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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

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  • from: エリスさん

    2007年11月06日 13時49分00秒

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    アドーニスの伝説・1

     冥界の王の仕事は、休みというものを知らない。
     毎日誰かが死に赴き、それらは冥界へ降りてきて裁きを受けなければならない。その裁きをくだすのは誰あろう、この冥界の王であるハーデースだった。
     あまりにも忙しいものだから、妻であるペルセポネーを構ってやる余裕もなくなってしまう――そんなこともあって、妻はしょっちゅう実家である地上へ戻っていた。
     だからと言って夫婦仲が悪いわけではない。むしろ大恋愛で結ばれた二人なのだが、こんな事情もあって、世間ではちょっとした誤解が噂されていたりした――それが現代に伝えられている伝説。

     「ハーデースが無理矢理ペルセポネーを冥界へさらって行ってしまったので、ペルセポネーの母親である豊穣の女神デーメーテールが嘆き悲しんで、作物は枯れ、大地は干上がり、ギリシアは飢餓に苦しむようになった。それでゼウスが仲裁に入り、ハーデースにペルセポネーを返すように諭したところ、ハーデースはせめてもの思い出にとペルセポネーにざくろの実を三粒だけ与えた。ところがこれはハーデースの策略だった。冥界で食事をした者は地上に戻ってはいけないという掟があり、これによって、ペルセポネーは一年のうち三ヶ月間は冥界で過ごさなければいけなくなった。
     ペルセポネーが地上にいるうちは、デーメーテールも大地に豊穣を約束するが、娘が冥界へ降りなければいけない三ヶ月間は、大地は恵みを失うのである――こうして世界に四季が生まれた」

     と、現代では信じられているが。
     実際は三日にいっぺん里帰りするぐらいだった。母親のデーメーテールが一人娘を完全に手放すのが嫌で、「戻ってきて顔を見せて!」とせがむので、仕方ないのである。
     しかしその里帰りがかえっていいのか、ハーデースとペルセポネーはいつまでも新婚夫婦のような仲睦まじさだった。そのせいか、ハーデースはペルセポネーの父親・ゼウスの弟(実際は兄だが)でありながら、見た目はずっと若い――せいぜい27歳ぐらいなのだ。
     その日、ハーデースがようやく仕事を終えて夫婦の部屋に戻ると、待ってましたとばかりに寝台の横の水晶球が光った――里帰り中のペルセポネーからの通信である。
     「あなた! お仕事ご苦労様!」
     その声で一瞬に疲れが癒え、笑顔になったハーデースは……しばらく言葉もなく水晶球を見つめていた。その目は点のようである。
     「ど……どうしたんだい? その赤子は」
     そう。ペルセポネーは白い産着に包まれた赤ん坊を抱いていたのである。

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from: エリスさん

2007年12月28日 14時50分40秒

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「アドーニスの伝説・18」
 ハーデースの言葉通り、アドーニスの魂はケルベロスのところで引き止められていた。――でもあの時のような、嬉しそうな顔をケルベロスはしていなかった。悲しそうな顔で鼻を鳴らし、アドーニスに擦り寄っている。
 「ごめんよ、ケルベロス。おまえを悲しませるとは思わなかったよ」
 アドーニスはそう言って、ケルベロスの真ん中の頭をなでてあげていた。
 そんな息子に、ペルセポネーは優しく声をかけた。
 「お帰り、アドーニス」
 「お母様!」
 アドーニスはすぐさま駆け寄ってきた。そして、また悲しそうな顔をした。
 「ごめんなさい、お母様。こんなことになってしまって」
 「謝る必要はありません。あなたは人間――必ず死が訪れるものだったのです。でもその死とは、終わりではなく、次の世へ旅立つための入り口でもあるのですから。でも……あなたが望むなら、このまま元の姿で生き返ることも可能ですよ。お父様のお力で」
 「……いいえ、お母様。僕はこのまま、冥界へ進みます」
 「アプロディーテーのことは、もういいの?」
 「はい……なんだか、死んだ途端、僕の周りを取り巻いていたものが急に晴れたような、そんな気分なんです。アプロディーテー様のことは、もうどうでも良くなってしまって。変ですね。あんなに好きだったのに」
 「まあ……」
 「それに……アレース様のアプロディーテー様への想いを垣間見る機会があったのですが、とても敵わないと思いました。だからもう、いいんです」
 「分かったわ」
 ペルセポネーはアドーニスをやさしく抱きしめた。
 「では冥界へ行きましょう。あなたは罪を犯していないから、すぐにも次の転生が決まるわ。何度も生まれ変わり、それぞれの人生を歩みながら成長して、いつか人間以上の存在に――神に近づくことができるでしょう。そのときには、私のお腹の中から生まれ変わっていらっしゃい」
 「はい……いつか、必ず」

 アドーニスが再び人間として転生したのは、それから三日後のことだった。
 様々な人生を生き、死ぬたびに養父母と再会し、また生まれ変わる。
 それを何百回と繰り返したアドーニスは、人間が言うところの西暦が二〇〇〇年を過ぎたころ、ハーデースとペルセポネーの実子として生まれ、永遠の命を手に入れたのだった。


                                                         終

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from: エリスさん

2007年12月28日 14時29分22秒

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「アドーニスの伝説・17」
 しばらくぶりに帰ってきたペルセポネーは、すっかり憔悴しきっていた。
 それを見てハーデースは、
 「まだ母君のところに居たほうが良かったのではないかね?」
 するとペルセポネーは首を左右に振って、こう言った。
 「いいの。あなたのお顔が見たくなったの……」
 「……なにか食べるかい? ろくに食事もしていないのだろう」
 「うん……果物、ある?」
 「もちろん」
 と、ハーデースはテーブルの上にあった果物籠からイチジクを取って、皮をむき、一切れペルセポネーの口の中に入れてあげた。
 それを口にすると、ペルセポネーは笑顔になった。
 「おいしい。やっぱりお食事は、あなたの御手からいただくのが一番おいしいわ」
 「そうかい? だったらもっとお食べ。さあ、テーブルについて」
 「ええ、あなた」
 ハーデースが差し出した右手にペルセポネーが自身の左手を乗せて、二人はテーブルに向かって歩き出した。
 その時だった。
 二人は同時に同じ叫び声を聞いた――周りの者たちには聞こえなかった、その声を。
 「……アドーニス?」
 ペルセポネーの問いに、ハーデースが答えた。
 「そうだ、今の悲鳴は、アドーニスの声だ」
 「なぜ!? どうゆうこと!?」
 黒いこうもりに変化していたペイオウスが飛んできたのは、そのときだった。
 「申し上げます!」と、ペイオウスは元の姿に戻った。「アドーニス様が、たった今!」
 狩りの途中、大きな猪に遭遇したアドーニスは、勇猛果敢にもそれを捕らえようと矢を番(つが)えたのだが、仕留められず、その猪の角に腹を刺されて、息絶えてしまった。
 「申し訳ございません! アプロディーテー様がアドーニス様をお放しにならず、ご遺骸をこちらにお運びすることができませんでした」
 「それで急いで知らせに来てくれたのね!」
 と、ペルセポネーは言った。「あなた、私すぐに地上へ!」
 「待ちなさい」
 ハーデースはペルセポネーを自分のほうに向かせると、言った。
 「そなたは分かっているはずだ。〈死〉は終わりではないと」
 その言葉で、ペルセポネーはハッとした。
 現世での死を迎えても、それはまた次の世に生まれ変わるためのステップ。だからこそ冥界が存在しているのだ。
 「迎えにいっておいで。またきっと、ケルベロスがアドーニスの相手をしてくれているはずだ」
 「ええ……行って来るわ、あなた」
 ペルセポネーは落ち着いた足取りで歩き始めた。

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from: エリスさん

2007年12月28日 14時04分15秒

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「アドーニスの伝説・16」
 それから数日たったある日のこと。
 地上に偵察に行っていたペイオウスが帰ってきて、ハーデースの私室に通された。
 「お后様は、今日はお戻りの日ではありませんでしたか?」
 冥界にペルセポネーの気配がしないのでペイオウスがそう聞くと、ハーデースは椅子に腰掛けながらこう言った。
 「アドーニスのことが心配で堪らないから、最近は地上のデーメーテールの所へ行ったっきり帰ってこないのだよ。まあ、仕方ないと思うがね。わたしとて、冥界の仕事がなければ、なるべくあの子のそばにいてやりたいところだ」
 「君様は本当に、アドーニス様を我が子同様に思っていらっしゃるのですね」
 するとハーデースはため息をついた。
 「十二年だよ、ペイオウス。十二年、わたしたち夫婦はあの子を育ててきたのだ。情が移らないはずがないじゃないか……」
 「無粋なことを申しました……」
 「それより、報告を。アドーニスの様子を聞かせてくれ」
 ペイオウスはアドーニスの様子をさぐるために地上へ行っていたのだ。
 ペイオウスが見てきたところによると、アドーニスはアプロディーテーにとても大事にされているという。それどころか、アプロディーテーはすっかりアドーニスに夢中になっていて、アドーニスが狩りに行くときも必ず付いて行き、服が汚れるのも構わずに一緒に走り回っているという。
 「あのおしゃれ好きなアプロディーテーが?」
 「変われば変わるものでございます。もう、すっかり少女に戻られたような。とにかくアドーニス様と一緒にいなければ気がすまないようです」
 「……やはり、呪いかもしれぬ」
 アドーニスの母・ズミュルナはアプロディーテーの呪いで実父に恋し、罪に落とされた。だからアプロディーテーがアドーニスに夢中になっているこの状況は、ズミュルナがアプロディーテーにかけた呪いかもしれない。
 そうなると、この呪いが成就される先には……。
 「ところで君様」と、ペイオウスは口を開いた。「どうやらお后様も偵察を出している模様です」
 「ペルセポネーが?」
 「はい。デーメーテール様のところの侍女を、向こうで見かけましたもので」
 「そうか。まあ、無理もない……。ペイオウスよ」
 「はい、君様」
 「アプロディーテーは、その……アドーニスとは、遊んでいるだけなのか? それ以上の……男女の……」
 言いにくそうにしていることを察して、ペイオウスが答えを出した。
 「アプロディーテー様がアドーニス様に、性的虐待などは行っていないか、ということでございますか?」
 「ああ、そうゆうことだ」
 「ご安心ください。さすがのアプロディーテー様も、そのところは分別がおありのようです。いくらなんでも十二歳の少年に手を出すような、そんな馬鹿げた方ではいらっしゃらないでしょう?」
 「そう願いたいものだが、やたらと〈愛人にする〉と言っていたから、もしやと……それに、デーメーテールの侍女が偵察にきているのなら、もし仮にアプロディーテーがアドーニスに不埒を働いているところを見てしまい、それをペルセポネーに報告などしようものなら……」
 ペルセポネーの封印された記憶が、よみがえってくるかもしれない……。
 するとペイオウスは微笑みかけるように言った。
 「デーメーテール様の侍女であれば、ペルセポネー様のご事情もご存知のはず。もしそんな場面を見てしまったとしても、報告するはずがございません」
 「……そうだな。そのはずだ。ペイオウス、わたしは心配性になりすぎているようだ」
 「君様、父親とはそういうものでございますよ」

 それから、また数日が過ぎた。

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from: エリスさん

2007年12月21日 14時00分39秒

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「アドーニスの伝説・15」
 数日後、アドーニスがアプロディーテーのもとに行く日がやってきた。
 ペルセポネーは涙が出そうになるのを指で拭いながらも、息子の出かける仕度を手伝っていた。
 するとアドーニスは、そんな母親の背中に抱きついた。
 「泣かないでください、お母様。これが永遠の別れではないのですから」
 「そうね……ごめんなさいね、アドーニス」
 ペルセポネーはアドーニスの旅行カバンを閉めると、立ち上がり、しっかりと息子のことを抱きしめた。
 「ねえ? アドーニス。裁判ではこんな結果になったけど、あなたの自由にしていいと言われた四ヶ月も、私と一緒に過ごしてくれないかしら?」
 「お母様……」
 アドーニスはしばらくペルセポネーの顔を見つめていると、寂しそうに首を左右に振った。
 その答えを、ペルセポネーも予測していた。
 「やっぱりあなた、アプロディーテーのことが……」
 初めてアプロディーテーに会った時、まだいたいけな少年は一瞬で心を奪われていたのである。
 「分かっていたわ。あの時のあなたは、私が初めて叔父様――ハーデース様にお会いしたときと、同じ目をしていたもの。一瞬で恋に落ちた目を……悔しいけど、アプロディーテーの美しさでは無理もないわ」
 「ごめんなさい、お母様」
 「謝らなくていいのよ! 恋とはそうゆうものなの」
 ペルセポネーは無理にでも微笑んで見せた。
 「あなたの好きになさい、アドーニス。でも辛くなったら、いつでも戻ってきていいのだからね」
 そうしているうちに、アプロディーテーの迎えの者が来た。
 ペルセポネーとハーデースは存分に別れを惜しんで、アドーニスを送り出したのだった。

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from: エリスさん

2007年12月21日 13時39分50秒

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「アドーニスの伝説・14」
 後日、裁判が行われた。
 双方とも自分の権利を主張し、一向に進展しないで時間だけが過ぎて行く。
 しかし裁判を見守る他の神々は、大方ペルセポネーとハーデースの味方だった。どうみてもアプロディーテーよりペルセポネーの方がアドーニスを愛していることは明白だったからだ。
 すると思い余って、ヘーラーが口を開いた。
 「アドーニスの幸せを考えれば、ペルセポネーの傍にいるのが一番いいと思いますが?」
 「……口を挟むなと言いたいところだが」と、ゼウスは言った。「わしもその意見に賛成なのだよ」
 「では、そうなさいませ」
 「しかしなァ……」
 「冗談ではございません!」と怒鳴ったのはアプロディーテーだった。「そもそもは私に不敬を働いた罪人の子供ですよ! 私がこの子に対してどうしようと、他の神々が口出しできることでは本来ないのですよ!」
 するとペルセポネーが反論した。
 「子供に罪はないわ! アドーニスの実母があなたに働いた不敬は、確かに断罪すべきことだったでしょう。でももうそのことでは、その娘は罰を受けているのでしょ? 罪を償っているのでしょう? だったら、もう子供にまでその枷を負わせることはないはずだわ!」
 その意見に賛同するように、列席の神々が拍手をした。するとアプロディーテーは、
 「うるさいわね! 静まりなさい!」
 と、神々に振り返り、またペルセポネーの方を向くと、こう言った。
 「結局あなたは子供が欲しいだけでしょ? だったら自分で作ればいいのよ。いつまでも乙女面しないで!」
 「……なんですって?」と、ペルセポネーはキョトンとした顔になった。
 「何を言っているの? アプロディーテー。子供は作るものでは……」
 ペルセポネーが言わんとしている言葉の先に気づいて、何人かの神がハッとした。
 ゼウスもその一人だった。その先を言わせたくない彼は、大声で「静粛に!」と叫んだ。
 「判決を言い渡す! アドーニスの権利は双方にあると認め、一年――12ヶ月を三等分し、四ヶ月はアプロディーテーと共に暮らし、次の四ヶ月はペルセポネー・ハーデースと共に、残る四ヶ月はアドーニスの自由とする!」
 するとペルセポネーとアプロディーテーはほぼ同時に「そんな!」と叫んだ。しかしそれには構わず、ゼウスはこう続けた。
 「わたしに逆らうな! これはわたしが公平に裁いた結果だ! わたしに従え!」
 こうして、なんとも納得できないまま裁判は終了した。

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from: エリスさん

2007年12月14日 12時35分33秒

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「アドーニスの伝説・13」
 「あなたこそ勝手なことばかり言わないで! そもそも、預けっぱなしで様子も見に来なかったくせに、自分のものだと主張するなんて馬鹿げているわ!」
 ペルセポネーが真っ向から対決する姿勢を崩さないでいると、さすがのアプロディーテーも怒りを覚えたのか、目つきを変えた。
 「いいわ! だったら神王陛下に裁いていただきましょう」
 「お父様に?」
 「そうよ。私はあなたたち夫婦を告訴してやるわ!」
 アプロディーテーはそう言うと、天を仰いだ。
 「聞いておられますね、ゼウスお父様! 私はあなたに訴えます!」
 すると――急に群雲が現れて、その中から神王ゼウスが姿を現した。
 「その訴え、聞き届けた! この一件はわたしが裁いてやろう!」
 するとアプロディーテーは、恭しく頭を下げた。
 「ありがとうございます、お父様」
 その時ペルセポネーも何か言おうとしたが、その前にハーデースが口を開いた。
 「兄上、慈悲をくれ! 裁判は大人しく受ける。だが、判決が下りるまで、アドーニスは我々のもとに置かせてくれ!」
 その言葉に、ゼウスは頷いた。
 「今すぐにおまえ達からその子を取り上げたりはしない。どんな判決が下っても後悔しないように、今のうちに存分に可愛がることだ」
 「お父様がそういうのだから」と、アプロディーテーも言った。「この場はあなたたちに譲ってあげるわ」
 そうしてアプロディーテーとゼウスがそれぞれに帰っていくと、ペルセポネーはようやくアドーニスを放してあげた。
 「ああ、いつかこんな日が来るのではないかと、覚悟はしていたけど……」
 ペルセポネーは目じりに溜まった涙を、指先でぬぐった。それを見て、ハーデースは言った。
 「大丈夫だ。この十年、アドーニスを育ててきたのはわたし達なのだ。そのことをゼウス兄上だとて分かってくださっている」
 「ええ、そうね。そうだわ……」
 アドーニスがようやく口を開いたのは、そんなときだった。
 「お母様……あの方が、美の女神のアプロディーテー様なのですか?」
 「そうよ。でも、あなたは何も心配することはないわ。あなたは私達の息子。決してあんな女に渡してなるものですかッ」
 「……なんて、お綺麗な方なんでしょう……」
 「え!?」
 アドーニスの言葉に、ペルセポネーもハーデースも驚いた。
 「本当に綺麗で……また、会えるでしょうか?」
 「アドーニス、あなた……」
 ハーデースはこの時思った――アドーニスには呪いがかかっている、と。

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from: エリスさん

2007年12月14日 11時43分00秒

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「アドーニスの伝説・12」
 その日は突然訪れた。
 アドーニスが釣りを楽しんでいたとき、天空から金髪の女神が現れて、こう言ったのだ。
 「まあ! 想像以上の美男子に育ったこと! これならば私の愛人に相応しいわ」
 それは間違いなく美の女神アプロディーテーだった。
 従者たちは必死にアドーニスを奪われまいと、彼の周りを囲んでアプロディーテーに立ち向かった。それを嘲笑うように、アプロディーテーは閃光を浴びせたり、金色の炎を噴かせるなどして、従者たちをアドーニスから剥ぎ取った。だがそれでも、従者たちは意識が途絶えそうになりながらも懸命に立ち向かい、しまいにはアドーニスに縋り付くなどして、主人を守ったのである。
 その間――なぜかアドーニスは、まるで魂が抜けてしまったかのように身動きせず、ただアプロディーテーのことを見つめていた。
 そのうちに知らせを受けたペルセポネーが、雲に乗って猛スピードで飛んできた。
 「アプロディーテー!!」
 いつになく凄まじい表情のペルセポネーは、右手に籠めた白いオーラを、アプロディーテー自身に浴びせた。
 するとアプロディーテーは、必死に神術を出そうと手の形を変えて見せるのだが、なにも発せられなくなってしまった。
 「お生憎ね、アプロディーテー」
 ペルセポネーは雲から降りて、言った。
 「私の得意技は〈消去術〉なの。しばらくあなたは神術が使えないわよ」(いわゆる〈消去魔法〉。相手が発する魔法を無に返す術である)
 「無に返す術ってことね。さすがは冥界の女王だこと」
 アプロディーテーは嫌味を込めてそう言った。「それにしても、よくも約束を破ってくれたわね。箱を開けずに世話してくれって言ったのに、箱の中どころか、外の世界でこんなに羽を伸ばしているなんて。他の女神の目に止まったらどうしてくれるつもりだったの?」
 「なにが約束よ。勝手にあなたが決めたことで、私は同意も何もしなかったわ。第一、赤ん坊を箱から出さずに養育するなんて、そんな非情な真似ができるわけないじゃない!」
 「女神らしくない台詞ね! 女神に不可能なことなどないのに。でもいいわ、あなたが約束をやぶってくれたおかげで、この子はこんなに丈夫に、そして美しく育ってくれたんだろうから。さあ、その子を私に返しなさい」
 「ふざけないで!」
 ペルセポネーがそう叫びながらアドーニスを抱きしめたころ、ハーデースも駆けつけてきた。
 「アプロディーテー、この子はもう、わたしたち夫婦の子供だ。確かに初めにこの子を見つけたのは御身だろう。だが、この子に愛情を注いで育ててきたのは、わたしたちなのだ。その点を汲み取って、この子をわたしたちに譲ってはくれまいか」
 ハーデースが言うと、アプロディーテーは嘲笑った。
 「あなたたちの子供ですって! 冗談ではないわ。この子は生まれる前から、私の裁断でどうにでもできると決まっていたのよ。いわば私の奴隷!」
 「奴隷じゃない!」とペルセポネーは言った。「この子を侮辱すると許さないわよ!」
 「私は真実を言っているのよ。あなたはなにも分かっていないようね」

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from: エリスさん

2007年12月06日 14時13分48秒

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「アドーニスの伝説・11」
 十歳にもなると、母親がいないからと寂しがることもなくなり、また最近は趣味の狩猟に夢中になっていることが増えたアドーニスを見て、ペルセポネーは安心して冥界へ帰ってきた。
 するとハーデースは言った。
 「いっそのことアドーニスも連れて帰ってくればいいのに。もう十歳にもなったのだから、そう毎日、日光を浴びなくてもいいだろう?」
 「私もそう思ったのだけど」と、ペルセポネーは食卓のイチゴを手にした。「あの子、今日は鹿を射止めるんだって、張り切っていたから、置いてきちゃった。ハイ、あなた。アーン!」
 ペルセポネーがイチゴをハーデースに差し出すので、ハーデースも口をあけて、妻が入れてくれるイチゴをおいしく味わった。
 「狩りに夢中になるのもいいが……おっ、このイチゴは甘いね!」
 「もう一個食べる?」
 「今度は君がお食べ。ほら、アーン」
 「アーン!」
 ペルセポネーが可愛く開いた口にイチゴを入れてやったハーデースは、続けて言った。
 「むやみな殺生は、あまり褒められるものではないな」
 「あら、むやみにはやっていなくてよ。あの子が仕留めて来るのは、一日一頭」
 「一頭だけかい?」
 「ええ。それを神殿のみんなで美味しくいただいているわ。あの子は、私たちの食卓にあがる分しか捕らえてこないのよ。生き物を狩って食べなければいけないのは、生きるものの宿命ではあるけれど、だからといって過剰な狩りがどんなにいけないことか、あの子はちゃんと分かっているのよ。だって、父親が冥界の王なんですもの。命の大切さを、あなたが身をもってあの子に教えてきたのだわ」
 「……そうか」
 平静を装っているが、今のハーデースは飛び上がらんほどに嬉しかった。

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from: エリスさん

2007年12月06日 13時30分08秒

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「アドーニスの伝説・10」
 「あっ、お母様!」と、アドーニスは駆け寄ってきた。
 ペルセポネーはしっかりと抱きとめると、アドーニスがまだ生きた人間かどうか、もしやもう霊魂だけになっているのではないかと、念入りに調べた。
 そしてちゃんと体があることを確認すると、安堵のため息をついた。
 「お母様? どうかしたの?」
 アドーニスがそう言ったときだった。ペルセポネーは彼の頬を叩いて、こう言った。
 「みんなに心配をかけて! どうして黙っていなくなったの!」
 アドーニスは叩かれた頬を押さえると、力なく「ごめんなさい」と言った。
 「本当に、お母様がどんなに心配したか……このまま死んでしまうのではないかと……」
 ペルセポネーはまたアドーニスを抱きしめると、堪えきれなくなった涙を溢れさせた。
 それを見て、アドーニスもペルセポネーを抱き返した。
 「ごめんね、お母様。ごめんなさい……」
 ハーデースが駆けつけたのは、そんな時だった。
 「どうやら大丈夫だったようだな。おまえのおかげか? ケルベロス」
 ハーデースの言葉に、ケルベロスの三つの頭が同時に「ワホンッ」と吠えた。
 「よしよし。後で褒美をとらせるからな、ケルベロス。……ところでアドーニス、なにを手に握っているのかな?」
 それを聞くと、ペルセポネーはアドーニスを放して、彼の両手を自分の前に出させた。
 アドーニスは、右手をゆっくりと開いて見せた――そこに、桃色の小さな貝殻があった。
 「あのね、とっても綺麗な貝殻だったから、お母様にあげようと思って」
 「それで、一人で冥界に来たの?」
 「だって……お母様に会いたかったから」
 その言葉に感動して、ペルセポネーはまた泣きそうになってしまった。
 「こうなることを心配していたのだよ、わたしは」
 と、ハーデースは言った。「子供の成育には太陽の光も確かに必要だが、一番必要なのは親の愛なのだよ。だから一日たりとも、アドーニスから離れてはいけなかったのだ」
 「でも、あなた。私はあなたの妻として、ここにも帰ってこなくてはいけないわ。私は冥界の女王でもあるのよ」
 ペルセポネーの言葉に、ハーデースは優しく首を振った。
 「わたしならいい。実際に傍にいてくれなくても、心は共にあるのだから。アドーニスのためにも、しばらくは地上で暮らしなさい。その代わり、毎日の連絡は怠らないでくれよ。アドーニスも、ちゃんと毎日お父様に顔を見せておくれ」
 するとペルセポネーは涙を拭いてから、微笑んで見せた。
 「はい、あなた。お言葉に甘えます。大丈夫よ、毎日欠かさず水晶球であなたに会いに行くわ」
 こうして、アドーニスが十歳になるまでペルセポネーは地上で暮らすことになったのである。

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from: エリスさん

2007年12月06日 12時47分42秒

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「アドーニスの伝説・9」
 アドーニスがいなくなった、という知らせは冥界のペルセポネーのところへもすぐに届けられた。
 「いったいどうゆうことなの!」
 水晶に映る人物に、ペルセポネーは食って掛かるようにして言った。
 「申し訳ございません!」
 それはデーメーテールに仕える侍女だった。
 侍女数人とともに海岸で遊んでいたアドーニスは、侍女たちがお昼のお弁当を広げている間にいなくなってしまったのだと言う。
 「なんてことなの……あの子ったら、波に浚われでもしたのかしら……」
 ハーデースもそう心配したらしく、もうひとつ水晶球を持ってきて、海の神である弟のポセイドーンに連絡を入れた。
 「おまえなら海で起こったすべての出来事を把握しているだろう?」
 するとポセイドーンは答えた。
 「もちろんだ。だけど、そのような子供が波に連れ去られた事実はないよ。それよりも、海岸線の先にある大岩に向かって歩いていく七、八歳ぐらいの子供を見た、という魚たちの目撃証言があるのだが」
 「それだわ!」とペルセポネーは叫んだ。「アドーニスは成育がいいから、それぐらいの歳に見られるのよ!」
 「その大岩というのは……」とハーデースは言った。「あの大岩かい?」
 「ああ。冥界の入り口を隠している、あの大岩さ。ペルセポネー殿はいつもその入り口を通って冥界へ帰ってきているのだろう?」
 「それじゃ、アドーニスがその道を覚えてしまって……」
 ここへ帰ってこようとしているのかな? とハーデースは言おうとしていたのだが、そんなことは聞かずにペルセポネーは部屋を飛び出していた。
 アドーニスが自分に会いたくて、帰ってこようとしている? この冥界に?――それはペルセポネーにとって嬉しいことだが、同時に不安でたまらなかった。何故なら、アドーニスはいつも自分と一緒に帰ってくるからこそ安全に宮殿まで辿り着けるのである。だが一人でここへ来るということは、普通の人間として、途中の道々にある死者の儀式を受けなければならない。つまりそれは「死」そのものなのだ。
 アドーニスが儀式を受ける前に見つけなければ、死んでしまう!
 ペルセポネーは必死に走った。途中の儀式場にアドーニスがいないか確認しながら、息せき切って、髪を振り乱しながら走り抜けたのである。
 そうして、冥界の門まで辿り着いたときだった。
 「アハハ、ケルベロスったら、くすぐったいよ」
 間違いなくアドーニスの声だった。
 見れば、三つの頭を持つ番犬・ケルベロスが、アドーニスにじゃれ付いて、真ん中の頭の舌で、アドーニスの頬を舐めまくっていたのである。
 「ああ、ケルベロス! おまえ、そこでアドーニスを足止めしてくれていたのね!」
 ペルセポネーの声に気づいたケルベロスが、アドーニスから離れて「ワホンッ」と鳴いて見せた。

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from: エリスさん

2007年12月05日 16時29分52秒

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「アドーニスの伝説・8(改訂)」
 後日、ペルセポネーが地上の母神のところにいるの日を見計らって、ハーデースはエイレイテュイアのところに連絡を入れた。
 「そうゆう事情だから、アドーニスのことは口裏を合わせてほしいのだ」
 水晶の中のエイレイテュイアはにっこりと微笑んで、
 「わかりましたわ、叔父様。口裏を合わせるというよりは、私はその坊やのことについて、貝のように口を閉じていればよろしいのね」
 「そうゆうことだ。よろしく頼むよ」
 「心得ました」と、エイレイテュイアは口元に軽く握った右手を添えながら笑った。「本当にペルセポネーのことを愛していらっしゃるのね、叔父様は」
 「え?」と、照れくさそうにハーデースは笑った。「そなたは愛されていないのかい? エリスに」
 すると、エイレイテュイアの表情が少し曇った。
 「どうなのかしら。私は単なる慰み者なのかもしれないわ」
 エイレイテュイアの恋人であるエリスは、最愛の妻・キオーネーをエイレイテュイアの父・ゼウスに殺されていた。そのためにゼウスを憎み続けている。だからその娘である自分を本当に愛してくれているか、疑わしいとエイレイテュイアは思っていた。
 照れ隠しとはいえ悪いことを聞いてしまった、と思ったハーデースは、こう言った。
 「そなたはエリスが敬愛するヘーラー王后の娘でもある。それにエリスは、惚れてもいない女と肌を合わせるような、不貞な輩ではないよ」
 「そうですわね……ありがとう、叔父様」
 エイレイテュイアの表情が和らいだので、ハーデースは安堵するのだった。

 それから五年の月日が流れた。
 五歳になったアドーニスは、普通の人間の五歳児よりは体格もよく健やかに成長していた。それはひとえに、人間でありながらペルセポネーやハーデースとともに「神の食卓」についているからだろう。最近では学問の他に乗馬なども覚えて、いずれは狩猟も試みようとしていた。今から末頼もしい少年に育っていたのである。
 そんなころである、いつもはアドーニスを連れて帰ってくるペルセポネーが、彼を母神デーメーテールに預けたまま一人で帰ってくることが多くなったのは。
 不審に思ったハーデースがその理由を聞くと、妻はこう答えた。
 「あの子の成長には、太陽の光が必要だわ。でも冥界にはそれがないから、あの子のためにも、あまり冥界に連れて帰ってこない方がいいと思ったの」
 それは確かに一理ある。神ならばともかく、人間は太陽の光なくして正常に成育することはできないものだ。
 「しかし、アドーニスは寂しがると思うがね」
 「大丈夫よ。明日には地上に戻りますし、一日ぐらい離れていても。それにお母様もいるのですもの」
 「そうならいいのだが……」
 ハーデースの懸念は、この十日後に現実のものとなった。

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from: エリスさん

2007年11月29日 14時27分15秒

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「アドーニスの伝説・7」
 「ではその赤ん坊が、ペルセポネーが預かったアドーニスなのだな」
 ハーデースが言うと、ペイオウスはうなずいた。
 「このままその赤子をお后様のそばに置いておくのは危険です。君様とて忘れたわけではありますまい。お后様が実の父君であるゼウス神王になにをされたか。その為にあのようなお辛い目に……」
 「……忘れられるはずがない」
 「そうでしょうとも。しかしお后様は、ニュクス様の一族のお力で、その悪夢をお忘れになっておられます」
 「そうだ。そうしなければ、彼女を正気に戻すことが出来なかったのだ」
 「しかし、その赤子を傍に置いておけば……その子は、殺されたお后様の御子・ザクレウス様と同じ運命を背負っておられるのですから」
 しばらくの沈黙が流れる……。
 傍に置くには危険な子供ということは分かる。だが、だからと言ってどうやってペルセポネーから引き離す? 納得させる言い訳を話すうちに、ついボロを出して、彼女が忘れている真実を口走りでもしたら、それこそ取り返しがつかないことにもなる。
 どうすればいいのか……そう悩んでいるところへ、ペルセポネーが現れた。
 「ペイオウスが帰ってきたのですって? アドーニスの身元は? なにか分かって?」
 その腕にはアドーニスがいた。ご機嫌そうに、愛らしい笑顔を浮かべている。
 それを見て、ハーデースは決心した。
 「ペルセポネー、その子はわたし達で育てられる運命の子だったよ」
 その言葉にペイオウスが反論しようとしたが、ハーデースはそれを、手を後ろに払う動作を見せることで制した。
 「まあ! どうゆうことですの、あなた」
 「その子は――アドーニスには、もう両親はいないのだ。両親は、互いに敵対する一族の者同士で、二人の恋は誰からも祝福されないものだったのだよ。そしてアドーニスの父親は、アドーニスの母親の一族に殺され、アドーニスの母親も腹の子を守るために逃亡生活を余儀なくされた。そして、逃亡先で体を壊して、アドーニスを産むと同時に亡くなったそうだ」
 「まあ……」
 「それをアプロディーテーが拾ったようだ。おそらくそのまま人間界にいても、この子は両親のどちらかの親族に殺されていたことだろう。だからこの子のためには、アプロディーテーが気紛れ心で拾ってくれて良かったのさ。しかもこうやって、君のような優しい養母と巡り合うことができたのだから」
 「きっと、この子の両親が、私とアドーニスを巡り合わせてくれたのね」
 「そう! きっとそうだよ、ペルセポネー。だから大切に育ててやるといい」
 「ええ! 私、いい母親になるわ」
 満足のいく答えを聞けてペルセポネーが部屋から出て行くと、ハーデースはペイオウスに言った。
 「愚かだと笑うか? ペイオウス。わたしも、アドーニスが可愛くて堪らないのだよ。だから、手放したくなかった……」
 その言葉に、ペイオウスは首を横に振った。
 「わたしも息子を持つ身。君様のお気持ちは痛いほど分かります。どうか出過ぎたことを申しましたわたしを、お許しくださいませ」

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from: エリスさん

2007年11月21日 16時28分22秒

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「アドーニスの伝説・6」
 そして十三夜目のこと。
 キニュラースはこれほどまでに自分を慕ってくれる婦人の顔をどうしても見たくなってしまい、こっそりと明かりを持っていつもの部屋に入ってきた。
 そうして事は露見したのである。
 キニュラースは自分が犯した罪に気付き、すぐに剣を手にしてズミュルナを殺し、自分も死のうとした。だが、可愛い娘に剣を向けるその手に、一瞬のためらいが走った。その隙にズミュルナは逃げ出して、夜の森を走り抜けた。
 夜通し走り続け、遠い異国にまで辿り着いた彼女はそこで力尽き、天の神に祈りをささげた。
 「私の罪のあがないに、冥界へは降りず、それでも人間としては生きられない、生と死の狭間に私を置いてくださいませ!」
 その願いを聞き入れたのは誰だったのか? ズミュルナは没薬の樹(ズミュルナ)に変化したのだった。

 その十ヵ月後。その樹の幹が異様に膨らんできたことを、その土地に住む精霊たちから聞いた産褥分娩の女神エイレイテュイアは、
 「その樹は元は人間の娘だったの? だったら懐妊していたのかもしれないわね。いいわ、私が見に行ってあげる」
 と快く引き受けて、精霊たちの案内でその土地へ赴いた。
 エイレイテュイアはまずその樹に語りかけて、事情を聞いてあげた。その辛い恋に涙した女神は、
 「今、楽にしてあげるわ」
 と、幹に手をかけて、出産の呪文をかけてあげた。
 すると幹がゆっくりと割れて、中から可愛らしい赤ん坊が現れた。
 精霊たちはすぐさまその赤ん坊を産湯に入れたり、産着を着せたりと世話を始めた。
 エイレイテュイアも没薬の樹の幹をさすってやりながら、労をねぎらってあげていた。
 アプロディーテーが現れたのは、そんな時だった。
 「まあ! 想像していたよりも可愛らしい坊やが生まれたこと!」
 良くない雰囲気を察して精霊たちが赤ん坊を守ると、アプロディーテーはその精霊たちに閃光を浴びせて、目がくらんでいるうちに赤ん坊を取り上げてしまった。
 「なにをするの、アプロディーテー!」
 エイレイテュイアが抗議すると、あざ笑うようにアプロディーテーは言った。
 「あなたは知らないのでしょうけど、この樹はもともと私が罰を与えた女なの。この女の処遇は私に権利があるのよ。それなのに誰かが情けをかけて、こんな樹にしてしまって! 忌々しいけれど、その代わりにこんな可愛い坊やが手に入ったのだから、よしとするわ」
 「その子をどうするつもり?」
 「そうね。召使として使うもよし、大人になったら私の愛人にしてやるもよし。いろいろと楽しみはあるわ」
 「非情な……」
 「あなたには関係のないことよ。とにかくこの子は私のものよ!」
 そう言って、アプロディーテーはどこかへ飛び立ってしまったのである。

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from: エリスさん

2007年11月21日 15時53分25秒

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「アドーニスの伝説・5」
 ペイオウスが調べてきた経緯は、こうだった。
 彫刻家として名を馳せたピュグマリオーン(ピグマリオン)は、ある日自分が作ったアプロディーテーの彫像に恋してしまった。それを聞いたアプロディーテーはピュグマリオーンを気の毒に、また可愛くも思えて、その彫像を生きた娘にと変えてやった。ピュグマリオーンはその娘と結婚し、子孫を残した。
 その子孫の中にキニュラースという一国の王がいた。このキニュラースには年頃の娘がいて、王は娘のために良い縁談はないものかと、伝を頼りに探している最中だった。
 ところがこの娘・ズミュルナは、父親に「誰か想う人はいないのか?」と尋ねられても、涙ぐみながら父親を見つめるばかりで、なんとも返答をしない。これを王は「まだ夢見る年頃の恥じらいなんだろうか?」と考えて、しばらく様子を見るしかなかった。
 ある夜、深い苦悩に耐えかねたズミュルナは、短剣を胸の前にかざして今にも死のうとしたことがあった。それを危うい所で止めたのは、ズミュルナの乳母であった。
 乳母は、何故そこまで思いつめているのか、その原因をすべて吐き出すようにと、我が子同然に育てた王女に問いただした。すると、ズミュルナは泣きながらも恐ろしい言葉を口にした。
 「お父様に恋してしまったの……」
 この少し前、ズミュルナは軽い気持ちで「私の美しさなら、かの美の女神にだって引けを取らないわ」と口走ってしまったことがあった。それを聞いたアプロディーテーは、
 「そもそもあの娘が美しいのは、いつぞや私が生きた人間に変化させた、私そっくりの彫像の血を受け継いでいるからではないの。その恩も忘れてなんという暴言!」
 と怒りに体を震わせて、ズミュルナに罰を与えたのである。
 それが、実の父親に恋してしまう、というものだった。
 そんなこととは気付きもしないズミュルナたち人間は、まるで獣のようなその恋に恐れ悲しんだ。
 しかし乳母は育ての子可愛さに、禁断のはかりごとをしたのだった。
 月も出ない闇夜、乳母は王の元へ行き、自分の知り合いに王のことを恋焦がれて、まるで狂い死にでもしそうなほど思いつめた婦人がいるから、その婦人を救ってはくれないかと相談を持ちかけた。
 「事情があってお顔を見せることはできませんが、ただ一夜でもお情けをいただければ、彼女の心も救われるかと思いますので」
 すると情け深いキニュラース王は、そうゆう事情ならと、その婦人の待つ部屋へと向かうのだった――その婦人こそがズミュルナだとは気付きもせずに。
 明かりも灯さなかった真っ暗な部屋で、ズミュルナは思いを遂げた……はずだった。しかし、一度喜びを感じてしまうと、もう一度、せめてあと一度、となかなか抑えきれなくなってしまう。それからズミュルナは、十二夜もの罪を犯し続けてしまうのだった。

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from: エリスさん

2007年11月16日 13時03分14秒

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「アドーニスの伝説・4」
 その間、ハーデースはまじまじと赤ん坊の顔をのぞき見て、その愛らしさに表情をほころばせていた。
 こんな小さいうちから目鼻立ちが整っているというのは、とても珍しい。最近生まれた赤ん坊の中ではエイレイテュイアの長男・エロースが際立って美しいと言われているが、この子もそれに引けは取らぬのではないかと思うほどだった。
 しかし……この子から感じられるオーラは、少し不安定だった。遺伝子的になにか問題がありそうな、長くは生きられない病を突然発病しそうな、そんな危険性をハーデースは感じ取ってしまった。これは「死」に携わっているハーデースだから感じられるもので、おそらくペルセポネーは気づいていない。
 『この子はいったい、なんなのだ……?』
 ハーデースがそう思ったとき、ペルセポネーが声をかけてきた。
 「ところであなた、ペイオウスの姿が見えないようだけど」
 ハーデースの側近であるペイオウスは、いつもなら食事の席にも立ち会っているはずなのだ。なのに居ないというのは、当然おかしいと思うものである。
 ハーデースは正直に話した。
 「アドーニスのことを調べてもらっているのだよ。他人のわたしたちでさえこんなにも愛おしく思えるのだ。きっと実の親が生きていれば、必死になって探していると思ってね」
 「そうね、アプロのことだから、美しいからと言って、実の親から無理矢理奪い取ってくることも考えられるものね」
 「そうだろ? だから調べさせているのさ」
 「そう……見つからないと、いいな……」
 すでにアドーニスを我が子と思ってしまっているペルセポネーは、表情を曇らせながらそう答えた。
 だから、ハーデースは妻の肩に手を置いて、こう言った。
 「それまでは君が育ての母になればいい。実の親が見つかっても、ときどきは会いにいけるように取り計らうから」
 「ええ……そうね。あなた、デザートは何を食べる?」
 「じゃあ、イチゴ」
 「イチゴね。ハイ、アーン!」
 二人がまた新婚のようにイチャイチャし出したので、周りに居る侍女たちは恥ずかしそうに目を背けるのだった。


 ペイオウスが戻ってきたのは、その日の晩のことだった。
 「お人払いを、君様」
 ペイオウスのただならぬ表情に、ハーデースはその場に居た全員を下がらせた。
 「なにが分かったのだ? ペイオウス」
 「君様。あの赤子をお后様の傍に置いておくのは危険です。即刻アプロディーテー様にお返しになるほうが宜しかろうと思います」
 「どうゆうことだ?」
 「お后様の消された記憶が、よみがえる危険性があるのです」
 それを聞いて、ハーデースは玉座から立ち上がった。
 「では、あの子は……」
 言葉が先に続かない……。
 代わりにペイオウスが口を開いた。
 「実の父と娘との間に生まれた、不義の子です」

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from: エリスさん

2007年11月16日 11時45分04秒

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「アドーニスの伝説・3」
 とは言ったものの……ハーデースは、その赤ん坊の出自やアプロディーテーの行動やらがどうにも気になって、妻との通信を切った後、側近のペイオウスを呼び寄せた。
 「アプロディーテーがどういう経緯でその赤ん坊を手に入れ、ペルセポネーに預けていったのか、事細かに調べてくれ。もしあの子に親がいるのなら、きっとその親は我が子を捜すために、夜も眠れぬぐらい必死になっているに違いない。だとしたら返してやらねばなるまい」
 「畏まりました、君様。ではさっそく……」
 ペイオウスはそう答えると、蝙蝠(こうもり)に変じて、闇夜の地上へと飛び立っていった。

 次の日の早朝。
 早く赤ん坊を夫に見せてあげたいと思ったペルセポネーが、朝食もとらずに冥界へ帰ってきた。
 「まだ食べていないのかい? 赤ん坊も?」
 ハーデースがパンを手に持ったまま驚いていると、
 「あら、アドーニスはちゃんとミルクを飲んだわよ、私が着替えている間にお母様があげてくださったの。でも私はお腹ペコペコ」
 ペルセポネーはそう言いながら、アドーニスを胸に抱えたまま夫の隣に座った。そして、「アーン」と口を開いてみせるのだった。
ハーデースはその愛らしい仕草に微笑んで、パンを一切れ口の中に入れてあげた。
 「お行儀の悪い奥方だ」
 「いいじゃないの。あなただって、私に手ずから食べさせるの、好きなんでしょ?」
 初めてペルセポネーが冥界に遊びに来たとき、両手にいっぱい花を持っていた彼女の口に、「花のお礼だよ」と熟れたイチジクを入れてあげたことがあった。それ以来二人の間では、相手の口に食べ物を入れてあげるのがコミュニケーションの一つになっていた。
 「それじゃ君は食事を済ませなさい。その間、わたしがその子を抱いていてあげよう」
 「ありがとう、あなた。いただきまァす!」
 ペルセポネーはアドーニスをハーデースに預けると、おいしそうに食事を始めるのだった。ときどきは夫の口にも食べ物を入れてあげながら。

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from: エリスさん

2007年11月06日 14時34分14秒

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「アドーニスの伝説・2」
 「可愛いでしょう? 男の子なのよ」
 「まさか、君が生んだわけじゃないだろう?」
 「あなたったら。昨日までお腹も膨らんでいなかった私が、どうやって子供を生むの?」
 と、ペルセポネーは楽しそうに笑った。
 「じらさないで、事情を説明してくれ。その子はどうしたんだい?」
 「アプロディーテーから預かったのよ。今日ね……」

 ペルセポネーの話はこうだった。
 朝早く、愛と美の女神アプロディーテーが籐で編まれた箱を持って訪ねてきた。
 「これをしばらく預かってくれないかしら。でも決して中を覗き見ては駄目よ。中を一切見ないで世話してちょうだい」
 「世話するって、これ、いったい何なの?」
 ペルセポネーの疑問には一切答えず、アプロディーテーは飛び去ってしまった。
 一緒にいたデーメーテールもその不躾さには飽きれて物が言えず、『あの子の母親は育て方を間違ってはいないかしら?』と心のうちで嘆いた。
 親子であっけに取られていると、その箱の中から何やら物音が聞こえてきた。
 「なに?」とペルセポネーは驚いた。「生き物が入っているの?」
 「そのようね……中を開けるなってことは、なにか恐ろしいものでは」
 とデーメーテールが言うと、
 「嫌よ! そんなものを預けられたら!」
 すると、今度は声が聞こえてきた。
 その声を聞いて、二人とも驚いた――子供の泣き声に聞こえたのだ。
 「まさか……生きた子供を?」
 デーメーテールが恐る恐る網目の隙間から中を覗いてみる――暗くてほとんど見えないが、生き物であることは確かだった。
 「私、開けるわ! もし本当に子供だったら!」
 息が詰まって死んでしまう! と思う前に、もう体が動いていた。ペルセポネーが開けたその箱の中には、想像通り人間の赤ん坊が入っていたのである。
 「ひどいわ、アプロったら! 生きた人間の子供を箱に閉じ込めて、中も覗かずに世話をしろだなんて! いくら神であっても、やっていいことと悪いことがあるわ!」
 ペルセポネーが怒りで体を震わせていると、それに恐れをなしたのか、それとも今まで暗闇に閉じ込められていた恐怖から解放された安心感からなのか、赤ん坊が大きな声で泣き出した。
 「おお、おお! 可哀想に……」
 デーメーテールは手馴れた手つきで赤ん坊を抱き上げ、あやし始めた。
 「思い切って開けて良かったわね、コレー(ペルセポネーの幼名)。確かに私たちは女神だから、不可能なことはないわ。箱の中に閉じ込めたまま子供を育てることも、やって出来ないことはないけれど、やはり子供はこうして母親の腕と胸で抱いて、慈しみながら育てるのが一番いいのですよ」
 デーメーテールが赤ん坊を抱いて満足そうな笑顔を浮かべているのを見て、羨ましくなったペルセポネーは両腕を差し出しながら、こう言った。
 「お母様、私にも抱かせて」
 「いいですとも。この子はもともとあなたが預かった子ですからね」
 ペルセポネーはデーメーテールから慎重にその子を受け取ると、初めての感触に驚きながらも、幸福を感じた。
 「子供って軽いのね。そして温かい……私にも子供ができれば、こんな感じなのかしら」
 そのころには赤ん坊も泣き止んで、安心した寝顔を見せるようになった。その愛らしさが堪らなくて、ペルセポネーはその子に頬ずりをした。
 「可愛い……。私、この子を育てるわ。母親になって」

 「それでね、この子にはアドーニスって名前をつけたの。いいでしょ? 私達の子供にしても」
 水晶球の中のペルセポネーが言うと、
 「まあ、それは……わたしは反対しないけれど……」
 そのころにはハーデースも、その赤ん坊の愛らしさに心を奪われていた。なにしろ結婚してから数十年。二人の間には子供を望みたくても望めない事情があって、今まできてしまっている。だからいっそのこと他人の子を我が子として引き取ってもいいのではと、考えなかったこともなかったのである。
 「だけど、元はアプロディーテーが連れてきた子供なのだろう? そのうち彼女が連れ戻しに来るのではないかね」
 「そうね……でもそれまでは、母親の真似事でもいいから、育ててみたいの。駄目かしら?」
 するとハーデースはニコッと笑って、言った。
 「最初に言ったろ? 反対はしないって。明日はこっちに戻ってくるんだったね。番犬のケルベロスに噛み付かれないように、しっかりとその子を抱いて連れてくるのだよ」

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