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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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  • from: エリスさん

    2007年04月25日 15時00分47秒

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    「露ひかる紫陽花の想い出・19」
     「だってあなた、違うのですもの。三郎が四条へ通うのは、まったく別の理由なんです」
     「……………へ?」

     三郎は、彩に勉強を教わっていた。
     「朋遠方より来る有り、亦楽し乎……」
     「亦楽しから不乎。……一字飛ばしましたよ、三郎殿。もう一度初めから」
     「ハイ。……子曰く、学びて時に之を習う……」
     三郎は二日おきぐらい、時には連日ここへ通って、彩の手ほどきを受けているのである。論語だけではなく、笛や琵琶といった雅楽も習い、彩の気が向けば歌合せなどもしていた。今では障子越しではなく几帳で隔てて会うようになっていて、お互いどんな香を使っているかなどもわかりあってきた。……だが、几帳で隔てても扇で顔を隠し、夏だというのに単だけでは透けるからともう一枚重ねて、更に小袿を羽織って接しているのは相変わらずだった。――普段は涼しい格好をしているのに。
     今日も濃い青紫の単襲に白の小袿である。――彩は白と紫という色の組み合わせが一番多かった。そして、それに相応しい気品の持ち主である。王族の血が流れているだけのことはある。
     三郎にとって憧れてやまない人であることもまた、変わりないことであった。だが。
     「では今日はこれまでにしましょう。少将、三郎殿のお相手を。私は少し休みます」
     彩は後ろの戸から他の部屋へと行った。自然に女房たちもついて行き、傍には誰もいなくなってしまった。
     多少は気まずいものの、以前よりは友達らしくなって、話題も増えてきた二人は、まず少将からこう言った。
     「さすがはお嬢様、私たちにはチンプンカンプンな文章を、あのようにスラスラと講じてしまわれるなんて」

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  • from: エリスさん

    2007年04月25日 14時35分20秒

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    「露ひかる紫陽花の想い出・18」
     彩は、池に渡してある橋の上を歩き始めた。
     「せめて、おまえが幸福でいる姿を見ていたいのよ、少将。おまえは私の大切な〈妹〉ですもの」
     そう言って、振り返った彩の容貌が、不思議と美しく見えた。


                  第 二 章

     常陸の守の三男坊が四条の屋敷に通うようになった、という噂は、女房たちを伝って内裏(皇居と政務を執る省庁がくっついた建物)にまで聞こえてきていた。ただ、どうゆう関係なのかということはあまりハッキリせず、この事を耳にした人の中には、面白く思わない人もいたようである。
     父である常陸の守もこの噂を聞いて、妻である楓に尋ねてみるのだった。
     「そんなにしょっちゅう通っているのか!?」
     「ええ、もう夢中になって。良い傾向でしょうかねェ」
     「何が良い傾向だ。嘆かわしいではないか!」
     「あら、どうして?」
     「考えてもみろ、四条の、あの三位の中将の娘御と言えば、源氏の大臣の総領の君(跡継ぎ)がご執心という御方ではないか。聞けばなかなかの才女で、男であったならばさぞかし、博士たちも舌を巻いたであろうとまでの評判。第一、そのお相手というのがまた問題だ。物語に出てきた光る君(光源氏)もかくやと言われた先々帝の皇子の、その御曹司ぞ。それはもう、お父君に似てお美しい御方で、女官たちなど片思いに胸を破裂させておるわ。教養も嗜みも申し分なく、上の姉君は帝の寵姫である女御(皇后に次ぐ帝の妻)、下の姉君も尚侍(ないしのかみ。賢所に勤務する女官。女御とほぼ同等の身分。天皇の宣旨、事務一般を受け持つ)になると言う。それだけ勢力のある家柄の御方が恋敵では、いくら三郎が、仙女がさらって行きそうなほど可愛い童とは言っても、太刀打ちできるものかッ……可哀想に三郎よ、なぜ雲の上の御方になど恋してしまったのだ。ああ、あの子が哀れでならぬゥ!」
     常陸の守の親バカぶりに、楓はおかしくなって笑い出してしまった。
     「何を笑っておるのだ、薄情な! そなたそれでも母親かッ」

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  • from: エリスさん

    2007年04月25日 14時13分34秒

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    「露ひかる紫陽花の想い出・17」
     そんな様子に、彩が微笑む。
     「やっぱり良かった、あの子に恋をしなくて」
     「お嬢様、それじゃやっぱり……」
     彩は黙ったまま立ち上がると、
     「月を見ない? 今宵は綺麗な三日月よ」
     といった。誰もいない所で話をしよう、という意味である。
     庭の池まで行き、空に浮かぶ月と、池に映る月とを見比べる。
     月を眺めるのは忌むべきことだと言われている。だが、彩は月を眺めるのが好きだった。
     「まるで自分の心を見透かされているようだわ」
     少将は、そんなことを言う主人の顔を見つめていた。
     「私が本当に欲するものは、容易く手に触れることのできない高処(たかみ)にあって、ただ眺めることしかできないの。そして、代わりに手に入れようとしたものは、こんなに近くにあるのだけど、所詮は偽物。いくら見た目は美しくても、到底本物には適わない」
     彩は石を拾って池に投げ込んだ。
     光がゆらめく……二人はそれをじっと見つめていた。
     少将は池を見つめたまま言った。
     「高処の月が若君で、池の月が三郎殿ですか?」
     「気を悪くした?」
     彩が悪戯っ子ぽく微笑みながら言うと、少将は慌てて弁解した。
     「なぜ私が気を悪くなど。あんな無礼な人、池の月どころか、水に浮かんだ油ですわ」
     「私にはなにも偽らないで、少将。おまえの好みぐらい分かっているわ。あの子みたいに素直な子、好きでしょ?」
     「そ、そんなッ」
     ムキになるとますます可愛い――と、彩は思った。
     「もし本当に好きなのなら、助力は惜しまないわ。まだこの家は、一人や二人養うことぐらいできるもの。――おまえの後見ぐらい、いくらでも」
     彩はそう言ってから、付け加えた。「もし、だけれど」
     「お嬢様……」

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  • from: エリスさん

    2007年04月11日 15時17分19秒

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    「露ひかる紫陽花の想い出・16」
     彼女が持っている扇が、少し古いのに気づいた三郎は、子供のころにでも使っていたものかな? と思いながら、懐にしまっていた包みを差し出した。
     「やっぱり不自由をさせてしまっていたね。早く返そうとは思っていたんだけど……君の扇だよ」
     「あら、良かったのに。返していただかなくても」
     「でも、いつまでもその扇じゃ困るだろ。彩の君様の女房(侍女)として」
     彩の名前を出されては無下にも断れず、片手で失礼して包みを受け取ることにした。
     「ありがとうございます、三郎殿」
     「また来るよ……って、お嬢様に伝えておいてね」
     「ハイ」
     三郎は軽々と馬に飛び乗って、手を振りながら帰っていった。


     三郎から受け取った扇を広げて、眺めてみる。
     あの時の扇とは別の物だった。真新しく、少々高価なものらしい。受領をやっていると物持ちになる者もいるらしいが、それにしても三男である。三郎にとっては苦労して買い求めた品に違いない。
     それを、少将に。
     『まだ幼い、子供だと言うのに……ませたことをするのね』
     少将は思ってみたが、何しろ初めてのことなので、多少なりとも胸が高鳴って戸惑いを覚えてしまう。
     そこへ、衣擦れの音が聞こえてきて、衣に焚き染めているのだろう荷葉(蓮の花)の香の匂いが漂ってきた。
     この匂いは、と思ったちょうどその時、几帳の向こうから声がかかった。
     「少将は戻っていて?」
     彩が立っていた。
     「まァ、お嬢様!?」
     ここは何人もの女房たちが几帳や衝立で区切って使っている部屋である。主人である彩が滅多に顔を出す所ではなかった。
     「御用でしたら、こちらから参りますのに」
     少将が言うと、
     「それでは不意をついておまえの様子を見ることは出来ないでしょう」
     と、彩は几帳を少しずらして中へ入ってきて、座った――視線は少将の前に置かれた扇に注がれている。
     それに気づいた少将は、慌てて扇を閉じてしまうのだった。
     「三郎殿から?」
     「……ハイ」
     恥ずかしそうに答える少将が可愛い。
     「あの子に本名を聞かれたそうね」
     「な、なんでそのことを!?」
     「こんな小さな屋敷なのよ。誰かしかが聞き耳を立てているわ」
     それじゃもう皆が知っていることなのだ、と少将は気づいて、ますます真っ赤になってしまった。

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  • from: エリスさん

    2007年04月11日 14時26分09秒

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    「露ひかる紫陽花の想い出・15」



     三郎は少将に送ってもらいながら、言った。
     「ねェ、君の名前教えてよ」
     だから少将も答えた。
     「滅多に教えられるものではないと、前にも言ったでしょう」
     「分かってるよ。名前には魂が宿るもの、悪用されたりしたら困るものね」
     「分かっているのなら聞かないで」
     「でも僕は悪用なんかしやしないよ」
     「では、どうしたいの?」
     「呼ばい(夜這い)に行ってあげる」
     少将は恥ずかしさと怒りとで顔を赤くしながら、振り返った。
     「もっと悪いッ!」
     「なんでさ。男が女に求婚するのに、何がいけないって言うのさ」
     「求婚の意味があなたに分かってるの? 一生の問題なのよ」
     少将は言うと、また前に立って歩き出した。
     すると、三郎は立ち止まったまま言った。
     「僕は石上直人(いそのかみ の なおひと)」
     少将の足が止まる。
     「僕の名は直人。こちらの尼君の諱(いみな。貴人の本名)の一字をいただいたんだ。嘘じゃないよ」
     「……どうして……どうして……」
     少将は驚きで声が出ないといった感じだった。
     「どうして本名を教えたのか、って言いたいの?」
     三郎は言いながら歩み寄ってきた。
     少将は首を縦に振ることしかできない。
     「君には知ってもらいたいから。だって、なぜか忘れられないんだもの」
     今度は恥ずかしさだけで赤くなってしまう。
     「あのさ、だから……」
     相手が紅潮しているので、つられて赤くなってしまった三郎は、少しもじもじしながら言った。
     「元服して、冠位をもらったら……妻問い(夫として女性を訪ねて行くこと)しても、いい?」
     しばらくの沈黙。
     少将は、その場を逃げるように足早に歩き出した。
     「その時になったら、考えてあげるわ」
     ――三郎の従者が、馬を出して待っている。
     少将は扇で顔を少し隠して、三郎を見送ることにした。
     「道中お気をつけて」


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  • from: エリスさん

    2007年04月11日 14時25分18秒

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    「露ひかる紫陽花の想い出・14」



     三郎が帰ったあと、彩は紫陽花を眺めようと庭の傍まで出ていた。
     先ほどのことを思い出して、クスクスと笑ってしまう。
     『やっぱり駄目だわ』
     無理に結婚しようとして焦っていたが、考えてみれば相手は六つも年下で、ただただ可愛いばかり。恋心など起ころうはずもない。末に生まれた者にありがちな、幼くて小さなものを可愛がる、そんな気持ちしか起こらない。
     自分にとっての少将のような、弟をもう一人持ったと思えば良い。
     『それに結局、私は他の人に心を移すことなどできないのだもの……』
     そう思った途端、気持ちが沈む。
     愛してはならぬ人を愛した――愛された。言わば、物心ついた時からの恋。
     『これが宿命なのかしら』
     知らず知らず、唇が動く。
     「……源の……中将……」
     頬に風があたる。
     ハッとして、彩は我に返った。


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  • from: エリスさん

    2007年04月11日 14時24分35秒

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    「露ひかる紫陽花の想い出・13」
    しばらく話をしたあと、三郎は手習いで書いたという唐詩の写しを見せてくれた。
     「まあ、これは……」
     十二歳の少年が書いたとは思えない程、立派な筆跡である。末は大変な能書家になるのでないかと、楽しみになってきた彩は、
     「どなたに習いましたの? お父上の常陸の守殿かしら?」
     と、少々興奮気味に言った。
     「初めは父に習いました。でも七つの時からは、常陸の国の屋敷の近くにお寺がありまして、そこの住職様に師事しました……僕の字は、如何ですか?」
     「とても素晴らしいですよ。でも……あなたは、日本人が作る唐詩がお好きなの?」
     「そういうわけではないのですが、でも、その詩の作者には、とても興味があります」
     「まあ……」
     いったいどんな唐詩が書いてあるのだろう、と傍にいた少将が不思議そうな顔をしていたので、彩は少将にも見せてあげた。
     「懐風藻(かいふうそう)」の一番最初に載っている、大友皇子の唐詩だった。
     「大友皇子――浄御原(きよみはら)の帝と帝位を争って敗れた、悲劇の皇子ですね」
     「いいえ、皇子ではなく、既に帝となっていた、とも言われています」
     「ああ、そうそう。そんな言い伝えもあったわね。三郎殿は歴史もお好きなのね」
     「はい。特に、本当のところはどうなのか、と疑問を持ってしまうような歴史を、探って探って探り出すのが好きなのです。僕は知りたいんです。真実の歴史を。その為に学んでいるんです。だから、学ぶことが大好きなんです」
     「良いことですね、目標を持って勉学に勤しむのは。私も父に講義を受けていた頃は、歴史の勉強が一番好きでした」
     そう言うと、彩は衝立障子の横に座っている石楠花に、三郎の手習いを渡した。石楠花はそれをいざって(膝で歩く動作を「いざる」と言う)行って、三郎に返した。
     「では、これから心行くまで歴史の話を致しましょうか? 三郎殿。私の話は難しいですよ、覚悟はよくて?」
     「ハ、ハイッ」
     三郎の嬉しそうな声が、微笑ましかった。

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  • from: エリスさん

    2007年04月11日 14時23分41秒

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    「露ひかる紫陽花の想い出・12」
     彩は今まで着ていた薄衣(夏なので透けて見えるような服を着ている)を脱いで、単襲(ひとえかさね。裏地のない衣が「単」、「襲」とは重ねること。単を二枚重ねて着ることである)に、青味がかった紫の小袿(こうちぎ。夏の上着)に着替えた。
     気に入ってもらわなくては……と、彩は思っていた。あの方のためにも、他の人の物にならねばと。しかし、男の心を惹きつけるような薄衣から、少々お堅い服に着替えるところなど、半ば心を開いていない証拠かもしれない。
     三郎は、少しの間だけ尼君の方へ顔を出すと、彩を訪ねてきた。
     「この間は紫陽花の花をありがとうございました。しかも今日はこのような親しげなお席に招いて下さいまして……」
     三郎が言うと、
     「母同士が姉妹の約束をしているのです、その子供である私たちも仲良うするのが良いかと」
     と、彩は答えた。
     「では、彩の君様のことを姉君と思ってもいいのですね」
     姉、という言葉に、一瞬心が痛んだ。
     「僕は男兄弟だけの中で育ちましたので、姉か妹が欲しかったのです。良かった、叶うはずのない夢が叶ってしまいました」
     「……そうね」
     と、彩も言った。「私も弟が欲しかったのです。父が死に、母が俗世を捨てた今、叶うはずのない願いでしたが……」
     『そうよね、この子は私をそういう風にしか見られないのだわ』


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  • from: エリスさん

    2007年04月11日 14時22分51秒

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    「露ひかる紫陽花の想い出・11」
     秀才といわれた父に良く似た彩は、その容貌まで――美しくない容貌まで父に似てしまって、幼いころから劣等感を持っていた。それに対して兄の高明は、美女と称えられた乳母の尼君に良く似て美しい容貌をしていたので、身分違いであるのに大臣家の姫と恋をして、とうとう親の目を盗んで任地へ伴ってしまった。
     いくら受領階級に落ちたとは言え、藤原氏の分家、母方は王族、兄の地位さえ上がれば大臣家と姻戚になっても、他人の誹(そし)りを受けることはない。そうでなくても、彩は源氏の若君に熱愛されて、それは誰もが知っていることである。結婚しても世間は納得するだろう。
     『だけど、私の心が許さない。これから源氏の家を盛り立てていかなければならないあの方に、私のような妻がいては、後々どんなことがあるか……』
     せめて、母親似であったなら……と、思わずにはいられない。あの方に相応しい美姫として生まれていたならば、身分もなにも考えに入れずに、あの方のもとへ嫁いでいけたのに。
     どうすることもできないことを、彩はずっと考え込んでいた。


     彩と少将が碁を打っている時だった。
     先駆け(これから訪ねて来ることを知らせる使者)が着いて、常陸の守の三郎が訪ねて来ると告げた。
     「尼君さまにではなく、お嬢様にお会いになりたいそうでございますよ」
     女房の一人・石楠花(しゃくなげ)が伝えると、
     「では仕度をなさい。席を設えて」
     と、彩はその場を立った。
     そして、こうも言った。
     「お席は衝立障子(ついたてしょうじ)越しに」
     その場にいた皆が驚いて、一瞬動きを止めた。皆の様子に気づいていつつも、彩は平然と少将を連れて隣室へ入っていった。
     少将は、信じられない、という気持ちを隠しきれずに着替えを手伝っていた。元服前の童とは言え、源氏の若君以外の男性と同室で会うなど(普通は二つの部屋を簾などで仕切り、それぞれの部屋に入って対面する。もしくは、男性が縁側、女性が簾を降ろした部屋の中で対面する。これを「御簾越し」という)、人に顔を見られるのを極端に嫌う彩が、そうでなくてもこの時代の女性は異性に姿を見られるのは忌むべきことだと考えられていたから、そんな間近で会うなんて事は、有り得ないことなのだ。
     だが現に、彩はそうしようとしている。


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  • from: エリスさん

    2007年04月11日 14時22分06秒

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    「露ひかる紫陽花の想い出・10」



     「添い伏し?」
     彩が聞き返すと、尼君は言った。
     「身分柄そういう言い方はしないだろうけど、結果的には同じことみたいよ」
     添い伏しというのは、皇太子や親王など王族の子息が元服するときに、添い寝する女性(年上が多い)を指す。つまり、妻である。
     「三郎殿はまだ十二歳ぐらいでございましょう? それなのに、元服したらすぐに結婚させるのですか?」
     「楓なりの……楓と常陸の守なりの考えがあってのことなのよ。三郎君は家を継ぐことはできないから、早いうちに後見人をつけた方がいいでしょう」
     「つまり、妻になる人の実家の財力をあてにして……」
     「良くあることよ。うちはたまたま、男一人、女一人と生まれたから、財産は高明(たかあきら。彩の兄で、伊予の守)、屋敷はおまえに譲ることができたけど、子供の多い家はそうやって、行く末を案じて親が苦労するものなの」
     「親の苦労は私たち子供にとって、とても有難いものですわ。でも、三郎殿はどう思っているでしょうか」
     「親が勝手に決めた妻を押し付けられては、可哀相だと言いたいのでしょう」
     おっしゃる通り、と言わんばかりに彩が微笑む。
     「無理に押し付けることはしないそうよ。三郎君が気に入って、相手も三郎君を盛り立てていけるような人ならば、財力も何もなくてもいいそうよ。――つまりは、早いうちに身を固めて、落ち着かせたいのね。財力云々は、あればいい、なのよ」
     「それならば悪い話ではありませんね」
     「そうでしょう?……おまえ、その気はない?」
     思ってもみない言葉に、一瞬驚く。だが彩はしばらく考えて、ため息をついた。
     「それで私にこの話をしていたのね」
     「殿(夫)が生きていらっしゃれば、このような縁談を持ち出しはしませんよ。でも、殿は三位でこの世を去ってしまわれたし、高明は一介の国司。――私たちは言わば受領階級。だからと言うわけではないけれど、お相手も受領の子弟が身分相応ではないかと思うのよ。三郎君は年下ではあるけれど、なかなかしっかりとした子のようだし、おまえの相手として不足はないのではなくて?」
     「……そう、ね……」
     尼君の言いたいことはわかっていた。源氏の若君からの求婚を受けないのならば、早く他の人と身を固めた方が、若君も諦めてくれるだろうし、婚期を逃してしまっては世間にどんな噂を立てられるか知れないからだ。
     「考えてみるわ、母上」
     「じっくり考えなさい、彩……刀自子。おまえの人生なのだから。急ぐことはないわ」
     尼君が行ってしまうと、彩は脇息(家具の一つ。肘掛)に寄り掛かりながら、一人で考えていた。
     『私が誰かのものになれば、あの方は諦めてくれるかしら……?』



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