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「哲学〜真理〜探求について」

「哲学〜真理〜探求について」>掲示板

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from: めるろ〜001さん

2009年10月26日 06時03分00秒

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タカギさんようこそ。

タカギさんようこそ。ここは、自由闊達な文章の中から、真理への道を探る部屋になります。管理人のHNの「めるろ〜」は、1995年から使い続けているHNで、

タカギさんようこそ。

ここは、自由闊達な文章の中から、真理への道を探る部屋になります。

管理人のHNの「めるろ〜」は、1995年から使い続けている
HNで、フランスの哲学者、モーリス・メルロー・ポンティから
採っています。

ここでは、少々漢字が違おうが、仮名が違おうが気にしないところです。
問題は発言者の意味を知ることが大事だと思うからです。
文字が大事なのではなく、文字の先が大事なのです。

それが本質になるからですね。
文字は入り口に過ぎません。

堅いことも書きますが、結構自由に書いていただければ幸いです。

管理人:めるろ〜001より

PS:
「001」は、マイクロソフトジャパンが勝手につけた数字です。
「一番最初のめるろ〜」という意味になるでしょう。
偽者がいたということでしょうね。

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from: タカギさん

2009年10月28日 13時51分55秒

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「Re:Re:Re:Re:タカギさんようこそ。」
>沙羅さん

人間の肉体が永遠ではなくて皆死ぬということは、もしかしたら全てが嘘かもしれません。私は、人間があるときになったら、キリスト教でいわれる最後の審判の時がやってきて生き返るのかもしれないと思っています。

ここが難しいところで、「人間は死んだらどうなるのか」わかりません。天国へ行くのか、地獄へ行くのか、無になるのか、いろいろな人がいろいろなことを言っています。他人の死は幾度となく見てきていますが、私の死はどうなるのか、肝心なところがわからないのです。

生きることへの喪失感は豊かさが生み出した産物ではないでしょうか。たしか統計によると、戦争中は自殺率が低いです。また、貧しい国の人々の自殺率も低いです。しかし、衣食住が満ち足りて豊かになり先進国になると、自殺率が高くなるようです。私はこれは贅沢病ではないかと思います。毎日の生活に何不自由なくなると、現代医学でも克服できていない「死」が怖くなります。そして、この恐怖に打ち勝つために宗教が顔を出してきます。しかし、日本人の場合、仏教、キリスト教、神道、新興宗教が好き放題に混じり合っていて、特定の宗教のみを信仰している人はほんの一握りです。死んだら漠然と、いいことをした人は天国へ行き、悪いことをした人は地獄へ行き、天国では先人と会うことができると何気なく思っているのが多数派の日本人ではないでしょうか。あまり深刻に死後のことを考えない人が多いです。

子供を産むことは人間至上主義に加担することです。よく、「エコ」という言葉を聞きますが、本当のエコは人間が地球から滅びることだと私は中島先生から指摘され、その通りだとうなずいてしまいました。地球から人間がいなくなれば、豊かな自然が復活することでしょう。

私は、哲学は方法を間違えなくても大変危険なものだと思っています。反社会性を濃密に含んでいると言ったらいいのでしょうか。哲学はどんな不謹慎なことであっても問い続けることを止めようとはしません。親しい家族を殺された人の前であっても、「なぜ人を殺してはいけないのか」と議論するのです。自殺社会である日本においては、毎日100人近くの人が命を絶っているのに、果たして自分だけが幸福に浸っていてもいいのか、とも哲学は問います。もし、100人のうち、10人だけでもいいから、彼らが自殺する様子を複数のモニターで見ることができるとしたら、私達はその様子を見ていながら耐えられるでしょうか。ましてや、私は幸せだと思えるでしょうか。

ニーチェが亡くなったのが1900年ですから、当時の精神医学では助けることは無理だったという知り合いの方がいうことについては賛同できます。1950年にクロルプロマジンという薬ができるまでは、統合失調症患者(旧名:精神分裂病)は精神病院内に閉じ込めておくしか対処方法がありませんでした。発狂してしまったらお終いという時代でした。それが現代医学の発展により、ハロペリドールなど新しい薬が次々に開発され、極端に重度でない限り、また、自分及び他人に危害を加えるおそれが無い限り(精神保健福祉法)、今では統合失調症患者を入院させずに、外来で薬物療法で対処できるまでになりました。統合失調症は脳内の神経伝達物質の病気と位置付けられるようになりました。ニーチェの時代と比較すると雲泥の差です。

「幸せになりたい為に、この世に生まれて来た」という願いや希望は、私の中では消滅したようです。ただ、毎日があり、ただ死なないから生きている、そんな感じです。

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