてあった。その子は丁寧にお辞儀をすると、友人たちの方に歩いて行った。
 「宿命の二人が、出会った……」
 カナーニスは、それ以上言葉が出なかった。
 これからも、枝実子を中心に運命の輪は廻り続けるのだろう。
 枝実子は宿命の女人を育て、宿命の女人は守護者たちと共に世界を導いて行くだろう。
 破滅から復活へと登り詰める、茨の道を目指して。
 そしてその時、枝実子は――。
 一九八四年――今はまだ、平和な時……。
                           第2部 終了



          終   焉



 一気に書き上げると、私は深いため息をついた。
 『ちょっと耽美のしすぎかなァ』
 とは思ったけど……まあ、ライトノベルだから、これでいいかな、と開き直っておこう。
 私――片桐枝実子は、体を思いっきり伸ばしてから、椅子から立ちあがった。
 さて、私と新條レイのために食事を作ってくれている佳奈子女史はどうなっただろう? この焦げ臭い匂いから察するに……また失敗したのかしら? 先生はあまり料理は得意じゃないから、普段は家政婦さんにご飯を作ってもらっていると聞いている。
 私は窓を開けて空気を入れ替えることにした。
 鍵を外し、窓を開けた途端――私の体に、何かが憑(つ)いた。
 『あ、また……』
 霊よせの鈴を融合させてからと言うもの、ときどき霊が私に降りることがある。そういう時は、必ず……。
 「レイ……レイちゃん! レイちゃん!」
 呼んでも聞こえないかもしれない。それでも、必死に呼んで……諦めて、テープレコーダーへと手を伸ばす。
 だが、レイは来てくれた。
 「先生、大丈夫ですかッ」
 レイは私の体を支えて、ちゃんと立たせてくれた。
 「心を落ち着かせて……ちゃんと聞き取りますから」
 私は呼吸を整えてから、この霊が訴えたいことを口にした。
 「眺め見れば 清き露置く紫陽花の こいふる人を想い忍びん」
 言い終わると、霊は抜けていってくれる。
 霊の気持ちを詩歌として表現する、というのが私の霊媒の特徴だった。どうやら片桐家の斎姫はみんなそうだったたらしい。
 レイが聞き取ってくれたものを実際に紙に書いてみてから、添削してみる。
 「今回は短歌できましたね。大概は長い詩歌なのに」
 と、レイが言うので、
 「人それぞれなのよ。……ねえ、この〈こい〉はもしかしたら、孤独が悲しいって書く方の〈孤悲〉かもしれないよ。なんか、そんな感じしたもの」
 と、私は言った。
 「じゃあ、〈ふる〉は実際は〈うる〉って発音すべき音なのかしら。〈恋(こ)うる〉っていいますものね……あ、でもそれじゃ〈い〉が余計ですね」
 「手を振るって言う〈振る〉かもしれないよ。恋を振る人――つまり、失恋の相手ね。……もしかして、今の人は失恋の痛手から自殺したんじゃないでしょうね……?」
 「え!? そんな可哀想……」
 「だって、そんな感じしない? 〈眺め見れば〉なんて、普通なら〈眺むれば〉なのに、わざわざ字余りで、眺めていた――つまり、遠くで見ていましたってことを強調しているところを見ると……紫陽花に露が置いてある、って言うのも、なんか引っ掛かるわ」
 「露イコール涙……でしょうか。〈清き〉ってことは、純潔だったんですね。ますます可哀想ですわ、先生」
 「うん……ご冥福を祈りましょう、レイちゃん」
 私たちは一緒に手を合わせるのだった……。
 彼女がこのアトリエに来てから、本当に私の生活は華やいだものになった――まさに、運命の出会いだったのである。初め、佳奈子女史が彼女をこのアトリエに連れてきてくれた時は気付かなかったのだが、後でよくよく話をしてみると、なんとあの時アーチの傍でぶつかった中学生だったのだ。小説の中では私が受け止めたと書いたが、実はお互いに地面に尻餅をついてしまったのである。
 あの一件で、様々な人の人生が変わってしまった。
 先ず、真田さんは未だに独身貴族を気取っている。女性の数は……もう本人も覚えていられないとか。ほどほどにしないと体を壊してよ、お兄さん――いずれ、お母さんと引き合わせてあげないと。
 瑞樹は今では劇団の団長を務めながら、母校の演劇専攻科で講師もしている。これからも活躍することだろう。
 麗子さんは羽柴氏と結婚して、ときどき私のアトリエに顔を出してね資料整理を手伝ってくれている。実に心強い助手の一人だが……実は、彼女とも前世に関わりがあったようなのだが、詳しくは覚えていない。そのことは他の物語で語ることにしよう。
 眞紀子さんは……結局、如月の子供は死産だった。無理もない、本来ならば存在しない人間の子供なのだ。人間の形を成しただけでも不思議なのである。こんな言い方をすると実に冷たい人間のように聞こえるだろうが、私自身がそう思わない辛いのだ。――今は、私とは違うジャンルで作家をしている。
 そうそう、新潟で出会った北上郁子さんだが、彼女はなんと小説家になった。我が母校・御茶の水芸術専門学校とは道を隔てた向こう側にある、芸術学院に入学し、在学中にデビュー、期待の新人として注目されている。御住職から聞いた話だと、大梵天道場では武道も日舞も驚異的な成長を遂げ、とうとう阿修羅王の称号を頂くほどにまでなってしまったとか。ただ、そのおかげで、いじめは克服できたものの、武道家による果し合いや闇討ちに襲われ、気の抜けない毎日を送っているとか……いつかまた、彼女に会いたい。彼女こそ、間違いなく白陽の継承者だ。
 さて、きっと読者の皆さんが一番知りたがっているであろう、乃木章一のことだが……。
 彼は、あの後2週間くらいして、学校に訪ねてきた。小箱に入った指輪とともに。
 「アンティークショップで見つけたんだけど、なんかエミリーを思い出して買っちゃったよ」
 それを見たとき、私は不覚にも泣いてしまった。
 ようやく会えた――ヘーラー様から賜った、紫水晶の指輪。
 「赤ん坊の時から持っているのはおかしいから、成人した時にそなたの手に渡るように、謀っておいてやろう」
 と、ヘーラー様が仰せられていたのに、前世の記憶が戻ってからというもの、何故もう二十歳になったのに手元にないのだろう、と思っていたのだが、こうして私の手元に来る運命になっていたとは。
 章一の手から私の指にはめてもらった時の、幸福感。この時ほど、報われた、と思ったことはなかった。
 今では、この指輪が私の霊力をセーブする助けをしてくれている。
 そうして、今も……。
 “ピーンポーン”
 「あ、誰か来ましたね」
 レイは、合わせていた手を離して、階下へ降りて行った。
 私も足早に付いていく。
 「どうしたんですか!? この匂い」
 階下から聞こえてくる声……間違いない、この声は。
 「ちょっと焦げただけよ! 味はおいしいはずなのッ」
 と、佳奈子女史が言っている。
 「ニャー!」
 すっかりおばあちゃん猫になった景虎が、嬉しそうな声をあげていた。
 「あ、やっぱり」
 レイがそう言いながら、玄関にスリッパを並べる。
 そして、私も出迎えた。
 「いらっしゃい、ショウ」
 「お邪魔するよ、エミリー。これ、母さんから差し入れだって」
 「わっ。おば様に感謝(*^。^*)」
 私たちは、今もなお、親友として続いている――。

                            完

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