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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2013年08月09日 10時35分31秒

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    白鳥伝説異聞・12

    すぐに行こう! と言ったものの、タケルはまだ朝食をとっていなかったし、
    「徹夜で山道を歩くなんて無茶だ!」
    と、タケルに説得されて、レーテーはしばし寝室で休むことになった。
    レーテーが目を覚ましたころには、すっかりお昼も過ぎていた。
    「今からじゃすぐに夜になって、また進めなくなってしまう。もう一泊させてもらって、明日の朝早く出掛けようよ」
    タケルがなだめるように言うので、レーテーは合点がいった。
    「あなた、帰りたくないのね」
    「え!? そんなこと......」
    「出来ることなら逃げ出したい――フタヂノイリヒメが身籠っている姿なんて見たくないから。でも、そうはいかないから、せめて先送りしたいのだわ」
    図星を突かれて、タケルは肩を落としてため息を付いた。
    「君に分かるかい? フタヂはわたしにとって姉のような、誰にも穢されたくない存在なんだ。その彼女が、誰かもわからない奴に身重にされて......」
    「生まれてくる子供に罪はないわ」
    「生まれてくるって......産ませる気かい!?」
    「臨月の胎児を堕胎なんて無理よ。そんなことをすれば母体に危険が及ぶわ。フタヂノイリヒメが死ぬのよ!」
    それを言われてしまうと、タケルも黙るしかなかった。
    レーテーそんな恋人を見ると、情けないとは思いつつも助けてあげたくなってしまう。
    「とにかく、出掛ける仕度をして待ってて」
    と、レーテーも着ていた寝間着を脱いで、ヤマトヒメが用意してくれた新しい衣に着替えた。
    「待ってろって、どこか行くの?」
    「裏庭に池があったでしょ? あれが水鏡の代わりになりそうだから、故郷の母にいろいろと聞いてくるわ。母は産褥分娩の女神だから」
    レーテーはそう言うと、タケルを置いてさっさと部屋を出て行った。
    途中でヤマトヒメにも会ったので、自分が呼ぶまで誰も裏庭に近付かせないように頼んだ。
    裏庭の池には蓮の花が浮かんでいた。魚などは泳いでいないようで、それで水が綺麗なのだろう。
    レーテーはその池のふちに座り、右手の人さし指と中指を使って、水面に輪を描いた。すると、そこが一瞬光り輝いて、何かを映し出した。
    映っていたのはアルゴス社殿の一室の天井だった。天井の模様でそれと分かる。
    「母君! エイレイテュイア母君! 私です!」
    「あら? レーテー?」
    そう声が帰ってきて、エイレイテュイアが顔を出した。
    「まあ、その姿が倭でのあなたなの? 愛らしいこと」
    「ありがとう、母君。それより、相談に乗っていただきたいの」
    「なにかしら?」
    「実は......」
    レーテーはフタヂノイリヒメのことを話した。エイレイテュイアは何度も相槌を打ちながら聞いてくれ、聞き終わると少し考え、こう答えてくれた。
    「正気に戻すのは、出産を終えた後の方がいいわね」
    「やっぱり......」
    「正気に戻ってから子供を産んでも、その人がまた苦しむだけよ。それよりも、正気ではないうちに子供を産んで、生まれた子は他の人が産んだ子供ということにしてしまえばいいわ。それから恐怖の記憶を消し去って、正気に戻してあげなさい」
    「それが一番いいですよね......子供は可哀想なことになりますが......」
    「可哀想なことにならないように、いろいろと根回しは出来るのじゃなくて?」
    「どうやって?」
    「実際にあなたがその場所に出向いて見ないと、はっきりとしたことは言えないけど、たぶんその人が"養母"としてその子供を育てることが出来ると思うわ」
    「養母......あっ! そういうことですね!」
    レーテーはエイレイテュイアが言わんとしていることを理解して、ポンッと手を叩いた。
    「周りの人たちの協力が必要よ。あとは、あなたがどれだけみんなに信頼されるかによります」
    「やってみます、母君。ありがとうございました」
    「頑張ってね」
    エイレイテュイアの姿が消えると、レーテーは神宮の中に聞こえるように、
    「誰か! 誰かいますか!」と、言った。
    神宮の侍女が出てきた。
    「タケルを呼んで。出掛ける仕度をして、私の荷物も持ってここへ来てって」
    「かしこまりました」
    侍女が中に戻って行き、しばらくしてタケルが出てきた。
    「本当に出掛けるのかい? こんな時分に?」
    「すぐに着くわよ」と、レーテーは言いながら、タケルの手を取った。「あなたの屋敷の傍に、こんな感じの池か泉はない?」
    「倭のわたしの屋敷かい? まあ、あるよ。中庭に池が......」
    「中庭ね。絶好の位置だわ。あなたの屋敷にも侍女とかはいるのでしょ?」
    「そりゃもちろん。王族に仕える侍女のことは"采女(うねめ)"って言うんだけど」
    「何人ぐらい?」
    「五人だ。うちは他の王族の屋敷に比べると少ないんだよ。わたしが女だと言うことを世間に知られないように、口の堅い女だけが選ばれて仕えてくれている」
    「本当になんて好都合。それじゃ、その人たちに私の力を先ずは見せつけましょう」
    「見せつけるって、オイッ!」
    レーテーは、タケルの手を取ったまま、後ろ向きに池の中に入って行った。
    タケルも引きずられて池の中に入ったが、それはほんの一瞬で、すぐにレーテーに抱きかかえられて、池から飛び出した。
    そこは、倭にあるタケルの屋敷の中庭だった。――目の前に、驚いたまま口をあんぐりと開けている老婆が立っている。足もとに水桶が転がっているところを見ると、急に出てきたタケルとレーテーに驚いて落としてしまったのだろう。
    抱きかかえていたレーテーがタケルを降ろすと、言った。
    「ここで間違いない? タケル。あなたがイメージ......思い描いた池に飛んでみたんだけど」
    「......ああ、間違いない。わたしの屋敷だ。それに......宮部の大郎女(みやべのおおいらつめ)」
    タケルが目の前の老婆のことをそう呼ぶと、老婆は、
    「あっ、ハイ!」
    と、素っ頓狂な声を出した。
    「わたしの母の代から仕えてくれている采女で、ミヤベノオオイラツメと言うんだ。ミヤベ、わたしの恋人のオトタチバナヒメだ」
    「あっ、まあ! オグナ様の! そ、そうでございますか。まあまあまあ......池の中から出ていらしたのに、どうしてお召し物が濡れていないのです?」
    「それは......」
    レーテーが姫神だから、とは言えずに、タケルが困っていると、
    「これは私の術の一つです」と、レーテーが言った。「私は天照大御神さまにお仕えする祈祷師。大御神様より奇術も授かっております」
    「祈祷師......」
    ミヤベはいまいち分かっているんだかいないんだか、微妙な表情をしていたが、タケルはただただ感心するばかりだった。
    『よくもまあ、こんなサラサラと嘘八百を(^_^;)』
    しかしレーテーのこの突拍子もない行動のおかげで、タケルもくよくよと悩んでいたことを忘れていたのだった。

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