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from: エリスさん

2010年06月04日 12時42分51秒

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しばし花園に百合が咲く・1

その昔、まだ若き帝が急逝したことにより、その姉である内親王が中継ぎの帝に就いたことがあった。その女帝のことを後に「桃園天皇」と称することになるが、当時


 
 その昔、まだ若き帝が急逝したことにより、その姉である内親王が中継ぎの帝に就いたことがあった。その女帝のことを後に「桃園天皇」と称することになるが、当時はまだ「賀茂の帝」とお呼びしていた。なぜなら、その内親王が先帝の御世では賀茂の斎院(賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)の両賀茂神社に奉仕した皇族出身の巫女)だったからである。
 斎院もしくは斎宮であった内親王が帝位に就くのは異例のことだったが、この賀茂の帝はもっと異例なことをしてのけた。
 なんと、女御をお傍に召したのである。
 女帝は一生独身を通すのが慣例であった世の中で、伴侶を――それも女人をお傍に召すなど、前代未聞の出来事で、世の人々は度肝を抜かれたのだった。
 そしてその女御に選ばれた姫君は、先月内大臣になったばかりの藤原弘純(ふじわら の ひろずみ)の孫娘・藤原利子(ふじわら の とおるこ)――俗に茉莉姫(まつりひめ)と呼ばれる姫君だった。


 茉莉姫を女御にすると公表されてからも、入内の儀式はその半年後と定めたので、二人はまだ世間一般的に言う「婚約」の状態だった。それでも、茉莉姫の母・忍の君が筝の琴の名手ということで、よく女帝のもとに招かれるので、茉莉姫もそれに同行し、女帝との逢瀬を重ねるようにしていた。
 母親の忍の君も、自分が招かれるのは口実で、帝の本意は娘に会いたいだけなのだと分かっていたので、あまり長々とは演奏をしなかった。
 忍の君が筝から手を離して、「今日はここまでにいたしましょう」と言うと、帝はニッコリとうなずいた。
 「ありがとう、忍の君。あとはゆるりと、叔母上とお話でもなさってください。……茉莉姫、一緒に庭の花でも眺めに行きませんか?」
 帝の言葉に、茉莉姫は恥ずかしくも嬉しそうにお辞儀をした。
 「はい、主上(おかみ)」
 帝が上座から降りてきて、下座に座っている茉莉姫の手を取った。――二人はそのまま紫宸殿の裏庭へと歩いて行った。
 帝と入れ違いに、隣室から帝の叔母である薫の尚侍(かおる の ないしのかみ)が入ってきた。
 「今日も来てもらって、悪かったわね、忍の君」
 薫の君がそう言うと、
 「なにをおっしゃいます」と、忍の君は言った。「尚侍の君(かん の きみ)がお気になさることではございません。娘のために母親が骨を折るのは当たり前のこと。それに、私もこうして尚侍の君にお会いできますのが嬉しいのですから」
 「ありがとう、忍の君……本当はね、こんな面倒なことをしないで、さっさと姫を入内させればいいことだと思うのだけど」
 確かに女御が入内するまでには、いろいろと煩わしい儀式があるので、その日まで最低でも半年はかかるものなのだが、これまで前例など意に介さなかった女帝なのである。茉莉姫と会いたいのなら、儀式など取っ払って早く入内させてしまえばいいところなのだが……どうやら女帝には「ためらい」があるらしかった。

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from: エリスさん

2010年06月18日 14時12分37秒

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「しばし花園に百合が咲く・3」
 
 内裏からの帰り道、茉莉姫は牛車の中でぼうっとしていた。
 心ここにあらず、とはこのことね……と思った母親(実際は実母の妹、つまり叔母だが)の忍の君は、しばらくはそっとしておいたのだが、車が揺れて茉莉が倒れそうになったので、咄嗟に受け止めたのだった。
 「もう、気をつけなさい、姫」
 「ごめんなさい、お母様……私ったら……」
 「まあね、無理もないけど。女帝に初めて愛していただけたのでしょ?」
 「はい……」と、茉莉はまた夢見るような表情になった。
 「とっても素敵だったみたいね。私としては一安心だけど、でも、あなたらしくない振る舞いをしたと聞いて驚いてもいるのよ」
 「え? ………えっと、お母様? ……もしかして……」
 「聞いていますよ。あなたから女帝(おかみ)に口づけをしたって」
 それを聞いた途端、茉莉は頬を真っ赤に染めた。
 「やっぱり気づいていなかったのね。良いですか、女帝はこの国にとって大事な御方。だから常に護衛が付くのです。それは、御寝所でも同じこと」
 茉莉は聞けば聞くほど恥ずかしくなって、ついには袖で顔を隠してしまった。
 「恥ずかしがってなどいられないのですよ。女御になられる方は、それも覚悟しなければならないのです。護衛の者が隣室で侍っているからと、帝のご寵愛を拒絶するなどあってはなりません」
 「それは……そうですが……」
 「それにね、大人になれば、多かれ少なかれそういう経験はするものなんですよ。屋敷の女房たちをごらんなさい。同室で、几帳でしか区切りのないところに、それぞれの男君(夫か恋人)が通ってくるのですよ。隣に寝ている人がいるからと男君を拒絶していたら、愛を育むことはできないのですからね」
 「はあ……」
 「私だって初めは恥ずかしかったけど、そのうちどうでもよくなってしまったわ。今では、誰かが覗いてるのなんてお構いなしになってしまったわね」
 忍がそう言うと、茉莉は少しだけ顔を覗かせた。
 「おかしいかしら? でも本当よ。私と少将(前作の少納言・菅原利道のこと。あの後昇進した)が営んでいるのを、若い女房達がのぞき見しているのを知っているけど、今ではもう恥ずかしがるどころか、見せつけてやっているわ」
 「あ、あの……」
 茉莉は顔を隠すのをやめて、忍に面と向かった。
 「覗き見しているのは、女房ではなく、童女(めのわらわ)たちです」
 「あら、そうなの?」
 「それで、その……私も見てしまいました」
 「え?」
 これはいくらなんでも、忍も引いてしまった。
 「見ちゃったの? 私と、お父様のを?」
 「はい……」
 「それで、大丈夫だったの?」
 「はい?」
 「だから、気持ち悪くとかはならなかったの?」
 「いいえ、ちっとも」
 「あら、そう?」
 茉莉は一時期、父親を嫌悪していた。それは、利道が愛する妻・紫苑を失った苦しみから、容姿が似通う娘の茉莉を、紫苑の身代わりにしようとしたからである。今は忍が後妻に入ったことで利道の精神も落ち着き、茉莉にそんな邪道な思いを抱かなくなったのだが。
 『それでも、その父親が、自分とそっくりの私を抱いている姿なんて見たら、おぞましくなりそうなものなんだけど……』
 忍の心配をよそに、茉莉はその時のことを語りだした。
 「童女たちがお母様たちのお部屋を覗いているのを見つけて、咎めようとしたのですが、逆に誘われてしまったのです。とても綺麗だから、一緒に見ましょうって。そしたら、本当に素敵で……お母様がとってもお綺麗に見えたんです。お身体も、お声も……」
 かなりうっとりとしながら語る娘に、母親として忍は聞いてみた。
 「本当に気持ち悪くはなかったの? 相手はあなたに悪さをしようとしたお父様なのよ?」
 「ああ! 全然気になりませんでした。なぜか、お母様が女性に抱かれているように見えたんです。お父様だってことすら、後になって気付いたぐらいで。だってお母様はその時、“お姉様”って相手のことを呼んでらしたから……」
 「ああ……そういう時だったのね」
 「そういう時って?」
 「ううん、いいのよ。私と少将との問題だから……でも、結果的にそれで、あなたは恐怖感を持つことなく“寝間での作法”を覚えることができたのね」
 「はい……というか……おかげで、女帝が恋しくてならなくなりました」
 「ああ、そういうことだったの」
 だから自分から女帝に迫ったのか……と、忍が納得したころ、ちょうど牛車が屋敷に着いたのだった。


 その夜。
 自分が仕事でいない間にどんなことが起こっていたのか聞かされた少将こと利道は、あまりのことに落ち込んでいた。
 「姫にとうとう女帝の手が…………いや、喜ばしいことなんだが……しかも、わたし達の営みをのぞき見……」
 「ああ、もう! これだから男親は!」
 忍はパーンと勢いよく夫の背中を叩いた。

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