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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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  • from: エリスさん

    2013年02月15日 12時56分45秒

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    ようこそ! BFWへ・6

    「まったくと言っていいほど、生気がございませんね、御祖(みおや)」
    エリスはそう言いながら、御祖の体を自分に寄りかからせた。「いったい何があったのですか?」
    エリスの声掛けに、御祖はうつろな瞳のまま辺りを見回し、郁子のいる方向で目を止めた。
    「ご懸念無く、あれは北上郁子です。あなたのもう一人の分身の......」
    郁子はその場で正座をして、頭を下げていたが、もう一人の分身と言われて恐縮した。そんなこと、自分でも気付いてはいたが、姉である佐保山郁や他の五大女王の手前、口にすることができない。それなのに、枝実子――エリスは何の気兼ねもなく言えてしまう。それこそ、エリスが一番御祖に愛されているがゆえである。
    「言わば、この場には"自分"しかいない。だから、何を口になされても良いのです。さあ、吐き出してください。何故(なにゆえ)に御心を閉ざされたのか」
    すると御祖は、すうっと右手を挙げて、空を指さした――そこに、映像が浮かんだ。二人の人物――男女が、桜が咲くベンチの下で楽しげに語らっている姿が。その男の方は朝井洋伸に良く似ていた。
    「殿御の方は御祖が片思いをしている方ですか? そして女性(にょしょう)の方はその方の恋人......いいえ、妻、ですね。彼はもう決意を固めている」
    エリスの言葉に御祖はうなずいた。
    「なるほど、恋しい殿御が他の女性と夫婦となることが決まって、それで御心を閉ざしてしまわれたと」
    エリスがそう言うと、御祖は右手を降ろして、空の映像を消した。そして左側へ倒れてしまおうとするので、すぐにエリスが抱き寄せた。
    「お逃げにならずとも......恥ずかしがることはない。良くある話ではございませんか......あなたの場合、度が過ぎてはおりますが。きっとあなたはこう思われたのでしょう。自分の年齢から考えても、これが最後の恋になる。この恋を逃がしたら、後はもう老いて朽ちるまで一生独身だと......違いますか?」
    すると御祖は自分の右手のすぐ傍にあったエリスの左足の腿を叩いた。――そうだけど、はっきり言わないでよ、という意思表示だった。
    「そう......それにもうそろそろ子供の望めない年齢になってくる。子供の産めない自分に、女としての価値があるのかと、そうも思われましたね?」
    エリスが遠慮なく本心を見抜いていくので、御祖はエリスの左足をつねろうとした――が、その手をエリスが掴んだ。
    「あなたは愚かだ、御祖の君。まだまだ恋はできるものを。確かに、子供を作るにはあと5年が限界でしょうが」
    エリスがそう言うと、「そんな!」と郁子が思わず顔を上げたが、そんな彼女をエリスは笑顔で制し、また御祖に語りかけた。
    「子供など、実子でなくともいくらでも授かる方法はあるのです。ましてや、さまざまな理由で両親を失う子供が多くいるこの世の中で、何を小さなことで悩んでおいでか。いざとなったら誘拐でもなんでもなさればいい。そうゆう物語もありましたでしょう」
    『なんて大胆な......。どこのゴールデンドラマですか』
    と郁子は思ったが、口には出さなかった。
    エリスはさらに語り続けた。
    「恋とても、まだまだ仕掛ければ宜しいのです。失恋を癒すには新しい恋をするのが一番良い。偽りでもよい、あなたの好みに合う殿御に恋を仕掛け続けなさい。そうすれば、いずれ真の恋に変わりましょう。......それでも癒されないと仰せなら......」
    エリスは握っていた御祖の右手を開かせて、天へ伸ばした。
    「物語の中で恋をなさればよい。ペンを持ったあなたは無敵です。どんな恋愛も、どんな世界も描くことができる。数限りない夢を創造し、数限りない人物を――我々を、生み出すことができる。分かっておいでですか? すでにあなたは、我々の母なのですよ」
    すると、御祖の唇が微かに動いた。声は発しないまでも「は......は......」と。
    「その結果、生涯純潔を通すことになったとしも、良いではありませんか。それもまた尊い生き方です。そう、巫女になられたと思えばいい。文学の神に仕える巫女に――世が世なら、あなたは一族の長女として斎姫(いつきひめ。その昔、有力氏族の長の一番上の娘が任命された、氏神に仕える巫女)にならなければならなかったのですから」
    郁子は気付いた――それは片桐枝実子が背負っている運命そのものだった。エリスは、御祖が描いた片桐枝実子の運命こそが、御祖の生きる道なのだと説いているのだ。自分にその過酷な運命を背負わせた代償として、あなたも背負って見せよと......。
    その覚悟がないのなら、後は消えるのみ。
    『枝実子さん、こんなの説得じゃないわ。こんなの......』
    郁子がそう思っていると、エリスはフッと笑った。
    「少々余計なことを申しました......」
    エリスは御祖から手を放すと、ゆっくりと立ち上がり、片桐枝実子の姿に戻った。
    御祖は、もう倒れなかった。自分の力でちゃんと横座りが出来ている。
    「でも、これだけは言えます。私たちは......Bellers Formation Worldの住人達は、あなたを愛しています。我らが御祖の君、あなたが居るからこそ、私たちは生きられる。だから......生きてください。心を閉ざさないで!」
    御祖は何も答えなかった。その沈黙が長かったので、枝実子は背を向けて歩き出そうとした。その時......。
    「......枝実子......」
    枝実子とまったく同じ声が聞こえた――御祖が顔を上げていた、凛とした目つきで。
    枝実子は振り向いて、声の主に言った。「はい、御祖」
    「新しい物語が浮かんだわ。聞いてくれる?」
    枝実子は御祖の前に戻ってきて、彼女の手を取った。
    「はい、聞かせてください」

    ステージでは、もう少しで芸術学院生たちの舞台が終わろうとしていた。郁子の代役の竹林愛美子も例の振り付けを女優魂でこなし、あとは最大の見せ場、ラストの郁の「スロー3回転アクセル」である。
    本当は郁が郁子を舞台中央に向かって放り出して、その勢いで前向きに踏み切った郁子が3回転半ジャンプで舞台中央を通り過ぎ、ほぼ舞台端で着地して、反対側にいる郁と左右対称で舞台中央に手を翳す――という振り付けなのだか、初めての人間にスロージャンプ(もとはフィギュアスケートの技である)は難しすぎるので、建が郁を放り出す振り付けに変えたのだった。
    本当は郁にもこの役は難しい。自分はいつも放り投げる立場なので、練習で何度か試したことはあるが、3回転半も回れないし、飛距離も出ない。それでも、やるしかない! と思っていた時だった。
    「姉さま!」
    郁子が走ってきた――真っ赤なチャイナドレスも着ている。
    「アヤ! あなた......」
    「話は後です、姉さま」
    郁子はそう言うと、建とハイタッチしてパートナーを交代してもらった。
    「さあ! 投げて!」
    「OK!!」
    郁に放り投げられて勢いをつけた郁子は.........。
    高さ、飛距離ともに申し分ない素晴らしさで、観客を魅了したのだった。

    すっかり回復した持田沙雪に、枝実子は歩み寄った。
    「〈雪原の桜花の町〉町長・持田沙雪殿......あなたは、今日から新しい人間に生まれ変わります――他の皆さんも」
    「新しい人間?」
    と、沙雪が言った途端、彼女の両隣にいた二人の姿が変わった。朝井洋伸は見た目13歳から、25歳前後の青年に。庚結花は身長が伸び、ツインテールの黒髪のメイドに変じた。沙雪も多少変わったようだが、あまり変化は見られなかった。
    「持田沙雪......今日からあなたの名前は宝生百合香(ほうしょう ゆりか)。歳は39歳です」
    「39?」
    本人よりも、周りのみんなの方が驚いた。
    「見えないよ! 39歳になんか、全然!」
    と建が言うと、枝実子は言った。
    「これぞアラフォーマジックです」
    「あのォ......それで、僕は?」と元・朝井が言った。
    「あなたは池波優典(いけなみ ゆうすけ)、通称・ナミ。25歳で、宝生百合香の弟分です。恋人に発展するかは、あなた次第」
    そこで元・結花が口を開こうとして、枝実子の人差し指で止められた。
    「あなたはまだ声を聞かせてはならないの。謎の人物として、ルーシーと呼ばれます。宝生百合香と恋仲になれるかは、これもあなた次第です」
    それを聞いてルーシーはにっこりと微笑んだ。
    「さあ、自分たちの町にお帰りなさい。これからしばらくは大変ですよ、今までの住人は姿を変えているし、新しい住人も増えますからね」
    「嵐賀先生(枝実子のペンネーム)」と、黒田龍弥が手を挙げた。「俺たちはどうなりました?」
    「あなたの出番はなくなりました」
    「え!? あっ、そうですか......」
    と、龍弥は答えて、『さっきタケルが失礼を働いたせいかなァ~』と心の内で嘆いた。
    「崇原さんは出番があります、奥様(紅藤沙耶)と一緒に。それから......あなたが榊田祐佐くん?」
    愛美子の隣にいた祐佐に気付いた枝実子がそう言うと、
    「はい、そうです」
    「あなたに従弟ができますよ。榊田玲御(さかきだ れおん)という、ちょっと個性的なイケメンが」
    「個性的なんですか?」
    「なんでも、顔に似合わずボケをかますとか......」
    「へえ、楽しみです」
    「それじゃ、私はこれで帰ります......五大女王の皆様、失礼させていただきます」
    「ご苦労様でした」と真理子が言った。「また今度、ゆっくりお会いしたいわね」
    「はい、是非。東の街さま」
    「アヤ」と郁は言った。「城門まで送って差し上げて」
    「畏まりました、姉さま。参りましょう、枝実子さん」
    枝実子と郁子は歩きだし......建の前に来たとき、枝実子が足を止めた。そして、建の肩に手を置いた枝実子は、そっと建の耳元で囁いた――エリスの人格で。
    「そなたの姉が郁子であることに感謝せよ」
    「......はい、すみませんでした」
    建のその答えに満足して、枝実子は歩き出し、郁子も建を軽くハグしてから歩き出した。

    居城を出て、城門へ向かう途中の丘の上で、郁子は言った。
    「本当にすみませんでした。タケルがあなたの正体を見てしまったこと......」
    「考えようによっては、草薙家は代々、片桐家のお庭番で、片桐家から嫁や婿をもらうこともあるのだから、あの子も私の遠縁と言えなくもないものね」
    「私もそれぐらいの立ち位置ですよ」
    「でも、あなたは私の物語に出て来るから。遠縁の娘であり、因縁の少女として......だから、あなたは人間の身で私の正体を見ることを許されている。同じ遠縁でも、あなたと草薙建じゃ立場が違うわ」
    「そういうものですか」
    「それより、ちょっと納得できていないのじゃない?」
    「御祖に言ったことですか?」
    「そう......生涯純潔でもいいじゃないか......ってところ」
    「正直に言えば。あれでは、説得というより、人生を諦めるように諭しているような」
    「そうよ。だって、私や......あなたも長いこと処女のままでいさせられたのでしょ?」
    「大梵天道場の武道が"巫女武道"の設定でしたから、それは別に......」
    「自分が生み出したキャラクターに処女でいることを強いておきながら、自分はそれじゃ嫌だなんて、我が儘もいいとこよ。そこのところはちゃんと理解してもらわないといけないわ」
    「はあ......」
    「でも多少キツイことを言ったから、御祖は立ち直ってくれたのよ。それは確かでしょ?」
    「そうですね。結果的にその通りです」
    「大丈夫よ」と枝実子は微笑んだ。「御祖はもう完全に元気よ。その証拠に、ホラ......」
    枝実子が指さした方向を見ると、空から虹色の光が、かつて〈雪原の桜花の町〉と呼ばれた町に降り注いでいた。その光の中に、水晶球に包まれた新しい命がいくつも流されていた。
    「御祖がどんどん新しいキャラクターを生み出しているところね」
    その時だった。虹色の光の道から、誰かとぶつかって弾かれてしまった水晶球が一つ、郁子の方へ落ちてきた。思わず郁子がキャッチすると、それには子猫が入っていた。アメリカンショートヘアーのブラウンタビーである。
    「みにゃあ(^o^)」
    「まあ! 可愛い!」
    郁子は素直に喜んだが、枝実子は冷静に分析していた。
    「この子、景虎の血筋だわ」
    「え? 枝実子さんの猫の?」
    「ええ。あなたの猫の茶々も、景虎の孫にあたるじゃない? この子は茶々の従姉妹ぐらいにあたるのかな?」
    「じゃあ、この子も霊力を持つ猫」
    「ううん、普通の子みたい」
    そこへ、もう一つ水晶球が飛んできた――中には茶トラの子猫が居た。
    「にゃにゃあ~」
    「ハァイ、この子のお友達ね。はい、行きなさい」
    郁子は茶トラ猫の方へアメショー猫の水晶球を軽く投げてあげた。二匹はそのまま自分たちの行くべきところへ降りて行った。
    「あの町はなんて名前になるんでしょうね?」
    郁子が言うと、枝実子は、
    「まだ作品のタイトルを思いつかないって言ってたけど、きっと"夢"にまつわる名前がつくと思うわ」
    「どんな物語になるか、楽しみですね」
    「あなた、もしかしたら出演するかもね」
    「ええ!? どうでしょう、それは」
    「だから、あの猫ちゃんが挨拶に来たのかもよ」
    「あっ......そうですね。そうかも」
    「面白くなりそうね」
    枝実子は本当に楽しそうに笑うと、虹色の光に向かって右手を翳した。
    「ようこそ! Bellers Formation Worldへ!」

                                                     FINE

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  • from: エリスさん

    2013年02月15日 12時49分02秒

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    ようこそ!BFWへ・5

    Junoのライブの甲斐もあり、朝井洋伸も目を覚ました。しかし、持田沙雪はまだ呼吸を止めたままだった。
    CDアルバム一枚分――全12曲、ノンストップでの演奏を終えて、真理子はタオルで汗を拭きながらドラムセットから離れた。
    サックス奏者である真理子の夫・三原孝司(みはら たかし。東の街の女王伴侶)も肩で息をし、他のメンバーたちも貧血寸前だった。
    「皆様、お疲れ様でした!」
    今井洋子たち居城付きの侍女が、Junoメンバーにスポーツドリンクを持ってきた。真理子には親友の莉菜が、女王自ら持ってきた。
    「お疲れ様、マリコ」
    「お疲れ様って言えるのかしら......」
    まだ肝心の町長・持田沙雪が目覚めていないと言うのに。
    「一人目覚めただけでも、功労ものよ。恐らく彼は、御祖が籠られた原因の一端を担っていたはずだわ。本来ならそのまま消滅していたはず」
    「そうね......御祖がそれを望んでいれば」
    舞台の下の客席では、朝井洋伸と庚結花が持田沙雪の手を取って、祈っていた。
    「沙雪さんが目を覚ましてくれれば、私はどうなってもいいの。沙雪さんの代わりに私が死んでも、後悔しない」
    「僕だって。サユさえ目覚めてくれたら、僕はどんな目にあってもいいから......」
    「だから、お願い。沙雪さん......」
    「目を覚ましてよ、サユ!」
    その様子を舞台上から見ていた真理子は、莉菜に言った。
    「両手に花ね、彼女」
    「若いっていいわね」
    北上郁子が片桐枝実子を連れて現れたのは、ちょうどそんな時だった。
    「ただいま戻りました、女王様がた」
    郁子がそう言ってお辞儀をすると、郁が歩み寄ってきて、妹の肩に手を置いた。
    「お役目ご苦労様、アヤ。疲れたのではない?」
    「いいえ、姉さま。大丈夫です。それより、お連れしました」
    郁子はそう言って、枝実子の方に手を向けた。
    すると枝実子は一歩前へ出て、五大女王に恭しくお辞儀をした。
    「ご無沙汰を致しております、女王様がた。お召しにより参じました」
    なので真理子は舞台上から言った。
    「ご足労様です、片桐殿。さっそく、御祖の君の説得にあたってもらえますか」
    「承知しました、東の街さま。ですが、その前に......」
    枝実子は持田沙雪の方へ行った――彼女の顔を覗き込み、その頬に触れてみる。
    「......急がなければ......」
    「え?」と朝井洋伸が聞いた。「急ぐって......」
    「かなり危険ってことよ」と枝実子は言うと、郁子の方を向いた。
    「アヤさん! ピアノの伴奏をお願い」
    「あっ、はい! 曲は?」
    「メンデルスゾーンの"歌の翼に"を。それから、アヤさん以外の皆さんは、目をつぶっていてくれませんか」
    「オイ! ちょっと待て!」
    そう怒ったのは建だった。「あんた、ただの小説家だろう。それなのに、Junoの演奏やアヤ姉ちゃんの日舞でも目覚めなかった持田を、まさか何とかしようって思ってるんじゃないだろうな!」
    「もちろんよ。時間がないわ」
    「出来るわけねぇだろ! しかもなんだ? 目をつぶれってのは!」
    すると郁が建の腕をつかんだ。「やめなさい!」
    「だって、カール姉さん!」
    「いいから控えなさい!」と郁は言ってから、枝実子に頭を下げた。「すみません。妹は知らないんです。あなたが......」
    その先が言えない郁に、枝実子は微笑んで見せた。
    「北の街さまは妹御(いもうとご)に恵まれていますね、アヤさんといい......お願いです、急がせてください」
    「みんな!」と言ったのは真理子だった。「向こうに寄って、壁の方を向いて目をつぶりなさい」
    そう言いながら真理子も莉菜と一緒に舞台から降りてくる。代わりに枝実子が舞台に上がった。
    客席の下手側に皆が固まって、壁の方へ向いたのを確認した郁子は、枝実子に言った。「私は目をつぶらなくていいんですか?」
    「目をつぶってピアノが弾けるなら、そうしてくれても構わないけど?――いいのよ、あなたは私の一族の一人だから許すわ」
    「では、ちゃんと目を開けて伴奏します」
    郁子は舞台袖に置かれているピアノの方へ行くと、伴奏を弾き始めた。その途端、枝実子が紫色の光に包まれて変身し始めた。黒いキトンを着た、長い黒髪の、長身の女神に。
    女神が歌い始めた。
    「 コバルト色した 広い空映す
    海を眺めれば 神の御座で
    暁の女神は薔薇を翳(かざ)して
    月の女神は竪琴鳴らし
    王の嫡妻(むかひめ)は思い出歌う     」
    その歌声を聞いた恵莉は、目をつぶったまま呟いた。「す、凄い......」
    「エリーよりうまいね、流石に」と有佐が言うと、
    「うまいのは認めますけど」と建は言った。「あの人、何者なんですか? 五大女王を差し置いてッ」
    「言うなれば、御祖の理想の姿よ」と郁が答えた。
    「理想?」
    「そう。小説家として成功し、仲間に恵まれ――囲まれて、そして愛する者と共に生きる。そうゆう人生を御祖が夢見たことで生まれたキャラクターなの」
    「ただし、すべてにおいて理想的では小説にならない」と真理子が言った。「だから過酷な運命も背負わされた。人間でいる間は生涯純潔――処女を守らなければならない。前世の姿の時は、最愛の者とだけは添い遂げられない――そうゆう運命を背負うことで、このBellers Formation Worldで一番尊い存在でいられるのよ。私たち五大女王よりもね」
    「そんな......」
    建が言いかけた時だった。
    誰かが咳き込む声が聞こえた――その声のする方を、咄嗟に目を開いて振り向いた建は、見てしまった――咳き込む持田沙雪の前に立つ、紫の光に覆われた女神を。
    女神の方も建に気付いた。だが女神は、柔らかく微笑むと、元の片桐枝実子の姿に戻った――紫の光も消えてしまう。
    枝実子は郁子に手を挙げて見せて、伴奏を止めさせた。
    「皆様! もう大丈夫です、目を開けてください」
    枝実子の言葉で皆が目を開け、持田沙雪が息を吹き返したことに気付いた。
    「サユ!」
    「沙雪さん!」
    洋伸と結花が真っ先に駆け戻ってくる。五大女王と芸術の町の住民も戻ってくると、まだ持田沙雪が血の気の無い顔をしているのに気が付いた。
    「長時間、仮死状態だったのです」と枝実子は言った。「息を吹き返させるのがやっとでした。あともう少し、芸術魂(アーティストパワー)を注がなくては」
    「それなら私たちに任せて」と恵莉が言った。「ちょうどステージの準備をしていたの。カール、他のみんなも準備できてるでしょ?」
    「ええ、もちろん」と郁は言った。「みんな、配置について! すぐに始めるわよ!......どうしたの? タケル」
    郁は、タケルが表情を強張らせているのに気付いた。――建は枝実子の正体を見てしまったので、咎められるのではないかと緊張していたのである。それに気付いた郁子は、妹の方へ行って肩をポンポンッと叩いてあげた。
    「心配しないで、私がなんとかするわ」
    「姉ちゃん......」
    建がまだちょっと怖がっていたので、飛び切りの笑顔を見せて安心させた。
    「それじゃ、アヤさん」と枝実子は言った。「私たちは御祖のところへ」
    「え? 私もですか?」
    「あなた以外に私のサポート役がいる?」
    「分かりました、ご一緒します」

    御祖の君の部屋は、居城の最上階にあった。
    その扉にもセキュリティーが付いていた。パソコンのキーボードと同じ配列の文字盤である。
    枝実子はパスワードを入力した。
    〔olympos-01-eris-emiko-katagiri-emily-arashiga〕
    そのパスワードの長さに、郁子は感嘆した。
    「名前がいっぱいあると大変ですね」
    「本名と、人間での名と、ペンネーム(嵐賀エミリー)ね」
    「あっ!? 前世での名が本名になるんですね」
    「そうよ。この姿は仮の姿なんですもの」
    そうこうしているうちに、扉が開錠されて、右側に(引き戸が)開いていった。
    二人が中に入ると、中はほとんど何もない広い部屋で、窓際に白いシーツだけが広がっていた。その上に、一人の人物が倒れていた。
    腰に届きそうな長い黒髪、ふくよかで白い肌に、薄い白い着物だけを着ていた。
    「やれやれ......」と枝実子は言った。「以前お邪魔した時は、この部屋は楽しそうなもので一杯だったのに、この虚無感広がる部屋の状況は、まさに御祖の君の心を具現化したものですか」
    口調が女神エリスの時のそれになっている......と郁子が気付いた時には、枝実子はもう女神エリスに変身していた。
    「ご無沙汰をしております、私と同じ名を持つ、我らが御祖の君......」
    エリスは倒れている人物を抱き起した。その人物こそ、Bellers
    Formation Worldの生みの親、御祖の君こと淮莉須 部琉であった。

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  • from: エリスさん

    2013年02月15日 12時33分45秒

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    ようこそ! BFWへ・4

    扉の向こうには、一軒家が建っていた。
     「町長・片桐枝実子の住居のようね」
     郁子が言うと、祥はうなずいた。
     「この城壁からは想像もつかない、質素な家だね。中も普通なんだろうか」
     「入ってみましょう」
     二人は玄関の呼び鈴を鳴らした。すると、祥に似ているが、黒髪が肩を過ぎた男性が現れた。
     「やあ、いらっしゃい」
     乃木章一(のぎ しょういち)――「神々の御座シリーズ・人間界の町」の町長・片桐枝実子の親友であるが、特例として伴侶(夫)の地位についている(枝実子と結婚はしていない)。出演作品は「Olympos神々の御座シリーズ女神転生編 双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)」他。
     「ご無沙汰をしております、乃木さん」
     と郁子が言うのに対して、祥は言った。
     「髪、伸びましたね」
     すると章一は微笑んで、言った。「うちの町長は、傍にいる者が女性らしい容姿をしている方が、創作意欲を増すんだよ」
     「ああ、なるほど」
     「なにを納得してるのよ......」
     それは片桐枝実子が「実は女好き」と言っているのと同じことであった。
     章一は二人をリビングに通した。そのリビングの奥には、両開きの大きなドアがあって、見るからに異様さを醸し出していた。
     「あなた方がどうして訪ねてきたか、理由は分かっています」
     章一は二人にソファーを勧めながら言った。「御祖の君がお籠りになられてしまって、出て来ないのでしょう?」
     「分かっておいでなら、何故......」
     郁子が言おうとすると、章一は手を前に出して、彼女の言葉を制した。
     「進んで御祖をお助けに行かないのかと言いたいのでしょう? それは立場上できません」
     「だから、それはどうしてなんですか?」
     と祥が聞くと、章一は苦笑いをした。
     「五大女王がいるからですよ。彼女たちを差し置いて、我々が出しゃばる訳にはいかない。このBellers Formation Worldでは、御祖が昭和の時代から創造してきた五大女王たちが一番尊いものとされてきた。それは長きにわたり、平成の世になっても続いていた......けれど、御祖の小説スタイルが神話物に固定されてきた今の時代、御祖と一番つながっているのは我々――この町です。そのことは、五大女王のプライドを傷つけ、悲しませたことでしょう。つまり我々は目の上のタンコブなんですよ。だから、彼女たちの立場を尊重するためにも、我々が自ら行動することはできなかった。しかし......」
     章一はため息をついた。「恐らく、彼女たちではもうどうすることもできない。いずれは我々の手を借りに来るでしょう。それまで、この町は御祖の影響を受けて仮死状態になるわけにはいかなかった」
     「それで、城壁を建てたのですね? しかも一瞬で」
     郁子が言うと、章一はうなずいた。
     「天上の鍛冶の神の力をもってすれば、いとも簡単なことですから」
     「乃木さん!」と祥は言った。「これは五大女王からの要請なんです。一刻も早く御祖をお籠りから解放しないと、心が崩壊してしまう。そうなったら、この世界は終わりです! だから、片桐さんに会わせてください!」
     「そうだね、呼んでくるよ。彼女は今、あっちにいるんだ」
     章一はそう言って、リビングの奥にあるドアを指さした。
     「あのドアが、もしや......」
     と郁子が言うと、
     「そう、天上への入り口」と章一は立ち上がった。「今日は麗子(かずこ)さんもいないから、彼女も一緒に行ってるのかなァ。すぐに連れて来るから、ここで待っていてください」
     章一はドアの前へ行くと、両手でドアを開いた。すると、彼は白いキトン(ギリシア民族衣装)を着て、栗色の髪をした少女に変身した。
     彼女――キオーネーは、そのままドアの向こうへ消えて行った。


     侍女たちに大きな水桶を持ってこさせたその人物は、彼女たちを下がらせると、自分で水桶の前に長椅子を寄せた。
     「さあ、ここへお座り、レシーナー」
     不和女神エリスは長椅子に座ると、傍にいた女性にも隣に座るように勧めた。
     「なにが始まりますの? エリス様」
     レシーナーと呼ばれた女性は、興味津々な面持ちでエリスの隣に座った。
     「これから水鏡の術で、面白いものを見せてやろう」
     エリスはそう言うと、右手の人さし指で、水面を軽く叩いた。すると、揺れる水面が落ち着いてくるにつれて、何かが映し出されてきた。
     そこには、筋肉隆々な男が、手にこん棒を持ち、怪物たちと戦っている姿が映っていた。
     「これは?」
     「そなたも噂に聞くだろう? 英雄ヘーラクレースだ。今、オリュンポスでは彼の冒険を覗き見るのがブームになっているのだよ」
     「まあ......これがあの英雄ヘーラクレースですのね......」
     水鏡の中のヘーラクレースは、一人で怪物と戦っていた。そして、とうとうその怪物の頭を素手で引きちぎった。 
     「いやッ!」
     レシーナーは咄嗟に目を背けて、エリスに抱きついた。
     「ああ、済まない」とエリスは水鏡の水面をまた指で叩いた。「そなたには刺激が強すぎたか」
     「いやです、見たくありません! 怖い......」
     「大丈夫、もう消したから......顔を上げて御覧」
     エリスがそっと優しくレシーナーの頬を撫でると、レシーナーも恐々と顔を上げた。
     「悪かったな。そなたが楽しんでくれるかと思って見せたのに、怖い思いをさせてしまって」
     「エリス様......」
     「さあ、もう大丈夫だから」
     エリスはレシーナーの目の端に溜まった涙をぬぐうと、そこに軽くキスをした。
     「ほら、もう大丈夫」
     「エリス様......」
     二人はしっかりと抱き合って、何度もキスを交わした。その間、エリスはそうっとレシーナーの肩留めを外して、キトンを脱がした。
     「エリス様......いけません。こんな刻限から......」
     「大丈夫、誰も来はしない」
     エリスも自分の肩留めを外して、白い裸体を露わにした。そして、二人が長椅子に重なり合おうとした時......。
     「我が君」
     そこに、キオーネーが立っていた。
     「キオーネー!? なんでこのストーリーに出てきているんだ?」
     エリスが驚いている間に、レシーナーはいそいそとキトンを着始めた。
     「緊急事態でございますれば......あなた様こそ、このストーリーにレシーナーさんと逢引きをなさるシーンなどありませんでしょうに。なにをなさっておいでですか」
     「いいじゃないか......御祖が閉じ困っている間は、こっちも自由に動けるのだから。私はこっちの世界にいないと、欲望が発散できない。なんなら、そなたと愛し合おうか?」
     とエリスが手を伸ばすので、その手にキオーネーは肩留めを乗せてあげた。
     「早くキトンをお召しくださいませ、エリス様。下界で乾殿がお待ちでございます」
     「乾殿――北上郁子か」
     エリスはそう言うと、立ち上がってキトンを着だした。「やはり彼女が迎えに来たか」
     「彼女は我々の物語ともつながっていますから」
     「まあ、彼女しか城壁のセキュリティーを通れないような、難しい設定をしておいたからな」
     「本当に――まだ携帯電話を持っていない世代のキャラクター達に、〔徳川将軍15代をすべて答えなさい〕とか〔源氏物語の桐壷の巻の冒頭を暗唱しなさい〕とか、小難しいクイズを設定していらっしゃいましたからね、あなた様は」
     「平成の人間ならウィキペディアで調べられるけどな......あまり、この世界を踏み荒らされたくなかったのだ」
     キトンを着て、髪形も整えたエリスは、キオーネーに手を差し出した。
     「では、行くか......レシーナーはどうする?」
     「私は――鍋島麗子(なべしま かずこ)の出番はありませんでしょうから、こちらでお帰りをお持ちしています」
     「そうか。じゃあ、行ってくる」
     エリスとキオーネーは手をつないでその場を後にした。
     二人が下界への道を歩いていく途中で、エリスは足を止めて、キオーネーを抱き寄せた。
     「我が君?」
     「下界に戻ったら、そなたとも何も出来ぬ。生涯純潔の女と、その親友に戻る前に......」
     二人は互いに抱きしめあって、唇を交わした......。
     「......戻らねば......」
     キオーネーは滑り落とされそうになった肩の布を戻しながら、言った。「乾殿が待っておられます」
     なのでエリスは苦笑いを浮かべた。「そうだな」

     郁子と祥はしばらく待たされたが、ようやく両開きのドアが開いた。
     そこから、栗色の髪の少女から青年に戻った乃木章一と、漆黒のキトンを着た身長180cmぐらいの女神から、160cmぐらいの日本人女性に変身した人物が現れた。
     「お待たせしました、乾殿......いえ、アヤさんとお呼びするべきかしら」
     片桐枝実子(かたぎり えみこ)――「神々の御座シリーズ・人間界の町」町長。前世は不和女神エリス。出演作品は「Olympos神々の御座シリーズ 不和女神編 罪ゆえに天駆け地に帰す」他多数。
     「どうぞ、物語の中での呼び方で、枝実子さん」
     「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうわ。――事情は分かっています、行きましょう」
     「はい! お願いします」
     枝実子は先に立って歩きだし、そして、振り返って章一に言った。
     「行ってくるね、ショウ。帰ったらパスタが食べたい」
     「ああ、作っておくよ」と章一は言った。「行っといで、エミリー」
     「行ってきます!」
     枝実子と郁子は、祥が運転する車で一路居城まで急ぐのだった。

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  • from: エリスさん

    2013年02月15日 12時26分19秒

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    ようこそ! BFWへ・3

    「さてと、それじゃ......」
    東の街の女王・北野真理子は言った。「手始めに私たちのコラボといきますか?」
    「五大女王で?」
    と、南東の街の女王・流田恵莉は言った。「いいんじゃない。私は歌えばいいのかな?」
    「もちろんよ、エリー。あなたの美声を聞かせて」
    「私は無理よ、マリコ」と南の街の女王・武神莉菜は言った。「私の芸術は舞踊だけなんですもの、あなたたちのロックには合わせられないわ」
    「それじゃ、リナは見学するとして......裏方のみなさん、楽器用意して! ドラムスは3セットね!」
    マリコのその言葉を聞いて、ん? と北の街の女王・佐保山郁は思った。
    「3セットって、マリコ! 私も勘定に入っているの!?」
    「当然でしょ。あなたが出来る楽器は?」
    「ドラムスとパーカッションでしたけど、それは過去のことよ! 私は中学生の時に右手首故障して、それ以来、打楽器全般から手を引いたって――御祖の実体験そのままの設定があるから、もう出来ないのよ!」
    「大丈夫よ、ここは想像の世界なのだから、今だけやってまた手首を痛めても、私たちが治してあげるわ」
    「いえ、ですから、そういう設定があるだけで、物語の中で実際に私がドラムスを叩いてるシーンはないので、本当にできるかどうかなんて分からないんです!」
    「あなたはどう思う? アーサ」と、真理子は北東の街の女王・水島有佐の方を向いた。「あなたはカール(郁)の親友だから、今までの彼女を見てきて、出来るかどうか判断できるのじゃない? 同じドラマーとして」
    「いやまァ......」と有佐は言った。「カールは、リズム感はありますけど......」
    「はい、決定」
    と真理子が手を叩いたので、郁は莉菜にすがりついた。
    「リナァ~~! マリコがいじめるゥ~~!」
    「はいはい、くじけちゃダメよ、カール」と莉菜は郁の背を撫でた。「もう、マリコったら。無茶ぶりはやめてあげて。いくらカールが、忘れ去られた私たちと違って、今でも他の作品にゲスト出演しているからって、僻(ひが)むなんていけないわ」
    すると真理子は「フンッ」と向こうを向いてしまった。
    「ねえ、マリコ。久しぶりにJunoの演奏を聴きたいわ。あなたのバンドのメンバー、来てるのでしょ? やってよ」
    と、莉菜は郁から離れて、真理子に歩み寄りながら言った。「エリーとアーサとカールは、芸術学院シリーズのキャラクターでもあるのだから、そっちのメンバーで何かやって見せて」
    「ああ、だったら!」と恵莉が言った。「あれやりましょ。"キャバレー"の第5場。ステージでショーを見せるシーン。私は出演してなかったけど、あの歌なら歌えるわよ。演奏はアーサのBad Boys Clubで」
    すると郁は大きく頷いた。
    「それ行こう! 絶対それがいい! もう、それで決まり!」
    「それじゃ、俺たちも出番ですね!」と、芸術の町の町長・草薙建が手を挙げた。「住民総出でいきますか!」
    「そういうことだから」と莉菜は真理子の肩を叩いた。「よろしくね、マリコ」
    真理子は気まずそうだったが、
    「まあ......リナがJunoを見たいと言うなら......」
    「うん、お願いね」
    真理子はその場から離れ、自分のバンドのメンバーを呼びに行った。
    Junoが演奏している間、芸術学院シリーズの面々は、舞台裏で自分たちのステージの準備を始めた。
    「竹林三姉妹も手伝ってくれるだろ?」と建は三つ子の姉妹に声を掛けた。「あなた達が入学する前に上演した舞台だから、知らないだろうけど」
    「いいえ」と長女の竹林愛美子(たけばやし えみこ)は言った。「私たち、客として見に来てましたから、知ってますよ」
    「あっ、そうなんだ。そりゃ好都合。実は、えっちゃん(愛美子)にはアヤ姉ちゃんの代役をやってもらいたいんだよな」
    「え!? 北上先輩の!?」
    「そう。姉ちゃん、別の用事で今いないんだ」
    「ええ、伺ってますが......北上先輩の役って、あの真っ赤なチャイナドレスで踊ってた、佐保山先輩の相手役でしたよね?」
    「うん。出番多いけど頼むよ」
    「いや、出番が多いのはいいんですけど......確か、あの役って......佐保山先輩に抱き留められて、スリットの中に手を入れられますよね......」
    「ああ、入れてるね」
    と、建が言った時、ちょうど郁もやってきた。
    「入れるだけじゃなくて、撫でてるけど」
    そこで、愛美子の彼氏である榊田祐佐(さかきだ ゆうすけ)は「え!?」と驚いた。
    「あの、スリットって......チャイナドレスの太ももの割れ目のことですか?」
    「そうよ」と郁は言った。「それ以外にどこがあるの?」
    「つまり、先輩が撫でているのは、おしりですか?」
    「そうゆうこと」と建が言った。「いやあ、あの時のアヤ姉ちゃんは、演技でやってるとは言え、色っぽいよがり方してましたよねェ」
    「あら、演技とは失礼ね。本当に感じさせてたのよ、私のテクニックで......」
    と郁が言った時、祐佐は愛美子の前に立ちはだかった。
    「絶対だめです! えっちゃんの体に厭らしいことなんかさせません!!!!」
    「あらあら」と郁は苦笑いをした。「女優を目指す えっちゃんに、そうゆう制約を強いるのはどうなのかしら?」
    「えっ......ええっと......」
    祐佐だけではなく、愛美子も頭をひねって悩みだしてしまったので、郁はクスクスッと笑い出した。
    「いいわ。じゃあ今回は、腰を抱くだけにしてあげる。それならいいでしょ?」
    「あっはい......いいえ!」と愛美子は言った。「本来の振り通りにしてください。私、やります! 女優ですから!」
    「そう? じゃあ、よろしくね。――タケル、振り付け指導してあげて」
    「はい、カール姉さん」
    郁は、後は後輩たちに任せて、控室へ行った。そこには、先ほどまで郁子が横になって休んでいた座布団と、膝掛けが、きちんと揃えられて置かれていた。
    テーブルに飲みかけのペットボトルが置いてある......アールグレイの紅茶ということは、間違いなく郁子の飲み残し。
    郁はそれを手に取って、蓋を外すと一気に飲み干した。
    「アヤ、大丈夫かしら......」
    いろいろな意味で心配する郁だった。

    郁子が〈神々の御座シリーズ・人間界の町〉に着くと、そこは高い鉄筋の城壁で囲まれていた。
    「すごいね......」と、車を運転してきてくれた祥が言った。「これが一瞬のうちに現れたって、東の街さまは言ってたけど」
    「ここの住人の皆さんは、ただ者じゃないから......」
    郁子は城壁を見渡して、ようやく入口を見つけた。「たぶん、あそこだわ」
    すりガラスの横開きのドアがあった。その前に立つと自動ドアになっており、二人は簡単に中に入ることができた。
    中は銀行のATMを思わせる作りになっていた。暗証番号を打ち込むコンピューターが一台置かれているだけである。郁子がその前に立つと、自動的にコンピューターの電源が付いた。
    〔ログインパスワードを入力してください〕
    画面にそう表示されたので、郁子は自分のパスワードを入力した。
    〔inui-01-ayako-kitagami-asura〕
    すると、画面の上の壁が開いて、マイクが出てきた。
    「え?」
    と郁子が戸惑っていると、画面に次のメッセージが表示された。
    〔額田王の長歌を暗唱してください〕
    「はァ? なに、これ?」
    「ちょっと待て、もしかして......」
    祥は画面の「ひとつ前に戻る」をタッチして、自分のパスワードを入力した。
    〔inui-02-shou-takagi-kabuki〕
    すると今度は、壁からビデオカメラが出てきた。
    〔吉野山の静御前を舞ってください〕
    「こんな狭いところで舞えるか!」
    「これって、つまり......」
    パスワードと一緒に、その本人の得意技を披露してもらって、本人に間違いないか確認しているようである。
    「これって、カメラの前で審査してるのって、もしかしなくても乃木さんか?」
    「吉野山の静御前の舞を判断できる人ったら、この町じゃ乃木さんだけよね。あの方も元歌舞伎役者なんでしょ?」
    「そう、僕と一緒......モデルが同じ人だからな」
    「どうする? あなたがやる?」
    「勘弁してくれよ......」
    「じゃあ、私がやるしかないわね」
    郁子は画面をひとつ前に戻して、自分のパスワードを入力し、マイクを壁から出した。
    「冬ごもり 春さり来れば
    鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ
    咲かざりし 花も咲けども
    山を茂み 入りても取らず
    草深み 取りても見ず
    秋山の 木の葉を見ては
    黄葉(もみじ)をば 取りてぞしのぶ
    青きをば 置きてぞ歎く
    そこし恨めし
    秋山ぞわれは」
    郁子が暗唱し終わると、目の前のコンピューターが床の中へ沈んで、通路が開いた。通路の奥にドアが見える。
    「合格――ってことかしら?」
    「よくぞ一言も間違えずに......うちの奥さんの才女ぶりには惚れ惚れするね」
    「ありがとう、あなた。行きましょ」
    二人は通路の奥へと歩いて行った。

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  • from: エリスさん

    2013年02月15日 12時19分03秒

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    ようこそ! BFWへ・2

    郁子が御祖の住む居城に着いたときには、他の町の住人達がもう行動を起こしていた。
    「あっ、アヤ姉ちゃん!」
    草薙建(くさなぎ たける)――「芸術の町」の町長。出演作品は「芸術学院シリーズ 俺たちに明日はある?」など多数。郁子とは義姉妹の盃を交わしている。男っぽく育てられているが、歴とした女性。
    「タケル、もう来てたの?」
    今更ながら、北上郁子(きたがみ あやこ)――「乾の町」の町長。出演作品は「芸術学院シリーズ 狂おしく虚しく」「箱庭」など多数。
    「〈雪原の桜花の町〉にはうちの亭主と紅藤ちゃんの旦那さんが居たもんで、そっちから直で救助要請が来たんだ。〈雪原~〉の住人さん、大方蘇生させたよ」
    「そう、良かった......あと何人残ってるの?」
    すると、劇場のドアが開いて、三人の人物が出てきた。
    「あと三人です、アヤさん」
    紅藤沙耶(くどう さや)――「芸術の町」の住人。出演作品は「箱庭」。郁子の再従姉妹にあたる。
    「〈雪原~〉はまだ出来たばかりの町で、そもそも住人も十人ほどしかいないんです」
    黒田龍弥(くろだ たつや)――「芸術の町」の住人、草薙建の夫。出演作は「芸術学院シリーズ 俺たちに明日はある?」など多数。
    「そのうち二人は、俺と黒田さんでしたからね」
    崇原喬志(そねはら たかし)――「芸術の町」の住人、紅藤沙耶の夫。出演作品は「箱庭」
    「物語がリンクしていて、ゲスト出演って奴です」と黒田は言った。「おかげで巻き込まれましたが」
    「それで、蘇生できない三人と言うのは?」
    郁子はそう言いながら、劇場の中に入って行った。
    「主人公の持田沙雪と、その恋人の二人......」
    と建が言うと、二人? と郁子は聞き返した。
    「このBellers Formation Worldで、主人公に恋人が二人いるなんて、初の設定ね。同時期に付き合ってたわけではないの?」
    「同時期ですよ」と崇原は言った。「ちょっと複雑な設定なんですよ」
    舞台の傍――最前列の客席に、その三人は座らせられていた。真ん中の三十代前半の女が主人公であり〈雪原の桜花の町〉の町長・持田沙雪。その右隣にいるのは十四、五歳に見える少年で、左隣にいるのは、十八歳ぐらいの少女だった。
    「持田沙雪はバイ・セクシャルってことね。その設定ならありがちだわ」
    郁子が言うと、黒田が説明した。
    「正確に言うと、本命はこの彼――朝井洋伸(あさい ひろのぶ)なんだ。持田は大人の男が駄目で、男は少年しか愛せない。だから、恋人が大人に成長したら嫌いになってしまうのではないかと恐れて、なかなか男と付き合えないんだ。だから、洋伸君にも告白できない――彼は理想的な相手だと言うのに」
    「理想的? 彼だっていつかは大人になるでしょ?」
    と郁子が聞くと、黒田は目の前で人差し指を左右に振って見せた。(念のために説明すると、「芸術学院シリーズ」で郁子と黒田はライバル関係にある)
    「彼はこう見えて二十歳だよ」
    「ええ!?」
    どう見ても中学生にしか見えない。
    「俺とまた違った設定なんですよ」と崇原が言った。「俺は、死んだ妹に気兼ねして、自分から歳を取らないように暗示をかけているから、実年齢より若く見えますが(「箱庭」を参照)、彼は幼いころに事故にあって、成長が止まってしまったという設定なんです」
    「ああ......いるよね、そうゆう人。そうなんだ......」
    郁子が感心していると、黒田がまた説明を始めた。
    「でも、本当に成長が止まったままでいる保証はない。もしかしたら大人になってしまうかもしれない。だから、持田はこっちの彼女――庚 結花(かのえ ゆか)と付き合っているんだ」
    「本命の代わりに?」
    「結花さんもそれは承知で付き合っているんだよ。健気な子でね」
    「そう......それより、あなた先刻から町長を呼び捨てで呼んでるけど、どうゆう立場なの?」
    「俺と崇原さんは持田の会社の上司なんだ」
    「ああ、海源書房のね」
    そこで高木祥が口を挟んだ。「説明はこれぐらいでいいだろう? アヤ。そろそろ始めよう」
    「そうね......着替えて来るわ。演奏は誰がやってくれるの?」
    すると舞台のそでから十二単の女性が現れた。
    「私どもが勤めさせていただきまする、乾の町さま」
    藤原刀自子(ふじわらのとじこ)、またの名を彩の典侍(あやのすけ)――「平安の町」の町長。出演作品は「雅シリーズ 藤之木慕情」ほか多数。
    「彩の典侍さんの演奏なら心強いわ」
    過去にも御祖の君が重病などで執筆活動を止めてしまうと、現在執筆中の町の住人が仮死状態になることがあった。その度に、すでに物語が完結し、自由気ままに生活している他の町の住人達が協力して、「芸術魂(アーティストパワー)」を分け与えて蘇生させていた。その「芸術魂」を分け与える方法は、いとも簡単である。それぞれが得意としている芸術を披露すればいいのである。
    郁子と祥が得意としているのは日本舞踊――夫婦舞である。
    二人は白装束に着替えて、舞台の上に上がった。
    「平安の町」の雅楽師たちが演奏を始める――郁子と祥は、誰もがうっとりとするような舞を舞い始めた......。

    「沙雪さん! しっかりして! ねえ、沙雪さん!」
    二人の舞で目が覚めたのは、結花だけだった。
    郁子はとうとう息を切らして、舞台の上で膝を突いた――かれこれ三十分は舞っていたのである。
    「なぜ......何故、この二人だけ......」
    舞台袖の「平安の町」の雅楽師たちも、もう限界に来ていた。当然、祥もである。
    『やっぱり、御祖の君がお出ましにならないと......御祖が閉じ籠られた原因に、この二人は直結しているのかもしれない』
    郁子がそう思っていると、劇場に五人の女性が入ってきた。そのうちの一人が、郁子が膝を突いているのを見て、
    「アヤ!」
    と、駆け寄ってきた。
    「......姉さま......」
    そう呟いて、倒れそうになったところを、舞台に飛び乗ってきたその女性が抱き留めた。
    「無理をさせてしまったわね。もう休みなさい、アヤ」
    佐保山郁(さおやま かおる)――「北の街」の女王。五大女王の五人目。出演作品は「芸術学院シリーズ 狂おしく虚しく」ほか多数。郁子とは義姉妹の盃を交わしている。
    「ですが、まだ二人......」
    「大丈夫よ、あとは私たちが引き受けるから」と、続いて舞台に上がってきた女性も言った。「アヤさんは頑張りすぎだよ」
    水島有佐(みずしま ありさ)――「北東(うしとら)の街」の女王。五大女王の四人目。出演作品「芸術学院シリーズ」
    「五大女王の言うことは聞くものよ、アヤさん」
    流田恵莉(ながれだ えり)――「南東(たつみ)の街」の女王。五大女王の三人目。出演作品は「芸術学院シリーズ」「復讐の女神(エリーニュース)になる時」など。
    「アヤさんには他にやってもらいたいことがあるの。だから、今は休みなさい」
    武神莉菜(たけがみ りな)――「南の街」の女王。五大女王の二人目。出演作品は「夢、それとも幻」
    「やってもらいたい......こと?」
    郁子が聞くと、最後の女王が答えた。
    「私たちは先刻まで御祖の君に呼びかけていたの。お出ましくださいと......でも、駄目だった。私たちは最早、五大女王とは名ばかり。もう、御祖とは心が通じていないのよ」
    北野真理子(きたの まりこ)――「東の街」女王。五大女王の筆頭。出演作品は「JUNOシリーズ」
    「そんな、東の街さま......」
    「現実よ、アヤさん。だけど、あの方なら......御祖の君がいま最も愛されているキャラクターである、あの方なら。御祖を天岩戸(あまのいわと)から連れ出せるかもしれない」
    「それは、もしや......」
    郁子にも心当たりがあった。自分と同じ片桐家の血筋で、しかも前世は女神であったという設定を持つ......。
    「現在執筆中であったにも関わらず、町の周りに一瞬のうちに防御壁を築き、御祖からの影響から逃れた、あの町――私たちは入ることができないけど、あの町の物語に出演していたあなたなら、きっと入れるわ。だから、あの方を連れてきてもらいたいの」
    「......分かりました、東の街さま。私に――この北上郁子にお任せください」
    その町の名を「神々の御座シリーズ・人間界の町」。町長は、片桐枝実子(かたぎり えみこ)だった。

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  • from: エリスさん

    2013年02月15日 12時14分46秒

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    ようこそ! BFWへ・1

    北上郁子(きたがみ あやこ)はいつも通り薙刀の稽古をしていた。
    「乾殿(いぬいどの)」と呼ばれる郁子の屋敷には剣術を稽古するための道場も、ピアノ専用の部屋も備わっている。この世界を統治している《御祖の君(みおやのきみ)》からご寵愛をいただく町長(まちおさ)の一人ともなれば、それなりの暮らしは約束されていた。だからと言って驕り高ぶらないのが郁子の良いところであった。
    そんな郁子の所に、慌ただしく廊下を走ってやって来た者がいた。
    「町長(まちおさ)! 阿修羅王(アスーラ)様!」
    阿修羅王というのは、郁子が物語の中で名乗っている二つ名である。「芸術学院シリーズ」の登場人物・北上郁子は、学生時代に文学の勉強をしながら、大梵天道場というところで武術を習い、師範代の一人である阿修羅王を襲名している――という設定である。
    『私をこの名で呼ぶということは......』
    郁子は薙刀を振り下ろすと、右手に持って待っていた。
    慌ただしい人物は、道場のドアを開くと言った。
    「町長! 大変でございます!」
    入ってきたのは、大梵天道場で郁子の後輩にあたり、師範代の一人・夜叉王(ヤクサー)を襲名している神原晶(かみはら あきら)だった。
    「何事です、神原。騒々しい」
    「みおやが! 《御祖の君》がお籠りになられてしまわれたと、今、居城でご奉公中の今井殿より知らせが!」
    「御祖が?」
    御祖が籠る――どこか具合が悪くて私室から出て来ないのか、それとも何か精神にダメージを受けて、心を閉ざしてしまったのか。
    『御母君が亡くなられたときは、三日ぐらい放心状態だったけど......まさか』
    郁子は薙刀を目の前に翳して、両手に持った――右手は逆手で。
    「散(さん)!」
    郁子が薙刀に言霊をかけると、薙刀は阿修羅神が彫られた中央から真っ二つに割れた。そして、両手に分かれた薙刀をぶつけ合わせて、くの字に曲げ、スカートの下に隠しているホルダーに、右手のを左足に、左手のを右足にはめ込んだ。
    「参ります......」
    郁子は神原を連れて通信室へと向かった。そこにはすでに、夫の高木祥(たかぎ しょう。この世界では夫婦別姓が多い)と、秘書官の梶浦瑛彦(かじうら あきひこ)がいた。
    「待たせたわね、ショオ。梶浦」
    「僕は待っていないよ。それより、洋子君が」
    「アヤ先輩!」
    通信機のモニターから、今井洋子(いまい ひろこ)が呼んでいた。
    「大変なんですゥ! 御祖が引き籠ってしまって、全然反応がないんです!」
    「具合がお悪いの?」と郁子は聞いた。「それとも......」
    「病気とかではないみたいです。窓から覗いてみたら、ただ部屋の中でお座りになってるだけで」
    「あえて言うなら、心の病ね、きっと......そうなると......」
    《御祖の君》が重病などで執筆活動が出来なくなると、この世界の住民の中で、現在執筆中の作品の登場人物たちに影響が出ることがある。
    「どこか影響が出てる町はない?」
    「あります! 〈神々の御座シリーズ・人間界の町〉は、通信に障害電波が出ていて、ほとんど会話ができません。〈雪原の桜花の町〉は完全に通信が途絶えています」
    「障害電波ではなく、完全に途絶えているの?」
    「はい、完全に無反応です」
    「すぐに〈雪原の桜花の町〉に誰か向かわせて! 住民たちが危ないわ。〈神々~〉は大丈夫でしょう。......私もそちらに行きます」
    「お願いします! お待ちしてます」
    郁子は通信を切ると、祥に言った。
    「あなた、また一緒に舞ってくれる?」
    すると祥は郁子の両手を取った。
    「君と舞えるのなら、どんな時でも大歓迎だよ。でもその前に、君はその汗を落とした方がいいんじゃないかな?」
    薙刀の稽古をしていたので、体中に汗が噴き出していた。だが、
    「時間がないわ。シャワーなんて浴びてる暇はないの」
    「そう」と、祥は言って、神原の方を向いた。「お湯で濡らしたタオルを持ってきてくれ、部屋まで」
    「かしこまりました」
    神原は答えると、すぐに通信室を出て行った。

    この世界――Bellers Formation Worldは、御祖の君と呼ばれる淮莉須 部琉が作り上げた想像と創造の世界である。この世界で起こるすべての事象は、御祖の意志と夢が影響していた。
    その御祖が心を閉ざして引き籠り、その結果、一つの町が消えようとしていた。

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  • from: エリスさん

    2013年02月15日 11時52分44秒

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    夢のまたユメ・77

    とりあえずナミと沢口さんは仕事場に戻され、百合香も起き上がれるようになったので、そのまま野中と、大原も立ち会いで話をすることになった。
    「それじゃ今朝言っていた相談って、退職をするってことだったのか」
    野中が言うので、百合香は頭を下げながら、
    「はい、すみません......」と、答えた。「身重で続けられる仕事じゃないもので」
    「そうよねェ、こう言ってはなんだけど」と、大原も言った。「宝生さん、あまり体が丈夫な方ではないし」
    「そうなんです」
    「それに若く見えるけど、宝生さんって、もう......」と、野中が言うと、
    「それ、失礼です」と、大原が言った。
    「あっ、ごめん......」
    「いいえ、私も自覚してますから」と、百合香は笑って言った。「実際、40歳近くなってから、自分の体が普通の人より弱いんだと思い知らされることが多くなりました。だから出産だって、それに耐えられる体力があるかどうか不安も残るんです。でも、この子はどうしても産みたいんです。宝生家の跡取りとして」
    「......えっと......あれ? 長峰君、婿養子に入るの?」
    野中の当然な疑問に、バッサリと切って捨てるように、「入りませんよ」と、百合香は答えた。
    「翔太......長峰君とは別れましたから。双方の家庭の事情で」
    「ええ!? そうなの!?」
    大原じゃなくても驚くのは当然である。
    「はい、いろいろとありまして......」
    「それは......聞いてほしくないような、深い事情?」
    「はい、海よりも深い事情です......」
    「じゃあ聞かない」と、野中は眼鏡を掛けなおした。
    「ありがとうございます」
    「そうなると」と、大原は言った。「宝生さん、シングルマザーになるのね」
    その時、ドアの向こうから"ゴトッ"という音が聞こえた......ドアがゆっくりと開き、そこに榊田が立っていた。床にペットボトルの水が転がっている。
    「宝生さんが、シングルマザー......」
    どうやら百合香に水を差しいれようとして、衝撃的な言葉に驚いて水を落とし、尚且つ思考が停止してしまったらしい。
    「レオちゃん(-_-;) ......ああもう、いいや! 大原さん、後頼んでいい? 俺があいつ連れてく」
    と、野中は立ち上がると、榊田の方へ行った。
    「そうですね。女性同士の方が話しやすい問題もあるから」
    「うん、頼む。それから、宝生さんの有給は確か20日ぐらい残ってるから」
    「分かりました」
    そして野中は榊田の首の後ろの襟をつかむと、「ほら、行くぞ」と、榊田を引きずって行くのだった。
    「ホント、レオちゃんは女性に幻想見すぎなんだから」と、大原は言った。「今時、シングルマザーなんて珍しくないのにね」
    「きっと普通の家庭で幸福に大人になったんでしょうね」
    と、百合香が言うと、
    「普通の家庭どころか、お金持ちのお坊ちゃんらしいわよ。あの車もお父さんに一括払いで買ってもらったそうだもの」
    「あのワゴン車を? ローンじゃなく?」
    「なんでもお父さんって、一流企業の顧問弁護士をやってるとか......ついで言うと、レオちゃんの従兄って作家の榊田祐佐(さかきだ ゆうすけ)なのよ」
    「ああ、ライトノベルの......」
    「つまり、ああ見えてレオちゃんは結構な優良物件なのよ」
    「当の本人は社会人としては未熟ですけどね(^_^;) そんなことより」
    「そうね、そんなことより今後の事よね」
    百合香と大原は気を取り直して相談を始めた。
    とにかく会社を辞めるにしても、辞めると宣言してから一カ月は社に残って、業務の引き継ぎをしなければならない、というのが労働基準法で定められている。しかし百合香の場合、一カ月も勤務していられるような状況ではない。
    「そこで出て来るのが有給よね......あとでちゃんと調べるけど、宝生さんの有給があと20日残っているのなら、それを全部使えば、あとは10日ぐらい出勤すればいいのよ」
    「10日ぐらいなら、なんとか働けます」
    「そうしてくれる? でも、悪阻とかきつくなったら言ってね。早退とかできるようにするから」
    「ありがとうございます」
    「出産後はどうする? ファンタジアに戻って来る? 沢口さんみたいに」
    「それなんですよねェ......」
    沢口さんには同居しているお姑さんがいて、この人がかなり理解のある人なので、沢口さんが働いている間は子供たちの面倒を見てもらっている。しかし百合香の場合は、実の母はすでに他界しているし、姑がいるわけでもない。出産が済んでも、乳離れするまではもちろん働きに出られないし、いろいろと考えると子供が保育園か幼稚園に預けられる年齢になるまでは、百合香が職場復帰するのは無理である。
    「まあ、復帰するかは、またその頃考えます」
    「そうね......じゃあ、次の出勤の時に正式な手続きをしましょう」

    百合香の勤務が来週いっぱいと決まり、フロアスタッフの間で衝撃が走った。
    一番ショックだったのが、百合香が翔太と結婚しない、ということだった。
    「ミネに責任取らせなさいよ!」
    と、怒ったのは、ぐっさんだった。「両親の反対とか、生ぬるい事言ってんじゃないよ!!」
    「駆け落ちするとか考えなかったの?」と、かよさんが言うので、
    「そうゆう無茶なことが出来る年齢は過ぎましたよ。それより、無事にこの子が生まれてくれることを考えて......実は翔太にも子供が出来たことは話してません」
    「なんで!?」と、ぐっさんがまだ怒りが収まらない様子だったので、沢口さんが、「はいはい、落ち着いて」と、背中を撫でるのだった。
    ちなみにここは和風喫茶である。毎度おなじみ仕事後のお茶会だった。
    「とにかく宝生さんは、子供のために最良の選択をしたのでしょう? だったら応援してあげようよ。宝生さん、もうベビーベッドは買った?」
    「あっ、それなら幼馴染が......」
    近所に住む幼馴染の荒岩静香と福田千歳にも、百合香が妊娠しているにもかかわらず翔太と別れたことは知られてしまった。先ず、玄関先で恭一郎が翔太を追い出しているところを静香が目撃してしまったのと、百合香が母子手帳を持っている人しか買えないお水を買っているのを千歳に見つかってしまったので、二人から、
    「どうゆうことなのか説明しなさい!」
    と、詰め寄られてしまったのである。
    この二人は百合香の母・沙姫の葬儀の騒動の時も居たので、すべて説明したのだった。すると、
    「じゃあ、うちのベビーベッド上げるよ。もう使わないから」
    と、静香が言ってくれ、千歳も、
    「ベビー服縫ってあげるよ。私、そうゆうの得意なの」
    と、言ってくれたのである。
    「だからベッドと服は心配ないんだ」
    するとぐっさんは、
    「ええ~私も何かしたい! 欲しい物、なにかない?」
    と言うので、
    「そうねェ。ストロベリーパニックのDVDが欲しいかな」
    「そうゆうんじゃなくて! って、それなに?」
    「私も最近存在を知った、百合系のアニメなの」
    「妊娠中にそんなの見ちゃ駄目ッ」と、かよさんは言った。「生まれてくる子まで、あなたと同じ同性愛者になったら、どうするの!」
    「え? 何も問題ないでしょ?」
    「いや、無くは......無いのかなァ?」
    胎教以前に、百合香の子供なら性別どころか人類かどうかも問題なく恋愛する、そんな子供が生まれそうだった。

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