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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2012年10月25日 22時25分16秒

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    つないだその手を離さない・2

     産褥分娩の女神エイレイテュイアが語ることには――エイレイテュイアの未来の伴侶たる、不和女神エリスの産んだ子供のうち、第5子のマケ―から第11子のアーテーまで、体の成長が止まってしまい、子供のままの姿をしていた。それをどうにかしてやりたいと、今までいろいろと試してきたのだが、すべて結果は出なかった。ところが最近、エイレイテュイアの一人息子(実はエリスの子)の恋神エロースが、人間の娘であるプシューケーと結婚したところ、それまで15歳の少年をしていたのに急に大人びてきて、妻との間に娘をもうけた今は18歳ぐらいの青年に成長を遂げた。これをエイレイテュイアとヘーラーは、
     「老いの止まる神々の中で育つより、身近に老いる(成長する)者がいれば、影響して成長できるのではないか」
     と、考えた。試しに、マケ―に人間の娘を侍女に付けたところ、それまで10歳ほどの少女だったのに、1年たった今は侍女の娘と同じ18歳ぐらいの女性に成長していた。
     それで他の御子たちにも試してみようということになり、エイレイテュイアはかつてエリスの恋人だった娘たちを主として、縁者である子供を侍女・従者として仕えさせてほしいと声を掛けていったのだった。
     レシーナーも元はエリスの恋人で、ペルヘウス王に嫁いでからもその関係は続いていた。エイレイテュイアの次に長く関係を持った女性と言える。
     ――アーテーとイオーは形式的な引き合わせが済むと、早速、庭で他の姉妹たちと遊び始めた。
     レシーナーはそれを二階のテラスから、エイレイテュイア自ら煎れたお茶でもてなされながら見ていた。
     「それにしても……どうして、エリス様の元恋人の御子達からお選びになったのです? 普通は……」
     レシーナーが言葉を濁すと、エイレイテュイアは苦笑いを浮かべて、ため息をついた。――伴侶の元恋人となんか、会いたくもないはずなのだが……。
     「マケ―がね……その人間の侍女――クレオって言うんだけど……好きになってしまったのよ」
     「まあ……」
     「それで、クレオが恐れ多いと言って、実家のエジプトに帰ってしまったの」
     「あっ、あの娘でしたか」
     直接話したことはないが、マケ―のもとに外国人の侍女がいることは知っていた。事情があって故郷を離れて流浪の果てにギリシアに来たと聞いていたが……。
     「エジプトには、同性愛の習慣はないのかしらね……まあ、このギリシアだって同性愛が普通になって来たのは、ここ最近だけど」
     「はい、エリス様のおかげで……それで今、マケ―様は?」
     「傷心のあまり引き籠り気味になってしまって……そうゆう危険性もあるから、従者になるものは同性愛に理解のある者にしようと思って」
     「それで、エリス様の元恋人の、その子供なら同性愛に理解もあるはずだと?」
     「そうゆうこと。実際、イオーはどう?」
     「聞いたこともありませんので……それに、あの子はまだ恋の経験はありませんし」
     「そうよね、まだ10歳だものね……」
     「できればアーテー様と同じ年の子を差し出せたら良かったのですが、うちの13歳の子は男の子なので……」
     「ヒューレウス王子ね。いいのよ、その子は王家の跡取りでしょう。もし、アーテーと恋愛関係に陥ってしまったら、国を捨ててこちらに婿入りさせるわけにもいかないじゃないの。その点、イオーならこの社殿の巫女になることに決まっているのだから、アーテーとの間に間違いが起きたとしても……先の事は分からないけど」
     「そうですね……」
     「この話を聞いても、母親として心配にならないの?」
     「何を心配する必要がございますか?」
     と、レシーナーは微笑んだ。「アーテー様は、私がご養育差し上げている姫御子様なのですよ」
     「ごめんなさい、愚問だったわね」
     そんな時だった。
     「また壊した!」
     庭から、そんな声が聞こえてきた。エイレイテュイアとレシーナーが見下ろすと、子供たちが騒いでいるのが見えた。

     「アーテーに貸すと、いつもこうなんだもの! だから貸したくないのに!」
     第6子(四女)の戦闘の女神ヒュスミーネーはそういうと、アーテーが持っていた人形をひったくった――首が取れ掛かっていた。
     「私だって、壊したくて壊したんじゃ……」
     アーテーは破壊を司っているがために、無意識に物を壊してしまう癖を持っていた。そしてヒュスミーネーも、戦闘を司っているがゆえに、ついつい喧嘩腰になってしまう。母親であるエリスも子供のころはそうだった。不和を司っているがゆえに、無意識に不和の種をまいてしまって、争わせなくてもいい二人を争わせてしまう。大人になればそういう癖も制御できるようになるのだが。――エイレイテュイアがエリスの子供たちを成長させたい一番の理由はこれだった。
     「もういいわ! 私、部屋に戻る!」
     ヒュスミーネーが侍女の手を取って行ってしまおうとすると、
     「お、お待ちください!」
     と、イオーが咄嗟に言った。「そのお人形、私が直します!」
     「え? あなた、直せるの?」
     「やらせて下さい。それで、直ったら、アーテー様を許してあげてください」
     イオーが懇願するので、怒りの熱が冷めてきていたヒュスミーネーは、
     「いいわ」と、人形をイオーに差し出した。「やってみなさい。そんな簡単に直らないと思うけど」
     イオーは人形を受け取ると、先ずは構造を知るために人形の服を脱がした……。

     「イオーは器用な娘なの?」
     と、エイレイテュイアが聞くと、レシーナーは答えた。
     「お裁縫は好きですよ。私と一緒に、良く刺繍をして遊んでいます。裁縫道具も持ち歩いております」
     すると、「へえ、それは好都合」と言いながら、部屋の中から出てきた人物がいた――鍛冶の神ヘーパイストスだった。
     「あら、ヘース。来ていたの?」
     「ええ、母上と姉上が面白い試みを始めたと聞いたので、様子を見に来ました。わたしも常々、アーテーの壊し癖は、その場に“直しの天才”がいればいいのではないかと思っていました。アーテーが壊したものを、その端から直して行けば……その適当な人材はいないかと思っていたのですが、ちょうどいい」
     ヘーパイストスは、イオーに向かって神力を送った。その途端――。

     『ひらめいた!』
     イオーは瞬時にそう思い、思いついた通りに針と糸を動かした。そうして……。
     「直りました!」
     おお! と、その場にいた姫御子と侍女たちは感嘆した。本当にしっかりと直っている。
     「これで、アーテー様を許してくださいますね」
     「う、うん……」
     ヒュスミーネーは答えると、恥ずかしそうに言った。
     「さっきはあんなに怒って悪かったわ、アーテー。あなたも、好きで壊してるわけじゃないのに……」
     「お姉様……」
     アーテーはやっと笑顔に戻った。
     「お詫びに、これあげるわ」と、ヒュスミーネーは人形を手渡した。「大事にしてね、アーテー」
     「うん、大事にする。ありがとう、お姉様!」
     アーテーの嬉しそうな顔を見て、イオーも笑顔になった。
     「良かったですね、アーテー様」
     「うん、ありがとう、イオー!」
     と、アーテーはイオーに抱きついた。
     「イオー、大好き! ずっと友達でいてね!」
     「ハイ、喜んで」
     
     「ありがとう、ヘース」と、エイレイテュイアは言った。「おかげで、アーテーとイオーの親密度が増したわ」
     「どう致しまして。わたしも姉上の弟として、また、エリスの友人の一人として役に立てて嬉しいですよ。あと、これを……」
     ヘーパイストスは、いったん部屋に戻って、二本の木刀を手に戻ってきた。
     「兄上(アレース)が言ってたんです。ヒュスミーネーとアンドロクタシアーは、司っているものが戦闘と殺人なのに、女の子らしい行儀作法ばかり教わっているから、ストレスがたまって喧嘩っ早くなってるんじゃないかって。わたしもそう思うんで、あの二人に剣術の稽古用に作ってきました」
     「剣術をやらせるの?……気が進まないわ。あんなに可愛らしい子たちなのに」
     「そうは言っても、エリスの子供たちですよ? ちゃんと基礎から教われば、剣豪に育つはずです。他人と喧嘩させるより、剣術で発散させた方がいいですよ」
     「恐れながら……」と、レシーナーも口を開いた。「私も、その方がよろしいかと」
     「あなたまで……」
     「ですが、エイレイテュイア様。想像してみてください。あのお二人が大人に――エリス様そっくりに成長あそばして、剣を振るっているお姿……なんて凛々しいのでしょう!」
     「ああ……あなたの中のエリスのイメージって、そういう“理想の王子様”なのね」
     「エイレイテュイア様は違うのですか?」
     「そういう面もあるけど、私には……」
     エイレイテュイアは、心を傷つけて弱くなっていた時のエリスを思い出していた。そんな彼女を、自分が全身を使って慰めた、あの夜……。
     「姉上……」と、ヘーパイストスは声を掛けた。「お顔がにやけてます」
     ハッ、と、エイレイテュイアは我に戻った。
     「そうね、あなた達の言う通りね」と、エイレイテュイアは誤魔化して、「ヒュスミーネーとアンドロクタシアーには、明日から剣術の稽古をさせるわ。ありがとう、ヘース。その木刀はいただくわ」
     「はい、どうぞ(^_^;)」
     と、ヘーパイストスは木刀を手渡すのだった。

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