新規登録がまだの方

下の[新規登録]ボタンを押してコミュニティに登録してください。

新規登録(無料)

登録がお済みの方はこちら

コミュ二ティポイントのご案内

詳しく見る

幸福の科学会員で教義上の疑問を解決したい

幸福の科学会員で教義上の疑問を解決したい>掲示板

公開 メンバー数:148人

チャットに入る

サークルに参加する

サークル内の発言を検索する

新しいトピックを立てる

サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。

閉じる

from: ueyonabaruさん

2009年10月17日 18時49分02秒

icon

偶然と必然

cpsmo77さんとhikaru0827さんとの表題の議論を傍からみさせてもらっておりました。偶然があるのかないのかは結論的なことは言えませんが、お二

 cpsmo77さんとhikaru0827さんとの表題の議論を傍からみさせてもらっておりました。

 偶然があるのかないのかは結論的なことは言えませんが、お二人の議論を聞く限り双方に同調できます。宗教的な考えかたからすればすべて原因がありその結果があるというのは普通の考え方ですね。

 宗教的な観点からはは偶然を否定したいものです。しかし、ことの起こった原因が分からないというのもあります。必然論が正しければ、それにも何か原因を見つけ出さねばなりません。

 原因が分からないというものでも、知らないところで何か原因があるのかもしれません。我々が原因まで行き着かないだけかもしれません。

 「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉もあり、聖書ルカ伝12章では「五羽のすずめは2アサリンオンで売られて売られているではないか。それにもかかわらず、神の前では、その一羽さえも忘れられてはいない。そればかりか、あなたたちの髪の毛も皆数えられている。・・・・・」などの言葉もあることから、宗教は偶然を嫌うように思います。

 偶然というものはあるのかどうかを理論的に証明することは私には不可能です。因果律が厳然としてあり、しかし一方その脇に偶然のもととなる偶然の嵐のようなものがあってそこからの風がこの世にも吹いてくることがあるという考え方は可能でしょうか。

 堅苦しく考えずに、その様な考え方も容認はできませんか。因果律と偶然を両方認めてしまうのです。お二人の議論を聞いていて、難しいテ-マなのでどうなるのかと見守っておりました。

 お二人の議論はさらに発展し、次に愛のテ-マに移ったように見えました。お二人の愛のとらえかたはどちらも正しいとしか言えません。社会主義的な考えかたと自由主義的な考え方の違いのようにも思えました。

 数年前アグネス・チャンさんがアフリカの地で慈善活動をやっている姿を描いたテレビ番組がありました。彼女はクリスチャンの愛の教えの実践家ですね。黒柳徹子さんもまたクリスチャンであり慈善事業家でもありますね。アグネス・チャンさんがアフリカの困窮した家の子供達を抱きしめる姿は感動させられます。クリスチャンの愛の行為の効用は何でしょうか。愛の感情を周りの人々に起こさせることかもしれません。もちろん、具体的な助けもありますが。

 10年ほど前から、年に一度はユニセフに寄付を行っております。ほんのわずかな金子ですが、ともかく実践だろうと思っております。我々幸福の科学の信徒もこの面でも頑張らねばなりませんね。


 あと、cosmoさんから、幸福の科学の雰囲気についてのお話もありました。私か見た幸福の科学の雰囲気を述べてみたいと思います。
 
 生長の家の雰囲気とは大分違うように感じます。皆さん常に頭の中には真理のことがあるのでしょう。道を求める修行僧のような切実さを会員の方々には感じました。これは買いかぶりでしょうか。逆に冷たい雰囲気と取られるかもしれませんね。私は、最初はなじめませんでした。

  • コメントする

    サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 283

icon拍手者リスト

from: hikaru0827さん

2010年03月29日 23時30分19秒

icon

「Re:Re:偶然と必然」
cosmo77さんへ

>それと メモ帳か何かで書いてから もう一度 よく編集してその後に 書込みいただけませんか?
>私はそうしてますが。

もちろん私もそのようにしていました。


>同様に もう少し協調的に ご対応いただくわけにはいかないものなのでしょうか
>つまり 一つの論理を作るために 協力していこう という思いと行いのことです

私なりに、cosmo77さんの考えと一致出来る部分を模索していたんですよ。
私が、「同意見です」「ここは意見が一致しました」「この私の言葉と、cosmo77さんの言葉は同じ意味ではないですか?」と、発言していたのはそのような意図があったからです。
Cosmo77さんが完全な「一つの論理」を目指されていたのなら、先は長そうです。

>私は ヒカルさんの ご発言をまとめたり サポートしたり いろいろしているつもりです
>でも ヒカルさんは ただコメント的反論をして 終わらすだけですよねえ

せっかくまとめていただくのに、その文章が私の考えと違うものになっている事が、殆どでした。私の文章が悪いのかもしれませんが、視点や、言葉の解釈が違う中で見えている景色が違っていたのでしょう。
序章の「・・・・・・と、ここまではよろしいですね」
と言われている時点で、もう「ちょっと違う・・・」も多かったです。


> > ●議論の目的
> >
> > 目的は…、
> > 「偶然や必然の真実に対する探究」
> > 「偶然必然の在り方に対する、認識確認や考察」
> > ではないのでしょうか。

> 私はそんな探求に興味あんまりないんですよ
> 申し訳ないんですが。。
> 何回も申し上げてますけど。
> フツーの人は こんなに執拗に 偶然を否定しないと認識してます
> といってもまわりの何人かと ここの方ですかねえ
> それは 何回も申し上げてますが
> 人生経験や世間の観察 幸福の科学教学 から そう思っているんだと思うんですね
> ヒカルさんの場合は
> 何か 執着のようなものがあるのではないのでしょうか
> ですから 最初から 私のメインの目的は
> よけいなお世話かもしれませんし僭越ですが
> ヒカルさんの 執着のようなものを 解き放つことなわけです
>
> これまで 何回も ヒカルさんは
> 偶然の存在は 精神的に耐えられない とか 納得できない
> とか 理不尽だ とか 言われてませんでしたっけ
> だから これだけ 長い議論が 続いてしまっている と私は
> 思っていますが。。
> 別にボクはぜんぜん 偶然を追求したいなんて思ってませんです
> また 偶然も偶然もどきも 厳密に区別する必要も感じてませんです
> なんで ヒカルさんはこんなに ムキになって反論さればかりし続けるんですか
> 議論を終わらしたいんですけどねえ
> いいかげんこんな議論に時間を費やしたくないんですけどねえ
> 正直なところ。
> どうでもいいですもんねえ こんなこと。
> 何かの学者さんでもない限りみんなそう考えると思いますけどね。


私に、執われがあるのかどうかは、私自身で正しく評価する自信はありません。
自助努力という考えを指向する傾向はあるとは思います。
中道であるよう自戒したいと思います。

「目的」や、言葉の「定義・解釈」が違う中では、新しい展開はなさそうですし、cosmo77さんが「どうでもいい」と思われているなら、この議論はここまでだと思います。
このあたりで幕をひきましょうか?

  • コメントする

    サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

icon拍手者リスト