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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜>掲示板

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  • from: エリスさん

    2009年05月29日 15時58分17秒

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    「箱庭・73」
     食事を作り終えて、彼の分を部屋へ運ぶと、べつだん怒っている様子はなく、逆に笑っていた。
     「沙耶さんって、ホント他人行儀なんだから」
     「え、そう、かなァ。普通、じゃない?」
     「そんなに男が駄目なの? だったら女だと思ってればいいじゃん」
     「無茶言わないで」
     別々の部屋で食事を取り終えて、私が階下の掃除と洗濯をしている間、彼は横になったまま窓の外を見ていたようだった。ずっと眠っているので眠くはないのだろう。私だったら風邪を引いただけで、二日間は意識なく眠り続けるけど……普段健康な人はいいな。(そんな問題ではないけど)
     家事が終わり、何と無く仕事をする気にもなれなかったので、様子を見に行くと、彼は黙ったままこちらを向いた。
     「どう? 気分は」
     「……退屈」
     「でしょうね」
     熱もかなり下がっていたので、意識はハッキリしていた。その分、退屈な気分が増してしまうのだろう。
     「執筆の仕事、する気ないんだったら、話し相手になってよ」
     「いいわよ。おとぎ話でもしてあげましょうか?」
     「年相応のにしてよ」
     「そうね……ねェ? さっき言いかけてたこと」
     「ん? ああ、そうそう。おふくろと宗家へ行った時ね」
     「なにかあったの?」
     「嵐賀エミリーと会った」
     「え? そうなの?」
     ああ、それで根強いファンになってしまったのね。
     「俺のおふくろは今の宗家当主の従妹にあたるんだ。つまり分家で、宗家には幼いころからちょくちょく出入りしてたって言ってたな。だから、母親が里帰りするときなんかは、必ず宗家へご機嫌伺いに行くらしいよ。俺はそれまで行ったことがなかったんだけど……中学生のときだったかな、一回ぐらい新潟の雪を見たらいいって母親が言って、俺を春休みに連れて行ったんだよ。知ってると思うけど、新潟県って日本で一番積雪量が凄いところで、春休みなんて名ばかり、まだまだ冬景色の中なんだ。三階建ての家の二階までがすっぽり雪に埋まってた」
     「三階建て?」
     「そうだよ。名目上は二階建てだけど、実際の作りは三階建て。中二階っていうのがあるからね」
     知らなかった――都会では最近になって「三階建てのマイホーム」というのを売り出しているけど、地方ではすでに当たり前の世界だったのね。
     「それでさ……おふくろ達が、なんか財産とかの話し合いしている間、あんまり退屈だったから、外へ出たんだよ。雪の中は慣れてるつもりだったけど、やっぱり雪を踏みつけた時の感触が違うのが面白くて、そのまましばらく歩いてたんだ。山の方へ向かって歩いてたら、丘の上に出て、そこで……鶴が舞ってた」
     「鶴? 新潟に?」
     「そう見えたんだ。実際は、白い着物を着た人が、日舞を舞ってたたんだけど――髪が長かったから女の人かなって思ってたんだけど、男の人だったよ。綺麗だったなァ……。それで、それを見ている女の人がいたんだ。紫の一つ紋の着物を着た、髪が腰ぐらいまである人で、あんまり美人とは言えなかったけど……今思うと、北上(郁子)先生に似てたな」
     「その人が、エミリー先生ね」
     「その時は気付かなかったんだ、小説家の先生だなんて――彼女が俺に気付いて、手招きしてくれた。もっとそばで見てもいいって。彼女の隣に立った時に、そこでようやく舞っている人が男性だって気づいたよ。歌舞伎で女形をやっていたそうなんだ。彼女が親戚たちとの話し合いに疲れたんで、慰めるために踊ってくれているって、彼女は教えてくれた。見たら、後ろ髪の隙間から覗く着物の家紋が、丸に桐の葉――片桐家の紋だった。後で聞いたんだけど、エミリー先生の父親は宗家の長男に生まれたのに、家を飛び出してしまった人なんだって。だから宗家を継いでいるのは先生の叔父にあたる人なんだ。でもその人には子供がいなくて、親戚から養子をもらわなくてはならなくなった。その第一候補に上ったのがエミリー先生なんだって。でも、当主である叔父さんはエミリー先生を好きじゃなかった。光影寺の住職様が先生の霊力を高く買っていたせいか、分家の人たちは先生こそが嫡流だと言って、宗家の叔父さんをないがしろにしていたところがあったんだ。それが面白くなくて、先生のこと〈後妻の産んだ子など、本当に片桐の血が入っているかどうか分らない〉って貶(けな)してたらしい」

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  • from: エリスさん

    2009年05月29日 14時31分36秒

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    「箱庭・72」
     彼女は――史織は、いつも喬志のそばにいるのだろうか? 姿を見るのはこれで二度目だが、おそらく姿は見えなくても常に兄のそばにいるのかもしれない。
     どうして? 成仏できていないの? それとも、喬志が引き止めてしまっているのだろうか。
     助けてあげられなかった後悔の気持ちから、自分自身の成長(老い)まで止めてしまっている喬志なら、本人にその気はなくても、それぐらいやってしまうかもしれない。
     郁子(あやこ)なら簡単に成仏させてあげられるのだろうけど、私の霊力なんて高が知れているから……その前に、史織が成仏を望んでいるかしら? 大好きなお兄ちゃんのそばにいつまでも居たいと望んでいるのなら、私が手出しすることではないのだけど。
     ……いいわ、今はこのことで悩むのは止めておこう。先ずは喬志の風邪を治さなくては。
     次の日の朝、雨戸を開けると雪が降っていた。結構な降りだが、積らないかもしれない、という予感がする。(実際、積らなかったのだが)
     静かに開けたつもりだったが、喬志が目を覚まして、私に声をかけてきた。
     「雪、降ってるの?」
     「あっ、ごめんなさい。今、閉める……」
     「いや、開けといて。雪は嫌いじゃない……嫌な思い出はあるけど」
     それでも、ガラス窓だけは閉めておいた。
     「今年は良く降るわね。関東じゃ、雪が降らない年だって珍しくないのに。もう二回も大雪で電車が止まったりしてる」
     と私が言うと、喬志は笑った。
     「あれぐらいで大雪なんて言ってたら、軟弱もいいところだよ」
     「ああ……そうね。あなたのお郷(くに)じゃ、これぐらいは普通なのね」
     「沙耶さん、片桐の宗家には?」
     「行ったことがないの。祖母は結婚してから親族との親交を絶ってしまったから」
     「そう……俺は、一回だけあるんだ。そこで……」
     言葉の途中で、咳き込む。喉が乾燥しきっているのにしゃべっていたからだろう。
     「ごめん……うがいしたい」
     「待っていて。ついでに着替えましょ」
     私はまず、うがいが出来るように水差しとコップ、それと空の洗面器を持っていった。彼がうがいをしている間に、今度は体をふくためのタオルと、お湯を入れた洗面器を持っていく。――すると、二階の備付けの洗面台のところに、彼が立っていた。うがいで使った物を洗っていたのだ。
     「起きちゃ駄目じゃない。そんなこと私がやるからッ」
     「これぐらい出来るよ……見せたくないものがあったから」
     言われなくても想像はつく――そんなの、風邪を引いていればあたりまえじゃないの。
     「もう。格好つけて。早く戻って」
     壁に手を預けながら、彼が歩く。今は体の自由が効かないせいだろう、いつもはごまかしているのに、傷跡の残る方の足を引きずっていた。やっぱり、普段は無理して歩いているんだわ。
     おとなしく寝床に戻った彼の横に、お湯の入った洗面器を置き、
     「汗かいたでしょ? これで体ふいてね。私は食事の支度をしてくるから……あっ、待って。今、着替えだすわ」
     「……あのさ」
     「なァに?」
     私は箪笥から替えの下着と浴衣を出しながら答えた。
     「普通、ふいてくれない?」
     「え?」
     私が紅くなったのも無理ないことと察してもらいたい。これまで、兄の裸さえ見たことがない私なのである。この子がお腹に入る経緯のときだって、部屋が真っ暗で何も見えないからこそ、恥ずかしくなかったのだ。それなのに、すでに明るくなったこの部屋で、体を拭いてあげるだなんて……。
     「あ、あの……私、忙しいから。着替え、ここに置いておくわねッ」
     後ろも振り返らずに出てきてしまったけれど、怒ったかしら? だってだってだって……やっぱり恥ずかしいんですもの!
     だめだわ、こんなことじゃ。もし万が一、生まれてきた子供が男の子だったら、私、この子とうまくやっていけるのかしら?(たぶん女の子だろうからいいけど)

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  • from: エリスさん

    2009年05月29日 12時03分47秒

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    「箱庭・71」
     夜になっても、喬志の熱は下がるどころか、上がる一方だった。
     「……かえって、迷惑かけたな……」
     苦しそうな息のまま、彼が言う。
     「気にしないで、ゆっくり休んで。この頃、仕事が忙しかったでしょ? それがひと段落ついて、疲れが出たのよ、きっと」
     「うん……そうかな……」
     その言い方に、奥歯に物が挟まったような印象を受けた私は、思い切って聞いてみた。
     「まさか、わざと風邪をこじらせた、ってことはないわね?」
     「まさか……そんな馬鹿なことしないよ……ああ、でも……」
     「なァに?」
     「そうゆう気持もあったのかな……聞いてたからさ、あの時のこと」
     「あの時って……」
     「俺が無断欠勤しちゃった時……看病したかったんだろ? 杏子さんから聞いたよ」
     どうして話しちゃうのかしら、あの人は……と、私は恥ずかしく思った。そう、あの日、私と杏子は定時で仕事を終え、彼女に誘われるまま二人で喫茶店に行ったのだ。そこで杏子が、私が心の内にため込んでいるものを、すべて吐き出させてくれた。
     「あなた、いつまでもそうやって溜め込んでばかりいたら、いつかノイローゼで死んじゃうわ」
     そう言って、彼女は笑ってくれた。
     その時の話を、杏子は喬志に話していたのだ。
     「あの時は、心配かけて悪かったよ。知らなかったんだ、そこまで思いつめてたなんて……そのこと覚えていたから、このままじゃ風邪がこじれるって分かっていたのに、無理して仕事していたのかもしれない」
     「そんな……あなたが気に病むことなんて何もないのに。私が勝手に思いつめていただけなんだから」
     「そうじゃない……気にしてやるべきだったんだ。俺なんかのために苦しんでいるのに、あまりに素っ気なくしてるからって、自分までそう振る舞って」
     「それは当然のことじゃない。私があなたに好意を寄せていること、周りの人たちにも気付かせないためにも」
     「違う……違う!」
     彼は必死に首を振っていた――少し様子が変だわ。
     「まったくの他人として振る舞われるの、辛かったのは、俺の方なんだ。……嫌いになれたら、楽だったのに。嫌われてた方が良かった、まだマシだった……」
     「喬志さん! もういいわ、眠って。興奮したら。熱が下がらないわ」
     そう、熱で意識が混乱しているのだ。おそらく、本人もなにを言っているか分かってない。半分は夢の中――そういう状態なのだ。
     彼はしばらく荒い呼吸を繰り返し、ようやく静かな寝息になった時、呟くように言った。
     「……史織……おまえを守れなかった……兄ちゃんを許してくれ」
     また、悪い夢を見ているんだろうかと、肩に軽く触れてみる――今度は何も見えない。夢も見られないほど深く眠ったようだった。
     だが……そのとき私は、左肩にむず痒さを感じた。
     誰かいる! そう思ってすぐに振り向くと、そこに私とそっくりな女が座っていた、泣きながら。
     「あなた……史織さん?」
     うっすらとした姿だが、間違いない。以前見た幽霊だった。
     彼女は声の出ない口で、なにか話していた。その口の動きで、私は彼女の言わんとしていることを読み取った。
     “お兄ちゃんを助けて”
     「大丈夫よ」と私は答えた。「お兄さんの風邪は、私が絶対に治すから」
     すると彼女は安心したようにうなずいて、ふうっと消えていなくなった。

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  • from: エリスさん

    2009年05月22日 09時28分51秒

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    m(__)m


     風邪を引いたようです。
     インフルエンザではないようですが、弱ってるときは感染しやすいですし、映画館という大勢のお客様が集まるところで働いている責任も考えまして、

     今日は休載させてくださいm(__)m

     回復次第、連載再開したいと思います。

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  • from: エリスさん

    2009年05月15日 16時06分53秒

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    「箱庭・70」
     ――次の週、彼はひどい風邪を引いてきた。
     「どうしてこんな状態で外出するの! 寮で寝ていればよかったのに」
     と私が言うと、壁に寄りかかるように座っていた喬志は言った。
     「寮でなんて、うるさくて寝てられないよ。せっかく休暇取ったのにさ」
     「休暇?」
     蒲団を敷く手をつい止めてしまいながら、私は聞き返した。
     「そう。月曜日に休暇を取って、三連休にしたんだ。そのために昨日まで残業が続いて……」
     「それで風邪がこじれたのね?」
     「せっかくゆっくりしようと思ってたのにさ……ごめん、治るまで厄介になってもいい?」
     「ご遠慮なく。私で役に立つのなら……寝巻き、一人で着替えられます?」
     「うん、それぐらいは大丈夫」
     本当に、よく歩いて来れたものだわ。
     とにかく敷き終わった蒲団に横になってもらった。
     「おとなしく寝ていてくださいね。私は居間で仕事してますから」
     「うん、悪い……」
     とは言っても、気になって仕事にならない。結局、彼の看護をしてしまう。
     でも、私のいないところで寝込まれるよりは、この方が安心する。
     そう言えば、何年ぐらい前だったかしら。喬志が無断欠勤をしたことがあった。その前日に「風邪がひどくて……」と電話を入れて休暇を取っていたから、上司も同僚も、「今日も治らないんだな」と気にも止めていなかったようだったけど、私は電話も出来ないぐらい重症なのかと心配でしょうがなかった。それでよく失敗をして、杏子に注意を受けたことを覚えている。
     こちらから電話をしてみる……ことも考えなかったわけじゃない。でも、そんなことはできない。私はすでに振られている立場。私のような人間に彼が好かれているなどと、他人に感づかれないように、普段は素知らぬふりをしていなければならない。彼は一人暮らしではなく、会社の独身寮に住んでいるのだから。
     いつも、どんな時でもそうやって我慢をしてきた。言いたい言葉、してあげたい事はいっぱいあったけど、すべて飲み込んで堪えてしまう。でも、決して消化されるわけではないから、苦しくてたまらなくなってくる。
     ちょうどそんな極限になった時だった。私と杏子は、上司があまり居つかないために、ほとんど二人っきりで仕事をしている。そのため割と自由な時間ができる。仕事の切れ目がついた所で、杏子が外部へ電話をかけた。
     ずいぶんと長い時間、黙ったままでいる。
     相手がなかなか出ないようだった。――そうして五分ぐらいした頃……。
     「やっぱり生きてたわね、軟弱者。あんたね、寮生の誰かに伝言頼むぐらいの機転を利かせなさいよ。おかげで、こっちは誰かさんのミスの修正で迷惑してるんだから。……いいから、ちょっとそのままで待ってなさい。……沙耶!」
     「え? あっ、ハイ」
     急に呼ばれて、びっくりした。
     「一番に電話。急いで」
     「ハイ……」
     言われるままに電話に出る。「もしもし……」
     「あっ、その声は紅藤さん?」
     かすれてしまっていたが、喬志(当時は苗字で呼んでたけど)の声に間違いなかった。杏子は私のことを気遣って、自分がけがれ役を買って出てくれたのだ。
     それから二言三言会話をして、電話を切った。おかげで、思ったほど具合も悪くないことを知って、私は安心したのだけど……。
     それにしても……これは、偶然?
     明後日が私の誕生日、という実にいいタイミングで、彼が私の家で寝込んでしまった。どう早く治っても、その日までは寝床から出られないだろう。(それぐらいひどい)つまり、誕生日の日は一緒にいられるのだ――願ってもないことだけど。
     そもそも、その日まで休暇を取っているって……。
     『まさかとは思うけど……わざと風邪を引いたってことは……私に看病させるために。つまりそれが私へのプレゼント……まさか! 考えすぎよね』

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  • from: エリスさん

    2009年05月08日 11時41分01秒

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    「箱庭・69」
     ここまでくると話があらぬ方向へ行きそうだったので、無理矢理引き戻すことにした。
     「それで? 彼女がどうかしたの?」
     「あ? うん……いろいろと励ましてくれてさ。本当にやりたいことがあるんなら、やってみればいいじゃないかって。家族も大事だろうけど、先ずは自分を大事にしてもらいたいって……いつまでも、待ってるから」
     「あら、ずいぶん健気じゃない、子供なのに」
     と、姉は本当に関心していた。そもそも姉は兄の彼女に会って、すでに好印象を持っている。いまさら年齢がどうの言われたところで、それは変わらないのだろう。
     「ふうん……良かったじゃない。どうやら、あんただけは上手く行きそうね」
     姉の気持ちを酌んで、私も言った。
     「私もお姉ちゃんも、好きな人と添い遂げられなかったけど、お兄ちゃんはその彼女と、もしかしたら……」
     「まあ、そう願ってるけど、まだ分からないよ。なにしろ十五歳だからなァ……。けど、二人ともさァ、諦めるのはまだ早いんじゃない?」
     兄の言葉に、なんで? と言いたげな表情を姉はした――おそらく私も。
     「母さんが二人に過剰な躾(しつけ)をしてたのは知ってるけど、今どきさ、一生に一度の恋なんて古いよ。大昔の人と違って、今は人生八十年――いや、もっとあるかな。そんな中で、夫が死んだら後は独身、なんて寂しすぎるよ。再婚は不道徳じゃないんだし、第一、二人ともまだ結婚もしてないじゃないか。姉ちゃんはそんだけ美人なら、まだまだいい縁が見つかるよ。シャアも、子持ちでもいいって言ってくれる人はいくらでもいるんだから――今の彼氏だって、何か言ってくれないの?」
     二人には、喬志が結婚の意思を示してくれたことを話していない。私にそのつもりがないからだ。
     でも今は、少しだけ考え方が変わってきている。兄の言葉を素直に受け入れてもいいかな、と揺らいでしまう気持ちもある。
     こうゆう風に変わってきたのも、やっぱり杏子のおかげなのだろうか。



     その週の土曜日。先週の土曜日はバレンタインデーだというのに、こともあろうに会社は休みではなく、おかげで二週間ぶりの来訪となった彼は、「先週はごめん……」と言いかけて、クシャンッ!と大きなくしゃみをした。
     「あら、風邪?」
     「いや、そんなことはないはずなんだけど……ホコリでも入ったかな。……あれ?」
     喬志は居間の奥にある雛人形に目がとまり、そのまま動けなくなった。
     「へェ……時期だねェ」
     彼は炬燵に入るのも忘れて、間近に寄ってそれを見ていた。
     「そんなに珍しい?」
     私がお茶を運んできながら言うと、
     「って言うか、懐かしい」
     「あっ……妹さんの」
     「うん。死んでからは出さなくなったんだけど……あれ、まだあるのかなァ? お袋が実家から持ってきた古い奴なんだけど」
     「片桐家から? それじゃ、いい品だったんじゃありません?」
     「なのかな。俺には良く分からない。確かに、五段飾りの大きいやつだったけど」
     喬志が炬燵に入ると、飛蝶がタタタッと駆けてきて、彼の膝の上に乗った。
     「あっ、ごめんなさいね。この頃、私が膝に乗せてあげないものだから」
     「いいよ、別に……なんで乗せてあげないの?」
     「窮屈なのよ」と言って、私は自分のお腹を撫でた。
     「そっか。順調な証拠だね。……あっ、そういえば、沙耶さんの誕生日って、三月二日だったよね。雛祭りの前日」
     嬉しい、覚えてくれていた。
     「何か欲しいもの、ない?」
     「いいですよ。私だって、何もあげなかったんですから」
     「そう言わず、なにがいい?」
     「……本当に、何もいりませんから」
     これ以上、何ももらえない――本当だったら、ここにも居させてはいけないのだから。


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  • from: エリスさん

    2009年05月01日 14時43分40秒

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    「箱庭・68」
     「うん、それはいい心掛けだと思うの。でも、それとあんたが銀行辞めるのと、どう関係があるのよ」
     と姉が聞くと、兄は言った。
     「だから……大祐がさ、父さんに認めてもらいたくて、だいぶ無理してるんだよ。あいつが全国模試で全国三位になったのは話したよね。それなのに、父さんが一言も褒めてやらないから、まだ満足してくれていないんだと解釈したらしくて、塾の数、二つも増やしたんだよ。それまでだって、一日の睡眠が二、三時間だったのにだよ」
     「寝る暇ないじゃない!?」
     「うん。……でも、そうまでしても、父さんに認めてもらいたいっていう気持ちは、分かるんだよ。僕達だって……」
     お母さんに認めてもらいたい……。
     「あいつも四月からは大学生だ。充分一人前だよ。だから、あいつにも日の当たる場所をあげたい。――なんてね、自分が逃げるための口実なのかもしれないけどさ」
     「偉いね、お兄ちゃん」
     と私は言った。「私、余所にいる兄弟のことまで考えてなかった。どころか、顔すら知らない子までいるものね。いくら自分のことで手一杯でも、駄目よね、そんなんじゃ」
     「私なんか、存在自体を許してなかったわ」
     と、姉は言う。「だって、結局は不倫で生まれた子でしょ? そんなの許してたら、正妻のお母さんの立場はどうなるの? いくら子供には罪がないって言ったって、そういうの罷(まか)り通る世の中になっちゃったら、これからも不倫とか不道徳な行いが増えていくばかりじゃない」
     「じゃあ、お姉ちゃんは私のことも許せない? 私だって不倫よ。喬志さんには、ちゃんと他に恋人がいるんだから」
     「まだ結婚はしていなかったわ。――しかも相手の女性は他の男と結婚してた。事実上、別れていたってことでしょ。つまりシャアは私の中ではギリギリセーフなのよ……まあ、妹だから、許してあげたいって気持ちの方が強いけど」
     「妹で良かった」
     「ホントね。……でも、それだけじゃないんでしょ? ケンちゃん」
     姉が言うと、兄は火がついたみたいにボッと赤くなった。この反応の仕方は……。
     「やっぱり。彼女のことね」
     「ああ、このあいだ言ってた受験生の彼女! そろそろ共通一次は終わったわよね。ねェ、どうだったの?」
     「……それがさ……」
     姉妹二人に興味津々な目で見つめられている兄は、照れて顔も上げられないまま、言った。
     「今日、受験日なんだ」
     「今日? ってことは、公立の大学じゃないのね。私立?」
     と姉が言うと、
     「うん、まあ、私立なんだけど……」
     と、えらく勿体つける。
     「学部は? やっぱりお兄ちゃんの彼女になるぐらいだから、美術科?」
     私の問いに、口ごもりながらも、
     「いや……普通科……」
     「大学にそんな学部あった? まるで高校ね」
     と、姉が言うと……。
     「……おっしゃる通りです」
     「うん?」
     「大学じゃ、なかったんだよ……」
     「それって、あんた……」
     つまり、高校の受験!(毎年二月十八日〜二十日は都内私立高校の受験日)
     「今、中学三年生なの!?」
     「ちょっと! とてもそんな幼くは見えなかったわよ。あんた、そんな子とどこで知り合った!」
     姉の追及に、
     「コミケ(コミックマーケット)の打ち上げで。先輩の紹介だったんだよ」
     「お兄ちゃん、まだコミケ行ってたの?」
     これも意外な発言だった。しっかり隠れて漫画活動はしていたらしい。
     「それにしたって、あんた! 紹介してもらった時に年齢ぐらい確かめておきなさいよ。なんで今頃になって、そんな幼いって気づくのよ、おマヌケ!」
     「姉ちゃんだって気付かなかっただろう! 第一、あんなに大人っぽくてまだ十五歳だなんて、誰が思うんだよ!」
     「ああもう!!」と姉は嘆いた。「弟がこともあろうにロリコンだったなんて! おまけに妹は同性愛者だったあげく、あァ〜んな女みたいな彼氏作るし!」
     「お姉ちゃん、どさくさにまぎれて、私まで非難しないでよ」
     すると兄が反論した。
     「姉ちゃんだって高校で彼氏できるまでは、男装の麗人だったじゃないか。そもそも僕たちのは遺伝なんだからしょうがないだろ。紅藤家の歴史は知らないけど、片桐家は稚児や色子の許されていた仏門の流れを汲む家だし、西ノ宮家の母さんは、十二も年上の婚約者に惚れられてたんだから、まさにロリコンじゃん」
     「お兄ちゃん、そんな、西ノ宮家の美談を、実も蓋もなく……」

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  • from: エリスさん

    2009年05月01日 13時38分11秒

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    「箱庭・67」
     雛人形も並べ終わり、私は二人にそれぞれ好きな飲み物を出した。
     それにしても……今日は何だか、随分と兄の顔がすっきりして見える。いつもは嫌いな仕事に追われて疲れきっているのに。飛蝶と遊べたから、だけではないみたい。
     思い切ってそのことを聞いてみると、
     「銀行、辞めようと思ってるんだ」
     と、あっさりとした答えが返ってきた。
     「そんな!? お父さんが承知するはずないじゃない。辞表だしたって、もみ消されるわ!」
     「だから、どうしても向こうが首を切らなきゃならない状況に追い込んでやるのさ。今、その準備してるんだ」
     「何をやるつもり? いったいどうしちゃったの? お兄ちゃん」
     「シャアを見てたらさ、なんか負けられないな、って思って」
     「……デザインの仕事、諦めてなかったのね?」
     普段の兄からは想像できなかった答え。もう、すべてを諦め切っているものとばかり思っていたのに。
     「だいぶ前からなんだけど、高校の時の先輩で建築デザインをやっている人がいて、その人に誘われてるんだよ。うちの事務所に来ないかって」
     「そう……」
     兄の人生に、私が口を挟むべきではないのかもしれない。そうでなくても、兄は紅藤家のために自分を犠牲にしてきた。出来ることなら、昔からいろんな絵画展で賞をもらってきた兄である、その才能を活かせる仕事をしてもらいたい。けれど……。
     「でもね、ケンちゃん。紅藤家の長男はあんたなのよ。跡取りはあんたしかいないの。お父さんがあんたを手放すとは到底思えないんだけど」
     と、姉も言う。
     「大祐(だいすけ)がいるよ」と、兄は言った。「妾腹(しょうふく)だけど、紅藤家には他にも男子はいるんだ。僕は、あいつに賭けてやりたい」
     大祐というのは、父が三人目の愛人に産ませた子で、認知もしてあげていない、私達の弟のこと。他にも父には四人子供がいるけれど、どの子も経済的面倒は見ても、認知する気は全くないようだった。――だったらどうして余所に子供なんか作るのかしら? 私たちの母が四人目の子供を流産した時から子供に恵まれない体になって、それでも子供が欲しいから愛人を囲う……というなら、まだしも。あれでは、女は欲しくても副産物には用がない、と言っているようなものだわ。
     「僕が良く他の兄弟のところに顔を出しているのは知ってるだろ? 父さんがあれだからね、誰かが気にしてあげなきゃ可哀そうだから……僕たちもお祖母ちゃんに可愛がってもらえたから、こうして人並みに生きられるんだからさ」

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  • from: エリスさん

    2009年05月01日 11時34分59秒

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    頭に浮かぶ言葉

     「あずまんが大王」ってアニメを知ってます?

     この中で、飛び級で高校生になったちよちゃん(美浜ちよ)が、高校を卒業したらアメリカに留学すると聞いて、友達の大阪(は愛称。本名は春日歩)がこう言うのである。


     「可愛い子には旅をさせよ〜〜〜。ちよちゃん可愛いィ〜。旅、オッケー!」


     これをのんびり口調で言ったわけです。
     「可愛い子には旅をさせよ」の「可愛い」は、見た目の可愛さのことを言っているのではないのですが、大阪はそう思っていたようですね。


     いったい何で、そんな台詞が頭の中に浮かんできてしまうのかというと、今がそうゆう時期だからです。
     職場にいっぱい新人さんが入ってきて、その教育係を任されるようになったんです......私もすっかりベテランの仲間入りを果たしておりました、いつのまにか。
     新人さんと言っても、全員を一括りにはできないもので。出来る人と出来ない人とでは教え方も違ってくる。そして出来る人に対しては、いつもこの大阪ののんびり口調な台詞が頭をよぎるのだ。

     でもこの台詞のままに任せてしまうと、いきなり智(滝野智)が「おりゃァー!」と飛び蹴りくらわしてくるような事件が起きてしまうから、油断できない。
     先走って暴走する新人さんのフォローをするのは、気力も体力もかなり必要で.......職場を卒業していった先輩たちも、私がまだ新人の時はこうゆう苦労を味わったのかなァと思いを馳せる今日この頃です。

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