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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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  • from: エリスさん

    2008年01月31日 13時52分47秒

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    「秘めし想いを……・8」
     「残念ですが、私の方までは聞こえませぬ」
     「それは惜しい」
     と、少納言は言った。「秋はやはり、虫の音を愛でるのが風情というもの。今日はこのような特等席を用意していただき、あれかどうございます」
     ――やられた。
     それからもう、少納言が会話の主導権を握ってしまった。
     反撃もできやしない。この男の方が一枚上手だったのだ。
     そもそも、まともに男性と会話をしたことが私が、少納言を手玉にとろうとしたのが間違っていたのだろうか――物語に描かれていることを参考にしてみたのだけど。
     やっぱり、物語と現実は違うものなのね。
     まったく、なんて口惜しい……。
     遣る瀬無い気持ちのまま少納言と会話をしていると、やがて彼が切り出した。
     「では、今宵はこれにて」
     私は遠慮なく安堵の吐息をついた。すると、それを聞き取った彼は、フフッと笑った。
     「素直な方ですね、忍の君」
     「……恐れ入ります」
     「いえいえ……今日は、嬉しかったです」
     「嬉しい? 鈴虫の音が聞けたことですか?」
     「あなたですよ」
     「私?」
     「あなたの声は、紫苑にそっくりだ……」
     その言葉を残して、彼は帰っていった。

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  • from: エリスさん

    2008年01月31日 13時34分21秒

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    「秘めし想いを……・7」




     女房たちがお客様を迎える準備を始めている。
     小鳩が「少納言様のお席は、どちらに設(しつら)えましょうか?」と聞くので、私が思っていることを答えると、
     「ええ!?」と、小鳩は驚いた。
     「本当によろしいのですか!? 少納言様ですよ、お姉様の背の君(せ の きみ。夫のことを当時はこう呼んだ)だった方ですよ!?」
     「いいのよ。私の言う通りにして」
     私は意地悪な笑顔を浮かべていたことだろう。小鳩はそれに困惑したけれど、言う通りにしてくれた。
     季節はもう秋。夜ともなれば冷えてくる。そんな時季だから、少納言の席を御簾の外の縁側に設えさせた。
     もちろん私は御簾の中――室内だから温かい。そして夜だから、御簾の向こうの私の姿は、少納言からは完全に見えないはずである。
     義理の兄に対してあまりにも失礼――先ずこの時点で、少納言は私のことを嫌ってくれることだろう。
     あとは、会話の中で私をますます嫌ってくれるように仕向ければ……。
     少納言が訪ねてきたのは、まだ夕暮れと言ってもいい頃だった。予定よりもだいぶ時間が早かったので、
     「まだこちらの仕度が整っていなかったら、どうするおつもりでしたの?」
     と、早速厭味を言うと、彼はこう答えた。
     「あなたに逢いたい気持ちが募りすぎて、居ても立ってもいられなかったものですから」
     そんなに私を想っているはずもなかろうに、口の上手い男。
     しかしまだ完全に日が暮れたわけではなかったので、私の方からは少納言の様子を良く見ることができた。姉の葬儀以来、会っていなかったから、八年ぶりになる。少しは老けたろうと思っていたけれど、三十歳にしては若々しい感じだった。――そして、やはり美男だわ、悔しいけど。絵物語から出てきた、とは正にこのことだわ。美男――というよりは、女顔ね。直衣ではなく十二単を着せてみたいわ。きっとそこらの女人より綺麗なはずよ。まったく、この美貌で姉を奪い取ったのかと思うと、憎くて仕方ない。
     私のそんな感情など気付いていないのか、少納言はおもむろに庭の方を向くと、こう言った。
     「聞こえてきましたね」
     いったい何のことを言っているのか分からなかった私は、ハイ? と聞き返した。
     「虫の音ですよ。これは、鈴虫ですね」
     「ああ……」
     そうか、外に居るから、私には聞こえない微かな音も、聞き取れるのだわ。

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  • from: エリスさん

    2008年01月31日 13時13分36秒

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    「秘めし想いを……・6」
     
     
     
     私がこの家に引き取られてきたのは、三歳のときだった。
     父の側室だった母が病で亡くなったことで、それまで小さな家でひっそりと暮らしていたものを、いきなり大きなお屋敷に連れてこられて、私は恐れを覚えたものだった。
     「忍」という呼び名を付けてくれたのは、実母だった。父が私のことを赤ん坊のときから引き取りたがっていて、それというのも、後に養母となる正室に育てさせたかったからなのだが、実母がそれを承知するはずもなく、
     「私たちの面倒など見てくださらなくて構いませんから、この子を私から取り上げないでください」
     と、実母は父と離別した。
     乳母の話だと、父は実母と別れてからも、それとなく援助してくれていたらしい。
     実母は、人の目に触れぬように生きることで、私を守る決心をした。その思いから、私に「忍」の呼び名をつけたのだ。
     だがその実母が亡くなり、結局、私は父の元に引き取られた。
     引き取られたばかりの私は、とにかく知らない所へ連れてこられて、恐くて心細くて、早くもとの家へ帰りたい、とばかり思っていた。
     そんな私を養母――今の母は、遠くから見守るようにしていた。かえってその方が良かった。実母を失ったばかりの私に、母親面して世話など焼かれては、私のことだから、母を憎んだかもしれない。実母が死んだのはこの人のせいだ! と思い込んだりしたかもしれない。それだけ実母のことが好きだったし、失って悲しかった。
     母はそんな私の心情を、汲み取っていたのである。
     その代わり、姉が私の世話を焼いてくれた。
     私と同じく、実母を亡くしてこの屋敷に引き取られてきた姉は、私の悲しみを理解してくれた。
     当時十歳だった姉に、私は存分に愛されて、そして癒された。
     そうやって私がこの家に馴染んできた頃、母も自然に私の周囲に入ってきてくれた。
     私がこの家の「家族」としてすっかり染まれたのは、姉のおかげだった。姉が私の世界のすべてとまで言えるほど、私は姉にのめりこんだ。
     それは、紛れもなく「恋」だった。
     私は本当に、姉のことを異性を愛するように愛している。今でも……。
     それが禁忌だと分かっていても、消し去ることはできない。
     だからと言って、口にも出せない。
     私は、この想いを胸に秘めるしかなかった……。
     だから――少納言は恋敵。
     私は決めていた。少納言が自分から、私と結婚したくない、と思うように、冷たく扱ってやろうと。

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  • from: エリスさん

    2008年01月31日 12時04分26秒

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    「秘めし想いを……・5」
     「あなたも、もう二十二。今まで、何十人という殿方があなたに求婚をしてきたというのに、あなたはそれをあしらい――いいえ、まるで足蹴にしてきました。それほど結婚を嫌がったのは、紫苑を“結婚”という形で奪い取られた恨みからでしょう? 気持ちは分からなくはないのよ。でもね、よく考えて。これから先、独身を通して、どうやって暮らしていくの? 歳の順から言っても、私やお父様はあなたより先に死ぬのよ。そうしたら、あなたは一人ぽっちになってしまう。それでもいいのかしら?」
     「そうしたら……出家でもして……」
     「ふざけるのではありません。それだとて、寺などに寄進する財産などがあればこそ出来ることです。何の庇護もなくなったあなたに、それが出来て?」
     母の言うことは、正論だ。私だって分かっている。結婚して家庭を作り、子孫を残すことこそ、女の幸福。――分かってはいても、嫌なのだ。誰かと結婚するなんて。
     だって、私は……。
     「とにかく明晩、少納言があなたに会いにきます」
     「明晩!」
     会いにくるって、私の返事も聞かずに、もうそこまで話が進んでいるの!
     「お会いするだけですよ。結婚の日取りを決める前に、先ずは二人が打ち解けてくれなくてはね」
     「そんな、お母様……」
     もう拒絶するだけでは駄目。思い止まってもらうためにも、私は母に縋った。
     すると、母は悲しそうな顔をした。
     「ごめんなさいね、忍姫。すべては……私の責任なのに」
     「お母様、なにを……」
     「私が殿の御子を――男の子を、産んであげられなかったから……」
     「そんなのッ、お母様のせいじゃないわ」
     母は、最初の子供を流産で失っている。それから子供に恵まれなかったため、父は余所の女性に姉と私を産ませるしかなかったのだ。
     そう、私は母の子供ではなかった。姉とも母親が違う。私たち家族は、唯一父だけでつながっている。
     「わかったわ。少納言には会うから……」
     母の表情を曇らせたままにしておくのが辛くて、私はそう答えた。母は、済まなそうな表情をして、やがて安堵の色に変わった。
     こうなったら仕方ない。会うだけ会って、はっきりと本人に断ろう。

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  • from: エリスさん

    2008年01月31日 11時45分06秒

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    「秘めし想いを……・4」
     「およしなさい、姫!」
     と、たしなめたのは母だった。「紫苑は、病で亡くなったのですよ」
     それは分かっている。分かっているけど、嫁になど行かず、この屋敷で一緒に暮らしていれば、せめて私が看病していれば! 姉は死なずに済んだのかもしれないと思うと、悔しくてならないのだ。
     「とにかく! 私は結婚など致しません!」
     私はそう言って、その場を逃げるように立ち去ったのだった。
     「まったく酷いと思わない!?」
     私は小鳩に思いのすべてをぶつけた。
     「それはまた、お殿様も考えましたね」
     「冗談じゃないでしょ? どうして私があんな奴と!!」
     「いいえ、案外良いご縁かも」
     「……はァ?」
     前言撤回しようかしら……。
     私の気持ちを知ってか知らずか、小鳩はこう言葉を続けた。
     「どちらにしろ、姫様もいい加減に結婚なさるべきです。もう二十二におなりになるのですから」
     そうゆう小鳩は十八の時に結婚して、二人の子供がいる……。
     幸福な結婚をしたから、そんなことが言えるのだわ。
     すると、向こうからクスクスという笑い声が聞こえた。
     母だった。
     「忍姫はいいわね。遠慮なく意見してくれる女房がいて」
     「……おっしゃる通りです、お母様」
     確かに、主人に遠慮して、主人の悪いところを指摘できないようでは、主人はますます悪い人間になっていく。だから、小鳩のような女房は必要なのだけど……。
     母が話があるというので、切ってきた花を生けるのは小鳩に任せて、私は私室に母を通した。
     「分かっていると思うけど、お父様は後継者が欲しいのよ」と、母は言った。「少納言のところには、紫苑が産んだ太郎君(たろうぎみ)がいるわ。だから、少納言に我が家の養子になってもらいたいのよ」
     「別に少納言殿が我が家の養子になることに、反対は致しません。だったら、私の兄になればよろしいのです。なのに私の夫になろうとするから、嫌なのではありませんか」
     「考えてもみなさい。少納言には紫苑との縁を頼みに養子になってもらうのですよ。当然、立場的にも、他の妻を娶るわけにはいかないでしょう。でも、少納言はまだ三十歳という若さなのに、この先も女性を傍に置けないなど、生殺しに等しいではありませんか」
     「だからって、少しは私のことも考えてください!」
     「考えていないとでも思っているのですか、忍」
     静かに、それでも強い真剣な瞳で、母はそう言った。
     「あなたにとっても、少納言は良い婿がねと思うからこそ、あちら様の求婚をお受けしたのですよ。人柄はもちろん、学識も、官位も申し分ないお相手です。だからこそ、紫苑の婿としても認めたのですからね」
     ……何も言えない。確かに、少納言だったら、うちじゃなくても「婿に欲しい」と思われる人物だろう。宮中でも、女官たちに人気があって、毎日のように恋文が届いていると聞いている――でもその恋文も、丁重に送り返して、まったく相手にしていないらしいのよね。それなのに送り返された相手も、負けじと何度も恋文を送って、少納言を射止めようと必死になっているようで。そういう女官が何人もいるらしく――それだけで魅力的な男性と言えるのだろうけど。
     そんなこと、私にはまったく意味がないけどね。

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  • from: エリスさん

    2008年01月30日 19時39分06秒

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    新作「雪原の桜花」

    昨日からバインダーノート(ルーズリーフ)に書き始めた、この作品。

    今日それに、序章を足してみました――休み時間とかを使って。

    主人公の深層心理を表現するのに、今後も登場することになる、広い雪の原の中に、桜の木が一本。
    その桜の下、雪が降り積もって小山となった、その中にいたものは……。

     「もうりょうの匣」の影響だろうか???


     〈今日、桜の木が凍った
      私の中の雪原は、いつだって咲いてくれた花たちを凍えさせてしまう
      だからもう二度と、この雪原に足を踏み入れさせてはいけないのに
      この白い雪が、色を求めて呼び寄せてしまう〉


    こんな感じに進むかな。

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  • from: エリスさん

    2008年01月21日 13時00分16秒

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    「秘めし想いを……・3」
     前から嫌いだったけど、今日のことでもっと嫌いになったわ。
     「なによ! あんな奴!!」
     私は、部屋に飾るための花を庭で切っていたのだが、イライラが募って、つい紅葉の枝に八つ当たりをしてしまった。それを見ていた小鳩の君は、
     「忍姫様、もうそのぐらいになさいませ。お部屋に飾りきれないほどのお花を、もうお切りあそばしてますよ」
     確かに、見れば小鳩が持っている籠の中には、秋の花が山盛りになって入っていた。小鳩が持ちづらそうにしている。それもこれも、私が憤りにまかせて、切って切って切りまくったからである。
     「ごめんなさい、もう止めるわ」
     私がそう言うと、小鳩は小さくため息をついた。
     「いったいどうなさったんです? 姫様。そんなに、お殿様(父)とのお話がお嫌だったのですか?」
     小鳩は女房の中でも気心が知れている。歳も私より一つ下なだけなので、話も合う。主従関係ではあっても「友達」に近い感覚をお互いに感じていた。だから、小鳩もこんなことを聞いてくるのだ。
     「嫌も何も。縁談よ、縁談! 私に結婚しろって言うのよ!」
     「まあ! お相手は誰です?」
     「それがこともあろうに、菅原の少納言なのよ!」
     私は小鳩と並んで歩きながら、父の部屋での話を彼女に聞かせた。
     「結婚!? 私と、少納言様が!?」
     なんて悪い冗談なんだろう。でも父は、いたって真面目だった。
     「おまえも、もう二十二だ。行き遅れもいいところを、菅原の少納言が貰ってくださるのだから、有り難く思え」
     「やめて下さい!」と、私は怒ってみせた。「全然有り難くないわ! だってあの人は、お姉様を早死にさせたのですよ!」

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  • from: エリスさん

    2008年01月21日 12時45分57秒

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    「秘めし想いを……・2」
                    第一章


     あの夢はまるで前触れのようだわ。
     姉の夫・菅原の少納言(すがわら の しょうなごん)が訪ねてきたのは、その日の夕方のことだった。
     寝殿(しんでん。屋敷の中で家長と正妻が住むところ)で長らく父と対面した少納言は、夜も遅くなってから帰ったという。
     私は、少納言が嫌いだった。
     私から姉を奪った人。――まだ十五歳だった姉と結婚して、自分の屋敷へ連れていってしまった人。
     何より、姉が一番愛した人。それが許せなかった。
     それなのに――次の日、父・藤原の大納言(ふじわら の だいなごん)から聞かされた言葉は、驚愕に耐えないものだった。
     「な、なんですってェ!?」
     私の悲鳴にも似たその声は、屋敷中に響き渡っていたと、後で小鳩に聞かされた……。


     平安京に都を遷して、いく年月。
     世は、後に「彩彰天皇(さいしょうてんのう)」と称されることになる彰喬親王(てるたかしんのう)の治世。弘徽殿の中宮(こきでん の ちゅうぐう)むとの間に親王もお生まれになって、近々その親王が東宮(とうぐう。皇太子のこと)におなりになると、世間ではそんな噂で賑わっていた。
     そうなってくると、父も考えてしまうのだろう。
     「我が家も跡継ぎを決めなくては」
     我が家の子供は姉と私だけで、男児がいない。
     以前は、姉の婿になった人に跡を継がせようと、父も親類を頼って「婿殿候補」を探していた。ところが――。
     当時まだ中宮(天皇の正妻)でいらした麗景殿の皇太后(れいけいでん の おおきさき)が、雅楽の宴を催された。そこに、箏の琴(そう の こと。琴の一種)の名手である姉が招かれた(私たちは皇太后の妹・薫の君の夫である、藤原の左大臣の従姉妹にあたる)のだが、その時、笛の名手として招かれていた菅原の少納言(当時はまだ少将)と知り合い、恋に落ちてしまった。
     いずれは父の跡を継ぐ、という約束で少納言は姉との結婚を許してもらい、先ずは二人だけの生活を始めた。
     「一姫二太郎」という理想的な順番で子供にも恵まれて、姉と少納言の結婚生活は、確かに幸せだったのかもしれない。けれど八年前、姉は風邪をこじらせて胸を傷め、亡くなった。
     跡継ぎとなるための絶対条件である姉を失ったことで、この話は宙に浮いたまま時が過ぎてしまっていた。
     だからって、だからって、だからって!
     少納言が父に言ってきたことは、私をイラつかせるに十分だった。

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  • from: エリスさん

    2008年01月21日 11時57分49秒

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    秘めし想いを……・1

     若草が萌える春の庭。
     姉は、花飾りを作るのが好きだった。
     私はいつも、庭のあちこちに咲いている白くて可愛い花を摘んでは、姉の方へ持っていった。そうすると、姉が愛らしい笑顔を見せてくれるからだ。
     姉の定位置は、池の傍に咲いている花の群れの辺り。そこまで、私はよく走ったものだった。
     「お姉様ァ!」
     私が手に一杯の花を持って走っていくと、姉は笑ってこう言った。
     「走っては駄目よ、忍(しのぶ)! ゆっくりいらっしゃい!」
     そうは言っても、私は早く姉の傍に行きたいから、言うことも聞かないでいると――本当に転んでしまった。
     でも……。
     「ああ、ホラ!」
     姉がこっちに来てくれた。優しく抱き起こしてくれる、この幸せを手に入れられたのだから、転ぶのも悪いものではないわ。
     だからこの機会に、私は思いっきり姉に抱きついた。
     「紫苑(しおん)姉様、大好き!」
     「あらあら……私もよ、忍」
     「ホント! それじゃ、ずうっと私の傍に居てくださる?」
     「ええ、もちろんよ」
     「本当? ずうっとよ。お嫁にも行かないで、私と一生暮らしてくださるの?」
     「まあ、忍ったら……」
     姉は困ったように笑っていた。嘘でもいいから、もう一度「もちろんよ」と言ってもらいたいのに、姉は笑っているだけだった。
     「……お姉様?」
     どうしてか、その笑顔が遠のいていく。
     手は握っていたはずなのに、感覚を無くし、空を摑んでいた。
     そしてますます、姉の笑顔が、手を伸ばしても届かないところまで遠のいていく……。
     「お姉様! 紫苑姉様!」
     追いかけて行きたいのに、足が動かない。
     ああ! お姉様が消えてしまう!
     「姫様!!」
     ……え?
     「姫様! 忍姫様! 起きてください!」
     ―――――――――!
     あっ……夢だったんだ。
     気がつけば、目の前に女房(侍女)の小鳩の君(こばと の きみ)がいた。
     私は庭に面した御簾の傍で、ついウトウトと眠ってしまっていたのだ。良い天気で気持ちがよかったものだから。
     「うなされておいでだったのですよ」
     と、小鳩の君は言った。「悪い夢でも見ていらしたのですか?」
     「悪い夢?……そうね。お姉様が消えてしまう夢だったから」
     「まァ、紫苑姫様が……それはお辛かったでしょう……」
     「うん……でもね。久しぶりにお姉様に会えて……嬉しかったの」
     そう。紫苑と呼ばれた私の姉・紘子(ひろこ)が亡くなってから、もう八年も経っていたから。


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  • from: エリスさん

    2008年01月16日 06時47分01秒

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    無題

    冷えし褥で思い描くは
    あの方の腕(かいな)の強さと温もり
    けれど「熱さ」までは計り知れず
    その「熱さ」は他(た)の女人にばかり注がれる
    私はそれを垣間見ては 目を背けることしかできず
    できるなら露の如く消えたくも
    想いだけは消えず……

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