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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜>掲示板

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  • from: エリスさん

    2012年03月30日 12時39分07秒

    icon

    「夢のまたユメ・47」
     「実はついさっきまで、小林さんと桂木さんに会って来たの」
     紗智子は百合香の隣に座って、そう言った。
     「小林さん……って、小林佐緒理(こばやし さおり)さんですか? 朝日奈(印刷)の?」
     と百合香が聞くと、
     「そうよ。あなたにパソコンのイロハと、校正技術を教えた人でしょ? あなたによろしくって言っていたわ」
     「ええ、とてもお世話になったんです。お元気でいらっしゃいましたか?」
     「元気よ。あなたが会社を辞めたこと、本当に残念に思っていたわ。あなたは本当に優秀な人だったのね」
     「佐緒理さんのおかげです。……それで、かつらぎさんと言うのは?」
     「ああ、そうか……桂木というのは今の姓で、旧姓は森口さんよ。森口香菜恵(もりぐち かなえ)さん」
     「香菜恵さん!? どうして……」
     「許してね。翔太の妻になる人には一点の曇りがあっても困るの。だから、調べさせてもらったわ、あなたの過去を」
     「なんだよ、それ!!」と翔太が咄嗟に怒った。「聞いてないぞ、そんな話! なにを勝手なこと……!」
     翔太はそこで言葉を切った――百合香が彼の方を向いて、膝に手を置いたからだ。
     「いいのよ、覚悟していたわ」
     「リリィ! だって……」
     「あなたの立場は十分理解してる。この家に上がって、ますますね。私みたいな庶民が嫁げる家柄じゃない」
     「何言ってるんだよ! 第一、リリィの家は庶民どころか旧家じゃないか!」
     「それは父の実家よ」
     「だけど!」
     そこで「ちょっと待って」と紗智子が笑顔で二人の間に割って入った。
     「とりあえず、百合香さんがどういう家の出身かはまだ知らないけど、私が調べた限りでは、百合香さんは翔太に相応しくない相手ではないと思うわ。とにかく私の話を聞いてよ」
     紗智子が――というより、翔太以外の長峰家の人々が疑問に思ったのは、印刷業界大手の朝日奈印刷を、どうして百合香ほどの有能な人物が退職し、しかも今はパートアルバイターをしているのか…‥ということだった。
     百合香は入社から六年間は編集機部門にいた。出版物を作る際、文字を入力しながら頁ごとにレイアウトしていく部門である。ここで作られた版下がフィルム加工部門に移り、何工程もの手順を踏んで大きなフィルムが作成されて、そのフィルムから金属板に撮影されたものが刷版となり、その刷版を印刷機にはめ込んで、水と油の原理を応用して紙に印刷される――印刷の工程をざっと説明するとこうなるが、早い話が百合香は印刷に関わる最初の工程の部門にいたわけである。
     そこで百合香には好きな人が出来た――伊達成幸(だて しげゆき)という彼は、見た目こそ中学生ぐらいの背も小さければ顔だちも幼い青年だったが、歳は百合香の一つ上だった。子供のころの山での事故で大怪我を負い、体の成長が止まってしまったのである。だからこそ百合香も好きになれたのだが。
     その伊達と交際していたのが森口香菜恵だった。香菜恵は百合香にとっても尊敬できる先輩だったので、百合香は二人の交際を温かく見守り、決して二人の間に割って入ることはしなかった。――後に百合香は翔太にこう告白する。
     「実は香菜恵さんのことも好きだったのよ。むしろ伊達さんよりも……ほら、私、お母さんに男性との交際を禁じられてたから、自然に男性よりも女性の方が好きになりやすかったのよね」
     香菜恵の親友である小林佐緒理は、そんな百合香の健気さに気付いて、いろいろと面倒を見てくれていた。入社当時はワープロ専用機しか使えなかった百合香が、パソコンを使いこなせるようになったのは彼女のおかげで、同時に校正の基礎も叩き込んでもらった。
     伊達と香菜恵との交際が進んで、そろそろ結婚したら? と同僚たちからも勧められるようになった頃、香菜恵は突然、別の男性と結婚することになった。
     一方的に香菜恵が別れを切り出して、しかも今まで話題の端にも上がらなかった男との結婚だった為、伊達と香菜恵はかなり険悪になって――百合香も初めて香菜恵に意見した。
     その言い争いの最中、香菜恵が階段から落ちた――目撃者は伊達だけだったが、三人ともそのことについては何も語ろうとはしなかった。
     社内では「百合香が香菜恵を突き落した」「いや、突き落したのは伊達だ」とさまざまに噂がたったが、香菜恵の退職後、百合香が印刷校正士として印刷部門に転属になったことで、その噂は前者だったということで納まってしまった。
     「でも、実際は違うんですってね」
     紗智子がそういうと、百合香が悲しそうに笑った。
     「でも、私がいけなかったのは事実です。香菜恵さんが、自分が妊娠していることを告げたので、“誰の子なんですか!?”って問い詰めてしまったんです。そしたら、自分から階段を落ちて……流産しようとしたんです」
     「でも、しなかった。ちゃんと産まれたそうよ、その子」
     「はい、聞いてます……伊達さんの子供ですよね」
     「そう言ってたわ。ご主人はそれでも構わないと言っているんですって。とにかく、ご主人は美しい妻が欲しかっただけだから、生まれてきた娘が本当は誰の子か、なんて興味がないんだそうよ」
     「……どうゆうことですか?」
     「香菜恵さんは好きでもない男と結婚したのよ。父親の会社の借金を肩代わりしてもらう代わりに。そうするしかなかったんですって。だから、恋人の伊達さんにも、あなたにも、本当のことは告げずに、自分が悪者になったのよ」
     初めて聞いた驚くべき事実に、百合香は言葉が出なかった。
     『自己犠牲……そう、香菜恵さんそういう人だった』
     百合香がそう思いながら黙っていると、紗智子は言葉を続けた。
     「でも落ち込まないで。香菜恵さんって強い人ね。大富豪の妻に納まった今は、自分で事業を立ち上げて、バリバリ働いてるわ。今日もどうしてこんな、あなたが尋ねて来るって分かってた大事な日に、私が会いに行ったかと言うと、今日しか会える日がなかったのよ。これからブラジルまで買い付けに行くんですって」
     「ブラジル……」
     「あなたに香菜恵さんから伝言よ。〈私はもう大丈夫だから、あなたはあなたで幸せになってね〉ですって。……あっ、ちなみに伊達さんは実家の宮城に帰ったそうよ」
     「え? そうなんですか?」
     「あなたが会社を辞めて、その一か月後ぐらいですって」
     「そうですか……」
     「というわけでね、お父さん、おじいさん」と紗智子は父と祖父の方を向いた。「百合香さんが転属になったのは、彼女に不都合が起こっての左遷ではないんですって。小林佐緒理さんの話では、印刷部で印刷ミスが多発するようになって、そんな時期に校正士を務めていた人が定年退職することになったから、小林さんの一番弟子である百合香さんに白羽の矢が立ったんですって」
     「うん……その後の活躍は、わたしも実際にこの目で見ているよ」
     と、勝幸は言った。「その人事は実に正しかったことになる」
     「ではいったい」と勝基は言った。「なぜ、会社を辞めたのかね?」
     「それは……」と百合香が言葉を濁すと、翔太が身を乗り出した。
     「リリィは自分を守るために辞めたんだ! そのまま会社に残っていたら、汚されていたかもしれないから!」
     「汚される?」と真珠美は聞き返した。「どうゆうことなの?」
     「ああもう……」と紗智子が割って入った。「そのことについても、小林さんに聞いてきたから。あんたはエキサイトするから黙ってなさい」


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  • from: エリスさん

    2012年03月22日 19時56分54秒

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    m(_ _)m

     ブログを読んでくださってる皆さんは、もうご存じのことと思いますが、明日のネット小説「神話読書会」と「恋愛小説発表会・改訂版」はお休みします。
     ここ数日、具合が悪すぎて、全然原稿が進みませんでした。また、土曜日からの仕事のことを考えると、明日は安静にしているべきだと判断しました。
     それなので、申し訳ありませんが、明日は休ませてください。

     詳しい事情はブログで。
    「淮莉須部琉の隠れ家」http://www.c-player.com/ae11607

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  • from: エリスさん

    2012年03月16日 11時55分51秒

    icon

    「ようこそ!BFWへ・6」
     「まったくと言っていいほど、生気がございませんね、御祖(みおや)」
     エリスはそう言いながら、御祖の体を自分に寄りかからせた。「いったい何があったのですか?」
     エリスの声掛けに、御祖はうつろな瞳のまま辺りを見回し、郁子のいる方向で目を止めた。
     「ご懸念無く、あれは北上郁子です。あなたのもう一人の分身の……」
     郁子はその場で正座をして、頭を下げていたが、もう一人の分身と言われて恐縮した。そんなこと、自分でも気付いてはいたが、姉である佐保山郁や他の五大女王の手前、口にすることができない。それなのに、枝実子――エリスは何の気兼ねもなく言えてしまう。それこそ、エリスが一番御祖に愛されているがゆえである。
     「言わば、この場には“自分”しかいない。だから、何を口になされても良いのです。さあ、吐き出してください。何故(なにゆえ)に御心を閉ざされたのか」
     すると御祖は、すうっと右手を挙げて、空を指さした――そこに、映像が浮かんだ。二人の人物――男女が、桜が咲くベンチの下で楽しげに語らっている姿が。その男の方は朝井洋伸に良く似ていた。
     「殿御の方は御祖が片思いをしている方ですか? そして女性(にょしょう)の方はその方の恋人……いいえ、妻、ですね。彼はもう決意を固めている」
     エリスの言葉に御祖はうなずいた。
     「なるほど、恋しい殿御が他の女性と夫婦となることが決まって、それで御心を閉ざしてしまわれたと」
     エリスがそう言うと、御祖は右手を降ろして、空の映像を消した。そして左側へ倒れてしまおうとするので、すぐにエリスが抱き寄せた。
     「お逃げにならずとも……恥ずかしがることはない。良くある話ではございませんか……あなたの場合、度が過ぎてはおりますが。きっとあなたはこう思われたのでしょう。自分の年齢から考えても、これが最後の恋になる。この恋を逃がしたら、後はもう老いて朽ちるまで一生独身だと……違いますか?」
     すると御祖は自分の右手のすぐ傍にあったエリスの左足の腿を叩いた。――そうだけど、はっきり言わないでよ、という意思表示だった。
     「そう……それにもうそろそろ子供の望めない年齢になってくる。子供の産めない自分に、女としての価値があるのかと、そうも思われましたね?」
     エリスが遠慮なく本心を見抜いていくので、御祖はエリスの左足をつねろうとした――が、その手をエリスが掴んだ。
     「あなたは愚かだ、御祖の君。まだまだ恋はできるものを。確かに、子供を作るにはあと5年が限界でしょうが」
     エリスがそう言うと、「そんな!」と郁子が思わず顔を上げたが、そんな彼女をエリスは笑顔で制し、また御祖に語りかけた。
     「子供など、実子でなくともいくらでも授かる方法はあるのです。ましてや、さまざまな理由で両親を失う子供が多くいるこの世の中で、何を小さなことで悩んでおいでか。いざとなったら誘拐でもなんでもなさればいい。そうゆう物語もありましたでしょう」
     『なんて大胆な……。どこのゴールデンドラマですか』
     と郁子は思ったが、口には出さなかった。
     エリスはさらに語り続けた。
     「恋とても、まだまだ仕掛ければ宜しいのです。失恋を癒すには新しい恋をするのが一番良い。偽りでもよい、あなたの好みに合う殿御に恋を仕掛け続けなさい。そうすれば、いずれ真の恋に変わりましょう。……それでも癒されないと仰せなら……」
     エリスは握っていた御祖の右手を開かせて、天へ伸ばした。
     「物語の中で恋をなさればよい。ペンを持ったあなたは無敵です。どんな恋愛も、どんな世界も描くことができる。数限りない夢を創造し、数限りない人物を――我々を、生み出すことができる。分かっておいでですか? すでにあなたは、我々の母なのですよ」
     すると、御祖の唇が微かに動いた。声は発しないまでも「は……は……」と。
     「その結果、生涯純潔を通すことになったとしも、良いではありませんか。それもまた尊い生き方です。そう、巫女になられたと思えばいい。文学の神に仕える巫女に――世が世なら、あなたは一族の長女として斎姫(いつきひめ。その昔、有力氏族の長の一番上の娘が任命された、氏神に仕える巫女)にならなければならなかったのですから」
     郁子は気付いた――それは片桐枝実子が背負っている運命そのものだった。エリスは、御祖が描いた片桐枝実子の運命こそが、御祖の生きる道なのだと説いているのだ。自分にその過酷な運命を背負わせた代償として、あなたも背負って見せよと……。
     その覚悟がないのなら、後は消えるのみ。
     『枝実子さん、こんなの説得じゃないわ。こんなの……』
     郁子がそう思っていると、エリスはフッと笑った。
     「少々余計なことを申しました……」
     エリスは御祖から手を放すと、ゆっくりと立ち上がり、片桐枝実子の姿に戻った。
     御祖は、もう倒れなかった。自分の力でちゃんと横座りが出来ている。
     「でも、これだけは言えます。私たちは……Bellers Formation Worldの住人達は、あなたを愛しています。我らが御祖の君、あなたが居るからこそ、私たちは生きられる。だから……生きてください。心を閉ざさないで!」
     御祖は何も答えなかった。その沈黙が長かったので、枝実子は背を向けて歩き出そうとした。その時……。
     「……枝実子……」
     枝実子とまったく同じ声が聞こえた――御祖が顔を上げていた、凛とした目つきで。
     枝実子は振り向いて、声の主に言った。「はい、御祖」
     「新しい物語が浮かんだわ。聞いてくれる?」
     枝実子は御祖の前に戻ってきて、彼女の手を取った。
     「はい、聞かせてください」


     ステージでは、もう少しで芸術学院生たちの舞台が終わろうとしていた。郁子の代役の竹林愛美子も例の振り付けを女優魂でこなし、あとは最大の見せ場、ラストの郁の「スロー3回転アクセル」である。
    本当は郁が郁子を舞台中央に向かって放り出して、その勢いで前向きに踏み切った郁子が3回転半ジャンプで舞台中央を通り過ぎ、ほぼ舞台端で着地して、反対側にいる郁と左右対称で舞台中央に手を翳す――という振り付けなのだか、初めての人間にスロージャンプ(もとはフィギュアスケートの技である)は難しすぎるので、建が郁を放り出す振り付けに変えたのだった。
    本当は郁にもこの役は難しい。自分はいつも放り投げる立場なので、練習で何度か試したことはあるが、3回転半も回れないし、飛距離も出ない。それでも、やるしかない! と思っていた時だった。
    「姉さま!」
    郁子が走ってきた――真っ赤なチャイナドレスも着ている。
    「アヤ! あなた……」
    「話は後です、姉さま」
    郁子はそう言うと、建とハイタッチしてパートナーを交代してもらった。
    「さあ! 投げて!」
    「OK!!」
    郁に放り投げられて勢いをつけた郁子は………。
    高さ、飛距離ともに申し分ない素晴らしさで、観客を魅了したのだった。


     すっかり回復した持田沙雪に、枝実子は歩み寄った。
    「〈雪原の桜花の町〉町長・持田沙雪殿……あなたは、今日から新しい人間に生まれ変わります――他の皆さんも」
    「新しい人間?」
    と、沙雪が言った途端、彼女の両隣にいた二人の姿が変わった。朝井洋伸は見た目13歳から、25歳前後の青年に。庚結花は身長が伸び、ツインテールの黒髪のメイドに変じた。沙雪も多少変わったようだが、あまり変化は見られなかった。
    「持田沙雪……今日からあなたの名前は宝生百合香(ほうしょう ゆりか)。歳は39歳です」
    「39?」
    本人よりも、周りのみんなの方が驚いた。
    「見えないよ! 39歳になんか、全然!」
    と建が言うと、枝実子は言った。
    「これぞアラフォーマジックです」
    「あのォ……それで、僕は?」と元・朝井が言った。
    「あなたは池波優典(いけなみ ゆうすけ)、通称・ナミ。25歳で、宝生百合香の弟分です。恋人に発展するかは、あなた次第」
    そこで元・結花が口を開こうとして、枝実子の人差し指で止められた。
    「あなたはまだ声を聞かせてはならないの。謎の人物として、ルーシーと呼ばれます。宝生百合香と恋仲になれるかは、これもあなた次第です」
     それを聞いてルーシーはにっこりと微笑んだ。
     「さあ、自分たちの町にお帰りなさい。これからしばらくは大変ですよ、今までの住人は姿を変えているし、新しい住人も増えますからね」
     「嵐賀先生(枝実子のペンネーム)」と、黒田龍弥が手を挙げた。「俺たちはどうなりました?」
     「あなたの出番はなくなりました」
     「え!? あっ、そうですか……」
    と、龍弥は答えて、『さっきタケルが失礼を働いたせいかなァ〜』と心の内で嘆いた。
    「崇原さんは出番があります、奥様(紅藤沙耶)と一緒に。それから……あなたが榊田祐佐くん?」
    愛美子の隣にいた祐佐に気付いた枝実子がそう言うと、
    「はい、そうです」
    「あなたに従弟ができますよ。榊田玲御(さかきだ れおん)という、ちょっと個性的なイケメンが」
    「個性的なんですか?」
    「なんでも、顔に似合わずボケをかますとか……」
    「へえ、楽しみです」
    「それじゃ、私はこれで帰ります……五大女王の皆様、失礼させていただきます」
    「ご苦労様でした」と真理子が言った。「また今度、ゆっくりお会いしたいわね」
    「はい、是非。東の街さま」
    「アヤ」と郁は言った。「城門まで送って差し上げて」
    「畏まりました、姉さま。参りましょう、枝実子さん」
    枝実子と郁子は歩きだし……建の前に来たとき、枝実子が足を止めた。そして、建の肩に手を置いた枝実子は、そっと建の耳元で囁いた――エリスの人格で。
    「そなたの姉が郁子であることに感謝せよ」
    「……はい、すみませんでした」
    建のその答えに満足して、枝実子は歩き出し、郁子も建を軽くハグしてから歩き出した。


    居城を出て、城門へ向かう途中の丘の上で、郁子は言った。
    「本当にすみませんでした。タケルがあなたの正体を見てしまったこと……」
    「考えようによっては、草薙家は代々、片桐家のお庭番で、片桐家から嫁や婿をもらうこともあるのだから、あの子も私の遠縁と言えなくもないものね」
    「私もそれぐらいの立ち位置ですよ」
    「でも、あなたは私の物語に出て来るから。遠縁の娘であり、因縁の少女として……だから、あなたは人間の身で私の正体を見ることを許されている。同じ遠縁でも、あなたと草薙建じゃ立場が違うわ」
    「そういうものですか」
    「それより、ちょっと納得できていないのじゃない?」
    「御祖に言ったことですか?」
    「そう……生涯純潔でもいいじゃないか……ってところ」
    「正直に言えば。あれでは、説得というより、人生を諦めるように諭しているような」
    「そうよ。だって、私や……あなたも長いこと処女のままでいさせられたのでしょ?」
    「大梵天道場の武道が“巫女武道”の設定でしたから、それは別に……」
    「自分が生み出したキャラクターに処女でいることを強いておきながら、自分はそれじゃ嫌だなんて、我が儘もいいとこよ。そこのところはちゃんと理解してもらわないといけないわ」
    「はあ……」
    「でも多少キツイことを言ったから、御祖は立ち直ってくれたのよ。それは確かでしょ?」
    「そうですね。結果的にその通りです」
    「大丈夫よ」と枝実子は微笑んだ。「御祖はもう完全に元気よ。その証拠に、ホラ……」
    枝実子が指さした方向を見ると、空から虹色の光が、かつて〈雪原の桜花の町〉と呼ばれた町に降り注いでいた。その光の中に、水晶球に包まれた新しい命がいくつも流されていた。
    「御祖がどんどん新しいキャラクターを生み出しているところね」
    その時だった。虹色の光の道から、誰かとぶつかって弾かれてしまった水晶球が一つ、郁子の方へ落ちてきた。思わず郁子がキャッチすると、それには子猫が入っていた。アメリカンショートヘアーのブラウンタビーである。
    「みにゃあ(^o^)」
    「まあ! 可愛い!」
    郁子は素直に喜んだが、枝実子は冷静に分析していた。
    「この子、景虎の血筋だわ」
    「え? 枝実子さんの猫の?」
    「ええ。あなたの猫の茶々も、景虎の孫にあたるじゃない? この子は茶々の従姉妹ぐらいにあたるのかな?」
    「じゃあ、この子も霊力を持つ猫」
    「ううん、普通の子みたい」
    そこへ、もう一つ水晶球が飛んできた――中には茶トラの子猫が居た。
    「にゃにゃあ〜」
    「ハァイ、この子のお友達ね。はい、行きなさい」
    郁子は茶トラ猫の方へアメショー猫の水晶球を軽く投げてあげた。二匹はそのまま自分たちの行くべきところへ降りて行った。
    「あの町はなんて名前になるんでしょうね?」
    郁子が言うと、枝実子は、
    「まだ作品のタイトルを思いつかないって言ってたけど、きっと“夢”にまつわる名前がつくと思うわ」
    「どんな物語になるか、楽しみですね」
    「あなた、もしかしたら出演するかもね」
    「ええ!? どうでしょう、それは」
    「だから、あの猫ちゃんが挨拶に来たのかもよ」
    「あっ……そうですね。そうかも」
    「面白くなりそうね」
    枝実子は本当に楽しそうに笑うと、虹色の光に向かって右手を翳した。
    「ようこそ! Bellers Formation Worldへ!」


                                 FINE

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  • from: エリスさん

    2012年03月09日 11時41分49秒

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    「ようこそ!BFWへ・5」
    Junoのライブの甲斐もあり、朝井洋伸も目を覚ました。しかし、持田沙雪はまだ呼吸を止めたままだった。
    CDアルバム一枚分――全12曲、ノンストップでの演奏を終えて、真理子はタオルで汗を拭きながらドラムセットから離れた。
    サックス奏者である真理子の夫・三原孝司(みはら たかし。東の街の女王伴侶)も肩で息をし、他のメンバーたちも貧血寸前だった。
    「皆様、お疲れ様でした!」
    今井洋子たち居城付きの侍女が、Junoメンバーにスポーツドリンクを持ってきた。真理子には親友の莉菜が、女王自ら持ってきた。
    「お疲れ様、マリコ」
    「お疲れ様って言えるのかしら……」
    まだ肝心の町長・持田沙雪が目覚めていないと言うのに。
    「一人目覚めただけでも、功労ものよ。恐らく彼は、御祖が籠られた原因の一端を担っていたはずだわ。本来ならそのまま消滅していたはず」
    「そうね……御祖がそれを望んでいれば」
    舞台の下の客席では、朝井洋伸と庚結花が持田沙雪の手を取って、祈っていた。
    「沙雪さんが目を覚ましてくれれば、私はどうなってもいいの。沙雪さんの代わりに私が死んでも、後悔しない」
    「僕だって。サユさえ目覚めてくれたら、僕はどんな目にあってもいいから……」
    「だから、お願い。沙雪さん……」
    「目を覚ましてよ、サユ!」
    その様子を舞台上から見ていた真理子は、莉菜に言った。
    「両手に花ね、彼女」
    「若いっていいわね」
    北上郁子が片桐枝実子を連れて現れたのは、ちょうどそんな時だった。
    「ただいま戻りました、女王様がた」
    郁子がそう言ってお辞儀をすると、郁が歩み寄ってきて、妹の肩に手を置いた。
    「お役目ご苦労様、アヤ。疲れたのではない?」
    「いいえ、姉さま。大丈夫です。それより、お連れしました」
    郁子はそう言って、枝実子の方に手を向けた。
    すると枝実子は一歩前へ出て、五大女王に恭しくお辞儀をした。
    「ご無沙汰を致しております、女王様がた。お召しにより参じました」
    なので真理子は舞台上から言った。
    「ご足労様です、片桐殿。さっそく、御祖の君の説得にあたってもらえますか」
    「承知しました、東の街さま。ですが、その前に……」
    枝実子は持田沙雪の方へ行った――彼女の顔を覗き込み、その頬に触れてみる。
    「……急がなければ……」
    「え?」と朝井洋伸が聞いた。「急ぐって……」
    「かなり危険ってことよ」と枝実子は言うと、郁子の方を向いた。
    「アヤさん! ピアノの伴奏をお願い」
    「あっ、はい! 曲は?」
    「メンデルスゾーンの“歌の翼に”を。それから、アヤさん以外の皆さんは、目をつぶっていてくれませんか」
    「オイ! ちょっと待て!」
    そう怒ったのは建だった。「あんた、ただの小説家だろう。それなのに、Junoの演奏やアヤ姉ちゃんの日舞でも目覚めなかった持田を、まさか何とかしようって思ってるんじゃないだろうな!」
    「もちろんよ。時間がないわ」
    「出来るわけねぇだろ! しかもなんだ? 目をつぶれってのは!」
    すると郁が建の腕をつかんだ。「やめなさい!」
    「だって、カール姉さん!」
    「いいから控えなさい!」と郁は言ってから、枝実子に頭を下げた。「すみません。妹は知らないんです。あなたが……」
    その先が言えない郁に、枝実子は微笑んで見せた。
    「北の街さまは妹御(いもうとご)に恵まれていますね、アヤさんといい……お願いです、急がせてください」
    「みんな!」と言ったのは真理子だった。向こうに寄って、壁の方を向いて目をつぶりなさい」
    そう言いながら真理子も莉菜と一緒に舞台から降りてくる。代わりに枝実子が舞台に上がった。
    客席の下手側に皆が固まって、壁の方へ向いたのを確認した郁子は、枝実子に言った。「私は目をつぶらなくていいんですか?」
    「目をつぶってピアノが弾けるなら、そうしてくれても構わないけど?――いいのよ、あなたは私の一族の一人だから許すわ」
    「では、ちゃんと目を開けて伴奏します」
    郁子は舞台袖に置かれているピアノの方へ行くと、伴奏を弾き始めた。その途端、枝実子が紫色の光に包まれて変身し始めた。黒いキトンを着た、長い黒髪の、長身の女神に。
    女神が歌い始めた。
    「 コバルト色した 広い空映す
      海を眺めれば 神の御座で
      暁の女神は薔薇を翳(かざ)して
      月の女神は竪琴鳴らし
      王の嫡妻(むかひめ)は思い出歌う     」
    その歌声を聞いた恵莉は、目をつぶったまま呟いた。「す、凄い……」
    「エリーよりうまいね、流石に」と有佐が言うと、
    「うまいのは認めますけど」と建は言った。「あの人、何者なんですか? 五大女王を差し置いてッ」
    「言うなれば、御祖の理想の姿よ」と郁が答えた。
    「理想?」
    「そう。小説家として成功し、仲間に恵まれ――囲まれて、そして愛する者と共に生きる。そうゆう人生を御祖が夢見たことで生まれたキャラクターなの」
    「ただし、すべてにおいて理想的では小説にならない」と真理子が言った。「だから過酷な運命も背負わされた。人間でいる間は生涯純潔――処女を守らなければならない。前世の姿の時は、最愛の者とだけは添い遂げられない――そうゆう運命を背負うことで、このBellers Formation Worldで一番尊い存在でいられるのよ。私たち五大女王よりもね」
    「そんな……」
    建が言いかけた時だった。
    誰かが咳き込む声が聞こえた――その声のする方を、咄嗟に目を開いて振り向いた建は、見てしまった――咳き込む持田沙雪の前に立つ、紫の光に覆われた女神を。
    女神の方も建に気付いた。だが女神は、柔らかく微笑むと、元の片桐枝実子の姿に戻った――紫の光も消えてしまう。
    枝実子は郁子に手を挙げて見せて、伴奏を止めさせた。
    「皆様! もう大丈夫です、目を開けてください」
    枝実子の言葉で皆が目を開け、持田沙雪が息を吹き返したことに気付いた。
    「サユ!」
    「沙雪さん!」
    洋伸と結花が真っ先に駆け戻ってくる。五大女王と芸術の町の住民も戻ってくると、まだ持田沙雪が血の気の無い顔をしているのに気が付いた。
    「長時間、仮死状態だったのです」と枝実子は言った。「息を吹き返させるのがやっとでした。あともう少し、芸術魂(アーティストパワー)を注がなくては」
    「それなら私たちに任せて」と恵莉が言った。「ちょうどステージの準備をしていたの。カール、他のみんなも準備できてるでしょ?」
    「ええ、もちろん」と郁は言った。「みんな、配置について! すぐに始めるわよ!……どうしたの? タケル」
    郁は、タケルが表情を強張らせているのに気付いた。――建は枝実子の正体を見てしまったので、咎められるのではないかと緊張していたのである。それに気付いた郁子は、妹の方へ行って肩をポンポンッと叩いてあげた。
    「心配しないで、私がなんとかするわ」
    「姉ちゃん……」
    建がまだちょっと怖がっていたので、飛び切りの笑顔を見せて安心させた。
    「それじゃ、アヤさん」と枝実子は言った。「私たちは御祖のところへ」
    「え? 私もですか?」
    「あなた以外に私のサポート役がいる?」
    「分かりました、ご一緒します」


    御祖の君の部屋は、居城の最上階にあった。
    その扉にもセキュリティーが付いていた。パソコンのキーボードと同じ配列の文字盤である。
    枝実子はパスワードを入力した。
    〔olympos-01-eris-emiko-katagiri-emily-arashiga〕
    そのパスワードの長さに、郁子は感嘆した。
    「名前がいっぱいあると大変ですね」
    「本名と、人間での名と、ペンネーム(嵐賀エミリー)ね」
    「あっ!? 前世での名が本名になるんですね」
    「そうよ。この姿は仮の姿なんですもの」
    そうこうしているうちに、扉が開錠されて、右側に(引き戸が)開いていった。
    二人が中に入ると、中はほとんど何もない広い部屋で、窓際に白いシーツだけが広がっていた。その上に、一人の人物が倒れていた。
    腰に届きそうな長い黒髪、ふくよかで白い肌に、薄い白い着物だけを着ていた。
    「やれやれ……」と枝実子は言った。「以前お邪魔した時は、この部屋は楽しそうなもので一杯だったのに、この虚無感広がる部屋の状況は、まさに御祖の君の心を具現化したものですか」
    口調が女神エリスの時のそれになっている……と郁子が気付いた時には、枝実子はもう女神エリスに変身していた。
    「ご無沙汰をしております、私と同じ名を持つ、我らが御祖の君……」
    エリスは倒れている人物を抱き起した。その人物こそ、Bellers Formation Worldの生みの親、御祖の君こと淮莉須 部琉であった。

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  • from: エリスさん

    2012年03月02日 14時58分19秒

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    「ようこそ!BFWへ・4」
     扉の向こうには、一軒家が建っていた。
     「町長・片桐枝実子の住居のようね」
     郁子が言うと、祥はうなずいた。
     「この城壁からは想像もつかない、質素な家だね。中も普通なんだろうか」
     「入ってみましょう」
     二人は玄関の呼び鈴を鳴らした。すると、祥に似ているが、黒髪が肩を過ぎた男性が現れた。
     「やあ、いらっしゃい」
     乃木章一(のぎ しょういち)――「神々の御座シリーズ・人間界の町」の町長・片桐枝実子の親友であるが、特例として伴侶(夫)の地位についている(枝実子と結婚はしていない)。出演作品は「Olympos神々の御座シリーズ女神転生編 双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)」他。
     「ご無沙汰をしております、乃木さん」
     と郁子が言うのに対して、祥は言った。
     「髪、伸びましたね」
     すると章一は微笑んで、言った。「うちの町長は、傍にいる者が女性らしい容姿をしている方が、創作意欲を増すんだよ」
     「ああ、なるほど」
     「なにを納得してるのよ……」
     それは片桐枝実子が「実は女好き」と言っているのと同じことであった。
     章一は二人をリビングに通した。そのリビングの奥には、両開きの大きなドアがあって、見るからに異様さを醸し出していた。
     「あなた方がどうして訪ねてきたか、理由は分かっています」
     章一は二人にソファーを勧めながら言った。「御祖の君がお籠りになられてしまって、出て来ないのでしょう?」
     「分かっておいでなら、何故……」
     郁子が言おうとすると、章一は手を前に出して、彼女の言葉を制した。
     「進んで御祖をお助けに行かないのかと言いたいのでしょう? それは立場上できません」
     「だから、それはどうしてなんですか?」
     と祥が聞くと、章一は苦笑いをした。
     「五大女王がいるからですよ。彼女たちを差し置いて、我々が出しゃばる訳にはいかない。このBellers Formation Worldでは、御祖が昭和の時代から創造してきた五大女王たちが一番尊いものとされてきた。それは長きにわたり、平成の世になっても続いていた……けれど、御祖の小説スタイルが神話物に固定されてきた今の時代、御祖と一番つながっているのは我々――この町です。そのことは、五大女王のプライドを傷つけ、悲しませたことでしょう。つまり我々は目の上のタンコブなんですよ。だから、彼女たちの立場を尊重するためにも、我々が自ら行動することはできなかった。しかし……」
     章一はため息をついた。「恐らく、彼女たちではもうどうすることもできない。いずれは我々の手を借りに来るでしょう。それまで、この町は御祖の影響を受けて仮死状態になるわけにはいかなかった」
     「それで、城壁を建てたのですね? しかも一瞬で」
     郁子が言うと、章一はうなずいた。
     「天上の鍛冶の神の力をもってすれば、いとも簡単なことですから」
     「乃木さん!」と祥は言った。「これは五大女王からの要請なんです。一刻も早く御祖をお籠りから解放しないと、心が崩壊してしまう。そうなったら、この世界は終わりです! だから、片桐さんに会わせてください!」
     「そうだね、呼んでくるよ。彼女は今、あっちにいるんだ」
     章一はそう言って、リビングの奥にあるドアを指さした。
     「あのドアが、もしや……」
     と郁子が言うと、
     「そう、天上への入り口」と章一は立ち上がった。「今日は麗子(かずこ)さんもいないから、彼女も一緒に行ってるのかなァ。すぐに連れて来るから、ここで待っていてください」
     章一はドアの前へ行くと、両手でドアを開いた。すると、彼は白いキトン(ギリシア民族衣装)を着て、栗色の髪をした少女に変身した。
     彼女――キオーネーは、そのままドアの向こうへ消えて行った。


     侍女たちに大きな水桶を持ってこさせたその人物は、彼女たちを下がらせると、自分で水桶の前に長椅子を寄せた。
     「さあ、ここへお座り、レシーナー」
     不和女神エリスは長椅子に座ると、傍にいた女性にも隣に座るように勧めた。
     「なにが始まりますの? エリス様」
     レシーナーと呼ばれた女性は、興味津々な面持ちでエリスの隣に座った。
     「これから水鏡の術で、面白いものを見せてやろう」
     エリスはそう言うと、右手の人さし指で、水面を軽く叩いた。すると、揺れる水面が落ち着いてくるにつれて、何かが映し出されてきた。
     そこには、筋肉隆々な男が、手にこん棒を持ち、怪物たちと戦っている姿が映っていた。
     「これは?」
     「そなたも噂に聞くだろう? 英雄ヘーラクレースだ。今、オリュンポスでは彼の冒険を覗き見るのがブームになっているのだよ」
     「まあ……これがあの英雄ヘーラクレースですのね……」
     水鏡の中のヘーラクレースは、一人で怪物と戦っていた。そして、とうとうその怪物の頭を素手で引きちぎった。
     「いやッ!」
     レシーナーは咄嗟に目を背けて、エリスに抱きついた。
     「ああ、済まない」とエリスは水鏡の水面をまた指で叩いた。「そなたには刺激が強すぎたか」
     「いやです、見たくありません! 怖い……」
     「大丈夫、もう消したから……顔を上げて御覧」
     エリスがそっと優しくレシーナーの頬を撫でると、レシーナーも恐々と顔を上げた。
     「悪かったな。そなたが楽しんでくれるかと思って見せたのに、怖い思いをさせてしまって」
     「エリス様……」
     「さあ、もう大丈夫だから」
     エリスはレシーナーの目の端に溜まった涙をぬぐうと、そこに軽くキスをした。
     「ほら、もう大丈夫」
     「エリス様……」
     二人はしっかりと抱き合って、何度もキスを交わした。その間、エリスはそうっとレシーナーの肩留めを外して、キトンを脱がした。
     「エリス様……いけません。こんな刻限から……」
     「大丈夫、誰も来はしない」
     エリスも自分の肩留めを外して、白い裸体を露わにした。そして、二人が長椅子に重なり合おうとした時……。
     「我が君」
     そこに、キオーネーが立っていた。
     「キオーネー!? なんでこのストーリーに出てきているんだ?」
     エリスが驚いている間に、レシーナーはいそいそとキトンを着始めた。
     「緊急事態でございますれば……あなた様こそ、このストーリーにレシーナーさんと逢引きをなさるシーンなどありませんでしょうに。なにをなさっておいでですか」
     「いいじゃないか……御祖が閉じ困っている間は、こっちも自由に動けるのだから。私はこっちの世界にいないと、欲望が発散できない。なんなら、そなたと愛し合おうか?」
     とエリスが手を伸ばすので、その手にキオーネーは肩留めを乗せてあげた。
     「早くキトンをお召しくださいませ、エリス様。下界で乾殿がお待ちでございます」
     「乾殿――北上郁子か」
     エリスはそう言うと、立ち上がってキトンを着だした。「やはり彼女が迎えに来たか」
     「彼女は我々の物語ともつながっていますから」
     「まあ、彼女しか城壁のセキュリティーを通れないような、難しい設定をしておいたからな」
     「本当に――まだ携帯電話を持っていない世代のキャラクター達に、〔徳川将軍15代をすべて答えなさい〕とか〔源氏物語の桐壷の巻の冒頭を暗唱しなさい〕とか、小難しいクイズを設定していらっしゃいましたからね、あなた様は」
     「平成の人間ならウィキペディアで調べられるけどな……あまり、この世界を踏み荒らされたくなかったのだ」
     キトンを着て、髪形も整えたエリスは、キオーネーに手を差し出した。
     「では、行くか……レシーナーはどうする?」
     「私は――鍋島麗子(なべしま かずこ)の出番はありませんでしょうから、こちらでお帰りをお持ちしています」
     「そうか。じゃあ、行ってくる」
     エリスとキオーネーは手をつないでその場を後にした。
     二人が下界への道を歩いていく途中で、エリスは足を止めて、キオーネーを抱き寄せた。
     「我が君?」
     「下界に戻ったら、そなたとも何も出来ぬ。生涯純潔の女と、その親友に戻る前に……」
     二人は互いに抱きしめあった、唇を交わした……。
     「……戻らねば……」
     キオーネーは滑り落とされそうになった肩の布を戻しながら、言った。「乾殿が待っておられます」
     なのでエリスは苦笑いを浮かべた。「そうだな」


     郁子と祥はしばらく待たされたが、ようやく両開きのドアが開いた。
     そこから、栗色の髪の少女から青年に戻った乃木章一と、漆黒のキトンを着た身長180cmぐらいの女神から、160cmぐらいの日本人女性に変身した人物が現れた。
     「お待たせしました、乾殿……いえ、アヤさんとお呼びするべきかしら」
     片桐枝実子(かたぎり えみこ)――「神々の御座シリーズ・人間界の町」町長。前世は不和女神エリス。出演作品は「Olympos神々の御座シリーズ 不和女神編 罪ゆえに天駆け地に帰す」他多数。
     「どうぞ、物語の中での呼び方で、枝実子さん」
     「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうわ。――事情は分かっています、行きましょう」
     「はい! お願いします」
     枝実子は先に立って歩きだし、そして、振り返って章一に言った。
     「行ってくるね、ショウ。帰ったらパスタが食べたい」
     「ああ、作っておくよ」と章一は言った。「行っといで、エミリー」
     「行ってきます!」
     枝実子と郁子は、祥が運転する車で一路居城まで急ぐのだった。



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